鳥籠の花

    作者:篁みゆ

    ●偏愛
     お兄ちゃんは、わたしを愛してるっていうの。
    「コルネリア、お寝坊さんだね。朝食の時間だよ」
     今朝も決まった時間に、お兄ちゃんはワゴンに朝食としぼりたてのオレンジジュースを乗せて私の部屋まで持ってくる。厚いカーテンを開けて、太陽の光を入れようとするけれど、わたしは「やめて」と小さな声で告げた。だって窓の外を見たくないの。
    「ごめんごめん、じゃあ閉めておこうか」
     にっこり笑ってお兄ちゃんは朝食の乗ったトレイをベッドの上に乗せてくれる。わたしの世話はいつからか、メイドではなくお兄ちゃんがやってくれるようになっていた。わたしは何日、お兄ちゃん以外の人と会っていないのだろう。
    「じゃあ今日もこの部屋でいい子にしているんだよ、僕の愛するコルネリア」
     額にキスをして、お兄ちゃんはワゴンを押して部屋から出ていく。
     あれ、そういえば、部屋の外にも屋敷にも、いつの間にかお兄ちゃんの気配以外感じなくなった。この広い洋館には、数人の使用人が住み込んでいたはずなのに。
     カチャリ……お兄ちゃんが外から鍵をかける音がした。そんなことしなくても、わたしは外になんかでないのに。
     フリルの付いたネグリジェの左袖をそっとまくり、巻いていた包帯を取る。その左腕は一部、水晶と化していた。
    「こんにちは~但馬青果店でーす!」
    「!!」
     いつもの明るい声が聞こえてきた。わたしは急いでベットから降りて、カーテンの隙間から玄関を見る。首にタオルを巻いたいつもの女性が、応対に出たお兄ちゃんと楽しそうに話している。
     どくんっ……!
     最近、時々わたしの中に変な気持ちが湧き上がるの。お兄ちゃんとか配達の人とか……見ているとどうしてもその気持がせり上がってきて――。
    「まずはお兄ちゃんを殺して『けんぞく』にしちゃえ……」
     自分の呟きに震え上がり、引き戻される。わたしはまた、変なことを……。
    「どうしたら、いいの……?」
     まるで自分の中にもう一人自分がいるみたい。お兄ちゃんを殺したくて殺したくてたまらないの――。
    ●花は鳥籠に
    「鳥籠に入れられた花は、鳥籠の中にいるほうが好都合だと思っているようです……」
     灼滅者達が姿を見せると、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)はぽつり呟いて顔を上げた。
    「闇堕ちしてノーライフキングとなろうとしている少女の元へ行ってください」
     通常ならば闇堕ちしたダークネスからはすぐさま人間の意識は掻き消える。しかし彼女は元の人間としての意識を残したままで、ダークネスの力を持ちながらダークネスには成りきっていないのだ。
    「彼女が灼滅者の素質を持つのならば、闇落ちから救い出してください。けれども完全なダークネスになってしまうようであれば……その前に灼滅をお願いします」
     灼滅者の素質を持つものならばKOすることで闇堕ちから救い出すことができる。
    「彼女、貴木・コルネリア(たっとぎ・ー)さんは日独ハーフの小学4年生の女の子です。 生まれてすぐにドイツ人の実父を亡くし、数年前に日本人の母が再婚しました」
     母の再婚相手はそこそこのお金持ちで、広い屋敷には使用人も数人いた。だが一年近く前に不慮の事故で義父も母も亡くなってしまい、今は成人している義兄の葉佐(ようざ)が家督を継いで家を取り仕切っている。
    「コルネリアさんは自分の腕の一部が水晶と化していることに気づき、何とか葉佐さんに気付かれないように隠しています。葉佐さんは可愛いコルネリアさんを誰の目にも触れさせたくないと考えて、ご両親をなくしたショックを引きずっていると学校に伝えてずっと部屋に閉じ込めています」
     最初の頃は両親の死でふさぎこんでいたコルネリア。気づけば腕の一部が水晶化していて、それ以来外に出たく無くなってしまった。故にある意味、兄による軟禁は彼女にとって都合がいい。
    「ただ……彼女には、お兄さんを殺して最初の眷属にしたいという欲求が現れ始めています」
     このままでは近いうちに兄を手に掛けてしまうだろう。そして次はきっと、屋敷に配達などで近づく人たちが狙われることは想像に難くない。
    「コルネリアさんと接触するのに最適だと私の未来予測が導き出した日の夜、寝る前のホットミルクを葉佐さんが持っていった時、コルネリアさんはお兄さんを殺してしまいます。ですから皆さんが訪れるのは、葉佐さんがホットミルクを持って二階へ上る前です」
     葉佐は玄関を入ったところにある階段を使って二階の端のコルネリアの部屋へと移動しようとする。その前に何らかの方法で屋敷に入り、葉佐を何とかしなくてはならない。
    「葉佐さんはコルネリアさんを偏愛しているようです……お二人は血が繋がっていません。人の嗜好についてどうこういうものではありませんが、その点は頭に入れておくべきでしょう」
    「お屋敷に入れてもらう時だけではなく、その後も葉佐さんがコルネリアさんの部屋に向かってしまわないように、注意が必要ということですね?」
     向坂・ユリア(中学生サウンドソルジャー・dn0041)の言葉に、姫子は頷く。万が一葉佐が戦闘中にコルネリアの部屋に行ったとしたら……十中八九葉佐はコルネリアをかばうだろうし、コルネリアにとっては葉佐を殺す絶好の機会になる。
    「一筋縄では行かなそうですね……けれども、私は彼女を助けたいです」
     葉佐がコルネリアに会いたいという者を黙って部屋に通す可能性は低いだろう。誰にも彼女を見せたくないと思っているようであるからして。
    「接触が難しく、そして鍵となります。また、彼女の心に働きかける事が出来れば、戦闘が容易になるかもしれません。皆さんの働きに期待しています」
    「はいっ」
     姫子の言葉に灼滅者たちとともに、ユリアも頷いてみせた。


    参加者
    神薙・弥影(月喰み・d00714)
    絲紙・絲絵(戀虚構・d01399)
    花澤・千佳(彩紬・d02379)
    鮎宮・夜鈴(宵街のお転婆小町・d04235)
    霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)
    天翔・鷹空(樒・d05247)
    天月・一葉(自称萌えの探求者見習い二号・d06508)
    アルゼ・フライッシュ(見習いエクソシスト・d07732)

    ■リプレイ

    ●鳥籠
     敷地に入って少しばかり行くと、その屋敷はあった。先祖代々使われてきたのだろう、大きくて時代を感じさせる屋敷だが、暗闇の中で周囲の街灯の細々とした光を浴びて浮かび上がるそれは、ひとけを殆ど感じないからか少し不気味に思えた。玄関灯が灯されていないのは、帰り来る人がいないからだろうか……そう考えるとなんだか少し物悲しくも感じられる。
     コルネリアの部屋は二階の端で窓から玄関先がみえる位置という情報だったが、玄関を挟んで左右どちらにあるのかまではわからなかった。それでも建物の壁にくっつくようにしてしまえば、たいていの二階の窓からは死角になるはずだった。窓から玄関口を見ようとしているなら特に。
     玄関を開けてもらう役目の花澤・千佳(彩紬・d02379)、絲紙・絲絵(戀虚構・d01399)、鮎宮・夜鈴(宵街のお転婆小町・d04235)以外はそれぞれ物陰に隠れたり旅人の外套を使用したりして、葉佐から姿が見えないようにと努めている。
    「絲紙さん、絲紙さん。愛はひとしくびょうどうなのですか?」
     不思議そうに尋ねる千佳。それに絲絵は得意げに答える。
    「嗚呼そうとも、故に独占とは尤も忌むべき事だ。僕だって平等に――コルネリアくんを愛でたい!」
     勿論平等主義に誓って、と付け加えて頷いた彼女に、千佳はそうなのですか、と頷き返した。肉親からの愛を知らぬ千佳が理解に至るには、まだ少々難しくて。
    「準備はよろしいですか? 押しますわよ?」
     玄関扉の前で絲絵と千佳に確認する夜鈴。その問いに二人が頷いたから、夜鈴はそっと呼び鈴を鳴らした。
     ピンポーン……。
     広い屋敷に染み渡るようにして呼び鈴の音が響く。応答があるまでの数分数秒が妙に長く感じて、灼滅者達を緊張させた。
    「……はい」
     でた! スピーカーから聞こえてくる声からはこんな時間に誰だろうと訝しんでいる様子が伺えるが、それはこちらも勿論計算済みだ。保護者役の絲絵が口を開く。
    「夜分遅くにすみません、花澤と申します」
    「夜おそくにごめんなさい。せんせいから、お届けものです。貴木さん、ぐあい、どうですか?」
     千佳がそれに続いて口を開けば、「ああ、コルネリアの」と幾分か理解を得られたような感触だ。もしかしたら葉佐からは訪問者が見えるタイプの呼び鈴を使用しているのかもしれない。夜鈴は不自然にならないよう、緊張の表情を隠す。
    「此の子すっかり忘れてしまってた様で。先生にちゃんと渡してねって、云われたみたいなんです」
     ぽんと絲絵が千佳の頭に軽く手を乗せる。その仕草はとても自然だった。
    「……少々お待ち下さい」
     ぷつ、と通信が途切れる音がし、沈黙が降りる。ふと絲絵が顔を上げると、分厚いカーテンの隙間から明かりが漏れ、誰かが顔をのぞかせていた。あれがコルネリアだろう。絲絵が小さく手を振るとびっくりしたのかすぐに隠れてしまったが。
     程なくして扉の向こうで履物に足をかける音が聞こえて、三人は顔を見合わせて頷いた。
     カチャ、カチャ、カチャリ……鍵を開ける音がして、扉がゆっくりと押し開かれる。
    「おまたせしました。コルネ……」
     思ったよりも真面目そうな男だった。ちらっと葉佐の顔を確認すると即座に夜鈴は魂鎮めの風を発動させる。
    「ご容赦を。この眠りも半刻のもの。貴方の大切な方の悪夢と共に醒めゆくものですの」
     ぐらり、葉佐の身体が傾くのを絲絵が支え、千佳が頑張って扉が閉まろうとするのを抑えた。
    「皆様」
     夜鈴の合図に隠れていた灼滅者達が集まってくる。その間に絲絵は葉佐の服のポケットをあさり、しっかり鍵を拝借した。
    「後は任せて下さい」
     支援を申し出た敦真と陵華が協力して葉佐を抱え上げ、リビングへと運ぶ役を担ってくれる。陵華はもしも葉佐が目覚めてしまった時、魂鎮めの風で再び眠らせておいてくれることを約束してくれた。
    「こんな広い屋敷に二人きりか、寂しいねえ」
    「そうですね。でもだからこそ、優しい鳥籠の外にも素敵な世界があるという事を、コルネリアちゃんと葉佐さんに知ってもらいたいんです」
     楽しそうな笑顔を浮かべたまま屋敷の中を見渡す天月・一葉(自称萌えの探求者見習い二号・d06508)。彼女はどんな時でも笑顔だ。
    (「兄妹でも……難しい感情だな」)
     運ばれていく葉佐を見て、霜月・薙乃(ウォータークラウンの憂鬱・d04674)はぽつりと心の中で呟く。自身にも兄がいる故の想いもあるが、より強いのはコルネリアに人を傷つけさせやしないという思い。
    「さあ、閉じ籠るお姫様に会いに行きましょうか」
    「後顧の憂いも無くなりましたからね」
     神薙・弥影(月喰み・d00714)と天翔・鷹空(樒・d05247)の言葉に向坂・ユリア(中学生サウンドソルジャー・dn0041)も頷いて、皆とともに階段を登っていく。
    「孤独なる者に救いの手を、導きし者達にどうか、その孤独を分かち合い、その荷を軽くする機会をお与えください」
     最後尾を行くアルゼ・フライッシュ(見習いエクソシスト・d07732)は、祈るようにそう呟いた。

    ●花
     ノックの音と鍵を開ける音に、てっきり兄が来たのだと思った鳥籠の中の少女――コルネリアは、扉を開けて入室してきた少年少女達に目を見開き、怯えたように分厚いカーテンへと包まった。
    「こんばんは。まよえるこひつじをすくいにきました」
    「あなた達は、誰? お兄ちゃんは?」
     まるで腕と自分の存在を隠すようにカーテンに包まるコルネリア。年の近い千佳が優しく告げるが、当然のことながら彼女はまだ警戒している。
    「あなた達、さっき玄関でお兄ちゃんと話していた人達ね。わたしはあなた達に用はないわ!」
    「僕たちはコルネリア君に用があってね」
     ひらりと絲絵が手を振ってみれば先程の窓辺でのやり取りを思い出したのか、彼女の表情が少し複雑そうなものへと変わった。それをみてすっとカーテンへ歩み寄ったのはアルゼ。コルネリアの前でしゃがみ込み、視線の高さを合わせる。
    「私達は貴方と同じです。皆悩み、苦しんできました。気持ちは、解わかります」
    「えっ……」
    「貴女のその腕は治す事が出来ます、心を強く持ってください。心の中の闇にお兄様を奪われてしまわないように!」
     追うように一葉が言葉をかけるが、彼女はいやいやをするように首を振って。
    「腕だけじゃないの。わたし、お兄ちゃんを……」
    「その腕も、こころのざわめきも、なおります。ぶちまけてしまいましょう。だいじょうぶ、こわくありません。わたしたちがぜんぶうけとめます」
    「もう、一人で苦しまなくても良いのです。苦しくて抑えきれなかった分は、私達も背負いますから。安心してください、どんなに悪い事になっても。私達が受け止めますから」
     皆まで言うのをためらったコルネリアに、それ以上言わなくていいと制するように千佳が、アルゼが。
    「同じ境遇で支えあう仲間がたくさんいることを教えに参りましたの。不安な夜にはいつだって傍にいるのですわ。闇に囚われそうなその時には、横っ面を引っぱたいて正気に戻して差し上げますの」
     だから一緒に、未来を望んで歩いていきましょう、夜鈴が告げて彼女の瞳を見ると、その瞳には透明な涙が溢れている。幼い心には突然現れた者に対する不審感りよも、彼らが自分が我慢してきたことに対する理解を表してくれたことのほうが大きな衝撃だ。
    「……その衝動のままにお兄さんを傷つけたら、後悔する。絶対、後悔するよ! 誰かを傷つけて、幸せになる方法なんてないから」
     だから自分たちの声に耳を傾けて欲しい。薙乃は思う。自分は兄に素直に接することができずに憎まれ口を叩いてしまって後悔するから、種類は違うけど、彼女にはそんな風に後悔をしてほしくない、と。
    「私も貴方と同じ……この身に潜む羅刹はいつだって血を、殺戮を欲して、私はそれに怯えているのですわ。でも……一人じゃありませんのよ。そして、それは貴方も同じですの」
    「貴方のその不安……その水晶化……俺達について来れば、直す事が出来ます。それを直して……お兄さんと、また何事も無く過ごしたいと思いません?」
    「……うん、お兄ちゃんと、普通に過ごしたいの。本当に治るのね?」
     夜鈴が柔らかく告げて鷹空が問いに頷けば、コルネリアはぽろぽろと涙を零した。弥影がそっと前に出て、そして語りはじめたのは自分が闇堕ちした時のこと。
    「私の時は黒いブヨブヨした生物になっちゃったのよね。でも助けてもらって今の私が居るの。この結晶化はちゃんと治るから心配しないで?」
    「そう、君は強い子なんだぜ、でも其れは立ち上がらないと実感出来無い事だ。戻らない物は確かに有るよ、けれど君は未だ戻れるんだ。手を伸ばす事を躊躇しなくて好い、其の手は必ず僕等が取るからさ」
     と、絲絵。だから手を伸ばして欲しい。安心して手を取ってほしい。
     アルゼがそっとカーテンに手をかけると、コルネリアは抵抗しなかった。涙をポロポロ零して、されるがままにカーテンを剥がれて。水晶化した腕を見られることにも抵抗を示さなかった。あくまでも『彼女は』。
     ぶんっと力強く腕を振って掴まれていることを突然拒否した彼女の視線は鋭くなり、表情も敵対的なものへと変わっていた。彼女の中のダークネスが抵抗をしたのだと気づいた灼滅者達は、それぞれがカードを取り出して素早く戦闘態勢を整える。
    「喰らい尽くそう……かげろう」
     解除コードを口にしてから今回は影技を装備していないのだと弥影は苦笑し、妖の槍を構えた。
     コルネリアが造り出した十字架が前衛を襲う。しかし説得が効いているのか、威力は危惧していた程ではなかった。しかし傷を負ったのは事実。一葉は、それでも笑顔でコルネリアの死角に回りこんで武器を振るう。笑顔でいるのは彼女に罪悪感を感じてほしくないと同時に友達になりたいと思っているから。
     前衛での戦闘は初めてだと不安とドキドキを口に出した弥影は、捻りを加えた突き出しでコルネリアを穿つ。絲絵の鋼糸が踊るように舞って彼女に絡みつく。
    「……すまないね、痛い思いをさせて」
    「そとのせかいは、きれいなだけではないです。でも、なにもないせかいより、ずっとずっときらきらまぶしくてすてきです。奏でましょう、コルネリアさん。あなたと、わたしのうた」
     歌姫の如き歌声でコルネリアを包む千佳。
    「お兄様と共に在ることを望むなら、お日様の下で微笑みあう方がきっと楽しいのですわ」
     夜鈴の風が仲間の傷を癒す。アルゼは苦痛に耐えていたコルネリアの気高さを信頼している。救いの為の闘争、それは喜ばしい事。だから嗤うではなく笑顔で挑んで。鷹空の逆十字が彼女に襲いかかる。
    「本当は戦ったり、誰かを傷つけたりしたくないよね。幸せな未来、絶対手に入れよう」
     呼びかけて、薙乃が緋色を纏わせて。ユリアが回復を引き受けるのと同じくして、援護に駆けつけた立夏、栞、莉子も前衛の傷を癒す。
     コルネリアに何度傷つけられようとも、灼滅者達は彼女が乗り越えてくれることを信じて諦めない。彼女の中のダークネスを灼滅すべく、力をふるって。彼女の心に語りかけて。
     ふらり……彼女の身体が傾いた時、誰もが固唾を呑んだ。パタリと床に倒れ伏した彼女を、一葉と弥影が優しく支えた。

    ●鳥籠の外へ
    「おめでとう御座います、貴女は自分の闇に打ち勝つことが出来たんです」
     ゆっくりと瞳を開けたコルネリアに、一葉は笑いかける。
    「守られているだけじゃない、愛する人を守る力を手に入れたんですよ」
    「力……」
     よくわからないとゆるり首を振った彼女は自分の左腕を見て、目を見開く。
    「治ってる!」
    「それが証の一つよ」
     告げた弥影はそっと彼女の手に学園のパンフレットを握らせ、いつでも歓迎するわと言い添える。
    「その力を、ここで私達と共に使っていきませんか?」
     トントンとパンフレットを突く一葉。千佳はきらきらと瞳を輝かせてコルネリアの横に座り込んで。
    「いっしょに学校にいきたいです。もっともっと、なかよしになりたいです!」
    「死力を尽くして戦った後は、お友達になるのがお約束ですのよ?」
     夜鈴も彼女と視線をあわせ、日溜まりのように微笑んで。それを見て彼女はぱっと表情を明るくして「行きたい!」と声を上げたが、次の瞬間その表情は曇る。
    「でも……きっとお兄ちゃんが許してくれないわ」
    「それは話し合ってみなければわかりませんよ?」
    「彼も同様に両親を喪ったんだ。執着は其れを埋める為なのかもしれない。たった二人の兄妹だ、理解し合わないで如何する?」
     鷹空と絲絵が葉佐との話し合いを勧める横で、薙乃はひょい、としゃがみ込んでコルネリアと視線を合わせた。
    「コルネリアちゃんは、お兄さん、好き?」
    「もちろん好きよ!」
     間髪入れずに返ってきた返事に、薙乃も笑顔になる。
    「そっか、ならわかってもらうためにがんばろう?」
    「大丈夫、貴女が強く望めば時間は掛かってもきっと兄様は認めて下さいます」
    「そう、かな……。でも一人じゃ不安だから、ついてきて、くれる?」
     一葉の笑顔は彼女の背中を後押しして。コルネリアはぐるっと灼滅者達を見回した。その願いに否と答える者はいるはずがない。

    ●鍵を開けて
    「……話は分かった。コルネリアは新しい学校に通いたいんだね?」
    「お兄ちゃん、お願い!」
     目覚めた葉佐とリビングで対面するコルネリア。灼滅者達はその様子を彼女の後ろで見守っている。だが葉佐は彼女の意思を確認してから口をつぐみ、目を閉じてしまった。その葉佐の表層意識を読んだユリアが、そっと仲間たちに内容を告げる。
    「葉佐さんは、迷っていらっしゃるようです……。コルネリアさんを外に出して危ない目に合わせたくない気持ち、自分の側においておきたい気持ちと、このままでは良くないという気持ちと……」
     それを聞いたアルゼが、思い切って口を開いた。
    「葉佐さんの想い、私はそれを愛だとは思えません。コルネリアさんを失うことの恐れ、傷つく事を逃れるための自己愛ではないでしょうか?」
    「……!」
    「葉佐さんも家族を失い、傷ついている事も解り。しかしコルネリアさんに背負わせるのも、また罪深き事かと」
     ぴくり、葉佐の肩が反応した。鷹空が後を押すように口を開く。
    「兄として大切な人を護りたいと思うのは解ります。けれど、コルネリアさんはまだ子供で、これから素敵な未来が待っている筈……彼女はその未来を歩むと決めたんです……兄の貴方は、彼女の思いを踏み躙るつもりですか?」
    「そんなつもりはない……ないんだ」
    「なら信じて下さい。この子が学園に来たら、俺も護りますから」
     鷹空の真摯な言葉を受け、葉佐は目を開けて灼滅者達を見回す。
    「本当に信じていいんだね? この子を託すよ?」
    「はい!」
     その言葉に誰からともなく答え、頷き、笑顔を見せる。
     鳥籠の鍵は、開かれた。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 23/キャラが大事にされていた 1
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