紫苑殺人事件~10年後・標の誕生日

    作者:一縷野望

    ●10年後
     そこにいたのは、長い髪を緩く流し三つ編みにあしらい花の紫飾りを揺らす20代半ばの女性であった。
    「良く来てくれたね、みんな。お願い、ボクを助けて」
     久しぶりに逢えた灼滅者達へ、指を祈りの形に組んで身を乗り出したのは灯道・標だ。
     かつて、武蔵坂学園でエクスブレインとして対峙していた頃に、こんな必死な形相で助けを請うたことなどあっただろうか――いや、ない。
    「ネタがでてこないなら、一旦物事から離れてみるのも……」
    「……って永久のアドバイスに従ったら、締め切りがデッドゾーンなんだよ!」
     つかみかかる標に対し、機関・永久は悠然淡々と揺さぶられるのみ。こちらは口調からたどたどしさが消えたが、さほど雰囲気の変化はない模様。
    「というわけでみんな、ボクの誕生日プレゼントに『殺人事件のネタ』をちょうだい!」

    ●状況説明
     灯道・標さん26歳は、4年前に投稿サイトにあげていたライトミステリーを拾ってもらう幸運に見舞われて、今は武蔵坂関連の調整係にプラスして年に数冊出しつつおまんまを食べてます。
     そのペンネーム『しるべ』せんせーですが、空前のネタギレスランプを起していた。
     そんなわけで、冒頭の誕生日プレゼントおねだりにつながるわけである。

    ●殺人事件の設定
    「決まってるの、タイトルだけでしたっけ?」
    「うん『紫苑の殺人』っていうんだよ」
     この花ね、と小学校の頃から大切にしていた髪飾りを首を傾け皆にみせる。
     花言葉は「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」
    「舞台設定は?」
    「……世間の常識が通じない隔絶した村で、大きな屋敷に紫苑の花が咲き誇ってる」
     パターンだよねと嘆きつつ、その絵面が浮かんでモノにしたい欲求は日々募るのみ。
    「だからね、みんなとパァッと昔みたいにフルカオス殺人事件ごっこすれば、なんか天啓でもふってくるかなーって」
     永久はくすりと羽根が零れるような笑みを零す。
    「要は遊びたいんですよね?」
    「……うん。毎年の誕生日殺人事件が楽しくてさ。それが原点なんだよ、サイトでやってた『参加型ミステリー』がウケたんだ」
     つまり舞台設定やらも色々と詰め込んで頂ければ是幸い。
     なくても標がみなの配役を見て、楽しくなるように設定するから、無理はしなくてもOK!
     あの日のように――【犯人】だの【被害者】だの【スケープゴート】だの【探偵】だの【医者】だの、好きな役柄になりきって、殺人事件の即興劇をやって遊ぼうってお誘いである。
    「えっと……」
     瞳を前髪で隠しがちにして照れを気取られぬように、標はぽつりぽつり。
    「紫苑の花はさ、ボクの誕生花で花言葉も好きで……思い入れあるんだ。だからね、めいっぱい楽しんで、その思い入れをよりいいモノにして欲しいな」
     ――ボクはエクスブレインだからお願いばかりだね。
     なんて、当時言えなかった「ありがとう」を籠めてそう締めくくるのは、大人になって照れやすくなったからだ。


    ■リプレイ


     七ノ香にとっては留学という未来へ羽ばたく旅立ち。けれど、キャンバスの二人は手つなぎ佇む。
    「10年前に、行ってしまいました……」
     残された私は『私』と重なり一時満たされた。ならばこの館へ集う者の未練がこのように描かせるのだろうか?

     紫苑館の朝――洋風のテーブルに純和風の食卓。メイドの涼子の注ぐ玉露の香りが満ちる。
    「緋頼の肉じゃがは最高だね、勇弥兄さん」
    「ああ、玉露のスキッとする清涼感がまたあうね」
     どうしよう、玉露に清涼感って次期当主の味覚を突っ込むべきか――味噌汁椀を銀のトレイに回収するメイドその2な愛莉は今回は口を噤んだ。
     嗚呼それが悲劇につながるとは! 涼子の盛ったミン……しびれ薬なのだ。
    「標、今夜は愉しみにしておいでね?」
     プレゼント。
    「さくらえさんも来ると言うし中身はアレかなぁ?」
    「標さん、自分も立ち会っていいですか?」
    「勿論だよ夕月さん。兄さんの芸術の一番の理解者なんだから」
     大学の友人と微笑む妹に寿ぎ、
    「ヒントは紫月さんに協力してもらっただよ」
     だが父の友人紫月はぼそり。
    「……いや、あれは完璧じゃない」
     空気は青い清涼感伴い冷えこんだ。
    「あー、彩さん占いで当てられる?」
    「当ててしまったら愉しみが半減するでしょう?」
     十数年前に失われた『団欒』を味わう彩は、手繰り引いた『塔』への不安を押し沈める。

     紫那乃の疑問、何故自分はフレンチメイド服なのか?
    「それは跡継ぎたる俺の神だからだ」
     地下座敷牢の下部の細い隙間から食事を受け取る和弥はパサパサの髪の隙間より眼窩を爛々輝かせる。
    「心の声となら会話が成立するんですね」
     呆れ声は悲鳴でかき消された。

     ――オレぁ見ちまった……。
     それがコック刑が生きてる最期の台詞だったという。
     死体の傍ガクガクと震えるのはミカエラだ。メイド従え駆け付けた標が問いただそうとしたら、
     キキーッ! ドン!
    「ブレーキが効かなくて」
     館ごと大揺れに驚き飛び出せば壁に人型の血痕と傍らでてへぺろ★する婦警レミの姿。
    「ぬいぐるみは趣味ではないのだけどね」
     和装瓜二つ実は片方人形なさくらえは、もふっと血まみれな直哉を見下ろす。
    「……ひっ! あれ見てください」
     !
     ミカエラの指す先奇妙な鳥の仮面。
    「セレスさん」
    「フンッ事故か、しかも人か」
     去って行く背に振るえる黒猫の腕。
    「生きてるぜ――警官のお届けにきたぜ! 事件だと聞いてな」
     既に満身創痍なのともかく。

    「あ、手帳が落ちてますよ!」
     夕月が拾い上げ開いたら、無残にも千切られたページが目に飛び込んでくる。サラサラと鉛筆で前のページを塗りつぶすが、
    「ダメですね、筆圧が抜けたページも千切られてます」
    「毒殺」
     何故か手際よく検視済ますセレスに皆の視線が緋頼へ集中、だが、
    「緋頼さんは共犯でしかないわ」
     さらっと罪を押しつける涼子、愛莉と紫那乃が羽交い締めで連れてきたのは柚羽だ。
    「見知らぬ女を匿っていたのよ」
    「キッチンで作業してるのも見ました」
    「得体の知れぬ匂いと物体を見たわ、あれは毒ね」
     メイド軍団の証言に緋頼は違うと目を伏せる。
     ――ただ愛しい人に逢いたいという柚羽の力になりたかった。
    「違います! 行方不明の夫の好物をつくっていたんです…ここが最後の目撃地点で」
     緑色に茶黒粒入りの氷菓の正式名を口にできていたならば、紫月の記憶が戻ったかも、しれない。だが物語は非情である。
    「……そう言えば勇弥様は?」
    「こんな時に姿を現さないなんて怪しいっす」
    「工房かな、見てくるよ」
     2階へ昇った標が見たのは血痕と花びら――記憶の幼い自分と姉の花遊び。
    (「ねえ、さん……?」)
     廊下で彩の首つり死体に気絶する。
    「きゃっ! やっと見つけ…」
     標を支えた夕月は彩の頬に触れ息を呑む。
    「人形、だと!? じゃあ犯人は人形師の彼?」
     床倉庫に逃げ込んだセレスは、身を挺し庇った彩を抱え痛みに目を顰める。犯人がメイド姿なのはわかったが…。
    「どうして彩さん人形を勇弥さんが作れたかですね」
     光の速さと言いつつ遅れて登場の穂純新たな刑事である。
    「彩さんの滞在はここ数日でした」
     夕月の証言に涼子は息を呑む。
    「まさか勇弥様が犯人」
     すぱーん!
    「ちょっと先輩メイドになにするのよ」
    「関係ありません。ご主人様を疑うなんて」
     ハリセンを楚々としまう愛莉。紫那乃は同僚達を取りなすように工房を指し「確認しましょう」と促した。
     !!
     出迎えたのは顔を粉々にされたメイド人形。猟奇な有様にミカエラは崩れ落ちる。
    「勇弥様にこんな趣味があったなんて、もう死なせて!」
     だがライターは黒柴がかっさらう。
    「それはラストシーンだから」
     淡々とクロ助をなでなでする実、メタい。
     わんわん泣きじゃくるミカエラをBGMに穂純と夕月は操作開始。夥しい人形の顔は勇弥と標、彩。あとは壊されたメイド。
    「俺は家族じゃないと言うのか、いあ、いあ……薄情なもんだね」
    「和弥様! 錠はかけたはず…」
    「先程館が揺れたろう? 弾みで外れる程には柔いさ」
     ヒヒと笑う和弥は手当たり次第に人形を壊し出す! 飛び散る『家族』の欠片。
    「神よ、全て滅ぼせ」
     穂純は銃の照準を合わせられない。
    「緊急時だから巻き込んでも大丈夫っす」
     そもそも一般人も死なない世界だしとレミ唆す。
    「く……コックに毒を入れるのを見られて消そうとしたら転んでその隙に横取りされて結果として口封じにはなったけど殺せてない!」
    「遺留品の猫の毛とつながりました! 犯人はあなたですね」
     和弥に手を焼いていた穂純は直哉には躊躇いなくトリガーを引いた。
    (「勇弥を連れ出すのを見た刑は法務り済み、あとは彩と庇ったセレスを始末し、頃合い見てアレを表に出せばいいわ」)
     カオスに涼子は内心ニヤリング。アレは既に和弥の信仰に沿った装飾済みである。
    (「標は兄姉の目の前で殺してあげる」)

     標私室――。
    「葛湯です落ち着きますよ」
    「僕には姉さんがいた」
    「はい、紫苑の庭が羨ましいと言ったら彩さんが料理を作る人になればいいと」
    「やっぱり、でもおかしい」
     もう一人いた子は誰だろう?

     事件より人形とメイン工房に行ったさくらえ。
    「華がないな」
     和弥の信じる神のせいで勇弥フレンチメイド服な勇弥へゴシックレースをあしらう。
    「あたたかみも足りませんね」
     紫那乃はもふっとケモ耳カチューシャ。
    「ご主人様に何をされてるんですか!」
     すぱぱぱーん★愛莉は二人を張り飛ばす。
    「幾らご主人様が犯人だからとはいえですね……」
     さらり犯人認定。
     あとな、サラサラ銀髪バキバキつけま口紅ガーターベルト…アレコレ飾り付けられて行く有様を黙って見届けてたのも愛莉さんだ!
    「こんな恥ずかしい犯人だなんて! ご主人様ぁ」
     取りすがるミカエラへメイドず問う。
    「あのずっと聞きたかったんですけど、あなた誰ですか?」
    「ご主人様の愛人です!」
     違います!
    「髪色でわかりました、彼は行方不明になった主人です! あなたこれを食べて思い出して」
     みゃーとか鳴いてガサガサ言う物体Xを柚羽から口に押しつけられて死亡。
    「そうか、ここにいてもチョコミントの当たり棒は永遠に交換できないな、あと暑くなってきたし。清涼感と真逆だ」
     一部始終を見守っていた紫月は「あなたー」と泣きじゃくる柚羽を背に去る。ああ夫婦すれ違い、なの?
    「全て夢幻に帰すのよ!」
     ミカエラさん思いっきり火を放ったぁ!
     どぉん!
    「発破技術士免許もちゃんと持ってるから火薬で爆破もできるぞ」
     加具土と尻尾の追いかけあいするクロ助さんと共に、実現場からお送りします。
     ラストシーンですしね! でもいい話で終らせたいのでー、
    「よかった、彩姉さんここにいたんだね」
    「標、思い出したの?」
     火事とは無縁の紫苑の花畑の中からお送りいたします。
    「よく花びらあわしてせ一緒に遊んだよね」
    「よかった無事で『塔』は覆せたのね」
     離れないと手を取り合う姉妹はやがて確りと抱き合った。それを引き裂く声は、涼子。
    「あーあ、正妻の娘は良いわよねぇ! あなた達遺産の為に死んでもらうわ」
    「! 涼子ちゃん、もう止めて。お金なんていらない」
    「そうだよ、みんなで分け合えばいいじゃない」
    「愛人の子に権利があるわけな……」
    「そもそも父様結婚してないから、正妻がいないんだよね――だからみんな愛人の子だよ?」
     嗚呼、この殺人に果たして意味はあったのか?


     忘れたくない、貴方と過ごした愛しい日々を、ところで忘れたくない人は『誰』だったろう?

     エンスト立ち往生のイミテンシルをにべもなく断わる慶。
    「お困りのようですよ」
     柔和な雄哉が導けば、
    「標さんならええっていわはりますよ」
     風来坊伊織の笑顔でなし崩し。談話室へ向かう。

     母見つからず、落胆呼ぶ調査結果を携えライトキャリバーで乗り付けた探偵葵は満面の笑みの標に面食らった。
    「母さんね、見つかったんだ」
    「標ちゃんのお友達?」
     夜音の眠たげな瞳は確かに似ている、が。
    (「母親が姿を隠したのは標を護る為、戻ったとしても姿を変えてだと考えていたのだが……」)
    「僕は我が子を守れればいいんだよぉ」
     母を『演じる』
    「明日は標ちゃんの誕生日、お客さんが沢山だよぉ」
    「葵さんもどうぞ」

     一面の紫苑。
    「苦労して休みを取った甲斐があった、家族に自慢してやろう」
    「いつもは真面目な書店員のニコさんの珍しい所を見れらたな」
    「……と、無道さん」
    「ここをモデルにした小説のモチーフは実際に伝わる民謡が……」
     出先での出逢いに話しが弾む律とニコ。
    「etoile……失礼、あなた、背後注意なのです」
     藍色髪のチセは星の巡りと心配下にニコへ視線を注ぐ。
    「紫苑は鬼の醜草という名もございます」
    「!」
     包帯だらけの者の『後ろ』からの声に引きつる背を律はぽん。
    「管理人の謡さんだよ」
    「『思い草』を備えた弟に墓守の鬼が感銘を受けたのが由来です」
     ぺきり。
    「花言葉の話、よく飽きないわね」
    「歌菜お嬢様」
    「妾腹だけどね」
    「それも繰り返し、無闇と摘んではいけませんよ」
    「それも繰り返しね――首を狩られるのかしらね」
     物騒な会話に被さるのは興奮する声。
    「鬼、あの伝奇小説もこの館がモチーフだったのか……!」
     作家名は確か――。
    「陽桜」
    「はい、あなた。探しておりました」
     にぃと笑む娘はニコの腕を取る。
    「……カミサマが、顕れたね」
     二人の巫女の片割れ紗夜は宿し者。
    「お祓いが必要とされそうです」
     沙希は祓いし者。

    『明後日には帰れます。いつだって貴女を愛するママより』
     メールを送信した所でノックの音。
    「まぁ雄哉さん。先程は取りなしていただきありがとうございます。お陰で夫と娘に逢いに行けます」
    「それはよかったです」
     ――逢えませんけどね?
     銀星めいた煌めき、それが終の視界。

     明けて誕生日――死体は2つ、まだ。紫苑の中吊されたニコと私室のイミシンテルの刺殺体。
    「成程、これは密室殺人だ!」
     イミシンテルの刺殺体の前で手を打つ明日香、ああどうせなら男の娘の遺体がよかった。あとニコのはわかんないから放置。
    (「本人が開けて招き入れてくれたけど鍵は閉めてないなぁ」)
    「しかし既に謎は解けている! 犯人は予め自分の鍵とすり替えておき……」
    「鍵? 戸締まりで締めましたよ。それで、殺人を隠匿しますか?」
     ずっこける素人探偵をスルーする慶にも標は震えて返事もできない。夜音はきゅうと娘を抱きしめる。
    「怖がらなくても大丈夫さんだよぉ」
     ――まるで母の意識そのものだと葵。
     ぴくり。
     ああ、愛の奇跡か娘に逢いたい一念が母の息吹を再生し……。
     どすっ。
    「素人は黙っててください。こういう屋敷には隠し通路があります、紅葉知っています」
     だから本人が開けて(略)いや、それより何故刺し跡に正確に刃物入れてるの紅葉さん。
    「Mystere……ニコさんの死体はどういう意味があるんでしょう?」
     墓場に正座して鬼の仮面、チセは首を傾げる。
    「民謡の見立てだね。あと後ろから殴られてる、柔らかなもので」
     友人の死の悲しみ隠して律。
    「背後にお気をつけてと言ったのに……」
    「とにかくお祓いするのですよ。標ちゃんのお誕生日を浄化するためにも」
     沙希は白くて丸いものを掲げる、紙垂と言うには無理がないかそのもきゅって言うやつ。
    「ん……これはなんだ? 有城雄哉様へ」
     明日香がつまみ上げたのは蝶の意匠をあしらったカード。
    『――前略、シリアルキラー様、あなたのお命頂戴します。正義の味方より』
    「な……!」
    「ある時は蝶のように、ある時は花のように」
     ひらりん! ひらっひらっ!
     レースのミニスカはチェックのアイドル仕様、バタフライマスクで正体隠し口上述べる沙紀は矢をつがえ躊躇いなく、引いた。
     とす!
    「……ぐおっ」
     心臓貫き。
     たった今、目の前で現行犯の殺人が行われたわけですがー、
    「標ちゃん、正義の味方がきてくれたからもう大丈夫だよぉ」
    「夜音母さん……」
     なんだろうこの大団円の如き幕引きモード、まだ割と解決してないんだけどなー。
    「うーん……」
     柔らかな殴打で気絶だけだったニコは目を覚ますが、紅葉ちゃんと仕事した。

    「カミサマ騙りとは恐れ入るわね、沙希」
    「何のことですか? 紗夜」
     抱えるモフモフを撫で紗夜はうっそり。
    「それも全てカミサマの言う通り」
     振り上げる『凶器』を『書』で止めて、
    「それはカミサマに逆らう、いけないの」
     ――ッ!
     数刻後同じ場所から響く楽しそうな鼻歌に伊織もハミングをあわせた。
    「♪貴方を全て忘れてしまう前に……」
     鼻歌交じりで沙希の死体に紫苑を喰わせる陽桜は、迷い人の伊織へとすっと紫苑の茎を束ね尖らせたモノを差し込む。
     旅の終わり。
     でも、
    「貴方は、何処?」
     ワタシ、見つからない。
    「お探ししましょうか?」
     ちゃらりと下げたペンデュラム。「チセさんやその呟きに対応する前に死体をだな」と突っ込む人は残念ながらここにはいない。

    「供えられた花か、しかも口から……」
     墓の左右に横たえられた伊織と沙希の遺体の口から生える紫苑の花束に律は溜息を吐いた。
    「作品を知る人なら誰でも出来ることかしら?」
    「いや、『口から花』はこの館に伝わる古文書を知らねば出来ぬことだよ」
    「……それを知ってるアンタは怪しいな」
     おっとガッカリ探偵明日香、珍しく筋の通ったことを言ったぞ!
    「そう、だね」
     どうして怪しまれる発言をしたのか――後に律は獄中でこう語ったという『僕にも忘れないと誓った人が居たんです、だから『忘れたくない』と嘆く陽桜さんから疑いを逸らしたかった』と。

    『――前略、本日誕生日を迎えた標様、あなたのお命頂戴します。正義の味方より』

    「……ッ! なんでボクにこんなモノが」
     雄哉を葬った『予告状』に標は床に崩れ落ちる。
    「大丈夫、ね?」
     傍らにしゃがみ手を取る夜音はやはり標とさほどの差もない見目だ。
    (「『正義の味方』は今まで一度として殺人者を見誤った事はない。これが届いたという事は……」)
     葵の冷めた瞳の向こう側、扉が開……と思ったら真向かい側の扉も同時のバーン!
    「――は! 陽桜さん、あなたの探してる人はこちらです」
    「あなたが代々の娘達を喰らって生きながらえてるのは調査済みよ!」
     左側:チセと陽桜。
     右側:正義の美少女沙紀さん。
    「えー、そんなのも調査できちゃうんだー……」
    「つまり私への依頼は」
    「カモフラージュだよ、葵さん。ちぇ、バレなければなにもせずに屋敷から出してあげられたんだけどな」
     懐から出したナイフはカンッと矢で祓われる。
    「させないわ」
     しゅばばばばば!
    「危ないの」
     無数に射出される矢へ夜音が身を晒す。助かったと唇を綻ばせる標は母に重なるように倒れた。背中からナイフが生えている。
    「貴方だったのね、もう忘れない」
    「だから背後に気をつけて下さいと……」
     嘆くチセのペンデュラムだが、指していたのは標ではなく誕生日を祝う祭壇に置かれていた分厚い書であると本人すら気づいていない――。
     否、
     歌菜のすんなりした指が伸び、ページを繰る。
    「……一族の秘密を握っているのは謡だと思ってたんだけど……って、掠れて読めないじゃないの」
     経年劣化の文字はミミズののたくり。舌打ちする歌菜の眼下――ぱたり、本のページに新たなインクが落ちた、それは赤い赤い赤い色。
    「好奇心猫を殺すってね」
     ぱふり。
     書を閉じ大切そうに抱える紗夜は、うっそりとその場に生き残る面々へ告げる。
    「カミサマ――紙、様、の語る真実は、暴かれてはいけないの」

     紫苑の館の花園に残ったのは孤独な鬼が、ひとり。
     並ぶ遺体を前に墓穴を掘り、おさめ、掘り、おさめを淡々と繰り返す。
    「ああ」
     その手が一時止った。
    「歌菜さん、貴女を葬る羽目になるとはね――だから言ったのに」
     無闇と摘んではいけないと。
     ……その数だけ『カミサマ』は血を求める。
     …………『書』に綴じられた笑顔は、陽桜にも紗夜にも沙希にも雄哉にも紅葉にも沙紀にも、誰かさんを過去に手にかけた誰かさんに瓜二つ。

    作者:一縷野望 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月22日
    難度:簡単
    参加:36人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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