遥凪の誕生日~なにもしない、を、する。

    ●どうしてこうなった
     彼女は、途方に暮れていた。
     あの日パスポートと携帯電話とちょっとした手荷物とキャリーバッグを手に、意気揚々と空港の国際線出発ゲートをゲートをくぐったはずだ。
     彼女だって普通に旅行とか観光とか楽しみたかった。切実に。
     なのに現地マフィア同士の抗争に巻き込まれ喧嘩両成敗したらなんか軍のお偉いさんから指導官になってくれみたいなことを言われて数年は解放してもらえずようやく御役御免となったので今度こそ旅行を楽しむぞって思って世界一周クルーズ船に乗ったらいきなり海賊の襲撃を受けてこいつらもうっちゃったら今度は海賊退治に力を貸してくれと言われてまた数年。
     なんだかんだで10年が経過していた。
    「……日本に帰りたい」
     ぽつりとこぼす。
     今の彼女の格好は、砂色をベースとした迷彩模様の戦闘服に同じ色の通称テッパチと言われるヘルメット、あと愛用の斬艦刀。
     どう見たって観光っぽくないしなんなら楽しむ格好ですらなかった。いや、サバゲー的なアクティビティならありえるかもしれない。
     どうしてこうなった。
    「もう嫌だ、私は帰る!! 日本に帰る!!」
     周囲にまったく人がいないわけじゃないが、突然声をあげた彼女を不審がる人はいない。
     なにしろここ数日ずーっと同じことの繰り返しなのだ。
     それというのも、もうすぐ彼女の誕生日が来る。
     来るべき20代最後の誕生日を海賊対処部隊で迎えたいほど、彼女にミリタリー趣味はない。
     そんな彼女に、同じく砂色の砂漠迷彩を着た自衛官が日本語で声をかけた。
    「はるなさーん、あと数日で日本に帰国する部隊がありますけどどうしますー?」
    「行きます!!」
    「護衛艦と輸送機どっちがいいですかー?」
    「日本に着くのが早いほうで!!!」

    ●ということがあったんだ
     いくぶんか日焼けした顔に不機嫌を浮かべ、白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)はカップにコーヒーを注いだ。
    「日本に帰りたかった」
    「などと容疑者は供述しており」
    「容疑者じゃない。ちゃんと正規の手続きを踏んで輸送されてきた」
     輸送なんだ。
     クリーマーでミルクを泡立てながら、ちょっと優しくない輸送方法だった、と溜息をつき、
    「そんなわけで、私はもう何もしない。なにもしないからな」
    「せっかくの誕生日なのに?」
     毎年誕生日をカフェで過ごすために誘ってきた彼女が、ここへきて何もしないとは。
     しかしその問題は、彼女のそばでタブレットを眺めていた衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)が解決した。
    「そんな遥凪に俺からのプレゼント。人間やめてこい」
     もふもふと泡立てたミルクフォームをコーヒーに注ぎながら溜息をつく遥凪に、ほら、と日向がタブレットを向ける。
     そこに大きく表示されているのは、いかにも柔らかそうなクッションと『人間やめませんか』の文字。
    「家具店のショールームに併設されたカフェだってさ。一切のものを持ち込めず、ただだらだらすることだけが目的のカフェで、売りは『人間をやめたくなるクッション』。全身を包み込むような柔らかさに一度でも身を預けたら最後、二度と起き上がれなくなりそうな魅惑の心地よさのクッションらしい」
     なにそれこわい。
     遥凪は食い入るようにタブレットを見つめ、ばっと顔を離したかと思うと拳を握る。
    「決めた。今年の誕生日は『なにもしない』をするぞ!」
     力強く宣言する彼女の前にあるカップから、ミルクフォームの猫が顔を出していた。
     ということで、遥凪の29歳の誕生日、始まります。


    ■リプレイ

     和室にしつらえた店内には、テーブルとそのまま腰かけるにはやや大きいソファにもったりとしたクッションが置かれている。
     サイズは様々で、あらかじめ置いてあるものが気に入らなければ別のものを選べるように、隅のほうに色違いのクッションがサイズごとに分けて置いてあった。
     畳敷の一角にはいっそう大きいクッションが置かれており、なかでも一番大きなサイズのクッションの上には。
    「とけている……」
     誰ともなく、呆然と口にする。
     靴を脱いだきり黒い三つ揃えの上着を脱ぐこともせず、ばったりと倒れ込んだ拍子にほどけた髪も気にせず、遥凪は黒にも見える濃茶のクッションと同化していた。
     姿勢を変えようと身動ぎすると、クッションは絶妙な加減で彼女の身体を包み込む。
     にじにじとしばらく動いていたかと思えば。
    「……もう私はダメだ……私はこのクッションと一体化してしまった……世界はクッションに征服されてしまうのだ……」
     なんか言ってる。
     そんな彼女に向かって、
    「白嶺さんお帰りなさいですよ~!」
     トロそうな白衣に着物女子がずっこける。
     ぽっふんとクッションにつっぷした拍子に眼鏡がずれてしまい、
    「はわわ、眼鏡、眼鏡……あった」
     慌てて眼鏡をかけるユーディに、イヴが笑う。
    「はじめまして、白嶺先輩! イヴと申します。昔、ユーディ姉さんがお世話になりました」
     挨拶とともにたゆんと揺れる豊かな胸。
     同じく豊かな胸の、しかしてこちらはいい感じに黒ギャル継続中の伊与が手を振った。
    「はるなさん、お誕生日おめでとう。そして、日本帰還おめでとうだよ」
     懐かしい手折だよ。
     笑う彼女の声は確かに懐かしく、遥凪も笑い返した。
    「電報で、今日このカフェに来ると聞いたので駆けつけました」
    「ああ……」
    「大学の夏休み? からいきなり姿を消したので心配したんですよ」
     言う間にほろほろと泣き出すユーディを、伊与とイヴがなだめる。
    「ユーディ、泣かない……」
    「姉ちゃん泣かないの」
    「久しぶりにクラスメイトが再会するから、大泣きしてりゃいみないよ」
     ぽんぽんとユーディの背中をなでてやる。
    「先輩が日本に戻って来ると聞いて。速攻、直ぐに日本に帰ると泣き出すから……連れて来るのに苦労したぜ」
    「壮絶な10年でしたね……お疲れ様」
     イヴとユーディのその言葉に遥凪は気づいた。
     その10年とは大学の4年間、そしてその後の6年間だ。
    「青春の一番大切な時期に、私はいったい何をしてきたのか……」
     ふたたびずぶずぶとクッションに沈み、黒い何かと化す遥凪。
    「海外での活躍聴いてます。お疲れ様でした!」
     何故か敬礼するイヴにいっそう沈む。
     そんな様子に笑って、伊与は改めて近況を報告する。
    「あたしとユーディは武蔵野の大学で教鞭取っているんだ。お互い大学がロケットチャレンジ専攻した仲だからね。あたしはギャル先生で」
     人好きのする笑顔で言い、ふいと示す。
    「ユーディは技術肌かな。ユーディはそっちにいる妹ちゃんと大学卒業してから海外に出て船上暮らし」
     私も人の事言えない。と溜め息をつくユーディ。
    「隣にいるのは妹のイヴだよ。この子、学園で海洋学専攻しているけど。二十歳になるまで海に行きたいと旅に付き合わされ、つい最近まで船の生活してたのよ……」
     地上が恋しい、とまた涙。
    「おれも小学校卒業してからわがままで。海外に行きたいと手折先輩やユーディ姉ちゃんにせがんで苦労させたから」
     今日だけゆっくりしてほしいんです。
     姉たちをいたわる妹に、遥凪は自分の妹たちを思って目を細めた。
    「それじゃ、おれはそこら辺でコーヒーを飲ませて頂きますね」
     言っていそいそとクッションに収まるイヴ。
    「何はともあれ今日はなにもせず、だらだらとクッションを楽しみますか」
     伊与ものっふんとクッションに寝そべり笑った。
    「白嶺さん、暫く日本にいる? 良ければさ日本の温泉巡りしない?」
     誘いに遥凪が身を乗り出すと、ユーディとイヴも額をくっつけて話に乗る。
     きっと、楽しいひとときになる。

     買い物帰りに一休み。
     仁恵はホットほうじ茶ラテとパンプディングを、静はあったかい紅茶を頼んでソファに座り、夫婦並んで天井を見上げている。
     とすんとクッションに背中を預けた静は、あ。と声をこぼしたと思うと。
    「はぁ~~~~~、ずぶずぶ沈む~~~」
     喋りながらどんどん姿勢が崩れて、最終的に寝そべる姿勢まで行く。
    「ああ……だめだこれ……もうなにもいらなく……ああ~~……」
     ずぶずぶずぶずぶ。
    「ねえ仁恵、これ買って帰ろうよー」
    「駄目ですよ静、お高いのでしょうコレ」
     かろうじて人のかたちをとどめる夫のお願いをぴしゃりと却下する。
     高い買い物は夫婦間ディベートで購入可否が決まる制度がある。
    「この前炊飯器が壊れて買い替えたばかりですし、ソファーも家にありますし」
    「えぇ、うちのソファじゃここまではいかないでしょ」
     子供達も喜ぶってきっとー。
     静の訴えに仁恵は溜息をつく。
     子供が人間辞めたら困るでしょうて。
    「それに、これ一人一つ必要なタイプのクッションでしょう?」
     などと難色を示す妻を見た。
    「いやでもその姿勢……君だって完全にくつろいじゃってるじゃない」
    「それはソレ! コレはコレ!」
     静と同じようにクッションに沈みながら反論する彼女の姿に説得力はない。
    「料金分ニエはもう人間を辞めましたよ。世界がなんと言ってもニエはもうここで暮らしますから」
     ついにはそんな宣言までもして。
    「て言うかこれ食物すら摂取出来なくないですか?」
    「ああうんぶっちゃけ僕もお茶一口も飲めてない」
     ふたりの前では、お茶がゆっくりとぬるくなっていく。
    「でもいいよね、もはや人間であることに……価値など……ふあぁ」
     脱力ともあくびともとれる声を出しながらまたずぶずぶとクッションに沈む静。
     仁恵もとろとろと沈みながら天井を見上げる。
    「あー……晩御飯作らないといけませんよね……」
     う、うぐー。
     そろそろ人に戻らなければ。
    「ニエは……ニエは人に戻………」
     しかしてクッションは、仁恵が人間に戻るのを引き留める。
     もだもだと身じろぎして、力尽きたようにぱったりと動きをとめ。
    「静、静立たせて、立たせて下さい」
     助けを求めた静もクッションの魔力から抜け出せない。
    「ごめんもうちょっと待って、動き出す気力を……絞り出すから……」
     ああ……でもこの体重移動に完全に追従する甘美な地獄が……。
     なんとか動こうとして、けれどふたりで転がってしまい、こっつりおでこもひっついて。
    「「あー」」

     くるり店内を見回した守は、俺が目星つけてたやつがいた、と声をあげ。
    「いましたよ例のクッション! のでかいやつ」
     でかいというより巨大なクッションに向かって迷わずまっしぐらに、抱えるみたいに頭からつっこむ。
    「ノーダメでまんま埋まっていけるのやべぇええ」
     感激の声と共に、決して小柄ではない彼の姿が、ずぶずぶ、ずぬぬ。と埋まっていく。
    「……腰めっちゃらくー」
     人間をやめたくなるくらい心地よいのだから、そういう目的もかねているのだろう。
     そして守が迷わずクッションに顔を突っ込みに行った所を見送り、手近な小さいクッションを拾い集めていくシィ。
    「ホラ、コレガオ望ミデショウ」
     埋まっている守に後頭部中心にクッションを乗せていき追い埋め。
     姿が見えなくなった頃。
    「……だー!無心で沈んでんだから止めろって! 今の俺がウェルカムしてやるのは掛け布団だけです!」
     ぼふっとクッションをはねあげて抗議した。
     残念ながらそのサービスは存在しないので、お買い上げの上ご自宅で思う存分堪能する他ない。
     とはいえ、投げ返したいけど動きたくない。
     どうかしたかと訊かれて、今ちょっと介護そのもんじゃなく用品上げ下ろしでうっかりした身を労ってる。と答える。
     もうひとつクッションを押し当て、
    「……ヒトツ買ッテ帰リマショウカ」
     シィがほつりと呟き、守は何か聞こえたと顔を上げた。
    「ツボ入った?」
    「オ前程デハ無イデスネ」
     答えながら、『抱き枕にオススメ!』のポップがある薄桃色のクッションをふにふにと触る。
    「あれ、ド桃はさんざ見てきたけど、可愛い感じのピンク好きだったっけ?」
    「ワタクシガ使ウ色合イニ見エマスカ? 精神病院ナラ紹介出来マスヨ。医者ハ居マセンガ」
    「廃墟じゃん!?」
     更に言葉が続けばクッションを前から顔面にシュート。
    「ソノクッションオ前ゴト家ニ送リツケテヤリマショウカ」
     言ってたら品が跳ね戻っていって。
    「……古ビタ枕ヲ捨テガラナイ子供ガ居ルダケデス」
     どこかはっきりとしない言葉に、守の表情が変わった。
    「……へぇ、へーーーぇ」
     プレゼントだな何て思えば笑顔で指立て。
    「うん! いいんじゃね?」
     深く突っ込まず、けれどその真意を理解して。
     クッションに寝そべる守の隣にシィも腰かけ、気だるげな長躯を預けた拍子に、足までもある長さの黒髪がゆるく模様を作る。
     受け取った相手のその表情を、それぞれに思い浮かべながら。

     織久が不眠気味で心配だ。
     原因は分かっているけれど、解決は難しい。
     怨敵たる六六六人衆は滅んでいない。
     しかし今の社会では無闇に灼滅する事は許されない。
     彼らは、表向きはトラブル処理や探偵業をする何でも屋、裏では暗躍するダークネスの処理も請け負っている事務所をやっている。
     織久は事務所の実行部隊長だ。
     だが、その仕事のなかで彼の狂気が満たされることはない。
    「(我等が怨念いまだ消えず、私の狂気も消える事はない)」
     ただ、楽になりたいと思う時はある。
     彼の狂気が発散されず、その抑制により不眠気味だということには気づいていた。
    「でもどうにかしてぐっすり寝かせたいんですの」
     それはベリザリオの心からのいたわりで。
    「今日は所長権限で休みにして織久には何もさせませんわ!」
     と、いきなり休暇と言われて連行された織久。
     部下もグルでした。彼等が何を心配しているかは分かっています。
     だからこそ、拒否は示さない。
     ベリザリオはにこにことして、そんな弟を監視もとい眺めて。
     カフェで温かい飲み物を飲んだ後にソファに連行!
     逃げないようホールドして、一緒に横になりましょう、と半ば脅迫じみたベリザリオに織久はそっと溜息をつく。
     抵抗は許されないようですし、所長命令に従いましょう。
    「わたくし達にとってはいつもの事ですけど、エチケットは大事ですの」
     和室の中に目隠しになりそうなものはないけれど、クッションをいくつか重ねてしまえば他の客から見えることはない。
     長身がふたり寝そべっても充分な大きさのクッションに横になり、その顔を見つめた。
    「おやすみなさい織久。束の間でも穏やかな夢を」
    「……ありがとうございます、兄さん」
     わずかでも、その魂が安らぐように。

     ホットショコラ片手に、クッションに身を預け、骨抜きになりながら、佐祐理はお誕生日おめでとうございます、と微笑んだ。
    「そこまで波瀾万丈ですと、何もしたくない! と言いたくなるのも仕方ないですよ~」
    「さすがに私も、ここまで波瀾万丈になるとは思わなかったが……」
     もう少し、普通に波瀾万丈でありたかった。
    「白嶺さんの話聞いてたら、なんか、私、かなりちっぽけなネタで「何もしたくない!」になっていたみたいです~」
     ほんわりと溜息をつきながら彼女が語るには。
     婚活してたはずが、お断りやフェードアウトなどで全部バツ。そこから自信喪失&五月病状態で、この有様。
    「まさか私の正体である淫魔の力で、強引に……何てマネは、人倫に反しますし」
     確かにそれはかなりアウトだ。
     どうしましょう、と見やった先、遥凪がまたクッションと同化していた。
    「私も婚活とか普通のことを言ってみたい!!」
     つっぷしてうだうだと叫ぶ彼女をよしよしとなだめてやり、ふと佐祐理は気づく。
    「あ! そもそも私、人間じゃ無いんですけど良いのかしら?」
     なぜならこのクッションは『人間をやめたくなるクッション』なのだ。
     彼女が使ってもよいものだろうか。
     思案する佐祐理に、遥凪は脱力しながら応えた。
    「使うと人間をやめたくなるのだから、人間でないなら問題ないかもしれないな」
    「そういうものでしょうか?」
    「そういうものだと思う」
     だってほら、こんなにも気持ちがいいのだから。

     紗里亜はスーツのジャケットを脱いでクッションにダイブ。
    「おお、これは、沈みます~……」
     はふぅ。
     ずぬぬと沈んでいく彼女を遥凪が眺めていると。
    「遥凪さん、29歳のお誕生日、おめでとうさんです!」
     お祝いの歌を歌う保へ礼を告げ、歌い終わった彼に拍手。
     陽桜も一緒に拍手をし、
    「遥凪さんがお誘いしてくださるカフェ、10年前からすごく素敵なお店多かったので、今回は敵情視察を兼ねて……なんて言い訳しつつ、まったりしに来ました♪」
     笑う彼女に遥凪は、今回はあれが選んだがと苦笑した。
     にこにことしながら店内を見回し、
    「紗里亜さんもこんにちはですよ……っと、わぁ……、紗里亜さんが陥落されてます……っ」
     幸せそうにクッションに沈む紗里亜の姿に驚く声を聞きつけて。
    「あ、羽柴さんだぁーやっほぉー」
    「あ、シャオさんも……っ」
     空いてるスペースで等身大かそれ以上の大きな黒いもふもふに上からもふっとして両手でもふもふぐでぐでしていたシャオ。
    「もふもふはいいよね……動物でもクッションでも、もふもふした子をもふもふすると自分ももふもふになったみたいなもふもふ感あるよね」
     もふもふ。
    「なんかもふもふがゲシュタルト崩壊しそうです」
     そうだね。
    「それではあたしもー」
     やや勢いをつけて、陽桜もクッションにダイブ。
     ほどよい弾力が身体を受け止め、姿勢を変えてもしっかりと包んでくれる。
    「ほわぁ、気持ちいいですー」
     クッション持たれたり抱きしめたり幸せそう。
    「お気に入りのクッションあったー?」
     シャオの問いには、まだー。との答え。
    「家具屋さんのショールーム併設ということは、このクッション、買って帰りたくなっちゃいますよね?」
     はたと気づく陽桜。
    「というか売ってるならあたし、買って帰りたいですー」
     ぎゅーっとクッションを抱きしめて言う彼女に、紗里亜が手をあげた。
    「陽桜さ~ん、クッション私も欲しいですー……」
     その声を聞いた保が声をかけると。
    「わぁ、紗里亜さん、お久しゅうです」
     挨拶にはたはたと手を振る。
    「保く~ん、立派になりましたねー……」
    「ふふ、そうかな」
     返る言葉に照れ、今日はどうしたかと訊くと、ほふぅと溜息が答えた。
    「……忙しすぎて、人間やめにきました~」
     法学部、大学院を卒業後、ESP法の整備に携わっており、新進気鋭の法学者として、メディアへの露出も増える日々。
     慌ただしい日々のなか、多忙に多忙をきわめている。
    「何や忙しそうやねぇ……今日は、一緒にだらだらしましょ」
     だんだん埋もれていく。そのそばでクッションと同化する遥凪。
    「和室にクッションて、ええよねぇ、ふふ」
     微笑み、保もそぉ、っと息を吐く。
    「……ほんま何もせんでええ気がしてきた」
     まどろみに似た、とろりとした空気。
    「折角だから皆の10年のお話も聞きたいな。僕、裏で情報屋してるとはいえ、基本依頼無い限りは孤児院に篭りっきりだからさー。遥凪さんも、お外のこと色々教えて?」
     子供っぽい性格はそのままに成長し、子供目線に立てる孤児院先生をしているというシャオに、それならと皆がそれぞれのことを語る。
    「遥凪さん、お帰りなさい、やねぇ」
     これからしたい事とか、聞いてみたいな。
     保の言葉に遥凪は目を細める。
    「……それか、好きなものの話」
    「好きなもの、か」
     反芻して、クッションに身を預けた。
    「何だかんだで、皆が笑っているのを見るのが好きだ。……であれば、正義の味方でもやろうかな」
     笑って、君はどうかと聞き返す。
    「ボクはたまに、東京出てきたりしてるけど」
     うん、何しに来たんやろ。
     とふんとクッションに寝そべり、保は天井を見上げる。
    「まぁ、色々あって、これからも色々、ありますのやろけど……」
     きっとそれは、とても大変なのだろうけれど。
    「ゆっくりする時間も、大切にしたいね」
    「でないと私があいつに怒られてしまう」
     遥凪が口にした言葉に笑い、デイジー入りの花束を贈る。
     はっぴーばーすでー、遥凪さん。
    「あ、遥凪さん。これ、お誕生日プレゼントです……」
     潰れる前に紗里亜がメモを数枚手渡す。
     どれどれと見てみると、労働基準法や自衛隊法の改正項目チェックポイント。
    「これを上手く使えば少しは自由が利くようになるでしょう」
    「ああ……ありがとう」
     複雑な表情を浮かべる彼女へ陽桜が声をかけ、
    「あ、遥凪さん、いつかお時間いただける際には、あたしのお店にも遊びに来てくださいねー?」
     お店の名刺手渡し、ほわりと笑み。
    「ああ。幸せでいると、私に見せてくれ」
     遥凪も微笑んで頷いた。

     カフェを出た後、スマホの着信履歴を見て青ざめるのはお約束♪
    「……って、お約束じゃないですよ~!」
     慌てる紗里亜の隣で、遥凪も渋い顔で携帯電話を睨む。
     のんびりする時間はもう終わり。また忙しい日々に戻らないと。
     けれど、どうか。心安らぐ時を忘れないで。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月10日
    難度:簡単
    参加:14人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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