ブレイズゲート消滅~緋鳴館奇想曲

    作者:西宮チヒロ

    ●gaudioso
    「……エマ。どーした? にやにやして」
    「ふふ、なんだか懐かしいなぁって思って」
     大きな闘いの終焉から10年。
     久方ぶりに武蔵坂学園へと集った面々を前に、粗方説明を終えた小桜・エマ(エクスブレイン・dn0080)はそう口許を綻ばせた。

     ブレイズゲートが消滅する。
     それが、開口一番もたらされた情報だった。
     最新の研究で判明したその現象の原因は、至ってシンプル。ブレイズゲートを構成していたサイキックエナジーが、遠からず尽きるのだ。
     幸い、闇落ちする要因だったソウルボードはもう無い。故に、ブレイズゲートが消滅したとしても直接的な支障はないのだが――。
    「厄介なのが、ブレイズゲートの力で維持されてる『分割存在』、だな」
     ややちいさく感じる音楽室の椅子に腰かけながら呟く多智花・叶(風の翼・dn0150)へ、エマも頷く。
     ブレイズゲートの消滅による連鎖で彼らもまた消滅するが、双方の消滅が『同時ではない』ところが問題なのだ。
     試算によると、ブレイズゲートが消滅しても、分割存在の内に蓄えらえたその力が尽きるまで、単独で最大で3時間程度は存在を維持できるらしい。
     そして、ブレイズゲートが消滅すれば、『分割存在をブレイズゲートの外に出さない力』も消え去ってしまう。
    「要するに、放置すると最大3時間、外に出てきた分割存在があちこちで暴れまくる、と」
    「ええ。避難勧告で被害の抑制はできますが、避難できない建物とかもありますし……」
    「ヤツらの中に、テレポートみたく別の場所に移動できるヤツがいたら厄介だしな。……ってことで、おれたちが呼ばれたんだろ?」
    「さすがカナくん! 大人になってもご明察です♪」

    ●grottesco
     決行日は、10月31日の夜。
     事前にブレイズゲートに入り――消滅までに、残る分割存在を完全掃討する。
    「時間制限付きで暴れる分割存在か……。まるで、ハロウィンの魔物だな」
    「つまり、ハロウィンのイベントをするべきだということか」
     そう文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)と神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)が深々と頷けば、
    「そーいうこと!?」
    「案外、そういうことかもですよ」
     ハロウィンの期限となった古代ケルトのサウィン祭は、この日、この世と霊界との間に目に見えぬ『門』が開き、行き来できると信じられていた風習に基づくもの。
     いわば今回は、現代版サウィン祭と言っても良いのかもしれない。
    「それになんと! 当日は、この情報を聞きつけた世界中の観光客が、各地のブレイズゲート前でハロウィンワゴンを出すつもり満々なんだそうです!」
     トイワゴンには、バルーンやアクセサリーのほか、ジャック・オー・ランタン手作りコーナーが。
     フードワゴンには、南瓜をふんだんに使ったケーキやプリン、甘い香りの焼菓子やジェラートたち。食事ならスコーンやスープ、サラダにキッシュ。ちいさな南瓜を器にしたグラタンや飲み物など、軽めのものが揃っているらしい。
     今の灼滅者たちの実力なら、掃討と言っても訓練程度のもの。特に危険もない。
     ならば、探索の合間にそれらを覗いてみるのも一興だろう。

    「今回皆さんに担当していただくのは、岐阜にある『緋鳴館』です」
     かつて、ヴァンパイア勢力の有力者たちが社交場として利用していた廃洋館。
     その最後の1日だけ、薔薇が咲き誇る庭には南瓜のランプが灯り、その明かりが館内に不思議な影を生み、中も外も、仮装した面々の愉しげな声が満ち溢れる。
     それは灼滅者たちだから、そして今だからこそできる愉しみ方。
     ――さあ、ゆこう。
     一夜限りの、奇妙で愉快なハロウィンパーティーへ!


    ■リプレイ


     悲鳴のような音を立てながら重厚な扉を開ければ、馴染みの荒れた風景が広がっていた。10年経っても荒廃具合があまり変わっていないのは、元からそれだけ荒れていたからか、それとも此処がブレイズゲート故か。
    「それでは久しぶりに……参りましょうか」
     後ろ手で扉を閉めながらアーネスティアを構え直す司へ、黒を纏った遥斗もまた、サングラス越しに微笑んでArgentumを構えた。
     これが最後の闘いになる。ならば、全力で。
    「久しぶりに体を動かすのは悪くない」
    「そうですね。一緒に頑張りしょう」
     姿も、掛け合いも、どこか昔と変わらぬ仲間たちに、すこし嬉しいと香奈芽は思う。
    『灼滅者……!? あなた達も、わたしをまた殺すつもりなんですか!?』
    「さあ、集え。最後の宴。心置きなく楽しむが良いぞ! ――なんてな」
    「ふふっ、白の女王様の名のもとに……ですね」
     互いに頷き、即座に背中を合わせて陣を組む。間髪入れずにお見舞いするのは、武力という名の嵐だ。
    「んー。氷高さん氷高さん。相変わらず綺麗でお強い女王様ですね」
    「おっと、すまない、手が滑ったようだ」
     敵を薙いだ流れで向けた自身の切っ先を難なく避けた司に、みゆもくすりと笑い、
    「なに、優霧がおるから大丈夫だ」
    「それは確かに……後ろも志藤君に任せれば安心ですし。大きく、なっちゃって……!」
    「姉貴分としては嬉しい限りだよ、遙くん」
    「俺だって、すこしは成長してるんですよ。いつまでも子供扱いしないで下さいね」
     再び共闘できる嬉しさを笑顔に滲ませながら、遥斗もまた、群がるメイド淫魔たちを的確に一撃で仕留める。
     ランプの精たる香奈芽にみゆが願うのは、皆がいつまでも健勝であること。
    「なら、貴方達が安心して前だけ見て戦えるよう、私も全力を尽くします」
     そう笑い合う仲間たちの声を背で受け止め、淡い宵色のマントを翻しながら、司は絶える様子のない敵の群れへと突っ込んでゆく。
     大丈夫、皆さんには指一本触れさせませんから。
     何年たっても――大事な大事な、仲間ですから。
    「皆、お久しぶり……です」
    「トリック&トリート! シャオ姉様、なんだか明るくなりました?」
     愛らしいケセランパサランの仮装姿のシャオと、ナノナノの姿ではしゃぐ望。
     そんなふたりを見つけたロードゼンヘンドは、一瞬顔を強張らせた。
     どうみても美少女。きっと人違いだ。そう踵を返そうとするも、結局見つかりがっしり確保される。
    「……んーちょっとごめん、性別は男だよな??」
    「わー! つっつかないでくださーい! 私は女なのですよー」
     ……あれ。ふたりの性別がどっちなのかわからなくなってきた。
     互いの現状を報告しつつ、血塗れのコック姿でガンガンと攻撃するロードゼンヘンドの隣で、
    「わーい、トリックオアトリックー」
     容赦なく蛇執事の顔に髭を書くシャオ。ちなみに、マジックキャットは可愛いから対象外だ。負けたイケメン哀れ。
    『ネエ……アソビ……マショ……? オサイホウゴッコ!』
    「やーん、僕は食べても美味しくないよぉーっ」
     呪いのフランス人形から逃れんと、シャオがロードゼンヘンドを盾にすれば、すかさず回り込んだ望がその耳元に、
    「お菓子くれないと食べちゃうのー」
    「ふええぇー!?」
    「……楽しそうだなぁ。おい」
     呟きながら心に決める。シャオへのお菓子は抜きだな。
    「ポンちゃん、おかしくないかな?」
    「バッチリ着れててすごいじゃん!」
     引っ張り出してきた、懐かしい魔法使いの仮装。
     くるりとまわって見せれば、ポンパドールの笑顔が返る。そういう彼の服も魔法使い。どこかで見たことあるのは、屹度気のせい。
    「そうだ、りね。くれぐれもムチャだけはしないでネ?」
     彼女は勿論、お腹の中の子も絶対護る! と、きょろきょろ周囲を伺うりねを庇ってはいたけれど、
    『あら? どこを見ているのかしら?』
     ――やっべ!
     背後からの奇襲に気づいて振り返れば、巨腕が繰り出したぐーぱんちが、見事に八千代薔薇怪人の顔面にクリティカルヒット!
    「今何か当たった気がするけど、敵……だったのかな?」
    「10年たっても、りねの鬼神変キレッキレだなあ……あはは……」
     苦笑しながら交わす約束。
     来年のハロウィンは、3人で遊園地に。――ハッピーハロウィン!


     薔薇が色鮮やかに咲く庭園に満ちるのは、あたたかなランプの光と、仮装した人々の談笑。
     その中を、どうせ次の区画でメイド服を着るのだからと、私服姿の玉が真っ直ぐに館の扉を目指す。
     バイクで行く全国ブレイズゲート巡り中の彼女の目的は、試作した殲術道具の性能試験。試し斬りはマダム・テレーズあたりで良いだろう。
     扉を開ければ、早速ハロウィン色の敵がお出迎え。
     飽きるほど潜った場所も、こういう演出があると新鮮で良い。そんなことを思いながら、獲物を構える。
    「最後だからね、丁寧に踏んで潰そう」
     天露と宵闇織りのローブに、銀と紅玉の杖に緑柱石の額冠。
     黒魔女姿の恵理から、デーモンに扮した傍らの夫へとひとつ問う。
    「魔女は鬼さんに魂を。鬼さんは魔女に……?」
     互いの胸元に潜む契約の印を指さして微笑む妻へ、叶はにまりと笑って、
    「心を――だろ?」
     口許を隠しながら、軽く唇へと口づける。
    「もう、あなたってば……あ、そうだわ。お父様たちに電話しておく? 報道を見たら、望はきっと見たがるでしょうし」
    「そうだな。じゃあ、おれから一報入れておくよ」
     そう言って早速電話先と短いやりとりを交わす叶の横顔を見ながら、思う。
     例えば、衣服製作しか頭にないレプラコーンのように。罪を犯す前ならば救いたいと思う分割存在もいるけれど。
    「……恵理? 行けるか?」
     通話を切って振り返った叶へ、魔女は真っ直ぐに頷く。
    「ええ」
     もし無理ならば――するべきことを。
     見回り警戒の際に訪れてから此処に思うものがあった飛縁魔姿の紗夜は、闘い後に立ち寄った庭園のフードワゴンを見てまわる。
     10年前は想像もできなかった景色。随分、穏やかになったものだ。
    「うむ、これがいいね」
     微笑みながら、更に取った南瓜のブリュレの表面の焦げにスプーンを突き刺せば、ぱり、と割れた柔らかな音に笑みが毀れる。
     大事なのは子供心。愉しめることは、大いに愉しむのだ。
     就職して数年後に、互いの左薬指に揃いの指輪を嵌めた修太郎と郁は、10年以上昔と同じ神父と魔女の仮装。
     フードワゴンを巡りながら、語るのは昔の想い出。
     魔女姿は、初めて一緒にハロウィンへと出かけたときと同じ。
     修太郎の黒髪も、神父と吸血鬼の仮装をしたときと同じ。
    (「……やっぱり、新鮮」)
     以前見たことがあるとはいえ、見慣れぬ髪色。思わず見入っていれば、ぱちりと視線が合って、
    「今日もかっこいいですね」
    「魔女も可愛いね、似合ってる」
     その言葉だけで、笑顔になれてしまう。
     これで最後と思えばしんみりもするが、今日も共に手を繋いで、たくさん見て愉しもう。
     グラタンにパイ。スープにキッシュ。色々食べたいから半分こ。満腹になっても構いはしない。
     だって、あの頃と違って、今は帰る場所も同じなのだから。
     ふたりで見事な連携技を披露した後。脇差は輝乃のちいさな手を引き、パーティーへと誘う。
     並び座り喉を潤しながら語らうのは互いの近況。
     歴史民俗学部で昔の灼滅者やダークネスに関わる事象を描き続けている輝乃に対し、学園の職員としてダークネスの監視業務を主導している脇差。なかなか休みが取れないと苦笑する夫に、娘はつられて愛らしく笑う。
    「そういや輝乃は、絵の方は仕事にしないのか?」
    「絵はあくまで趣味。その内、10年前以前のことを絵本にして、出版社に持って行こうかなって思っているけど」
     それが職として行けたら御の字だと言いながら、でも、と輝乃は夜空を仰ぐ。
    「あたしが目指すのは神職。実家の家業を継ぐこと。決めた目標は最後までやり切るよ」
     星にも負けぬほどの瞳の煌めき。ならば夫として心から応援しよう。そう、脇差はその横顔に微笑みかけた。
     共に暮らすシルキーと想々の仮装は、揃いの吸血鬼モチーフ。髪の伸びた想々とドレス姿で並べば、本当の姉妹のよう。
     トイワゴンに並ぶ、南瓜や蝙蝠、薔薇を用いた雑貨や装飾品。
     落ち着いた色合いの、ゴシックな薔薇のチョーカーはシルキーから想々へ。
     美しい月の意匠の髪飾りは、想々からシルキーへ。
     瞳を煌めかせながら選んだ贈り物を互いに着け合えば、そわそわとなんだかくすぐったい心地だ。
    「そこのお嬢さん方! ランタン作ってみませんか?」
     頭に南瓜をすっぽり被った青年からの陽気なお誘いには、ふたり見合って微笑んで、
    「家に飾るのも良いかしら。一緒に作りましょう!」
    「はい! かわいいのができるといいな」
     手を引かれて頷いて。またひとつ重ねる、共に過ごす穏やかな1日。
     想々のランタンの出来映えに、同席した子等が泣き出す結果となるのは、もうすこし先の話。
    「んー……この南瓜ケーキ最高……!」
     赤ずきん姿で甘味を頬張るエマの両脇には、猟師と狼に扮した都璃と冬舞。ふたりの邪魔にならないかと案ずる都璃へ、邪魔ではないと冬舞が柔らかく微笑む。
     仲間との交流の場に寄り添えれば共に愉しい。それに、仲睦まじいふたりを見るのは微笑ましいものだ。
    「ねぇ、都璃。この南瓜プリンも美味しいよ!」
    「じゃあ、いただこうかな」
    「はい、あーん」
    「エ、エマ!?」
    「ん? 要らない?」
    「そういうワケじゃないんだが……」
     ちらりと冬舞を見つつも、思考すること数秒。――まぁいいか!
     彼は心が強いから大丈夫だろう。そう気持ちを切り替え、親友に笑顔を返す。
     戦場から戻ってきた周や恵理、叶たちへは、冬舞からキッシュや南瓜グラタンのお裾分け。
    「カナ、さっきはお疲れ様!」
    「お疲れ様ー! 久々の共闘、愉しかったぜ!」
     前のめりで派手に闘ってたなー、とけたけた笑う叶へ、熊毛皮の女戦士に扮した周も笑み声を立てる。
    「周、全然腕落ちてないんだな?」
    「そりゃあ、考古学者兼ヒーローとして、遺跡荒らしと戦ったりすることも多いからな」
    「そっか……おれは流石に戦闘機会は減ったなぁ。加勢、ありがとな」
    「力になったならなにより。カナは家族がいるなら大怪我とか論外だしなー」
     笑いながら巡らせた視界に映るのは、暖かなランタンの明かりに点る、薔薇の花と人々の笑顔。
    「……ここも消えて、戦いの日々も一段落、って感じかな」
     そう独り言ちて、ふと浮かんだ疑問。
     ブレイズゲートが白い炎柱に見えていたエマには、それが消えた後は此処はどう見えるのだろう。帰り際に尋ねてみるのも良いかもしれない。
     皆と逢える機会に歓ぶ都璃からは、カラフルなミニドーナツと紅茶。そして色の変わるハーブティの差し入れ。ハーブティに興味津々の叶へと、娘が実演兼ねて淹れて見せる。
    「あと、その……エマ。冬舞さんと、おめでとう。幸せになってね」
    「ありがとう、都璃。今でも十分幸せだけど……」
    「これだけで満足されちゃ困るな。料理のレパートリーも増やそうと思ってるところだし」
    「冬舞さん……」
    「……それと」
     ――エマ、と呼んでもいいかな。
     耳許へのすこし照れながらの問いかけに、娘は花のような笑顔を見せた。


     仮装で賑わう庭を横目に、綾奈は手早く館へと入った。
     ワゴンからの呼び声が遠くなった代わりに、舞踏会を思わせる管弦楽曲の音色がより鮮明になる。それに合わせてどこかから湧いて出た敵影に、娘は手に馴染んだ武器を構えて一気に肉薄した。
    『頑張れ、わたし、ファイ――きゃあああああ!!』
     びりびりびりずがーん!
    『アナタノカラダヲ、ハサミデチョキチョギャアアアアア!!』
     どごぉぉぉっっっ!!
    『薔薇薔薇に引き裂いて薔薇園に捧げぐあああああ!!』
     びゅおおおおおおお!!!
     ブレイズゲート前でのパーティー。パーティーのような戦闘。
     10年前は想像もできなかった出来事に思い馳せながら、巫女服の袖をひらり翻して娘は駆けてゆく。
    「お! ステラ! アンカーも! 今日はどーしたんだ?」
    「ブレイズゲート掃討戦にドイツも灼滅者を派遣して(中略)共同作戦を提案いたします」
     ――叶君お久しぶりです、公費使って遊びにきました。
    「ステラお姉様の頼みとあらばお任せください!」
     ――どうして私がこんな絵に描いたような公私混同に付き合わされるのか!
     建前の言葉の裏に本音を汲み取った叶は、諸々飲み込んで「逢えて嬉しーぜ!」といつもの笑顔で歓迎。
    『アソビ……マショ……? フフ、ウフフフ!!』
    「うぉぉぉぉぉぉ!!」
    「そう言えば、奥様はお元気ですか?」
    「おう! 良ければ後で逢っていってくれよ」
    『ハサミデチョキチョキッチョキチョキッ!!』
    「うぉりゃぁぁぁぁ!!!」
    「この前のイベントでカメラの新型出ましたけど、専門家としていかがでしょう?」
    「性能維持したまま小型化したのはでけーよな! 望遠機能もアップしたし!」
    「ちょ、ステラお姉様、和やかにお話し中のところ大変申し訳ありませんが、敵をやっつけていただけないでしょうか!」
    「……流石に、ずっとアンカーに盾やって貰ってるのも悪いんじゃねーか……?」
    「なんとかなるでしょう。死にそうなら回復くらいはしてあげますよ」
    「ステラお姉様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
     西洋騎士然と猛烈果敢に敵へと挑むアンカーの、切実な叫びが館に木霊した。
     ちかちかと点る灯りに、アップテンポのクラシカル。リズミカルな光と音に連れられて、誰も彼もが踊るように足取り弾む。
    「仮装している人、多いですね」
    「私のこの巫女服も、仮装みたいなものですし」
     白いドレスを纏った緋頼に、鈴乃が苦笑めいた笑みを見せる。
     自身は荒事も日常だが、こうして4人で組むのは久しい。とは言え、不安なぞありはしない。白焔は敵群の懐へ飛び込むと、次々と敵を一方向へと蹴り上げる。
    「鈴乃!」
    「はい!」
     緋頼が飛来するタイムキーパーたちを銀糸で捉えた。弾いた敵数体諸共、眼前へと集められた群れへと鈴乃が強烈な拳を叩き込む。
     成長と変わらぬ部分を見て取り嬉しさを滲ませる白焔へ、ひとつ微笑む鈴乃。「ナイス」と、緋頼もその頼もしさに微笑する。
    「鞠音、子供達は元気してる?」
    「緋鞠と焔鞠、鞠鈴と手鞠、それから結鞠と鞠愛――ともかく、全員実家です」
     攻撃の合間に指折り数える娘に、思わず鈴乃が苦笑を零せば、
    「緋頼も、顔、また見せに来てくださいね?」
    「終わったらみんなに会いに行くから。はい」
     すれ違いざまに渡されたサンドイッチを咥え、猫耳鎧コート姿の鞠音が大きく地を蹴り前線に躍り出た。
    「危ないですよ」
     鈴乃の背後に迫る紅血魔を、担いだ大太刀で袈裟懸けに斬ると、
    「――」
     ふわり口許に笑みを滲ませ、こちらを伺っていた白焔へひらり手を振る。
    (「鞠音は随分笑うようになったものだ。あの様子だと子供達も元気なようだな」)
    「すみません、ありがとうございます……なのです」
     すこし恥ずかしそうな鈴乃へと、仲間たちの鼓舞する声。
    「――前に出ます」
    「ふたりとも、後ろは任せてよ!」
    「ああ」
     白焔と視線を交わした緋頼が笑う。
     4人の共同作業は、いつでも愉快に。日常も、非日常も、これからも共に愉しもう。
    「想希、ここどっちや?」
    「あ、そこ右です」
    「よぉ知っとんなぁ。……あー、ここいつものとこか」
    「随分通いました。……ダンピールでしたからね」
     大嫌いだったヴァンパイア。けれど、いざ消え去っても達成感はなかった。昔話だと呟く想希の言葉を、悟は頷きながら噛み締める。
    「でも、ヴァンパイアがいなかったら、俺は灼滅者になることもなかった」
     武蔵坂に来て、悟と出逢って。素敵な家族に囲まれ、夢を叶えることもなかった。
    「想希、幸せか!」
    「――勿論」
    「そうか! 俺も幸せやで!」
     悩みも全部、今に辿り着くための関門。励ますように、寄り添うように悟が笑い、その大きな掌が背中を叩く。
    「久しぶりにどっちが沢山倒すか競争しませんか?」
    「えぇで! 今夜はれっつぱーりーや!」
     揃いの忍者衣装で、同時に地を蹴り螺穿槍と鬼神変を繰り出す。
     これからも幸せに。ふたりで、皆で、共に駆けてゆこう――全力で。


     皆それぞれの仮装で集った、フィニクスの面々。
    「皆もよく似合ってる」と帽子屋姿のさくらえがランタンを掲げれば、まるで夜の蟲のように光に集う敵影。忽ち戦場と化した場で、灼滅者たちも最後のダンスを踊る。
     黒のハイネックワンピに黒猫耳のヘアピンと鈴付きチョーカーをつけた凜が、マジックキャットを一撃で討った。久々に手にした愛弓に手応えを感じ、ぎゅっと強く握りしめる。
    『クスクス……クスクス……』
     鼓膜に響く、幾度となく聞いた子供の忍び笑いに、
    「ここは……呪いのフランス人形が怖くてなぁ……」
     英国貴族風の衣装に身を包んだ明莉は、どこかげんなり。
    「それでもこれが最後だと思うと、可愛らしくも――」
    『オサイホウゴッコ……シマショ……? アナタヲ、ハサミデチョキチョキッテ、ウフフフ!!』
    「……思えないな、うん」
     初見は怖かった勇弥とて、今は加具土ともども一撃で屠れる相手。飛び出してくるたびに叩く、斬る。まるでモグラ叩きだ。
     胸に色違いの薔薇を挿した、揃いのフランス銃士姿の朔夜と陽和、そして燐。
    「倒すのもったいないな~」
    「陽和、このままだと大変なことになるんだからね? 分かってる?」
    「だ、大丈夫大丈夫!」
     青い王子服姿の双調は、その賑やかなやりとりに微笑みながらカミを喚び、戦場に吹き荒れる風刃が幾つもの敵影を食らう。
     今日この刻で、永遠の待ちぼうけの時間の終わり。そう意気込みながら、陽和は朔夜と呼気を合わせ、黄金の炎で敵を焼き尽くしてゆく。
     血肉から熱を奪う氷魔法を唱えながら、ふと過ぎる想い。
    「彼らも来訪者を待ちわびていたのでしょうか?」
    「とは言え、いつまでも彷徨っていてはいけない」
     朔夜の言葉に、燐も頷く。
     神凪の者として、彷徨える魂は還すのが役目。ならば同じ家の主として、敬意を持って送り出したい。
    「せめて、見届けましょう」
    「うん」
    「そうだね」
     彼らの、その終わりを。

     2階、3階――階を進む途中で、天音が零す。
    「姉さんから聞いて予習はしてきたけど、やっぱり実戦だと慌てちゃうな」
    「天音さん、慌てずにね。ここの事なら任せて」
     14年間、通い尽した場所。
     それもすべて、引き継いだ『約束』を果たすため。それをいつか聞ければと、千尋と天音は思う。
    「確かにとりさん、よくここへ連れ出ししてくれてたよね」
    「あたしもよく鍛錬していたよ。ヴァンパイアとの戦いを想定してね」
    「となると、ここはある意味フィニクスと共にあった感じかな」
     そう思うと、今日で最後というのもなかなか淋しいものだけれど。
    「だからこそ、最後はとびきり賑やかに、笑顔で見送りたいところだね」
    「ああ 最後ぐらいはね!」
     さくらえに呼応しながら、吸血鬼伯爵姿の勇弥は主の待つダンスホールの扉を開けた。

    『ごきげんよう。久方ぶりのお客様ね。わたくし、この館を預かっておりますテレーズと申します』
    「お招きありがとう。――待っててくれて、ありがとう」
     今日だけでも、幾度となく倒されてきただろう。けれど、女は杏子たちへも繰り返す。同じ言葉、同じ仕草を。
    『血を分けて下さらないかしら? あなた達の喉笛から溢れ出す血は、きっと綺麗な色をしているでしょう……!』
     女がひとつ手を鳴らすと同時に、青年貴族姿の千尋が身をかがめて飛び出した。身体も勘も鈍っていないことは確認済み。ならば――後は叩くだけ。
    「因縁のヴァンパイアなんだよな、咬山。しっかり倒そうぜ」
     言いながら、千尋を囲わんとした敵の群れを明莉が足止めする。
    「ありがとう、あかりん部長♪」
    「千尋先輩っ! 回復は私に任せてっ!」
     愛猫ねこさんに似た猫モチーフのドレスを翻しながら、鎮魂歌を歌い上げる杏子。
    「長いこと待ち続けるのも、もうおしまいです。……貴女の悲しむ時間も」
     霊犬・絆と揃いの水色ドレスにティアラを挿した空凛が、テレーズへと憐憫の眼差しを向けた。
    「長い間彷徨っていたのですから、眠らせてあげねばですね……この館の主と共に」
     援護は任せてください。そう声を重ねる双調と空凛が、除霊結界を展開する。
     有象無象に迫り来る群れを陽和の炎が焼き、朔夜の巨大な十字架の光が飲み込んだ。蒼水晶翼のヴァルキューレに扮した天音の放つ裁きの光条が敵を屠り、仲間の傷を癒やす。
    「出来るだけでいいの。満足して、消えられるように……っ」
     燐の氷に飲まれながら、杏子の願いを聞き届けるかのように、ひとつ、またひとつと分割存在が安らかな顔で消えてゆく。
     圧倒的な連携技。その変わらぬ絆の強さに、明莉は思わず瞳を細め、嬉しさを滲ませる。
     テレーズの攻撃を押さえた勇弥。その背から飛び出したさくらえの蹴りが、女の鳩尾を抉った。瞬間、凜の付与した鎧を纏った千尋が、一気に肉薄する。
     ――この悲しげな音楽が鳴り止んだら、舞踏会もお開きかな。
     そう思いながら、千尋は手にした獲物で青白いその胸を貫いた。
    『嗚呼……何故誰もわたくしの薔薇屋敷に訪れて下さらないのでしょう。わたくしは、いつまでも、ここに……』
    「俺たちが、待ち続けた最後の客だよ」
     出来れば安らかな眠りを。崩れ落ちて霧散してゆくテレーズへそう願う明莉の向かいで、杏子も祈るように指を折る。
    「もういいんだよ? ……ゆっくり、休んでね」

     出てきたばかりの館を振り返れば、既に入口は白い残火に溶けていた。知らぬ間に始まっていた消滅は、音もなくすべてを飲み込んでゆく。
     さようなら。忘れません。そう瞳を閉じる双調と空凛の傍ら、
    「姉さん、やっと終わったよ」
     胸のロケットペンダントの内で微笑みかける姉へと、天音が微笑む。その横顔に成長を見て取り、凜もまたちいさく笑った。
    「ダークネスの残霊たちも、これで永い眠りにつくのね……」
     憶えておくよ。今までの闘いを。
     いつか、この場所のあった意味が喪われてしまっても。
     その気持ちは、杏子もまた同じ。ここを忘れないよ。深呼吸して、そう夜空を仰げば、勇弥も倣って涯てを見つめる。

     ――おやすみ。
     お前たちが生きたこと、ずっと覚えてる。

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月12日
    難度:普通
    参加:42人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 3
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