「この感じ、懐かしいですね」
「ああ、そうだね」
説明のために和綴じのノートを開く神童・瀞真(エクスブレイン・dn0069)の姿を見て、向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)は懐かしそうに目を細めた。瀞真は頷いて、かつてのように説明を始める。
「最新の研究により、ブレイズゲートが消滅することが判明したよ。これはブレイズゲートを構成していたサイキックエナジーが尽きたためであり、やむを得ない時代の流れだね」
幸い、ソウルボードが消滅した事で灼滅者も闇堕ちする危険性が皆無であることが判明しているため、ブレイズゲートが消滅したとしても直接的な問題はない。まあ、後進の育成は大変になるかもしれないが。
「まあ、それだけで君たちを呼んだわけではないんだ。ちょっと問題があってね」
ブレイズゲート内部の分割存在は、ブレイズゲートの力によって維持されている。つまりブレイズゲートが消滅すれば、分割存在は連鎖して消滅するのだ。
だが、その消滅は全く同時に行われるわけではないのだと瀞真は言う。
「ブレイズゲート本体が消滅しても、分割存在の内部に蓄えらえたブレイズゲートの力が尽きるまで、最大で3時間程度は存在を維持できると試算されたんだよ」
「ということは……」
ユリアの言葉の先を察知して瀞真は頷いて。
「ブレイズゲートが自然消滅した場合『分割存在をブレイズゲートの外に出さない力』も消え去る為、最大で3時間の間、ブレイズゲートから解き放たれた分割存在が暴れまわるという事態が発生する」
存在可能時間は撃破されずに存在していた時間が長いほど、長くなるようだ。だが長さにかかわらず、分割存在が暴れまわるというのは危険極まりない。
周辺に避難勧告などを行うことで被害を抑制することは可能だが、避難できない建築物などは多大な被害を被るだろう。また、分割存在の中に距離を無視して別の場所に出現し、事件を起こす事ができるような者がいた場合、被害はより大きくなるかもしれない。
これを防ぐ為に、ブレイズゲートが消滅するタイミングで『灼滅者による大規模なブレイズゲート探索』を行なう作戦が提案されのだ。
ブレイズゲートの消滅は『10月31日~11月1日』に発生するので、そのタイミングで、日本全国のブレイズゲートの大規模探索を行う。
「今の君たちの実力的には、『ブレイズゲート』の探索は特に危険は無い訓練のようなものになるだろうね。だから、ブレイズゲート消滅時に分割存在がブレイズゲートの外で活動できないように、『討ち漏らしのないように掃討』するという作戦の目的を忘れないようにね」
撃破されて復活したばかりの敵はブレイズゲート消滅とほぼ同時に消滅するので、外で事件を起こす危険性は無いのだという。
「時間制限付きで暴れる分割存在か……。まるで、ハロウィンの魔物だな」
「つまり、ハロウィンのイベントをするべきだという事か」
文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)の言葉に神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)が同意を示すように頷く。
「そうだね、ブレイズゲートの消滅を聞きつけて、世界各地から観光客が訪れているだけでなく、ハロウィンらしい屋台も各地のブレイズゲート前に並んでいるようだね。探索期間も長めだから、記念に複数のゲートを回ってもいいし、探索の合間に久々に再開した仲間と屋台を回るのもいいと思うよ」
瀞真によれば、彼が探索を頼むのは岐阜にある廃洋館。かつてヴァンパイアたちが社交の場として使用していた、薔薇の咲き乱れる屋敷、緋鳴館。中でもその地下の、白い薔薇が咲き乱れるエリアだという。
「ノーライフキング、白薔薇の君のいるエリアですね」
「ああ」
ユリアの言葉に瀞真は頷いて。
「白き薔薇の最後の開花だね」
花はいつか散るもの――その時期がようやく訪れたのだ。
●最後の夜
ブレイズゲート消滅の報を受けて世界中から集った人々は、仮装や屋台などで思い思いにハロウィンを楽しみながら、その時を待っている。ここ緋鳴館と似たような光景が、全国各地のブレイズゲートでも繰り広げられているのだろう。
灼滅者の一行が向かうのはその館の地下。かつて矜人が見つけた手がかりによって導かれた入り口。地下へ踏み込むと同時に灼滅者達を迎える白薔薇は、10年前と全く変わっていない。
(「ここへの手がかりを見つけた手前、思い入れが無いわけじゃない」)
昔と変わらない全身を覆う服装のせいで年齢不詳感の強さは変わっていない。変わったとすればその内面に落ち着きが増えたというところか。
(「白薔薇の最後、しっかり見届けるとするか」)
「さあ、ヒーロータイムだ」
先陣を切るのは矜人。ああ、獲物を扱うその動作には無駄がなく、かつてより明らかに洗練されている。
紅はガトリングガンを手に、佐祐理は高枝切り鋏を手に、影とオーラを纏った玖耀は後方にて回復手を務める彼女を信じて進んでゆく。明莉とミカエラの夫婦は息の合ったコンビネーションで次々と行く手を阻む敵を屠って。
そんな彼らが存分に戦えるようにと後方で支援をするのは、セカイとユリア。
「一線で歌を磨き続けてきたユリアさんのお耳汚しかもしれませんが……一緒に歌わせてください」
学園関係者の血筋であるセカイは大学卒業後、海外を飛び回り各地で身寄りのない子どもを達を集めて武蔵坂学園『分校』を作り、偏見のない世界を作るべく奔走をしていた。そんな彼女がユリアと共に戦場で旋律を紡ぐのは、いつぶりのことだろうか。
「そんな……謙遜なさらないでください。私はこうしてまた、セカイさんと共に音を紡げることが、とても嬉しいのですから」
視線を合わせて微笑みあって、『はじまりのとき』と同じ様に声を、旋律を重ねる。
(「緋鳴館関連の場所は、いつも幼馴染に連れ出されていたな」)
そんな事を思い出しつつ、さくらえも槍を振るって。
最下層、その中心部に座すは昔と変わらぬ姿の水晶の薔薇。一同が一斉に攻撃を仕掛ける中、明莉が接敵するのに合わせてミカエラも白薔薇の君へと迫る。
「スサノオを封じた力は、こんなものだよ!」
その蹴撃がトドメとなって砕け散る白い欠片。けれども程なく、彼女はまた復活するのだろう。
予め決めていた時間で探索を切り上げた紅は、10年前のスレイヤーカードにガトリングガンを戻して足早にゆく。
「お帰りなさい、紅」
「おーそーいー!!」
待ち合わせ場所で彼を出迎えたのは、妻の友衛と3人の子ども達。人狼である友衛は、数年前に戦いから身を引いていた。子どもに力を継ぐのは、人狼としての宿命。
「うん、ただいま」
長男と長女と次女。3人共紅の姿を見つけると目を輝かせて。早く早くと屋台へ手を引く子ども達。
「綺麗な屋台をずっと我慢してんだもんな、待たせてごめんな」
お詫びにひとりを肩車すれば、他の2人が羨ましがる。けれども定員はひとり。順番な、と告げて我ながら随分子どもに甘いなと思うけれど、可愛いから仕方がないのだ。
「ほら、しっかり掴まってろよ」
「ふふっ、紅もすっかりお父さんだな」
子どもに手を引かれつつ、友衛の顔に浮かぶのは笑顔。ごく普通の、幸せな家族なのが一番だと感じる。
「クッキーとー、シュークリームとー、ドーナツとー……」
「プリン!」
「ぴかぴかのかぼちゃー!」
お祭りというものは子ども心を沸き立たせる。いや、大人も然り。我慢していた屋台にようやく繰り出せるとあって、子ども達はあれもこれもと欲張りだ。普段だったらそんなに食べられないだろう、ひとつずつな、と注意するところだけれど。
「よし、今日は特別だ」
「みんなで分ければいい」
5人で屋台を巡り買い求めた食べ物や雑貨を、休憩所のテーブルに広げて。
「独り占めはだめだぞ。あ、口元にプリンがついてる」
子ども達の様子に常に気を配る友衛はすっかりお母さんだ。その様子を見て、紅は目を細める。
失った家族を忘れはしない。けれど、今の家族で過ごす日常も同じくらい大切だ――胸に広がるこの感情は、なんと言い表わせば適切だろうか。
「……こうして家族5人で過ごせて、本当に幸せだ」
ふと、体の片側に感じる適度な重みと温もり。小さな友衛の呟きに、ああ、言葉にしなくともきっと伝わっている、紅がそう思ったその時。
「それと……来年には、6人になると思う」
続けられたその言葉。意味を理解した紅は、笑みを浮かべて彼女の肩を抱き寄せる。
そっと、彼の表情を盗み見ようと顔を上げた友衛。絡み合う二人の視線。ふたり微笑み合い、確かな幸せを感じる――。
「中々忙しくて最近顔出せずに申し訳ない」
吸血鬼の衣装に着替えながら告げる冬舞は現在、研究者として世界を巡る傍ら研究者を支援するファンドの長として多忙な日々を送っている。それでも暇を見つけては瀞真と遊びに出かけていた。今回も当然のように告げられた誘いに、瀞真も微笑って応えたのである。
「謝罪は必要ないよ。どんなに忙しくとも君は連絡を絶やさないでくれる、それが嬉しい」
冬舞と揃いの衣装に身を包み、首の後で長い髪を結って瀞真は微笑む。
行こう――どちらからともなく歩き出して巡るは屋台の群れ。相変わらず甘い物好きな瀞真に目を細めつつ、一口だけ貰って味を確かめる冬舞。薔薇関連の商品を置いているブースを歩いているうちに、ついつい冬舞の視線は女性が好みそうな品物へと向いてしまう。
「瀞真」
休憩所は混んでいたので、喧騒から少し離れた敷地の柵にふたり寄りかかって。手には薔薇の紅茶の入った紙カップ。
「恋人ができた」
冬舞の告白。
「一緒に暮らしてて、お互いに料理には難ありだが、頑張ってるんだ」
「そうか。もしかして僕の知っている方かな? 差し支えなければ」
――。冬舞が告げた恋人の名は、瀞真も知る人のもの。
「そうか……彼女なら、冬舞君を幸せにしてくれる。安心だ」
それは冬舞が学園にくる切欠になった事件を予知した彼だからこその発言。勿論、幸せは二人で築いていくものだと知ってはいるけれど。
「式には呼んでほしいな。あの二人にも報告するのだろう?」
「……ああ、折を見て、な」
仙夜と春子、彼らの顔を冬舞は思い浮かべた。
「瀞真には言わないと、と思ったから」
「ありがとう、嬉しいよ」
「瀞真も気になる人ができたら、また話を聞かせてくれ」
微笑んで告げる冬舞に、瀞真は少し困ったように微笑んだ。
探索の合間に休憩を、そう思い勇弥は薔薇の紅茶の入ったカップを手に館を見つめる。
(「……寂しいけど妙な感じだな。14年間、通い詰めた景色がハロウィン風に染まるのも」)
こく、一口紅茶を含めば、鼻孔から薔薇の香りが抜けていく。
(「まぁハロウィンは好きだけどさ」)
古い友人からの約束を引き継いでここでずっと殲術道具を集めていた勇弥からすれば、感慨深くもあり、寂しさもあるのだろう。
「やっほー、会えるかもと思ってたらやっぱり居たねぇ」
「っと、さくらもお疲れ」
かけられた声は顔を見ずとも判別できる。幼馴染のものだ。勇弥は手を振って。探索を切り上げてふとその場を訪れたのはさくらえ。くすりと笑み、彼もまた手を振り返しながら近づく。
「それ、薔薇の紅茶?」
「ああ。……薔薇といや昔、さくらに創作珈琲の練習に付き合ってもらったことあったな」
「ああ、あったねぇ」
思い出すのは薔薇のシロップを使い、表面に薔薇の形のクリームを乗せた珈琲。
「なんかさ、とりさんが創作珈琲の練習台とかあれこれとかで誘い出す時って、僕けっこー参ってるときだった気がする」
「あの時いっぱい足掻いたから今がある、ってね」
肯定するように微笑を浮かべる勇弥。
「ん、あれだねぇ、常にとりさんの珈琲に救われてた十数年でした……って、そんな話してたらあの珈琲飲みたくなっちゃうね。探索終わった後でいいんでごちそうしてくれる?」
「OK。モーニングサービスで用意するよ」
さくらえのお願いに快諾を示し、勇弥は残った紅茶を飲み干してカップをゴミ箱へ。
「それじゃあ続き、行ってくるよ」
「一緒に行くよ。とりさんがよければ、だけど」
霊犬の加具土と共に館に戻ろうとする勇弥に、さくらえも笑んで――。
ロングドレスに戦乙女風の鎧を纏った姿の佐祐理は、吸血鬼の仮装をしている瀞真を見つけて挨拶をと駆け寄った。瀞真は冬舞に少し席を外すと告げ、佐祐理を自らの屋台のバックーヤードへと導いた。
「今は洋菓子店や医療事務のアルバイトをしつつ、写真家の助手として働いています」
「元気に色々なことに挑戦しているようで何よりだよ」
「仲間の結婚式や報告を見ていたら、結婚願望というか、……そんな気持ちが生まれてしまいました」
佐祐理の近況報告に、瀞真は「節目として式や披露宴を行う人達も多かったからね」と微笑む。
「本当は結婚式場で近況報告したかったけれど、羨望から自分を抑えられる自信がなくて、欠席してしまいました」
「……ん、そうだったんだね。気にしないで」
彼女が抑えようとしたものが具体的に何なのか、瀞真は知らぬのだろうけれど。それでもこうして報告してくれて嬉しいよ、と微笑う。
「私はどうやら『熱愛』とはほど遠かったようですし、婚活しつついいお話があれば……という感じですね。まさか、ここまで生きていられるとは思いませんでしたし」
にっこりと笑う佐祐理。かつては想像する予知さえなかった時間を、彼女は今生きているのだ。
「ああ、それは僕も同じかな。一気に燃え上がる感情よりも、フィルムから写真をプリントするときのようにじわじわと、時間を掛けて感情を浮かび上がらせていく……そんなタイプだと思ってるよ」
佐祐理の中には、彼のその言葉に納得してしまう自分が居て。きっと女性との付き合いが無かったわけではないのだろう。けれども相手が一気に燃え上がっても、彼がその域に達するまでの間に相手のほうが冷めてしまう。誰にでも優しい彼の特別になれた感じがせず、別れを告げるのは恐らく女性から。そして瀞真はそれをあっさりと受け入れる――。
(「なんとなく、神童さんが未だ独り身な理由がわかった気がします」)
そんなことを思っている佐祐理をよそに、瀞真はなにやらダンボールの中を漁って。
「そうそう、近況報告のお礼に、よかったら持っていってほしいな。うちの製品で悪いけれど」
差し出されたメーカーロゴの入った紙袋には、彼のメーカーが屋台用にと持ってきた製品が綺麗に詰められていて。
「ありがとうございます」
彼の優しさが変わっていないことを実感して、なんだか複雑な気分になる佐祐理であった。
10年前はダンスと言えばフォークを両手にうっほうほ♪ だったなぁと思い出しつつミカエラが着替えたのは、向日葵色のエンパイアドレス。結婚式に着たものを仕立て直したのだ。巻き髪に白薔薇を編み込んで清楚に。
「ね~どお? 綺麗でしょ?」
照れながら問う彼女に、ネイビーのタキシードの胸元に白薔薇を飾った明莉は。
「んー? きれいかって? どうだろなー……って、今日は食い気に走るなよっ」
感想を聞き終わる前に屋台の魅力に吸い寄せられようとしている彼女を引き戻す。なんとかダンス会場でリズムに合わせて踊り始めたふたり。
(「ダンス、10年前は素直に誘えなかったよな」)
「……て、何照れてんの?」
昔の自分を懐かしく思い出す明莉の向かいで、あたふたしながら下を向いているミカエラ。運動神経にもリズム感にも自信はあるけれど、ヒールのせいで彼をより近くに感じるのは想定外で。
「……ふっ」
「あ、笑った! ひっどーい!」
そんな彼女が今でも可愛くて、可笑しくて。思わず笑う明莉に対してミカエラの顔は真っ赤だ。
「ミカエラ」
ぐい、と彼女の腰を引き寄せ、空いた片手で彼女の頬を包み込む。
「綺麗ですよ? 奥様」
笑いながらキスを捧げる。
悔しい、とミカエラは顔を覗き込まれぬように彼にぴったりとくっついたが、それは明莉にとっても火照る顔を隠すのに都合が良くて。更に近くに、と彼女を抱き寄せる。
そのままゆったりと踊る二人の鼓動は、ひとつに溶け合って――終わらぬ時を刻んでいくのだ。
両手に持った紙袋いっぱいに薔薇関連の商品を買い込んだシャオは、見知った姿を見つけてうしろからこっそり……。
ぴゅーい!
「ひゃっ!?」
驚いて振り返ったのはユリアと瀞真。ふきもどしをもう1度吹いてシャオは笑う。
「えへへ、お久しぶりです。びっくりした?」
「びっくりしました……」
「はは、驚いたよ」
胸に手を当てて息をつくユリアに対し、瀞真は言葉と態度が一致していないが、そんなところも変わっていないなぁと思うシャオ。
「トリックオアトリックー」
両手で二人の肩に軽く触れ。
「さー僕は何をしたでしょう?」
返答が来る前に。
「正解は……薔薇の匂い……付けちゃった」
先程買った香水を両手につけて、二人にも香りを移したのである。
「いい匂いだよね。今日一日、ふろーらるに過ごすといいのです」
「素敵な悪戯だね」
「まあ! いい匂いですね」
二人の反応に満足気に手を振って、シャオは館内へと向かう。
「敵さん達にもイタズラするんだ」
勿論倒すのだが、その前に油性ペンで悪戯をするつもりである。
探索を終えたセカイは吸血鬼の仮装をした瀞真と共に屋台を巡る。相変わらず彼が甘い物の前で真剣に悩むものだから、変わらぬその姿がかつての時間と重なって見える。
「気を使ってくれなくてもいいんだよ? 楽しまないでいいのかい?」
瀞真のメーカーの屋台の手伝いを申し出たセカイに、瀞真は問う。
「これも楽しみ方のひとつでございましょう?」
そう言われてしまえば返す言葉もなく、瀞真は彼女の言葉に甘えて共に屋台の売り子となる。
「お客様の生の声を聞ける折角の機会ですし、きっと愛用されている方々の中には、直接お礼を言いたいという方もおられると思いますよ」
「そうだね。実際に届く声はメールや電話が多くて。それにやはり苦言のほうがどうしても目立ってしまうけれど……礼や励まし、感想の言葉などが僕たちを奮い立たせてくれるんだ」
笑顔で会計対応や製品の質問などに答える合間に交わされる会話。
「ハガキや手紙などで感想を送ってくださる方もまだいてね。時折見覚えのある筆跡も見かけるから、学園で関わった人がお客様になってくれているのかもしれない、なんて考えるよ」
「ふふ、それは素敵ですね――あ、そちらの品物でしたら、まだ在庫がございますので複数お求めいただけますよ」
接客の合間の何気ない会話。それも含めてまたひとつ、大切な思い出の時間。
薔薇の紅茶を嚥下すれば、香りがいっぱいに広がる。
バイクで行く全国ブレイズゲート巡りの旅を実行中の玉は、山形から岐阜まで回って20連戦してきたので休憩中。この直前のメイド服の飛び交う領域で拾ったというか無理やり着せられたメイド服は、仮装の場に溶け込んでいる。10年経って海外在住の貿易商となった彼女だが、容姿は学生の時と大して変わってはいない。
(「ライドキャリバーが居た時は気にならなかったけど、戦闘より移動が疲れる。一夜で全部は正直無理があった……」)
確実に疲労を感じつつも、他にはない薔薇関連の屋台を見て回る。薔薇の紅茶が思いのほか口にあったので、缶入りのものを買い求めて。屋台にずらっと並ぶ薔薇をメインにしたハーバリウムは、瓶の形や大きさでも表情が違って見えて玉を迷わせる。ライトアップ用の台に乗せれば、暗闇でも幻想的な景色を作り出せると言われれば、それも気になってしまうではないか。香水に至っては薔薇の香りが満ちるこの場ではテスターがあまり機能していなかったが、ハーバリウムと共にいくつか買い求める。
「此処が武器のテストに使えなくなるのは痛手だけれど。こうして人が集まるなら、そう悪いことではないか」
見物客だけでこうして商売が成り立つのは悪いことではないだろう。玉は館を見上げて、再び紙カップに口をつけた。
「玖耀さん」
青色の燕尾服に垂れたウサギ耳を付けて大きな懐中時計を持った白ウサギの仮装をした玖耀は、かけられた声に振り返って。
「本当は、ハートの女王と迷ったのですけれど……」
「……とてもお似合いですよ」
そこに立っていたのは、ふしぎの国のアリスのアリスの衣装をイメージした、水色のドレスに白いブーツ姿のユリア。スカートの外側は透ける白のレース生地が重ねられていて、レースの裾に入った黒の模様が大人っぽさを感じさせる。思わず見とれた玖耀は、なんとか感想を絞り出して彼女に手を差し出す。その手を取った彼女と共に、屋台をっ巡ってゆく。
「このミニドーナツ美味しいです。お一ついかがですか?」
ピックに刺したドーナツを差し出す彼女。玖耀はそれを受け取らずに顔を近づけてそのままぱくり、と。
「……!」
「美味しいですね」
一連の動作に頬を染める彼女に微笑んで見せる。
「っ、危ないっ!」
談笑しつつ歩く団体が、彼女にぶつかりそうになったことに気づき、いち早く彼女を抱き寄せる。ふわり、彼女の薔薇の香りが玖耀の鼻孔をくすぐって。
「ぁ、ありがとうございます……玖耀さん?」
「ふふ、もう少しこうしていたいと思ってしまいました」
「……私もです」
二人で過ごす時間は、何よりもかけがえのない宝物となっているから。
(「剣を握る事はこれで最後になってしまうのでしょうか」)
館の地下。各部屋を隅々までめぐって、隠れている敵も探し出して倒している矜人と共にクルセイドソードを振るいながら、柚羽は複雑な思いを抱えていた。
(「10年前は戦うことが私の存在意義でしたけれど、今は……変わってしまいました」)
それは良いことだと思う。けれども戦うこと自体が柚羽の根源であることは変わらない。
体格の小さいマジックキャットと呪いのフランス人形を打ち漏らさないようにと探す矜人。
「行ったぞ!」
声をかけられて振るう剣。
(「……戦っている時のこの身の獲り合いの感覚、やっぱり好きです」)
(「退屈な、実に退屈な15年でした」)
現役時代と同じ装備を身に纏ったジンザは、誰とも言葉を交わさずに粛々と敵を屠っていく。
(「ストラス。オリジナルかフェイクなのかは知りませんけど、その名を冠した梟によく似ている闇は、ずっと僕の魂の底に居ましてね」)
乾いた硝煙と、湿った血液の匂いが満ちる。
ふと、その中で気がついた。
ここなのだ、と。
癒やしは与えられるのではなく、己の手で獲るモノなのだと。
最下層の中央部。その白いダークネスは、幾度倒しても変わらぬ姿で蘇っていた。
「妾の名は『白薔薇の君』」
「ブレイズゲートは今夜消滅する。何か言い残すことはないか?」
矜人がそう問うのは、気まぐれみたいなもの。分割存在の彼女からまともな答えが返ってくるとは思っていない。
「消滅? 何を言っておるのじゃ?」
案の定、彼女は消滅について感知していなければ理解もできないようだ。舞う薔薇が灼滅者達を襲う。
「白薔薇の君。私が識る中では、最も美しいダークネス。けれど、花は散るから美しい」
柚羽は距離を詰めて剣を振り下ろす。
「モノクロームの永遠より、一瞬の七彩を。だからここで、お別れです」
攻撃を避けた柚羽が再び剣を振り下ろして。ジンザの弾丸が、額にヒビを入れた。間髪入れずに矜人がロッドを振り下ろす。
「――スカル・ブランディング」
砕け、散りゆく白薔薇。もう二度と、咲かない。
消滅の刻限は近い。それでもジンザは奥へ奥へと進む。この清らかで正しい世界をもう一度撃ち抜ける『何か』を求めて。
「では、さよならです。機会があれば、またいずれ――」
作者:篁みゆ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月8日
難度:普通
参加:15人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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