ソウルボード消滅から10年、ついにブレイズゲート消滅の日が来たことが世界中で報道された。
これはゲートを構成していたサイキックエナジーが尽きたことによるもので、時代の流れによる必然とも言えるだろう。さいわいソウルボード消滅とともに灼滅者が闇堕ちする可能性も消えたため、ゲートがなくなってもさしたる問題はない。
「もし問題があるとしたら、もしかしたらあるかもしれない後進の育成がちょっと、って程度?」
万が一あるとしてもその程度、と成宮・樹(エクスブレイン・dn0159)は軽く首をかたむける。しかし本当にその程度でおさまる話なら、こうして灼滅者を招集する必要はないわけで。
「内部に湧いてた分割存在ダークネスがね、溢れるかも、ということで」
さながら百鬼夜行、あるいはハロウィンの魔物の群れの再現というあたりだろうか。
●ブレイズゲート消滅~残り火送り
まず前提として、ブレイズゲート内の分割存在はゲートが力を供給することで維持されている。
「なので供給が断たれれば分割存在もガス欠で消滅するしかない――んだけど、分割体が自前で溜め込んだ分を使いきるまで時間差があって」
「ごく単純に『いま断食を始めてもすぐにお腹は空きません』、って事ですか」
ふむ、と思案顔で松浦・イリス(ヴァンピーアイェーガー・dn0184)が顎に指を当てた。
「そういう事。ただ、時間差と言っても数日とか長時間ってわけじゃなく、最大でも分割体が存在できるのは三時間だと試算が出てる。なのでゲート消滅後に分割体があふれることで、周辺に被害が出ないようにしてほしい」
分割体の存在可能時間は『撃破されずに存在していた時間が長いほど長くなる』こともわかっているが、やはりそれでも三時間を越えることはない。
当然ゲート周辺からの避難勧告を行うことで人的被害をおさえる事は可能だが、そもそも動かすことのできない建築物は被害を免れない。また分割体の中に距離を無視して別の場所に出現できるような能力を持つものがいた場合は避難勧告も意味を成さないだろう。
これを解決するために今再び、灼滅者が一肌脱ぎましょう、というわけだ。
それに以前ならばともかく、今の灼滅者の実力ならゲート内の探索は特に危険もない訓練の延長、くらいで捉えていい。特に労することもなくさくさく掃討できるので、討ち漏らしのないよう留意すれば十分だ。ゲート内で撃破された分割体は、たとえその後復活しても10月31日夜のブレイズゲート消滅とほぼ同時に消滅するので、外で事件を起こす危険性はなくなる。
また、探索期間そのものも長めなので、記念に複数のゲートを踏破してもいいだろう。
「他にもゲート消滅見物の観光客をあてこんだ屋台も並んでるようだから、そこで旧交を温めるのも楽しいと思うよ」
10月31日の夜、巷を練り歩くという魔物の群れ。
しかしそれが本物の魔物になりうる可能性は、灼滅者が10年前に摘みとった。その残り火はここで綺麗に送ってやるのが筋というものだろう。
宵闇に沈む日比谷の繁華街上空、火華流の指示で旋回を繰り返す大型軍用ヘリの音が響いている。見下ろす足元には色鮮やかなLEDやライトに彩られたハロウィンの装飾、そして屋台や仮装で出歩く人々が見えた。
地下鉄日比谷駅のはるか地下に位置する『虚空蔵図書館』とその新領域、ほか各地に点在するブレイズゲート。それらがこの夜ついに消滅するとわかり、見物がてらハロウィンの夜を楽しむ人々で普段にも増して賑やかだ。
ゲートの消滅に伴い、内部に蓄積されたエナジーを使いきる前に地上へ分割存在のダークネスが出現してしまう危険を防ごうということで、ここ日比谷にも灼滅者達は粛々と集っている。
「まったく、野次馬通り越してお祭り騒ぎって……どんだけ平和なのよ」
火華流は呆れきった口調だったものの、『バベルの鎖』の影響でブレイズゲートの存在など一般社会に流布されるはずもなかった10年前のことを思えば可愛いものだ。直属の部下も一応連れてきてはいたが、火華流本人に実戦に連れて行く気がない以上は見学の域を出ない。
さらに、今は民間の国際救助団体に所属している水織が箒で飛び回りつつ火華流と連絡を取り不測の事態に備え警戒を行っているものの、灼滅者がすでに対応に動いている以上、億が一にも彼女の懸念が的中することはなかった。
「危険はないとは言っても、何を考えているのかしら? もしルミナスウイングが抜けてきたら……」
まあ色々な『もしも』を捨てられないのが灼滅者の善性でもあるので、水織と火華流の懸念がどこまでも懸念どまりなことは喜ぶべきである。火華流の兄が用意した銃も、今晩は出番がなさそうだった。
「クオリアが居た時は気にならなかったけど」
ふうっと溜息を吐いて、シスター服に身を包んだ玉がチェーンソー剣を担ぎ上げる。一瞬の間を置いて棺晶姫もろとも、従えた棺桶が複数に引き裂けて消滅した。
「掃討よりブレイズゲート間の移動の方がだいぶ疲れるな」
今、玉の傍らに相棒と呼んだライドキャリバーはない。試作武器の性能試験がてら、『バイクで行く全国ブレイズゲート巡りの旅(9/25)』の最中だった。海外在住の個人貿易商という立場となった今、ブレイズゲートは世界各地に散っている灼滅者むけ商品の仕入れ先でもあったのだが、玉の表情はいまいち晴れない。
「ブレイズゲート行脚ついでに、売り物になりそうな物でも拾って行ければと思ったけど……ここはどうも趣味悪いのが多いね」
「最後と思うと感慨深いし、何か記念品、とも思うけど……ねえ?」
物陰から近付いてきていたのだろう黒紋狼の群れをいとも容易く蹴散らし、さくらえは着物の袖を軽くはたく。『趣味のよい物はない」という玉の意見には賛同する部分が大きいのだろう、散らばった冥晶鏡片をつまみ上げてみるものの、これはだめだ、という顔で首を振った。
「でもまあ、何やかんやありつつ頑張ったよ、ワタシ達灼滅者は」
……思い返せば、ブレイズゲートの噂を聞けばせっせと通っていた。転校してきたばかりの頃は人と関わることすらおそろしく、自分の中の闇ともなれば尚更。いつ居なくなってもよいもの、と言わんばかりの破滅的な生き方をしていたような覚えがある。
若かったと思う。いや、今でもまだ若造から多少ましになった程度、ではあるが。
「思い描いていた最良のハッピーエンドだったかどうかは別として、現実問題としてダークネスの支配も、魂のサイクルも消えた。闇堕ちもね」
「そうですね。この領域を発見した頃は、ブレイズゲートがなくなるなんて思ってもいませんでしたが」
本の隙間から新しい領域を発見した時のことを、誘は今でも鮮明に覚えている。本当に、懐かしい。
「いざなくなるとなると、存外あっけないものなのだな、とは思いますね」
ダークネスの存在が虚となった今、ある意味それに支えられていたブレイズゲートもまた虚に還るべきなのだろう、誘はそんな風に思った。
「……さて。できれば最後を見届けて感慨に耽りたい所だが、いい時間になったし私はこれで失礼するよ」
「おや。ずいぶんな早上がりで?」
「これから神奈川や和歌山にも行く予定でね」
つまりこの夜、玉は今までになく忙しいのだ。誘とさくらえに見送られ、玉は一足早くゲートを後にする。
「ところでさー、これってどっかからギャラ出るのかかいどー先輩知らない? 次の旅の旅費稼いどきたいしさ、報酬出るよねえ、出るでしょ? 出なければ出ないで、かいどー先輩にもネタ売ったげるからさ!」
「……ネタって具体的に何のネタ? と言うか僕が不在ならこの件でのネタの売買は成立するだろうけど、今ここにいるし」
「いやそれはそうだけど、そこらへんは言葉のアヤってやつ」
売れないジャーナリストであることは認める所だが、けらけら笑ってそんな事を言う玲と懐事情は大差ないのではと蔵乃祐は思う。確かに懐が暖かいかどうかと問われれば暖かくないが、さりとて食うに困るほどでもない。
一応灼滅者としての戦果は残してきた方なので、書こうと思えば一般人が飛びつきそうなネタはある。それこそろナミダ姫打ち取りとかこう、色々。
「まあ、ネタ云々は冗談としても。結局はさー、私は私の中とアレと割と似てるのかもしれないなって」
住所不定、世界を巡る観測者としてその変化を観察し続けるその口から聞くには、さほど違和感のない言葉だった。フォビドゥンジェネラルの攻撃を食らった所で、今となっては玲のラビリンスアーマーでぴったりダメージが止まる。ネコサシミの回復もすっかり開店休業状態だ。
「全部終わったら何をすべきかってずっと考えてたけど、――」
この世に生を受けた瞬間から、ダークネスと戦うことを宿命付けられてきた灼滅者。戦いは終わりましたと突然言われても困る、と思った者だってきっと少なくない。
予言者の瞳で精度のあがった蔵乃祐のチェーンソー斬りであっけなく両断されるダークネスを一瞥し、玲は吹っ切れたように笑う。
「観測者、傍観者、それでいいのかなって」
「ここのスサノオ達みたいに10年間ずっと使命を守ってくすぶり続けるよりかは、やりたい事を見つけて前に進むほうがいいだろうし。それでいいんじゃないかな」
未来を、この先を、見守れたらと思ったのは蔵乃祐も同じこと。
ナミダ姫が幻獣種の野生から知性に寄っていったのは、人間社会の欲が影響したのかもと蔵乃祐は考えている。あるいはマンチェスター・ハンマーのような快楽殺人鬼が生まれた遠因も、人の心の闇であったのでは、と。今となっては誰にも真偽のわからない話ではあるが。
「それじゃかいどー先輩はこれから先もずっと、売れないジャーナリスト?」
「売れないってとこ強調しない! 地味にダメージ入るから!」
そんな二人の会話が、ステンドグラスの窓に小気味よく響いている。
……傍観者。観測者。あるいは観察者。自分はその、いずれにもなれはしないだろう。
遠く聞こえた会話を思いつつ、雄哉は足元の水晶片を見つめる。つい今しがたまでフリーズライザーであった残骸。
日比谷駅の地下に広がる異空間である以上、この夜以降は二度と入れないことは想像にかたくない。得られる情報もとっくに絞り尽くされたあとなので、そちらの意味でもブレイズゲートは役目を終えたのだろう。
いずれは、雄哉自身の裏稼業も終わる日が来るのだろうか。灼滅者に狩られるようなダークネスは随分前から絶滅危惧種なので、ダークネス根絶の報道よりも、雄哉が自ら看板を下ろす方がずっと先かもしれない。
「……まあ、その日まで狩り続けるつもりだけど」
それが雄哉にとっての不幸か幸福かは、また別の話だ。
雄哉が単身、領域のより深淵に切りこんでいく一方、最後の探索を楽しむように【糸括】の面々は分割存在の掃討を進めている。
「ねこさん、本で遊んじゃ駄目よ? 中から怖いものが出てきたら困るからね」
たしたしと前脚で背表紙を叩いている相棒を窘め、杏子は数歩後ろでああだこうだとじゃれあう明莉と脇差を振り返った。……お互いもう立派な妻帯者だが、顔を合わせれば時計の針が逆大回転するのは何故だろう。
「脇差、ここ数年でアルバム失くしてないっけ? 何かこう、ウサミミメイドな写真いっぱいの。……あ、ごめ、大声で言ったらダメだった?」
「アルバム? 特に覚えはないが……って、なんだこれ!?」
一応小声で謝ってはきたものの、にまにま本棚の一角を指差している明莉の様子からして確信犯に違いない。虚空蔵図書館の蔵書ではない、どこからどう見ても明莉秘蔵ショット集☆的なアルバムがおさまる本棚に呆れ返る。
「脇差先輩、それって、ご自身のブロマイド写真集? あとで見せてね!」
「貴様本当に、何枚俺の写真溜め込んでやがる……」
「そりゃあ、脇差が知らない分?」
「俺が知らない分ってどんだけだよ!」
疑いようもなく明莉の仕込みなので、毎度毎度よくやるものだと溜息が出た。せっせと律儀に回収していく脇差を見る杏子と明莉の視線が微妙に生暖かい。
灼滅者達がふたたびゲートに集うのはこれが最後かと思うと、やや感慨深いものがある。探索がお留守な明莉や脇差の尻を叩いている杏子の様子を横目に、アイナーはこっそり忍び笑いを漏らした。背を預け合えるのはやはり頼もしいし、心躍るものがある。それがよく知った面々とあればなおさらだ。
「そういえば二人とも、最近どんな感じ? わたしは妹の会社で子供服をデザインしてるの。自分の子供にも着せられるのが楽しくて」
「ほぅ、デザイン。俺は、んー……忙しい、けど、充実してる」
一番肝心の、『今何をしている』の部分を華麗にすっ飛ばしたサズヤの発言にシェリーとアイナーは苦笑いするしかない。昔からこうなので慣れたものだし、精力的に身寄りのない子供達の援助を行っているのは周知の事実なので、今更言及する必要がなかったと言えばそうなのだが。
「サズヤはほんと、変わらないと言うか通常運行と言うか……オレも店は順調だし、忙しいけれど楽しいよ。季節ごとに店のコンセプトを練ったり、ケーキの新作を考えたりなんて、10代の頃には考えられなかった話だ」
「ん。誰かのためとか、子供達を助けてあげられるのは、自分の力になる」
ある意味この中で『人間』から一番遠かったサズヤから、そんな言葉が聞ける日が来るなど。地に足がついた様子のアイナーからも、シェリーが見るかぎりしっかりと自分の道を生きている、そんな空気が見て取れた。
「サズヤは立派なお仕事してるんだね。アイナーのお仕事も楽しそうで、すごく、『らしい』なあって感じ」
10年の時間は、ダークネスの灼滅こそが至上命題であった学生達を、それぞれの人生を歩む人間へと生まれ変わらせるには十分だったという事だろう。
「さて、本当にハロウィンの怪物が出てきてしまう前に。退治退治なのですよ」
一方、ぬかりなく白魔女の仮装姿なチセもまた単身、掃討に加わっていた。
「私、この掃討戦が終わったら沢山甘いものを食べたいって思っているのですよ! 何せ今晩はハロウィン! 外にはドーナツにチュロス、キャンディ、それ以外にもお菓子の屋台がてんこもりです!!」
大丈夫、これは死亡フラグでは無いはずです! と拳を握りしめてチセは居並ぶ分割存在を次々蹴散らしていく。
……こうして世界が平和になって。ましてやお祭り気分で戦う事ができる日が来るなんて、10年前は誰も思っていなかったはずだ。
「止まっていたら消滅なんて起こらないわ」
時間はここにもちゃんと流れている。ダークネスの支配による停滞は、ブレイズゲートにとってももう過去のもの。
「それではAu revoir,ごきげんよう……形は残らなくとも、記憶は残るわ」
ぱちりと懐中時計の蓋を閉じ、チセは含み笑う。そう、時間は流れていた。
「彩、戻れ!!」
「……時間、ですか」
最後のルミナスウイングを一刀で斬り伏せた日方が振り返りざま走る、走る。近くで探索していたのだろう、あまおとを連れた陽桜やイリス、真琴の姿を本棚の向こうに烏芥は見た気がしたが、不気味な崩壊音に追われるうち見失ってしまった。
ぐしゃりと何か大きな手に握りつぶされていくように、あるいは自壊するように虚空蔵図書館の天井か壁が、崩壊していく。ぐしゃん、ぐしゃん、と本棚が何かに踏まれるようにひしゃげて潰れ、そのまま微細な破片を散らして。
どっ、と急激に重力が増したような感覚があり、烏芥の足にアスファルトの感触が戻ってきた。
「……は、」
陽桜が我に返ると、周囲はもう――夜の日比谷の真ん中。
「あいたたた……ああびっくりした、吐き出された、って感じかなこれ……」
「そう……みたい、ですね……」
見回せば、陽桜やイリス同様、覚えのある灼滅者達が何人か路上にうずくまって足やら肩やら背中やらを擦っている。突然路上に出現した形になったのだろう、ハロウィンの仮装姿な見物客達が何人か驚いたような顔をしていたが、すぐに目の前のお祭り騒ぎへと離れていった。
「10年前はこんな光景、全然想像できなかったのですけど。今振り返るとあっという間ですよね」
「本当に。ゲート消滅の見物、なんて想像できなかったな……」
「函館旅行がついこの間のようなのです」
イリスに手を引かれ、陽桜はあまおとを抱えて立ち上がる。
そう言えば彼女は燻製職人見習いをしているのだったか、と思い出し、陽桜はぱたりと両手を打ち合わせた。
「あの、今、あたし、海外協力隊の任務終えてからは、旦那さんと喫茶店経営してるのですよ! 今度函館にお邪魔してもいいですか? 何かイリスさんの燻製をメニューに使えたらと思うのですけど」
「え、えー、まだ修行中だからなあ……お爺ちゃんのお許しが出たら、でよければ」
すぐに返答はできないとしつつも、イリスは嬉しそうだった。
「もしかして、俺ら相当頑張っちゃった? まだ11時……」
「そうかもな。驕れる人も久しからず、ただ秋の夜の夢のごとし――か」
先を行く明莉を追いつつ、脇差はハロウィンの夜に浮かれる街並みを見回す。すでに杏子は一足早く、扮装の列に紛れ込んでいた。
「ほら脇差先輩、お祭り! 明莉部長も! 一緒に楽しもう?」
ダークネスの支配は終わりをつげ、いずれ灼滅者も消えてゆくのかもしれない。
それまでに自分達はなにを、この世界に残せるだろう。脇差自身、何を残したいのだろうと自問する。
「南瓜行列かー、懐かし♪」
明るい声でそこに加わっていく明莉の背中からは、不意に冷静な表情で虚空蔵図書館の本を手に取っていた姿など想像できなかった。そんな脇差の気配を察したのか、杏子はいつも通りのあかるい表情で、迷いのない声で言ってのける。
「ねえ、そういえば明莉部長、脇差先輩。覚えてる? ――10年前、お菓子の家から出てきたモノ」
綺麗に綺麗に飾られた、メルヒェンガルテンのお菓子の家。そこから顔を出したものはお姫様でも立派な騎士でもなく、どこまでも恐ろしげな魔女だった。思わず息を詰めて杏子を見た明莉に、やはり明るい声が返る。
「覚えてるよね、出てきたのは『怖い魔女』。だからね、『今』が正解」
「……そだな」
明莉が作っていた『お菓子』はしかるべき相手に渡された。
「幸せにならなきゃ食べちゃうぞー、なんてね」
サイキックハーツという付録つきで。
「なるほど、『今』か」
渡された『お菓子』は今ここに、たくさんの笑顔という形に繋がっている。もうバベルの鎖で灼滅者と人々は隔てられていない――今を積み重ねることが一番大切な事なのかもしれない、と脇差は思った。
掃討を終えて夜の日比谷に繰り出したシェリーの足取りは軽い。
「わあ、屋台がいっぱい! パイもプリンもケーキも美味しそうだね」
「ほぅ……ハロウィンの屋台。やはり、南瓜のお菓子を食べるべきでは」
ブレイズゲートの見物を兼ねているという名目そのものも、アイナーにとっては感慨深い。そんな時代になったのだ、とどこか感傷にも似た思いがある。
「土産も買っていこうか。一仕事した後だし、食事代わりの甘くないパイとかもあればいいけれど」
「ん。……運動後の甘いものは、格別」
お互い立派な大人になったと言うのに甘い物に目がないのは、サズヤもシェリーも似たようなもの。南瓜のプリンをぱくつきつつ、不意に何か思い出した顔でサズヤが呟いた。
「そう言えば、昔、フライハイト達がくれた甘いもの。あれが、時々懐かしくて。……また、家に贈ってくれる?」
「あ、わたしもわたしも! アイナーのお菓子もすごく美味しかったよね、また食べたいから送って!」
「そういう事なら。たまには大切な人を連れて、一休みしにおいで」
菓子くらい、いつだって送るとも。
そんな言葉と約束がこんなにも自然であること。それこそがアイナーにとってかけがえのない幸福だろう。
屋台で烏芥が買い求めたココア片手に、日方達は人波を避けた一角に陣取っていた。夜半近くともなると、さすがに空気は冷えてくる。
「そいや二人とも、今何してんだ? 俺は世界巡って、何が必要とされてるかを色々伝えたり、ESPの扱い方とかこう色々、いろんな人と繋がる事してまわってるけど」
「……日方らしいな。俺は今も人形師を続けているよ」
彼なら多くの人を救えるだろう、烏芥はそう確信している。理屈ではなく、分かるのだ。卒業間際まで進路が決まらなかった彼が、どこか誇らしげに胸を張っていることが烏芥にはことのほか喜ばしい。
「農家」
続いて聞こえた声に日方の手からココアのカップが滑り落ちかける。
「……農家って言ったか今」
「そう。農家って言うか果樹園か。観光農園ってやつ。八剣山って斜面ばっかで野菜とか米は難しいし」
「……いや樹君、日方が聞きたいのはそういう話ではないような」
「どっから観光農園なんて出てきたんだ」
実家が農家というわけではないはずなので、余計わからない。興味があると聞いた覚えもなく、文字通り瓢箪から駒とはこのことだ。
「学園来る前にいた施設の近くに、迷惑と言うか世話になったって言うかな果樹農園があって」
後継者不在のためいずれ閉めるつもりと聞き、それならと農園の面倒を見る流れになったようだ。学園卒業と同時に札幌へ戻ってこのかた、ずっと住込従業員兼後継者という形でいるらしい。
「お互い会社勤めにゃ向かねータイプとは思ってたけど、さすがに農家は想像していなかったって言うか……」
「よく言われる。松浦にも既婚な感じしない、とか言われるし」
これまたなかなかの発言に日方は額を覆った。華麗に見落としていたが左薬指に指輪が見えるので、そういう事らしい。今の今まで何も聞かされていなかった、というあたりは今は置いておいた。
まあ、また何年かあとにこうして笑顔で会うことができれば今はそれでいい。
「あっ成宮さん、お久しぶりです!」
今やサッカークラブのコーチとなった真琴がそこに混じり、それぞれの日常を語り合う灼滅者茶話会が始まった。
最近アンブレイカブルが入団し、いわゆる悪童ではあるものの、大切に大事に育てたい逸材であること。差別を撲滅する力がスポーツにはある、と信じる真琴の活動はゆっくりとその芽を育んでいるようだ。
「おかげで、今もいい人はおりません。子供達にはモテるんですけどね~」
「……それはそうでしょうね。でも、充実していらっしゃるのでしょう?」
たはは、と笑って頬を搔く真琴に日方と烏芥が揃って苦笑する。
「もちろんです。この選択は間違ってなかった、と信じたい……いえ、信じているので」
それぞれがそれぞれに歩み、掴んだ10年。
ゲートの消滅という新たな節目を迎えたその先には、きっともっと新しい未来が待っている。
作者:佐伯都 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月8日
難度:普通
参加:19人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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