ブレイズゲート消滅~亡き王の記憶にさよならを

    作者:朝比奈万理

     武蔵坂学園の教室内。
    「ご多忙の中、集まってくれた皆には感謝申し上げる」
     久々に教壇の上に立った浅間・千星(星詠みエクスブレイン・dn0233)は、久々に集った灼滅者たちにあの日と同じようににんまり笑んで礼を言い、こう続けた。
    「最新の研究により発覚したことなのだが――」
     ブレイズゲートを構成していたサイキックエナジーが尽きたため、ブレイズゲートが消滅する。
    「ソウルボードが消滅したことで誰も闇堕ちすることもなくなったんでしょ? 流れとしてブレイズゲートが消えることはやむを得ないこと。でしょ?」
     と小首をかしげる千曲・花近(信濃の花唄い・dn0217)に、まぁなと千星は頷いた。
     直接的な問題はない。
    「だけどここで、多少の問題が発生したんだ。ブレイズゲート内部の分割存在は、ブレイズゲートの力によって維持されている」
    「ということは、ブレイズゲートが消滅すれば……」
    「分割存在は連鎖して消滅する」
     けど、と千星は続ける。
    「その消滅は全く同時に行われるわけではなかったんだ」
     ブレイズゲート本体が消滅しても、分割存在の内部に蓄えらえたブレイズゲートの力が尽きるまで――分割存在単独で最大で3時間程度は、その存在を維持できると試算されたのだ。
    「つまり、ブレイズゲートが自然消滅した場合『分割存在をブレイズゲートの外に出さない力』っていうのも消えちゃうから、最大で3時間の間はブレイズゲートから解き放たれた分割存在が暴れまわるということ?」
     尋ねる花近に、千星は一つ頷いて「その通り」と告げた。
     避難等はブレイズゲート周辺からの避難勧告などを行なう事で被害を抑えることは可能のようだ。しかし建築物などは動かすことが不可能なため多大な被害を被る事だろう。
    「分割存在の中に、もし距離を無視して別の場所に出現して事件を起こす事ができるような者がいた場合、被害はより大きくなるかもしれないな」
    「それってすごく良くないこと、だね」
    「そう。これを防ぐ為、ブレイズゲートが消滅するタイミングで『灼滅者による大規模なブレイズゲート探索』を行なう作戦が提案されたんだ」
     その日は、2028年10月31日の夜――ハロウィンナイト。
    「なんというタイミングで……これ楽しんでいいやつ……っ」
     思わず呟く花近は、どこかとても楽しそう。
    「だろう? で、分割存在はみんなの実力からいえば『久々の運動』程度の力でバッタバッタ倒せる程度。だから『楽しくブレイズゲートを綺麗にしましょう』って感覚で参加してもらえればいいと思うぞ」
     と説明した千星の表情に緊迫感はなく、むしろワクワクしている雰囲気すらある。
    「それと、ブレイズゲートの消滅のニュースを聞いてか聞かずか、各地のブレイズゲート前には世界各地から観光客が訪れるようで、ハロウィンらしい屋台がたくさん並ぶみたいだ。探索の合間に屋台をのぞいてみたりするのも、いいかもな」
     相棒のうさぎのパペットをぱくぱくっと操った千星は、あの日のように自信満々に笑んだ。
    「では皆。久々の大仕事。大いに楽しんできてほしい!」


    ■リプレイ


     和歌山県の高野三山に隠された、白の王セイメイの拠点。
    「ついに、ここともお別れかぁ」
     感慨深げにつぶやいた白タキシード姿の輝乃。あたりを見回すと、うさ耳も揺れる。
     少女だったころ、よくこの場所を探索しに訪れていた。
     手にしたルーズリーフファイルには、この場所に通い詰めて得た過去の情報が記載されている。
     ここの王の記憶を絵にするために描き溜めてきたものだ。
     それにしても――、
    「大丈夫? 動きにくそうだけど」
     苦笑いで振り返る先にはドレスの裾を引きずりながら転ばないように悪戦苦闘の脇差。
     一方の明莉は可愛らしいペンギンの着ぐるみで、足が仕事できないスタイル。曰く、修行僧カラー。
    「ぷ。鈍、かーわい――」
    「っと、手が滑った」
     笑われて反射でどつく脇差と倒れる明莉のやり取りもお約束。
    「押すなよ、簡単に起き上がれないんだから!」
     と、何とか起き上がった明莉が振り返れば、ゲートの外から聞こえてくるのはハロウィンゲートの喧騒。
     サイキックエナジーは、人の精神状態に左右される。
    「……強いな」
     それはブレイズゲート消滅もお祭りの一環に出来るエスパーたちのことだ。
     そんな【糸括】の三人の前に現れたのは、屍鬼術士の群れ。
    「うわ、ちょっと親近感」
     フォルム的にな。と付け足す明莉は先制攻撃とばかりにぽぷよんと跳ね、
    「とりっく・おあ・とりーとぉぉ!」
     と敵を地に沈めた。
     脇差と輝乃も、彼に続く――。

    「あそこにいるのは、雄哉さん?」
     空凛が指差す先にいたのは、一人黙々と屍鬼サムライの群れに向かっていた雄哉だ。
     彼はひとりで敵軍に挑んでいた。
     巨体から繰り出される攻撃に顔を顰めた雄哉の体を柔らかな光が癒す。
    「……!?」
    「偶然ですね。雄哉さんはお仕事ですか?」
     癒しの恩恵に驚く雄哉に声を掛けたのは、双調。
    「雄哉さんが充分に強いのは知ってますが、人数多い方が早く終わるでしょう?」
     燐は、敵軍を見据えて指をさす。すると、敵の足元がピシピシと音を立てて凍てついた。
     朔夜も姉の言葉にうんうんと頷きつつ、得物のロッドを振るって向かってくる敵軍を薙ぎ払った。。
    (「相変わらず1人で行動してるんだな……」)
     と察しつつ、やはり心配でもあって。
     陽和の心も朔夜と同じ。「さ、一緒に戦いましょう!」
     拳をぐっと握り込んで生まれた炎の奔流を、敵軍目掛けて放つ。
     空凛は家族の言葉に穏やかに頷いて絹織で雄哉を守り癒すと、霊犬・絆も清らかな瞳で彼の傷を癒しきる。
    「絆も、雄哉さんと会えて嬉しそうですし、ね」
    「家族もああ言ってることですし、一緒に行きましょう。久し振りに共闘もいいでしょう?」
     双調の穏やかな笑みに雄哉は半分渋々一つ息をつくと、再び敵軍に向かい合った。
     こうやって、お互い背中を預け合うのは……10年ぶりか。
    (「でも、気分は悪くない。何故か……ほっとしている」)
     雄哉は自分の気持ちに少し戸惑いつつも敵の重厚な一撃から仲間たちを守り、自らも攻撃に転ずる。蒼穹のオーラを拳に込めてその巨体を地に沈めた。
     彼ら【さいはて】の目指す敵はもっともっと奥に居る。
     王を護る亡霊たちを一刻も早く片付けて、さらに深層へ――。

     ニコと未知とビハインドの大和は、群れでいたルミナスウイングを次々倒していた。
     ウサミミ執事の大和の放った霊障波に合わせ、五線譜の影の刃で敵の胸元の宝石を砕いたクラシカルウサミミメイドの未知は、後一体となった敵の動向を注意深く見定め。
    「ニコさん、次で片付く!」
    「おう!」
     応えるニコはフーベルトゥス先生とともに駆けだすと、頭のウサ耳は靡き、短めのスカートが揺れる。
     先生の霊撃が炸裂する。間髪入れずにニコが高く飛び上がると、星の輝きは敵の宝石の紅を全て飲み込んでしまった。
    「ここは学生時代に奥深くまで潜ったものよ」
     ドヤ顔の未知にとって、この場所は庭の様なもの。
    「最長探索記録保持か。其れだけで尊敬に値するよ」
     と、ニコは頼もしいパートナーに敬意を払うと共に、砂埃を叩きながら改めて自分の格好をくるりと見。
    「若干サイズだけでなく色々な意味でキツくなった……ような……」
     33のミニスカウサミミメイドである。先生の自分を見る視線が時々刺さる気がするが。
    「未知も大和も変わらず良く似合うな、ハハハ!」
    「うー、身長伸びてないから今でもすっぽり着れるのが悲しい……」
     未知はほっぺたをぷっくりと膨らませた。

     赤いアリス服の柚羽とアンティークナースの紗夜も、別所に現れたルミナスウイングを次々撃破していた。
     時計の針を模した黒い剣を非物質化させた柚羽が表情もなく敵を切り伏せると、妖艶な笑みを浮かべた紗夜はランプの炎を舞わせて最後の敵を焼き尽くした。
     戦闘中の柚羽はどこかとても楽しそうで。
    「ねぇ、姉さん。今に後悔、ある?」
     紗夜は躊躇いながらも尋ねる。
     制裁人になろうと考えていた彼女を、彼女の恋人と説得した張本人として、罪悪感を感じなかった事は無かったから。
    「……紗夜さん達が説得しなかったら今の私は無いと思いますし……。後悔して今を変えられるならば、とっくの昔から沢山しています。それに、式に書き加えを行う貴女らしくない質問ですね」
     きょとんと答えた柚羽はふふっと笑んで、黒髪を靡かせて歩き出した。
     あの時説得されていなかったら、今の幸せも母となる喜びも得られなかったのだから――。
     彼女の凛とした背中に『後悔』の文字は伺えない。
    「そうだよなぁ……」
     過去を嘆く位ならば今を生きねば。時間は止まってくれないのだから。
    「あの問いは僕らしくなかったね」
     と笑んで、紗夜は柚羽の背中を追いかけた。

     ルミナスウイングは桜と花近の前にも現れていた。
    「もうちょっとですっ!」
    「うんっ」
     狼耳にふっさりしっぽの花近が愛用のロッドを振るって敵を消すと、続くのは全身にご当地の夜桜の力を巡らせた赤ずきん姿の桜。
     かつて、戦闘用の和装に身を包み学園で鍛えた日々を思い出しながら、普通の女の子だったら……と想像してみる。
     敵を見て可愛く悲鳴を上げながら彼に抱き着くことができたかもしれない。
     だけど、桜は灼滅者。
    「怖くないのが残念ですね……」
     花びら舞う蹴りで最後の一体を仕留めた桜に漂うのは、少しの悲しみ。
     二人はお互い、お疲れ様と労いながら先に進む。
    「そいえば桜のずきん、桜の模様が入ってるんだねー、かわいい!」
    「えへへ、ありがとうございますっ。花近さんもとってもかわいらしいですっ」
     そうだ。と何かを思い立った桜は、花近にスマートフォンのカメラを向けて。
    「がおーってやってください、がおーって!」
    「え、がおー、って……?」
     可愛らしいリクエストに戸惑う花近。対する桜は期待の眼差し。
     ……可愛い奥さんのお願いだ、もう、男ならやるっきゃない。
    「……が、がおー!」
     花近の顔が真っ赤なのは、言うまでもなかった。

     【旧2B桃】の面々が出会った分裂存在は、フォビドゥンジェネラル。
     敵軍に向け得物の銃口を向けたバントラインスペシャルマン――キィンだったが、
    「銃のかぶりもの、すごい邪魔だ」
     と、ぐいっと頭部の被り物を額まで上げれば、一気に開けた視界は良好。
    「それじゃぁ久々に暴れますかね!」
     援護射撃にと放つ銃撃が、戦闘開始の合図。
    「だな。我々の連携を見せてやるとしようじゃないか!」
     なつかしさの中に多少の緊張感を抱いて。
     紋付袴姿で正装の明も愛刀を構え、駆け出したかと思った刹那、手前の敵を切り捨てる。
     この場だと逆に仮装みたいなものだろう? とはゲートに入る前の明の談。
    「貴族の世から今まで、お疲れ様です!」
     自称・2B桃のマスコットのパンダ――紗里亜がカンフーの足裁きで宙を舞えば、生まれ出でた炎は一気に敵を焼くと。
    「皆、凄みが増したか?」
     あまり変わり映えしない仲間たちに、ふふふんと笑んでみせる摩耶も負けてはいない。
     広げたシールドで殴りつければ、敵の首をごとりと堕とす。
     かつて数々の戦争を共に戦ってきた仲間たちの息は、10年経っても乱れはしない。
     あっという間に屍鬼術士の群れを一掃すると、お互い頷きあって最深部へと進んでゆく。


     ホワイト・カダヴァーの取り巻きをすべて倒し終えるころには、ここに集った灼熱者たち全員が揃っていた。
     無表情のアンデッドダークネスが放つ白王五芒呪は灼滅者の体を蝕むけど、双調が招いた風ですべての呪いが消え去ると。
    「ハッピーハロウィン」
     ゲートで知り合いと遭遇したら使おうと思っていた挨拶を、まさかこのフロアでするとは……と、吸血鬼姿の渚緒はちょっとがっかり気味。
     地元・和歌山のブレイズゲートを懐かしみながらじっくり探索していたら、少しだけ遅くなってしまったのだ。
     だが、ちょうどいい所に来たと大歓迎の仲間たち。
     渚緒は、彼等の仮装やその顔つきから皆が充実した毎日を送っていると悟ると、笑顔。
    「詳しい近況は終わってから聞くとして。僕らも負けてられないね。カルラ」
     と、神父姿のビハインドのカルラと頷きあった。
    「眠るときが来たのだ。これがシャーリーの力!」
     イギリス近衛兵姿のシャーリーのロンドンダイナミックが炸裂する。片手のリンゴ飴は先に屋台で調達したものだ。
    「さて、派手に暴れようか」
     腕を膨らませたなゆたが赤いマントを靡かせながら、その端正な横っ面に張り手を見舞わせた。
     フルフェイスメットにスーツ姿の無常が愛用の交通標識を赤く光らせると、爆音とともに敵を殴りつける。
    「かーしーをーよーこーせー」
     9枚の皿と見せかけた光の環を飛ばす死装束の飴莉愛。対する彼にねだるのは、平安の菓子か。
     キィンも構えた得物で敵に斬りかかれば、紗里亜と明も得物を振るってダメージを与える。
     セイメイには因縁が無い訳でもない。
     ソウルボードの悪意の謎もいまだに理解できていない。
    「だが、二度と出てこないのであれば、問題はあるまい。滅せよ!!」
     仲間が稼いだダメージに、摩耶が剣で追い討ちをかける。
    「未来にはいらないものですので、容赦無く!」
     陽和がロッドを振るえば、朔夜もそれと対のロッドで敵を殴りつけ。
    「厄介なものを未来に残す訳にはいきませんからね」
     床を蹴った燐は次の瞬間には敵の背後から鋭い斬撃を繰り出していて、続いた空凛と絆はまだ傷が癒えていない仲間たちを回復して行く。
    「セイメイの遺産は何一つ残すものか! 全て葬ってやる!」
     雄哉の鋼の拳は、敵の体に亀裂を生み出した。
     亀裂を深めるべくニコが剣を相手に突き立てれば、フーベルトゥス先生も霊撃を放って傷を抉る。
     ライフワークとして無駄に鍛えていた甲斐もあり、腕は鈍っていないし先生との連携も完璧。
    「流石、今でも鍛えてるだけあるぅ」
     冷やかしながら未知も大和とのコンビネーションは抜群。歌声と波動は敵の内部にまでダメージを及ぼす。
    「でもニコさん、そんなに暴れたら、パンツ見えるぞ!!」
    「パンツ? 心配するな。俺のドロワーズは鉄壁だ!」
     シスター姿の玉は、試作武器の性能を試しながらゲートを回っていた。
     そのついでに個人貿易商らしく、ゲートの外でハロウィンパーティのエスパーたちにウケるかもしれないとの算段で『生殖型パンデミック』も可能な限り回収していた。
    「遂に消滅か、寂しくなるね。白の王は結構好きだったんだけど。適度な形と大きさが良い感じに殴り易くて」
     呟きながら愛用の鞭剣を振るい、その身を縛り上げて行く。
     続くアンカーはマントを翻しながら剣を振るい、陽桜と霊犬のあまおとも血の気すら感じない敵を歌声と刀で切り刻んでゆくと、その後ろから駆け出してきた桜と花近も、お互いの故郷の力を宿したダイナミックを決めた。
     紗夜は愛用の帯をふわり靡かせると、刹那、床を蹴った柚羽が敵の背後に回り込んだ。刃による激しい斬撃と自由意志を持った帯の穿撃に、ヒビを深めるアンデッド。
     渚緒が放った矢は彗星の如く威力を以て敵の懐を射抜くと、カルラはその傷をさらに深めてゆく。
    「よし、三蔵に続く。一気に畳みかけるぞ!」
     ぴょんぴょんと跳ねた明莉は得物の槍をくるりと構え、妖気の氷柱を敵に向けて放つ。
     それに後れを取るまいと息もぴったりの脇差と輝乃。彼女が影の獅子に敵を飲み込ませれば、これで決めると気迫の脇差。上段の構えから、まっすぐに早く重い斬撃を振り下ろした。
     ピシピシと音を立て水晶のように崩れ去ったホワイト・カダヴァーの最期は、灼滅者にとっては見慣れた光景だった。
     が、今回ばかりは違っていて。
     死せる王が完全に消えたゲートは徐々にその存在意義を失い、揺らいでゆく。
     奥の方に見えた、セイメイとアフリカンパンサーの幻影も、音声も――。
    「セイメイの遺産も見納めか……」
     被り物を上げながら、キィンが消えゆく幻影を見送り。
    「サイキックエナジーの循環か……」
     呟いて脇差は思案する。
     人類がサイキックハーツに到達した今、ソウルボードは既に無い。
     還る場所の無くなったダークネスの魂はやがて新たなソウルボードとなり、新たな知的生命体に宿るのだろうか。
     その時、人類はどう向き合うのだろう。
     絶望と怒りによる『闇堕ち』ではなく、信頼と希望による『エスパー化』。
     ダークネスと成らずとも、人とエスパーによる循環もあり得るのだろうか。
     未来は分からない。
     故に願うのは――。
    「再び巡り行く循環が、全ての生命にとって悪意とはならぬ事を――」
    「さよなら、セイメイ。長きに渡り、灼滅者(ボクら)と刃を交えた白の王」
     この場所が無くなっても、貴方の記録を未来に伝えるでしょう。この世の巡りが過去の繰り返しにならないように――。
     と餞の言葉とともに、輝乃はルーズリーフ帳をぎゅっと抱きしめる。
    「セイメイにパンサー。これで本当にさよなら、だな」
     かつての敵の影を見届けて、明莉は感慨深げにつぶやいた。
     脱出するぞ。と誰かが叫ぶなり、灼滅者たちは一斉に上層へと駆け出した。
     消えていく後に残されるものは何だろう。
    (「戦ってきたこと、その記憶、憶えていられる限りは憶えていよう」)
     祈るように自分に誓いを立てる渚緒。
    「顔だけは好みだったよお前」
     今やただのカケラとなった足元の残骸に一瞥し、未知は踵を返す。
     これは、ループしない終焉。
     そして新しい時の始まり――。


     ブレイズゲートの最後は観光客の歓声と共に。
     高野山奥の院からさらに山奥に展開された屋台街は改めて見ると、和と洋が入り混じる何とも不思議な空間だった。
    「皆、ゲート最後の大仕事お疲れ様!」
     ヴィクトリア調のドレスに身を包みベネチアンマスクを付けた千星は、ゲート跡から帰還する灼滅者たちを笑顔で出迎えた。
     早々に撤退しようと踵を返した雄哉の脇をがっしり抑えたのは、朔夜と双調。
    「折角ですので、雄哉さんも一緒に」
     にっこり告げる空凛の両隣には、おいしそうな食べ物を持った燐と陽和だった。
    「いや物珍しいだけで内容はそんな面白くもないな……まあマニアが蒐集しそうな品ではあるか」
     屋台街の一角にばさっとお店を広げた玉の売り物は、もちろん『生殖型パンデミック』。
     まぁ、売れるかどうかはさておいて。
     屋台を楽しんでいたウサミミ執事姿の子どもが、誰かを見つけて嬉しそうに駆け寄った。
    「ただいま大和。……可愛い!!」
     未知が彼を抱き上げると、ニコも彼の頭を撫でて肩車。
    「良し、大和のこの愛らしさを、浅間と千曲にも自慢をしに行こう!」
    「そういえば千星さんとこ、ケーキ売ってるんだってさ!」
     と、和やかに屋台街を進んでいく。
     千星が店番を務める屋台の脇に設けられたイートインスペースでは、【旧2B桃】の面々が戦闘後の栄養補給中。テーブルにはケーキは勿論、他の屋台の食べ物でいっぱい。
     面々の目移りの結果ともいえよう。
    「重傷でないのが不思議な感じだな」
    「ふふ、明さんが重傷じゃないなんて不思議な感じですね♪」
     摩耶の言葉にあの日々を重ねる紗里亜。
    「そうそう、実は先日、宇宙旅行に行ってな……」
     明の口ぶりに、「え!?」と驚きの声をそろえる三人。
    「って、残念ながらそんな金は無いよ。まあ、いつか行ってみたくはあるな」
     そのうち現実にもなるだろう、いつかの話。
    「不動峰が宇宙行くなら呼んでくれよ、オレもそっちを見てみたい」
    「その時は木嶋も一緒に行こうじゃないか。そういえば椎名は?」
     明に話をふられ、私ですか? と紗里亜。
    「私は法学者として各方面と協力して活動中です。……未婚ですが」
     と、オチが付いてしまい、慌てる明。
    「……椎那ほどの女性なら必ず良縁があるさ。まあ、縁に恵まれん私が言っても、説得力は無さそうだが……」
    「椎那も無事でここに居て。キィンも爵位級に殺られず。明も宇宙に行っておらず、だ」
     摩耶の〆の一言にキィンは深く頷く。
    「うん、結婚はさして重要じゃない」
     仲間たちの心遣いに紗里亜はふふっと笑んで、思う。
    (「もう戦争が起きて欲しくはありませんが、その時はまたこの心強い仲間と立ちたいと思います。心から」)
    「じゃぁ、乾杯と行こうか」
     耐熱紙コップを手にした摩耶に続き、明、キィン、紗里亜もそれぞれのカップを手に。
    「またこうして皆が集まれる日に向けて」
     明が宣言すると、頷いた摩耶はさらに紙コップを掲げた。
    「幸いなるかな、人生!」
     【ASSC】の無常は、「今宵はラストダンス……楽しんでいこうじゃないか」
     と、屋台街の一角でディスコをオープンしていた。
     お立ち台の脇、なゆたはラムネをあおり、
    「兵どもが――だな」
    「あっちもこっちもお化け……ところで二人は、どうするの?」
     と尋ねてきた正統派なお化け飴莉愛を一瞥したなゆた。
    「何か変わるわけではないだろう。今まで通りだ」
     それで、一緒に色々やればいい。
    「なんだ、シャーリーと一緒がいいのか~? なゆたは可愛いなー♪ よーっし後で二人で話そうな!」
     自分にぐっと寄るシャーリーをそのままにして。
    「少なくともシャーリーと一緒にいて、僕は不愉快じゃない」
     言ったと同時に祝福の音楽とファンファーレが響いた。無常だ。
     ゲートから無事に帰還し屋台巡りを楽しんでいた陽桜が千星の屋台に来た時には、両手にはいっぱいの紙袋やビニール袋。
    「えへへ、屋台のスイーツ巡りが気になっちゃって、ゲートのお仕事頑張っちゃいました」
    「凄い量だな!」
    「今、カフェの運営してるので、屋台のスイーツでお勉強中なのです♪」
    「そうか。じゃぁ、わたしの家のホテルで販売してるケーキもいかが?」
     と、手で刺したオープン型の冷蔵庫には、定番のショートケーキから各種チーズケーキまでずらりとケーキが並ぶ。
    「わぁ、これは全部食べたい……! けどひとまずオススメからですね」
     と、陽桜が指差したのはスフレチーズケーキ。
    「ただいま、千星」
     騎士姿のアンカーは跪いて千星の手の甲にキスを落とす。
     そういえば、12年前にわたしがしたかったのは、こうしてレディにチュッてする方だったような。
     まぁいいかと笑む千星。
    「お疲れさま」
     と、耐熱の紙コップに紅茶を淹れながら、心の中が小さく揺れる。
     ずっと隠しておこうと思えば隠せる秘密。だけど、君には知っておいてほしい秘密――。
     千星から受け取った紙コップからあふれる紅茶の香りは、森林のどこか甘やかな香りと混じり、アンカーは紙コップに口を付けて呟いた。
    「……3人くらいいると賑やかでいいかもしれないね」
    「え?」
    「子ども。名前も考えなきゃ……って気が早いか」
     と照れ笑いしながら見下ろした彼女は、いつぞやの夜のように笑んでいた。
    「君は本当に……」
     だけど、彼女の小さな孤独を埋めるには、十分すぎる言葉だった。

     死せる王の記憶は灼滅者によって語り継がれるのだろうか。
     勿論、最良の形で、良き意味で――。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月8日
    難度:普通
    参加:26人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ