ブレイズゲートを構成していたサイキックエナジーの枯渇によって、10月31日から11月1日にかけて日本全国のブレイズゲートが消滅する。
「ブレイズゲートが消滅すれば、同様のサイキックエナジーによって維持されていた分割存在も連鎖的に消滅するはずなのだけど、すぐに、というわけにはいかないみたいなんだ。約3時間ほどはブレイズゲートからの供給が絶たれても外で暴れられる計算になるらしい」
村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)は、片目を閉じて言った。
「だからね、この日に現存するブレイズゲートの一斉掃討をする。今の皆の実力であれば、もはや危険はないはずだ。同窓会に参加するような気分で、よろしく頼むよ」
担当するブレイズゲートは、那須殲術病院の『君主は剣を望む』。
ソロモンの悪魔に改造された強化一般人や朱雀門高校配下だったヴァンパイアたちを払い除け、到達した先に待つのは青き大剣を持つデモノイドロード。
「ああそれと、当日はブレイズゲート周辺にハロウィン仕様の屋台が出るようだね。休憩がてら寄ってみるのもいいんじゃないかな」
楽しみだね、とエクスブレインは微笑む。
10年の歳月を経て、世界も人も移り変わってゆくのだろう。これはその一幕。ブレイズゲート最後の日を、皆で共に。
●祭夜の再会
――懐かしい匂いがする。
バイクで行く全国ブレイズゲート巡りの旅を敢行中の空井・玉(デスデスマーチジャンキー・d03686)はバイクを停めると、ヘルメットを脱いで軽く頭を振った。学生自体とほぼ変わらない端正な細身に黒衣を纏い、ぽつりと呟く。
「慰霊に来たよ……って、日程が日程だからもっとお祭り騒ぎかと思ってたけど。そうでもない面子もそれなりに集まった感じかな?」
玉より先に来ていた魅黒・神影(永き夜の明けた少女・d36031)と有城・雄哉(蒼穹の守護者・d31751)は、それぞれに複雑な表情だ。
「世界は変わった……変わってしまった、から」
神影は日本刀を胸に抱くように抱え、独り言のように漏らす。
ええ、と雄哉が頷いた。
「今の世界において、このブレイズゲートはまさに遺跡のようなもの。それが消滅する日というのは、いよいよ新しい時代を迎えるということなのかもしれません」
「それを……君は望むの?」
暗い目で問う神影に、雄哉は頷いた。十年前、ひっそりと学園から姿を消した彼は現在、元『病院』の協力組織が運営する児童養護施設で働いている。だが、それを知るのは限られた人間のみ。今回の遠征は、その仕事先の相手からの頼まれ事でもある。
「かつて、ここで命を落とした人造灼滅者の鎮魂とブレイズゲート消滅を見届けてくれと頼まれました。このままブレイズゲートが消えるのなら、ソロモンの狂信者や朱雀門に荒らされたままにしておけません」
「うん……そう、だね。これが、本当に最後の務めになるかもしれない……から……。復讐の相手を失ったボクにはもう、他に何も……やるべきことがないんだ」
見上げる空は目に染みるほどの蒼穹。
行き場を無くしたはぐれ猫のように立ち尽くしていると、遠くから元気な男の声がした。
「えー、那須といえば酪農! 乳製品! チーズケーキ! 皆さま味見いかがでしょーか!」
特産品を載せたワゴンを押して、高沢・麦(とちのきゆるヒーロー・d20857)が移動販売をしている。
「栃木ヒーローの高沢麦でーっすよろしくー。あ、村上くんはどう? 甘いもん」
「いいね。どれがお勧めなんだい?」
ブレイズゲート入口付近に並んだテーブルのひとつに腰かけ、中へ入っていく面々を見送っていた村上・麻人(大学生エクスブレイン・dn0224)は嬉しそうに聞いた。
「やっぱ牛乳の味を生かしたレアチーズタルトかなあ。ご当地ヒーローがいるとタダで名物食える可能性が高くていいでしょー」
「うんうん」
「まあ、俺も栃木出身のご当地ヒーローとしてさ、このブレイズゲートは気になってたんだよね。他にも1つあるし、何かそういうの引き寄せる土地なのかなって不安になった事もあったりして」
「確かに、確率的には気になるところかもしれないね」
「でしょ? というわけで、張り切ってクラッシャー参戦してくるからこのワゴン預かってて!」
「了解。気をつけていってらっしゃい」
麦が駆け出していくその先には、風化した外壁に赤い十字の意匠。人造灼滅者を産み出した元凶――那須殲術病院。十年ぶりに集まった灼滅者たちはその手にスレイヤーカードを翻し、最後の探索へと身を投じるのだった。
●那須戦術病院内部
「ふッ……!」
愛刀・刹那蒼で突然襲いかかってきたヴァンパイアを切り伏せた凪・美咲(蒼の奏剣士・d00366)は蒼き鞘に刀身を収め、息を吐き出した。
(「ブレイズゲートが消滅……あの頃はこんな事を考えた事はありませんでしたね……」)
どこか黴臭い湿気た空気も、己の欲望のままに襲いかかってくる分割存在たちも十年前と何も変わらない。
まるで、この中でだけ時が止まっているかのような。
「!」
物音に気づいて柄に手をやった美咲の前で、ピンクハートを貫くダイダロスベルトが迸る。箒・天狗丸に跨った古海・真琴(占術魔少女・d00740)は無邪気に笑った。
「この辺り、雑魚が多いですね!」
「……そうですね」
場に似つかわしくないほど明るい真琴に、美咲は驚いたように頷いた。
「でも、援護して頂いて助かりました。私用で奥まで行く必要があって、途中で力尽きないように体力は温存しておきたかったんです」
「それはちょうどよかった! ペンタクルスがお役に立てますよ~、適当にご一緒しません?」
「ええ、喜んで」
にゃあ、と三毛猫のペンタクルスが鳴いた。
「――! 新手のようですね」
「ペンタクルス! 支援をお願い!」
どこからか湧いて出た朱雀門制服姿の分割存在たちを、真琴と美咲はお互いの背を守りながら蹴散らしていく。
「お、お前達も『病院の遺産』を探しているのか!? 俺は知らない、俺は知らないぞ!!」
「――悪いですが、その台詞は聞き飽きました」
縛霊手・佛継弥勒掌から解放されゆく祭壇の、触れるもの全ての自由を奪う除霊結界の陣が立ち塞がるソロモンの狂信者たちを混乱に陥れてゆく。長い前髪の合間から昏い視線を差し向ける皆無は、黒炎と結界に囚われた個体から無造作に振るった鬼腕の一撃で確実に屠っていった。
(「ここで起きた悲劇も、この場所を守れなかった心残りも全て消えてゆけ」)
疾駆と共にその足元から燻る黒炎が、囚われたままの彼らを断末魔の叫びとともに本当の終焉へと導いていく。振り返るその虚ろな双眸に一筋の希望と数多の絶望を宿して――。
「邪魔です」
刃渡・刀(一切斬殺・d25866)は行く手を塞ぐヴァンパイアを斬り払い、単騎で回廊を駆け抜ける。
「そちらもタイムアタックか?」
肩を並べたのは、妖の槍・S3を手に先を急ぐ玉だ。
「いえ、戦いたい相手がいるので」
「奇遇だな。私もだ」
それだけのやり取りで、二人は互いの目的が同じであることを知る。一瞬顔を見合わせてから、刀はふっと唇の端を上げた。
「一番乗りは譲りませんよ」
「その言葉、そっくりそのまま返すとしようか。こちらは後がつかえてるんだ、速攻で行く」
玉はさらりと答えて床を蹴り、正面から来た女子学生の胸を螺穿槍で串刺した。奥から急襲するナイトメアスパイダーの群れを、全砲門を開いた刀のクロスグレイブがオールレンジパニッシャーで迎え撃つ――!!
「ふぅ……」
ようやく引き受けたソロモンの狂信者たちを討伐し尽した片倉・純也(ソウク・d16862)は、流れる汗を拭って一息をついた。
「大丈夫か?」
月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)の指輪が輝くと、純也の肩から流れていた血がぴたりと止まる。
「最初は敵が同士討ちしているのかと思ったぞ。仮装ではないようだが……」
朔耶に纏っていた蒼紫の外套を指摘され、純也はばつが悪そうに頭をかいた。
「紛らわしい恰好で失礼した。そちらは先に進まないのか?」
「俺は監察医なんだ。今日は支援の目的でここにきている。――リキ?」
その時、傍に控えていた霊犬が唸りを上げて飛び出していった。
「ひ、ひいいっ!!」
「まだ残っていたのか」
ほとんど虫の息の狂信者の女に歩み寄って、その場に膝をつく。
「ブレイズゲートが消滅する刻限まであと少しだ。何か言い残したいことがあれば聞くが……」
「――じゃあ、死んでよ!」
突き出されたナイフを、間に割り込んだリキの牙が咥えてその手からもぎ取った。
「灼滅者を殺して儀式をすれば、ブレイズゲートから脱出できるの!! だから、わ、私のために……死んでちょうだいよおおっ……!?」
「…………」
最後の最後まで――彼女たちは脱出の可能性に囚われたまま、か。純也は微かな憐憫を抱くも、ただ無言で影業を使役し息の根を留めた。
●青き晶剣
「――ようこそ灼滅者。俺の名は『ロード・ジルコニア』! お前達も『病院の遺産』が目当てか?」
その光景は録画された映像を繰り返し見続ける行為にも似ていた。分割存在として病院内に囚われた青きデモノイドロードがお決まりの台詞で到達した灼滅者達を出迎えるのを、刀は感慨深く心に留めた。
「それにしても、今日はやけに大盤振る舞いだな? 外で何かあったのかよ?」
首を傾げるロード・ジルコニアと正面から向き合い、刀はその名と同じ武器――草薙剣の鞘に手をかける。
「あなたをこの病院に縛り付ける力の潰える日が来ましたよ、ロード・ジルコニア」
「――」
その宣告はしばしの間、彼を沈黙させた。
「……なるほどねェ。てことは、お前達は俺を外に出さないためにやってきた、ってところかい?」
「さぁ、斬り合いましょう。分割存在とはいえ、その技の冴え、存分に披露して頂きたい」
告げると同時に、刀は神速で剣を居合抜いている。
「そう簡単にやらせるかよ!」
瞬きの差で、ロード・ジルコニアの発動した絶対零度の光線が周囲を氷結の嵐で薙ぎ払った。その氷壁を突き抜けるように飛び出した美咲の振り下ろす剣戟が巨大な青剣と真っ向からせめぎ合う。
「これが……最後……」
神影は憂いを帯びた瞳で蝋燭をともし、ぽつりぽつりと怪談を唱え始めた。
「ぐ、ああっ……!」
苦し気に呻いた配下の狂信者の挙動を見て、夜霧で戦場を覆い隠していた朔耶は自らの霊犬を呼んだ。
「リキ!」
「おんっ!!」
戦場を舐めるように燃え盛る煉獄から、リキはひとりで暴れにきていた朝倉・くしな(初代鬼っ娘魔法少女プアオーガ・d10889)を庇う。
「わりぃな、仇はとってやる」
くしなは豪快に笑い、マテリアルロッドで狂信者へと雷をぶち込んでやった。悲鳴を上げながら転がる怪人を踏み越えて、ナイトメアスパイダーと殺人ドクターが襲いかかる。
「させませんよ!」
頭上から聞こえた声にドクターが顔を上げると、真琴が放った容赦のない影刃が降り注いだ。怯んだ隙に、神影の影喰らいが頭から彼を丸のみにする。
「なかなかこういう戦い方できませんでしたので、今こそ!」
「にー!」
ペンタクルスもここぞとばかりに尾を立て、中空に魔法陣を描き出した。久しぶりに真琴と戦うことに興奮した様子でもある。
(「灼滅者は殆ど引退していたですし、大事件でもおきたらその時は……と恐れてはいたんですけど、これでいよいよ引退できるかしら?」)
そう考えると、なんだか名残惜しくもある。
「十数年も強化改造を重ねた殲術道具を使っておいて、拾い物のソレを取り込んだだけの相手に後れを取る訳にもさ」
「俺は実験台ってわけかい?」
「察しがいいな。ダークネスよりも代理戦争で灼滅者と遣り合う機会の方が増えた昨今、御同輩を仮想敵とした模擬戦の相手としては丁度良い」
玉は叩きつけるようにそれをぶつけ、ロード・ジルコニアは幾度でもそれを弾き返す。だが、限度はある。
「八つ当たりでしかないことはわかってる……でも、これしかできない……知らない」
鬼化した利き腕を強引に振り回す神影から距離を取り、ロード・ジルコニアは自らの体表を硬質な鉱物で覆いつくした。
「ちっ」
ひゅっ、とその頬を刃が掠める。
刀の剣閃は一撃ごとにその精度を上げているように見えた。何度も斬り結ぶうちにロード・ジルコニアの剣にヒビが入ってゆく。
やるせなく、けれどどこか満足げに彼は微笑んだように見えた。
「……やれやれ、ここまでか」
「はぁっ!!」
遂に、刀の居合斬りがロード・ジルコニアの象徴たる巨大な剣ごと彼の体を打ち砕いた。
「…………」
彼の消えた後、ホールに残された巨大な柱の前に進み出た美咲は手にしていたクルセイドソードを初めて見つけたのと同じ場所に、墓標のように打ち立てた。この剣こそ、ロード・ジルコニアが最後までこだわっていた『遺産』。
「……ただの我が儘ですよ、多分。この剣はここで初めて形になった一振り。ここが消えるというのなら共に消えゆくのも有りだと……そう思ったんです」
ただ、クルセイドソードの第一発見者として。最後の戦いを共にした灼滅者達と共にホールを出る前、美咲は一度だけその場所を振り返った。
「今までありがとう、おやすみなさい」
●消滅と解放と
「この区画は全て殲滅できたようですね」
雄哉は周りを見渡して、倒し漏れがないことを改めて確かめた。と、不自然な殺気に足を止める。
「その資料を全て寄越してもらいましょうか」
声の主は雄哉と同じく人造灼滅者精製の資料回収を目的としていた皆無だった。もし他の組織が回収に来るようなら、それを奪う事も行う。相手の生死は問わない。それが、皆無の覚悟である。
「残念ですが、この資料は誰にも渡す気はありません」
だが、雄哉ははっきりとその申し出を拒絶した。同じ過去を持つ者同士なのだと、人造灼滅者としての本能が知らせたのかもしれない。
「僕も……僕たちも、あなたと同じような存在ですから」
「…………」
しばらく見つめ合った後、皆無は殺気を収め、無言で背を翻す。
「ようやく、全て終わりましたね」
ふと、雄哉はその背中に語りかけていた。
「そして、僕たちの役割も……終わりかもしれません」
まるでその言葉が引き金となったかのように、ブレイズゲート全体が淡い輝きを帯び始めた。最後まで入口付近で戦っていた美咲はそれを見上げ、呟いた。
「ブレイズゲートが消滅していく……」
建物を覆っていた力がその圧を失い、復活したばかりの狂信者たちが呆気なく塵と消えるのを、純也は「おつかれさま」と見送った。
「せいや!」
草津温泉怪人とのご当地アピール合戦ならぬガチンコを制した麦はふうっと額を腕でぬぐった。
「これでほんとに終わりかあ……」
今でこそ満喫している平和も、かつては綱渡りもよいところ。何かひとつ過去が違っただけでも今は無かったかもしれない。
「そう考えたらさ、この施設もここにいた人達も、今の平和のための礎になってくれたヒーローなんじゃないかなあ」
粒子となって無に帰してゆく光を送り火のように見送る麦の背が、絶対に忘れない、と叫んでいる。
「さぁ、ペンタクルス! 行きましょう!」
「にー」
屋台村へと駆け出してゆく真琴とそのウイングキャットがハロウィンの雰囲気あふれる屋台村へと獲物を求めて飛び込んだ。
「学生の頃ハロウィンとは、妙な騒ぎ方するイベントでしたが今は落ち着いたのかしら?」
「そんなことないさ。うちのたこ焼き屋は派手ってもんよ。どうだい、ひとつ?」
血の気の多い残存ダークネスを纏め上げ、自警団のようなものを仕切っているくしなはにやりと笑って自分の屋台を指差した。
「ま、マフィアや暴力団と何が違うのかっていうとまだまだこれからなんだけどね。……なんだ、あんたも行くとこがないのかい?」
「え……」
ぽつんとひとりで屋台を見つめていた神影は、ぶっきらぼうに答える。
「このあとは……何をすればいいのかな……わからないや」
「暗い顔すんなって。生きてりゃどうにかなるよ。ま、取り合えずこれでも食いな」
そう言って差し出されたたこ焼きは真夜中の冷えた空気の中でまだほかほかと温かな湯気を立てていた。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月8日
難度:普通
参加:11人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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