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「時間制限付きで暴れる分割存在か……。まるで、ハロウィンの魔物だな」
文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)がそう言うと、
「つまり、ハロウィンのイベントをするべきだという事か」
と、神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)が同意した。
「一体何の話?」
立派な壮年となった二人の元へ、続々とかつての仲間達が集まり始める。ブレイズゲートの件で協力を仰ぎたい――そんな報せに集められた、武蔵坂学園の卒業生達であった。
「それはオレから説明しよう」
十年経った今でも、個性的な髪型は健在なようだ。桜庭・照男(大学生エクスブレイン・dn0238)の姿に、灼滅者達は懐かしむように目を細めた。
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「簡単に言うと、ブレイズゲートを構成していたサイキックエナジーが尽きた。消滅するのも時間の問題だぜ。闇堕ちの心配が無くなった今となっちゃ、ブレイズゲートが消滅した所で困る事は……後進の訓練の場が減るぐらいか。ただ、問題が起きてな」
最新の研究に因ると、ブレイズゲートそのものが消滅しても、ブレイズゲートの内部に居る分割存在達は、自身に蓄えられた力で一定時間は存在を維持してしまう。ブレイズゲートが自然消滅した場合『分割存在をブレイズゲートの外に出さない力』も消え去る為、ブレイズゲートから解き放たれた分割存在が暴れまわる事態が発生するというのだ。
「撃破されずに存在していた時間が長い程、長く存在を維持してしまう。最大で、三時間といったところらしいが、分割存在の中に距離を無視して事件を起こせるような存在が居たとしたら……被害はブレイズゲート周辺だけで済まねぇ」
ならば周辺へ避難勧告をするより、ブレイズゲートが消滅するタイミングで、『灼滅者による大規模なブレイズゲート探索』を行なう事で、分割存在が外へ出る事を未然に防ぐ作戦が効果的であろうと、照男は語った。
「ま、あんたらの実力から言って、朝飯前じゃねぇの? 久々に旧友と会ったんだ、十年分の出来事を語り合うなり、ハロウィンの屋台を楽しむなりしてくるといいぜ」
屋台? と聞き返す灼滅者に、照男は肩を竦めた。
「あー……その、ブレイズゲート消滅を聞きつけたんだろうな。避難勧告どころか、むしろ各地から観光客が押し寄せてるんだ。ランタンなんかのハロウィンらしい雑貨を売る屋台やら、軽食を売るキッチンカーまで並んで、周辺地域がお祭り騒ぎになっちまってる」
まったく、商魂逞しいぜ、と。笑う照男の表情には憂いも何もなく、灼滅者が分割存在を掃討する事を信じて疑わない様子が見て取れた。
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清潔とは凡そ掛け離れた、それでも其処彼処に散らばる『病院』であった頃の残滓を踏みにじり、術衣の男が嗤う。
「君達は新たな患者かな? 私が手術をしてあげよう。もちろん麻酔はしな――ぐがッ」
殺人ドクターの言葉を遮るように、イヴ(d30488)はバベルブレイカーの重低音を響かせた。メスを持った腕は千切れ飛び、咄嗟に鋸を持つ手で軌道を逸らそうとするも、
「させないわ」
真理亜(d31199)の降ろした風の刃が、それを阻む。杭が唸りを上げ、男の身体を穿った。瞬殺。同胞の余りの呆気なさに、同時に現れた医師達が驚愕を露わにするが、手加減をしてやる道理はない。
「いざ参る!」
医師が声を上げた七火(d30592)に意識を向けるも、視認した時には既に間合いに入り込んでいた。闘気を纏った重い拳が、弾丸の如き速度で腹にのめり込む。突出した彼に周囲の敵が群がるが、顔色一つ変えずに後方の南桜(d35680)へと視線を送り、一言。
「任せた」
「おまかせください!」
即座に齎される癒しと、ピーターさんによる援護。救い出した時はまだ幼い少女だった彼女が、随分と頼もしい伴侶になったものだと、七火は小さく笑う。
「一体たりとも逃がさない。アンタらが持ってる情報を悪用されるわけにはいかないからな」
武器を構え直すイヴの背を見守りながら、南桜も同意するようにこくりと頷いた。
「それに……未だにここに囚われている病院関係者さんを、成仏させてあげたいのです」
ここはイヴちゃんの故郷に近いから、と呟く彼女に、イヴは肩を竦めて見せる。
「小さかったから覚えてないけどな。――そういえば、ガキどもはちゃんと食事したかな」
ブレイズゲートの外には、【BIG SEVEN】の後輩達が待機している。今や大学生であると同時に、後進の育成に力を入れる経営者でもあるのだ。
「今は戦闘に集中致しましょう。ケジメをつけるのでしょう?」
真理亜は窘めるような口調だが、妹を見つめる眼差しは優しかった。今日は最後までとことん付き合うつもりである。兄である七火が結婚し、後はイヴの望みを叶える事こそが、姉としての務めだと思うからだ。
「それに、悲しき魂を無事に成仏させるのも巫女の務めでございます」
次々と消えてゆく殺人ドクターを見つめ、目を細めた。
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「ここに来るのは久しぶりだな」
ブレイズゲートから足が遠のいて久しいが、剣棒を握る感触はコーヒーサーバーを手にするのと変わらぬ程に馴染んでおり、これも灼滅者の性かと呆れにも似た笑いがこみ上げる。
「加具土、行くぞ」
勇弥(d02311)は傍らの霊犬に声を掛け、細身の光輪を撃ち出した。
(ハロウィンってのは元々はドルイド達の彼岸だ)
医師崩れに死体洗い、眷属、獣。病院の元灼滅者だけでなく、目の前に居る彼らもかつて等しく『人』であった事を、片時も忘れた事はない。
「……だから」
俺達の手で葬りたいんだ、と。勇弥は鎮魂の為に、敵の群れへと飛び込んだ。
別の区画では、碧落を思わせる鮮やかなオーラを纏い、雄哉(d31751)が駆ける。一体ずつ地道に、着実に敵を倒しつつも、以前の病院の資料が残されていないか、周囲に目を光らせていた。
あの時――壊滅時はここに来る事が叶わなかったが、日々研鑽を積み、今では容易く分割存在を屠るまでに至った。
「……ごめん、遅くなって」
ぽつりと零れたその謝罪は、歩みを止めない自身の足音に掻き消えた。
ばさり、と羽が舞う。佐祐理(d23696)は部屋に足を踏み入れると同時にナースに囲まれ、孤軍奮闘していた。長い柄を持つ鋏を槍術のように用いる様は、過去の民間活動時に誂えたという鎧も相俟って、神話のワルキューレさながらだ。力量差があるとはいえ、これほどまでに囲まれると多少は手こずるかもしれない――彼女がそう思った時、
「大丈夫ですか」
ごきりと鈍い音を立て、佐祐理の背後に居たナースが倒れ伏した。陽坐(d30203)のジャンプキックが綺麗に首に決まった音だ。その後方では、徹也(d01892)の鍛え抜かれた拳に突き上げられ、天井に叩き付けられるナースの姿があった。
その後も陽坐が攻撃を引き受け、佐祐理と徹也が攻撃に徹し、危なげなく殲滅が完了した。
「助かりました」
「栃木のヒーローとして、当然の事をしたまでです! ところで、その花は?」
佐祐理が小さく頭を下げると、陽坐は人好きのする笑みを浮かべ、彼女が拾い上げた花束を見やる。
「……仲間の、鎮魂に」
探索を終えたら供えるつもりだという彼女の言葉に、陽坐はふむ、と考える。消滅して安全な土地になるならば栃木県民としては喜ばしいが、病院に縁のある者はどのような気持ちなのだろうか。
「じゃあ、俺も建物中に報告して回ろうかな。『ハロウィンが楽しめる位平和になりましたありがとうございます』って」
そんな彼の言葉に、佐祐理は微笑んだ。
「是非、そうしてあげてください。あなたは、こちらへは……?」
徹也へと視線を向ける。白衣を着ているが、仮装というより普段から着慣れているように見え、ハロウィンを楽しむという雰囲気では無さそうだ。
「いや、俺は……」
徹也は手元の携帯端末に視線を落とす。この場所を知らせた人物に、二度と繋がる事は無いと分かっていながら、未だに消せない番号がある。
「まぁ、見届けに……だな」
いつになく感傷的な気がするのは、死者の霊が尋ねて来る日だからだろうか。
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「そういえば此処、殺戮猟犬の代わりにたまにアレが出てくんだよなあ」
ふと思い出したように独り言ちた碧(d23118)の前に、待ってましたとばかりに両肩に人の顔を生やしたノーライフキングが立ち塞がる。
「資質ある者、汝の力は……」
「月代が勝ったら屋台で好きなもの何でも買ってやろう」
自称哲学者の言葉にこれっぽっちも耳を貸す事無く、碧はビハインドに勝負を持ちかけた。『何でも』の言葉に、隣の白い少女は俄然やる気だ。
恐らく食べ物の事ばかり考えているであろう彼女の愛くるしさに、碧が思わず手を抜いた事は、ここだけの秘密である。
心臓の形をした眷属の中心を魔法弾がぶち抜き、霧散する。澄(d21277)は魔導書を開くのも久々だと言うが、その腕に衰えは見られない。
「隠居していたのか?」
まだそんな年じゃないだろうに、とからかうように口元を緩め、摩耶(d05262)はエネルギー障壁を展開する。
「私は、今でも紛争地帯をうろついているが」
「まあ、紛争地帯を?」
それぞれ別の道を歩んできたが、芯の通った彼女の姿は、あの頃と何ら変わらない。戦場とは思えぬ程、朗らかな空気が流れていた。
その少し離れたところでも、互いの息災を喜び合い、近況を語らう者達が居た。
「元気そうですわね、安心いたしましたわ」
以前、共に過ごした寮で未だに寮母として働くルウ(d25942)の正確無比な斬撃に合わせ、冷都(d26481)が引き金を引く。
「ルウ様もお変わり無いようで何よりです」
冷都も相変わらず人探しを続け、旅を続けているのだと話した。
「――是非、旅のお話を伺いたいですわ」
今この場に居るという事は、まだ探し人の情報は大きく進展していないのだろうと察し、ルウは努めて明るく振る舞う。彼女の気遣いに感謝しつつ、冷都は僅かに逡巡した。
「そうですね……ああ、そういえば猫の大合唱が凄かった事がありまして」
「それは楽しそうですわね」
きっと愉快な光景だっただろう。たくさんの猫達を想像しながら、ルウは歌を紡ぐ。
タン、タン、タン。
音を抑える事が出来なくとも、せめて伸びやかな歌声の邪魔にならぬように。まるで拍子を取るように、冷都はリズミカルに敵を撃ち抜いていった。
「さあ、アルニカらしくデストリって行こう!」
「ふむ、デストリ……ああ懐かしい」
デストロイオアトリート。千鶴(d15171)の鼓舞に物申すどころか、セレス(d25000)は在りし日を思う。
「……トリックオアデストロイでも良かったでしょうか?」
至極神妙な面持ちでめいこ(d01110)が宣うが、今の流れから考えて、【アルニカ】の面々が悪戯だけで済ませるはずがない。
「皆さんのノリはお変わりないようで、なんだか安心します」
「相変わらず血の気が多いようで何より」
敬厳(d03965)と律(d00737)が頷き合う隣で、つぐみ(d25652)は皆の仮装を眺めながら、無難過ぎただとかミニはもう無理だとかとぼやいている。
緊張感の欠片も無いようなやり取りをいくつかした後、セレスが徐に翼を広げた。空気が一変する。
「ようやく、終われるのだな」
不意を突こうとしていた殺人ドクター達は急激に熱を奪われ、氷柱となって並ぶ。雪の女王の仮装も相俟って、絵本から本物が飛び出したかのようだ。すかさず千鶴とビハインドの大智が敵と仲間達の間に割って入る。
「本当は後方支援派だけど……このメンバーなら前に出たくなるんだよね」
「私が支援しますからご安心ください!」
メディックなら任せろとクラシカルナース服のめいこに言われ、承知したと小さく手を挙げる。
「仮装がそこそこな分、ガンガン撃つわ!」
「悪くないと思うがのう」
オーソドックスな魔女の仮装のつぐみを宥める敬厳は、狼男の仮装だ。中性的な顔立ちではあるが、すっかり精悍な大人に成長した彼に、よく似合っている。
「囚われた者等の最期、盛大に送ってやろうぞ」
これが自分達らしい手向けなのだ、と。オーラを宿した薔薇の茎を思わせる光剣が横薙ぎに振るわれ、防御の姿勢を取ろうとしたミストレスブラッドの腕を切り落とした。自慢の装甲を物ともしない斬撃を受け、唇を戦慄かせる。
「ははっ、皆、相変わらずの強さと容赦のなさだな」
俺も負けていられないと、律はナイフを逆手に握り、その特徴的な刃を突き立てた。額に張り付けたキョンシーの札に血が跳ね、不快そうに毟り取る。大鎌を振るいながら、千鶴が折角凝った仮装だったのに、と笑う。
「そちらはシンプルっすね」
病院に合わせたのか、シンプルな白衣一枚。ハロウィンにしては大人しい格好をしていた千鶴に言えば、
「返り血で仕上げるつもり」
最後なんだから楽しまなくちゃね、と嫌に良い笑顔で返された。そんな彼は武蔵坂で教鞭を執っている。
「そうだな、今日ばかりは童心に帰っても良いだろう」
人造灼滅者のセレスは病院に思う所はあれど、今は獣医として充実した日々を過ごしている。盛大な戦いを以て、終わりにしてやりたい。
「最後にしましょう。――デストリです!」
病院に囚われた彼らに、祈りを込めて。めいこの降臨させた十字架が輝き、分割存在達を消滅させた。
●
「此処は……ブレイズゲートに飲まれた事で狂犬と化したとかいう噂に反して、いざ蓋を開けてみたら割と元から狂犬だったアレの居た区画だったか」
玉(d03686)はブレイズゲート内の構造を十年経った今でも鮮明に覚えていた。世界中を飛び回るだけあって方向感覚も優れているのだろうが、何処に何が潜んでいるか把握するとなると、どれほど通い詰めたのだろうか。
偶然辿り着いたのか、それとも自ずから狂犬と戦う事を望んでか、近くに居た二名の灼滅者――皆無(d25213)と優奈(d36320)がその区画に足を踏み入れるとほぼ同時、
「まだ生き残りの灼滅者がいたのか?」
声が響く。分割存在だと分かっていても、特徴的な赤黒い羽を広げる姿はまさしく『アレ』であった。
「冥土の土産に覚えておけ。この『殺戮猟――」
「グラシャ・ラボラス!」
名乗りなど聞く時間も惜しいとばかりに、優奈が断罪輪を振るう。回転により勢いの増した戒めの刃が、肩口からグラシャの装甲を大きく裂いた。
「折角なので残滓に喧嘩を売りに来てみれば、似たような事を考える方がいらっしゃいましたね?」
示し合わせたわけではないが、同じクラブで過ごした事もある人造灼滅者同士の縁かもしれないと柔らかく笑むが、繰り出す攻撃はどこまでも苛烈であった。皆無の肥大化した腕は、鬼神の名に相応しい威力を以て叩き付けられ、外骨格に覆われた顔面に亀裂を生む。
「これは、気合い入れて殴らないとね」
最後だというのに出番がなくなりそうだ、と振るわれた玉の鞭剣は、刃というよりは鈍器のように重厚で、周囲の敵諸共したたかに打ち据えた。
「これで最後の一体か……」
照男の予知した時間が近い。崩れてゆくグラシャを見つめ、優奈が呟いた。十年以上経とうと、ここで多くの仲間を失った傷は癒えず、分割存在をいくら狩っても心が晴れる事はない。
(皆……今までお世話になりました)
次に来る時は墓参りだと、心の中で誓う。
「予定が詰まっているので私はこれで」
「全国行脚ですか。……私はまだここでやる事がありますので」
次のブレイズゲートへ向かう玉を見送り、皆無は更に奥へと向かう。
「もう探索し尽くされて、何も残っていないはずですが――」
万が一にも、病院の技術の流出があってはならないのだ。念には念を入れて、残された資料が無いか、錫の音色を響かせ、進む。
●
「わあ~!」
ナースの仮装をした澄が、ハンドメイド雑貨の露店を眺め、感嘆の声を上げた。
「これ、フムフムも着られるんじゃないか?」
執事服を着た摩耶がペット用の衣装を見つけ、白衣を着たナノナノのフムフムも、興味津々といった様子で眼鏡のフレームを押し上げる。
「実は私、実家が那須なんです」
案内を買って出た澄に、摩耶はありがたいと頷いた。
「そうだったのか。お言葉に甘えて、もう少し羽根を伸ばしてから戻ろう。案内を頼む」
これを機に、個人的な話を聞くのも良いかもしれない。積もる話は、沢山ある。
「……ああ、もう一つ貰えるか」
土産にと黒猫を模したピニャータを包んで貰っていた徹也は、思い出したように同じ物をもう一つ購入した。賑わう人々を横目に、この未来を『彼』はどう思うかと、物思いに耽る。
自分達が選んだこの未来を護り抜きたいと決意を新たに、菓子の詰まった黒猫を、そっと廃墟の入り口に置いた。
――ドオォォン。
祭りの喧騒よりも大きな音に、人々が振り返る。止まっていた時間が動き出し、老朽化していた病院の一部が、崩れたのだ。
長年そこにあった重苦しい存在感が急速に失われていく様を肌で感じながら、雄哉は最後の一瞬まで見逃すまいと、刮目する。
(どうか、ゆっくりと、休んで下さい)
ある者は悼み、ある者は喪失感を覚え、ある者は安堵し。様々な思いを胸に、人々はブレイズゲートがただの廃墟と化していく様を見つめていた。
作者:宮下さつき |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月8日
難度:普通
参加:23人
結果:成功!
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