●それは未来のお話
「やっほー元気してる? あたしは元気!」
ひらり手を振った小鳥居・鞠花(茜色エクスブレイン・dn0083)はすっかり大人の女性という風情だ。後ろ髪は顎のラインで切り揃えられているが、前髪を留める小手毬のピンは変わらない。何でも灼滅者のネットワークを陰で支えるジャーナリストとして活躍中だとか。
「最新の研究によって、遠からずブレイズゲートが消滅する事が判明したのよ。ブレイズゲートを構成していたサイキックエナジーが尽きたのが原因ね」
これはやむを得ない時代の流れだ。
幸い、ソウルボードが消滅した事で、灼滅者も闇堕ちする危険性が皆無である事が判明している。ブレイズゲートが消滅したとしても直接的な問題はない。
「でもちょっと問題があって。ブレイズゲート内部の分割存在ってブレイズゲートの力によって維持されてるのね。つまりブレイズゲートが消滅すれば、分割存在は連鎖して消滅する、んだけど、その消滅は全く同時に行われるわけじゃないのよ」
ブレイズゲート本体が消滅しても、分割存在の内部に蓄えらえたブレイズゲートの力が尽きるまで、分割存在単独で最大で3時間程度は、存在を維持出来ると試算された。
すなわちブレイズゲートが自然消滅した場合『分割存在をブレイズゲートの外に出さない力』も消え去る。そのため最大で3時間の間、ブレイズゲートから解き放たれた分割存在が暴れまわるという事態が発生してしまう。存在可能時間は、撃破されずに存在していた時間が長い程長くなるらしい。
「ブレイズゲート周辺からの避難勧告なんかを行って被害を抑制する事は可能だけど、建築物なんかは避難のさせようがないし、多大な被害を被るわよね。それに分割存在の中に、距離を無視して別の場所に出現して事件を起こす事が出来るようなやつがいたら大変。被害はより大きくなっちゃうかもしれないわ」
これを防ぐ為に、ブレイズゲートが消滅するタイミングで、『灼滅者による大規模なブレイズゲート探索』を行なう作戦が提案されたのだという。
ブレイズゲートの消滅は『10月31日~11月1日』に発生する。そのタイミングで、日本全国のブレイズゲートの大規模探索を行うのだとか。
「灼滅者の皆なら危険なんかないわ、訓練みたいなものよ。まずは打ち漏らしのないように掃討を心掛けてね。でも同窓会気分で近況語りながら殴るみたいので全然いけると思うわよ」
割とさらっと鞠花は言った。そのくらい気楽に参加してくれたらいい、という事だ。複数のブレイズゲートの探索に参加しても構わない。
「わかった。武蔵坂の皆と共闘するのは久し振りだから楽しみだよ」
「てゆか鴻崎、あんた元々老けて見えてたから一周回って全然見た目変わんないわね」
久々に会ったのに随分な言いようをする鞠花に、鴻崎・翔(殺人鬼・dn0006)は困ったようにはにかんだ。
「あたしがお願いしたいのは旧GHQ基地の更に奥地、『反逆の残照』と銘打たれた地域よ」
神奈川県横須賀市。かつて武神大戦獄魔覇獄が起こった場所でもある。懐かしく思う灼滅者もいるかもしれない。
どんな敵が出るかは灼滅者のほうが熟知しているだろうから鞠花は敢えて説明はしない。第一、実力的には何の憂いもないのだ。レクリエーションの気分で参加してもらっていいくらいだ。
「ブレイズゲートの消滅のニュースを聞きつけて、各地のブレイズゲート前には世界各地から観光客も来るの。そういうノリなのよ。ハロウィンらしい屋台が並んでたりするわ。ブレイズゲートの探索の合間に、いろいろ出店を覗くのも楽しいんじゃない?」
出店のラインナップはより取り見取り。ケバブサンドやフライドチキンやキッシュなどの軽食や、チュロスやプレッツェルなど軽く摘まめるもの、キャラメルラテやホットレモネードなど飲み物までいろいろだ。探せば他の料理やお菓子の店も見つけられるに違いない。
屋台の合間を縫ってぶら下がるガーランドは橙と紫を主にまとめられていて目に楽しい。食べ物そのものの形や容器の意匠にも、ハロウィンを思わせるデザインが施されている。他に小物やアクセサリーなども探せばきっと見つかるはず。
「あたし知り合いが店を出すから売り子やるの。スパイスたっぷりのチャイのお店よ、もし探索帰りに一息つきたくなったら寄って頂戴ね」
「ハロウィンの季節だもんな……きっと賑やかになるんだろうな」
翔が眼鏡の奥で細めた眼差しは、どこか優しい。
灼滅者の手で平和が勝ち取られて十年。
その日々に重ねたものを反芻しながら、また旧友と肩を並べて戦うのもいい。
そうしたならばこの期に及ぶ禍根の元も、綺麗に取り払われるだろうから。
●くぐる
旧GHQ基地の更に奥。
通路は埃っぽく、錆びた匂いが漂う。朽ちかけても尚、分割存在がいると気配で示した。
「さて……データ収集だの、最後に使えそうな物を探して回収だのと、色々理由を付けて来たけれど」
毅然と奥を見据える由衛の面差しは怜悧だ。サイキックアブソーバーの維持・研究及び他の超機械製作研究に携わっている彼女だからこそ、調べたい事はある。
しかし、ふと笑みを刷く。
羽伸ばしも兼ね、思い切り戦いたかっただけだ。
フレイムトリケロスが突貫してくる。由衛が死を宿す断罪の大鎌を振り下ろせば、一閃。桜の花弁が舞い、焔の鮮血が散る。
「反撃の狼煙は私達に受け継がれ、今の世はすっかり平和になった。遠い昔に抗った人達も、これで浮かばれたかしら」
噛みしめ、次手を揮うべく一歩、前に出る。
分割存在は既に灼滅者の敵ではない。友と腕を揮えば、確かに蘇る高揚がある。
色褪せぬ鮮やかなコンビネーションは健在だ。御伽が朱槍を抜き取れば敵が消滅する。頼もしい背中を見届けて、花の香纏う嵐と、銀の指環煌かせる夜音が目を合わせて微笑んだ。
鴻崎・翔(殺人鬼・dn0006)が追いついたところで御伽が振り返る。
「それにしても、元気そうで何よりだ」
「二人共変わってねーな、鴻崎も」
「皆素敵な大人になったんだねぇ」
「ああ。息災で何よりだよ」
周囲に敵の気配はない。少し休憩。暫く会っていなかったようにも思えるが、そうでもないかもしれない。それほどに呼吸が合う事が嬉しい。
先に屋台で買っていたフライドチキンを胃に落とせば、運動で減ったカロリーも即座に回収。人心地ついたところで御伽が通路を見遣った。嘗て、鍛練のために走り回った日々を思い出す。
「ブレイズゲートもいよいよ消滅と思うと、俺は少し寂しさもあるな」
呟きは感傷も連れてくる。それは青春の思い出みたいなものだから、嵐も長い睫毛を伏せた。寂しいのは、皆と共に戦った記憶が蘇るためだ。
御伽と夜音のかんばせを眺めて、嵐は懐かしさ湛えて唇の端を上げる。
「ブレイズゲートは消えてしまっても、思い出は全部、持ってくよ」
夜音が柘榴の瞳を細めたのは、確信が胸を衝いたから。
「十年前のことだって昨日のことみたいだもん。きっとずっと、覚えてられるよぉ」
思いを共有する。共有出来る。御伽は感慨に吐息を震わせる前に、呑み込んで、思い出を声にする。
「ハロウィンといえば仮装行列あったよな、学生の頃」
「うんうん。仮装して遊びにきてもよかったねぇ」
ハロウィン気分に浮かれて夜音がはにかめば、嵐が提案。
「……今からあたしらも仮装する?」
「楽しそうだな」
「ははっ、じゃあ来年のハロウィンには仮装大会でもするか」
翔が眦を緩めれば、御伽が破顔する。
露草庵に集まっていた頃のように、未来の約束を紡ごう。
敵の心臓を砕いた直後、風が吹いた。
飛んできた紙片を掴む。雄哉は目を伏せる。
この探索は闇稼業の一環だが、それ以上の意味を有していた。瞼綴じれば想起するのは、自分達人造灼滅者を生み出す技術に発端となる研究。その一部が紙片には綴られている。既にこの十年で資料として集めた者はいたはずだが、気に掛けた。
人道的とは言えぬ技術。
しかし。
「否とは言えない」
声を落とせば紙片を握る。紡ぐ声は静かに。
「あなた達が上げた反撃の狼煙は、僕らが消さずに守り通しました」
世界は闇の脅威から救われたから。
「だから……ゆっくり休んで下さい」
雄哉は祈りのように、囁いた。
雷軍鬼への実の申し出が受け入れられる事はない。
ブレイズゲートの分割存在である雷軍鬼から情報を引き出す事が難しいのと同じように、会話を重ね信頼関係を作る事も考えにくい。そもそも、もし仮に既知の雷軍鬼がいたとしても、膨大な数の分割存在がいる以上、再びまみえる可能性は極めて低い。
「最期だから、って、考えたんだけどな。まあ………うん」
実は空見えぬ旧GHQ秘密基地の奥で、視線を落とした。
「連絡がついてよかったよ、カイ。お互い生きてたし、上々の再会じゃないか」
「シノ先輩も変わりないようで」
髪にリボンを戴かぬ沙花が昔より穏やかな面差しで見遣れば、恢が少し影の深くなった無表情で相対する。
共闘は久々だ。通路を踏み、恢は確認を投げる。
「大丈夫? 腕は落ちてない?」
「もちろん、自信がなかったら誘わないさ」
沙花は不敵に嘯く。
互いに経た十年を噛みしめる。あの日から続く今日が事実として残るなら悪くないと紫紺の双眸眇める沙花と、得るものなく只管摩耗した日々に眉根寄せる恢と。
視線投げる方向は同じ。
「ああ、まだ。もう一曲くらいなら演ってやれる」
「ああ、聞かせておくれよ。僕が大好きな、その音を」
通路の奥から敵軍が顔を出した。突貫してくる分割存在へ冷徹な殺意を贈ろう。
沙花が手を差し伸べれば足許から這い上がる影が大鎌を成す。恢は影から霊光燻らせ手首を捻り、籠手のように固着させる。両拳を打ち鳴らす。
視線交わせば、火花が散る。
頷きは短い。
字句は旋律のように。
「さあ、――手向けの花を、ここに」
「――ミュージック、スタート」
宣告は同時。
疾く。一気に肉薄する。千閃の拳は金剛すら砕く。その背に敵が追いつく前に刃が弧を描いた。向こうが慄こうとお構いなし、だ。
●はしる
見切られぬよう技を変え、身を捻り回避し、殲術道具構え相殺する。
その術を覚えている。
「ここで戦ってたんも青春の思い出かな」
立ち止まれないから、ひとつの終わりをちゃんと見届けよう。希沙は地面を蹴った。
「不思議ね……もう十年も経っただなんて」
「早いものだな」
華月の花脣が弧を描く。雷歌と肩を並べて歩くのは常の事、時間が過ぎるのも気にならぬほど、側に居続けている。
雷歌が前に出て、華月が後方を守る。
戦場に立つのは久々で不安もあるが。
「貴方が一緒なら、きっと大丈夫ね」
「無理はするなよ。ま、何があってもお前には傷一つつけさせんがな」
アイオライトの双眸に絶対的な信頼を湛え見上げたら、精悍な面差しが必然的な確信を語る。
通路を往く。踏破の先に光が、見える気がする。
闘いの日々。大怪我して半泣きで出迎えられた記憶も、無事を祈り胸を痛めた夜も、一度二度ではない。華月は強く深く想いを募らせる。
「戦いの残照は消えてゆくけれど、この想いは、きっと消えない」
傷を傍らに、護るものの為に雷歌は戦場に立つ。
誓いを秘めた指輪が、煌く。
「さて。引導を渡してやろう、タタリ殲術兵士、古き護国の鬼よ。……背中は任せたぞ?」
笑みを流す余裕は十年前になかったもの。微笑み咲かせ頷く。
「ええ、任せて」
心通わせ一歩前へ。雷光は敵の眼前を轟くように灼いていく。
この炎は牙無き者を護る為に、愛する人の灯火となる為に。
「――『護り刀』を! 舐めんじゃねえぞ!」
咆哮する苛烈を送り出し、白銀の月に魔力を籠める。
護り刀が本懐を遂げられる様に、護る為に。
私は道を選んだの。
「翔くんじゃんやっほー。元気してた?」
「お久し振り。皆でタイムカプセルを埋めてから随分と過ぎたなあ」
「元気だよ。ふたりも元気で何より」
複数体のサブナックアバターを手早く沈黙させた後、世間話の如くに玲と蔵乃祐と翔が語らう。ある意味身体を張ったお祭り騒ぎだ。
タイムカプセルいつ開けるんだっけ? との玲の問いに、そろそろ皆に連絡しようとしてたよと翔が都合を尋ねるのはまた別のお話。
会話の中で各々の現況を知る。曰く、玲は住所不定の旅人。世界の傍観者としてあらゆる地を巡り、変わりゆくかたちを直に見つめてきた。一部地域ではまだ争いは止まないらしい。人間の性とはいえ儘ならぬ。
蔵乃祐は新聞・雑誌社に身を置くとともに、国や企業の依頼を受けた灼滅者の代表戦を現地取材する特派員として活動しているのだとか。要は取材者兼コラムニストだ。だがしかし売れない。
「どうせ死人は出ないからと皆が無関心になってしまわない様に、ダサいことだと思ってもらえる真実を世界に発信するのが僕の今の仕事だよ」
「大事な事だよ。君ならでは仕事だと思う」
儲からないけどねと肩を落とす蔵乃祐に、翔は敬意を籠めて呟いた。玲が思いついたように嘯く。
「休憩に屋台冷やかしに行こうか。ケバブと……飲み物は何が良いだろ」
「あーいいね何か食べたいかも」
「お代はかいどーさんの奢りだもんね」
「えっ」
「こーいう時は最年長が出すもんだって言ったでしょ」
「えっ」
儲からないって言ったのに。傍で翔が笑いを堪えていた。
刀が上段から斬撃を放てば、ジェネラルスカルが崩れ落ちる。一度鞘に刃を戻し、敵との距離を測る。
嘗て人の手が生み出した技術。いずれは今の人類もこのような力を生み出すのだろうか。
「………その力、私の剣に何処まで届きうるのか、興味がありますね」
空気が張り詰める。サウザンドブレイドも切先を構えれば、まさに一触即発。
声もなく踏み込む。
刀が神速の居合斬りを奔らせたなら、太刀筋が銀の水面のように迸る。
背中合わせで感じるのは弛まぬ信頼。日方と烏芥が各々前方を見遣り、殲術道具を構える。
力強い追風を近くに感じる。
「……日方、佳い風だ」
「そうだな、彩!」
馳せた。
一手揮う度着実に屠る。友の存在に背を押され、駆ける。
君の風なら何処迄も飛べそうだ。
天音の背に二対の蒼翼が広がる。
光条の癒しを注がれた翔は力を得てナイトブラッドを斬る。消滅する。
「助かったよ」
「いいえ、お久し振りです」
一礼。休憩も兼ねて交わすのは近況報告だ。
「落ち着いたら鞠花さん、アンリエットさん達と一緒に、いつか私のお店に遊びに来て下さいね」
「菓子職人になったんだったな」
「はい! 和紅茶にザッハトルテ、それから季節のスイーツ色々用意して待ってます!」
その為にもここの大掃除を頑張ろう。
「綺麗さっぱり片付けて、皆で派手に打ち上げといきましょうかっ!」
蒼水晶のヴァルキューレが、旧GHQ基地に舞った。
「此処にしか出ないとかタタリガミ希少過ぎない?」
猫魔女仮装の玉の放つ鞭剣が、タタリ殲術兵士の頭部を鈍く穿つ。
学園よりブレイズゲートに居た時間の方が長いと豪語するその経験値は際立っている。敵や地形は熟知している。その知識は分割存在を手早く掃討する為の一助となった。
バイクで行く全国ブレイズゲート巡りの旅、その16の一幕だ。
陽桜の南瓜カラーの魔女衣装は、霊犬のあまおととお揃いだ。
戦闘を終え翔と語らうは、何時かのゴミ拾いの話。
「お掃除だけど、お祭りっぽくて。賑やかで楽しかったですよね♪」
今日の探索はあの時みたいと告げれば、翔もはにかんだ。十年前にタイムカプセルを埋めた事も思い出す。十年、あっという間だった。
でも嘗ての自分にはっきりと言えることがある。
「十年前に願った未来も、あたし自身も、あの時の自分に誇れるって!」
背筋を伸ばして陽桜は笑顔を咲かせる。翔さんはと問われると、翔は暫し考えた後に言った。
「十年前に願った未来に俺達はいるんだって、胸を張れるよ」
清掃員コスで地味ハロウィンと洒落込もう。
錠がツナギの胸元、『万事工業』の刺繍を晒して前面で攻撃を一手に引き受けた。その隙に音もなく黒髪の葉が馳せる。一撃でとどめ刺し、唐突に思い出す。
「1/72零式戦闘機プラモデル欲しくて通ったな、旧GHQ」
ここ一帯の清掃完了。以前のゴミ拾いを彷彿とさせる今日だ。翔に逢う前に何体殺ったか勝負するかと呈してみたが、実際数えちゃいない。
「まるで十年前に還ったみてェ」
血に塗れた相棒へ、視線を注ぐ。遠く感じてしまうのは、変わったからか。
錠が懐かしむように問うた。
「なァ、葉。俺がいつか世界の敵になったら、殺しに来てくれっか?」
静寂が落ちる。
あの時を反芻し、葉は言い捨てる。
「闇堕ちしようが世界の敵になろうが、そんなのどうだっていいわ」
錠の胸元を掴む。強く引き寄せ、呟いた。
鋭い眼光。
「お前の息の根は俺のもんだ。俺が殺りたい時に殺る」
それまで正座して待ってな、そう嘯いて手を離せば、偶然通りかかった翔が唖然とした面持ちで見ている。錠が口許綻ばせる。
「心配させてごめんな。……眼がマジなのは了解の合図だよな、相棒?」
「翔もうちの子の写真見る? めんこいよ」
スルーしつつ葉が示した一枚には、幸せが滲んでいた。
●つづく
最後の大仕事の後、紗夜を中心に談笑の輪が賑やかだ。
小鳥居先輩の今の仕事は聞いたけれど、と翔とアンリエットに水を向ける。それぞれ商社で統計データを扱っている事と、文学部で灼滅者に纏わる近代文学を専攻していると報告があった。
「僕は今は古書店の店長をしているが、店は代理店長に任せっきりで珍しい古書を探し歩いているよ」
「是非伺いたいです!!」
アンリエットが瞳を輝かせる。翔も鞠花も興味深げだ。古書を探すならきっと紗夜が見つけてくれる。
「信が置ける相手だから、相応の御対応をするさ」
飄々ながら真心伴う言葉に、笑顔の輪もまた広がった。
鞠花の店で買ったチャイが各々の手に渡る。近況報告の時間だ。
「十年間、世界で人の話を聞き巡ってきたからかな、話聞くのが好きなんだ」
日方が水を向ければ烏芥は声を紡ぐ。
「……俺は変らずだな。日々稽古して、今も人形達と暮らしている。……時折、個展を開いたりも」
「俺は大学院を出た後、商社に。ビジネス時系列データを分析する部署にいるよ」
彩の個展気になるなと翔が言い、歓迎するよと返事があれば、やったという声が屋台からも聞こえた。
笑顔で耳を傾けていた日方が、『彩』という名に込めた思いを聞きたいと告げる。烏芥が躊躇いがちに口を開く。
「……実は……俺もよく解からないんだ。……ただ、耳に重ねゆく度に昔の『私』ではなく此れが本当の『俺』だと、不思議と馴染む気がして………」
日方と翔が目を細める。
「俺は言霊はあると信じてるから、込められた思いを大切にしながら名を口にしていきたい」
「俺もそう思うよ。これからも、重ねていこう」
「……有難う。日方、翔」
何かが燈る。
君達がそう呼んでくれたから今の自分が此処に在れるのだと、本当にそう思うから。
「ご無沙汰しております!」
「いらっしゃい!」
希沙の手に鞠花がチャイを手渡す。
幼稚園教諭をしている事、結婚して、子供が三人いる事。希沙が近況を話せば鞠花が目頭を押さえた。
「あっ嬉しくて泣きそう」
「先輩も働き過ぎにお気をつけくださいね」
「やめて泣く」
笑み綻ばせ、希沙が内緒話のように打ち明ける。今も時々あの庭園に行ってるんです、と。
「宜しければまた一緒にお茶会してください」
「……! 絶対よ!」
可愛いおねだりから、未来の花の種が撒かれる。
仏語の挨拶掲げ、今やモデルとして活躍する杏理が嘗てのようにビズを贈れば、翔はまた照れたようだ。昔から君のこと好きだったと杏理が告げれば、昔からすごく信頼しているよと実直に返す。
「……で、君の方はどうだった?」
「鈍っているかと思ったけれどいい運動になったよ」
「同じだ。久々にやるといっそ気持ちいいね」
十年振りに写真を、そう思えばもう一人誘おう。杏理が翔の手を引くままに屋台へ足を運び、鞠花とも再会を果たす。
「短めの髪も似合いますね。前から思ってたんですけど今度デートしません?」
「えっ楽しみにするわよそれ」
快諾にチャイを添え渡そうとするも、それでもここに来たのは十年振りの写真撮影のため。すっかり撮られる側に立つ杏理がカメラを示せば、一緒に重ねた絆が変わらず三人を繋ぐ。
「勿論チャイも頂きますよ。折角美人の売り子がいるんだから。ね、翔くん」
「ずるくない? ちょっと多めに入れてあげる」
「はは。昔から俺達を喜ばせてくれるのが上手かったものな」
翔は元来の性格故に、鞠花は苦手意識により、被写体となることを避けていたなんて。今三人が肩寄せる様を見れば誰も信じないだろう。
玉もチャイを啜る。熱い。冷ます時間も休憩の内、時々は休憩を挟まないとバイクの道中は危険だ。海外住みの個人貿易商だ、日本にいる時間は長くない。
「神奈川まで終わったから……次は山梨か。予定詰め過ぎたのは失敗だったな。気分に浸る暇が無い」
箒の高さから目当てを見つけ、軽やかに地に降り立つは魔女だ。天露と宵闇で編んだ黒ローブに緑柱石の額冠、銀と紅玉の杖。仮装ではなく事実そうだと知らしめる装いにて、恵理は朗らかに笑う。
「翔さん、鞠花! 久しぶり……!」
「恵理会いたかったー!」
「俺も顔が見られて嬉しいよ」
鞠花は屋台前へ躍り出て歓声を上げる。翔も懐かしさを湛え微笑んだ。再会を喜ぶ最中、恵理から小さな呟きが零れた。今日は嘉日であり区切り、しかし。
差し出すのは真摯な回顧とこれからのかたち。
「ここには私達の先達の想いも眠ってる。許されない実験が伴ったとしてもね。一緒に戦って来た貴女なら、只のお祭りだけじゃない記事を書けないかしら?」
「……とびっきりの書くから期待しててね?」
鞠花は眦緩める。恵理は翔にまた公園に集まって掃除の慰労をと申し出た。きっと花と手料理と共に実現する明るい未来だ。
ハロウィンの宵。
ダークネスへの反撃を志した者達の残照が、ゆっくりと夕映えに溶けて行った。
作者:中川沙智 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月8日
難度:普通
参加:24人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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