ブレイズゲート消滅~学び舎に見送りを

    作者:笠原獏

     あれから十年が経っているはずなのだが、とその時、その青年は考えた。
    「やぁやぁみんな! ひっさしぶりだねぇ! 元気だったかな!」
     軽快に足音を響かせて、ご機嫌な笑顔を振りまいて、青年——甲斐・鋭刃(殺人鬼・dn0016)含む灼滅者達の前に現れた二階堂・桜(エクスブレイン・dn0078)を見ての感想だ。
    「今日と言う日にキミ達に会えて、僕はとても嬉しく思っているよ! みんな素敵に成長しているじゃないか、素晴らしいね!」
    「……お前はその、全く変わらないな、二階堂」
    「お褒めにあずかり光栄だよ鋭刃君! さて、再会を喜ぶのは後にするとして、説明を始めようか。既に他所で聞いているかもしれないけれど、ブレイズゲートの事さ」
     最新の研究により、ブレイズゲートを構成していたサイキックエナジーが尽きた事でそう遠くないうちにブレイズゲートが消滅する事が判明した。幸いにもソウルボードが消滅した事で灼滅者が闇堕ちする危険性は皆無であると分かっているため、ブレイズゲートが消滅したとしても直接的な問題にはならない。
    「ならないんだけどね、少しだけ問題があって。分割存在の事ね」
     ブレイズゲート内部の分割存在は、ブレイズゲートの力によって維持されている。つまり、ブレイズゲートが消滅すれば分割存在は連鎖して消滅する。
    「ここまでは良いのだけれど、その消滅が全く同時に起きる訳じゃなくてさ、ブレイズゲート本体が消滅しても、分割存在の中に蓄えられたブレイズゲートの力が尽きるまでは分割存在単独で存在を維持出来てしまうんだ」
    「……どのくらいなんだ?」
    「んー、長くて三時間くらいかな。それで引き起こされるのが、ブレイズゲートから解き放たれた分割存在による新宿周辺大暴れ。避難勧告である程度被害を抑える事は可能ではあるけれど——」
    「新宿?」
    「あ、そうそう。キミ達に向かって貰いたいのは新宿橘華中学だよ。ブレイズゲートが消滅する時に、分割存在がブレイズゲートの外で活動できないように完全に掃討する、ってのが今回の作戦さ。頭の痛い話だねぇ」
     その割には全く痛くなさそうだ——鋭刃の視線から器用に言いたい事を読み取ったらしい桜が気の抜けた顔で笑う。
    「頼む相手がキミ達だからね」
     ブレイズゲートの消滅は『10月31日~11月1日』、作戦もそのタイミングで決行される。
     灼滅者達の実力からして、探索に危険は伴わないに等しいだろう。そして。
    「もともと人の多い街だけれど、今回のブレイズゲート消滅のニュースを聞いて世界各国から観光客が集まっているって話だよ!」
     その周辺にはハロウィンを模した屋台が並び、さながらお祭りのようだという。
    「仮装した人も流れてきてるかもしれないよ〜、渋谷とかから。せっかくだから探索の合間に休憩がてらこっちも楽しむといいさ。僕もね、キミ達と一緒に行って外で待っているよ」
    「ああ、分かった。俺達に任せて好きなものでも食べながら待っているといい」
    「おや、鋭刃君からそんな鋭刃君基準で小粋な台詞を頂けるとは。積み重ねた年月というものは本当に愛おしいね!」
     様々な『年月』があって、そして『今』がある。
     振り返って、懐かしんで、見送って。共に『先』への道を開こう。


    ■リプレイ

    ●見送りの夜
     新宿駅と都庁の両方を臨む事の出来る場所、新宿副都心の高層ビル街の真ん中に新宿橘華中学は存在していた。ハロウィンの夜、その周辺はいつもと違う賑わいを見せている。
     聞いていた通り、多数の観光客達が仮装を楽しみながら屋台を巡っていた。一方でハロウィンらしい色を持たぬ暗い校舎は奇妙な存在感をもって灼滅者達を出迎える。
     ——ここには何度も通ったな。
     携えた日本刀の柄に指を添え、咲哉は校舎を仰ぎ見た。
     そう、何度も通ったのだ。それは『彼女』が教えてくれたブレイズゲートだったから。今日ここに立っているのも、その最期を見届けたいと思ったから。彼らが確かに存在していた事を刃越しに己の胸へ刻み込んで、卒業の時を、旅立ちを見守ろうと咲哉は校内へ向けて歩き出す。
    (「実は武蔵坂学園よりもこの校舎の方が詳しいのだよね」)
     内部へと踏み込んだ玉はしっかりと頭に刻み込まれた、見慣れた風景に思う。バイクを使い全国のブレイズゲートを巡っている所で、今回の主目的は試作武器の性能試験だ。せっかくのハロウィンなので紺色のシスター服に身を包み、バラエティ豊かな分割存在達を次々と試し斬りしながら進む。
    「……これで一通り、動作確認完了、と。後は——」
     実は玉にはもうひとつの目的があった。手元に視線を落とせばつい先程拾った『それ』がひとつ。
    (「外の観光客の数を見るに、ブレイズゲート産の品は意外と需要ありそうだし、これは商売の匂——」)
    「ほーけるちゃん人形がもう二度と収集出来ないなんて!」
    「!?」
     玉の思考が、悲壮な叫びに遮られたのはその時だった。何事かと声のした方を見ると、そこには頭を抱え嘆くルーパスの姿。
    「高校生の時に百個集めて、未だに折りに触れて愛でているんだぞ僕は!」
    「すごいな」
    「もうこれは……そう、君だよ縫村・針子!」
     ルーパスが身を翻し、指し示した先には通りすがりの縫村・針子。
    「頼む、この学び舎が消えたとしてもせめて君の技術をこの手で残させてくれ! 引き継ぎが必要なんだ!」
     告げるなり、ルーパスは縫村さんを追いかけ回す。情報が引き出せないとなれば即灼滅、そして次の縫村さんを追いかけ回す。
    「……いやでも迂闊に量産すると権利で揉め……どうなんだ……」
     ほーけるちゃん人形という目的は同じはず、けれど玉の声は届かない。やがて数多の縫村さんから情報を収集し終えたルーパスは満足した様子で、ハロウィンの喧噪にも興味を示さず岐路につく。
     姿も人間性もどうでもいい。けれどその技術には敬意を払いたい相手。それがルーパスにとっての縫村・針子だった。
     それは、課外授業を乞うほどに。

    「可愛い子多いのよね、ここ」
     石と氷、そして黒い蛇を髪に漂わせたメドゥーサの衣装に身を包んだコルトは、ゆったりとした動きで敵の攻撃を避ける。
    「あれはいらない、これはいる……この子は……キープで」
     動きとは裏腹に素早く視線を巡らせて、何かを見定めながら放つのは石化の呪いをもたらすサイキック。現在の進捗としては非常に順調と言ってもいいだろう。
    「かわいい子たちがいいですぅ!」
     コルトと共に同じサイキックを放つのは深未、そして後方支援に努めるシエナ。彼女達、少女彫刻研究会の目的は可愛い敵の石化と——そして、あわよくば自分達の石化、更に……敵味方問わずそれを愛でる事。
    「あなたは彫像ですの」
     ターゲットはとにかくかわいい分割存在。シエナは台車を引くライドキャリバー、ヴァグノジャルムのトランクから様々な着せかえ用の衣装を取り出して、楽しそうに揺らしてみせた。
    「鬼龍院って言ったわね。ハロウィンの肴にされたあなたは……寂しいでしょう」
     制服に身を包んだ羅刹の少女と対峙したコルトは指輪をはめた腕を伸ばす。
    「彫像に変えて、お仲間と一緒に愛してあげる……!」
     ところで。
     愛でる事に主軸を置いていたコルトに対し、深未とシエナはどちらかというと『うっかりやらかしてしまう事』を目論んでいた。
    「わたくしの姿、欲しくありませんか?」
     ムラサキカガミを見つけたシエナは微笑み問いかける。鏡を持つ少女が呪いを放つその時を待つように。もしやらかしてしまったとしても、きっとコルトが鑑賞した後で解除してくれる筈。
    「針子さんやカットスローターさんも石像にしちゃいますぅ!」
     ついつい調子に乗ってしまっていた深未の背後にも鏡を持った少女が迫る。少女への仕返しは、この後かかる自分への石化を解除してもらった後で。

    「十年経ってから……これ着るのは流石に厳しいでしょうか」
     中学校時代の制服を着た胸元に手を添えて思案する陽桜の足下では、霊犬あまおとが陽桜を見上げ、尻尾を振っていた。
     当時の寸法でもきちんと袖を通せている不思議、特に『このあたり』のサイズ感に変化が無い……という件については考えない事にする。
    「どう思います? 鋭刃さん」
    「…………多分、外の二階堂が良く知っている」
     実はあまおとの後方にいた鋭刃。気の利いた返しが浮かばなかった結果、外の専門家に全てを任せる事にした。
    「ブレイズゲートの中でも、ここには結構足を運んでいたんです」
     敵の殲滅を進めながら、懐かしそうに陽桜は言う。
     面白いアイテムを見つけるたびに散策が楽しくなっていって、気付けば何だかんだで思い出深い場所になった。
    「鋭刃さんは、ブレイズゲートでの思い出、何かありますか?」
    「どうだろうな……当時は、ただ敵を倒しに来ていて」
    「きっと動いているうちに思い出しますよ、近況も含め、教えてくださいね♪」
     つい見ちゃう眉間は、今日もやわらか? そんな郁の視線に気付いた鋭刃は、けれど意図を読めずにとりあえず一度日本刀を下ろした。
    「……どうしたんだ椿森、いや、椿森でいい、のか?」
    「問題なし。久しぶりだね、甲斐くん」
     鋭刃の質問は左薬指の指輪を見て出たものだろう。瞬間、郁の眼前にうすぼんやりとした記憶が蘇る。
     無自覚に、重ねてしまっていた。記憶の中の兄と、この彼を。
     あまり饒舌でない言葉を選んで話すところ。弟妹の面倒を見ているというところ。
     闇堕ちを、したところ。
     姿も髪色も長さも年齢も、闇堕ちから帰ってきたところも似ていないのに、ずっと。
    「——甲斐くん、今日も幸せ?」
    「……そう、だな、幸せだと思っている。椿森は……聞くまでもなさそうだ」
     あ、笑った。そんな事を考えながら、郁は鋭刃へキャンディの花束を手渡した。ハロウィンだからね、と告げればハロウィンだからな、と返されたものだからつい吹き出す。
    「どうした?」
    「いや、何でも。今日もありがとうね、甲斐くん」

     錠と葉のコスチュームはあくまでも地味をテーマに、清掃員。それは青春時代に何かと世話になったブレイズゲートを最後に綺麗にし、見送るための。
    「オラ、汚物は消毒だーっ!」
    「援護射撃に俺を巻き込むんじゃねェ葉!」
    「お前はこの程度じゃ死なねーだろ」
     容赦なく、けれど効率よく『掃除』を進める相棒の壁となるのも慣れたもの。相棒を叱りつけながら、錠もまた敵に牙をむく。
    「——あ、甲斐」
     そのさなか見つけた鋭刃の姿に錠は思わず口の端を上げた。鋭刃の背後に迫る敵を認めた瞬間に床を蹴り、敵が動くより先に真横からぶっ飛ばしてから器用に着地した。
    「よォ、久し振りだな。暫く見ねェうちに男前になったじゃねェの」
    「万事、か。助かった、ありがとう」
    「甲斐ひさしぶりーてか俺のこと覚えてる? すげーなついね!」
     しゃがんだままだった錠の背中にのしかかりつつ手を挙げた葉に、鋭刃は暫し黙り込んだ。忘れる訳はない、けれど随分と、例えばピンク色だった髪色が黒色に変わる程度の変化が見られたからだ。
    「あ、これな。卒業と同時に卒業した」
    「……ああ、でも、やっぱり変わっていないな」
    「甲斐はどうだ、家族は皆元気にしてっか? あと、花は——」
     健在か、と続けようとして、錠はその言葉を飲み込んだ。甲斐家のサモエド犬にとって、これまでに流れた歳月の長さを想ったからだ。申し訳なさそうに視線を逸らした錠へ、鋭刃は僅かに目を細めて笑んだ。
    「花の子供ならいる。色々片付いたら、会いに来るといい。きっと懐く」
     顔を跳ね上げた錠の背を叩き、葉は立ち上がって向こう側を示す。近付いて来る敵達を認め、改めて武器を構え直した。
    「殺人鬼三人揃ったら、掃除もぐんと捗りそうだな」
    「……よし、そんじゃ一緒にラストダンスと洒落こもうぜ」
     無二の相棒と、友人と。
     白い蜃気楼のような炎に包まれた、この景色も今日で見納めだ。

    (「……十年以上前のことを引きずり続けるのもなんだけどさ」)
     対面した、久しぶりに見るその姿に理央は目を細めた。
     理央は、どうしても六六六人衆の事が許せなかった。許せなかったから、会いに来た。後悔しないようぶん殴りに来た。
     縫村・針子とカットスローターが理央を敵と認め動き出す。これはただの私闘であって、持て余した青い感情の残滓の精算だった。
    「だから、喧嘩しようぜ。来やがれッ!!」
     何人出てこようが、何発殴り返されようが、自分の気が済むまで一人残らずまとめて殴り倒す。闇堕ちが絶望の先にあって、ここにいたダークネス達もかつての世界の犠牲者で——それを分かったうえで、なお。それは、これが理央なりの弔いのつもりだったから。
    (「……最後に、ひと暴れしていけよ」)
     そして、皆、安らかに、と。
    「懐かしいな、と言ってもアンタにはわからんか」
     刑が都内で経営している店の経営状況は悪くない。今が幸せかと問われれば確かにとても幸せで、けれど色々と悩む事も少なくなく、胃痛の耐えない日々だった。
     つまり、ストレス解消ついでだ。深部にて探し出したカットスローターへと紅黒の刃の切っ先を向けた刑は口の端を上げ、告げる。
    「さあこれより、最後の殺し合い、最後の宴を、開始する……!」
     床を蹴った刑にビハインドのカズミが続く。
     刃と刃が、強くぶつかる音が響いた。

    ●ハロウィンの夜明かり
     校舎の外には、いつもの街の明かりとは少し違う、暖かなオレンジ色の光が溢れていた。そこかしこにカボチャ型のランタンが飾られる屋台村へと休憩に出てきた渡里と晶はイートインコーナーを物色中だ。
    「日本のジャンクフードもひさしぶり。最近は、ケバブとか、外国のお手軽食べ歩き料理の屋台もあるのよね」
    「イギリスのフィッシュアンドチップスもあるな」
    「お土産は……どんぐり飴か、量り売りの金平糖も良さそう」
     そうして悩みながら選んだのは、外国の何ともいえない色合いのお菓子、ただし味は保証済み。
    「それにしてもビミョーな色合いだな、本当に。面白いけど——あ」
     ちょうど、空いていたテーブルにお菓子を並べている時だった。見覚えのある顔が通りかかったので渡里がそれを呼び止めた。
    「二階堂、一緒にどうだい?」
    「おや、いいのかい? 喜んで!」
     すぐさま誘いに乗った桜は随分と屋台を満喫しているようだった。けれど仮装をしているかといえばそうでもなく、桜色のワイシャツにネクタイとベスト、スラックスパンツという本来ならば普通に見える筈なのに微妙に胡散臭さを感じる格好だったものだから渡里は一度言葉を飲み込んだ。
    「……二階堂のほうは、最近どうだい?」
     なんだか、楽しく充実しているであろう事だけは伝わってくるけれど。
    「絶好調だよ! キミ達はどうなんだい?」
    「私の方は、所属している劇団ごと、日本にきてる」
     ひとつどうぞ、とお菓子を差し出しながら晶が言った。一度、見てみたいと言われたから。慰安先の子供達が、劇を見た後に楽しそうにしているのが嬉しいのだと笑んだ晶に桜も笑みを深める。
    「俺も、山岳救助の方は、なかなかに遭難者を引き上げるのが大変だったりはするけれど、楽しいな」
    「二人とも、楽しく過ごしているのなら何よりさ。あ、このお菓子、色はとても個性的だけれど美味しいね!」
     敵を倒す度、紅葉は「さようなら」と送別の言葉をかけ続けた。居なくなってしまう事は少し寂しいけれど、やっと安らかに眠れるだろうと。
    「そうなんだ、素敵なお見送りだと思うよ」
     屋台のパンプキンラテを片手に校内での出来事を話す紅葉へ、隣に座った桜が笑う。手を出すように促されそうすれば、てのひらにお裾分けのお菓子がふたつ。
    「テディ君の分もね」
     親友のテディベアは今も変わらず紅葉の膝の上にいた。
    「ありがとうなの。ブレイズゲートもついに消滅……紅葉たち灼滅者の青春、も……」
    「おっと紅葉君、歳を重ねる事に躊躇いは不要さ! キミはこれからもっと素敵な女性になると保証しようじゃないか」
     二十六歳のサイキック研究者、長く研究の仕事をしていても戦いの腕が全く鈍っていない事は、先刻再確認したばかり。
    「桜さんは、相変わらずですね。今なにしてるの?」
    「僕はねぇ、英語に堪能になるっていう目標を達成出来たから、そのまま英語教師をやっているよ!」
    「目標だったの?」
    「そうそう、趣味と実益というやつだね!」
     よくは分からないけれどそういう事らしい。もうひとつどう? とお菓子を差し出され、紅葉は笑顔で頷いた。

     久しくも、迷いなく戦えたのは信じて止まぬ盾の存在があったから。ひとつの青春との少しだけ寂しい別れを済ませ、小太郎と希沙は校舎の外へと戻る。
    「小太郎見て、お化け顔の饅頭ある! 可愛い!」
    「ほんとだ、可愛いうえに美味しい……天晴れな奴め」
     腹ごしらえを済ませながら屋台村を進む二人には、逢いたいと思う人がいた。一人だけ十年前にいるような、変わる事のない先輩は突如二人の前を横切る形で現れて、数秒後に足を止めたかと思うと後退してきてくるりと向きを変えた。
    「おやおや! 偶然だね!」
    「二階堂さん、逢えて良かった、というか、気付いて頂けて良かった」
    「先輩、覚えてはるでしょか……篠村、です。今は……鹿野なんですけど」
     おそるおそる尋ねた希沙が、小太郎と視線を合わせてはにかんだ。小太郎は希沙の手を取って、桜へと向き直す。
    「改めてお話したいことがあるんです。——オレ達、家族になりました」
     まだ中学生の頃にこのエクスブレインからの依頼で出逢い、仲良くなり、たくさんの時を重ね、心を重ねた。大切な一頁目の縁結びに、運命を結んでくれた事に、心からの感謝を伝えたかった。
    「やはりそうかい! 僕ねぇ、学園でキミ達を見かける度にニコニコしていたからね! これが親心というやつかな……僕まだ独身だけれども!」
     僕も結婚したーい、と笑う様子に覚えたのは不思議な安心感と、時間旅行をしているような錯覚で。今は何をしているのか気になっていたけれど、心配無用という事だけは確かだと確信すれば思わず笑みが零れた。
    「二階堂さん、また逢えますか? 今度は子供達も一緒に」
    「勿論さ! クリスマスプレゼント代とランドセル代と遊園地代、どれを確保しておいたら良いかな?」
     本当に、変わらない人だ。小太郎と希沙は改めて顔を見合わせて、嬉しそうに微笑み合った。
     他の灼滅者達と同様に自分なりの見送りを終え、外へと戻って来た咲哉の表情は随分と柔らかいものだった。屋台村を目印として、何かを探すように周囲を見回した咲哉はやがて見つけた姿に目を細めて笑う。
     自分へと手を振るのは愛しい妻と早速屋台を楽しみ上機嫌な娘の瑠璃だ。咲哉の足へと抱きついて満面の笑みを向けるサバネコ着ぐるみ姿の少女を撫でる咲哉の背に、妻の手が優しく添えられる。
    「——ただいま」
     いつまでも、守りたいと思う笑顔の為に。目の前のこの幸せを大切にしたいと思う。

    「あ、見て!」
     やがて、時が来て。どこからともなく声が挙がり、連鎖するように広まって、灼滅者達は自然と校舎を仰ぎ見た。
     ばいばい、と誰かが言った。さようなら、と誰かが言った。
     安らかに。おつかれさま。今日までありがとう。
     贈る言葉は温かい。
     かつてダークネス達によって殺戮の舞台となった学び舎はようやく解放されて、静かな眠りを手に入れるのだ。

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月8日
    難度:普通
    参加:17人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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