おかえりなさい またいつか

    作者:日暮ひかり

    ●2028年11月1日
     数年前、鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)はとても久しぶりに神田の実家へ顔を出した。
     ごく平凡な家庭の生まれであったと思うし、家を出たことにも深い理由などなかった。ありふれた反抗期が、自分の場合は些か度が過ぎてしまっただけと、今ではそう思う。
    「えっヤバ。豊さん超成長してんじゃん」
     何様だよお前は、と心の中で思う。武蔵坂学園を卒業後、故郷の新潟に帰った哀川・龍(降り龍・dn0196)が、久しぶりに東京へ遊びに来るというので、今日は貴重な休暇を消費して会う事にしたのだった。
    「ていうか豊さん、びっくりするほど顔変わんないな……本当にアラサー?」
    「あ? うっせえよ。俺だって強面のいかついオッサンになる予定だったがな、実家帰って無理って悟っちまったよ……母親、俺に激似。皆親の顔が見てみてぇとか言うけど、実際俺の親見てみ? ウケんぞ」
    「……そんなに? 今度家行っていい?」
    「絶対やだ。あと言っとくがお前もそんな変わってねーぞ哀川。昔から老けこんでたぶん得したな」
     どこで待ち合わせようかと思案したものの、何となく井の頭公園駅になってしまったのは、かつての仲間たちとばったり再会できたりするかもしれない、という淡い期待からだ。今でもあの学園での日々を懐かしみ、不意に訳もなくここへ訪れたくなる。
     公園への道を歩きながら、イヴちゃんめっちゃ美人になったよなと龍が書店を指さす。純粋な魔法使いの少女の面影を残した青い髪の女性が、本の表紙で柔らかく微笑んでいる。
     それはイヴ・エルフィンストーン(大学生魔法使い・dn0012)の著書だという占星術の本だった。『鷹神さんは本がお好きだから読みますよね!』という文言と共にどこからか送られてきたので、鷹神も恐る恐る読んでみたのだが、かつて占いは人を幸せにする魔法だと語っていた彼女らしい、人を善き方へ導く明るく前向きな言葉であふれた書だった。
     なんかすごいよなあ、と龍は嘆息してみせる。確かに、自分達にはできないと思う。
     
    「そういえば豊さん今なにやってんの」
    「警察」
     彼にしてはやけに短い答えを聞いた龍は一瞬目を丸くして、まじか、と呟いた後、いやわかる、わかるなぁと笑った。学園でエクスブレインをしていた頃よりも余程彼らしい気がして、笑った。
    「お前社会福祉士だっけ。偉くね?」
    「うん。ふつーに児童養護施設で働いてる……ってやばい、おれ褒められてない? あ、豊さん家どこ? 実家の方でもいいから住所教えろよ。今度うちで収穫した米送る。食え」
    「……結局米も作ってんのかよ……」
     十年経っても俺達はやる事が真逆だな、と鷹神も吹き出した。だか、それでいい。
     どちらもきっと、いつか見送った鳥たちのように、長い旅を終え在るべき場所へと帰っていっただけだ。そして皆もきっと。
     遊具で子どもたちを遊ばせる夫婦が見える。手を繋いで歩く恋人たちの姿が見える。写真を撮る人、動物園に向かう人、一人でジョギングをする人、売店で買った軽食を食べながらなんとなく時間を潰す人々……その数多の中に見知った顔を見かけたり見かけなかったり、声をかけたりかけなかったり、やっぱり歩調が合わねえと別行動を取ったりもしながら、池のほとりでばったり出会った二人は互いに苦笑する。
     ふと空を見上げると、つばめが飛んでいた。
    「せいぜい平穏に生きろ、哀川。俺がお前の守った日常を守ってやる」
    「うん、そっちはよろしく。豊さん、昔からそんな感じだったけどさ……だからできないこと、めっちゃあんじゃんって、今はわかんだよね」
     お前も言うようになったよな、と返す鷹神はどこか楽しそうだった。今日ここで別れれば、彼はまた、何かと戦うためにどこかへ行くのだろう。それでも今はもう少し、ここに居たいと思っているらしい。
     いつまでも皆が帰ってくる、この街へ。
    「ねえ豊さん! 後でファミレス寄ろ」
    「ファミレスかよ。悪くない提案だ、乗ってやる」
     調子のいい返答を聞いた龍は満足げに頷いた。実はイヴちゃん達も呼んであるんだよね、ということはまだ内緒だ。だって、今日はせっかく彼の誕生日なのだから。


    ■リプレイ

    ●憩
     仕事が早く終わった日はチョコミントアイスに限る。袋にアイスを詰めこんだ紫月はベンチに座り、ブランコで遊ぶ児童を眺めた。ブランコにも中々乗り辛い歳になったが、チョコミントアイスは何時食っても美味いんだ。
    「そう言われると食いたくなるな」
     豊達を見て駆けてきた保が、持っていた包みを開いて笑う。中身は偶然にも――ピザ。
    「これ、食べる?」
    「運命の悪戯だな。戴く」
     紫月も頷く。手土産が増えた、帰りは嫁の好きな雑貨屋へ寄ろう。
     皆未来へ向かいながら、あの奇妙で愛おしい青春を時には振り返る。保は今もそんな一時が好きだ。
    「あの教室は、まだそこにあるかな?」
    「今も誰かが何か話してるさ」
     来て良かった。きっとまた来てしまうから、ここでまたいつか。

     おいで、別嬪さん。錠が差し伸べた手を取り、イヴは嬉しそうに後をついていく。目的地の売店からは香ばしい三色団子の匂い。
    「黒い髪の一さん、すごく真面目そうですよね」
    「そ? つかオメーはいい加減スワンボートから離れろ。レースはねぇわ」
     四児の父となりすっかり落ち着いた葉は、ボートに未練ありげな錠をたしなめる。そのうち鷹神にカツ丼奢られんぞとの声に笑い、団子を頬張るイヴの変わらない笑顔を錠も和やかに眺めた。
    「イヴがあの日魔法を掛けてくれなかったら、俺はとっくにどっかで道を外してたハズだ」
    「私の言葉が道標になるなら、十年前の魔法は絶対解きませんよ」
     サンキュ、俺等の可愛い魔法使い。来年も再来年もまた遊ぼう。
     葉が空を仰げば、いつかのような淡い青。指で作ったフレームの中に笑い声まで切り取って――本日、秋晴れ。

    「お久しぶりです……近況はそれなりに聞いています」
     誰かを救える魔法使いになりたいと願った少女は、救助や支援活動を行う民間団体に所属していた。夢が叶いましたねと、イヴと水織は『私達』の近況を語りあう。
    「どうしましたか?」
    「私って言うイヴさん、らしくない……」
     ぽつりと呟く水織にイヴはうふふと笑う。
    「イヴはイヴですよ。これからも一緒に頑張りましょう」

     手紙のやり取りは続けていたが、直接会うのは久々だ。武蔵坂の図書館で司書兼事務として働く静佳は、龍と並んでベンチに座る。色々と積もる話はあったのだけれど。
    「でも、ずっと、ともだち、でいたい、と思うの」
     今日はそれを伝えたくて。
    「当たり前じゃん。今度新潟にも遊びに来なよ」
     田んぼ見せたいからと龍はともだちに笑う。独りでいいと思っていたあの日は、もう遠い。

     結婚したこと、フラワーデザインの仕事のこと。今も全く異なる世界を全力で生きるひよりの話は豊にとっても楽しく、紅茶一杯分のお喋りもつい長々と。
    「先輩といると学生気分に戻っちまうな」
    「わたしも。でもね。あの頃に戻りたいなんて思わないの。今がすごく大切だから」
     毎日がわたしの宝物。頑張りすぎて怪我しないでね、と手を振るひよりへ、極力そうすると豊は苦笑する。

     近辺で仕事があれば、不意にここへ寄りたくなる。池付近のベンチで寛いでいたさくらえは、勇弥の姿に手を振った。リクエストしたマリアテレジアと一口サンドイッチもしっかり持参の様子だ。
    「さすが店主の鑑。涙が出ちゃう」
    「『よよよ』とか擬音が聞こえてきそうな反応待て」
    「褒めてるよ? とりさんの珈琲が飲みたくて今日誘ったんだし♪」
    「二人共、待たせてごめんなさい……」
     緩く纏めた髪を揺らし、駆け寄ってきた涼子はその様子に目をきょとり。流石勇弥さん、と愉しげに笑う。
    「愛されてるわねぇ、さくらえさん。私も兄さんから唐揚げ貰ったから持ってきたわ」
    「ワタシはお嫁さんに作ってもらったクッキーを」
    「お、先輩達。豪華な出前カフェだな」
     通りすがりの豊も言葉に甘え相伴に与る。ライ麦パンや厚焼き卵のサンド、可愛いクッキー、揚げたての唐揚げ、スパイス香る珈琲――温かく美味しい時間。常連が多いわけだと頷く鷹神を見て、でしょうと得意気に笑う友人達に店主は噴き出した。

     示し合わさずとも歩けば出会う筈、そんな感覚も昔のまま。短い鳴き声にアイナーが下を向けば、貫録を増したあの猫がいた。
    「よぉ。突然悪ぃな。健在やったか」
    「君の方こそ。あまりに姿見せないからとうとう彼岸に渡ったかと」
     『暫く出掛けとる』の認識がずれた友へ皮肉の一つも漏れる。家族や店の近況を訊く紋次郎の言葉には、昔より訛りが目立った。指摘すれば己の事はそこそこに、
    「それよかアイニャー。黒毛玉の毛並みは健在か」
     大真面目な顔で言うものだから、思わずふは、と笑った。
    「却下」
     変わらぬ先回りと共にアイナーは自店の焼菓子を渡す。目出度い愛でたい、穏やかな再会を祝して。

     転びかけた長男の響を抱え、仁恵は静の隣に腰掛ける。視線の先では長女の琴がどんぐりを探している。君を幸せにすると誓って十年。約束を守れているかな――続いて何か言いかけた静の頬を響がひっぱり、仁恵も肩を竦めながらつい戯けた。そういう事はまず自分の胸に手を当てて考えるべきだ。
     家族で温泉でも行きたいね。あのドングリ、どう使うの。夫婦の会話も随分所帯じみたもの。
    「……僕の方はね、君達が居るだけで大体幸せだよ」
     緩い笑みを残し娘を捕まえに行く静を見て、仁恵も胸に手を当ててみる。左薬指に触れてみれば、走る感情に思わず少し笑った。
    「……おや、どうやらニエもその様で」

    「おうおう、鷹彦は元気だなー。千鳥相手にちゃんといいお兄ちゃんするんだぞー」
     通訳になる夢を叶えたマサムネの、日々の多忙を感じさせぬ全力の家族サービス。長男長女と駆け回る夫の元気な姿に水鳥はくすっと笑い、スケッチブックを開く。
     ベンチの上でぽかぽかしていると、ふと新作ぬいぐるみの構想が降りてきた。ペンを走らせる水鳥の元へ戻ったマサムネは、汗を拭かれながら噛みしめる。妻も夢を叶えられて良かった。
    「晩御飯、なに食べたい?」
    「オレはカレーがいいな!」
     幸せそうじゃないか。偶然会った豊に手を振り、二人は微笑みあう。こんないつも通りの日常が、ずっと続きますように。

    「新刊も良かったぞ」
     学園で貰った勇気を世界に分け与えているゆいの絵本は、大人も楽しめる名作として人気だ。長い感想に破顔した彼女は、今度豊くんをモデルにしたいと伝える。
    「え……俺?」
    「うん。戦う豊くん、すごくかっこいいよ」
    「……」
     冠木先生はお見通しなんだな。ばつが悪そうに頷く精悍な顔を描き留めたい。人生を変えてくれた貴方を、今度は私が応援したいから。

     いつもこの国を守ってくれて有難う。褒めると口悪くなるの、すきだよ。福招くブックダーツと共に贈られた言葉に面食らった豊は、突然真珠へ携帯のカメラを向けた。
    「ばか。十年前の礼だ」
     写真、まだ撮ってんだろ。やり返してみろよ――勝気に笑う彼の瞳に、昔の面影を見た。
     どうか体に気をつけて。強く祈り、真珠はカメラを構える。誰のものでもない空の鳥は、今もきれいだ。

     感謝を伝える桃のガーベラを渡し、水花は豊に一礼する。迷える子供達を護る者同士、龍とは日々の苦労や喜びの話で盛り上がった。今度交流会出来たらいいねと約束を交わし、水花は学園生活を振り返る。
     もし本当に恋人になっていたら、なんて考えた事もある。
     あの頃は恋愛とか考えられなかったと苦笑する龍に、水花は慈愛の笑みを返す。哀川くんを好きな人に悪いですよね、と。

    「哀川さんが好きです」
     子供の頃、いつもちゃんと話を聞いて貰えて嬉しかった。前向きさや優しさに惹かれた。私をパートナーにしてみない――米作りの、出来れば人生の。
    「うん。穂純ちゃん、おれと幸せになろう」
     梅干しご飯作って下さい。嬉し泣きした穂純を、龍は一人の女性として抱きしめる。不幸を恐れ、恋を避けてきたけれど、君はいつも倍の幸福を一緒に探してくれるから。

     講演を終わらせ、待ち人の元へ来た敬厳は緊張の面持ちで姿勢を正す。駄目だったらと想像するとなかなか思い切れずにいた。
     でも踏み出さないと始まらない。彼女の目を見て、敬厳は真っ直ぐに告げる。
    「イヴさん、心からお慕いしています。僕とお付き合いしていただけませんか」
    「……ふふ。ずっと一緒ですよ、彦星さん」
     着物の着付け、頑張りますね――イヴははにかんで笑う。

     追い込みの合間に訪れた公園で、雛は公私共にパートナーであるエステルとミルクティーを飲み一休み。この夕陽が沈めば、明日は新作ドレスの展示会だ。多忙な雛の顔には疲れが滲む。
    「……きっと、今後もこんな生活が続くと思うわ。それでも、ヒナについてきてくれます?」
     エステルは何も言わないが、モデルだって大変なはずだ。けれど彼女は首を傾げると、雛をむぎゅーと抱きしめた。
    「雛ちゃんこそ大丈夫なのです、お洋服縫うだけじゃないお仕事なの。だからエステルは雛ちゃん支えるの」
     大丈夫なの、ずっといっしょなの~。もふもふの温もりで雛の表情も和らぐ。せめて今は、二人でゆっくりと。

     個人の祝日改め誕生日おめでとう。ケースと中身一式を受け取り、ダーツを見ると今でも君を思い出すと喜ぶ豊へ、唯一父に勝ったものだと純也は述懐する。鈴の音に振り向けば、過去から来たような昭子が居た。書店で見る著書だけが風の便りだった。
    「戻られていると聞きまして」
    「……、この姿に思う事があるなら聞かせて貰えるか」
    「や。形から入るのは案外悪くない」
     いい教師じゃないか。生徒に親しまれる『隙を作る』為のジャージ姿を見て、やはり似た者だと思う。俺が警察な方が笑えると豊が返せば、昭子は首を振った。いつも一緒に戦ってくれましたから。
    「最高の褒め言葉だ、灼滅者」
    「次にお会いしたときにも、こたえあわせをいたしましょう」
     昨日の自分に誇れるならきっと、それが正解。
     神に賜った理不尽も不条理も、明日へ渡して――またいつか。

    ●集
    「……あら?」
     龍とこっそり相談中のイヴは『餃子占い』の幟と謎の餃子ゆるキャラに目をとめた。
    「久々じゃん! む…………ウザーくん」
     幟の柄でつつかれた龍は慌てて訂正した。イヴの姿を見た陽坐は目を輝かせ熱弁する。
    「書店でイヴさんの本に出会い、これだ! って思ったんです」
     イヴは『梅・ヨモギ・ソバの綺麗な3色餃子で気分上向き!』、龍は『疲れを癒す日かも? 生姜が利いた水餃子の器に酢とラー油をたっぷり入れてみて』という結果。対応する餃子店や通販案内まで書かれた紙を渡し、占いは相手への思いやりですよねと陽坐は語る。
    「伝わって嬉しいです! 今度SNSで紹介していいですか?」
     永遠のご当地ヒーローに終着はない。その後若い女性の間でラッキー餃子占いがプチブームになるのは、また別の話。

     龍と共に公園を出る豊を懐かしい顔が囲む。驚いた瞬間を見事に撮らえたポラを律に手渡され、酷い顔だなと笑った。
    「お誕生日おめでとうだよ、豊先輩! こんな素敵なお誘いを受けて、行かないわけにはいかないよね」
     ねっイヴちゃん、と笑った結衣奈はすぐに子煩悩ぶりを発揮。メールで時折見ていた子供達の成長を豊が喜べば、これも豊先輩達のお陰だよ~と結衣奈は頭を下げる。
    「聞いて! わたしが闇堕ちした時はね……」
    「また紅鬼姫か!?」
     年々持ちネタ化しつつある会話に笑いが起きて、『始まりの人』を前に緊張気味の征は今だと贈り物を渡す。中身は燕が刺繍された青いネクタイ。良い趣味だと豊が笑えば、征もほっとしたように笑う。
    「ん、既婚なのか? よしファミレスで聞く、連行せよ!」
    「えっ。あ、あの、僕、口下手で……」
     昔と変わらぬ童顔が何だか嬉しげなのは、左手の指輪のお陰だろうか。今度その相手と小さな学校を作ることを、上手く話せるだろうか。童顔といえばシャオも変わらないが、一連のドタバタで一緒に笑っている姿は昔と違う。多忙の中、孤児院をスタッフに任せ駆けつけてくれた彼の変化を、イヴもとても喜んだ。
    「また遊びに行きましょうね」
    「なかなか休みが取れなくて……そうだ、今度孤児院遊びに来てもらってもいいですよ。子供達もきっと喜びます」
    「豊さん、子供と遊ばせると面白いよー。困るから」
    「おい哀川」
    「兄さん、一つ聞きたいんだがね。いやに灼滅者が多いってタレコミがあってな」
     目深に帽子を被った男が豊の肩を叩く。貫禄がないその顔は、私立探偵の布都乃。
    「この年で若く見られても複雑だぜオイ」
    「分かる」
    「あ、米無事に出荷できたぞ。今年も送るな」
     龍は友人を随分頼っているらしい。交通費も払えよと豊が釘をさせば、何でも屋はにやり――うまい飯の礼にゃツリがくら。
    「おーう、お前ら久しぶり! 全然……」
    「集まってるって聞いて来たけど、ホントだ! 久しぶりー!」
    「か、風宮君?」
     変わってねえなあ、の言葉を煌希は口から引っ込めた。彼の隣に連れ立つみをきは穏やかに微笑み会釈するも、挨拶所ではない衝撃だ。
    「デ……」
     思わず言いかけた豊は口を噤む。照れ笑いを浮かべる壱の体型は愛猫きなこそっくりになっていた。
    「そうデスクワーク多いし、毎日帰ると美味い飯があってさ~」
    「俺としては今の姿も愛らしくて好きなのですが……」
     皆へ言い訳を並べつつ、みをきはあたたかな壱の腕を取る。二人の左手薬指には揃いの指輪が光っていた。そろそろちゃんとしたいしファミレスは我慢かなと苦笑する壱を、みをきは代わりに1on1に誘う。
     あの日の些細な賭けに始まった道は、またこの先に繋がっていく。
    「今度こそ俺が勝ちますよ」
     あなたとこれからも共に――小さな約束を胸に抱き、並び歩く二人に手を振るのは関島夫妻。五年前に峻と結婚した香乃果は今や二児の母で、育児の傍ら創作菓子を発表している。今も懇意にしている二人にイタリア製Yシャツを贈られ、豊は礼を言う。
    「俺が娘にママ好きパパ嫌いと言われショック受けてるとか、笑えるだろ」
     想像通りだと言いかかったが、子供の手前抑えた。科学捜査に関する研究をしている峻とは立場が逆転したが、昔のように協力する機会もあるらしい。
    「無理しすぎるなよ、親友」
    「お前こそな。峻」
     もはや年の差も抜きで親しげに話す二人を不思議そうに見る子供達へ香乃果は語る。パパとママは、このお兄さんに凄くお世話になったの。おじさんで良いぞと彼は笑うけれど、綺麗な金の瞳も真直ぐな眼差しも昔のまま。
     大切な家族を得た香乃果は、想いをそっと胸に秘める。私、もし夫と出会わなければ、きっと貴方に――。

    「ヘーイ、ソコの今日が誕生日で日々お疲れッぽいオジ……お兄サン!」
     そこに割り込むビン底眼鏡に赤ヒゲの怪しすぎる医者、自称・Drたてヒゲ。
    「よお楯守君」
    「人違いだYO」
    「Freeze、ICPOだ。不法な医療行為未遂の疑いで拘束します、大人しくなさい」
    「ゲェーッ、ICPOの刑事で俺の見張り役かつ嫁サンことフラン=サン! ICPOから目を付けられてる俺をもう追ッて来たのかァー!?」
     フランキスカが夫の非礼を詫びている間に盾衛は脱兎の如く逃げ、大変なモノ(空気)をブチ壊した奇妙な夫妻は去って行った。十年経っても馬鹿は死ななきゃ治らないらしい、と皆が思う。
    「『壊した』分だけ治す、か。あいつも不器用な生き方してんな」
     はぴバデ割引だと押し付けられた『いつでもドコでも治療に行きマス券』を大事にしまい、豊は笑う。
    「……独り占めできない人だよね、ほんと」
    「ん? 何か言ったか」
    「誕生日おめでとう、って。それ持っててくれたんだ」
    「俺の道標だからな」
     豊の携帯につけられた古びたファティマの手は、戦う騎士と共に在り続けるだろう。あの日入れ替わった道。七不思議達の為に作ったデバイスのどれかが、彼の役に立っていれば。髪を直す振りをして、仙は今も耳につけたままのピアスを隠す。
    「衰えない人気振り、流石ね」
    「揶揄うな。ほら」
     途切れぬ人波から抜け、成海は約束の米と野菜を受け取る。重かったぞーと緩く笑う龍に、エネルギーの使い方が斜め上よねと微笑んで。高校で水泳部の指導をしながら英語を教える成海は、いつか話したような熱血教師になっていた。
    「……ね、お腹空いたし」
    「やっぱファミレス、だよな?」
     十年越しの今日はグラスワインで乾杯を。あの時は俺も大学の皆と将来の夢語り合ってたっけな、と治胡も懐かしむ。迷いに迷った行先は意外に突然定まり、さも当然のように馴染んだ。
    「願い続けた平和みてーだな」
    「夜鷹先輩、平和願ってたのか」
     まあ命かけた戦いに赴く理由はそれしかねぇな、と今の豊は思う。あの日々も今は思い出として話せる筈――今日は他愛ない話もしたい。全ては今この時だけの、世界のありようだ。
    「10年後も15年後もこうやって顔を合わせて、おお久しぶり! って言える日が来るようにしねえとなあ」
     平和になった世界の俺たちの責務だ――なあ、そうだろ?
     今もまだ誰も知らぬ夢に向かって邁進している煌希の目は輝いていて、君こそいい意味で変わらないよな、と豊は頷く。
     昨日より良い今日を。今日より良い明日を。迷い探り続けるしかない世界で、僕等の一生は余りに短いけれど。
    「また、何処かで会えますよ。今日みたいに」
    「だな。俺は戦い続けることで君達の寄る辺になりたい」
     だから羽搏き続ける。また、いつか会う日まで。鷹神先輩にぴったりですねと、律は祝福をこめ微笑んだ。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月14日
    難度:簡単
    参加:42人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 2
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