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「最新の研究により、ブレイズゲートを構成していたサイキックエナジーが尽きた為、遠からずブレイズゲートが消滅する事が判明しました」
五十嵐・姫子はいった。十年という歳月が流れすぎているので、今では優美な女性へと成長している。
「これは、やむを得ない時代の流れでしょう。幸い、ソウルボードが消滅した事で、灼滅者も闇堕ちする危険性が皆無であることが判明している為、ブレイズゲートが消滅したとしても、直接的な問題はありません」
けれど、と姫子は言葉を継いだ。
「ここで、多少の問題が発生しました。ブレイズゲート内部の分割存在です。ブレイズゲートの力によって分割存在は維持されているのですが、ブレイズゲートそのものが消滅すれば、当然分割存在は連鎖して消滅します。けれど、その消滅は全く同時に行われるわけではありません」
姫子はいった。
ブレイズゲート本体が消滅しても、分割存在の内部に蓄えらえたブレイズゲートの力が尽きるまで、分割存在単独で最大で三時間程度は、存在を維持できると試算されたのだ。つまり、ブレイズゲートが自然消滅した場合『分割存在をブレイズゲートの外に出さない力』も消え去る為、最大で三時間の間、ブレイズゲートから解き放たれた分割存在が暴れまわるという事態が発生してしまうのであった。
「ブレイズゲート周辺からの避難勧告などを行なう事で、被害を抑制する事は可能ですが、避難できない建築物などは、多大な被害を被る事でしょう。また分割存在の中に、距離を無視して別の場所に出現して事件を起こす事ができるような者がいた場合、被害はより大きくなるかもしれません。これを防ぐ為に、ブレイズゲートが消滅するタイミングで、『灼滅者による大規模なブレイズゲート探索』を行なう作戦が提案されました」
姫子はいった。
ブレイズゲートの消滅は『10月31日~11月1日』に発生する。そのタイミングで、日本全国のブレイズゲートの大規模探索を行うことになったのだった。
担当するブレイズゲートは『猛き獅子は竜へと変ず』。イフリートの出現が予想それていた。
「当日はブレイズゲート周辺にハロウィン仕様の屋台が出るようです。休憩がてら寄ってみるのもいいかもしれません」
姫子は微笑んだ。
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蔵王連峰。
東北地方の中央を南北に連なる奥羽山脈がある。蔵王連峰は、その山脈において宮城県と山形県の両県南部の県境に位置する連峰であった。主峰は山形県側に位置する熊野岳である。
その蔵王連連峰に天武無双会の本拠地があった。
「ああん」
木陰。白い影が蠢いている。
それは二十六歳の女であった。十代の瑞々しさはすでにないが、代わりに肉体は熟れた果実のような甘い色気がある。
金髪金瞳。クォーターらしく彫りの深い顔立ちの美女だ。
名はストレリチア・ミセリコルデ(白影疾駆の呑天狼・d04238)。裸であった。尻をこねるように動かしている。
そのストレリチアは、同じく裸の男に跨っていた。その男は快楽に顔をゆがめ、腰を突き上げている。
と、別の裸の男が背後からストレリチアの乳房を掴んだ。ピンク色の乳首を摘む。
「はあん」
ストレリチアが身悶えた。すると三人めの男がストレリチアの口に硬いものを突き入れた。
そして幾許か。
男の精を吸い尽くしたストレリチアはすうと立ち上がった。その顔からは先ほどまでの蕩けた表情は微塵も浮かんではいない。
「先の時代に幕を引くお祭り騒ぎ…最後ですもの、目一杯派手にいきましょうか!」
ニッと笑うと、局部のみを彼女は凝った意匠の金属片で隠した。
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「もし竜種イフリート達がブレイズゲートの外で暴れだしたりすればどれだけの被害がでるか…ブレイズゲート探索は久しぶりだけど、やるとしますかね」
ブレイズゲート内。額には真紅のバンダナを巻き、背中に『風の団』の紋章を刻んだジャケットを身につけた男がいった。
この時、三十三歳。風真・和弥(仇討刀・d03497)であった。
「……まあ、はなびちゃんや斬霧御前と淫蕩に耽るというのもそれはそれで愉しそうではあるけどな…。後腐れは無いから初花にばれる事もないだろうし…」
ふっ、と和弥は笑った。彼らしくもないいやらしい笑み。殺人鬼である彼も随分と人間らしくなったようであった。
その和弥の隣には狼男の仮装をした女がいた。
二十六歳。鮮やかな青いの娘だ。
名は空井・玉(デスデスマーチジャンキー・d03686)。かつては冷淡な態度をとっていたが、十年の歳月が流れ、今ではかなり温和になっていた。
その玉は英国に住んでいた。個人貿易商である。今はバイクでブレイズゲートを巡っていた。
「今日は試作武器の性能試験に来たんだ」
玉は物を持ち難そうな肉球グローブを取り出した。
「他の二つの区画では会えないイフリート連中も一通り殴っておきたいんだよね。この後も栃木から和歌山まで順に回る予定なので手早く片付けよう」
玉はいった。そして辺りを見回した。
「外の人だかりを見るにブレイズゲートは意外と人気がありそうなので、ついでに売り物に使えそうな物を探して行こうか」
「探すのはいいけれど」
口を尖らせたのは立花・環(グリーンティアーズ・d34526)であった。
この時、二十七歳。おかっぱにした紅髪に眼鏡は学生時代のままだ。いまだにご当地アイドルを続けていた。
「ブレイズゲート消滅のレポートのお仕事のはずが……私も現場で働けですと!?」
環は大げさにため息をこぼしてみせた。
「まあ、アドリブに強いご当地アイドルですから、急な無茶ぶりだってへっちゃらですけど」
「ブレイズゲートか」
懐かしむように赤鬼の面を被った女が周囲を見回した。
「すいさん。十年経ってもうちらは『相棒』だよね!」
「ああ」
冷然とした男がうなずいた。名は榎本・彗樹(野菜生活・d32627)。彼の相棒の名は篠崎・伊織(鬼太鼓・d36261)といった。
その彗樹の年齢は三十歳。が、クールなところは少しも変わってはいなかった。
「十年経っても俺達は相変わらず『相棒』だ。……まあ、多少の変化はあったが」
彗樹はいった。現在、彼は故郷である東北地方のとある山の麓で農業、そしてその他諸々の事をしながらのんびり過ごしている。無論、伊織も一緒にだ。
「そうだね。少し変わったかな…」
「ああ。このブレイズゲートが消滅する時がきたんだな」
「そうだね」
感慨深げに二人はブレイズゲートを見回した。様々な思い出が脳裏を駆け抜けていく。すべてが懐かしかった。
「いろいろ世話なったから見届けに来たんだが」
「すいさんと同じくうちもいろいろとお世話になったから見届けに来たよ」
仲間にむかって二人はいった。
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むっとする熱気が吹きつけてきた。
反射的に目をあげる灼滅者たち。彼らは闇に蠢く異形の姿を見据えている。
それは神話の存在である巨大生物――幻獣種であった。全身に灼熱の炎を纏う獣――イフリートである。
「起動!」
和弥が叫んだ。
次の瞬間である。彼の手には二振りの刃が現出した。
右手には日本刀『風牙』、左手にはクルセイドソード『一閃』。二刀流だ。それが学園にいたころから変わらない和弥の戦闘スタイルであった。
その時だ。炎獣の口が開いた。そこには既に炎が溢れ、放たれる時を待つばかりであり――だがそれが訪れることはなかった。一瞬で間合いを詰めた和弥が十文字に刃で切り裂いたからだ。
十年の歳月は彼に恐るべき戦闘力を与えていた。たった一撃で幻獣種は大きなダメージを与えられている。
衝撃によってイフリートはよろめいた。が、それも一瞬。すぐにイフリートは腕を和弥に叩きつけた。
「そうはいかないよ」
イフリートの背に玉の拳が叩き込まれた。肉球グローブの一撃だ。たまらずイフリートがよろけた。
が、すぐさまイフリートは反撃に移った。さらに炎が吐く。
逡巡は一瞬すらも必要としなかった。考えるよりも先に身体が動き、身を差し出すようにして玉はイフリートの前に回り込んだ。
「なるほどね」
熱と痛みに全身が悲鳴を上げるが、歯を食いしばって堪え、玉は再びイフリートに拳をぶち込んだ。
俺には愛する者が待っている。血を吐こうが、肉が削れようが、生きて帰らなければならないのだ。
全力を出すのに、それ以上の理由はなかった。だから、狂おしいほどの愛を燃やして和弥は二振りの刃を叩き込みイフリートにとどめを刺した。
同じ時。
ストレリチアと環、彗樹と伊織は別のイフリートと戦っていた。
恐れず、臆さず、むしろ楽しそうに――剣閃が、煌いた。振り抜かれたのは日本刀だ。
ざっくり斬られたイフリートであるが、次の動きは早かった。顔を向けたイフリートの口内には既に炎が溜められており、すぐさま紅蓮の炎が放たれた。
大型車両すら軽く飲み込むであろう炎の流れがストレリチアへと迫り――しかしそれがその身に届くことはなかった。彼女の身を帯が包み込んでしまったからだ。
「とりあえずこんなものですか」
余裕の口調。環だ。
次の瞬間、ストレリチアが飛び出した。再び吐かれた炎に沿うように地を蹴る。
それでも炎は超高熱であった。まともにくらわずとも炎がストレリチアの身をじりじりと焦がす。が、かまわずさらに踏み込み、ストレリチアは飛び込んだ。
彼女の目に映ったのは炎。真紅の色彩めがけてストレリチアは日本刀の刃を叩き込んだ。
直後、イフリートがもまた炎をストレリチアに叩き込んだ。が、炎はすぐに止んだ。死の光がイフリートの息の根をとめたからだ。
環の手が異様な変化を遂げていた。寄生体に殲術道具を飲み込ませ、右腕を巨大な砲台に変えていたのだ。死の光はその砲台から放たれたのであった。
炎の奔流を、彗樹は横に跳んで躱した。十年のブランクを感じさない素早い動きだ。
「何かあった時の為に鍛錬を継続していて良かった」
「そうだね」
同じように躱した伊織がうなずいた。
「ここに居る敵相手に戦うのも久しぶりだね。戦線から退いても鍛錬は怠らずやってたから、腕は鈍っていないと思いたいなー」
「それにしても…イフリート、凄く久しぶりに見たような気がする。だが、これで見るのは最後だな」
ある種の感慨を込めて、彗樹はつぶやいた。
かつてイフリートを含めたダークネスは灼滅者たちの大敵であった。が、今対したイフリートに、以前感じた脅威はない。十年という歳月は彗樹を端倪すべからざる超人に育て上げていたのだった。
炎を吐いたイフリートの一瞬の隙を違わず狙い、彗樹が飛び込んだ勢いをそのままに、風来迅刃の刃を振り下ろす。ほぼ同時、伊織もまた雷天轟刃の刃を放った。
血肉を裂く確かな手応え。が、それでもやはりイフリートは強大な敵であった。
直後に彼らを襲ったのは激しい轟音と、衝撃。周囲の全てが吹き飛ばされ、炎に焼かれた彗樹と伊織が目にしたのは、炎の中で、傷つきながらも変わらず悠然と立つイフリートの姿であった。
「やはり幻獣種は幻獣種だね」
臆さず、怯まず、ただ真っ直ぐに伊織は突っ込んだ。雷天轟刃でイフリートを横殴りに斬る。
「そうでなくては」
彗樹もまた負けぬと告げるかの如く、縦一文字に風来迅刃の刃を薙ぎ下ろし、イフリートを両断した。
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外はすでに夜になっていた。深秋にしては涼しい風が吹いている。やや離れたところに露店の明かりが見えた。
「ダークネスを知らない子供がいるんですよ」
環がしみじみと言うと、玉が言葉を引き継いだ。英国も同じようなものだ、と。
「ゆっくりしたもんだ、十年前に比べればな」
露店の明かりを眺めていた彗樹が、東北もまた平穏だと告げる。
「全ては『平和』がもたらしたことなんだね」
伊織がいった。
平和。
その言葉は重い。数多の血と涙の上に成り立った、尊ぶべきものだ。
環は露店の風景を目で楽しむと、フランクフルトにかじりついた。片方の手にはソフトクリームが握られている。これも平和な世界ならではの光景だ。
誰もが望んだ平和。だからこそ今日というような日がたまらなく愛しく思えるように人は生きなければならないのだ。
そんな日を迎えるために、きっと、ずっと、自分は懸命に生き続けるだろうと和弥は思った。
まどろみにたゆたうような日常であるが、その実、なにも変わらずにいる己にストレリチアは苦笑した。美を愛し、セックスを求めて、その日々がまた心地よいと思うのだから、我ながら困ったものだと。
「よい歳月でありましたわ。いえ、これからも」
「それでも時おり、寂しく思う時もあるんだ」
彗樹は心の内を吐露した。刀を振るうことのできない喪失感と、いまだ器用になれぬもどかしさを。だからこそ無骨に鍛錬を続けているのだろう。黙したままの伊織も同じ心境であるのかもしれなかった。
が、想いはそれぞれ違えど、たった一つ確かなことがあった。平和のために戦っていた時に抱いていたものを失わない限り、きっと道を過たずゆけるだろう。
気づけば、夜も深くなりつつあった。互いの息災を祈りつつ、六人の灼滅者たちはまた帰るべき道に別れていった。
彗樹と伊織は一緒に暗い夜道をゆく。
彗樹はいった。
「もうすぐ冬だな」
「綺麗な雪景色が見られるね」
伊織はこたえた。そして、二人は優しい静寂のなかを歩んでいった。
作者:紫村雪乃 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月8日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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