千星の誕生日~再びのスターリィトレイン

    作者:朝比奈万理

     秋のあの日は物心ついた頃の――わたしの誕生日だった。
     お祝いの後、父と母と兄三人とわたしで、満天の星を見上げたことがあった。
     父が兄が指差して繋いでゆく星。天頂付近の四角形はペガスス。そこから南、あの一際輝いているのがフォーマルハウト。みなみのうおざ座の一等星。
     秋は一等星が一個。その代わり月が星を従えて昇ってくる。月のいない夜は幾千の星がたくさんおしゃべりをしてくれると、母が教えてくれた。
     わたしはふと、どこかで聞いた話を思い出す。
     人はいつか、空に昇って星になるのだと――。

     自宅マンションのベランダで、マグカップ片手に東京の地上の星を見下ろしていた千星。
     ふと上を見上げると夜空には、地上の灯りに負けなかった明るい星と惑星がポツポツと瞬いている。
     千星はそれをしばらくぼうっと眺めていたが、まだ中身が入っているマグカップを傍らに置くと、羽織っていたカーディガンからスマートフォンを取り出して。
     半ば無意識のうちにスマートフォンでメールの文章を打ち始めた。
     5分後。
     未だほわほわとマグカップから上がる湯気を夜空に見送り、千星は息をついた。
     メールをかつての仲間たちに一斉送信し、遠く、星が美しい村へと思いを馳せる。
     まだ吐く息は白くならない。あっちはもう寒いか。紅葉は進んだか、雪は未だか。
     明確な誰かと交わしたわけではない一方的な約束だけど。
     楽しみが一つ増えた。
     地上の星々と空の星に目を細めて微笑むと、暖かな部屋の中へと入っていった。

     ちょっとのタイムラグを経て。
     星空鉄道と星空散歩へのお誘いが、あなたのメールフォルダに届いただろう。


     前略、こんにちは。
     こちらは今、夜ですが、こんにちは。の方もいるだろうか。
     ご無沙汰しています。
     私事ですが、11年前の誕生日、学園の有志とStarry Trainに乗り、星空を見に行きました。
     夜の森の列車旅。
     のちの満天の星の下の星空散歩。月の端から流れた流星群。星の海。六等星の儚く強い輝き。
     夜景を眺めながらの列車旅。
     目を閉じれば、わたしの瞼の裏にはあの時の光景が浮かんできます。

     あの星空散歩をした公園に最近、足湯とスケートリンクができたそうです。
     スケートシューズは無料貸し出し。
     隣接施設ではホットドリンクも提供しています。
     また、芝の上に寝転んで星空を眺められるようにレジャーシートや寝袋、ブランケットの貸し出しサービスも始めたようで、楽しみ方が増えたと聞きました。
     もしご都合がよろしければ、またあの列車旅と星空散歩をご一緒に、初めての方は改めてこの機会にご一緒如何でしょう?
     とご連絡いたしました。

     と言いますのも、私事で恐縮ですが最近少しだけ多忙で。
     大人になればそれは仕方のない事なのかもしれませんが、この旅で息抜きというか、リフレッシュというか……。
     そんな感じでまた皆様と星を見に行きたいな、列車で旅をしたいな。なんて思ったのです。
     日時は2028年11月5日(日)、小淵沢発車時刻は18時ちょうど。
     皆様お誘いあわせの上、上記のお時間までにおいでいただければ幸いです。
     では当日、皆様とお会いできることを楽しみにしております。

     浅間・千星。


    ■リプレイ


     甲斐路の森の夜は暗く。
     星を瞬かせるのは晩秋の風。

     20代も半分過ぎ、特別な日は憂鬱な日になるかも? と、自嘲気味の紅緋に千星もつられ。
    「まあ、めでたいうちにしっかりお祝いしましょう」
     紅緋手作りの大学芋と聖也お手製クッキー。そして暖かな煎茶を囲み近況報告。
    「私は宗教界にどっぷりで。団体に教祖さんの星詠みを中心に据えているところも少なくありません」
     それが正しいかはさておいて。と続けた紅緋の表情がやや険しくなる。
    「信者さんに無体な要求をしていれば介入です」
    「あ、星空が綺麗なのです! 紅緋さん! いっぱい見にいくですよ!」
     と聖也が紅緋の腕を引っ張りながら窓の外を指差せば、木々の向こうに星々が瞬く。
    「沢山のお星様でデート気分なのです! ……あう、でもはっちゃけすぎると紅緋さんに怒られてしまうので……」
     喜んだり落ち込んだり。ころころと無邪気に表情を変える聖也に千星は笑んだ。
     聖也も照れ笑いし。
    「夜空を見上げながらこの日を満喫していくです!」
     紅緋はそんな彼の様子を暖かく見守っていた。

     あの日と同じ席に座って。
     肘の辺りまで伸び、後ろで纏められた紫月の髪を手に取って、
    「結構髪伸びましたね」
     柚羽が手を傾けると銀の髪はさらさら落ちてゆく。
    「特別切りたいって思わなかったから」
     子どもたちに引っ張られる時は……と髪を遊ばれるままにする紫月の脳裏に浮かぶのは。
    「そういえばチビ等は今頃、遊び疲れで寝ている頃か……?」
    「ええ、あの方のところで」
     柚羽も、今頃夢の中のいとし子達を想う。
    「私は昼間構ってあげられるから、拗ねられる事は余りないのですけれど」
     拗ねられる。紫月はその言葉にたじろいでしまう。
    「……それは、俺も懸念しているけれど……」
     繁忙期は家に帰れないこともある。それは仕方のない事だとはお互いわかっているけど。
     遠慮がちに紫月を見上げた柚羽。
    「構ってあげられないことが頻発したら、子ども達も拗ねちゃいますね……私もですが」
     そんないじらしい愛妻を紫月はそっと抱き寄せた。
    「時間が出来たら必ず最大限に構い倒すし。それは柚羽にも同じだ」

     今は故郷で暮らしているというオリガ。
     北極星の名を頂いた馴染みのパペットの鼻先をちょんと突き、
    「列車の旅と星空観測も勿論楽しみだったけど、やっぱり一番はチセに会いたかったの」
     と彼女に微笑んだ。
    「それと、お誕生日おめでとう!」
     サプライズにオリガが差し出したのは星を抱いたマトリョーシカ。
     わぁ、と声を上げた千星に、オリガは一番小さな人形を指先で摘まみ上げ、
    「このコは希望なのヨ。願いを込めて息を吹きかければ叶えてくれる言い伝え。アナタの願いが叶いますように……」
     千星はそれを左手でぎゅっと握りしめて彼女にそっと身を預けた。
    「最高のプレゼントだ。ありがとう、オリガ」
     オリガは目を細めると彼女をさらに抱き寄せた。

     機械アナウンスは告げる。
     間もなく野辺山です――。


     星の海、満天の星、宝石を鏤めたような空。
     君はこの空を、なんと表現するのだろう。

    「あの日と変わらず綺麗なのです……」
     霊犬に話しかけながら両手を空にかざせば星がつかめるような気がして。
     そこからふと目線を落とせば見慣れた人影。
    「千星さん、お久しぶりです!」
     彼女の手を取り、開けた空をそっと仰ぐ。
    「星の海で再会って、すごくロマンチックですよね♪」
     星の導きとはこのことだろうか。
    「再会のご縁繋がりで、ちょっとだけあたしとお話してもらえませんか?」
     話のお供はバスケットの中。あの日と同じマフィンとミルクティ。
    「お誕生日のお祝いも、風の便りで聞いたご結婚のお祝いもさせてくださいね♪」
    「ありがとう。陽桜の話も是非聞かせてくれ」

     あの時と同じ場所は11年の時を経て、彼らを迎えてくれた。
     ニコと未知の間には最愛の息子。
     三人寄り添って大判のブランケットに包まって星を眺めていたが、自分の膝にぐっとかかる体重にニコが目を細める。
    「……寝ちゃったね」
     もっと大きくなったら星空の下で親子三人、いろんな話もできるかな。
     未知が微笑むと、頷いたニコは小さな頭を撫でながら、
    「初めて星空を見に来た時の事を覚えているだろうか」
     と静かに話し始めた。
     『絶対的な一番星』になりたくてなれなくて。
     そんなニコに『誰かの一番星』もステキだと言ったのが、未知。
    「もちろん覚えているよ。あの時は既に両思いだったよな俺達」
     大和の頬を撫でながら、未知はあの頃抱いていた甘酸っぱい思いを懐かしみ。ふと横を見ると、どこか不安げなニコの横顔。
    「今の俺はどうだろう。君の伴侶として、大和の親として、良き『一番星』で在れているだろうか」
     自分の想いを途切れ途切れで吐露したニコの頭を、未知は自分の肩に乗せ。
    「……あの頃から今でもずっとニコさんは俺の『一番星』だよ」
     街の景色が変わっても星空は変わらないように――。

     流れ星に大切な人との再会を、青の花畑に世界を守りたいと願った七ノ香にとって、この地は願いの地。
    「幸ちゃん――色々あったけど、世界は平和になったよ。私は大学を卒業したら絵画の勉強をしに、欧州に留学するんだ」
     だけど隣に『弟』はもういない。
     彼はこの世界に無事を見届け、大切なあの人を探しに次の場所へと旅立った。
     そう思う七ノ香は共に行けなかった。
     それは彼女が為すべき使命がこの世界にあるから。
    「何かはわからないけど……頑張るね」
     そしてまた近くて遠い未来、この地で――。

     久しぶりに見上げた星空に、蓮花は思わずため息。
     彼女の隣で宇宙も同じように空を見上げていた。
     義姉が話していた星空列車の旅、今回は宇宙が蓮花を誘った。
    「あ、あれがカシオペア座。一番わかりやすい星座だよ」
     蓮花が天頂付近を指差して星々をなぞると、宇宙もその指の先をじっとたどり。
    「オリオン座ってまだなのか?」
    「もう少し後かな?」
     満天の空を見上げて蓮花が思い浮かべる人。それは幼い時に憧れ成人するまで側にいてくれた、星や星座が大好きな義兄。
     そして大切だった人たち……。
     彼女はいつの間にこんな、立派なレディになったのだろう。
     宇宙は星空を仰ぎながら声を掛けた。
    「お嬢の側にいた人達みたいにカッコ良くないけど……俺と付き合ってくれないかな」
     そんな彼の真面目な横顔と言葉に、蓮花は一瞬だけ目を丸くし。
    「ゆっくりでいいのなら……いいよ」
     自分を見た宇宙に微笑んだ。
     その微笑みは彼女がなぞった星々よりも美しく。
    「ゆっくり歩こう、二人で」
     アンドロメダもペルセウスも。
     空中の星々すべてが二人を祝福していた。

     希が淹れたコーヒーの肴は満天の星。
     芝の上に敷いたレジャーシートに座った巌。隣に座る希が見つけたという流れ星を見逃して。肩を竦めてコーヒーを一口含むと、冷えた体にじわりと沁み込んでいく心地よい熱。
     歳を重ねるごとに空を見上げる頻度が減るという話は、自分にとっては当て嵌まってる気はする。
     希はカップを両手で包んだまま、静かにカップの中の琥珀色に目を落とした。
    「俺ね。そろそろ自分の店出してみようかなって。プラネタリウムカフェなんか良いよね」
     上がる湯気と共に空を見上げれば、思い描く自分の見せのビジョンが広がる。
     宮大工という職業柄、年単位で地元を開けることが多い巌。
     だけど、こんな天蓋と慣れ親しんだこの味が待つ光景は、随分悪くない。
    「良いんじゃねェか」
    「まあ、こんなにすごい星空作るのは難しいかもだけど、地元に帰ってきたら、いつでも寄ってよ。最高の一杯を淹れてあげるから」
    「ちゃんと再現出来たらな」
     空を仰いだままの希の横顔を見やって叩いた軽口に笑みを含ませ、巌も空を仰いだ。
     もし、また星が流れたら、柄にもなく願ってみよう――。

     誰にも言うつもりなかったんだけど。
     自分の手をぎゅっと握ってぽつりぽつりと語り出す千星を、アンカーは黙って見つめていた見守っていた。
     自分の出生、本当の両親の死、手の傷――。
    「本当の家族を想うと、やっぱり寂しくて、ね……」
     今にも泣いてしまいそうな彼女をそっと引き寄せて、アンカーは満天の星空を仰いだ。
     星になった彼女の両親に誓う、永遠の愛。
    「千星、これからもずっと一緒だよ」
     とアンカーが彼女の身体を離して差し出したのは、9本の赤い薔薇。
    「明日はお互いにオフだし、今夜は千星の故郷の星空や夜景を眺めながら、ずっと一緒にいたいな」
     そう言うともう一度、彼女の身体を抱きしめた。

     花近と桜はレジャーシートの上に寝転んで、目の前の星を眺めたり指差して星座を繋いだり。
    「あの時、星空の写真いっぱい取りましたよね。あの写真、まだスマホの中にあるんですよ」
     と桜がスマホに画像を表示させると、画面の中のまだあどけない彼らが、大人になった彼らに笑いかける。
     かけがえのない青春時代の一枚に、二人揃って目を細めた。
     と、不意に桜の小さなくしゃみ。
    「大丈夫?」
    「はいっ。でも、ちょっと、冷えますね……」
     と身を震わせた小さな身体を、優しく抱き寄せた花近。
    「まだ寒い?」
     彼の問いに桜は小さく頭を振って、自分も彼の身体に腕を回す。
    「えへへ、あったかいです」
     ぎゅっと抱きついて彼の心音を聞きながら。
     ふんわりと香る彼女の温かさを感じながら。
     二人は同じことを想って、願ったのだろう。
    「……ねぇ、花近さん。今度は――っ」
     桜の言葉を遮ったのは、唇に当たる花近の人差し指と、真剣な表情。
    「――新しい家族とみんなで、一緒に見よう。この星空も、降る雪も、夏の光も……春の桜も。子どもたちに長野や新潟、この世界の綺麗なもの、いっぱい見せてあげようっ」

     停車している列車を駅の駐車場から眺め、徒は懐かしさに目を細めた。
    「10年前、千尋と乗ったんだよなあ……」
     結婚するまでいろいろあったけど、それも今やいい思い出。
     本当は自分も――だけど、ネイチャーカメラマンの徒は、今は八ヶ岳で撮影中。
     空き時間に仲間たちに会いに来たのだ。
     駅に戻ってくる人々の中に仲間たちを見つけ、
    「よっ」
     と声を掛ければ、驚く仲間たち。
    「あれ、徒くん!?  撮影だよね。駅まで見送りに来てくれたんだ!」
     中でも一番驚いたのは千尋。
     駆け寄り嬉しそうに笑顔を見せた彼女を、徒はぎゅっと抱きしめた。

     人はなぜ、星空を見上げるのでしょう。
     昨日に想いを馳せ、明日の幸いを祈願し、歩き出すため――。


     天上の星が神の営みなら。
     地上の星は人の営み。

    「はい、点呼~♪ 見慣れない人は……いないね~♪」
     と、皆を楽しそうに座席に誘導するミカエラ。
    「はいミカエラ先生、揃ってますよ」
     一度この列車には乗ってみたかった。と杏里は微笑みながら座席に付いた。
    「この列車にはね、思い出が詰まってて、また皆と一緒に乗りたいって、思ったの」
     と集まった仲間たちにニコニコの杏子は、この旅の幹事さん。
     明莉が皆に膝掛を手渡して列車が発車する頃には、座席のテーブルにはお菓子や飲み物が並んでいた。
     ミカエラの持参品はおからクッキー。甘酢餡が別容器なのは甘味苦手な明莉の為。
     杏子からの本場アフリカンコーヒーは香ばしい香りを漂わせ、皆で束の間のカフェタイム。
    「栗花落はここまで来るの大変だったんじゃね? アイドルだしさ」
     と、プレーンのクッキーを手に明莉は変装を解く澪にふる。
     澪はやっと一息付けたという感じで。
    「万一、道中にバレるとマズいからさぁ」
     やっとの思いで勝ち取ったオフである。
    「クリスマスライブに向けて、来週からツアーやるんだよね。その分早めの休暇貰ったんだー。ライブは全国生放送予定だよ」
     チェックしてね。とにっこりの澪に、
    「何年か前、澪のライブ行って来ましたよ、俺! あの時も盛り上がってた!」
     と、あの時の興奮を思い出す陽司は、フォトジャーナリストとして世界を飛び回っている。
    「そういえば澪くん、先日局で会いましたね」
     とカップを手に包んで尋ねた紗里亜は法学者として法整備に励む傍ら、解説者としてテレビに出ることも。
    「澪先輩のライブ、アフリカの子供達にも観せたいな」
     と杏子が呟くと、千尋が彼女に尋ねた。
    「キョンはアフリカのほうで獣医さんやってるんだよね。サバンナの夜空ってどんな感じ? 星座は綺麗に見れるのかな」
    「アフリカの星はね、零れ落ちそうだよ。でも、ここの星空には、負けちゃうなぁ。だって、皆がいないもの」
     皆が一緒の星空――紗里亜は静かに相槌を打った。
    「俺は変わらず、かな」
     勇弥がコーヒーを一口含むと、
    「俺も10年前と変わらんよ」
     と脇差も。
     彼の任務は、今も続く学園による残存ダークネスの監視活動。
    「灼滅ではなく隣人として、共に生きる為に奔走する毎日だ」
    「あたしは、前のブレイズゲート騒動で記録したことを絵に描き始めたよ」
     と、闘いの記録を絵にしている輝乃は、よかったら。と皆に絵葉書を手渡す。
    「……近況とは言っても、まあモデル業は雑誌とか広告で見ていただいて……」
     話し始めた杏里に、
    「ああ、あの! 本、拝見しました。個人的には興味深かったなあ」
     と興奮気味の陽司。
    「私も初版を押さえてあります♪」
     紗里亜もにっこり報告すれば、
    「おや、買ってくれたんですか?」
     アレ、家族には叱られましてね。と苦笑いの杏里。
    「杏里は本を出版しているの? 今度、良ければ挿絵描くよ」
    「有難い。日米仏版とありますけどやっぱり日本語版がいいかな」
     輝乃の申し出に杏里が乗れば、新しい企画始動の予感。
     勇弥はもう一口コーヒーを含みながら、幸せのお裾分けにほっこり。
     過去を大事に受け止めて未来を見ている仲間たちが、紗里亜は誇らしかった。

     山梨の方で古書探しをしていた紗夜は、シングル席で久々の余暇を過ごしていた。
    「外つ國で見た星空は美しかったが、この国で見る星空もまた美しい」
     驚きの表情の千星ににんまり笑んで、
    「古書探しは日本だけではなく外つ國にも赴いているから、その時にも見たのさ」
     どう違うか、という表現は言語化が難しいが、見る地域によって星空の表情が違うとかそんな感じ。
    「人間真に心に響くものを見ると、感想が抽象的になってしまうものだ」
     人の生きる様も、星の瞬きも、自己を燃やし輝くこと。
    「それは果敢ないが、同時に美しいのだよ」

    「そいや、秋の星座ってエチオピア王家の神話が多いんだって」
     明莉が口にした国名に、一番に反応したのは杏里。
    「当時のエチオピアは夏だったけど、決戦前夜の星はとても綺麗で。皆の祈りを叶えてくれそうだった」
     懐かしむ明莉に勇弥も頷き。
    「連戦と移動で大変だったけど、確かに星空に癒された」
    「あの時は、事実と想いの両方を言葉として伝える事の難しさを改めて感じてたな」
     脇差も小さく息をつくと、黙っていた杏里が口を開く。
    「ああ、あれは――そうだな」
     車窓の星空を指差し、
    「まるで星々みたいでしたよ、皆の声が」
     『つながり』ってヤツの意味をあの日……うん、僕ら『Henri』が理解した。
    「これ大事なことですけど、皆のお陰ですからね」
     微笑む杏里に、皆も笑顔――。

    「気が付いたら随分遠くまで来てしまったんですね」
    「ほんまに、あっちゅう間にえらいとこまできてしもたな」
     想希は星の海に目を細め、はしゃいでいた悟も歩んできた距離に思わず息をついた。
    「あの頃は遠い星の光に手を伸ばすような……そんな夢でしたが」
     窓ガラスまで伸ばした手をぐっと握り締めた想希は、拳の向こうの星を慈しむように微笑む。
    「今の俺の手には悟だけじゃなくて、新しい光がある」
    「せやで。その拳で、掴み取ったんや」
     悟も同じように手を伸ばし想希の拳をそっと包み込むと、自分の額にくっつけた。
    「ようがんばった、強ぅなったな、想希」
     最愛の人の賛辞に、静かに頷いて。
    「子供達がもう少し大きくなったら、今度は家族皆で」
     君と見たこの光を子供達とも見たいから。
     微笑む想希に、悟もにかっと頷いて。
    「見事な景色やさかい、おすそ分けしたろやないか! わけわけしても減らへんもん――」
     と、はしゃぐ声を遮ったのは腹の虫の啼き声。
     想希は小さく笑むと小脇に置いた包みをふたつ、テーブルに出した。
     今夜は一晩だけ、何度目かの新婚旅行。
     それはいつもと変わらない夜。
     だけど、とても好い夜。

     街の灯りが徐々に増す。
    「佐久、か」
     小さく呟いた明莉。
     この地は彼と彼らにとって思い出深い土地。
     巨大タタリガミと七不思議と戦い、人の祈りの歌を聴いた場所。
    「あの頃は、星に多くの想いを祈るように願ったけど、今、星に願うなら……何だろね?」
     やっぱ世界平和? とお道化る明莉。
    「昔の僕は世界よ変われと願ったようですが、素直に生きられるといいですね」
     誰もが。と杏里は続けると。
    「楽しかった思い出も辛い経験も沢山あるけど、それらの全てがあたしを支えてくれてる」
     と千尋は目を細めると、杏子も小さく頷いた。
     あの頃はきらきらの星空のようで。
     沢山の星の輝きが重なった今は『奇跡』。
    「願い、ね。――俺の大切な人達の、大切なものをこれからも守れるように、だな」
     あの頃を懐かしく思えるのは、一緒させてくれた皆のお蔭。
     それは足搔いた先に手にした、勇弥の星。
    「あたしは、皆と楽しく過ごせますように」
     昔と変わらない。と輝乃が目を細めれば、脇差も。
     仲間と過ごすこの温かな時間を、この先もずっと忘れぬ様に――。
     星に願うなんて柄じゃないし、口にするのも恥ずかしいが。
    「……僕は、変わらずかな。全ての人が一つでも希望を見つけて、最期には『幸せだった』って笑えるような。そんな未来が来ればいい」
     その為に澪はアイドルになったのだ。
     陽司も口に出すのは恥ずかしいタイプ。そもそも執筆する記事には込めている。
     世の中がもっと良くなるように。と。
    「……俺の記事がもっと読まれますように!」
     俗っぽい願いは、一同を大いに和ませた。

    「すっかり平和になったけど……」
     千星を話し相手に、凜はぽつりぽつり。
    「救いたくても救えなかった人達、戦いの中倒れ散った命も、あの星空の中にいるのかな」
     天国や来世の有無や、幽霊でも夢でもいいから逢いたいというのは、遺された者たちの勝手で都合のいい妄想。
    「それでもわたしは忘れずにいたいの。いなくなってしまった人達のことも……」
     願うような凜に、頷く千星。
    「その心が星のように輝き続ける限り、堕ちた命は生き続けるのだと思うよ」
     命は二度死ぬ。
     堕ちた時と、誰からも思い出されなくなった時――。

     お代わりは紗里亜持参のブランデー入り紅茶。
     温まった体に電車の揺れが眠気を誘う。
     星の一生に比べれば、人の一生なんてあっという間。
     それでも――。
     脇差は輝乃の暖かな手にそっと触れる。
     あの時は、手を伸ばす事さえ出来なかったけど、『一番星』は確かに今この手の中に。
     輝乃は彼に寄り添って、一つ確信を持った。
     あの時、不思議に感じていた脇差への想いの正体。
     惹かれていた。彼の強い輝きに――。
     手を握り返し、彼にもっと体を預ければ、自分を包み込む安心感。
     ミカエラは皆の声を聞き笑顔を見、にっこり。
    「この10年間の前の6年は、大変だったけど、辛くはなかったなって」
     あのときは、このまま闇に溶けちゃうのかなと思ったけど。
     今は、溶けるよりも焼け残って、星屑になりたい。
     この世界に居たっていう、標しに。
    「あたいはここで育ったし、いつでも帰ってこれるんだなあって……」
     寄り添う柔い声に、明莉も彼女にだけ聞こえる声で。
    「俺は、まぁ……」
     終着駅のその先まで一緒に太陽に照らされ共に星屑になりたい。
    「なんてね……て、聞いてる奥さま?」

     凍てつき眠りにつく間際の街を、地上の流れ星はゆく。
     間もなく小諸、終点です――。

    作者:朝比奈万理 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月14日
    難度:簡単
    参加:31人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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