クラブ同窓会~遣らずの雨

    ●The property of rain is to wet
     秋風が頬を撫でて渡る。
     つるべ落としに宵の裾を落とす空を見上げていた暴雨・サズヤ(逢魔時・d03349)は、ふとかすかに薫る甘やかな匂いに気付いた。
     目を閉じれば、カップに満たされた暖かいお茶と添えられたお菓子がまぶたの裏に浮かぶ。
     それはなんでもない、けれど大切なぬくもり。
     灼滅者として、或いはそれよりも幼い頃から戦いに身を投じてきた。戦いを終えた今、彼は国内外の居場所を失くした子供達を支援する仕事で忙しくしている。
     武蔵坂学園での日々は決して無味無臭ではなかった。彼の心にひとさじ落ちた大切なものは、いつか彩りを与えていた。
     そして、彼のそばで彼の手を取る存在も。
     あの頃彼と親しんだ友人たちとは、まったく連絡を取り合っていないわけではないが、それでもやはり、顔を合わせて話すのとは違う。
     それに。
    「(……すごく、話したい)」
     なんのことをと訊かれなくても答えてしまう。最愛の妻と最愛の我が子のことを。いやもう誰からも訊かれなくても話したい。
     ずっと以前の彼であれば、そんなにも強く思うことはなかっただろう。それもまた、彼の変化のひとつだった。
     馴染みのカフェに皆を招こう。そうしよう。料理上手な人は、自作のお菓子も持ち込んでくれるはず。
     星空をテーマにしたカフェは優しく穏やかで、きっと皆気に入ってくれるだろう。
     甘いものを食べながら、懐かしい友達と直に顔を合わせて近況報告。
     10年の時間は、彼らにどんな変化を与えているだろうか。或いは、何も変わらないかもしれない。
     さあ、誰を誘おう。選ぶのも楽しみだ。いや、いっそもう選ぶこともやめてしまおう。
     難しく考える必要はない。たったひとこと、呼びかければいいのだ。
     そうして『いつも』のように、ゆるゆるとしてふわふわした、それでいてぼけっとした時間を過ごそう。
     そう考え目を開いた彼の鼻先に、ぽつりとひとつ。雨粒が落ちた。


    ■リプレイ

    ●はじまりは、あまく
     柔らかな光の下、暖かな談笑が咲く。
     安堵と満足で息をこぼすサズヤに、こさえてきた紅葉の形の一口羊羹を手土産に紋次郎が声をかけた。
    「ちっと見ぃひん間に、また一段とエエ顔つきにならはったな」
     お久しゅう、お招き感謝。と軽く挨拶を。
     数年音沙汰無く消息不明だったと思えぬ程に変わらぬ調子で、顔合わせが久しいことを忘れてしまいそうだ。
     日焼けした褐色の長躯の彼は、あの頃から大人然としていたから余計に。
     変わらないのは夜音もだ。
     10年経ってもさっぱり変わらない身長、身なり。違いは髪が伸びたくらい。
     裾を揺らすようにゆるり髪を踊らせ、ほてほて歩み寄る。
    「サズヤくん、お招きありがとさんなの!」
     ほわと微笑む夜音に、サズヤも変わらぬ動作で頷いた。
    「学園のみんなに会えて嬉しいな。元気だった?」
     手土産にプリンを持参して挨拶する彼女へゲーンズボロと呼びかけると、くすっと笑う。
     今は姓が御手洗になったのだとの訂正に、それを知っている者からもそうでない者からも拍手があがった。
     昭子は菊の花を模った和三盆を会費に持ち寄って。
    「幾久しく、佳き日々を言祝ぎましょう」
     挨拶した拍子にちりと鈴の音をさせる彼女に、ふわと声をあげる。
    「わ、わ……! あきこちゃん、お久しぶりさんだねえ」
     一切変わらない身長のまま夜音はぴょんぴょん。
     自分より小さかったあきこちゃんが同じ目線なことに嬉しいような複雑なような。
    「お互いこれ以上伸びないのかな……」
     もう大人だけれど、あとちょっとは伸びるかな。それとも、すごーく伸びた未来がどこかにあったかも。
     視線を落とす夜音に微笑み、それからふいと視線をあげた先、純也を見た。
     駅前で買った鯛焼きの包みを手に、世話になる、と頭を下げる。
     案件で世話になった他はそう縁の無い身で、場の面々には初見も多い。
    「だが人を祝うに遠慮はいらない、俺が学園で確信を深めた一つだ」
     10年前と変わらず真面目で思慮深い彼を、しかし遠ざける者はいない。
     彼が繋ぎ紡いだ縁がそこにはあるのだから。
     サズヤが受け取った会費をアイナーに渡すと、アイナーくんのお菓子も楽しみ。と昭子は彼へも声をかける。おやつは別腹ですとも。
     それでは期待にお応えしましょう。店主が用意したお菓子に、持ち寄られたお菓子も並べて。
     甘い物を所望されていると聞いて家の店で張り切って作成してきたカナキが用意したのは、店主が用意したお菓子にも匹敵する量だ。
     エクレア、カヌレ、ヌガー、シュークリーム……フランス菓子を諸々持ち込み。
    「ちゃーんと店で出してるやつっすからね。奥サン娘サンたちにもどーぞ」
     勿論他参加者用にも小包装のお土産を用意。チラシ同梱はご愛嬌。
     そちらは? と訊かれた漣香は、オレの使命はガヤ兼ツッコミ。と。
    「だってサッさんの友達大体ゆるふわじゃん。惚気とか絶対ニコニコ聞いてるじゃん」
     言われてぐるりと集まった面々をあらためる。現時点ですでにニコニコしているメンバーばっかりだ。
     けれど、いつも見ていた顔でもある。
     見知った顔がこれだけ集うとは、機会を作ってよかった。
     噛み締め、知らずサズヤはかすかに笑む。
     さあ、同窓会の始まりだ。

    ●つかのま、あますぎて
     おぉ……と並ぶお菓子類にサズヤは溜息をつく。流石、フライハイトの店。
     皆の持ち込みも遠慮なく、もぐもぐ。
     ひとくち、ふたくちがひとつ、ふたつになり、甘い物好きは、皆が与えてくれた影響なのを思い出す。
     他のみんなも思い思いにお菓子に手を伸ばし、感想を口にしたり。
     店長さん、お勧めは? 訊かれてアイナーが答えた。
     今日のお勧めはブルーマロウのハーブティーに、鮮やかなオレンジとチョコの一口タルト。
     ブルーマロウの水色は、透きとおるグランディディエライトから深いタンザナイト。レモンを加えればローズクォーツ。
     彼らの過ごしてきた日々のように色を変える。
     希望があれば取るよとひとりが言えば、自分で取るよと応えたり、ちょっぴりお言葉に甘えたり。
    「ケーキワンホール食べたーい」
     言いながら、並ぶお菓子を遠慮なくもぐる漣香。
     メイド姿のビハはこき使っていーよ。さらっと言う彼の後ろで踊る泰流。
     アイナーの手伝いをしていた紋次郎はしかしそんな姉弟の都合を受け流し。
    「ん? 踊りの上手いお嬢さんも何ぞ飲むか」
     ゆっくりしとっても構わんぞと席を整える。
     そう言えば音信不通で消息不明だったねと問われ、簡潔に答えた。
    「向こうに呼び戻された直後に携帯壊してな」
     しかして、とてもとても立派な大型長毛種の猫の姿が目撃されているとか。それも、ふわふわでもふもふで貫禄のある。
     とはいえ誰か深く追求することもなく。
     さて。
    「サズヤくんののろけを聞き隊です」
     昭子の言葉に、のろけ。ともぐり反芻するサズヤ。と。
    「聞き隊なのです」
     もう一度言う昭子。に、私も聞きたい! とシェリーも頷いた。
     だってね。
    「取り敢えず今日はサズヤを始めとしたリア充達の惚気を楽しみに!」
     声高に今日の目的を宣言する。
     もちろん彼女もリア充だけども。
     おめでとう。純也は短く口にする。
    「今も重ね続ける時の一片の話に祝福を。己と他者の価値を知り己が望みを救いあげる皆に称揚を」
     どこか祈りに似た礼賛。
     どうかあなたにも。
    「考えたらそこそこ既婚者居るよね? しかも全員幸せ家族計画では……?」
     まぁサッさんのあの家建築したのオレだけど、と続ける漣香にサズヤがぺっこり頭を下げる。
    「空が見える超でかい天窓とか木のぬくもりとか大変だった……」
     溜息をつくけれど、どこか達成感も含んでいて。
     でもそれだけお客さんの注文に応えてくれるってことだよね。言われてもちろんと頷いた。
    「あっお仕事待ってます、全力でやるんで」
     ここぞとばかりに名刺を出してみんなに配る。
     華奢な手で受け取り眺め、そ、と納めると、昭子はゆるりサズヤを見た。
    「なれそめや、そこから過ごされた学生時代と10年も気になりますが」
     いちばん聞きたいのは、いまのこと。
    「シェリーちゃんのお祝いもしたいですし、純也くんや夜音ちゃんや紋次郎くんの近況も伺いたいですし」
     皆様のおはなしをたくさん聞きたいのです。
     ほわと微笑む昭子に、純也が首肯した。
     卒業後の各位の歩みや想いの一部を伺えそうな点も逃せない。
     惚気の密度は如何に。
    「さあサズ、君の幸せを存分に振舞って」
     アイナーからも促され、サズヤはゆっくりと噛み締めながら、何から話そうかと思案する。
     そう、家族の話。いそいそと携帯電話を取り出して、まだ少し慣れない手つきで操作して、妻と娘二人が笑う写メを見せる。
    「なんと、4歳の娘が……三輪車に乗り始めた」
     決してふざけているわけでもなく、心から、本気で、真面目に、力強く、真顔での報告に、その場がざわ……とした。
    「俺より早く自転車に乗れるかもしれない」
    「それは……すごいね」
     ごく一般的な同意に、それだけじゃないとまた操作して。
    「2歳の娘は……絵を描く色使いがすごい」
     画面に表示された写真は、なるほど確かに……これは……。
    「俺は、才能があるのではと……どう思う?」
     未来ある幼子たちへの可能性を信じる真剣な表情に、友人たちはこちらも真剣に悩み、
    「いやこの一連の発言完全に親馬鹿だぞ、今こそ皆でケーキつっこむとこだよ」
     ホールまるごとのケーキが乗った大皿を手に漣香のツッコミが入った。

     いつもの調子で給仕をしつつ、アイナーは皆の幸せ話に目を細める。
     ほつりほつりと、しかし彼にしてはひどく饒舌にのろけ話を続けるサズヤ。
     何処か遠慮がちだった彼が、こうして自分の幸せを語ってくれるのは嬉しい事。
     妻と営むこのカフェに集ってもらえたのもまた、嬉しく。
     それは紋次郎も同じで、自身のことは軽く済ませた後はサズヤや皆の話に耳を傾け、皆の成長振りと幸せいっぱいな様子に何よりだと上機嫌。
     ちょいちょいアイナーの手伝いしつつ、リクエストも是非にとの言葉を思い出せば、
    「マスター、黒毛玉を」
     アイナーへ注文するとすげなく、
    「却下」
     残念。
    「次、何飲む」
     紋次郎が空いたカップを示し、この店は開業当時から珈琲も紅茶も……何でも絶品だとススメ、迷うならばと思いつく限りの注文が返った。
     ついでにちょこちょことアイナーの子供たちのことも合間に挟み、うちの子供に本当に甘くてと当の父親は呆れ笑い。
     シェリーもお茶をいただきながら、充実した日々の話や幸せな家庭の話には、自然と頬も緩んじゃう。
     そして絶妙なタイミングで、純也が話への祝辞の代わりに鯛焼きを積み上げる。
     そんな彼らの和に混じって、夜音はお菓子を頂きつつ惚気トークを嬉しく聞く姿勢。
     幸せさんだねぇ……なんてほわほわしていると、そちらはどうなんだと話を振られ、うーんと唸る。
    「僕はとくに結婚とかしてないさんなの」
     ほわり答える彼女にそれ以上深く追求しようとする友人はいない。
     けれど好きな人がいるか聞かれれば、居るよぉ、とやんわり笑った。
     そっと押さえたそこに想いを秘めて。
    「ね、サズヤくん」
     しあわせですか?
     昭子の問いにサズヤの答えは明瞭で、だからこそ、問いも。
     しあわせなら、なにより。
     もちろん詳細もうかがいましょう。ええ、のろけを聞き隊ですから。
     からっぽだった彼が少しずつ集めて、こうして誰かに分け与えられるほどたくさん集まった、『しあわせ』を。

     そうそう。シェリーがぱちりと手を合わせ、持ってきた荷物から取り出した。
    「サズヤ、今日はお招き有難う。アイナーもお店貸してくれて有難うね。これ、わたしがデザインした商品」
     お礼にどうぞと女児用の余所行きワンピや髪飾り、ぬいぐるみ等を2人へ。
     プレゼントの服に感心し、サズヤは礼を述べる。きっと娘たちが気に入ると確信して。
    「アイナーの所は男の子もいたよね」
     そちらにはベビー服と黒猫のセーフティーリュックも追加して。
     我が社の子供服ブランド、Geminiをどうぞご贔屓に。いたずらっぽく笑う。
     シェリーの手掛ける服飾に目を輝かせ不在の妻に即座に写真を送り、アイナーも礼を言い贈り物を汚さないようにと丁寧に納めてから、
    「うん、二人目が生まれたばかり。男の子は女の子とはまた違って日々楽しいね」
     なんて、場に甘さを追加して。
     サズヤのところはどう? 訊かれてサズヤは明らかに気落ちした様子を見せた。
    「二人ともかわいいのだが、上の子に、どっちの方がすきか訊かれて、困った」
     ……選べる訳がない。
     究極の問題を突きつけられた彼の落胆も仕方がない。そして、これから何度も彼に突きつけられる試練だ。
     そしてそのたびに、彼は『選べる訳がない』という答えを選び続けるだろう。
    「あ、うちの子達が着てる写真もあるの」
     サズヤの時よりも心持ち嬉しそうにいそいそと、彼女の子供たちの写真を出して見せる。
    「8歳の男の子と6歳の女の子で、2人のお子さん達より少し大きいけど。良ければ見て見て!」
     どれどれ? みんなで写真を覗き込む。ついでにアイナーも自分の子供たちの写真を見せて。
     かわいいねえ。うん、うちの子もかわいいけど。こんな写真もあるよ? 見せてー!
     もうなんていうか、うちの子かわいい自慢大会になっている。
    「惚気を惚気で返す人が居てうおお強い! でも案の定ツッコミ居ませんね!?」
     ツッコミが追い付かないどころかツッコミを入れるタイミングすら見いだせない漣香の茶菓子追加の声に、アイナーがワンホール躊躇いなく出してねぎらう。
    「(ツッコミという)労働には甘い物が欠かせないだろ?」
     いやもうそれどころじゃないけども。
     吼える漣香のとなりでは、カナキがほくほくとした顔で。
    「それにしても子供の話聞くと良いなーって思うっすわ。幸せそーでなにより」
     これも見て見てと見せられれば、是非と写真見て可愛い可愛い頷く。頬も緩みそう。いや緩んでる。
     ねえ、と振られて漣香は複雑な表情を浮かべた。
     なんかまぁ、皆幸せそうで何よりっつうか。
    「オレもなー……現実の彼女ほしいなー……」
     ツッコミ入れつつも、幸せそうな顔を見ると羨ましくもあり。
    「漣香クン荒れてんなー」
     と苦笑しつつ、なーだよなーと漣香から同意を投げ掛けられればカナキはきょとんとし。
    「や、オレは未婚っすけど結婚前提の彼女は居るんで……」
    「なん……だと……」
     さっきの台詞はこのフラグか。
     彼女いない歴=年齢の漣香が浮かべた表情は、表現のしようがなかった。直後にあげた悲鳴も。
     なんだなんだと視線が集まるなか、カナキが裏切りの嘆きをお菓子で塞いだ。食え食え。

    ●また、ふたたび
     一息ついて、もう少し落ち着いた話を。
     幾人かはすでに紹介しているけれども、お互いの近況を語り合い。
     純也が一般高校の教員をしていると告げた。
     比較的表情口調は柔く笑いもするが多少の域で、スーツでは更に圧いと近年自覚したため勤め先ではジャージを装備、いや着ている。
    「……あの純也くんが」
     現役当時成績が死んでいた現文を。ジャージ姿で。
     ……なるほど?
     おかしいかと訊かれれば、むしろ想像できるとぶんぶん頷く。
    「夜音ちゃんは……」
     話を振られ、こちらはやはりやんわりと微笑むだけで、あきこちゃんは? と話を振りなおす。
     昭子は所在不明になりがちな作家で、ときどき灼滅者としても活動しているのだと答えた。
     皆の近況も耳に入れ、サズヤは手元のカップの温もりに触れる。
     穏やかに過ごす者、華々しく活躍する者。此処に居ない者のことも。
     それは決して遠い世界のことではなく、彼のすぐそばにあり、或いは、彼もまたそこに属している。
     賑やかしい空気は、10年前と変わらなくて。
    「……ふふ」
     ほろと昭子の笑みがこぼれた。
    「たのしいです、ね」
     同意を求めるでなく転がる鈴の音に、かすかリボンが揺れた。
     暫くすれば雨の音。
     とても優しい、星が降る前触れ。
     名残惜しげに降る雨へサズヤが目を向けていると。
     純也が、まあ口にすると平たくなるがと口を開く。
    「今日の機会に感謝する。来られて良かった。全員、あしたもまた元気で」
     特別でも何でもない、気取らず飾らない、けれど、とても大切な言葉。
     ええ、あなたにも。みんなにも。
     あしたもまた元気で。

     いつか雨はやんで、夜の帳が開けば朝が来る。
     それぞれの道は違うけれど、きっとまた、会おう。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月28日
    難度:簡単
    参加:9人
    結果:成功!
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