●全てが蒼く染まるこの場所で
あれから季節は巡り、また春が訪れた。ネモフィラの丘は今年も満開の季節を迎える。
再会の約束をしたその日は絶好の晴天に恵まれ、澄んだ空気の中で咲き誇るネモフィラの花を、暖かい春の風が静かに揺らしていた。天と地の境を見失う程の蒼に包まれた丘の上には、あの懐かしいフレンチカントリーの家が見えている。
「豊さん!」
丘の上から手を振る室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)の姿を見つけ、香乃果に招かれた鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)も手を振り返した。
「少し早く着きすぎてしまったか……何作ってんだ? 俺も手伝おうか」
「いえ、そんな、お客様に申し訳ないです……豊さんは座っていて下さって大丈夫ですよ」
「お客様って関係でもないだろ。心配すんな、手本通りに仕上げる事と手早く片付ける事に関してだけは自信がある……つか、気の利いた手土産が思い浮かばなかったんでこれ位させてくれ」
豊さんらしいです、と香乃果は昔を懐かしんで微笑む。
茶会のために準備したのだろうか。甘いお菓子の香りをかぐと、あの頃の記憶が鮮やかに蘇ってくる。賑やかな学園祭、一緒に眺めた海、闇堕ちの報せと皆で連れ戻した日……楽しい事も、悲しい事も、すべてを分かちあいながら共に駆け抜けた六年間。既に集まって準備をしている面々にも、これから到着する仲間たちにとっても、すべてがかけがえのない思い出ばかりだ。
「ここには俺も何度か邪魔したが、昔のままで心が落ち着くな。ん。あれ、まだ飾ってあったのか……」
部屋に飾られた小さな海のスノードームは、かつて学園祭企画で鷹神が作って置いていったものだ。その他にも幾つか部員たちの作品が飾られている。並べられると自分の無粋さが際立って見え、何だか恥ずかしいなと鷹神は笑う。
「香乃果が運動を頑張っていたから、俺も挑んでみはしたものの……毎年悲惨な結果だったよな……」
「ふふ、ボトルアートの材料ならまだありますよ。久しぶりに作ってみるのも楽しそうです」
香乃果はそう言って、棚から硝子のコルク瓶と装飾用の小物やラメを取りだす。当時の香乃果が心をこめて選んだのであろう、小さく愛らしいお菓子や動物や花たちは、大切に扱われていたらしく今でも色褪せぬままだ。
――この子たちもきっと、こうして昔のように皆が揃って笑い合える日を待っていたんですね。
鷹神が何か返そうと口を開きかけた時、何やら外から騒がしい声がし始めた。
「この声、あいつらだな……迎えに出るか」
「はい。今日はいつまでも思い出に残る、楽しい同窓会にしましょうね」
外に出ると、丘の下でイヴ・エルフィンストーン(大学生魔法使い・dn0012)と哀川・龍(降り龍・dn0196)が、一面の蒼を背景に写真を撮ってはしゃいでいるのが見えた。鷹神の呆れ顔に気づいた二人は、満面の笑みで丘の上まで駆けのぼってくる。
ネモフィラの花が笑うように揺れている。
空も陸も可憐な蒼に包まれた思い出の丘で、また昔のように笑いあおう。
時が流れ、何もかもが変わっても、ここはあの時のままの懐かしい風景が広がる。
きっと皆の笑顔も、あの頃と同じように。
●温かな食卓
――あれからもう、そんなに経つのか。
かつて室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)と篠村・希沙(暁降・d03465)という名だった女性達が台所に立つ背を見て、鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は過ぎた月日の長さを知った。今は母となった彼女達の足下には、両親の面影を映す子供達が寄り添っている。
【Little Eden】――それは豊にとっても永遠に忘れることのない場所。
この優しい蒼を拠り所としてきた者たちがいま、再びこの丘に帰ってきていた。
「わぁわぁ、みんな久しぶり! 空港で律くんと会ってね、一緒に来たよ。お邪魔します!」
ガーデンデザイナーの職に就いた結月・仁奈(華彩フィエリテ・d00171)と、考古学者見習兼冒険家として活動している無道・律(タナトスの鋏・d01795)が扉を開け、家の中に入ってくる。英国土産の茶葉を掲げて穏やかに微笑む律を見て、私もその紅茶お気に入りなんです、とイヴ・エルフィンストーン(大学生魔法使い・dn0012)が手を叩いた。
「無道さん、冒険で得たお金で研究と環境保護をして下さってるんですよね。有難うございます!」
「ふふ、そう言って貰えると嬉しいな。そういえば蜂君も歴史の研究をしていると聞いたよ。分野は異なるけれど今度講演にお邪魔してみたいな」
蜂家当主となり、ダークネスによる分割統治時代と、その前後の隠された歴史の研究をしている蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)はぜひ来て下さいと律を誘う。
「時々会うけど皆が集まるのは中々ない機会だから嬉しいな」
小さなレストランを経営している桜川・るりか(虹追い・d02990)は手際よくテーブルを整えている。歓談が盛り上がる中、豊ができあがった軽食を運んできた。
「大したものではないが召し上がってくれ」
卵やハムを使った一口サンド、ベーコンとクルトン入りのシーザーサラダ、定番のナポリタン、海老とアボカドのベーグルサンド、サーモンとクリームチーズのクロワッサンサンド。写真を撮っていた朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)が意外な出来栄えに目を丸くする。
「これ鷹神さんが作ったの?」
「やばい美味しそです……先輩凄い」
「いや……希沙君や香乃果のと並ぶとやはりあれだ。心配りが違うというか」
豊は肩をすくめた。希沙の作ったタルトの上には綺麗に飾り切りされた苺の薔薇が咲き、香乃果の用意した菓子は春色で統一されている。花畑のようなお菓子に目を丸くする子供達の姿を、律はポラロイドカメラで撮影した。
ふっくらと炊き上がった白米の傍には、京都の漬物や紀州梅を始めとした哀川・龍(降り龍・dn0196)お勧めの全国のご飯のお供が並ぶ。真咲・りね(花簪・d14861)――今は彼女も結婚している――においしい紅茶の淹れ方を教えてほしいと乞われたイヴは、持参した硝子の丸ポットをりねにプレゼントした。曰く、おいしい紅茶はまずこだわりの道具を選ぶことから。
「少し気が早いですが、お祝いです。私のお気に入りのポット、良かったら旦那様と一緒に使ってくださいね。紅茶の淹れ方にはゴールデンルールというものがあって……」
ふむふむ、と真剣に聞くりねの横で、希沙がデカフェの紅茶葉を用意する。懐妊中のりねを気遣った母親ならではの気配りに、りねも有難うございますと微笑んだ。
子供が産まれたら、二人のカフェを出そう。二人で素敵なティーカップを買いに行って、それから――理想の未来図に胸をときめかせて、りねはいとおしげにお腹を撫でる。
「蜂くんは何から召し上がる?」
「美味しそうな物が目白押しですが、まずは紅茶を。希沙さんも淹れていただけますか? 僕でも味の違いが分かるか挑戦です」
「はい、承りました!」
三人が淹れた紅茶を一杯ずつ口にし、敬厳は悩む。未来を占う意味でもここは外せない所だ。
「……分かりました! これがイヴさんの紅茶ですね?」
「わあ、正解です!」
何やら嬉しそうな二人を微笑ましげに眺めつつ、紅茶の薫り高さを楽しんだ希沙はご飯を一口。希沙にとっても思い出深い、新潟のお米の甘みが口に広がる。
「ツヤもお味も最高! ご相伴に与れ光栄です」
「いえー。南魚沼産と妙高産はまたちょっと一味違うだろ」
「うん、全然違う……気がする! お米作りって奥が深いんだね。かのこもご飯おいしい?」
熱々のご飯をはふはふと食べるかのこを見て、穂純は気に入ったんだねと頷く。
「哀川さん、今度取材に行ってもいい? ホロスコーププリンセスさんのイヴさんにも星占いの連載してほしいな!」
「ホロスコーププリンセス・イヴ……! 穂純さん、そのキャッチコピーいただきです!」
「豊さん、このサンド美味しいです! 僕も穂純さんに研究著書の装丁をお願いしたいですね。ところで親戚が蔵元なんですが、龍さんは酒米を作る予定はありませんか?」
「え、まじ。新潟の男の夢だよな、おれの酒的なやつ作んの……敬厳くんちとコラボ面白そう」
「やりましょう! そういえばるりかさんのお店には講演帰りにお邪魔させてもらいましたね。ハーブを取り入れたお料理、美味しかったです」
「わーい。ね、鷹神さんもイヴさんも龍さんもボクのお店遊びに来てね。アロマハンドトリートメントも無料でつけちゃうよ」
「とってもリラックスできそう! 素敵なお店ですね。私にも何かお手伝いできませんか?」
「月イチでイヴさんに占ってもらって、お店でペーパー配るなんてどうかな」
「やります!」
「そうしたらお花はわたしにやらせて!」
ハーブ、アロマ、占い、結月さんのプロデュースのお花――女の子の好きなものいっぱい詰め込めるよね、とるりかは夢を膨らませつつ、料理を口に運ぶ。
皆大人になったんだなぁと仁奈は改めて感じ、笑みを深くする。食事をしつつの商談が盛り上がる中、日本の科学捜査に関する機関の物理研究室で働く関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)はサンドを食べ比べながらたそがれていた。いつもの事だが何か世界観が違う。
「豊がこんな旨い物を……凄いな。俺は未だに全く料理しないと言うのに……」
「パン切って具挟んだだけだぞ……さすがに峻にもできるだろ」
今は峻の妻となった香乃果が、やけに目をきらきらさせながらサラダやナポリタンを食べているのを見れば少々複雑な気持ちにもなる。そういえば前から豊の手料理が食べたいとよく言ってたな……等と峻が回想している一方で、香乃果も『豊さん、この人は出来ないかもしれないの』と思っていたかもしれない。
「香乃果ちゃんのケーキ、もしかして新作レシピ?」
抹茶と桜のサンセバスチャンケーキを切り分けた仁奈が、可愛らしい春色チェックの断面を見て写真を撮る。香乃果が育児の傍らWebで公開している創作お菓子レシピは好評を博しており、蜂家の女性陣にも大人気らしい。書籍化されたレシピ集にサインを求められ、香乃果は照れ笑いを浮かべた。
「りねちゃんと希沙ちゃんの旦那さんにはお土産もあるの」
「何かいただいて帰ろうと思ってたんです。嬉しい」
りねの手にした包みからふんわり香る桜の匂いが、豊と峻の記憶を刺激する。あの春の日は一面黄色だったけれど、今日は――桜のフィナンシェを味わいながら、二人は窓の外を眺める。
すると、苺タルトを食べながらナポリタンをごそっと奪っていくるりかが丁度目に入った。
「おいしいなあ。全部制覇しちゃおう」
実に生き生きしている。月日が経ってもあの食欲は相変わらずだなと、豊と峻は苦い思い出を重ね合って笑う。
「ふふ、るりかちゃん輝いてる。食べ過ぎても今日は許されるよね!」
「やっぱり桜川さんが美味しく料理を食べる顔は絵になるな」
律の撮った写真を覗いて希沙も笑う。結局皆、そんなるりかが可愛いらしい。そんなこんなで、ご馳走の多くはるりかの胃袋に収まることになったのだった。
●蒼と遊ぶ
そして食後。
「豊、ボトルアートを作るぞ」
「今日こそ観念しろよ峻」
学生時代、何故か恒例行事となっていた二人の泥沼アートバトルが久々に開催される運びとなり、香乃果はハラハラしながら見守る。冴え渡る峻の直感が選んだものは――。
「まず珈琲で追払う睡眠不足を表現」
――コーヒーミル!
「更に様々な重圧の中で常に進み続ける意志を」
――羅針盤!
「……最後は俺は何故これを……」
――モルフォ蝶!
「どうだ、社会の荒波に揉まれ成長した今の俺の作は……」
人生の大海原を思わせる青いラメの底に完全沈没した羅針盤。これじゃコーヒーも淹れられんと肩身が狭そうに漂流するコーヒーミルの傍らで、迷子のモルフォ蝶だけが辛うじて海上に脱出していた。ちなみにラメは入れすぎただけである。
「相変わらずだろ」
「すごいですね。澄ました顔で『相変わらずだろ』って……!」
敬厳と仁奈が峻のセンスに震えあがる一方、豊は自信満々で己の作品を叩きつけた。
「ふ、勝った……刮目して見ろ。十年の時を経て『カワイイ』を完璧に理解した俺の大作を!」
「まずは女子が大好きな」
――ショートケーキ!
「カワイイといえばやはり鳥」
――青い鳥!
「そしてカワイイの枠に留まらぬ壮大な世界観!」
――地球!
「女子という小宇宙は社会の荒波よりも広大なんだぜ……」
女心の宇宙を表現したらしい黒いラメの中に何となく浮かぶ、地球。暗黒に染まったケーキをついばむ孤独な青い鳥は果たして幸せなのか――そんな事を哲学させられるカワイイのブラックホールであった。
「どうだお前ら。さあ香乃果、勝敗を判定しろ!」
「……引き分け、だと思います」
「何だと!?」
二人は本当に似ている。この騒ぎにも動じずお昼寝中の1歳長男を見ながら、香乃果は困ったように笑った。
「龍さん……なんだか僕、豊さんが結婚できない理由がわかってしまった気がします……!」
「敬厳くん、シッ!」
「うるせえ。俺は結婚できないんじゃなくてしねーんだよ!」
「寂しいなら俺が幾らでも遊ぶぞ、豊」
「何で上からだよ……そういや峻。空木の斬新カジノの跡地、今普通のカジノバーになって繁盛してるらしいぜ。今度見回りも兼ねて付き合えよ」
「ああ、あそこやけに小粋な内装だったからな……奴の妙なこだわりが報われたか」
香乃果も来るだろ、と当然のように誘われても、男の世界にご一緒していいのかしらとつい戸惑ってしまった。なお、この二人は全くそういう仲ではない。
残念な三十路男達の傍らでせっせとお店に飾る品を製作していたりねを見て、仁奈はボトルアートかくあるべしと思いほっとする。
「りねちゃんの世界は可愛いね」
桜貝、ピンクのハート、浮き輪をつけたパンダを入れたボトルアートは綺麗な出来栄えで、褒められたりねも嬉しそうだ。皆が楽しそうで、何だかいいものが作れそうな気がする。仁奈もりねの隣に座った。
「あ、こら、やんちゃしないよー」
2歳になる双子の長女と次女が散らかしたラメを手際よく片付けた希沙は、妹達の好きそうな物をコルク瓶に詰めている4歳長男を見て上手にできたねえ、と褒める。幼稚園で働く希沙は慣れたもので、香乃果の娘にも一応目を配っていたが、3歳にして母親似のしっかり者らしい。先程も、律が教えてくれたあやとりをお眠の弟に披露していた。
いつも一緒に遊んでくれるるりかには、香乃果の娘もすっかりなついているようだった。希沙の子供たちともすぐ打ち解けたようで、今は皆で仲良くボトルに入れるパーツを選んでいる。
「見て、ひもじい顔のアライグマだ。関島さんにそっくりだよね」
「るりか、今でも俺がそう見えるのか……」
「こっちのひまわりは希沙さんみたいだよ。お父さんはどれがいいかなあ。ん、これ?」
むしろ、子供と同じ目線ではしゃいでいるるりかちゃんから目が離せないかも――そんな時間も幸せで、和やかに微笑みあう香乃果と希沙。そして二人の視線の先に居る愛すべき宝物達を、律と穂純はカメラの中に収める。律の写真に写った二人はとても優しい顔をしていて、皆が笑顔で嬉しいねと穂純も顔をほころばせた。
「仁奈ちゃん、次一緒に撮って下さい!」
「いいよー!」
かと思えば、仲良く寄り添ってピースサインを向ける希沙と仁奈の眩しい笑顔はまるで学生時代に帰ったようで。一枚一枚に宿る温かいものを感じながら、律はファインダーを重ねていく。懐かしく、新しい、この楽しい一時が愛おしい。
「よし、準備終わったぞ。外に出るか」
皆が遊んでいる間、カスタムしたドローンの点検をしていた峻と豊が拳を突き合わせる。真っ先に駆けていく双子とるりかを追って、皆でネモフィラの丘へ飛び出した。
峻の手から離れたドローンが青空へ飛び立っていく。豊が掲げたタブレットの画面の中には、ドローンがリアルタイムで上空から撮影した映像が送られてきている。
一面に広がるネモフィラの花畑。その鮮明な蒼の美しさに、皆がわあっと歓声を上げる。
「ええ、超ハイスペックなんですが……峻先輩、博士って呼んでええですか」
「希沙、褒めるの上手いな。皆自由に操縦してくれ」
「関島さんすごい! 結月さん、一緒に操縦しよう!」
これで娘からの評価も少しは上がるだろうか、等と思いつつ、息子を抱き上げた峻ははしゃぐ穂純と仁奈を満足そうに眺めた。元気に花畑を駆ける双子とるりかの姿を、二人の操縦するドローンが追いかけていく。希沙の息子と香乃果の娘は空撮映像に興味津々のようだ。
「あ、関島さん号だ! おーい」
ドローンに気づいたるりか達が、空に向かって手を振っている。ぽかんとしながら画面に手を振り返す子供達を眺め、りねはまたそっとお腹に触れる。旦那さんや子供と、またここに来てみたいな――。
「穂純ちゃん、今度何か子供用によい絵本があったら教えてね」
「うん、良い絵本探しておくね」
「お家にも遊びに来てね。子供が生まれたらぜひ会って欲しいの」
「……うん。りねちゃんの子供と遊ぶの、楽しみ」
「これからもずっと仲良しだよ、穂純ちゃん」
「うん……うん、ありがとう……りねちゃん……」
感極まって涙ぐんでしまった穂純を、りねは結婚式の時のようにぎゅーっと抱きしめる。
――龍さんと一緒に遊びに来てね。式にも絶対行くよ、なんてこっそり耳打ちして。
「えっ!? ち、違うよ……哀川さんとは全然そんな関係じゃないよ。ずっと兄と妹みたいな感じだったし……」
穂純の本当の気持ちを何となくわかっているりねは、彼女の幸せな未来を思い描いてふふ、と微笑んだ。行ってらっしゃい、と背を押された穂純はできるだけ意識しないようにしつつ、花畑を見る彼の背に話しかける。
「哀川さん、嘘花見の時みたいにシャボン玉飛ばそう!」
持ってきてるよ――昔みたいに話しかけられると思ったけど、なんだか緊張してしまった。芽生えつつある感情を自覚しながら、穂純は昔と変わらぬ、けれど少し深みを増した龍の優しい笑顔を見つめる。
「うわ、懐かしいな。やろやろ!」
虹色の泡、ドローンに届くかな? 大空にも届け――二人の吹くシャボン玉が、青い空に高く舞い上がる。すっかり大人の女性になった横顔に変わらぬ無邪気さを映す穂純を盗み見て、龍もかわいいなぁ、と感じていた。
この期に及んでまだ幸福な未来を信じきれずにいる、とは言えない。でも、そんな闇の中を共にするなら――彼女のようにいつでも明るく照らしてくれる人がいい。自分から巻き込む勇気はとても無いのだけれど。
「イヴさん、蜂君、そこに並んでくれないかな? とても絵になるから」
ほら、もっと寄って、と促す律の計らいにも、敬厳は未だ少々遠慮気味だ。昔からロマンチックな恋愛結婚を夢見ていたわりに、何故かまだ独身を貫いているらしいイヴの穏やかな笑みを見ながら、あれは絶対脈ありなのになあと龍と豊は苦笑する。
「ねえ蜂さん、後で少し二人で歩きませんか? エスコートお願いします」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします!」
生真面目で少し初心で、だけど頼もしいそんな彼だから、イヴも素敵だと思ったのだろう。
別に恋愛目線で好きと思ったことはないが。やはり俺達はずっと昔から、彼女の彦星ではなかったらしい。
――そんな二組がめでたく結ばれることとなるのは、ここから半年ほど先の話。
「律さん、撮影代わりますから、ほら入って!」
「蜂さんもはい、チーズ!」
「ああっ! 恥ずかしい所を撮られてしまいました……やりますね穂純さん!」
照れ隠しにポラロイドカメラを奪いとる敬厳の姿を、穂純が不意打ちで激写して笑う。
それじゃあお言葉に甘えようかなと頷いた律を、戻ってきたるりかと子供達が取り囲んだ。賑わう笑顔の輪は律を中心に広がって、最後は空中から全員での集合写真を一枚。
「いくらフィルムがあっても足りないね」
そして律は、今日撮影した写真たちをガーデンテーブルの上に広げた。
「わあ……!」
イヴの淹れる紅茶を緊張気味に待つ敬厳の微笑ましい表情。お菓子を焼く香乃果を追いかけ、目を輝かせる子供達。料理を作る豊の見事な手際を切り取った一瞬や、紀州梅を乗せたご飯を嬉しそうに頬張る穂純と龍とかのこ、ご馳走の山を前に満面の笑顔を浮かべた幸せなるりか。
りねを気遣う希沙、ふたりの母の優しさを湛えた慈しむまなざし。ピンセットを手に真剣な顔でモルフォ蝶を掴む峻、ネモフィラの花を愛でる仁奈の大人びた綺麗な横顔――そして、敬愛している素敵な仲間達に囲まれて、蒼い花畑の中央で笑っている律。
「ふふ、笑顔の花が沢山咲いてますねえ」
その一枚一枚に、律が皆を見る目の優しさや温かさが滲んでいて、希沙は本当にここが好きなんやなぁと思わず顔が綻ぶ。
いつも一歩引いて皆を見守っている彼だから、皆が一番輝いている瞬間をよく知っている。律の皆を想う気持ちにふれた香乃果は何だか胸が一杯になります、と頷いて、晴れた空を見上げた。
「香乃果ちゃん、素敵な機会を有難う」
「うん、今日はほんとに来て良かった!」
大切な友人へ、希沙と仁奈は心から礼を言う。
ドローンに、かつて豊や峻と共に見送った鳥を重ね見た。この蒼い丘の小さな家がいつまでも、皆の心が帰る所でありますように――香乃果はそう願う。
「イヴさん、十年前の魔法は素敵な未来に届きましたよ」
「あの日のイヴにも見せてあげたい素敵な景色。皆で作った未来、ずっと明日に繋げて行きましょうね」
もっと未来にも、皆と一緒に行きたいと思う。この丘での想い出も、石の輝きのように色褪せないで――祈りをこめ、香乃果は皆にプレゼントの小箱を贈る。穂純はさっそく開けてみた。中身はネモフィラを象った、綺麗な青水晶のストラップ。
「室本さん有難う! 大事にするね」
すっかり子供たちと仲良しのるりかはまた遊ぼうね、今度はりねちゃんの子もね、と指切りを交わす。この絆が永く永く続きますように――敬厳もそう祈った。
先輩達に比べて僕の背負えるものはまだ少ないけれど。でも今日を忘れなければ、どんな困難にも挑めるだろう。青から青へ――希望と羽搏くあのドローンはきっと、明日の律の姿でもあるのだ。皆の笑顔に元気と勇気を貰い、律はまた蒼い空の向こうへ旅立っていく。
茫と蒼い景色を眺めていた峻と豊は、春風にそよぐ薄藤色の髪を見て、はたと気づく。
「……ああそうか。あの無意識の蝶は……」
「言われてみれば俺も何となく入れてたな、幸せの青い鳥」
蒼のほとり、儚げに佇む彼女の後ろ姿に重ね見るものを、きっと選び取っていたのだと。
ネモフィラが可憐に揺れている。
昔は一人で見ていた、見渡す限りの蒼い世界。
今は大好きな人達と、ちょっぴり憧れていた人と。それから……何だか色々心配だけれど、とても頼もしくて大切な夫と、一緒に見ている。
――そんな今がとても、幸せ。
作者:日暮ひかり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月22日
難度:簡単
参加:9人
結果:成功!
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