クラブ同窓会~水明に微睡む

    作者:四季乃


     取り壊しが決まった。
     原因は老朽化の為と聞き、丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)は詰めていた息を吐いた。無理もないと、思ったのだ。
     いつかは朽ちるものだ。人も、建物も、際限なく溢れるものにもいずれ終わりが来る。だからと言って、この胸の内に刻まれた思い出までもが消えるかと言えば、そうではない。いっそ朽ちてしまえば、その彩りが美しく鮮やかに残るのではないか。
     思い出補正とは良く言ったものだ。蓮二は微苦笑を零した。
    「いい機会かもしれないな」
     思い出の場所が消えてしまう。だから最後にもう一度だけ此処で会って話がしたい。
     君に聞いてほしいことが、あるんだ。


    ■リプレイ

    ●Eunt anni more fluentis aquae
     とろりとした夕陽が世界を黄昏に染め上げる。
     夜が始まる東の空では既に宵闇の気配が揺蕩っており、ちょうど昼と夜の境目である空は紺色と桃色が交じり合って、溶け合うさまが酷く美しい。夕星が瞬く下を吹き抜けていく風は少し冷たくて、白いフレアスカートから覗く華奢な脚を悪戯に撫でていく。雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)は氷瞳を僅かに細めると、ちいさく呼気を洩らしたのち、そのドアノブに手を掛けた。
     もう随分と訪れていなかった思い出の場所の入り口は、抵抗なく開かれた。逸る気持ちを抑えて、身を滑り込ませるように内へと入る。
    「いらっしゃい」
     懐かしい声を耳にした瞬間、彼と過ごしたあの日々が一気に蘇ってくるような胸の高鳴りを覚えた。鵺白は後ろ手に扉を閉めると、逆光で良く見えなかった丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)の姿を見止めて、柔和な眦を下げて微笑んだ。
    「久しぶりね」
     十年後。
     久々に会う彼は、スーツが似合う男性になっていた。

    ●Venit hora et nunc est
    「君はますます美人になったね」
     蓮二がそう言うと、鵺白はくすぐったそうに笑っている。雪を想わせる白銀の糸は変わらず美しく保たれていて、白皙はダンピールであることを除いても彼女の実年齢を感じさせないほどハリがある。それだけで、彼女がこれまでの十年をどのように過ごしてきたかが窺えて、緊張していた蓮二の表情も柔らかなものになっていく。
    「ヒールが無い分、十年前より小さく見えるかしら?」
     そんな風にちらと見上げてくる姿も当時のまま。ああ、そうかもしれないね。なんて、煮え切らない言葉に彼女が怒ることはない。
     蓮二だって、相変わらずな姿だと鵺白は思っているのだ。ビシっとしたスーツは嫌味がなくて、彼の個性を引き立たせている。
    「とてもカッコイイわね」
     眩しそうに双眸を細めて微笑う仕草の一つすら、今はひどく眦に沁みた。

    「一緒にケーキ作ったの、覚えてる?」
    「お誕生日のお祝いよね。もちろん覚えてるわ」
     あなたの手の甲をつねったこともね、と右手の人差し指と親指でつねる仕草をしてみせた鵺白がくすくす笑う。あの日ケーキに使った果物は――そう、当時旬であった桃だったはず。ヘラと絞りを駆使してクリームを塗ったときは、彼女たちが拍手をしてくれたものだ。
    「驟雨を一緒に過ごした放課後もあったね。可愛いこと言ってくれたよなぁ」
     忘れてもいない傘を忘れたと言って、会う口実を作ってくれた。会いたいと、思ってくれた。悪戯っぽく笑った鵺白の表情がひどく眩しくて――ああ、そういえばこのときは蓮二が彼女の頬をつねったのだったなと、そんなことまで思い出して、なんだか胸の内が温かくなる。
    「猫カフェに行ったこともあったね」
    「あの子たち、元気にしてるかしら」
    「してるさ、きっと。そういえば、北海道に行ったことは?」
    「もちろん覚えてる。湖の青が綺麗で……そういえばわたし、口説かれたわね?」
     どんな青が好きって尋ねたのに、君が好き、なんて。
     そんな一瞬も愛しい記憶だ。
     思い出は外だけではない。”ここ”にも語り尽くせないくらいたくさんの思い出がある。
     君と作ったお菓子。戯れたソファ。何もせず眺めた魚たち。思い出が濁流みたいに押し寄せて、全部話していたらキリがない。蓮二はもどかしそうに両手を動かしているのだけれど、そんな様子を見ているだけでも鵺白は楽しそう。
     耳を澄ませると、十年前に過ごした自分たちの囁き声が聞こえてくるようだった。
     ――それなのに。
    「ここ、取り壊されるって本当なの?」
     自然と声が密やかなものになっていた。
     聞きたいような、聞きたくないような気持ちがせめぎ合う。だってここには、思い出がたくさんありすぎる。例えかつての日々を覚えていたとしても、胸に刻まれていたとしても、その空間が無くなってしまうというのは寂しくて悲しいものだ。空気を膚で感じられなくなるのは、想像以上に辛い。
     鵺白の長い睫毛がか細く震えていることに気付いた蓮二は、ゆるりと一つ、頷いた。「うん、本当だよ」って。けれど彼の表情は、不思議なほど明るいものだった。
     窓から差し込む夕陽を眩く照り返す蜜柑色の髪を揺らして、鵺白から一歩引いた蓮二は両腕を広げてみせる。
    「実はここに、家を建てるんだ」
    「……え?」
     鵺白はぽかんとした。
     一瞬、蓮二が何を言ったのか分からなかった。いや、分かったのだけれど、突然のことであったので、理解が追い付かなかったのだ。
     家を、建てる。
    「君が……? 家を?!」
    「俺が。すごいだろ?」
     ビックリしすぎて思わず咄嗟に蓮二の頬をつねってしまったのだけれど「俺のホッペが痛いから夢じゃないよ」って彼が笑う。
    「本当の、本当に?」
    「本当の、本当に」
     一音一音、大事に口にしながら頷く。
     交えた視線は確かなもので、そこに悪戯や嘘偽りの色は孕んでいない。
     真実を打ち明けた彼の言葉が、隅々まで染み渡っていくのを覚え、鵺白は氷が解けたみたいに呆気に取られた表情をゆるめていった。
    「ふふ、ごめんなさい」
     そろりと手を離した鵺白は、ああそれでも胸がどきどきするのを止められなかった。
     思い出の場所に家を建てるだなんて。十年前ならきっと思いもしなかった。きっと理想で終わっていたことだろう。いや、理想を胸に秘めていたからこそ、その夢へと彼がひたむきな努力を重ねていたのだとしたら?
     盗み見た蓮二の顔はいつまで経っても変わらぬ、彼の性格の明るさが浮かんでいる。目じりの笑い皺が彼の十年という長い日々を物語っていて、すっかり大人の男性になったんだなと、ようやく実感した。

    「陽当たりが良くて風呂が広ければいいよね」
    「二人で一緒に入れるような?」
    「もちろん! それに、やっぱりキッチンも広い方がいいなぁ」
    「良いわね、それ。並んで一緒に料理を作れるのって、とっても助かるもの」
     身振り手振りでこれくらいの大きさで、とか、このくらいの広さは欲しいよね、とか。わくわくした面持ちが年甲斐もなく表れている。二人であちこち歩き回りながら、この角度だと夜明けが見えるとか、こちらの方角だと夕陽が覗けるだとか、なんだか夢が膨らんで次から次へとアイデアが浮かぶ。
    「わたしはお庭が広いと嬉しいわね。それに、ブランコも欲しいわ。小さな木のブランコ!」
    「小さいブランコなら一個じゃ足りないよな……二個……いや、四個は欲……」
    「欲張って五個はどう?」
    「五!?」
     五! と手のひらを広げてにっこり笑う鵺白の笑みに、蓮二が目を丸くする。小さなブランコが五個。お庭にそれだけのブランコを備えているご家庭は果たして幾つあるのだろうか? そう考えると何だかおかしくなってきた。
    「それから犬を飼って、犬小屋はここに置くってのはどう?」
    「うん、犬を飼うならいっそ犬部屋も作ろうか」
     そう言いかけて、ふと蓮二は黙り込んだ。
     ここまで二人の会話はかみ合っているように思えた。実際、ブランコの数に驚きはしたものの、それでもいいかと思えたし、彼女が欲しいと言うのであれば何だって作ってあげたくなる。でも鵺白はそれを”蓮二からの贈り物”として受け取ってくれる気持ちがあるのだろうか。ここにはいない、誰かを想って夢を語っているのだとしたら?
     両手の指先を重ね合わせて微笑む鵺白の薬指に、リングはない。
    「……君はもう、誰かの隣に行っちゃったんだろうか」
     それは思った以上に情けのない声だった。
     まるで迷子になった幼子のような途方に暮れた弱腰な言葉に、それまで楽しそうにあちらこちらを見渡してまだ見ぬ完成図を思い描いていた鵺白が振り返る。まるくした瞳が、ぱちりと瞬きして――。
    「え、ここは君とわたしの家じゃないの?」
     ――そう、言った。
     君と、わたしの家。
     水が砂に染み込むように、渇いた心に鵺白の言葉が溶けていく。
     反芻するように呟いた蓮二が、落としていた視線を持ち上げると、彼女はまるですべて心の内を見透かしたように笑っていた。
    「ここに呼んでその話って事は、そう言う事でしょ?」
     小首を傾げるとやわらかに波打つ髪が頬に掛かる。蓮二はそれを耳に掛けてやりながら、双眸を眇めた。
    「……待っているのだけど?」
     左手の薬指を見せつけるように突き出した鵺白は、今日一番の笑みを浮かべてみせたのだ。胸の奥底から熱いものが噴き出してくる。頬も、耳朶も指先すらも熱くて熱くてたまらない。
     泣きたいくらいの喜びが込み上げてきた蓮二は、見せびらかされたその細い薬指に、指で作った輪っかを通して、やわく掴む。
    「お待たせ」
     声が震えたのは許して欲しい。
     これまで抑えてきた感情が、想いが、喜びが一気にせり上がってくる。たまらなくなった蓮二は、鵺白を抱き上げるとまるで踊るようにくるくる回った。夕陽の輝きに満ちた一室に、二人の笑い声がいつまでも響いている。
    「10年待ったんだから。隣に居なかった分の話を、もっと沢山聞かせて欲しいわ!」
     彼の頸に両手を絡めて笑うと、蓮二は破顔した。
    「これからの時間を全部使って、沢山話そうな」
     もちろんよ。
     蓮二の肩口に額を寄せた鵺白が、ぎゅうっと抱き締める。これから共に歩む未来を待ち遠しく想いながら、これまで歩んできた学生時代を懐かしく思いながら。
     これから織りなす日々が幸せであることを、二人は確信している。
     きっと、きっと。

     だって隣には君が居る。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月22日
    難度:簡単
    参加:2人
    結果:成功!
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