●あの部室で
武蔵坂学園の片隅。川沿いに面したプレハブ小屋は、かつての部室。クラブ『Triangle sibling』の活動場所である。活動場所と言っても、主に出入りしているのは3人の兄妹だけ。その兄妹の溜り場、思い出の場所の主は今でも健在だ。
クラブの部長から武蔵坂学園のOBとなった泉・星流(魔術師に星界の狂気を贈ろう・d03734)は、今ではその元部室を所有、管理しつつ入り浸っている。室内からは何か作業をする物音が響いていたが、星流はふと手を止め、来客をもてなす準備をするように室内の片付けに取り掛かり始めた。
兄妹それぞれの目標に向かって、それぞれの道を歩み出した泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827)と枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)。星流はその妹2人に同窓会の便りを送っていた。
ブレイズゲート消失事件を経て日本に戻ってきている妹たちは、『部室に使っていたプレハブ小屋に来てくれ』という同窓会らしくないシンプルな文面を受け取る。星流は変わらない場所と共に、2人の来訪を待ち受けていた。
●時は流れ、2028年――
武蔵坂学園の職員として働く灼滅者たちもいる中で、別の形で学園にとどまる者もいた。その人物を訪ねて、かつての『Triangle sibling』の部室を訪れる2人の姿があった。
元部室のプレハブ小屋は、今では部長であった泉・星流(魔術師に星界の狂気を贈ろう・d03734)が所有し、私室と化しているらしい。
各々の活動に励んでいた泉・火華流(自意識過剰高機動超爆裂美少女・d03827)と枸橘・水織(あくまでも優等生な魔法使い・d18615)だったが、星流からの呼び出しに応じ、武蔵坂学園へとやって来た。
全人類のエスパー化からおよそ10年の間に、アメリカ、ロシア、中国、EUなど、世界秩序の維持を担う各国は、他国への新たな抑止力となる存在として、灼滅者を軍の中枢に据える流れとなった。その世界情勢の中で、火華流は戦闘技術の指導教官を経て、ロシアの軍事顧問に就任している。
水織は主に貧困層の生活向上のための支援を行う民間団体に所属し、目標としていた『誰かを救える魔法使い』として支援活動に励んでいる。
一方星流はと言えば――火華流と水織はその現状を確かめるためにも、プレハブ小屋のドアをノックした。
ノックに応じる聞き慣れた声。そして、ドアの向こうにはやはり、2人がよく知る人物がいた。
特段の変化があるかと言われれば、さほどないようにも見える。中で待っていたのは2人が慣れ親しんだ姿――変わらず中性的な印象を与える星流の姿があった。
「お久し振りです、星流さん」
そう声を掛ける水織。縁のある場所にお馴染みのメンバーが久々に顔をそろえるが、星流はどこか張り詰めた空気をかもし出して挨拶を交わした。
「元気そうだね、2人共」
飲み物やお茶請けが用意されたテーブルは、学生の頃から使用していたままのもので、水織と火華流は星流から座るよう促された。
用意された席に座る間にも、火華流は懐かしさを覚える部室内全体を眺める。ダークネス全盛の頃まで修練のために使用されていた用具は片隅に追いやられ、書籍類を収納するキャビネットの数が増えていることに気づく。その中に隙間なく整然と並べられ、ラベリングされた多くのファイルを見れば、何かの資料が収集されていることがわかる。
「わざわざ呼び出して、同窓会って訳でもないよね?」
火華流は座るなり、性急に呼び出した目的を尋ねた。
●星流の研究
星流はまず、
「アブソーバーの暴走を抑えるために、皆で闇堕ちしてエナジーを消費するために戦ったことがあっただろう?」
各々意図的に闇堕ちを発生させることになった出来事について触れた。
「僕が闇堕ちしたときのこと――ヘンゼルの杖を覚えているか?」
かつて闇堕ちした星流――『ヘンゼル』と呼称する闇人格の姿と共闘していた火華流には覚えがあった。
「ダークネスはサイキックエナジーを消費して活動する……そのダークネスの領域に踏み込んでみて、いろいろと考えたんだ」
星流が何を言おうとしているのか、まだ明確に判断し切れない2人は沈黙をもって続きを促す。
「闇堕ちしたときの記憶、感覚を頼りに、僕はある研究のために時間を費やしてきた――」
そう言って、星流はあるものを取り出し、それを披露するためテーブルの上に置いた。殲術道具らしい一丁の銃であることは明白だが、星流の言う研究とどのような繋がりがあるのか、銃を注視する2人は星流に説明を求めた。
星流は更に詳しく研究内容について話し始める。
「今は灼滅者という存在そのものが各国に対する抑止力という形で働いているけど、もし仮に灼滅者よりも単純に扱えて、エスパーでも相手を殺傷できる武器を製造することができたら……?」
テーブルの上の銃と星流が言わんとしていることを早合点した火華流の表情には緊張が走り、勢いよく立ち上がった瞬間に声を荒げた。
「この⾺⿅兄っ!! なんてもの造ってるのよっ!!」
星流は火華流に向けて両手の平を掲げて見せ、「最後まで聞いてくれよ」と落ち着いて話を聞くよう言い聞かせる。
険悪な雰囲気になりかけている星流と火華流の間でいたたまれない気持ちになりながらも、水織は星流に尋ねた。
「武器を製造できたらって……それはどういう意味ですか? 星流さん」
「先に言っておくけど――」
星流は火華流の顔色を窺いながら、言葉を選ぶように続けた。
「この銃は研究を続ける過程でできたものだけど……エスパーには扱えないよ。この武器の性能を充分に引き出してくれる人に渡そうと思っていたんだ」
星流はそう言って水織の方に視線を向けた。
星流を睨むようにしていた火華流だったが、「紛らわしいのよ!」と一言言い捨てて腰を下ろした。
誤解がとけたことで、ひそかに胸をなで下ろした星流は話を続ける。
●研究の目的
「武器を製造できるかどうかの研究は、最終目的の過程の1つに過ぎない」
2人は真剣な面持ちで、研究の真意について順を追って語る星流を見つめる。
「そんな武器を製造することが可能だとしたら、もし誰かが造り出してしまったら……それに対抗し得る力、無力化できる手段を編み出すにはどうすればいいだろう? その対抗手段を突き詰めることが研究の目的なんだ」
最強の盾を造るには、まず矛についての理解を深めるべきである。そう考えたうえでの星流の研究の目的に納得し、火華流は研究の成果について質問した。
「それで結局、武器を製造する方法はあるの? ないの?」
星流は渋い表情を覗かせながら質問に答えた。
「現段階では見つかっていない、僕個人で得られる成果はここまでかもしれない」
火華流はあからさまにため息をついて、星流の研究に対し難色を示す。
「もし製造が可能になったとしたら、大騒ぎになるわよ……」
今すぐに研究をやめろと非難されるのは承知の上で、星流は自身の研究の意義について続ける。
「僕が研究を続けなくても、何か方法を見つける者は現れるかもしれない……その懸念は捨て切れない。そうなったら、どう対抗する? どこまで最悪の状況を防げるか――」
水織は星流の言葉を遮り、その研究の危うさについて指摘した。
「星流さんのことをよく知る私たちなら、星流さんは研究を悪用するつもりはないと信頼できますが……他の皆さんはどうでしょう?」
言葉に詰まる星流に対し、水織は星流を説き伏せようとする。
「残念ですが、平和を乱す危険な研究と判断されることは避けられないと思います」
水織の意見に賛同する火華流も、研究をやめるよう星流を促した。
星流はどこか不貞腐れた表情で頬杖を突くと、
「国の支援でもあれば、もっと研究を進められたのかもしれないけどな……」
星流の一言を聞いた火華流は呆れた様子で言った。
「ちょっと兄貴! 秘匿しなきゃいけない研究だから、大人しく日本に引きこもってたんじゃないの!?」
もしも、星流の研究の話をロシアの軍部の人間が耳にすれば――火華流の脳裏にはお偉方が目の色を変える様子がまざまざと浮かび上がった。火華流は改めて、星流に対し熱心に言い聞かせる。
「ここ最近でも、違法な人造灼滅者の研究を頻繁に取り締まってるとか聞いたわよ……万が一、拘束されるようなことになったらどうするのよ?」
「もちろん、公にするべきじゃないと考えていたよ」
星流はもっともな意見として火華流の言葉を受け入れつつ、自身の考えを述べた。
「ただ……何かしらの援助を頼れば、もっといい成果を得られたのかもしれないと考えると、歯痒くてね。日に日に芳しい研究結果を得られなくなったことと、歳月をかけて消失したブレイズゲートには、因果関係があったのかもしれないし」
そう言ってキャビネットの中身を、今まで収集してきた研究データを眺める星流。
「……ていうか、私たちだけでどうにかなる問題じゃないでしょ」
火華流はそうつぶやくと、再び大きなため息をついた。
●託されるもの
「――いずれにせよ、この研究データは2人にも託すことにする」
星流の一言を聞いた火華流がぱっと視線を上げると、テーブルの上に2枚のメモリカードが差し出された。
「いつか必要になる時が来て、僕に何かあっても、キミたちの手元にあれば安心だ」
「必要にならないことを願ってるけど、ね……」
火華流はやれやれと言いたげな表情を露骨に現して言った。
「いつか世界に新たな脅威が生まれたとき、僕の研究データとこの武器を役立ててほしいんだ」
特に水織に向けて要請を繰り返す星流。水織は星流の求めに応じるように静かに頷き返すと、
「いつか……その話をするんじゃないかと思ってました」
『私』と言いかけた水織は昔の水織らしい口調で続ける。
「みおも……当時に私の中の悪魔の知識と技術を知って……星流さんに相談して――」
水織は過去にダークネスの力に関して、星流と議論を交したことを思い返す。
闇の力を得たときのように、それ以上に強くなりたい。多くの人を守り、救える強さを――。水織はその一心で、星流から託された魔導書と共に、己の技術を磨き続けてきた。
「試験段階のもので微力かもしれないけど、みおちゃんなら対抗できる能力を引き出せるはず」
テーブルの上の銃に手を添えて言葉を継ぐ星流と同様に、水織も銃に手を添えて言った。
「今のみおがあるのは、星流さんが導いてくれたからです……だから、みおは星流さんの事を信じます」
水織が決意を固める中で、火華流は用意されたジュースを一気に飲み干して言った。
「その研究データをどこかの国なんかに売り飛ばさない限りは、味方でいてあげるわよ」
脅しにも類する火華流の一言に苦笑を浮かべつつ、星流はロシアでの火華流の近況を尋ねた。
「充実してるというか、やることはまだまだ山積みね……」
火華流は国からは独立した独自の部隊を率いるため、選抜した10代の隊員たちに自身が培った戦闘技術を生かせるよう、指導を行う日々が続いていると、2人に語った。
次に話を振られた水織は、昨今の奴隷労働問題について話題を広げる。
「いくら体の傷が癒えても、心の傷は簡単に癒えないものです……権利を保障された生活を取り戻した上で、精神的なケアを受けられる環境も整えるべきだと思うんです」
支援活動に従事してきた水織も、課題が山積みなことを切々と語る。
灼滅者とエスパー化した人類が歩み出した記録は、世界全体の長い歴史から見れば、まだ幕開けとなったばかりである。多くの灼滅者が世界を最良の方向へ導こうと、持ち得る力を尽くしている。ダークネスによる支配を退けた灼滅者たちであれば、例え未来に待ち受ける脅威があったとしても、立ち向かう姿は人々の希望となるだろう。
星流たちの部室は束の間の賑やかさを取り戻し、議論が尽きない3人の間に流れる時間は、あっという間に過ぎていった。
作者:夏雨 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2018年11月22日
難度:簡単
参加:3人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|