クラブ同窓会~少年少女は物語を語り合いたい

    ●10年越しのアンコールを
     武蔵坂学園、MM出張所の部室棟。
     その棟の奥にある部屋の戸が、かちゃり、と音を立てて開かれた。
     使い古された黒板と、雑多に並べられた机と椅子と。
     隅に置かれた本棚には、中綴じされた様々な冊子がずらりと揃えられていた。
     それらは右から左へいくにつれて、表紙の色は褪せてしまっている。

     ――けれどこうして、大切に、大切に、保管されていた。

     それらを見つめるのは、部長たる一恋・知恵(語り部・d25080)だ 。
     本棚に並ぶ台本を一つ一つ、手に取って確認しては、表紙のタイトルや頁を捲り目を細める。
    「『アリスの冒険箱』から……『ターミナル太郎』まで。うん、全部揃ってる! それにあとは――」
     そうして振り返った先にあるのは、大きな大きな衣装箪笥。それも複数だ。
     大人数の仲間たちで毎年作り上げた、MM出張所の舞台劇。
     もちろん、衣装や小道具を持ち帰った者も居る筈だが、この箪笥の中にある衣装たちは舞台を終えた後には静かに眠り続けていたのだ。
     いつしか眠りから目覚め、スポットライトを浴びるその日を、密かに夢見て。
    「よかった、衣装も劣化してないみたいっ。それとー……思い出話に花咲かせたいし、データとカメラの準備も……」
     と、室内の機材を集め始める知恵。舞台の思い出を振り返る為に録画映像は必須だ。
     それらのデータを探してる最中――、
     ふと、知恵は振り返った。本来ならば部外者は立ち入ることのない、立ち入る筈のない場所。
     人の気配に気づけたのは、彼女にとって此処が掛け替えのない“居場所”だからに他ならない。
    「ああ、ミスクーズィ……驚かせてしまってごめんなさい。久しぶりに校舎に立ち入って、物音が聞こえたものだったから」
     知恵の視線の先――部室の戸の前に佇む彼女は、そう深々と頭を下げる。
    「チャオ。あなたが一恋・知恵さん、ね。あたしはジョバンナ・レディ。
     あなた達のお芝居を、今も忘れられないくらい心惹かれた者よ」

     突然あらわれたジョバンナ・レディ(陽だまりトラヴィアータ・dn0216)を、折角だから、と知恵は快く迎え入れてくれた。
     そうして手慣れた様子で機材を操作し、映し出したのは――10年前に上演した『かぐや姫』だ。
    「まあ……! とっても懐かしい!」
    「そっか、君は観に来てくれてたんだっけ。他のお芝居もオススメだし、続けて再生するねー」
     と、次々に映像を再生する知恵。
     どれもこれも、色褪せることはなく『あの日』を映し出している。
     皆と過ごした、濃密で、かけがえのない、『あの日』を。
    「近いうちにね、またみんなを呼ぼうと思ってるんだ。できることなら、このお芝居の『リバイバル上演』! ……なんて、夢見たりして」
     スクリーンに浮かび上がる当時の映像を見つめながら、知恵はそう呟いた。

     あれからもう、10年。
     少年少女は、いつしか『大人』になってしまった。
     それでも尚、思い出は色褪せることなど無いはずだ。
     いま映し出されている映像のように。現存する、台本たちのように。

     スクリーンを見つめる知恵の横顔に、ジョバンナは意を決して彼女へ訊ねた。
    「あたしも……よければ、その同窓会に同席しても、良いかしら。
     皆のお話を聞きたいの。こんなに大掛かりな舞台。準備や練習から、本番まで、大変だったのでしょう?
     本番だけじゃない。皆で作り上げたその沢山の時間もまるごと、思い出に違いないと思うから」
    「――――うん。脚本から、衣装から、全部、全部。
     みんなでアイデアを出し合って作り上げた舞台なんだ。
     よければ聞いてってよ。知恵たちの、集大成」

     知恵のその一言と同時に、映像は終わり、スクリーンは暗闇に包まれた。
     此処から先を紡ぐのは、10年後の彼女らなのだ。
     ああ、だからこそ。

    『少年少女は物語を語り合いたい』


    ■リプレイ

    ●総勢69名の仲間たち
    「11年前は俺がやったものを、こうやって観客として見るとはなぁ」
     奈落がそう呟きながら眺めているのは、『Romeo VS Juliet』の録画映像。
     若い頃の自分や“彼女”の台詞が、所作が、改めて観ると少しむず痒くも懐かしく。
    「そろそろ準備の頃合いか? 折角の機会なんだ。俺はここで観ているから、楽しんで来いよ」
     映像が終わった後、奈落はそう言いながら振り返って丁を見送った。
    「みなさんお久しぶりですね!」
     王冠を被り、ピッチピチのメイド服姿の喜一が現れる。
    「今日は10年前を思い出して、みんなで盛り上がりましょう! 俺もハートの女王として高笑いとかしてみますよ!」
    「前の舞台、拝見しましたわよ! 相変わらず良いものでしたわよねぇ」
    「あのヒロイン、ジョバンナさんにぴったりだったわよね」
     劇を観に来てくれたと言う洋子達に、『おかのぼりざめ』Tシャツ姿のジョバンナは照れくさそうに笑ってみせた。
    「……何だか、この歳になって犬耳とか着ぐるみとか、ちょっと恥ずかしいね」
    「ね、ね、懐かしいけどちょっと照れちゃう」
     舞台袖では衣装を身にまとって笑い合う、シャーリィと智秋の姿が。
    「蘭ちゃんは桃太郎の犬役だったよね、あの着ぐるみ姿は可愛かったなぁ」
    「もう、今は可愛くないって言うの?」
     一方の蘭は、燈火の言葉にそっぽを向いて拗ねたフリ。
     けれどすぐ冗談と言うように小さく笑う。
    「そんなことないって、きっと変わらず似合うんじゃないかなぁ?」
     燈火もまた、10年前の衣装を広げながら。
    「丁度この後演劇やるんだし、実際に着てるとこ見てみたほうが早いかもね!」
    「調子いいんだから。はいはい、それじゃあ行きましょうか。おじいさん!」

     そうして、幕が上がる。

    ●開幕
     真っ暗な舞台、その中央一点にライトの光が集まる。
     倒れ伏すブリキの人形に、歩み寄る魔女がひとり。
     魔女はブリキの人形の背に鍵を刺し、ゼンマイを廻すと、心を託された人形がふたたび動き出す。
     ギギギ。仮面の顔を上げたブリキは、魔女と共に深々と客席へ一礼する。
     並び合う二人――あるはと冬華が、舞台の始まりを黙して告げた。

     次いでスターナビゲーターたる未来が、前口上を述べる。
    「月日というものは、絶えず流れていくものです」
     ゆっくりとした語り口は、嘗てのあの日と同じ。
    「変わりゆくものもあれば、変わらないものもある。
     はてさて、今宵始まる物語はいったいどちらでしょうか?
     それを知るのは、星の光と……これからご覧になる、皆様方です」

     ――どうやら、皆様を運ぶ列車も近づいてきたようですね。

     お辞儀を一つ。夢の世界への案内を終え、物語は幕を開けた。

     ぺらり。
     舞台端に置かれためくり台の紙を、黒子が捲る。

    『始発:ごった煮アリス線』

     此処は、数多の物語が行き交うターミナル。
     列車を待つ間、現実のアリスこと陽太はミニスカを諸共せず、冒険譚を語る。
    「不思議で狂気で、けれど寂しさを埋めてくれる仲間たちとの冒険さ!」
    「――そうして、その後みんなでたくさん遊んだの。駆けっこをして、紅茶を飲んで。壺を磨いて、ピクニックの後はクリケット!」
     とっても幸せでしょう?
     物語のアリスたるリィザが楽しげに話せば、娘は目を輝かせて。
    「これからも冒険は続くの?」
     その問いに応え、陽太は笑顔で手を差し伸べた。
    「知りたいかい? なら一緒に行ってみようよ!」
    「いいの?」
    「もちろん。行きましょう、これからも続く、私たちみんなの物語へ!」
     そうしてリィザが微笑めば、娘は二人のアリスの手を取る。
     その様子を母たるティナが慈愛を以て見守って。娘と共に舞台を降り、客席で観劇していた重五へと微笑んだ。
    「いかがでしたか、あなた?」
    「ああ、惚れ直したぜ。流石は名女優二人!」
     帰ってきた妻と娘を出迎え、ティナを軽々とお姫様抱っこする重五。
     当時の娘役ののえるも本を抱えて、笑顔で列車に乗り込んだ。
    (「……こうやって見ると、色んな劇をやったんだよなぁ」)
     死愚魔が演じる太郎も、ターミナルを行き交う登場人物を見守りながら想う。
     また昔のように皆で馬鹿騒ぎしたり、何かを作り上げたい。これからも、その先も。
    『 未知のサメが到着します。ご注意ください 』
    「……サメ?」
     突如、新たなアナウンスが流れてくる。
     未知のサメってなんだろう。トラブルに備え、死愚魔はホームを歩き始めると――、

     ぶみっ。ずざー!

     なにかに躓いて盛大に転ぶ。
    「ててて……何ですかこれ。サメの、しっぽ……?」
    「さ、サメぇ……ごめんなサメ……」
     サメ着ぐるみ姿のジョバンナオカノボリサメがあらわれた。
    「――――名前長くないですか?」
    「じゃあ略してジョバザメで良いのサメ」

     その頃、暗転中の舞台袖では。
    「準備万端、やる気十分! 『ドロシー』はオーケー?」
     仕立て直した青と白のエプロンドレス。
     鏡の前でスカートを摘み、フィオルはもうひとりのドロシーへ声をかける。
    「ドロシーはおっけーよ。――あら?」
     かつて少女であったアラサードロシーこと霊子が振り返ると、
    「はぁい、ドロシーとドロシー」
     此方へひらひら手を振るは、遅れてやってきた『赤いドロシー』ことシフォンだ。
    「そっちの『ドロシー』は随分と重役出勤ね?」
    「遅れてくるには大物の特権だからいーの」
     ツインテールに、赤い衣装。“当時の自分”に身を包む。
     今や多忙な女優となった、シフォン・アッシュの原点。
    「……案外まだまだイケるじゃん? 私たち。この格好」
    「ええ。この瞬間は、前の私達みたいに笑い合いましょう?」
     2015年の三人のドロシーが勢揃い。霊子は『ドロシー』達と顔を見合わせる。
     2014年のアリス達が舞台袖へ戻ってくると、フィオルは先陣を切って壇上へと上がった。
    「――さぁて、アリスが終わればオズ、次は私たちが主役だっ!」

    ●『停車:銀河線』
     ぺらり。再び黒子が紙を捲る。

     場面転換。別ホーム。
    「もうすぐ出発だね。今度はどんな風に君と冒険できるかな」
     小晴演じるカムパネルラは、ジョバンニたる海都へ向けて微笑んだ。
     ――君と行く星の旅。どこまでも一緒にいこう、なんてね。
     その直後、

     ゴァァァッ!!

    「ごめーん、車掌くん!」
     轟音の後、運転席から降りながら陽気に呼びかける、燈台守りこと丁。
    「でも運転って楽しいね! 教えてくれて助かったよ」
     一緒に降りてきた黒い影――車掌の恣欠は、無言で運行日誌を開く。
    『894362回目。結果、複線ドリフトでターミナルへ突っ込む。次は無い』
    「ねー、聞いてる? ねーってば」
    「………………」
     ごすっ。
     燈台守りが遠慮なく車掌を殴る、そんなやり取りも変わらぬ様子。
    「……こんにちは車掌さん、相変わらずだね。燈台守りさんもこんにちは」
    「あっ、ジョバンニくんにカムパネルラちゃん!」
    「また騒がしくなってしまったものです。ご覧の通り、復旧には時間がかかりますよ」
     銀河鉄道の面々が顔合わせした中、
    「あれ? アリスがいない!? ねえ君たち、ここで女の子を見なかっ――」
     忠犬トトこと極志が彼らへ声をかけると、丁の顔を見て「ジャバウォック!?」と目をまあるくした。
     一方その頃、イローナ扮する冒険箱のアリスは。
    「見つけマシタ! トト……? アリスのトトじゃ、ない……!」
    「あ、あれ……トトを探してるの?」
     トラベラードッグのトトである智秋と巡り会う。
     折角だから一緒に探すよ、と二人でターミナルを彷徨うと。
    「見つけたよアリス! さぁ一緒に行こう!」
    「! ハイ、行きまショ! 『トト』、ありがとございマシタ。またネ!」
     はぐれぬよう極志と手を握り、一緒に列車へ乗るイローナ。
     二人を笑顔で見送った智秋。舞台袖へはける際、客席で見守る夫と娘へ手を振った。

     会場出口付近に、角を生やした青年がひとり。
     皆無は気配を潜めて観劇をしていた。
     自分はもう表舞台に上がる立場でもない、けれど――。
    (「……この思い出を胸に。私は戦い続けよう」)
     決意を抱き、皆無は音もなく姿を消したのだった。
    「うーん、どこかのんびり食っちゃ寝できる平和な物語はないですかねー」
     アヒルの着ぐるみ姿の詩乃がのんびり、ターミナルを歩いていると。
    「こんにちは、何だか大変だったみたい、サメ?」
    「ええ聞いてくださいよサメさん! 実は腹黒なチェシャ猫さんに丸呑みされちゃって!」
     声をかけたジョバザメに、両手をパタパタさせ説明するアヒルの詩乃。
     他に到着した列車は無いものか、辺りを見回す詩乃たち。
     するとヒモもとい浦島太郎こと、かじりが玉手箱を抱えて駆けてきた。
    「畜生、あそこでハリボテエナジーが脱線しなければ……!」
     どうやらまた有り金全部をスったらしい。
    「お前たち! 決して逃したりするんじゃないわよ!」
     そこへ灯子演じる乙姫が追いかけてきた!
    「とっ捕まえたらこれまでのツケを盾にすぐさま式を挙げて、既成事実作成よ!」
     ギギギギ……。
     乙姫は古びたジュラシック・トリプルヘッドシャークを追手として引き連れていた。ちなみに黒子が舞台裏でリモコン操作している。
     ここでかじり、追手を文字通り煙に巻こうと玉手箱を開く。
     ぼん! と音を立てて煙がのぼり――ジョバンニ翁の姿に早変わり。
    「なんや、カオスになってきたなァ」
     騒がしい様子を見守るのは、鬼の角を生やした若奥様姿のりんごだ。
     さっそくジョバンニ翁はりんごの元へと縋り付く。
    「母ちゃん、俺だよ俺俺……ちょっと玉手箱で声変わりしちゃって!」
    「うちのジョバンニ、こんなんやったっけ……?」
     そんな中、ベニヤ板のトランプ衣装が宙を舞う!
     金ピカ衣装が舞台上で輝く!
     ついでに三十路間近の身体が悲鳴を上げる!
    「おお、なんと美しい! 麻呂と結婚を前提にしてこのメイド服を着てほしいでおじゃ!」
     阿倍御主人こと栄人がサメジョバにメイド服を差し出してきた!
    「ええっ、でも阿倍様にはかぐや姫様が……」
    「かぐや姫!? ああ、私だってあの頃に戻りたいわよ……!」
     元かぐや姫である乙姫様の灯子がギリリと歯軋りをし、
    「私を呼んだ? 巷で噂のロミオの親友かぐや姫派遣中よ!!」
     ターミナル太郎のお転婆かぐや姫を演じたフィアーが乱入!
     役全部を演じるべく欲張った結果、さっそく息切れしている様子だが――?
    「いいえ、大丈夫よかぐや。貴方は出来る子よ……! っていうか、かぐや姫が二人!?」
    「えらい偶然もあるもんやなあ。ほな、鬼の試練の始まりや♪」
    「阿倍様、求婚はごめんなサメ!」
     酒呑童子りんごの腹パン!
     ジョバザメの強靭なヒレ攻撃!!
     トリプルヘッドシャーク爆散!!!
    「おじゃ~~~~~~!!」
     哀れ阿倍御主人の栄人は舞台を転がっていった。
    「なんで俺までぇぇぇぇ……」
     ついでにかじりも巻き込まれ、瀕死で血糊がジョバジョバンニだ。
    「あー、流石に1日3本連続は疲れるわ……馬車引いて狂って薬運んでバトって……ヒュドラ使い荒いわー。げ、アイアンシェフジョバンニやんけ」
     列車内には調理待ちで鍋に入ったヒュドラことアルルーナの姿があった。
     いつの間にか列車は復旧しており。
    『急逝:銀河線』
     めくりの紙は、既に書き直されていた。

    「ま、そんなこんなで困ったならば、気安く親しく僕を呼びなよ」
     気狂い帽子屋たる啓太郎は列車に乗り遅れたらしき少年へと微笑んで、
    「何処でも会いに行くからさ」
     そっと、彼の頭に自分の帽子を被せた。
    「迷子も遅刻も寝坊助も、魔法の帽子の宝石回し、行きたいとこまでひとっとび!」
     子供は煙に紛れて、魔法のようにふわりと消える。
    「……ちょっと、そんな辛気臭い帽子、ゴメンだわ! あんた、女の子にもそれを被せる気でしょう」
     女の子はこっち、と舞踏会の魔女シンデレラの沙耶々は手招きする。
     母のドレス姿に見惚れている我が子へ、差し出したのは魔法のガラスの靴。
    「ほら、ほら、走ればまだ間に合うわ!」
     願わくばあの子も、ハッピーエンドへ辿り着けるように。
     ガラスの靴を履いて列車を追いかける愛娘の背を、沙耶々は見送った。
     ヌッと舞台袖から姿を表したのはドードー鳥のリチャードこと巧太だ。
    「登場人物たちが物語の力に縛られることなく互いに交わり、それに伴い物語が少しずつ変化しています。ここは実に興味深い」
     ターミナルを眺めながら、早口で独り言を続けるドードー鳥。
    「しばらくここに滞在して観察していきましょう。何か新しい発見があるかもしれません」

     一方、ターミナルのベンチでは。
    「ミューズよ、永久に謳いたまえ。この駅に集う鮮やかな糸達が織りなすもの、その美しさを」
     駅を行き交う人々を讃える、青羽演ずる怪人ファントムの詩に重なるように。
    「♪And advance a clear railroad track――」
     響く歌声は、歌姫クリスティーヌたる絵里琉のもの。
    「まだ私の歌を覚えてくれているかしら。私を導いてくれた……音楽の天使」
     彼女の傍らには夫のノエルの姿が。歌姫の恋人ラウルだ。
    「僕らの物語はハッピーエンドに辿りついたよ。君のおかげだ」
     クリスティーヌの手を取り感謝を述べれば、ファントムは「礼など不要」と静かに告げた上で続ける。
    「ただクリスティーヌが幸福であるならば、それこそが最上の報酬なのだから」
     そして響く、汽笛の音。
     列車に乗って、恋人たちは物語へと還っていく。
    「銀河鉄道よりも眩い景色を、君と見つけに行こう」
    「ええ、ラウル。どんな景色が見られるかしら。太陽が昇る時も、夜が更ける時も一緒よ」
     ……それだけが、私の望むことだから。

     彦星のヒコと織姫のヒメ。霞と音が名シーンを再演する最中、
    「HIKO……!! ほんとに? ヒメ嬉し――や……やっぱムリ! ナシ!」
     ヒメさんじゅういっさい。
     流石に気恥ずかしく、両手で顔を覆って演技を止めてしまう。
     そんな音の左手をとって、霞はアドリブでフォローし始めた。
    「おいおい、言っただろ? ヒメはいつだって俺の一番星だって。その証に――」
     きらり、互いの左手薬指にきらめく『誓い』の指輪。
    「―――――今の俺達、銀河一輝いてるぜ?」
    「……HIKOっ!」
     エンッ(大人の事情でBGM略)
     過去には何度も劇に参加していた和も、客席から雨宮夫妻のバカップル熱演に拍手を送る。
    (「こうして次々に劇が再演されるのは……なんだか感慨深いですね」)
     喜劇のロミオの衣装に身を包み、舞台を見渡しながら鮪は目を細める。
    「いっちょやってみっか――紋太久号の主、ロミオを!」
    「む、あの強靭な足腰! 相撲戦士としての貫禄がありますの……」
     カマイタチのSEKITORI25歳ことシャーリィは新たなる相撲戦士の品定め中。
     ロミオに目をつけたのは、きっと前世の喜劇で親友だったから。
     客席へ目を向ければ、鮪の妻ソフィアと愛娘の姿が。
     喜劇のロミオは二人へ手を差し伸べ、舞台へ誘う。
    「芝居を打つのは得意だったろ?」
    「ああ、悲劇のマキューシオ……懐かしいな」
     ちょうど悲劇のロミオも居ることだしね、とソフィアは一羽へと目配せする。
    「ジュリエット……ジュリエットが居なけレば! 私たちは何処にも行ケない!」
    「……大丈夫ですよぅ。私は、そのために――はっ」
     やたらと怖い顔の悲劇のロミオに圧倒され、思わずかつての台詞を口遊んだのは喜劇のジュリエット役の宵だ。
    「……茉莉亜、それ、なんだい?」
     ふと、舞台に上がったソフィアは気づいた。娘が何かを、持っている……?
    「そ、それは――まさか!」
     鉄砲の異名を持つ、フグの“それ”を。
     息を呑む一羽に次いで、宵はフグを指さして。
    「あっ。私、叫んでみたかったんですぅ! せーのっ」
     悲劇も喜劇も全て巻き込んで、みな一斉に叫んだ。

    『――――テトロドトキシンッッッッッ!!!』

    「シュゥゥゥゥ――コー――……」
     ガスマスクの黒い人影が客席にあらわれる。
     彼女、プレデ・フェルノが扮するは、
    「(シュゥゥゥゥ……コ―――……)おひとつどうぞ」
     ガスマスク姿のロレンス神父だ。プレデは手作りのお菓子を配り歩いていた。
    「まさか十年後に劇を観ることができるなんて……分からないものだな、本当に」
     理の傍らに座る愛娘が、銀髪を揺らしてふと訊ねる。母もお芝居をしていたのかと。
    「……ああ。『かーさま』は昔、ハートの女王様だったんだ」
     ――女王様がうっかり客席に出て行った時は驚いたな。
     なんて裏話は、もう少しばかりナイショのままで。

    ●『乗り換え:鶴の恩返し→アリス』
    「あなたが燕の役なんて無理がないかしら?」
     そう訊ねるのは九尾の狐こと那美。
     共にアリスの物語へ続く列車を待つのはグレゴリー演じる千ゴリ休だ。
    「何も問題はございませんよ。体毛はこの通り黒く、そしてこの大胸筋があれば――」
     ふん波ァッ!!
     衣装が今にもはちきれそうだ!!
    「――雄々しく羽ばたく事が出来るでしょう」
    「やぁ、シェイクスピア。ご機嫌麗しゅうお過ごしでございますか。今日もふん波ァと閃くほど冴えているようで喜ばしいですね」
     光のナレーターもといロミオこと、水海がグレゴリーへ声をかける。
    「ええ、ご機嫌麗しゅうロミオ。今の私は物語の紡ぎ手ではなく、一人の茶人でございますが……あなた達の行く末に、幸多からん事を願っておりますよ」
     グレゴリーはロ水海オに優しい眼差し向けた。
     その間にぽん、と煙が立ち――那美はジュリエット姿に『化け』ていて。
    「なんですって……ロミオ!? この二人の愛の指輪、この貴方への愛謳う声、この私を忘れたと言うの!?」
     そこへ狸からジュリエットへと早変わりして冷泉が乱入!
    「ま、待ってくれたまえジュリエット達。私には心に決めた愛しの……」
    「ろーみーおーさーまー?」
     ギラリ輝く包丁片手に、にっこり笑う天霧のジュリエットが。
    「ああ、ロミオ様、別のジュリエットになびいてしまうなんて……」
     そのままロ水海オににじり寄る天霧。
     もはやロミジュリの大渋滞。そこへまた新たなロミオが――!
    「ああ、僕はここにいるぞジュリエット! 何たる運命の倒錯! 神の嫉妬を乗り越え僕らは再び巡り合ったのだ! どうかその唇で愛を謳っておくれ」
    「! 手徒ちゃ……ロミオ! 逢いたかったわ!」
     手徒のロミオとふたたび再会し、指輪を嵌めた手と手を重ね合う。
    「こんなまやかしに釣られるようじゃ、物語にはならないわね」
     那美は変身を解き、悪戯っぽく笑って列車に乗ったのだった。
    「フハハハ!! 天啓に従いて赴いてみれば悲劇が交錯していようとは! これもまた神のお導きに――何、もう宴は終わっているだと!?」
     大神官ロレンスこと天魔が落とし所を作ってくれたところで、またも暗転。

    「ロミオが本物を見抜けないとはねえ……! けれど狐に狸。僕も負けてられないや」
     厳しい目線で、けれど非常に楽しみながら客席で芝居を見届ける樹斉。
     ロミジュリ大渋滞を終えて、翔や文音ら観客が拍手を送る中、
    「……ふふ。あの頃に戻りたくなっちゃった?」
     傍らに座る海星の囁きに、ルーチェは笑顔のまま小さく首を振る。
    「いや、大人面して懐かしむのはまだ早いかな。だって舞台の上は、みんなあの頃のままだもの」
    「あはは、怒られちゃうよ。でも、うん――大人になっても、先に進んでも」
     皆、ぼくらの大好きな、皆のままだね。
     手を重ね、寄り添い合いながら二人は物語のその先を見守った。
     そして舞台はターミナルから、ロミオとジュリエットの世界へ――。
     薬で眠るジュリエットを目覚めさせる為、ロミオが口づける肝心なシーンだ。
    「プレッシャーが……このまま続けるのやばいって!」
     先程から感じるプレッシャーの正体は、客席に居る恋人の視線だ。
     朝日さん助けて、と一夜は小声で助けを求めるものの一向に起きる気配はない。
    「……だ、ダメーっ!」
     段々と近づく二人についに耐えきれず、エリザベートが客席から舞台に乱入!
    「……じゅ、ジュリエットは……そう、この鉢かつぎの魔女が頂いていくわ!」
     赤面しながら宣言し、ジュリエットの頬にキスをする。想定外の行動に驚く一夜。
    「え、エリザ落ち着け! それはどうかと……」
     ぱちり、目をまあるくして飛び起きる朝日。
    「し、しまった…………えええっと……その……愛する者の口づけで目が覚めたようです」
    「起きんの!? 続けるの!?」
     さっそく舞台崩壊。だがこれだけでは終わらない。

    『サーメサメサメサメサメ!!』

     突如、ワイヤーアクションで空中を飛ぶトリプルヘッドシャークが現れた!
    「夜霧、ジョバンナちゃん、ヴェローナの街で一暴れしましょう!」
    「これぞまさに三位一体、です! もっと遠くへ飛びましょう!」
     レフトのルーシーとライトの夜霧はノリノリ状態。真ん中のジョバンナも「あたし、これからもサメでいたい……」と感動の涙を流していた。
     一方、京の都では。
    「何処かの世界からサメの鳴き声がするね……四聖獣としてスカウトしようか」
    「頭三つなので一匹あぶれちゃいませんか?」
     ジェルトルーデと華穂が演じる鶴と亀がぼんやり話し始めていた。
     四聖獣候補に挙がるのは件と狐、ウサギ、カッパとカエル、イヌとカマイタチ――果てはゴリラと乙姫様まで。
    「うーん……とりあえずふたりでもう少しやろう」
    「ええ、のんびりやりましょう。亀の歩みの如し」
     ふたりでなら、きっとだいじょうぶ。
     朱雀と玄武は手を繋ぎながら、今日ものんびり京を守り続ける。

    ●終幕
     幕が降りた舞台に一人、スポットライトに当たるは一恋・知恵。
    「……五年の時をかけて紡がれた十五の物語。そして十年後の今日、再び彼らは出会いました」
     まばゆい照明に目を細めながら、「今日という日も、また思い出に」と静かに言葉を続けて。
    「だけど、物語は終わらない、だって、私達は覚えてる! また会える! だから――この言葉でお別れとしましょう!」

     ――サヨナラじゃなくて、またねっ!!

     大きく手を振り、笑顔で舞台から立ち去る知恵。
     程なくして。
     ブリキの人形あるはが壇上に現れ、何かを探すように周囲を見渡す。
     チャリン、と金属音。
     舞台に転がっていた鍵を見つけ、拾い上げて舞台の外へと向かっていった。

    「次の物語は」「君の手で」

     そうして最後に、冬華と知恵の声が静かに響いた。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月24日
    難度:簡単
    参加:69人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 15/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 20
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