クラブ同窓会~懐かしきサガ

    作者:るう

     在りし日に過ごした学び舎も、すっかりと顔ぶれは変わってしまった。けれどもダークネスとの戦いを除けばかつてと同じ光景が、今もそこには息づいているように山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)には思えるのだった。
     色褪せてゆく昔の記憶。その中でも大切なものだけは思い出として留まりつづけるのだろうが、それらは二度とり戻せはしない……たった1つの方法を除いては。

     事務員から返された書類を眺めてほっと胸を撫でおろしながら、透流は皆に連絡を取る。
     曰く。
     11月某日、武蔵坂学園で『古ノルド語研究会』のOB会を行ないます……と。

     各自、鍋の具と菓子類を持参されたし。今回のOB会の趣旨は鍋パーティーとお菓子パーティー、好きなだけ積もる話をしてゆく算段だ。
     いままでの積もる話を語るのもよし、学生時代を思いだして話に花を咲かせるもよし。
     今日だけは10年の歳月に想いを馳せて……思う存分、楽しんでしまおう!


    ■リプレイ

    ●再びこの場所へ
     あの懐かしい教室は、久々の顔を見て喜んでいたかもしれない。いや、たとえ教室が喜んでいなかったとしても、何を隠そう、沢渡・千歌(世紀末救世歌手・d37314)が喜んでいるのだ。
    「おひさー! 皆、大人っぽく……」
     鼻歌交じりにがらりと教室の扉を開けて……あっれ? 案外変わらないかも?
    「いや、随分と大人になったとも。お互いにな」
     中から答えたアルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・d22426)の隣には、すでに火の入ったガスコンロ。その上の土鍋の蓋の下からは、白菜や春菊をはじめとした具材がたっぷりとはみ出していた。もちろん内側には牛肉もたっぷり入っている様子だ。
    「おお、もう始まってるっすねー。お鍋が煮えるまでは……この飴でも食べててくださいっす!」
    「鍋にキャンディ、とはまた珍しい組みあわせだ」
     そう言って微笑むアルディマの手土産の中からは、キリル文字のラベルが貼られたワイン瓶の首が覗いていた。そういえばこのメンバーで酒は飲んだことがない。ほろ酔い気分で語りあう思い出話は、さぞかし楽しくなるに違いない……。
    「……で、肝心の部長はどこ行ったっすか?」
     そういえば山田・透流(自称雷神の生まれ変わり・d17836)の姿がないのに気がつき千歌が訊いたなら、中崎・翔汰(赤き腕の守護者・d08853)もこちらに手を振りつつ答えてくれた。ちょっといいお店のクッキーまで用意してきて、いつでも話に花を咲かせる気満々な彼も、きっと透流の到着を待ち臨んでいるところだ。
    「なんだか、仕事のほうでトラブルがあって、ギリギリの到着になるってさ」
    「お仕事っすか?」

     その時……廊下を慌ただしい足音が近づいてきて、次の瞬間、扉がバタンと音を立てて開かれた!
    「ごめん……! 保護観察していたダークネスさんが、大したことじゃないとはいえトラブルを起こして……。ちょうど姶良さんと一緒に収めてきたところ」
    「噂をすればなんとやらね。しかも幽花さんまで来てくれるだなんて、嬉しいのよ」
     鏃・琥珀(ブラックホール胃袋・d13709)が入口をふり向けば透流だけでなく、姶良・幽花(保健の先生シャドウハンター・dn0128)の顔も一緒に、皆の集まっている部屋を覗きこんでいた。透流はダークネスを監視する立場、幽花は武蔵坂学園で養護教諭をしながら、何か要請があれば応じて出動しているようだ……今もダークネスと戦っている灼滅者がいるなんて、今となってはロベリア・エカルラート(御伽噺の囚人・d34124)から見ても想像の彼方だ。
    「懐かしいね……ここ数年はずっと旅をしてたけど、まさか、もう一度こうしてみんなで会えるだなんてね」
     まるで鍋が待ちきれないというかのように、千歌の飴に手を伸ばし、翔汰のクッキーを開封し、ぽりぽりと齧っているロベリア。
     こうして久々に皆で集まれば、やはり最初に語りあう話題は、自ずと最近何をやっているのかということだった――。

    ●あれから
    「へぇ……じゃあ中崎さんも先生なんですか?」
     移ろうお喋りの中で幽花が訊けば、待っていましたとばかりに翔汰は語る。
    「ダークネスとの戦いの歴史を、次の代へと伝えたいと思って。何も大変じゃないって言うと嘘になるけど、中学の生徒たちとの触れあいは楽しくってさ。人生で重要なのは大学の成績なんかじゃない、熱意と喜びを見つけられるかなんだ」
    「先生らしいセリフなのよ……」
     思わず琥珀が感心していたが、そういうことを言うのは得てして成績が残念だった人だってのは秘密。
     だとしても、翔汰の生徒愛と、教鞭を取っている地元、愛知への愛が、成績だけでは図れないのも事実ではあるのだ。

    「地元……か」
     思えば、アルディマもそれを愛するのだろう。彼が故郷ロシアに戻っている理由、それは学園での経験を活かしてエスパー同士の揉め事を収める、治安維持の仕事に就いているからだ……あのお国柄、荒事などは事欠かない。
    「そういえば仕事に関連して、エカルラートの噂が聞こえてきたんだが一体何を……」
     アルディマが疑問を口にしかけようとすると、制するように、ロベリアのミステリアスな微笑みが返ってきた。
    「旅の間、あちこちの国に行っていたからね。そんな仕事をしていたら、灼滅者が旅してるなんて情報が入るのも当然じゃないかな」
     秘密は女のヴェールというもの。微笑みをその表情に湛えたままで鍋に向かうことで、その辺りを有耶無耶にしようとロベリアが目論むと……。

     ……何故か、湯気を出すお鍋が増えていた。

    ●遠かりしあの日
     思わず箸を止めたロベリアがよく見ると、それは寄せ鍋の形をした機械のようだった。ふんす、と得意げになる琥珀。
    「これは、大学のころ何故か食品サンプル作成にはまってそのまま専門の会社に就職した私が商品開発した、加湿器なのよ」
     食べものにはうるさい彼女が開発しただけあって、細部にまでこだわった造型には根強いファンがいるという。姉妹商品には、ラーメン版や肉まんのせいろ版。幽花のぶんまで含めて全員ぶんを用意してきた琥珀の今日の荷物は……まるで昔の、よく食べてよく遊ぶ琥珀のようだ。
     翔汰の眼差しが遠くを見つめた。
    「そうだったよなぁ……幽花の誕生パーティーに押しかけて、ESPの『ドリンクバー』で出てくる飲み物を飲み比べたり、15歳について語りあったり」
     前者では酷い目に遭った気がするが、後者ではいろんな話をしたはずだ。止め処なく思い出を語りつつ考える。思えば皆の年齢は、その頃の倍近くになっているんだ。
     だが……その時ロベリアがふと訊いたのだった。
    「アタシは入部が遅めだったから知らないんだけど、酷い目って何があったんだ?」
    「えっと……」
     記憶の糸をたぐり寄せる幽花……そしてその視線がふと泳いだ。
    「……誕生日プレゼントに、あの味は……」

     世の中、悲惨な思い出というのもあるらしい。
    「私が飲んだ味は普通だったけど……とにかく、もっと楽しい思い出の話をしよう……!」
     そんなわけで話題を強引に変えてみた透流。
     あの日の臨海学校は、武蔵坂で初めてのものだったっけ。だから準備はギリギリでドタバタしたけれど、バーベキューにビーチバレーに、とにかくとても楽しかったことを今も覚えている。
    「鏃さんは、その時も大食いっぷりを発揮してたっけ……?」
     そんなことを透流が口走ったなら、琥珀が心外そうに抗議した。
    「決して、大食いだけが私じゃなかったのよ」
     確かに彼女は、大学ではグルメ学部を選んだほどだ……けれど、食べ物以外の思い出だってちゃんと彼女は覚えている。
    「たとえば学祭の北欧双六……この前、整理してた荷物から出てきたのよ」
     もっともそれが成功だったかと問われれば……反省点はたくさん見つかった記憶があるのだが。学園祭で出すには長すぎるゲーム。その割にイベントマスも少なかったから、今思えば散々だ。
    「でも……皆でわいわい作ったのは、とっても楽しかったのよね」
    「そうだな。皆で企画を考えて、多くの人に来てもらえるのは遣り甲斐がある」
     双六の時から2年後の学園祭の印象が、アルディマの中で鮮やかに蘇った。ミスが全くなかったとは言わないが、クラブ企画のルーン占いが思った以上に繁盛したのは、今思いかえしても嬉しいことだ。
    「遊びに勉学に戦いに……これぞ灼滅者の青春ー! ……って感じだったっすね!」
     千歌が両拳を握ってみせれば、ロベリアも幾度も頷いてみせる。
    「私はこうしてみんなでお菓子食べたりしてるのも好きだったけど、戦ったことのほうが印象に残っちゃってるなぁ……。戦争とかはいつもここのメンバーと一緒に戦ってたけど、最初はソロモンの悪魔の……ハルファスだっけ? あいつの軍団と戦ったとき……」
    「ハルファス……!」
     その言葉に透流がたりと音を立てた。

    「ハルファス軍の悪魔を灼滅した時は、みんなに協力してもらって楽しかった……!」
    「せっかく一緒に戦える機会だったからな。確か俺も張りきってたはず」
     あれほど仲間の頼もしさを感じたことはない。その中にはもちろん翔汰の姿もあって、皆で透流を支えてくれた。
     でも、それ以外の時だって心細かったわけじゃない。
    「やっぱり、最後の戦いを忘れちゃいけないっすよ!」
     そう……千歌が思い浮かべた戦いは、まさしくサイキックハーツ大戦!
    「やべー、敵が強いぞ! 勝てるんすかね! ……って思った時に、ロベリア先輩に鏃センパイ、アルディマ先輩……ほかにもいろんな皆が続々やってきて加勢してくれたのが最高に燃えたっすね!」
     もっとも……あの最後の戦いにミイラアヌビス怪人が現れなかったのは、千歌にとっては心残りだったけれども。精神防衛戦で戦ったあの怪人と、フィレンツェのジャスティスベースで再戦し。その後、千歌は彼の消息を掴んでいない。

    ●……そして、今
     そういった悲しい思い出が、全くなかったとは決して言わない。たとえば、コルネリウスがソウルボードに吸収されたあの日。彼女の思想への共感を、伝えることもできなかったのは、今も透流の心に刺さる。
     でも……それだけが思い出の全てではなかった。辛い戦いもあったけれども、かといって楽しかった日々まで全てが否定されるわけもない。だから透流はこうして同窓会を開いたわけだし、そこに久々の顔が来てくれたのが、その何よりの証拠であるだろう。
    「このクラブがあったお蔭で、戦いだらけの学園生活が楽しいと思えたよ」
     青春と呼ぶには少しばかり血なまぐさかったことは確かだが、今となっては何もかも、アルディマにとっては笑って話せる思い出だ。
    「……だな! 話してたらいつの間にか鍋の中身もなくなってるし、そればかりか俺のクッキーまで消えてるし……」
     隣をチラ見する翔汰。鍋よりも甘いものが大好きらしいロベリアのお喋りの友は、今も昔と変わらずお菓子であるらしい。さっきのミステリアスさ演出は一体どこ行った。
    「……とにかく、それだけ話が弾んだってことだ!」
     そんな翔汰の言うとおり、久々の会合は楽しかったのだ。でも、もしもまだまだ食べ足りない人がいるのなら……すっかり片付いた机の上に、改めて例のお鍋加湿器を持ってくる琥珀。
    「そして……あたしからもお土産があります!」
     どーん、と千歌が置いてみせたのは……なんと、彼女の歌のCDだった!
    「あたし、歌手になったんすよ。まー、売上ランキングとかにゃ載るほどじゃないっすけどね!」
    「なら折角だし、聞かせてもらうことにするよ」
    「同じくだ。応援しているぞ」

     しばし、思いを馳せていた過去は、きっと未来に進む力へと変わる。
     もう一度だけ交わった『古ノルド語研究会』の面々の線は、またそれぞれの道を歩んでゆくに違いない。
     それが再び交わるときは、さらに10年後か、もっと彼方か。
     その時、改めてふり返ったときに、また、互いに語りあえる人生を過ごせていたのなら。
     それは……きっと素晴らしいことなのだ。

    作者:るう 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月22日
    難度:簡単
    参加:6人
    結果:成功!
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