海に、湖、そして山。
その島は、さまざまな歌で満ちていた。
そこは、主であるフェリス・ジンネマン(リベルタカントゥス・d20066)が歌うだけの場所。けれども来るもの拒まず、去るもの追わず。この素敵な場所を愛してくれる人ならば、どんな人でも歓迎だ。
思うがままに歌を歌って、白い鳥、ヴァイスフォーゲルの踊りを楽しんで。お料理やお菓子を持ちよって、お喋りしながらパーティーだ。
ルビーの首飾りをした鳥のお姫様を探して、庭園じゅうを巡るゲームもしてみよう。もし庭の中には見つからなかったら、思いきって崖から海に飛びこめば……?
その島は、さまざまな歌で満ちている。
今では訪れる人も減ってしまったけれど、そこにある光景は変わらない。
だから……。
……この『歌う月庭園』で、もう一度だけ賑やかに過ごしてみませんか?
●魔法の庭
心地よい風が髪を撫でつけていた。養父の孤児院でママ先生と呼ばれるようになってこの方、随分とこの景色から足が遠のいてしまった。
アメリア(d34548)は箒の柄を握り、ぐっと空へと加速する。それを追いかけてくる白い鳥たち……それをふり向くと同時に地上を見れば、誰かがきょろきょろと辺りを見回していたのが目に留まった。
フェリス(d20066)とは別の部での友人だったし、つい先日もブレイズゲートで会ったばかりだ。けれどもこの庭園に踏みいれるのは、刑(d18053)には初めてのことだ……海に山に湖に、幻想的で清浄な雰囲気が彼を包みこむ。
(「こんな良い場所があったんだなぁ」)
そっと、辺りの音に耳澄ます。するとどこか遠くのほうから、空につき抜けるかのように軽快な音楽と、子供がはしゃいでいる甲高い声が聞こえてきた。
●久々の集い
「ほーら子供たち、ケーキもいっぱいあるぞー! あ、お父さんお母さんにはコレね」
人が集まっている場所を見つけて、ケーキにお酒におつまみ爆撃(ご当地成分多め)している間も、來鯉(d16213)の片腕は新妻の愛莉(d27995)を離さない。それは間違いなく愛莉にとって嬉しいことで……けれども他の人がいる時にもこの調子なのは、さすがに頬が赤くなる。この積極さのうち少しでも、昔の來鯉にあればよかったのに。
……でも、今は長年の夢が叶っているのだ。
「おふたりとも、ご結婚おめでとうございます!」
「ふふ、お祝いありがとう、だな」
長男の周をあやしながら手を振るフェリスは幸せそうで、それを見ていると今も負けないくらい幸せなはずの自分も、もっと幸せになれるのだと愛莉は想う。
どうやら、來鯉も同じことを考えたようだった。いやいや、卒業まで子供は我慢我慢と首を振っている。だから代わりに今日のところは、ワインを開けて口に含んで、それを熱烈なキスとともに愛莉に口移しするだけで我慢しよう。
(「もし兄者……いや來鯉がこれ以上積極的になったら、私はいつまで保つのだろうか」)
來鯉が自分の髪を撫でている感触が、彼の指遣いのひとつまで感じられるかのようだ。最初は驚いた愛莉もすぐに目を瞑り。
愛莉の顔が耳まで真っ赤になったのは、ワインのせいか、それとも――。
盛りあがる大人たちの歓声を子供たちから隠すかのように、音楽はその大きさをいっそう増した。
それにしても初めて会った頃には小学生だったフェリスが、今や二児の母になっているとは。
こないだブレイズゲートで見せてもらった写真と比べて、少し大きくなった気がする子供たち。感慨に耽るアヅマ(d13869)と同じ気持ちを、きっと妻の夕月(d13800)も抱いているんじゃないかとアヅマは想う。
「お母さんかぁ……月日が経つのは早いもんだねぇ。あ、フェリちゃん素敵なお誘いありがとう。せっかくだから幾つかお料理を持ってきたけど、そこのテーブルに置いとけばいいかな?」
子供たちの顔を覗きこみつつ夕月が訊けば、子供たちは見知らぬ大人に顔をこわばらせていたようだった。みんなママと俺の友達ばかりだから怖くないぞ、と得意げに子供たちに言い聞かせている紫廉(d16186)お父さんの背中は……皆の興味をみんな長男を抱きながら忙しなく挨拶を返すフェリスママのほうに取られて、ちょっぴり小さくて寂しげだ。
「ええい、お子様のお通りだー! 上の子は梨々っていうんだぜ! 可愛いだろ!! 崇めよ!!!」
そう暴れる紫廉を宥めてやったのは、DJ席からとび出した陽司(d36254)。
「いやホラ、こういう時の会話の主役は女性じゃんすか!」
ずっと鳴っていた音楽の変化が止まった。でもせっかくのこの機会、DJばかりに夢中でも仕方ない! バックバンドとしてベースの演奏を続ける白夜(d05965)が、しばしの間その分を補ってゆく……白夜も彼らの会話が気にならぬわけではないが、彼は大切な記憶を胸に仕舞うと誓った身。その祈りとともにある限り、彼には急いで会話に混ざる必要などはないのだから。
「ホッギャーかっわええ!! 梨々ちゃん! 周くん! 玉のようなかわいさ!!」
「だろ? もっと褒めて! あ、でもお菓子とかあげるのはほどほどでお願いしまーす!」
アヅマと紫廉が叫びあっていた。
それにしても紫廉、随分と父親らしいことを言ってるじゃないか。アヅマも彼に負けないようにと、子供ができたらいいお父さんにならないとね。ねえ夕月さん! 昔みたいにカオスにしたりはしないから! ホントそんなつもりどこにもないから!
……などと大騒ぎしているアヅマだったが。
「うちの子たちのことばかりじゃなくて、アヅマ先輩と夕月先輩のご夫婦の話も、ぜひ聞かせていただきたくっ」
そんなふうにフェリスにねだられたなら、互いの顔を見つめて微笑むアヅマと夕月。
「いやー、まだ子供のいない俺たちのことより、2人がどれくらい幸せなのか聞かせてもらいたいなー。特にお子さんのこととか」
「今まで何してたかとか、これからどんな家庭を築いていくかとかなら話せるけどねぇ」
刑が皆の元へと辿りついたのは、ちょうどそんな騒ぎの真っ只中だった。
「お久しぶりです、フェリスさん。そして皆……って皆さんアツアツっすね」
ああうん、未婚な刑には眩しすぎる光景だ。でも、ダークネスの社会復帰拠点がてら構えた店が、今のところ順調に経営できているからいいんだもん。
いちどお喋りが始まれば、お互い話はどこまでも広がってゆく。他の人たち同士での話が始まったお蔭で、ようやく解放されたフェリスを呼んで、そっと手土産を渡したアイスバーン(d11770)。
「お招きいただきありがとうございます。うちのお手伝いさんからケーキです……またお子さんを連れて遊びに来てください、って」
「ありがとう、きっとお伺いしますから! そうそう、アイス姉さまのために、お好きだったマリナーラを用意したんですよ」
あの頃、いちばん年下だったフェリスは、今も皆に愛されるフェリスのままだ。それを確認してほっとするアイスバーンの視界の中に、またフェリスばっかりと再び悔しがる紫廉の姿が見えた。
「あの……どんまいです、しれんさん」
それからするっと彼の隣をとおり過ぎ、何事もなかったかのようにアヅマらのところへ。今は紫廉に構ってあげるより、久々に訪れたこの場所で、皆の話に混ざっていたい!
「それではフェリスさん、後でまた連絡しますね」
今や、盛りあがりは最高潮だ。いや、盛りあがりすぎて唐突に、陽司が崖からジャンピング。
「梨々ちゃん、ああいうおじさんの真似をしちゃダメだからね?」
夕月がしっかり教えこんでいた。崖下で陽司が何か抗議したみたいだが……もちろん、子供の教育に悪いおじさんに耳を貸す仲間はいなかった。
●白い鳥を探して
……思えば、随分と遠くにきたものだ。
しばしの間喧騒から離れ、月庭園内を散策していた綾鷹(d10144)とソラ(d14847)。静寂が辺りを包む中、先に声をかけたのはどちらからであったろう?
たくさんの人に囲まれたままでは、語りきれない近況と今後。いるのが2人きりであったなら、もっと深い話だってできるだろう。
「サイキックハーツ大戦が終結した後、実家へ帰って家督を継ぎまして」
とは綾鷹。それからの活動は深くは言えないが、個人から集団、企業に国など、手助けを手広くやるのが今の彼の生業だそうだ。
「俺は武術の研究をしたり、それを教えたりしてるな」
それはソラ。別途、占いもやっているようだが、それは趣味の副業の範囲だ。
だからもし……とソラは綾鷹へと語る。
「俺の武術が必要になる日が来たら、その時は俺のところへ来るといい。歓迎するよ」
「ええ、その時は是非とも」
けれども綾鷹が気になったのは、ソラが色恋の方向でどうなっているかということだ。
「家内はたまに猫変身して散歩していますから、見かけたら宜しくお願いいたしますね」
「俺のほうは……想像にお任せする」
……どうやらソラは照れているのか、綾鷹に答えてはくれないらしい。
仕方ない。ここはひき下がっておくとしよう。
「では……この辺りで、白い鳥探しでも始めましょうか」
「ああ。必ず俺が先に見つけてやる」
その頃、万(d19989)は――酷い目に遭っていた。
「なんてこった、餌付け作戦でもダメかよ……」
かつて受けたのと全く同じ、白い鳥たちの恐るべき集団つつき攻撃の威力。あの時何故襲われたのかまでは覚えていないが、今回は手土産の山の幸で機嫌を取っておけば、お姫様のところに案内してくれるはず――そんな彼の目論見は脆くも潰え、今、そこに湖があろうと崖があろうと、全力で逃げまわっている最中だ……でも。
「お姫様……いったいどこにいるって言うんだよ」
そんな文句を言いながら、彼は目まぐるしく変わる景色を楽しんでいるのだ。幸運に運命を託しつつ、万は庭園を駆けぬける……そして、何かを踏んだ。
「ぬぅぅぅぅおぉぉぉぉ!?」
我が身に何がふりかかったのか、その黒猫はさっぱり解らなかった。
吾輩は猫である。名前はなく、あるのは人としての燐(d17314)という名ばかりだ。
昨日今日、そして明日も西へ東へふらふら歩き、ときに猫の手を貸し、ときに馬鹿を見て笑う。
望みは今も見つからず、そんな人生でありたかった彼のしっぽの毛並みが……大きな足跡に踏み潰されている!
思わず悲鳴を上げた瞬間、万を追っていた鳥の一部がふり向いた。え……と燐が思った瞬間、鳥たちの瞳がぎらりと光る!
「みゃぁぁぁぁ!!!」
2つめの逃走劇まで始まった。けれどもそんな悲劇などつゆ知らず、普通に鳥たちと戯れる人もいたりして。
お姫様探しに出かけた伊織(d13509)の周りには、幾羽もの鳥たちが集まっていた。
慌てれば、求めるものは去ってゆく。それが喫茶店兼バーのマスターである伊織の、大切な人とのんびり毎日を過ごすための秘訣だ。お蔭で情報屋紛いの副業のほうも、それなりに上手く行っている……指に静かに光る指輪は、彼の幸せの象徴だ。
(「あの子も、ますます素敵なレディにならはりましたな」)
お互いの成功をささやかに祝す……フェリスが元気そうなのが何よりだ。
●同窓会は慌ただしく
結局、お姫様は見つかったのだろうか?
まだまだ、久方ぶりのパーティーは続く。庭園には入れ替わり立ち替わり人々が訪れて、次々に新たな風景を紡ぎだす。
「「フェリス。久しぶりだな(久しぶり!)」」
声を揃えてやってきたのは、ギル(d17892)とフレン(d22983)の2人組。フェリスが驚く声が響いた……だってフレンのあの美しく長かった髪が、闊達そうなボブに変わっていたんだから!
けれどもギルも印象が変わった。
「医者の仕事が忙しくてな、これを作っていたら少し遅れた」
そう言って自作のクーヘンをさし出した彼の顔には、昔はなかった眼鏡が乗っている。独りきりではなくなった人生が、フレンのみならずギルをも変えたのだろう……ナッツをちりばめたヌスクーヘン、蜂蜜とクリームたっぷりのビーネンシュティッヒ、定番の林檎のアプフェルクーヘンに、ケーゼクーヘンつまりはチーズケーキまで。いずれの味も、たくさんの思い出で形づくられていたに違いない。
「ほら、フレンも遠慮せずに食えよ」
「ギルが作ってる最中は、つまみ食いし損ねちゃったものね」
お茶目な笑みをギルへと返し、それから梨々にクーヘンをよそってあげて、フレン自身もこの庭園を満喫する……あとクーヘンも! だって、つまみ食いしたかったくらいに楽しみだったのは本当なんだもの!
あっ、でもちゃんと義務も果たしておかないとね。見ればさっきから料理番みたいになっている舞(d20689)が、人数が人数ゆえに常時不足状態になっている料理を追加する仕事に追われている。輝いている表情を見る限り、皆に食べてもらえるのが嬉しいみたいではあるが……だからって厚意に甘えすぎるわけにもいかない。
「私はローストビーフを持ってきたよ!」
おお、と喜びの声が上がった。これで少しは舞の負担も減るはずだ。
実際、生まれた僅かな時間を見のがすことなく、舞はフェリスを捕まえた。けれど……綺麗になられましたね、と呼びかけたところで、鍋が危うく吹きこぼれかける!
ゆっくり話に花を咲かせる機会は、もう少しだけ後になりそうだ……。
●歌う月庭園
時間は、いつしか飛ぶように過ぎ。
途中、アメリアがフェリスの子供たちを乗せて空中散歩してみたり、かと思いきややっぱり怖がった子供が泣きだしてしまったりというハプニングがあったりしつつも、次第に終わりの時間が迫りつつあった。
子供たちを、つい先日までは似たようなものだったはずのお母さんに返しつつ。ふと、こんな言葉を呟いてみるアメリア。
「フェリちゃんの歌、聞きたいな」
曲が始まる。優しい曲が。
フェリスがホルンで始めた前奏に耳を澄ませば、白夜にはそれがどんな曲だかわかる。
ベースで、エスコートするかのように。彼女がいつでも楽器から手を離し、その歌声を庭園に響かせられるよう、白夜の伴奏はホルンの旋律に寄りそいつ離れつ下支えしていった。
さらに、伊織のヴィオラの音が。そして、春(d22965)のフルートの音まで……。
フェリスの歌声が辺りに満ちて、春のフルートは静かに囁く。
彼女が何を歌っているのか、今の春にはよく解る。
この島での思い出に、昔はいろいろあった出来事。
その全てに感謝を捧げるのと同時、未来への祈りを音色に籠める。
(「思えば、私が灼滅者の力に目覚めたきっかけは、あの頃の幼馴染――そして今の妻でした」)
正直、尻に敷かれてばかりだ。それでもあれから音楽家として世界を巡り、いろんな人を助けてこれた裏には、彼女との出逢いがあったに違いないのだ。
フェリスも、同じような思いを籠めているはずだ。
歌はいつしか合唱となり、遥かな空へと伸びてゆく……。
――そして、全ては終わり。
「お疲れ、嫁さん」
再び静寂に包まれた、月庭園の片隅で。
子供たちを奥の部屋に寝かしつけ、紫廉はそっとフェリスの名を呼んだ。
「みんな楽しそうにしてたし、子供たちもはしゃぎ疲れたのか眠っちまったよ」
「うん、旦那さん」
紫廉の隣に座りこみ、肩に頭を預けるフェリス。
中天には、半月には少しだけ満たぬ月。それでも煌々とした月光が、2人の姿を淡く照らす。
「どうだ? 月見酒でも」
訊いた紫廉の肩口に、微かに頷く動きが伝わった。2つの杯に注がれた液体は、月の光をその中に映し。
たとえ訪れる者がいなくなったとしても、思い出と、訪れた者たちの想いは残りつづけるだろう。
だから、誰もが知っている――歌う月庭園は永遠なのだ、と。
作者:るう |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月22日
難度:簡単
参加:20人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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