クラブ同窓会~思い出を巡る航路

    作者:湊ゆうき

     2028年の秋。サイキックハーツをめぐる長い戦いが終結して10年。
     人類のエスパー化や法整備など、世の中は10年前から大きく変わった。けれど、変わらないものもある。
     地上2階と地下2階建てからなるハーフティンバー様式のカフェは、10年前と変わらず、皆の『居場所』であり続けていた。
     この日訪れた常連客の桃野・実(すとくさん・d03786)に、マスターである神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)が、香り立つ珈琲と焼き菓子を提供する。
    「この前、みんなに会ってきたんだ。結婚式以来だったり、久しぶりだったり。それぞれの近況が聞けて、楽しかったよ」
     カフェフィニクスには、時々それぞれ顔を出してくれるが、一堂に会する機会はなかなかない。
    「実くんは最近どう?」
    「そういえば、最近船を手に入れたんだ」
     実はそう言って、勇弥に画像を見せる。
     それを一言で言い表すのならば、和風邸宅が船の上に乗っているかのよう。和風の装飾と内装が施されている大型の豪華客船だ。さながら海の上を動く旅館というイメージだ。
    「うわあ、すごいね。これならみんなで旅行でもできるんじゃないかな」
    「じゃあ同窓会でもする? 俺は構わないよ」
     実の言葉に、霊犬のクロ助も耳をぴんと立て、嬉しそうにはしゃぎまわる。それを見て勇弥の霊犬の加具土も嬉しそうに尻尾を振る。
    「ふふ、加具土たちも楽しみにしてるみたいだね。じゃあ、航路は……」
     勇弥が提案したのは、勇弥の生まれ故郷でありカフェのルーツでもある神戸から、地獄合宿で泳いだりキャンプをし、実にも縁のある瀬戸内海。そして、2016年の臨海学校で訪れた別府湾。最後には修学旅行や親睦旅行などで何度も訪れた沖縄。
    「忙しい人は途中寄港した街で下船してもいいね。船の中や訪れた場所でゆったりできるんじゃないかな」
    「船は大きいから、家族連れでの参加も大丈夫」
     思わぬ形で生まれた同窓会豪華クルーズの旅。
     勇弥は急ぎ、みんなに連絡をするべく準備を始めるのだった。


    ■リプレイ


     カフェ:フィニクスの同窓会は、学生時代の懐かしい思い出の地を船で巡る。
     まずは神戸の散策から。三宮駅前の待ち合わせの名所「パイ山」で集合してから異人館へと向かう。
     学生時代にも神戸散策で訪れたこともある異人館。その内のひとつ、「サートゥルヌスの椅子」のある館へ懐かしく訪れる。
    「みんなで一緒に来たことを思い出すね」
     神戸が地元の神鳳・勇弥(闇夜の熾火・d02311)は、皆を案内しながらそう言って微笑む。
    「神戸は久しぶりですが、こうして家族5人で訪れることになるとは……」
    「あの戦いの日々の時は思いもよらなかったですね」
     黎明寺・空凛(此花咲耶・d12208)と壱越・双調(倭建命・d14063)は息子と娘2人を連れての参加。家族でまたこうして神戸を訪れることになるとは、当時は思っても見なかった。
    「異人館の「サートゥルヌスの椅子」で双調さんと願った事は「大切な人といつまでも笑顔でいられますように」でした」
     二人それぞれに願ったことは、示し合わせていなくてもほとんど同じだった。
    「その時の願い通り、貴方達がここにいます。それはとても幸せな事ですね」
     双調は息子の頭を優しく撫で、空凛も娘達の頭を撫でながら微笑む。
    「願いは叶いましたよね」
     その微笑ましい光景に、神凪・陽和(天照・d02848)と神凪・朔夜(月読・d02935)、神凪・燐(伊邪那美・d06868)が瞳を輝かせながら頷く。
    「願い、叶いましたよね。夢のような形で」
     それぞれが伴侶と子どもを連れての家族旅行。はしゃぐ3歳の息子が迷子にならないように見守りながら、陽和は皆の話に耳を傾ける。子供達は仲良さそうに一緒にくっついて歩いている。
    「サートゥルヌスの椅子かぁ……」
     空凛たちの話を聞いて興味がわいてきた天渡・凜(紫黄水晶の煌めきを胸に・d05491)は、もしも願いが叶うならと思いを馳せる。
    「わたしもご利益貰おうかな?」
    「天渡さんも願い事?」
    「神鳳さんのお願いは叶いました?」
     勇弥は曖昧に微笑む。あの頃の願いは、これからも進行中である。けれど叶えるためにこれからも自分に出来ることをするまでだ。
     目的の異人館に着くと、凜は椅子に座って心で願いを呟く。
    (「……今は互いに離れてるけれど、鈴音さんといつかまた会える日が来ますように、って」)
     皆の話を聞いていたら、きっと叶うような気持ちになる。
    「みんな、こっち向いてー!」
     カメラを手に綾瀬・涼子(サイプレス・d03768)が皆に手を振る。モデルとして活躍している涼子はなんとか休みをもぎ取り同窓会に参加。積極的に皆を被写体に写真を撮ってくれている。
    「うわあ、上手に撮れてますね!」
     撮れた写真をカメラで見せてもらい、氷上・天音(夢は世界一のパティシエール・d37381)がすごいと歓声をあげる。
    「ここ数年の間に知り合いのカメラマンに上手な撮り方教えて貰っているしね」
     微笑んでみせた涼子だが、天音の手にしたスケッチブックに目をとめる。
    「あら、それは?」
    「旅行中にいろいろなものをスケッチしたいと思って。アイデアを旅を通して集めたくて」
    「写真にスケッチに、この旅がまた思い出せるね」
     勇弥の言葉に、二人は頷き、天音は少し意味深に片目をつぶってみせる。
    「訳は後で、ね」

     異人館のある北野坂を登りきると、石造りの鳥居が見えてくる。神戸の街が見渡せる北野天満神社を彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)とエリノア・テルメッツ(串刺し嬢・d26318)は子どもを連れ、訪れていた。
    「僕の故郷でもある神戸の街をエリノアにも子供達にも見せたくって」
     高台からは神戸の街や海がよく見える。
    「此処がさくらえの、パパの故郷ね」
     それぞれ娘を抱きあげ景色を見せると、娘達も目をキラキラと輝かせる。
    「ここと、とりさんのおじさんのお店が、僕にとってとっときの場所だったんだ」
    「どう、パパの故郷は良いところみたいでよかったでしょう?」
     娘達がうんうんと頷く。その様子を母親らしい優しい眼差しで見つめるエリノアを見て、さくらえは幸福感に包まれながら、心の底から溢れる素直な気持ちを言葉にする。
    「君と出会えて、家族になれてもう、ずっと幸せなんだけど」
    「うん、私もさくらえと会えて、家族を知らない私がこうして家族を持てて幸せよ」
     男嫌いでつんけんとしていたあの頃には考えられなかったことだ。
    「今、ここでこうして君と、子供達と……家族で居られることが、すごく幸せで、嬉しい」
     さくらえは幸せを噛みしめるように妻へそう言って微笑む。
    「そうね。私もさくらえの故郷に家族と居られてすごく幸せよ」
     エリノアも幸せいっぱいの笑顔を返すと、今度はちょっといたずらっぽい表情になる。
    「実は皆に言うことがあるの」
     娘二人とさくらえにそれぞれ視線を合わせてから、
    「ふふっ、実はね。貴女もお姉ちゃんになるのよ」
     下の娘の頭を撫でながら、そう告げる。
    「……え、それって……」
     さくらえは驚きながらエリノアを見つめ返す。
    「……ホント?!」
    「えぇ、そう。家族が増えるわよ。驚いたかしら、パパ?」
     大事そうに下腹部に触れ、エリノアはそう笑いかける。
    「うん、すごく嬉しいよ、ママ……っ」
     こみ上げる喜びに、さくらえは妻と娘達を大切そうに抱きしめるのだった。

     異人館散策のあとは、みんなで勇弥の父の店へ。さくらえ一家ともここで合流。
     凜はカフェの外装や内装に目を輝かせる。フィニクスにも通ずる居心地のいい空間だ。
    「……新しい曲のアイデアが浮かびそう」
     陽和と朔夜に燐、双調と空凛夫妻がそれぞれ家族そろって勇弥の父に挨拶する。
    「やっぱりここは落ち着くね」
     さくらえにとって特別な場所は、エリノアや子供達にとっても居心地のいいものだった。
    「美味しいわ」
     涼子は珈琲やスイーツを楽しみながら、幸せがあふれる時間に目を細める。
     天音もカフェのスイーツに興味津々。ゆっくり味わいながら、その傍ら、カフェの中でもスケッチを書き留め、アイデアを集める。
     ゆっくりくつろぐ皆の姿に目を細めてから、いよいよ船で旅立つため、勇弥は皆を神戸港へと案内するのだった。


    「準備の方は問題なし、と」
     桃野・実(すとくさん・d03786)は船のオーナーとして、出航前から忙しなく立ち回っていた。船長や運行スタッフとの打ち合わせ。仕入れた食材の確認とメニューのチェックも実の仕事だ。大きな船だからこそ大変なこともあるが、これも全てはみんなにとって最高の旅にしたいからだ。
     そろそろ時間かな、と船から港に視線をやると、家族連れで賑わう一行の姿が。
    「……あ、来た」
     神戸港に停泊している和風邸宅さながらの豪華客船は、ひときわ目立っていたので、皆も迷わずに船までたどり着けたようだ。
     実は小さく手を振り、クロ助は待ちきれないとばかりに喜び勇んで、タラップを駆け下り、近づいてきた皆に駆け寄り尻尾を振る。
    「実くんお待たせ!」
     勇弥が手を振り返すと、加具土も嬉しそうに走り込む。
    「本当に大きな船ね」
     エリノアがしみじみ呟く。子供達はみんな大きな船に興味津々。喜びはしゃいでいた。
     全員が乗船後、船は瀬戸内海に向け出発した。
     船の中を嬉しそうに遊び回る子供達を眺めながら、燐は瀬戸内海に思いを馳せる。
    「地獄合宿、臨海学校、色々ありました」
    「地獄合宿で家族5人で釣りしたり獲物取ったりしましたっけ。いい思い出ですよ」
     陽和はそばにいた息子に、いろいろあったんだよ、と言って頭を撫でた。
    「そうですね、地獄合宿では家族5人でサバイバルしました。猪の丸焼きを見て気が遠くなったのはいい思い出です」
     空凛の言葉に、双調も当時を思い出し、頷く。
    「色々辛い戦いの日々でしたけど、それも良い思い出です」
    「確かに臨海学校、地獄合宿。どれも過酷だった。でも、今となってはいい思い出だなあ。皆と乗り越えたからこそ、今があるんだし」
     朔夜も子供達が遊ぶ姿を視界に入れつつ、思い出話に浸る。天音が子供達に一口サイズの琥珀糖の包みを配っている。子供達は目を輝かせて大喜びだ。
    「子供達にも少しづつ話している所なんですよ。周りの人達を大事にしなさいと。これは戦いの日々で強く感じた事ですからね」
     大変なこともあったが、灼滅者だからこそできた経験もある。燐は親としてこうして伝えることができるのも、あの日々があったからだと思うのだ。
     涼子は船の上でもカメラでみんなを撮影して回っていた。
     この平和な日々を守り、作り出すことに尽力した頼もしい仲間達にせっかくの機会だから、感謝を伝えたいと思っていた。
    (「でも一人一人に伝えて回るにもタイミングが難しいし、改めて伝えるのも今更感が満載で……」)
     それになんだかとても照れ臭い。もし伝えられなかったとしても、この写真で作ったアルバムをみんなに送ろうかと思うのだった。
    「地獄合宿、大変だったけど楽しかったよな」
     瀬戸内海の穏やかな水面を見つめながら、勇弥は懐かしみながら呟く。そして、それぞれめいめいに楽しんでいる皆を見て目を細める。
    「大切な皆とのんびりと船の旅なんて夢みたいだ。実くん、ありがとうな」
    「……喜んでくれたなら、何より」
     勇弥の感謝の言葉に、目を瞬かせた実だが、船で楽しんでいる皆をちらりと見つめ、思ったことが素直に口からこぼれる。
    「俺も……楽しんでくれたなら何よりだし……」
    「……今回来れなかった皆も含めて、さ。あの戦いの頃、皆が居たから最後の一線で踏ん張れた。俺にとって皆が宝物だよ」
    「……皆がいるって事、忘れたら。俺が困った事になってたから」
     闇堕ちを経験している二人だからこそ、仲間の大切さがより強く感じられるのかもしれない。
    「俺も加具土も、君の楔の一つになれてるなら嬉しいよ」
     実はじっと勇弥とクロ助と加具土を見て頷く。
    「楔、大事」
     そんな二人と二頭の様子を涼子のカメラがとらえる。
    「勇弥さん、桃野さん。いつも本当にありがとう。同窓会の企画と、船を快く提供してくれて、本当に感謝しているわ」
     ようやく感謝を伝えることができ、涼子もすっきりとした気分になる。照れくささもあるけれど、旅行中、機会があれば全員に感謝の気持ちを伝えようと思うのだった。


     船は次の目的地である別府へ。
     臨海学校で訪れた別府湾。あのときは海が温泉みたいだったと懐かしく思い出しながら、海を眺める。そして夜は当時を思い出して、魚介料理をいただく。
    「あのとき、ガイオウガの力の影響で魚がとんでもなく大きかったわよね」
     土鍋で炊いた鯛飯を食べながら、涼子がその時を思い出し、微笑む。
    「神鳳さんがさばいてた伊勢エビ、めちゃくちゃ大きかったですもんね」
     でも美味しかったなあ、と凜も笑顔に。
    「……ハマチも美味しかった」
    「実くんの作ってくれたハマチのお寿司、美味しかったね」
     新鮮な刺身を食べながら、実の言葉に勇弥も頷く。
    「クロ助もご馳走に喜んでた」
     臨海学校の思い出を懐かしく語りながら、別府の夜は更けていった。


     船は順調に航路を進み、いよいよ最終目的地の沖縄に到着した。
     実がしっかり準備してくれていたおかげで、道中の船旅もとても快適に過ごせた。
     天音から皆に伝えたいことがあると聞き、全員が天音の言葉を待つ。
    「皆さんに重大発表がありますっ!」
     真剣な表情で取り出したタブレットに写るのは二枚の写真。
     一枚は飴細工やマジパン、チョコレートのリボンで飾られたケーキ。もう一枚は集合写真の真ん中で賞状を手に胸元に金色の勲章を付けた天音の姿。
    「ひょっとして……」
     察しがついた凜が呟くと、天音がうんと大きく頷く。
    「この前みんなに話してた年明け開催の国際大会。先日の日本代表選考会で、あたし、代表に選ばれました!」
    「おめでとう!」
    「がんばってね」
     皆が口々に祝福と応援の声を上げる。天音が旅の間、熱心にスケッチを取っていたのは、次の大会に向けてのアイデアを集めていたのだとわかる。
     開催はフランスで、最高の報告が出来るよう頑張ると、天音は輝く笑顔で告げた。

     沖縄の陽射しは暖かく、秋でも海水浴が充分楽しめる。
    「ふふ、まるで水を得た魚ですね」
     海にはしゃぎ回る子供達を見て、燐が笑う。
    「あの子は私にそっくりに育ったみたいです」
     陽和も息子のはしゃぐ姿を見て目を細めて呟く。
    「子供達にもいい経験になるだろうね」
     妻と娘に手を振りながら、朔夜。
    「ほら、ここが沖縄の海よ」
     エリノアが娘たちに語りかける。好奇心旺盛なのか、次女は目を輝かせながら海を見つめている。人見知り気味な長女もこの数日間で皆に慣れてきたようで表情も明るい。
    「海に入ってみようか?」
     さくらえが手招くと、子供達がうんと頷き駆け寄る。その姿をエリノアが優しい眼差しで見つめ、涼子がぱしゃりと写真におさめる。
    「天音ちゃん、見てー! これが沖縄の海だよー!」
     凜が波打ち際から天音に手を振る。美しいエメラルドグリーンの海は昔と変わらない。
     修学旅行のみならず、戦争でも行くことがあったと、セイレーン城の禍々しさを思い出し一瞬背筋がひやりとする。
    「……やっぱり戦いじゃないときがいいなぁ。観光も目一杯楽しもうね!」

     海水浴の後は国際通りでお土産選び。
    「そういえば親睦旅行で沖縄に来た時、バウムクーヘン食べたね」
     さくらえの言葉に、勇弥も思い出し頷く。
    「そうそう、店頭で作ってる店があったなあ」
     あの時は、こんな形でまた沖縄を訪れるとは思っても見なかったけれど。
     戦いはいつだって一人でなく、いつも仲間達がいた。あの日々を共に分かち合い駆け抜けた仲間達と今もこうしていられる幸せを噛みしめる。
     願わくば、これから先も――。
     フィニクスは皆の居場所であり続けるだろう。

    作者:湊ゆうき 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月22日
    難度:簡単
    参加:12人
    結果:成功!
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