クラブ同窓会~地の恵

    作者:中川沙智

    ●何でもないある日
     祟部村。
     のどかなその村の一角、旧式の日本家屋を改装して作られた村役場にて。
     広々とした和室の中心には少し気の早い炬燵が備え付けられていた。火鉢もある。囲炉裏も完備だ。その周りには、秋の味覚に限らず山野の恵みが所狭しと並べられている。
     新米は勿論、南瓜、芋類、各種きのこ、銀杏、山菜。林檎、梨、栗、柿、葡萄などなど。積まれたクーラーボックスには鮎や秋刀魚や鮭や鯖や牡蠣やいくらが入っている模様。食材の山は縁側までせり出しているから総量も種類も一見見当がつかない。台所も既に食材でいっぱいだ。
     守森・六花(村長代理・d34107)が玄関先で何やら話している。
    「ありがとうございます。わ、血抜きも完璧……」
     地元の猟師から渡されたのは鹿の肉だった。先刻は別の猟師が猪やら熊やら鴨やらを置いて行ってくれた。他にもあるかもしれない。酒類もあるが、訪れた面々が皆成人していると確認してから蔵から出そう。
     つまり、口にするものには事欠かない。
     むしろ消費しなければとても保管しておける量ではない。
     六花は準備の疲労が溜まる肩を揉み解す。激しく面倒ではあるが、他にやる者がいないのだから仕方ない。ちなみに村長たる祟部・彦麻呂(快刀乱麻・d14003)は暫く不在らしい。
     踵を返そうとしたところで、玄関に訪れた者の姿を認め、六花はぺこりと頭を下げた。
    「ようこそいらっしゃいました。持ち込みですか、ではどうぞこちらへ」
     鹿肉片手にどうぞと中へ促した。しばらくすれば、三和土にはかつて祟部村に居た者、その知人だった者、あるいは初見の者の靴で溢れる事になるかもしれない。
     そうして囲炉裏を囲んで、昔話と洒落込もうか。
     あるいは近況報告でもいい。未来の展望を語ってもいい。
     だって、同窓会ってそういうものだから。


    ■リプレイ

    ●鹿の炭焼き
     雲ひとつない、清々しすぎるくらい晴れた日だった。
     村役場は、十年前に皆が集まっていた時より時を重ねて、軋んでいる。けれど手入れは行き届いている。恐らく彼らが去ってから移住してきたエスパーの面々が、彼らの功績を重んじ大切にしているおかげだ。
     培われた思い出は、今に続いている。
     最初に村役場に足を踏み入れたのはファムだった。手には水気を絞った雑巾。きゅ、と音を立てて磨き上げるのは、金魚鉢だ。放っておいた期間が長いが故に埃がこびりつきくすんでいたけれど、根気よく拭いていれば昔通りの透明さが戻ってくる。
     底を覗き込むように透かせば、赤茶の眸が真ん丸く映る。
    「これ捨てられてなくてヨカッタ~」
    「あ、テレビもきれいになってるわね。お疲れ様」
     エプロン姿の小鳥居・鞠花(茜色エクスブレイン・dn0083)が台所から顔を覗かせる。ファムの要望に応えて芋類を蒸かし、鍋の下拵えを終え、米も研ぎ終わったとの事。
     そろそろかな、という予感は的中する。玄関で賑やかな声が聞こえる。
     ファムは金魚鉢を畳の上に置き、出迎えにいく。すると玄関で感慨深げに視線を巡らせる蔵乃祐と、年齢を重ね美貌にさらに磨きがかかった謡、舶来の酒らしき瓶を手提げ袋に揺らす玲がいた。
    「この村役場。リフォームされているんだね……」
    「村役場もそうだし、村自体もこんなにも人と自然に恵まれた土地になるとはね」
     しみじみ。あ、いい匂いすんねと玲が鼻をくんくん鳴らす。会わぬ間に成人を果たしたファムに、蔵乃祐が首傾げ。
    「一番乗りだったの? というよりたまに来てるの?」
    「ウン。村はチカバだしたまに通ってるよ。故郷気分で気兼ねなーく狩りが出来る。ここのトッケン?」
    「ともかく上がろうか」
     謡が靴を脱ぐ様に周りも倣う。各々が土産らしきものを持ち合わせてはいるが、開帳は皆が揃ってからにしよう。
     囲炉裏に炭を入れ、台所からは栗と米が炊ける匂いがする。これは栗ご飯だな、と玲が予想を立てる間にも、更に賑やかな声が玄関に訪れる。
    「はいはーい久し振り」
    「皆元気そうだね」
    「みなさんお久しぶりです!」
     レオンが軽妙に嘯く傍ら、いろはは何と十歳くらいの男の子と手を繋いで現れた。花色が大量に持ち込んだのは、どうやら様々な形や色を成すお猪口だ。酌をする気満々だから、念のため持参してみた。
     三和土にそれぞれの個性が見出せる靴が溢れる中、まだ来訪者はやってくる。
    「幼稚園教諭既婚子持ちのニエです、どうも」
     端的すぎる近況報告を済ませた仁恵の傍ら、一途が当然の顔して靴を揃える。夏蓮も懐かしさをぱっちりした双眸に浮かべて、きょろきょろと周囲を見渡した。
    「こうやって集まるとあの頃と何にも変わってないねー」
     囲炉裏の周りに集まった顔ぶれを見ていると、十年前に戻ったかのようだ。秋の実りが豊かな季節に、他愛無い日常を重ねたあの頃の瑞々しさがよみがえる。
     料理が出来上がるまで、えいひれやら鮭とばやら手近なつまみを広げていたところで、一際大きく玄関の引き戸が開く音がした。
    「ただいまー! お、やってるやってる~」
     真打登場とばかりに明るい声が響いて、それから姿を現したのは彦麻呂だった。何やら荷物が多い。謎の絨毯や太鼓や、背負っているのはやけにリアルな象の置物に見えるが、どこからそんなものを入手したんだと皆の視線が総ツッコミを入れる。
    「うわっ。田舎のおじいちゃんの物置みたいな装備ですね彦麻呂……」
     仁恵が代表するが如くに声を上げる。ははーん。なんて何かを納得したような呟きも添えて。
     ざっと見る限り未成年はいなさそうだ。お猪口に思い思いの酒が行き渡ったところで、村長らしい事をしようと彦麻呂が立ち上がる。
    「じゃあお久し振りでーす乾杯!」
     ノリと勢いで彦麻呂が声を上げれば、誰ともなく盃を合わせ音を鳴らした。

    ●舞茸の天ぷら
    「僕らが去った後で移住して来たエスパーの皆さんが、この場所をここまで立派にしたんだな……」
     感慨深げに蔵乃祐が呟いたのは、手にした爪楊枝の先の、乾燥無花果を鴨のベーコンで巻いた肴をまじまじと見ていた時の事。無花果も鴨もエスパーからの差し入れだ。口に放り込む。燻製と甘さのバランスが実に絶妙だ。
     自分達が集まって駄弁っていた頃は、一般人は村で一人も見掛けた事がなかった。十年。その間に変化は確実に訪れているのに、こうして囲炉裏の周りに集まったならば、最近気になる映画の話なんかをしていた頃と何も変わらない。
    「卒業して以来久し振りに来たけど、変わった人も居ればあまりそうでない人も色々だね。十年前に管理してた村の畑がどうなってるのか誰か知ってる?」
     いろはが問うと、台所から大きな鍋を持ってきた鞠花が言う。
    「それって裏の? 家庭菜園通り越して農業王国みたいになってるアレなら、エスパーの人が分担して管理して、四季折々の野菜が採れるようになってるみたいよ。ちなみに皆は豚汁ってお芋何で作る派? 里芋? じゃがいも? さつまいも?」
     鞠花の問いに様々な反応が返る。意見がなかなか割れていく。今回は里芋にしてみたらしい。漆のお椀に注いで手渡しで配っていこう。
    「味噌汁ってやっぱ染みるね!」
     海外生活がすっかり馴染んだ玲の言葉は実感に溢れている。鮎の塩焼きが程よい火の通りだ。串を掴んだレオンが「あっつ」と一瞬怯んだのもご愛敬だ。灼滅者にダメージはない。
     炙ったししゃもを食みながら、謡が集まった顔ぶれを見渡しながら言う。
    「あの頃は大きな陰謀を阻止する相談をしたり、焼いたり焼かれたり殺伐としていた事もあったけれど、それもまた良い思い出という事かな」
     祟部村には練度の高い灼滅者が集まっていたし、いざ難戦に挑むとすれば頭を寄せ合い緻密な作戦を練っていたように思う。大層立派な武闘派村であった。
     それでいて遊ぶ時は本気で遊んでいたように記憶しているから、思い出の密度が濃いのも当然か。
    「まあ今日は非番だからね。久々に寛がせて貰うつもりだよ」
     蔵乃祐が、というわけで、と言わんばかりに視線で促した。
    「じゃあ近況報告始めよう。私は普通に働くのもつまらないし、あちこち旅しながらのんびり過ごしてるよ」
     OKサインを出し栗ご飯を口に運びながら彦麻呂が言う。そこらへんに彦麻呂の土産だというタイ語表記の缶詰が転がっているが、誰も読めないから中身がわからない。ハイパーリンガルも読み書きには通用しない。
    「世界各地の伝承とか調べてみたりね。ああいうのって、ダークネスが関わってた事も多いからさ。そういった視点で見ると存外面白かったりするよ~」
    「あ、ひこまろさんと被った!? アタシも色んな場所の『本当の歴史』調べたりしてるの大学で」
    「大学生か! フィーノちゃんもおっきくなりましたねえ!」
     お椀の中の大根をつつきながらファムも挙手。ついつい花色が感嘆し、成人ならいいよねとばかりに酌をする。
    「おや、ヒコさんとファムさんも歴史研究に勤しんでいるんだね。私もそれを生業とさせて貰っているよ」
     謡も笑みを深める。
    「この十年で幾つの歴史が改められたか。その大半に灼滅者が関わっているのだから、ある意味では狭い世間ともいえるかもね」
    「確かに。そういう稼業に携わってる人多いのかもね」
     感嘆の息を零しつつ、美味しい牛乳も選んできたからみんなで飲もう! と夏蓮が持ち上げたのは一升瓶。白いそれは所謂濁り酒だ。注がれて、一途が何気なしに呟いた。
    「歴史ロマン素敵ですね。面白い話聞かせてください、今度配信のネタにするので」
    「配信?」
    「仕事でYouTuberしてます」
    「えっYouTuber?」
     いろはの問いに一途がさらりと告げる。花色が驚きを顔に貼り付けている間にも、銀杏の素揚げを頬張りながら一途は続ける。
    「在宅の仕事にしたかったので。育児系でそこそこ人気あります」
    「育児?」
     疑問符の連発。レオンが首傾げたところで、言ってませんでしたっけと一途が仁恵にちらりと視線を向けた。
    「私は今ニエさんと同居してお子さんの面倒見させてもらってます。かわいいですよ。写真見ますか?」
    「へええ! えっ猪坂先輩の子どもを? へ、へええ……」
    「アカはまたすぐ子の写真を……あ、その響可愛いでしょう。ニエに似て」
    「どれどれ。本当だ可愛いね」
    「ふふ。琴も可愛いんですよ」
     花色が驚きのあまり目を真ん丸くしている傍らで、仁恵に似た面影の子供達の写真を囲んで、皆揃って興味津々と覗き込む。
     確かに築いた家族の幸せ。もしかしたら少し形としては特殊かもしれないが、それでも自分達がそれで幸せなんだから、それでいいのだ。
    「ジビエって言うんですっけ、こういうの。癖は有りますけど美味しいですね」
     鹿肉ステーキを咀嚼する仁恵が嬉しそうだから、それでいいのだ。玲が辛口冷酒を揺らめかせながら、周囲を見渡して言う。
    「私もあっちこっち、記録して見て歩いてる。結構そういう人多いね」
    「良かった割と定職持ちすくな  いやなんでもない」
    「なるほどつまり無職のお祭りじゃねーですか」
    「旅人旅人、無職って言うな! そういうそっちはどうなのさ」
     レオンがはっとした表情で口許を押さえる。仁恵のマジレスに玲が裏手でツッコミを入れ、水を向けたのはレオンに宛てて。
    「おにーさんは相変わらず世界中回って火消しの旅って感じ。人死には出なくなっただけで火種なんて残りまくりだからね。これ終わったらまた厄介ごとを潰して回るお仕事っす」
     ある意味で歴戦の灼滅者ならではの役目。同業だねなんて軽く肩ぶつけ合うのも、通じるところかあるからだ。
    「当分日本に居るから、何か仕事あったら紹介してよ。そうそうこれ最高でしょ、戦場のど真ん中で自撮りした写真!」
     覗き込んだら、明らかに粉塵爆発が巻き起こっている中でピースサインをかます玲がいた。
     全員が「らしいね」と納得していたのは、むべなるかな。

    ●鮭のホイル焼き
     いろはが学生時代の芸術発表会で優勝した際のレシピを披露した。柿をメインに旬の果物を使った甘辛いソースに付け込んだ串焼き肉は、炭火で焦げ付く匂いすら絶品。鞠花のみならず翔も、ありがたくご相伴に与った。
     皆で舌鼓を打ちながら、話題は花色の現在へと向かう。彦麻呂が口許覆って眉根を寄せた。
    「婦警ってもしかしてそういう企画モノ?」
    「ちょっとお! いきなり企画物とかやめてくださいよね! ガチですよガチ! 敏腕警察官です!」
     そうなの……? 本当にそうなの……? とざわざわする仲間に懸命に花色が弁明する。
     警察官になったし、結婚もしたし、子どもも産みましたよ。そう告げたのだが、まだざわざわしている。不本意だ。でも。
    「自分でもちょっと意外なんです、こんなことになってるの」
     呟きは炭火が弾ける音に紛れない。お肉を呑み込んで、顔を上げた。
    「でも、あの日々で今日この日が作れたってンなら、また少し自分の人生に誇りが持てそうな気がしますよ」
    「……はずかしいこと言うのタノシイ?」
    「むごい!!」
     ファムが茶化しながらもはにかむのは、同じ気持ちが根っこにあるから。参ったなと頭抱える花色の傍らで、小さな男の子がぐびぐびと林檎ジュースを飲んでいた。いろはが口を拭いてあげている間大人しくしている少年を見て、レオンが興味深げに瞬いた。だっていろはは未婚だって聞いていたから。
    「この子お子さん? 何歳? よくデキた子じゃないか」
    「んー、そう。いい子なんだよね。びっくりするくらい」
     曖昧に言い淀む。敢えて追及はしない代わりに、レオンは男の子に視線の高さを合わせて微笑んだ。鞄から色々取り出してみる。
    「いい子にしてるご褒美に面白いモノをあげよう。異国の金貨とか銀貨とか変な銅像とか……銅像は怖い? 要らない? ですよねー」
     それでも知らない偉人の横顔が彫られた硬貨は興味を持たれたらしい。いろははほくほく顔の男の子の頭を撫でる。玄関を出て右に真直ぐ進んだところに神社があった筈だから遊んでおいで、そう促して手を振った。
    「異国ですか……私も世界平和目指して外国で王様してたこともありましたよ」
    「王様って何??」
    「でもまあ、もういいかなって。戦場の空気懐かしいです」
     蔵乃祐の問いをガン無視して、一途がお猪口を空にする。夏蓮がそれに再び酒を満たした。ふと、興味本位で一途が視線を流す。
    「そういえば朝比奈さんは何なさってるんですか」
    「よくぞ聞いてくれました!」
     さつまいもの天ぷらを食べ進める箸をいったん止めて、夏蓮はえへんと胸を張る。
    「私は箒飛行ショーとかやりながらいろんなところに行ってる! やっぱりこの力はみんなを笑顔にするために使いたくてさ!」
    「常にエイティーンアンチエイジング……魔法少女ここに極まれり」
    「魔法少女は二十になる前に卒業したの……!」
     察し、みたいな顔貌で蔵乃祐が宣うから、腕で大きく×を作って対抗。
    「朝比奈さんも人妻系魔法少女かぁ……」
    「人妻魔法少女はやってないってばー!」
     一途の呟きに反射で返すも、はたと夏蓮は思い立つ。隅にある座卓にだん! と乗り、キメッキメのポーズ。
    「正義の魔法少女! アサヒニャーレ!」
    「キミは……人妻魔法少女!」
     ハッ、口許に手を遣り仁恵が閃いた。アサヒニャーレのノリに追従。
    「今日は人妻魔法少女アサヒニャーレのマスコットパョ。ニャーレチャン今パョ」
    「よっし……!」
     しかしそこで仁恵が飽きた。座卓から離れ南瓜グラタンを掬って口に運ぶ。
    「……えっと?」
     夏蓮が我に返った瞬間、沈黙が落ちた。
    「……久しぶりだと恥ずかしいよー!」
     わあっと顔を覆った。よしよしと花色が頭を撫でる。謡が舞茸のバター醤油焼きをそっと差し出した。
    「ままま、とりあえず飲みましょうよ。焼酎も日本酒も美味しいモノですよ」
     何食わぬ顔で仁恵がよいせと注ぎ足したなら、底が見えた。
     酒豪が多いのだろうか、そこらに空の瓶が転がっている。

    ●栗ご飯
     酒が進むも、ひどい酔い方をする者もいなかったので、だらだらまったりと宴会は続いていく。
    「私はロックで、ほら世界廻ってると飲ミュニケーション大事だからさ。ほらほら、翔くんはストレートで」
    「そうか。頂くよ。……飲んだことはないけれど」
     玲曰くのとっておきのスコッチをちびちび味わうのもまた楽しい。
     学生時代のコミュニティは、存外居心地がよかったと思い出す。
    「皆ワチャワチャですね。変わったのに変わらねーっていうか」
     仁恵の発言が正鵠を射ている。つまるところ、十年前のノリとあまり変わってなかった。
    「ぶっちゃけ社会不適合者って言うか、どうにも平和な世界が馴染まなくって。お婆ちゃんになる前にちゃんと生き甲斐見つけなきゃなー」
    「ヒコさんは大丈夫な気がするけどね。きっと没頭出来るものが見つかるよ」
     彦麻呂と謡がみかん酒(ロック)をちびちび啜りつつ、視線がかち合えばふと、笑う。
     今年の柿は甘いらしい。生ハムを巻いて食べると、生ハムメロンの類型みたいで肴にもデザートにもいい。謡が爪楊枝を皆に配りながら、ついでに冷たい緑茶も振舞って歩く。
    「刺激の多い学生生活だったから、長閑に過ごせる今も悪くないね。けれど確かに、今の生活は十年前の延長線上に続いているものなんだなと思うよ」
     十年、長いようで短い時間。
     ファムは指折り数え、途中で放り投げた。
    「十年前はよくわかんないまま選んじゃったけど……だって、今の年の半分だよ?」
     想像もつかなかった。
     未来予想図が明確な人はそんなに多くはない。
     でも過去から今、そして未来は同じ道で繋がっている。
    「今なら言えるよ。あの数年も、その後の十年も、タノシカッタって」
    「……そうだね」
     かなりの量を飲んでいるはずなのに顔色一つ変えず、いろはは遠いどこかを見ながら呟く。嘗て喪ったものが大きくて、惑う事がないといえば嘘だ。
     それでも。
    「十年前の選択が正しかったか間違ってたかは未だに判らないけれど。今も此処に生きてるってのが答えなのかな」
     そうなんだよね。
     誰かに語り掛けるように、囁いた。
    「あの頃は無我夢中で、味方や敵ですら、各々が目的の未来を手繰り寄せようとして必死だった」
     蔵乃祐が硝子杯を透かして陽のいろを見る。光の側には闇があった。その日々は困難ではあったが、煌いていた。蔵乃祐が目を細めれば、一途も小さく呟く。
    「正しく青春だったよ」
    「……はい、楽しかったです」
    「まあそう黄昏ずに。皆が揃う機会も無いだろうし蔵乃祐のカメラで記念写真を撮ろうか?」
    「任された。ほら、このカメラ、ずっと使い続けてるんだよ」
     いろはの提案は快諾される。十年前からずっと愛用中の取材用カメラは、表面に幾つか細かい傷がついている。けれどそれも勲章だ。変わり続ける世界を見つめてきた証だ。
     タイマーをセットして肩を並べよう。誰が前に座るか後ろに立つかなんてもめ合いつつ、浮かぶのは笑顔ばかり。
     切り取られた、豊かな秋のいろ。
    「ばたばたしてて十年間ずっと言いそびれてたけど皆、ありがとね!」
    「こっちこそ。皆と出会えて、色んな事感じれて楽しかったよ。ありがとね」
     蔵乃祐と玲が拳と拳をぶつけ合う。笑みが、弾ける。

     賑やかな夜が更けていく。
     呑んで騒いで疲れたら、囲炉裏の周りで雑魚寝が始まったのは呑気な笑い話の範疇だろう。

    作者:中川沙智 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月22日
    難度:簡単
    参加:11人
    結果:成功!
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