クラブ同窓会~露草の時、褪せぬ香りと

    作者:那珂川未来

    ●露草に
     筆を止め、自身が通った学び舎を、今は違う角度から見ている。
     外観も幾分古くなったな、なんて思う傍ら。改修工事で見違えた一部の建物を見ると、何か寂しい気持ちになるのは何故だろうか。ひらり舞う、山吹色の銀杏の葉が余計哀愁を誘っているのだろうか。
     教師になった今、教室から見た景色とは違う、いち教務室からの風景は、生徒達が作り出す喧騒、小社会から離れ、何処か孤独を感じさせる――そんな一室で野乃・御伽(アクロファイア・d15646)は思う。
     ――今思えばこの教務室、露草庵にも雰囲気似てんだわ。
     この一部屋にて綴る文の宛先は、それこそ露草庵に嘗て住んでいた者たちへの招待状。再び筆を走らせようとした刹那――教務室をノックする音。
    「どーぞ」
     と、御伽が返せば、失礼しますと利発そうな声と共に扉が開き、
    「野乃先生、お茶会で使う主菓子の案が纏まりました」
     茶道部の部長である沙代が、御伽へと審査を求めた。

     現在の武蔵坂学園の生徒の多くはエスパーとなっている。10年もたてば、この世界の理が変わったのだということを特に身近に感じるのが、灼滅者であり、教師でもある御伽のような人物だろう。
     なので、教え子で茶道部の部員の多くはエスパーであるし、その関係者の多くもエスパーだ。
    「ま、しゃーねーよな」
     御伽は残念そうな響きで独りごちる。いくら露草庵という個人の所有する寮であっても、部活動として行う以上、不特定多数のエスパーが訪ねてくる可能性がある場所にダークネスを招くのは問題があるので、ダークネスは招けない。
     いち教師として、守るべきところは守らなきゃなと思いつつ――ただ、主菓子を老舗への注文ではなく一部の生徒による手作りにしよう、と。
     御伽はデザインとコンセプトが描かれた案を見ながら、露草庵で生活している部員達らしい斬新さ、楽しさ、絵画的な三者三様の主菓子を、あの器に並べりゃきっと露草庵の景色にも映える――これはきっと良いお茶会になると思った。

    ●拝啓
     深秋の候、皆様方におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
     あれから10年が経ち、皆様も多方面でご活躍されているとご拝察しております。
     さて、私が顧問をしております、武蔵坂学園茶道部によるお茶会を催し、皆様にお茶の楽しみを満喫いただく存じます。
     今回部員達によります手製の茶菓子もご用意させていたいだいており、紅葉と再会をテーマにより多くの皆様にも楽しんでいただけますよう趣向をこらしておりますので、お誘い合わせのうえお越しいただければ幸甚に存じます。
     ――と、まあ教員らしい堅っ苦しい案内もそこそこでな。作法とかは全く気にしねぇでいいから、生徒達の練習の成果を堪能してもらいつつ、昔話でもどうだ。
     あの頃とかわらない、露草庵で。

     案内文に最後は砕けた文句で締めるのもどうかと思ったが。
     けれど仲間内での同窓会ならそれもあり。
     御伽は最後の一枚の宛名を書き終えると、その名を見つめながら懐かしそうに笑った。


    ■リプレイ

     天は薄青を伸ばし、地は山吹色を湛えて。風に混じる紅は、山から送られた深秋の便り。
     久方ぶりの露草庵の門戸の前、嵐はしばし耽っていた。
     風合いも、変わっていないような気がした。本当はもっと趣を増しているのかもしれないけど――思い出のまま在り続けるというのは、とても難しい。
     呼び鈴に手を伸ばしたけれど。嵐は柄にもなく入るのを躊躇って。
     御伽や音雪とか、連絡とっていた奴もいるけれど。覚えててくれるかな、そんな不安が、少しあって。
     呼び鈴のつつましい音が、そんな嵐の心を反映しているかのようだった。

    「わぁ、懐かしいね」
     素直にそんな言葉が零れた。涼風は、紅葉のフレームに彩られた薄青の穹を見あげる。
    「あれから十年も経ってるんだね……」
     けして長くは過ごさなかった場所であってもこの場所が温かい思い出としてずっと心にあったんだろうと、涼風は感じて。記憶を紐解けば溢れだす、平凡な時間であり、優しい時間――そんなあたりまえなのに風化しない過去。
    「確実に五年は訪れていない俺でも、懐かしいと思うのだからな」
     十年の涼風ならより強く感じて当たり前だろうな、と貢は笑って。
     才葉はいつかの記憶、ほんの少し古びた写真をその趣ある家屋に重ね見て。
    「でもすごいよね。あの頃から十年経っているはずなのに――」
     何も変わらない。
     そこから見上げる空の色も。この古くなった木の風合いも。渋く褪せた屋根瓦も。そりゃちょっと視線をずらせば向こうに見える、変わった街並みの切れ端が、山吹の向こうにちらついているけれど。でも露草庵は何も変わっていなくて。
    「時間が巻き戻ったみたいだ――」
    「だろ?」
     耳に届いた声色に、才葉は思わず目を見張る。
     いらっしゃい、御伽はほんのりと口元を綻ばせ。久し振りに見た才葉の顔に、年齢に入り混じるあどけない懐かしさを感じながら。
    「おかえり」
     あの時の露草庵が、そうであったように。
     その響きは、ほっとするような景色の色と同じだった。

     庭園から見える景色は、あの頃のまま。風にさざめく水の音、優しい山吹色は、紅と共に舞う。
     音雪は昔のように着物を纏い歩けば、「戻ってきた」と感じがして、仄か秋の香りと共に空気を吸い込んだ。
    「音雪ちゃんは、露草庵はお久しぶりさんなんだねぇ」
     夜音は、一緒に来た音雪は勿論、御伽と嵐には、時々顔を合わせてる。この景色も他の皆よりはまだ馴染みがあるから。他の人と「此処」で会えるという事に、とてもわくわくして。
     だから――。
     先に来ていた彼等の顔に、ふわりと微笑み、手を振った。
    「お久しぶりです」
    「えへへ、元気さんだった?」
     おっとり顔の音雪と、夜音が愛らしく尋ねる姿は、全然変わらなくて。ただ音雪は前よりも着物姿がさまになっていて、時と共に培ったものがほんのりと雰囲気に滲み出ていると感じ。夜音は前よりは伸びた髪の毛が、いくらか大人になったのだと囁く様に、透明に煌めいていた。
    「……案外どの顔も判るものだな。道も覚えていたし、そんなものなのかもしれん」
     名乗らずとも速攻でわかってしまうことが、なんだか嬉しくあり、驚きもあり。10年という年月で大なり小なり何か変わったとしても、それぞれが持つらしさは簡単に消えるものではないのだと貢は思う。
    「よう。皆早いね」
     皆の姿をみとめて。嵐は緊張しながらもグラサンを上げて、
    「あたしだよ、あたし」
     久しぶり、と柔和な笑みを向ける嵐。
     間近に交流があった夜音は、勿論だけど。誰もがそのアルトボイスの響きを、忘れるわけもない。
    「杠も久し振りだな。元気だったか?」
     貢は、露草庵の光景以上に、共に此処に居るという空気と匂いが懐かしいと目元を緩めた。

     門をくぐれば届く賑やかな懐かしさ。茅花は思わず頬を緩ませたなら。
    「まま、わらったー!」
     にこにこ顔、ふたつ。綻ぶ瞬間を自然に察知してしまうのも子供ならではの才能か。
     並んで見あげる愛しいその頭を交互に撫でたなら。はしゃぐ声ふたつ。さらに元気に華やいだ。
    「うれしいの?」
     純粋な言葉に、
    「うれしいの」
     素直に響かせた言の葉。
    「ここはね、ぱぱとままにとって大切な場所なのよ」
     心地よい秋の風。茅花は、ほんのり冷たい風の指先に浚われ、思い出をちらつかせる様な紅が落ちてゆく様を見ながら。
    「たいせつ?」
     六歳の蛍は、ちょっと小首を傾げ。
    「きっと、ぱぱとままがであったばしょだー」
     八歳の燈は、無邪気に、楽しげに、自分が初めて出会ったお友達とのことのように。
     茅花はその面に慈愛を湛え、二人を抱き寄せるようにしゃがんで。
    「ほら、みて」
     奥ゆかしい、日本家屋。紅葉の風に浮かぶ、御伽の姿に。
     華やぎ、ふたつ咲いた。
    「ぱぱー!」
     露草庵に、響く二つの声。
     それだけで自然と綻ぶ口元、視線をそちらへ向けて。
     早く早くって手を引く二人を、静かにねってたしなめる茅花と目が合うなら。交わす頬笑みは、家族だからこそののどかなもの。
     手を引かれる姿は愛おしい。
     茶会の席に付く前に、御伽は駆け寄ってきた息子と娘を皆に紹介して――。
     大切なものは、こうやって時を紡ぎ引き継がれるのだろう。

     教え子の日頃の成果も見てやってくれよ、と案内され。御伽が自慢の生徒達を紹介する時に見せたはにかむ顔は、何処かで見たような人懐っこさを見掛けた傍ら、父親のような温かさも見えた。貢は学生時代に見た、何処か生き急いでいたような何かを知っていたから――野乃が教師とは驚いた、と言うつもりだったが。
     茶器の音を聞きながら、つらつらと考えていたもの、貢は成程と納得した。人生は積み重ねとも言うが、酸いも甘いも見た人間は説得力があるものだ。勿論御伽の場合それだけじゃないものを貢は分かっている。
     縁側にそよぐ落ち付いた風、濃厚な茶の香りが空に混じる。それが才葉の鼻孔をくすぐって、本当に帰ってきたと思う温かさ。涼風もその香りを楽しみつつ、ゆるり目を閉じる。露草庵の今の穏やかだろう日常を想像するなら、一生懸命な生徒さんを見守り微笑む御伽と同じように、自然と微笑みが浮かんだ。
    「普段紅茶ばっかりさんだけど御茶も素敵さんだねぇ」
     一通りの作法で御茶と主菓子を頂き、夜音は生徒さんがたの丁寧な所作に見惚れつつ、
    「御伽くんが生徒さんに慕われてる姿を見ると、ほほえまさんです」
     音雪も才葉もうんうん頷きながら、
    「とっても似合ってると思うの、先生」
    「うん。昔から面倒見良かったからすごく似合ってる!」
     皆に似合う似合うと言われ、ちょっとくすぐったそうな御伽をちらり見ながら、涼風は部長の沙代にこっそりと、
    「普段の御伽先生は、どう?」
    「そこ。今此処で答え辛い質問するんじゃない」
     びしっと亜高速で指摘しちゃう御伽の言い方に、
    「今、完全に先生だったね」
     ちょっとからかう様に、楽しげに笑う嵐。
    「俺の事はもういいって。んで皆は今何してんの?」
     くすくす笑ってる生徒たちの声は聞こえないふりして、御伽が話を振るなら、
    「今オレはずっと旅みたいな感じで世界中を歩いてるよ。いろんな景色が見たくてさ」
     是非皆見て見てと、才葉が取り出したのは、海外で見た景色の数々。様々な顔を見せてくれる空の色。
    「才葉さん旅をなされてたんですか! わぁ……このお写真とても綺麗です!」
    「ほんとう、この空の色なんて素敵さんなの」
     音雪と夜音は幾つもの美しい景色に目を輝かせるなら、それらを一つ一つ説明する才葉は、あの時見た少年の顔をしていると思うと、嵐は思わず笑みを零した。
     そんな風に、景色に幾つもの印象を焼き付けてゆける才葉の感性に感心し、景色に和みながら御伽は、
    「色んな世界を見て来たんだな。一緒に旅でもしたくなった」
    「ああ。良い写真だ。同じ場所まで行ってみたくなる」
     美しい景色をゆっくりとめくりながら、ふと貢が一枚の写真を選び取り、
    「……これはアメリカの」
     もしやあの街ではと、貢が的確に当ててくるものだから、
    「うん。すごいね、よくわかったね。ここちょっと田舎の方なのに……」
     分かってくれて嬉しいのもあるが、不思議そうな才葉へ。
    「ああ、答えは簡単だ。俺が外科医になってからアメリカ留学していた時にな。送ったろう、絵葉書」
     その時に遊びに言った覚えがあると貢は、どうやらとうの昔に言った周知の事実であるっていう顔して言うものだから、
    「確かに絵葉書は頂きましたが、お医者様なのは初耳ですのよ?!」
    「……書いていなかったか?」
     いつの間にお医者様になっていたのです? と音雪は驚かれて、貢はやや自分の言動に疑問を持った様な口調で、
    「まったく書いてなかったよ」
     これは思い込みってヤツだねと、嵐は笑いながら。
    「けどお医者さんなんてすごいなぁ」
     しかも外科医だなんてと、感心する涼風。
    「去年戻ってきて、この先の進路を考えているところだ」
     だから免許はあってもまだその技術を揮っているわけではないんだと貢。
    「じゃあ俺の主治医にでもなってもらおうかな」
     わりと本気で、貢が武蔵坂学園の傍で開業ないし就職してくれたらいいな、と思う。
     涼風はいくつかの写真を選び取ると、
    「ねえ才葉君、ちょっとお願いがあるんだけど。この写真、焼き増しとかしてもらえる? ロビーに飾りたいな」
    「ロビー? 何処の?」
     尋ねる才葉に、
    「俺は、今は天華で経営してる幾つかの企業を任されてるんだ。ホテルとか旅館の経営をしているんだよね。それで、この写真なんて合いそうだなと思って」
     涼風は名刺と、鞄からパンフレットを取り出して、このホテルだよと開いて見せて。
    「涼風さんは経営者さんなのね」
     涼風さんのお話も初耳さんと、夜音は驚きつつ。御伽は美しい景観に立つこの旅館の風情に、次の家族旅行で泊まらせてもらうからと約束して。
    「そしたら、御伽が泊まるまでにキレイな空の写真選んでおかなくちゃね」
     空は繋がっているから――そんな話を良く聞くけれど。才葉は、自分が撮った空が皆を繋げて、そして別の場所で感動を分かち合えるということが、すごく嬉しくて。
    「皆様すごいの……」
     音雪はお茶を一口飲んで、ほぅと溜息を零したあと。
    「あの、私、和菓子職人見習いなのですが、今日、作ってきたんです」
     お話に夢中で今更になってしまってと、ちょっと申し訳なさそうにしつつ、恥ずかしそうな顔で、
    「皆様、生徒さんも、よければどうぞ。「露草」です」
     包みから取り出すのは紫の花の練り切り。音雪が、此処露草庵と皆の事を思い出して作った、素敵なもの。
    「えと、かーやさんもお子さん達も良かったら、是非」
     子供たちがいるからと、縁側で微笑ましげに、懐かしげに、聞き役に徹していた茅花たちにもちゃんと用意していて。
     その色、香り、素敵な思いに――御伽はにかっと笑って、
    「露草か。思い出の分だけ特別な味がしそうだ」
    「早速頂きますね」
     燈も蛍もお礼を言うのよ、と子供達に言って。茅花は練り切りを一口。
    「ん、美味しいの」
    「今度個人的にも買いに行こう。これは作り手にも価値がある」
    「もし良ければうちと契約して旅館に置いたりできないかな?」
     貢と涼風が、作り手としてこれ以上ない言葉を掛けてくれるのは非常に嬉しいけれど、
    「わ、私ので、いいんですか……!?」
     まだ自分の腕に自信がないのか、音雪はわたわた。こんな素敵旅館に出してもらったり、わざわざ足を運んでもらったりしてもらうなんて恐縮過ぎて落ち付かなくなって。
    「だいじょーぶ。自信持ちなよ」
     本当に美味しいんだからと嵐にも褒められ、
    「あの、そ、そういえば夜音さんと嵐さん、まだご自分の近況を皆様に報告していないじゃないですか」
     有り難いのは勿論なのだがなんか恥かしくって、とにかく話題を反らして、今を落ち付こうとする音雪。嵐とは連絡とっているから自分は知っているけれど――その素敵な道はぜひ皆さんに知ってもらいたいし、もちろん夜音の近況だって知りたいし、何かをしているなら応援したいから。
    「あたし?」
     なんとなーく、音雪の必死さを感じ取って、楽しげに微笑みながら。
    「新作」
     と音雪に花束を渡して。
    「今は花や植物の研究をしてるよ」
    「僕は……ええと、のんびりしてるさん。元気にやってるよぉ」
     平和な空気と、懐かしさに花咲く今、ちょっとダークネス関係の活動をしてるとも言いにくく。けれど、夜音だとのんびりしていると聞いても特別違和感なかったりして。
     嵐が持ってきた珍しい花だけで作られた花束は、まるで嵐の様に鮮烈で、繊細で――音雪の思った通り、涼風はその素敵な花が市場に出るようになったら、是非飾りたい方向に話が盛り上がり。
     才葉は花の色を、空に透かしながら。
    「本当に世の中にはキレイがいっぱいだ――」
     時は巡っても、こうして賑やかで、あたたかな時間を過ごせること。
     御伽はこの時間を噛みしめる様に目を閉じながら呟く。
    「ああ、本当に――」
     景色だけではなく、縁も、絆も。
     誰もが素敵だったと思える時間がまた、十年後に訪れるように。

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月24日
    難度:簡単
    参加:8人
    結果:成功!
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