クラブ同窓会~ましろに描く花祭典

    作者:

    ●フラワーフェスタ
     ――花壇に花。プランターに花。鉢にも花。
     早朝の公園で、手に軍手を、胸には『運営』と書かれた名札を付けた人々が忙しなく花の手入れを行っていた。
     公園の3か所ある入口には、それぞれ赤、黄色、ピンクの見事な生花のアーチが、朝日を浴びてキラキラと煌いている。
     アーチを潜った先には、並ぶプランターが広い公園の中央に組み上げられた花が縁取る円形ステージへ向かって真っ直ぐに道を作っていた。途中、ところどころにまだ組み立て中のテントが見受けられる――どうやら出店だろうか。
     犬の散歩やジョギングに出ている近隣の人々は、脇の道路から公園を少しそわそわと嬉しそうな様子で覗き込む。その手に、今通りすがりに配られたチラシを持って。
     そこには、無数の花の写真の中にこう書かれていた。
     『今限りの、花の祭典。フラワーフェスタ2028』。
     花々が絢爛豪華に世界を彩る、季節は春――週末の公園で、催しの準備は急ピッチで進められていた。

    ●真白に描く
    「――大げさではなく、ささやかな場所がうちらしいと思ったんです」
     偶然にも幾年ぶりかの再会を果たした荻島・宝(タイドライン・dn0175)との会話の中で、柊・司(灰青の月・d12782)はこう語った。
     2人が居るのは日本の首都・東京に在って自然豊かな公園だ。週末・土曜日の今日、そこではちょっとした催しが行われる。
    「フラワーフェスタ。春らしい良い催しだよね、花を楽しみながら地域活性化! 俺も職場に手伝いの依頼があってちょっと早く来たんだけど、じゃあ柊君達も喫茶やるんだね」
     宝の問いに、司はこくりと頷いた。
    「はい。【ましろのはこ】――みんなに、便りを送ってみました」
     花いっぱいの公園での、催しの間だけの屋外喫茶――それを運営スタッフらしい知人から頼まれた時、司の脳裏にある記憶が蘇った。

     武蔵坂学園、その校舎から少し離れた道の先の、小さな小さな庵。
     人が通わなくなってもう何十年と経っていた。伸び放題の木々に、草ばかり生える庭。
     建物の屋根は崩れかけていて、外界と隔てる障子やガラスも既になく、ただ風が吹き抜けるのみだった場所。
     でも、そこを整えようとした時、手を差し出し、一緒に過ごしてくれた仲間達が居た――。

     【ましろのはこ】、あの場所での日々を語る司の淡い灰蒼の瞳が優しく緩んでいることに、きっと本人は気付いていないだろう。
     ダークネスと闘った学生時代は確かに激動といえるものだったけれど――決してそれだけではなかった。ひとりのごく普通の学生として、友人達とのささやかだけれど幸せな思い出が共にあったことを、司の心が確かに覚えている。
     だからこそ、まるで文化祭の模擬喫茶の様な今日のイベントに――あの頃の記憶が重なったのかもしれない。気付けば、同窓会気分で仲間へ連絡を取る準備を進めていた。
     そんな司を見つめる宝も、そっか、とつられて笑みを深めた。
    「喫茶ならコーヒーとかある? 休憩の時に寄らせて貰おうかな」
    「やるからには売り上げはきちんと上げますよー売上コンテストもありますし。割引には期待しない方向でお願いします」
    「あはは、バレた? 了解したよ部長さん」
     敢えて『部長さん』と呼称してまたねと背を向けた宝に、司は何だか懐かしくもくすぐったい心地を覚えた。
    「……みんな、元気にしてるかな」
     やっぱり自然と浮かぶ笑顔で見上げた空は快晴。来た時より少し太陽が昇っていると気付いた司は、慌てて今日の店の場所へと駆け出した。

     ――これは、世界が大きく動いた、ESP法制諮問会議から10年後のある春の日のお話。
     日本の首都東京の、在る小さな地域でのささやかな催しではあるけれど――かつて真白の箱を数々の思い出で彩った仲間達は再び集い、新たな真白へ大きくなった手を伸ばさんとしていた。


    ■リプレイ

    ●開幕! そして再会
     中央の円形ステージから、わっと歓声が上がった。
    「始まったみたいですね」
     開店準備を進める手を止め、柊・司(灰青の月・d12782)は声の方へと顔を向けた。
     ふわりと鼻腔を擽るのは、ステージ上から観客へと振り撒かれている生花のフラワーシャワーの香りだろうか。
     花の香りで場を清め、対象を災厄から守るその由来から結婚式で好まれる演出だが――青空に花びらが舞う光景は、想像の中でも成る程華やかで晴れやかだ。
     考えて、見たさに疼き始めた司の体を、芯のある落ち着いた声が静止した。
    「司さん? あれ、まだ着替えていないんですか?」
     ぴたり。中央ステージに向きかけた足を止め振り向いた先に、志藤・遥斗(図書館の住人・d12651)が立っていた。
     その出で立ちは、大正の書生を思わす袴姿。少し驚いた表情を浮かべるその面差しは知る頃より大人びてはいたけれど――確かに、よく知る友人のもので。
    「わー志藤君! お久しぶりです!」
    「ご無沙汰してます。……でもそれどころじゃないです。手紙で『大正浪漫カフェをします』って言ったの司さんじゃないですか! もう開会時間ですよ、早く着替えて来てください!」
     丁寧に頭を下げ再会の挨拶はしながらも、直後やや慌てた様子で司を更衣室へ促す遥斗。しかし。
    「いやー、初めての学園祭もみんな袴姿でしたね! あの時と同じくちゃんと着て来てくれたんですね、嬉しいなぁ……!」
     司は再会が嬉しいからか、進む足も鈍く、頬を紅潮させ満面の笑顔で遥斗を見つめている。
     幸い来場者達は中央ステージで開会式に沸いているようだが、終わってしまえば此方に流れて来るだろう――急がねばと遥斗が焦り始めた頃、傍らからくすくすと静かな笑い声が聞こえて来た。
    「大正浪漫カフェか、懐かしいの」
    「あれから身長も伸びたのに、まだ着れるものね……」
     振り向けば、そこには氷高・みゆ(幻月の花・d18619)と優霧・香奈芽(森ノ霧・d15522)。
     学生の頃から光透いて波打つ純白の髪と日本人らしい漆黒の艶やかな髪とが対象的な二人であったが、並び微笑む袴姿は懐かしくも華やか――そこにまた違う春が到来したかの様だ。
    「うわぁー! お二人ともお久しぶりです!」
    「お元気そうで何よりです。柊さん、志藤さん」
    「遥くんも柊も、懐かしいの」
    「良かった、姉さん、優霧さん!」
     互いに再会を喜びながらも、遥斗の安堵した声にはみゆが察した様に頷いた。香奈芽を見遣れば、彼女も新緑色の瞳を緩め、くるりとカフェの全容を見遣る。
    「どの様な調理設備かなと思っていたんですが、ケータリングカーを用意されたんですね。微力ながら私もカフェをお手伝いしますよ」
    「デザートは、優霧さん本職ですしね」
    「ふふっ。お菓子でしたら基本何でも対応できます」
     現在パティシエとして活躍する香奈芽は、今日の喫茶の即戦力。つまり、これで開店出来る――『頼りにしてます』と頷いて、遥斗は香奈芽を車内調理室へと促した。
    「俺はドリンクを担当します。メニューなんですけど、お客さんが来るまでそう時間もないから……」
    「そうですね、直ぐ出来るものから作り始めて……」
     二人の背中を見送る司は、もうとにかく嬉しくて仕方ない様子だ。しかし直後不意に掛けられた言葉に、笑顔は一瞬で驚きの表情へと変わった。
    「柊、ありがとうの。最近は研究に明け暮れておったから、また外で昔の様に皆で騒げるとは思わなかった」
     動きやすい様袴の袖を襷掛けしながら、みゆが司を見つめていた。
     現在は生物情報学研究機関の研究員をしているのだという。みゆの懐かしい微笑みが今目の前に在る――その事実に、司の胸がいっぱいになった。
     あの頃、毎年文化祭が楽しかった。だからこの機会にもう一度と願った。それが今叶おうとしている。
    「だが、昔と同じようでいて、大人になったわたし達はきっと更にいろいろなことが出来る様になっておるよ。柊もだ。あの箱は昔は無かった物だろう?」
     ふ、とみゆが笑みを深め指差した先には、積まれた蜜柑箱。
     農業を営む司が自ら育てた蜜柑をはじめとした沢山の果物。今日のカフェで提供しようと厳選したものだ。それを今、遥斗と香奈芽が見つけて――封を開けるなり司へ笑顔を向けた。
     言わずとも、気付いてくれた。それは繋いだ絆そのままに、でもみんな少し大人になって再び集った証なのかもしれなかった。
    「始まるよ、柊。……新装開店に店長がいなくては締まらぬよ?」
     少し悪戯っぽくみゆが笑った。『新装開店』――あの記憶の続きを願う、それが自分だけでないと感じればじわりと目頭に熱を自覚して、司はぎゅっと強く瞳を閉じた。
     嬉しいのだから、楽しいのだから今日に涙は似合わない――思えば笑み浮かんだ顔を上げ、司は元気にこう返した。
    「……はい! 皆さんと作る大正浪漫カフェ、売り上げ1位目指して頑張りましょう! 僕も着替えてきますっ!」
     言うなり更衣室へと駆け出した司に、行ってらっしゃいと仲間も笑う。
     ――見守る太陽と花達も、笑っていた。

    ●集合! そして開店
    「司さんが蜜柑を沢山くれたし、100%オレンジジュースと、蜜柑ジャム入りの紅茶と、珈琲は欠かせませんよね?」
     モダンなケータリングカーのカウンター前で、遥斗がチョークボードにメニューを書き込んでいた。
    「ふむ……わたしもみかんのシフォンケーキでも作ってみるか」
    「姉さんが?」
     遥斗が顔を上げると、『意外か?』とみゆが嬉しそうに笑った。
    「研究三昧の日々ではあるが、料理はそこそこしているからな、味は保証する」
    「シフォンであれば30分くらいで焼けますし、1時間置きに焼いたら丁度よさそうです」
     ケータリングカーの中から、香奈芽もみゆに賛同する。その手は既にお菓子作りを進めており、調理室にはカットフルーツの瑞々しい香りが漂っていた。
    「姉さんのシフォンケーキ楽しみにしてるね。後で少し味見させて下さい」
     笑顔でそう返す遥斗も、メニューを書く前からカウンターのコーヒーサイフォンを稼働させていたし、みゆは用意されたカフェテーブルを拭いている。
     時間が無いことを十分に理解し、事前の打ち合わせが無くとも必要なことを進める――事前に用意し運営した学生時代の文化祭とは決定的に違う点だった。みるみる内に考案されたメニュー名が並んでいくチョークボードに、遥斗は驚きと同時にわくわくと胸が躍る様な高揚を感じた。
    (「最近仕事が急がしかったし、気分転換になると良いな」)
     司書の仕事も遣り甲斐があるけれど、それはそれ。今日は懐かしい仲間と、懐かしい時間を楽しむのだ。
     文字で埋まったチョークボードを立て掛け、遥斗が新たなチョークボードに『大正浪漫カフェ”真白庵”』と書き込んだその時――新たな声が、青空の下に響き渡った。
    「大正浪漫カフェですか! 素敵ですね、お店の外からもう凝っていて。雰囲気が出ていますね!」
     傍らに置かれた大きな和傘を見つめる明るい声の女性を、遥斗は勿論知っていた。リオン・ウォーカー(冬がくれた予感・d03541)――和傘と同じ紅い瞳をキラキラと輝かせる彼女に、みゆが近付き微笑み掛ける。
    「ウォーカー、久しぶりだな」
    「氷高さんお久しぶりです!」
     少し大人びて感じた容姿も、笑顔は昔と変わらぬリオンのままだ。香奈芽も調理室の中から手を振ると、リオンの瞳が更に輝いた。
    「わぁ! 凄い、パティシエの香奈芽さんのお菓子が食べられるんですか!? メニューもみかんジュースにみかんのシフォンケーキ、みかんジャムのスコーンに……みかん尽くしと言うのもいいですね!」
     凄い、凄いとはしゃいで拍手する、その笑顔は天真爛漫。感激しきりのリオンに、遥斗は店員然と笑みを浮かべて席を勧めた。
    「リオンさん。珈琲の味見してみませんか? 結構良い味になってますよ」
     『此方です』と椅子を引けば、リオンも嬉しそうにちょこんとそこへ腰掛けた。リオンは袴を着ていないため、その様子は立派に書生店員とお客様。
    「ふふ、私は味見役ですっ! このお店最初のお客様にしてください!」
     悪戯っぽく笑みを浮かべそう言ったリオンの元へ、遥斗が珈琲を運んで来る。
    「では此方、春の花添え珈琲です」
     置かれたカップは、持ち手に開けられた小さな穴に花が1本挿してあり、テーブルに置かれた様はとても愛らしい。
    「うわぁ、可愛い! ちゃんとフラワーフェスタ仕様なんですね」
    「ふふっ。リオンさん、出来たてデザートもいかがですか?」
     そう言ってプレートを置いたのは調理室から出て来た香奈芽だ。『フルーツクレープ、蜜柑ソース添えです』と置かれたそれは、何種ものフルーツと生クリームをクレープ生地に閉じ込め、特製の蜜柑ソースを添えたもの。短時間でも手早く作れ、かつ美味しいデザートメニューだった。
    「わぁぁ、美味しそう!」
    「やはり凄いな、優霧。あの短時間で一品作り上げたか」
     感嘆の声を上げたリオンに、みゆもプレートを覗き込み感心する。頬を赤らめ『まだまだ修行中です』と謙遜してみせた香奈芽だったが、調理室の中には既にクレープ生地が山積み用意され、オーブンではスコーンやクッキーなどが着々と焼き上がりへ向かっている。今日の喫茶では彼女の大活躍が見れそうだ。
    「御馳走様でした! ふふっ、私はお片付け役などをやらせて頂きますね?」
     手を合わせ満足そうに感謝を述べ、自分の食べた食器を片付けようと持ち上げたリオンの肩に――ポン、と手が乗った。
    「――ふっふっふ。お久しぶりですリオンさん。お手伝いしてくださるんですか? では早速準備しないと」
     え、と振り向いた先には、袴へ着替え戻った司。ニコニコと満面の笑みながら、その手は獲物は逃さない、と言わんばかりのオーラを纏いリオンの肩を捕らえている。
    「えっと、……柊さん? お久しぶりです。……あの、準備って?」
    「勿論袴です! うちは大正浪漫カフェですからね! 売り上げアップのためにも先ずは形から! 大丈夫です、皆さん分袴は借りて来てたんですよー」
     笑顔は崩さず、司はずいっと袴の入った袋を差し出す。気迫に負けて受け取ったリオンは、みゆに更衣室へと案内され、15分後にはカフェのカウンター前に袴姿で立っていた。
    「僕もお客さんの入りに間に合って良かったです! 『大正浪漫カフェ”真白庵”』開店します!」
     何とか開店に漕ぎ付けた――青空に向かって司が笑顔の声を上げた時、中央ステージからは丁度よく人の波が此方へ流れ始めていた。

    ●繁盛! そして休憩だ!
     結論から言おう。『大正浪漫カフェ”真白庵”』は凄く繁盛した。
    「オーダー! 珈琲1、みかんジュース1、スコーン3、フルーツシュー2!」
    「優霧さん、俺フルーツ切りますね。予想以上にデザート売れてますし」
    「助かります、志藤さん」
    「ウォーカー、これを8番へ頼めるか?」
    「はいっ……お待たせしました! みかんシフォンです!」
     老若男女問わず人が入り乱れる中、豊富なメニューから選べるプロが作ったデザートとドリンク、食べやすさ、回転の良さ、そして一際目を引くイケメン書生や袴美女――あらゆる条件が『大正浪漫カフェ”真白庵”』に長蛇の列を齎した。
    「……飛ぶように、売れましたね……」
    「うぅ……凄い、こんなに早く完売なんて……」
     そうして――14時。一日分の材料がたった4~5時間ほどで尽き一時閉店となった店で、リオンと司がぐったりとテーブルに突っ伏していた。
    「人の入りが思った以上でした。明日はもっと材料用意しないと」
    「ふむ。しかし、待ち時間もあまりなく提供出来たのはやはり優霧の手際の良さとメニューの回転率の良さだな。遥くんのドリンク準備も早かったし」
     遥斗とみゆはカウンターで売り上げを計算しながら販売を振り返っている。調理室を片付けている香奈芽も、その会話に笑んで応えた。
    「お疲れ様でした。この後はどうしましょうか? 材料を買いに行って、夕方も販売しますか? それとも私達もイベントを見て回りましょうか」
     その言葉に、司がガタン! と音を立て椅子から立ち上がった。全員の視線が一斉に集まる中――ぐったりしていた司の表情が、みるみるうちに輝いた。
    「遊びにいきましょうか! ひと段落つきましたし、ほら、皆さんも行きましょう。お店は休憩時間です! というか材料揃うまで閉店です!!」
     さあさあ、と司は傍のリオンの手を引いた。その表情がとても嬉しそうな笑顔だったから――リオンもくすり、と釣られて微笑む。
    「童心にかえる……と言うやつでしょうか。ふふっ、いいですね! 折角ですから沢山遊びましょ♪」
     カタンッ、と軽やかに立ち上がり、リオンもふらふらと飛び出した司に続く。一度振り返り『行きましょう!』と笑顔を浮かべれば、香奈芽も調理車を降りて嬉しそうに後を追い、遥斗も苦笑して売り上げをケータリングカーに仕舞い、施錠した。
    「司さんは、本当に落ち着きが無いですね」
    「おい柊、あまりふらふらして、迷子になるなよ。子供じゃなくお前が荻島に厄介になるのはシャレにならん」
     司から本部に居ると聞いていた荻島・宝(タイドライン・dn0175)の存在に触れたとき、みゆは思い付いた様に残しておいた蜜柑クッキーを1袋袖の内へと入れた。
     宝は迷子の対応をしていると聞いた。お菓子を差し入れたら、きっと子供達も喜ぶだろう――それに先行く遥斗が手に持つ絵本も、きっと子供達のためのものだ。
    「ね、ね、何しましょう。何して遊びます? そういえば、向こうに薔薇の迷路があるそうですよ! 行ってみませんか!」
     大人になっても子供の様にはしゃぐ司の後を追い、仲間達も花の祭典へと繰り出す。

    ●終演、そして約束
     ――10年経っても、落ち着きがなくあちこち覗いて、遊んで、笑う。
     今日の司は、まるで学生に戻った様だ。薔薇の迷路では壁に首を突っ込んでみたり、両手には出店で買った食べ物や土産物を抱えて歩き、中央ステージでは花美人コンテストと聞いて大正浪漫カフェが誇る袴美女3人を飛び入り推薦した。
     繁盛し顔も知られた分、3人ともかなり良い所まで進んだが――優勝出来なかったのは仕方ない。花冠に花弁の様なワンピース姿の花の妖精の様な愛らしい少女に、『4さいです!』と微笑まれてしまっては。
    「っっあ――、惜しかったですねぇ」
     出し物を終え今は閑散としている中央ステージの客席の芝生に寝転び、司は満足げに体を伸ばした。
     ごろりと横に転がれば、迷子センターに集まった子供達に絵本の読み聞かせをしている遥斗の姿が瞳に映る。
    「この着物は夏虫色。それにちなんで、今日はこれから来る夏の季節の虫・カゲロウのお話をします。『これは、暑い暑い夏のよるのこと、……』」
     図書館でも読み聞かせやってるので、結構上手なんですよ、と。言っていただけあって、子供達は静かに遥斗の朗読に耳を傾けている様だ。
     少し前まで泣いていた子も、みゆが持ってきた蜜柑クッキーを食べながら物語の行く末を真剣に追いかけている。それはとても微笑ましい光景だった。
    「――凄いね、志藤君は。ずっと落ち着きなかった子達も、みんなすっかり聞き入ってる」
     ふと掛けられた声に顔を上げれば、宝が感心した様に遥斗を見つめていた。むくりと起き上がった司がうん、と頷くと、くすくす、と小さな声を立てて香奈芽が笑う。
    「ふふ、柊さんは聞かなくて宜しいんですか? めいっぱいはしゃいでいましたから」
    「あーっそれを言われると痛いです!」
     珍しい香奈芽の冗談に、司も宝の後ろに隠れておどけて見せる。笑顔絶えない楽しい時間――しかし過ぎ去るのはあっという間で、気付けばもう陽が傾いて来ていた。
     ――花の祭典の初日が、終わろうとしていた。
    「そうだ……私、苗を持ってきたんでした」
     ふと、香奈芽が呟いて手提げからビニール袋を取り出した。中からは何かの苗。花の祭典と聞き、植えようと用意したものだ。
    「それなら、あの花壇なら大丈夫だよ」
     昼間の植樹イベントで余ってしまった所だから、と宝が指差したのは、赤いレンガの小さな花壇。みゆとリオンも一緒にと誘えば、二人も笑顔で同行した。
    「わたしでよければ手伝うぞ。何の花を植えるのだ?」
     みゆがそう問い掛けると、香奈芽は微笑みそっと瞳を伏せ、今日一日を思い起こす。
     調理室の中、カウンター越しに。楽しそうに歩く後ろから。昔と同様一歩下がって眺めた友人達はあまり変わりなく、まるであの頃に戻ったようだった。それが微笑ましくて嬉しくて、今日は自然と笑顔になりっぱなしだった。
     ……だから。今日が楽しかったからこそ――抱いた願いを形にすべく、香奈芽は口元に人差し指を立てこう答えた。
    「お花の名前は……秘密です」
    「秘密……」
     香奈芽の意図を、察していたかは解らない。でも、隣のみゆもリオンも、いつの間に来たか後ろに立つ司も遥斗もみんなが頷き微笑んでいたから、願いはきっと伝わっている。
     やがて笑顔の中に、それを言葉にしたのはリオンだった。
    「ならば、またここに集まってどんな花が咲くか確認しなければなりませんね!」
     ――きっとまた。此処はましろのはこではないけれど、この花が咲く頃に此処で会おうと。
     重なった思いに、香奈芽が浮かべた微笑みは今日一番、花の様に輝いた。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月22日
    難度:簡単
    参加:5人
    結果:成功!
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