クラブ同窓会~花はいつも心の中に

    作者:高遠しゅん

     きっかけは、一枚の葉書からだった。

     懐かしい学び舎、武蔵坂学園からの葉書にはこう書いてある。
    『クラブ棟改修工事のため、備品整理のお願い』
    「……へー?」
     川内・梛(スロートランス・d18259)は、ベッドに寝転がり、部屋の灯りに透かすようにして文字を読む。
     学園を卒業して、世界が変わっていく中をあれこれと考えながら、あるいは受け流すように日々を重ねて、時間があっという間に流れた気がする。あの頃は考えもしなかった未来に、今、自分は生きている。
     狭い部室で顔をつきあわせ、のんびりと過ごした時間。
     ほんの他愛ないことでも、一緒に笑い合えるクラブの仲間たちの顔。
     ハロウィンでの奇妙な仮装や、修学旅行の小さなお土産。あの頃、なんでもない時間は貴重だったのだ。
    「あいつら、どうしてっかなー……」
     そういえば、と梛は思い出す。
     クラブ棟の端にある小さな花壇に植えた花は、今も咲いているだろうか。
     花壇の隅に埋めたタイムカプセル、そういえばあれを開ける日を決めていなかった。『いつか集まって開けようね』なんて誰かが言っていたから、いつか集まって開けたらいいと。
     梛はベッドに寝転んだまま、携帯電話を取り出した。仲間の顔を思い出しながら、メールアドレスを拾い、文字を探そうとして――やめた。進化しすぎた携帯電話は、今でもまだ慣れないでいる。
     ポストカードなら運良く数枚手元にある。気まぐれに買って忘れていたものが役に立つ日が来るとは、思いもよらなかった。葉書で始まったなら、葉書から始めればいい。
     とはいえ、
    「あいつら……今どこに住んでんだよ」
     学園に聞けば教えてくれるものだろうか。なんて色々考えつつ。起き上がってペンを探した。

     なんでもないある日の午後、あの頃のようになんでもない顔をして、まるで昨日の続きのような話をしよう。思いを馳せながら。


    ■リプレイ

    ●それは一枚の葉書から始まった
     季節は秋から冬へ移りゆく、とある一日。ふと春を思い出したようないわゆる小春日和の午後。
     懐かしい学び舎、懐かしい教室。
     待っていた一人の男に、久しぶりに顔を合わせた三人が異口同音に、曰く。
    「ざっくりすぎて。決闘なんて身に覚えが全くないんだよね」
     鳩谷・希(ハニーボイス・d20549)が真剣に呟き。
    「果たし状やと思っとったよ?」
     篠村・希沙(暁降・d03465)がきょとんと目を丸くして。
    「たーのもー……って、違うの?」
     南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)が葉書を突き出した。
     季節外れの花一面の絵はがきに、彼らしい伸びやかな筆跡で日付と時間、そして『学園のクラブ棟で待つ。』の一行。差出人すら書いていなかった。ほんと誰だこんな葉書書いたのは。普通ならばこの手の葉書は、何かの悪戯としてひそかに無かったこととされてしまいそうだけれど。
     手に取った三人には、差出人が誰かはっきりわかった。だから行くことにした。誰が集まるのかも、何をするのかも知らないけれど、その日のカレンダーにしっかり赤丸を付けて。誰に会えるのか、誰と会えるのか。
    「ちゃんと集まれたじゃん」
     けらり笑うのは川内・梛(スロートランス・d18259)。
     学生時代に所属していたクラブ『ながればし』団長として、三人の記憶にある男。齢三十となっても学生時代の雰囲気とそれほど変わらず、どこかだるっだるな様子が一目で見て取れた。とはいっても、呼ばれてきた3人も似たようなものだ。一目見ただけで、あの日々を思い出せる。
     卒業する日、卒業を見送った日、いつかまたここで会おうなんて約束はしていた。
     けれど卒業後の月日は瞬くように過ぎて。4人ともに方向も目的地も別の道を歩んでいた。こうして4人が顔を揃えて会えたのもほぼ十年ぶりだ。
     それでも集まってしまえたなら、様々なことのあった月日を飛び越えて学生の顔に戻ってしまう。
    「それもこれも、学園各所に問い合わせて現住所を調べ上げた、俺の徳が高いからだ。褒め称えていいぞ」
    「卒業生の住所管理なんて、学園の仕事じゃないよね。事務員さんありがとう」
    「えー、ひどいぞポッポー」
    「ポッポー呼びは久しぶりだね、こーち」
     こーちもとい梛は、ポッポーもとい希と視線を交わし合う。
    「ポッポー、今何してんの。コーヒーの勉強?」
    「カフェの店員。こーちは?」
    「あー……簡単に言うと化学製品とかの開発し」
     スマホの画像や動画を見せ合って、きゃあきゃあはしゃいでいた春陽と希沙がぎらりと目を輝かせた。
    「「化学者さん!!」」
    「お、おう?」
    「白衣は着ないの!?」
    「そですよ先輩。白衣、今日は持参してへんの?」
    「持参してへんよ。あれ仕事着で作業着だぞ。普段から着て歩くのおかしくない?」
    「白衣と眼鏡は定番で鉄板なのに? じゃあ写真で許してあげる」
    「いや、いい歳して職場で自撮りとかしないし」
     ノリが学生と変わらないね、なんて。
     そろそろというか、最初から、何をしに集まったのか分からないけれど、この場所ではこんな日々を過ごしていたことを懐かしく思い出す。貴重な穏やかな時間、なんでもないひとときが大切だった日々。
     窓際の段ボールの数々は埃も沢山被っているからと大きく窓を開けたなら、外には小さな花壇が見える。
     終わりかけのコスモスと、これからが盛りのパンジーがわさわさと野生化して、さわさわと揺れ日射しを浴びている。こまめに世話するものがなくとも、学園の業務として中庭はそこそこ管理されていたらしく、雑草は思っていたより多くない。
    「じゃあ、さっさと部室片付けて、いつもみたいにのんびりだらだらしようぜ」

    ●片付かないのは、思い出が次々とあふれてくるから
     冬まっしぐらのこの季節には珍しい、ぽかぽかとあたたかな日射し。
     窓際でそよぐ風にりんと鳴るのは、春陽がいつか買ってきた風鈴の音。季節外れなんて関係ない、懐かしい大切な音色。
    「ポッポー、手ぇ貸して。炬燵出てきた。あとで使うだろ」
    「これ炬燵布団だ。そっち持って、干しておこうよ」
    「頼もしーすてきー。布団カビてないの、なんか逆にすげえな」
     物干しなんてもちろん無いので、窓枠にひっかけて埃をおとす。くしゃみすらもなんだか楽しい。
     力仕事は男子に任せたー! なんて、女子組はといえば段ボールをひとつひとつ開けては、取り出した物に次々と夢中で。だって十年ぶりに見る思い出は、どれもこれも楽しい思い出でいっぱいなのだ。そればかりは仕方ない。
    「あ、春陽先輩これ見て!」
    「うわぁかき氷器! 懐かしいわね。まだ動くかしら?」
    「学園祭、楽しかったねぇ。いろんな色のカキ氷作って食べたり、大騒ぎしたの」
    「ミックスジュースもね、毎年変な味のができるんだけど、見た目と違って美味しいのに当たると嬉しくて」
    「あー、あれな。毎年悲劇も生んでたけどな……と、ジューサー出てきた。電源どこだっけ」
     思い出の小物たちを広げた春陽と希沙に、ナチュラルに梛も混ざって思い出語り。
     黙々と整理整頓に励んでいた希が苦笑交じりに、『手が止まってるよ』なんて言っても、希の手にある写真の束なんて見つけてしまってはもう止める術がない。
     引っぱり出してきた古い炬燵の上一面に、思い出の写真を広げる。
    「学園祭のが多いわね。何年生の頃かしら」
    「修学旅行の写真もあるねぇ。これ、沖縄のトレッキングのときのやね」
     皆で出かけた写真もあれば、学園行事の思い出も多い。
    「美味しいものを食べに行ったり、騒ぎに行ったり。変わらないね」
    「そりゃ歳は重ねたけどさ、俺たちいつもこんなだよな」
     時間があれば集まったり集まらなかったり、好きなときに顔を出して、のんびりゆっくり他愛のない会話とお菓子と、夏はカキ氷に冬は炬燵があればそれでしあわせ。
     写真には、今ここにいない顔もある。彼らはどうしているのか、葉書は届いているだろうか。
    「あいつらもどこかで元気でやってるだろ。便りのないのはよい便りっていうしな」
    「……ポッポー泣いてる?」
    「ないてない」
    「梛先輩ないちゃだめです……」
    「ないてないって」
    「私も泣いちゃうじゃない」
    「だからー、ないてないって」
     埃が入って目がかゆいだけだ。と言い切り。梛はそっと目尻をこすった。
    「片付け片付け。写真ほしいやつ持ってけよ。残りは整理してアルバムにしようぜ」
    「焼き増しもしようよ。そうしたら」
    「また会う理由ができるじゃない?」
     名案だと皆で笑って。
     梛が立ち上がって外を見た。いい天気だ。
    「片付けたらもう一仕事あるぜ。覚えてるよな」
     片隅にひっそり置かれたシャベルを見遣って。

    ●花と空とおっさん
     背の高いコスモスの盛りは過ぎてしまったけれど、冬じゅう咲くパンジーとビオラが野生のたくましさを見せて、紫や黄の花を咲かせている。季節が巡ればもしかして、あの時植えたクロッカスやチューリップがまだ咲いているのかも知れない。
     校舎と教室、見える景色は記憶のまま。
     十年という年月は、子供と呼ばれる年齢から大人へと自分たちを変えはしたけれど、あの頃思っていた『大人』に自分はなれただろうか、なんてたまに思うこともある。おおむね、やりたかった仕事にも就いて、得意分野を活かして今を生きているけれど。
    「梛先輩、ここやったよね。このお花、少しおうちにもらって帰っていい?」
    「いいぜ。そういや希沙は今どんな?」
    「子どもたちにね、おかあさんの大好きなお庭の花って、見せたいです」
     子どもたち。希沙の携帯には何十枚も画像がある。最愛のだんなさまと、パパによく似た男の子と、パパとママ両方を継いだちいさな2人の女の子。幼稚園に勤務する彼女は、家でも外でも小さな子どもたちに大人気だ。
    「この前会いに行ったらね、『はーたん』って呼んでくれたの! もう、ちっちゃくてほんと可愛いのよ!!」
     力説する春陽の携帯にも、愛する人と写った画像がある。たびたび取材で日本を離れ海外に出かける春陽にもまた、実際に国や街を歩き人々と触れあい語り、体験から歴史を紐解くライターとしての顔がある。安心して旅に出られるのは、帰るべき場所がしっかりとここにあるからだ。
    「あいっかわらずパワフルだよな。ポッポー浮いた話とかないの」
    「無いよ? そろそろ独立しようか、とは思ってる」
    「カフェやんの? うっわーオトナじゃん」
    「とっくにちゃんと大人だろ」
     花壇の隅、八重のパンジーを丁寧に掘り起こし、そこらへんに転がっていたバケツに一時避難させてから。男二人で土仕事、ざくざくだけどうっかりしないよう、何かを探すように土を除け。かつんと音がしたならば、4人の視線が1カ所に集まる。
     希沙より一足先に卒業することになった、春陽と希、そして梛。卒業式に埋めたタイムカプセル。
    「せんべいの缶だけどな」
     銀色の四角い缶に、いちばんの思い出を詰めて埋めたのだ。
     土を払ってビニールを剥いで、案外傷んでいなかった缶をぱかりと開ければ。
     樽、剣、そして。
    「よー。おっさん、久しぶり」
    「おっちゃん……!」
    「ますます増した壮年の魅力……!」
    「おっさんは変わらないね」
     クラブ棟の片隅の小さな教室で、いつも『ながればし』を見守っていた彼、名は『おっさん』。名前というかおっさんとかおっちゃんとか呼んでいた。
     手のひらに収まるサイズの彼は、どんな時でもまったく忖度なく気紛れに頭突きをかましてくれた。いつも視界の端にあった、頼もしくも愉快な仲間だった。
     再会記念に早速セット。中庭の片隅、4人の大人が真剣に。
    「ポッポー先輩、此方どうぞ!」
    「それじゃ、再会を祝して早速ひとつ」
     希が摘まんだ赤い剣。迷わず刺せばまさかの当たり。十年ぶりに空飛ぶおっさん。春陽に向かったそれを、空中で梛が片手でキャッチ、あんどリリース。
    「ほら。希沙に託した」
    「はいっ!」
     両手で大切に『おっちゃん』を受け取る希沙。おっちゃんの頭突きは心にも届く。
    「あのね、先輩方」
     大好きです。十年前と同じ、とびきりの笑顔で。

     あの頃は思いもしなかった、十年後の世界。
     窓から見える景色も、窓の外にそよぐ花も変わらなかった。変わったのは歳と居場所くらいのもので、会ってみたなら昨日の続きのような、なんでもないいつもの顔だった。
     目尻が少し赤く染まっている、明るく行動的な春陽。
     人なつこい希沙の日だまりのような朗らかさ。
     クッション材の希はからかうと面白い。
    「楽しかったんだな」
     『ながればし』の時間が。

    「よっしゃ。次はカフェ・ド・ポッポーの開店祝いに集合な」
    「何だよそのネーミングセンスの塊」
    「希くんマスター? 行く! お店どこ?」
    「お店開くですか希先輩! 通うー!」
    「気が早いって。でも、常連になってくれると嬉しいな」
     ここではないどこかでも。
     今ではないいつかでも。
     顔を合わせたなら、そこはどこでも『ながればし』。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月22日
    難度:簡単
    参加:4人
    結果:成功!
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