クラブ同窓会~歳暮仁義~

    作者:西宮チヒロ

     年の暮れを控えた寒空の下、撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)は久方ぶりにその場所を訪れていた。
     ――撫桐組事務所武蔵野支部。
     入口脇に掛かる、分厚い樫板の看板。そこに筆字で書かれた、堂とした縦一文字を満足げに眺めると、娑婆蔵は扉を開け、ひんやりとした外気を連れて中へと入る。
     暗がりだとて、勝手知ったる拠点のひとつ。すぐさま壁のスイッチを探し当てて明かりをつければ、あの頃と変わらぬ景色が広がっていた。
     あれから10年。
     もう、と言うべきか、漸くと言うべきか。最近は同窓会が催される機会も増えてきたが、それでも消息が掴めぬ面子がいるのも確かだった。
     だからこそ、男は決めたのだ。
    (「なら、こっちもガチで探してやりまさァ」)
     今一度心中で呟いて、口角を上げる。勝ち気な赤い双眸に、挑むような光が点る。
     やるのならば、全力で。
     諸々を駆使して、世間へ情報を発信するまでだ。

    「集え『あの時の』撫桐組組員! ――やりやすぜ同窓会!」


    ■リプレイ

    ●大喧嘩仁義開催
     駐車場に散る砂が、足許で啼いた。
     同窓会の呼びは発した。
     ならば、後は只待つのみ。
     場所は無論、撫桐組事務所の北側にある、いつものあの無駄に広い駐車場だ。
     事務所を背に、娑婆蔵がどうと仁王立つ。瞬時に闘気を纏えば、肩に担いだ互の目乱れの刃文が、晩照を映して宵に一閃した。
     あのときの組員なら言など無用。この佇まいだけで十分だろう。
     少し離れた場所には、鈴音の姿。今日は、他でもない娑婆蔵の呼び出しだ。すこし前の同窓会で逢えなかった者たちにも、逢えるかもしれない。そう想いながら、男を見つめて娘も待つ。
    「組長ってば……事務所開けといてくれって何事かと思ったら」
    「そういう荒谷のお嬢も、大方察しはついてたでございやしょう?」
    「まあ、うちの同窓会としては、これが一番相応しいんでしょうね」
     視線は唯真っ直ぐに見据えながら肩越しに返せば、スーツ姿で微笑む耀の指先で、事務所の鍵が軽やかな音を立てた。かつての少女も、今や学園の教師兼クラブとしての『撫桐組事務所』の顧問だ。
     凩が吹く。
     茜空へ影を描く木々のざわめきが収まり、舞う枯れ葉と砂塵が止むと、そこには朱袴に身を包んだひとりの巫女がいた。黒服の若衆を引き連れ、極妻然とした振る舞いで歩を進めて向かい来るのは、紛うことなく千鳥であった。
     瞬間、跳躍。
     そして鈍い金属音。
    「……どこで仕入れてきやしたんでさァ、その獲物」
    「いやぁ、喧嘩やったらエモノ持ってかんと思うて、ちょいと借りて来たわぁ」
     道理で。奇怪に折れ曲がった交通標識を一瞥した娑婆蔵は、反射的に繰り出し受け止めた刃でそれを押し返しながら、その反動を生かして距離を取る。
    「腕は鈍ってないようやなぁ」
    「荒吹のお嬢も、お変わりねえようで」
    「懐かしいことをやっているな、娑婆蔵」
    「こりゃァ御神の兄貴!」
     気配を殺し、気づけば傍らに居た白焔へとひとつ笑むと、娑婆蔵は一旦獲物を引いた。
     身の熟し、気配。恐らく未だ現役の殺人鬼なのだろう。そう察しながら、お嬢とはちょっとした挨拶でさァ、と開始の頃合いを伺う白焔へと視線で語る。
     その向こうに見知った影が在った。御卦だ。
     見学だけ。顔見せだけ。そう心中で繰り返しながらこっそり顔を覗かせた御卦に、娑婆蔵も気づいて笑みを返す。10年、いや何十年経とうと、男は初代『戦神降臨』たる娘を忘れはしまい。
    「サフェロントン(お久しぶり)、皆々様!」
    「やーやーどーも、なんとか借金返済周りの日程調整して来ましたや」
    「周防のお嬢! 茨木のも来やしたね」
    「相変わらずの様子で。いやあ、なんだか懐かしくなってきましたなァ!」
     花のようにふわりと微笑む雛の傍らで、食えぬ糸目の笑顔で一正もひらり手を振った。その後ろから、ルーパスと理央も顔を出す。
    「みんな久しぶりー。って、外かー。寒いの嫌なんだけどなぁ」
    「まぁ、終わったら宴会もあるしさ」
    「皆さん、お久しぶりですね」
    「ふふ、実に賑やかで往時を思い出すのう」
     笑顔でやって来る舞とカンナの両手には、溢れんほどの大荷物。
    「山の幸や海の幸……様々な食材を持ってきました」
    「妾からは、日本酒や焼酎、どぶろく、ワイン、馬乳酒……まぁ酒は色々用意しておる故、宴のときは楽しみにして置くことじゃの」
    「なら、俺はその酒に合うよう、腕を振るってみようか」
    「……」
    「…………」
    「………………宗嗣の兄貴!?」
     以前と異なり柔らかくなった表情と口調に、一拍置いて驚く面々。どうせいつもの騒ぎをやるんだろうと思いながらも、久方振りに皆の顔を見てみたくて来てみたけれど、変わらぬノリに男の口許にも自然と笑みが浮かぶ。
    「しんうちとーじょー!! あ、これニアラさんからのお手紙だよー」
    「ファムさん、どこから!?」
    「手紙ってェ、どこで!?」
    「アタシはそこからー。手紙はポストからー」
    「なになに……?」

     愛すべき組長他へ。
     我だ。俺だ。私だ。崇拝物。冒涜王。半永久的に『未知』を追い続け『既知』へと陥った己だ。
     懐かしき十年前と共に手紙を流そうと思う。
     地獄の如き戦の常から平穏の現。燃え尽きた闘争心と枯れ果てた探求心。頽廃的な我が心身はもはや塵芥にも等しい。
     されど皆の活気在る姿。羨ましくて何よりだ。兎角。私は『参加』し難いが、遥かな何処で視て在るぞ。
     土産物は甘味と文字列で好い。宜しく頼む。
     忠実なる下僕より。

    「ニアラの兄貴の心意気、確かに受け取りやした……!」
     相変わらずの口調だけれど、生き死にだけでも解れば行幸。
     ならば、と獲物を構え直し、娑婆蔵はどっと闘気を放つ。
     胸に過ぎるのは、嘗ての日々。
     血の気の余った輩が、自慢の手際と得物を忌憚無くブン回し、撃ち合い、斬り合い殴り合う。
    「あれは紛れも無く、あっしらの青春でござんした」
     巡らせる視線の先には、変わらぬ馴染みの面。
    「やりやしょうぜ! やりたくって仕方ねえ野郎共!」
     その声に呼応するように、幾つもの気と声とが――爆ぜた。

    ●武装訓練ネットワーク番外編『喧嘩仁義』
     そは義か悪かと問われれば、何れでもないと応えるべきだろう。
     これは唯の喧嘩。いや、唯の大喧嘩であって、それ以上でも以下でもない。剣を交え、拳を付き合わせ、闘志を、互い自身をぶつけ合う。そこには迷いも、躊躇いも、蟠りもありはしない。
    「……撫桐組筆頭鉄砲玉! いちばん元気のいいのがこの僕、識守・理央だ! 一人残らず叩きのめしてやる。大喧嘩しようぜ!!」
    「うふふ、血気盛んな所は、今も昔もお変わりありませんのね? ノン、その意気やまた良し、ですの!」
     ――サァ、アソビマショ!
     愛らしい微笑みを顔に張り付かせ、雛が一気に間合いを詰めた。馴染んだ裁ち鋏が、防がんと組まれた理央の腕ごと肉を、骨を容赦なく裁つ。
     糸繰りピエロと呼ばれていたのも、もう昔話。操り糸を手繰っていた指も、今は裁ち鋏に慣れたけれど、今日ばかりはドレスデザイナーではなく、『ピエロ』の屋号の復活だ。
    「くっ……!」
     一瞬顔を顰めるも、それを熱情へと変えた理央は懐かしさにひとつ笑む。
     そうだ。僕は、感じた気持ちをひとかけらも残さず吐き出してぶつかり合える、撫桐組の喧嘩が本当に好きだったんだ。
     ダークネスあらずとも、人の心に闇は尽きない。だからこそ。
    「戦いはまだ続いてる。そう、僕はまだ現役なのさッ!」
     繰り出した切っ先が雛の鳩尾を貫き、華麗なドレスに血の花がじわりと咲く。彼とて、無策にも懐に招き入れたわけではない。近距離を得意とするのは、お互い様だ。
    「さぁて、久方ぶりに出番だ――相棒『鬼機快解』!」
     借金返済行脚で諍いは絶えなかったが、それでも皆相手ではどこまでやれるやら。そんな弱腰も短く首振り、一正は獲物を手に取った。喧嘩にその考えは無粋というもの。ならば、心ゆくまで愉しむまで。
    「変生・黒鉄童子ィ!!」
    「掛かって来なせえ。……いや、むしろ参りやす! 片ッ端から撫で斬りにしてやりまさァ!」
     身を屈めて飛び出すと同時、鍔を弾きながら抜いた愛刀が、憤怒の面を被り漆黒に身を包んだ一正を捉えた。躱される――瞬時に察し、更に一歩踏み込み肉薄する。狙うは右腕。まずは、彼の相棒たる『茨木一本角』を墜とさんと、茜を映した刃を一薙ぎする。
     手応えはあった。だが軽い。僅かに眉を寄せながら退かんとした娑婆蔵を、今度は一正が捉えた。
    「一丁派手にやりましょうやァ!」
     一本角の蒸気噴射で放たれた巨杭に穿たれ、男は身体ごと後方へと押し飛ばされた。それでも両の脚に力を込め、踏み留まる。巨杭と身体の間には、咄嗟に構えた一振りがあった。お陰で軽減できた攻撃は、ほんの幾許か。それでも、娑婆蔵は不適に笑った。口端から伝う血を舌で舐めると、ぎらり一正を睨めつけ、把持した獲物を構え直す。
    「いやいや、久々に日本に戻ったら初っ端にまた派手な……組長もみんなも相変わらず元気だなぁ」
    「あら、遅かったわね」
     既に阿鼻叫喚たる現場に現れた最後の一人、レオンへと耀が尋ねる。そも、住所不定かつ無職の彼の許へ、手紙が届いたこと自体が奇跡だろう。
    「皆さんは?」
    「私は様子見」
    「妾はま、のんびり見学じゃて」
     耀と並び座りながら、カンナがレオンを仰ぎ、
    「私は宴会の準備中です」
     料理は任せてください、と微笑む舞に、なるほど、と頷いていれば、何処からか響く明朗な声。
    「お控えなすって! ショーコクは海の向こうのアメリカ! 流れ流れて日の元のクニへ至り、寺のクラブより極道クラブへ落ちた流れモノ」
     出所は明白。駐車場の端にあるカーブミラーの上にすっくと立ったファムが、腕をまくり狼のタトゥを見せつける。
    「人呼んで大悪魔がファム。仁義無きタタカイの嵐となりまっしょーう! いぇい!」
     仁義なきと言いつつ見事な仁義を切ったファムは、けれど途中から堪えきれなくなった笑いとともに、ミラーを蹴って高く飛翔した。数回転しながら、迷わず戦場へと飛び込んでゆく。
    「……じゃあオレも、たまには同格との対人戦とも洒落こみますか!」
    「レオンさん! ケンカしよー!」
     赤茶の瞳を煌めかせながら、昔と変わらぬ溌剌とした笑顔で迎え撃たんと構えるファムへと、男は一足飛びに距離を詰めた。
     武器なぞない。繰り出したのは、素の拳。喧嘩に自前の『仕事道具』は持ち込むような野暮はしまい。それでも、素手だからとて手加減と思い込むのは早計というもの。
     鋼と紛うほどの重い拳が、ファムの鳩尾を捉えた。勢いのまま抉るように振り上げれば、娘の身体が宙を舞った。背中からの衝撃を直接受け、土埃が舞う。口の中に滲む血の味に顔を顰めながら、けれどファムの瞳は爛々と輝いていた。
    「もしかしてタタカイばっかしてたの? 年とってるのに技さらにサエテル……」
    「未だに現役で戦ってんだ。負けてたまるか」
    「でも、アタシも負けないよ。――それじゃ、ハンゲキ! お願い、アタシに力貸して、アタシのトーテム、ゼノザギラ!」
     背が伸びたとはいえ、まだ自信以上の丈のある獲物を、ファムは軽々と旋回させた。轟音とともに戦場に風が湧き、諸共を巻き込みながら傷を、打撃を与えてゆく。
    「さてと。これで宴会の準備はざっくり終わりかな?」
    「ありがとうございました。すごく助かりました。……行かれます?」
    「どうせ巻き込まれるだろうからね」
     そう言って一振りの刀を手にすると、戦塵の中へと駆けて行く宗嗣。
    「全く、変わっとらんのぅ」
    「そうですね」
     カンナに頷きながら、そう言えば自分も血気盛んな頃があったな、なんて。見送りながら想う舞の後ろで、御卦も懐かしみ瞳を細める。
     大学に入学してからというもの、多忙で足が遠のいてしまったクラブ。今も見知らぬ顔の方が多いが、娑婆蔵を中心に皆が集まり盛り上がる様を眺めているだけでも、あの頃のようで愉しい。
    「聳えるものたち16万! 荒ぶものたち13万! 重なり合わさり25万の矢じりとなりて、血を沸かす助けをしなさい! 久々の本詠唱入り、マジックミサァイル!」
    (「あー、久々だわぁ、この感じ」)
     5年以上も使っていなかった技を、だからこそ全力でぶつけよう。言葉のままに繰り出された鈴音の無数の魔法弾が狙うのは、未だ道路標識を手に戦場を駆ける千鳥だ。
    「どぉ、りゃぁぁ!!」
     音速を超えるほどの速さで歪な標識を振り回すも、捌ききれなかった数弾が娘の頬を擦った。鋭利な切り口から零れ、白磁の頬を伝う鮮血を拭いもせず微笑む様は、宵闇に尚艶やかで美しい。
    「後ろが留守でござんすよ」
     死角から迫り来る娑婆蔵の切っ先を、どうにか獲物で受け止めたその肩口の向こうでは、
    「……暇そうだな、宗嗣」
    「そう見えるのなら、お相手願おうか」
     問いには答えず、白焔は拳を構えて応えた。
     得意とするのは肉薄戦。如何な間合いでも一歩で距離を消し、如何な場所でも足場にして奇襲する。
     そんな男が愉しみにしていた相手が、宗嗣であった。音もなく抜いて見せたのは無銘刀。軽やかに一振りし、笑ってみせる。
    「こっちの腕を振るうのは久方振りだね。一凶、披露してみようか」
    「望むところだ」
     言い切るや否や、男たちは強く地を蹴った。懐に入られかければ、後ろへと飛ぶ。けれど即座に詰まる距離は抗いようもなく、宗嗣は敢えて反撃に出た。繰り出された拳を柄で横に流し、そのまま身体ごと旋回して白焔の脇腹へと一撃を見舞う。
     じわりと滲む痛みに、けれど白焔は口角を上げた。本来ならばより深くまで断たれていたはずの傷口。それがすんでのところで半身を反ることで躱されたことに、宗嗣もまた瞬時に気づく。
     ならば、と再度拳と刃を交えたふたりの、考えることは同じであった。風を切るほどの手数の応酬が、戦場を更に荒らしてゆく。

    ●相も変わらぬ、撫桐組
    「音信不通組っていうより、別に連絡する必要がないから連絡してないだけなんだけどね?」
     ひゅるるるるるるるるがきーん!
    「如何せん、電波悪い土地とか持ち込みダメよのところも多くてすぐ忘れちゃう。偶々メール届いたから来たけど」
    「ルーパス殿も大変じゃのう」
     どばばばばばばばばかきんかきんかきんかきん!!
    「そういえば、その縫われているお人形は……?」
    「ほーけるちゃん人形って言うんだ。……そっちの、ムッキムキの上腕二頭筋の生えたナノナノは?」
    「マチョさかさんぬいぐるみです。後でしゃばぞーくんにあげようと思って」
     ぶぅんぶぅんぶぅんどごぉどがががががきん!
    「いい加減にしなさい! こっちまで飛び火してるわよ!!」
     耐えきれず仲間たちへと叫ぶと、耀が愛用の二刀を手に立ちあがり飛び出した。
    「ま、料理が待っておるのじゃし後に残らぬようにするのじゃぞ?」
     のんびりとひらひら手を振り見送るカンナの後ろ、調理をしながら影業と黒影布でガードしていた舞も、飛んできた方向へとにっこりと微笑みを向ける。はっきり言って恐い。はやくみんな気づいて。
    「あれ!? 耀さん!?」
    「ちょ、まっ、どうしたんでさァ荒谷のお嬢!?」
     状況を解せぬ面々を襲うのは、容赦なく繰り出される無数の刃。
    「教師だからって舐めないで頂戴ね。灼滅者の教師は、武蔵坂では戦技担当教官でもあるのよ!」
    「わーぉ、さすが奥様。肝っ玉スワリスギじゃない?」
    「我が冒涜の所業を再度成すべき」
    「あれ今ニアラさんの声せぇへんかった?」
    「ああああこの毒とかトラウマとか絶対ニアラさんでしょ!?」
     阿鼻叫喚が溢れ混沌とした戦場。その上空が突如光った。歪んだように見えた空間から巨大な怪物とともに落ちてきた娘は、そのまま巨軀に馬乗りになり、手にした日本刀でその眉間を貫いた。
     ずぅぅぅぅぅぅん……。
     爆風と砂埃が舞い上がり、視界を奪う。思わず戦闘を止めれば、一同の耳へ聞き慣れた声が響く。
    「あれ? シャバちゃんじゃないですか。老けましたねぇ」
    「わんこちゃん!?」
    「ええ!? どこから出てきたの今!?」
    「寧ろ、今までどこに行ってたんでございやすか!?」
    「ええと、骸の海で猟師やってー、その後はXXXとかXXとかですね。んー、9番目の世界? そんな感じです」
    「よ、よく聞き取れねェ言葉がありやしたが……」
    「そうそう、シャバちゃんにもらった刀! 何年使っても刃こぼれなくて最高ですよ! ――っと、もう行かなきゃです」
     ふわり、宙に浮くわんこ。そのまま再び現れた空の歪みへと吸い込まれるように消えてゆく。
     ――続きはhttp://tw9.jp/で!!
     最後に、そんなことを言っていたような気がする。
     夢か。夢だ。そう、夢だろう。

    「お疲れ様じゃったな」
    「皆さん、相変わらず手加減ないんですから……」
    「うふふ、久しぶりに大暴れいたしましたわ」
     笑顔のカンナと呆れ顔の舞に治療されながら、雛は満足げに笑った。大事な商売道具をこんなことに使うなんて、デザイナー失格ですわね。そう独り言ちて苦笑しながら、愛用の裁ち鋏についた血を拭う。
     空を仰げば、とうに陽は暮れていた。影を描く雲が西の涯てに長く伸び、東空はじわりと紫紺に染まり始めている。
     寒さに耐えきれず事務所へと駆け込んだルーパスに続いて中へ入れば、暖められた部屋と美味しそうな香りが面々を出迎えた。
    「運動した後はお腹が空くでしょう。さぁ、遠慮なく召し上がれ」
    「お酒やジュースは用意してあるから。勿論、料理も色々」
    「つまみも羊肉や牛肉のソーセージ、ホルモンを揚げた物など、色々と用意しておるぞ。ちなみに、羊も牛も妾の育てた奴じゃ」
     所狭しと並ぶ皿目掛け、戦場を駆るほどの速さでテーブルを囲う仲間たちに、娑婆蔵はちいさく笑みを零す。
     料理上手勢が支度をしてくれているのも、また通例。一暴れした後は改めて、面々の顔を懐かしみつつ飯としよう。
    「変わらず美味いな」
    「……ああ、懐かしい……この味だ…! この味だ…!!!」
     白焔の向かいで一口ずつ味わうように咀嚼する一正に、思わず鈴音が聞き返す。
    「そ、そこまで?」
    「10年前は本当に食事情には恵まれていたんだなって……」
     そう涙ぐむ傍らで、大きく頷くレオン。
    「本当だよねぇ。あー、まともなごはんが食べれる幸せ」
    「そんなにまともなご飯食べられないの?」
    「まぁね。これが終わったらまたお仕事ですよ、お仕事」
     首を傾げる理央に、談判破裂した末の暴力の出番だとレオンが返す。脅威なんてものは、未だ世界中にある。だから誰かが変えねばならない。それがダークネスの支配を壊した人間の義務なのだ。
    「おかわりー」
    「はい、どうぞ。どんどん食べてね」
     礼を添えながら耀から茶碗を受け取ると、ルーパスはほかほかのご飯を口へと運ぶ。
     多分、こうして偶に日本に戻ってくる理由は、ご飯が美味しいからとかそんなものじゃなかろうか。
    (「まあ理由があるのはいいことさ。たぶんそうなんだろう」)
     彼らとこの先何度逢うかは解らない。失って辛いほどの思い入れもない。それでも、この景色は存外悪くない。
    「やっぱりここ、極道じゃなくて板前クラブじゃない?」
    「ほんに、この魚料理なんて上品な味でええなぁ」
     ファムへとしみじみ同意する千鳥へ、追加の皿を持ってきた宗嗣が微笑する。
    「そう言って貰えると嬉しいな。魚料理は得手なんだ」
     季節の魚のお造りに、焼き物煮物。勿論、それ以外も。気を遣わず偶には店に来てもいいんだぜ? その誘いに、仲間たちは瞳を煌めかせる。
    「大人になったしゃばぞーくん、とてもかっこいいですよ。あ、そうだ、これプレゼントです」
    「これは……! ありがとうございまさァ」
     御卦から手製のマチョさかさんぬいぐるみを受け取る娑婆蔵の傍ら、
    「カクテルはどうじゃ? 飲みたいものがあれば作るぞ?」
    「日本酒もあるから、欲しければ言ってね」
    「ほなら、もう一杯もろてもええ?」
     カンナや耀たちの声に、千鳥がグラスを差し出す。はんなりと笑ってはいるが、実は既に洒落にならない量を飲んでいるのに気づいているのは、この場に何人いるのだろう。
    「そういや、識守のは最近どうでござんすか?」
    「そうだねえ、こどもたちが本当に可愛くって。しゃばぞさんとこはどうなんです? 跡取りとか……おっと、デリカシーありませんでしたね!」
    「よござんすよ。荒吹のお嬢は? 結婚やらどこぞで赤子を抱いていたって噂も聞きやすが」
    「ヒ・ミ・ツ」(はぁと)
     指先を添えて艶やかに微笑む千鳥。余興にと、エウェル・ブレーや馬頭琴で演奏を始めるカンナ。忙しなく働きながらも、皆の愉しむ様子に眦を窄める耀につられ、舌鼓を打っていた鈴音も箸を置きふわりと笑う。
    「ああ、本当にあの頃の撫桐組だわ」
    「まさに和みの時間ですわね」
     そう言ってこの光景を胸に留める雛に頷きながら、数秒。はたと鈴音が箸を止めた。

    「――まって、爆破とかないでしょうね!?」

    作者:西宮チヒロ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年11月22日
    難度:簡単
    参加:17人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 9
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