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2028年、11月。武蔵坂学園クラブ棟のとある部屋で、瀬宮・めいこ(微笑む白蝶・d01110)はスマートフォンの画面と睨めっこをしていた。
「拝啓 暮秋の候、皆様におかれましては……うぅん、ちょっと堅苦しいですね」
件名に『同窓会のお知らせ』と書かれたメール本文を、打っては消し、打っては、消し。机の上にはケータリングサービスの広告が積まれている。
結婚式や消滅するブレイズゲートの探索で旧友達に会う機会はあったものの、じっくり語らう機会はなかなか無い。ならば懐かしの部室で同窓会を開こうじゃないかと思い立っためいこが学校に打診した所、在校生達は快くこの部屋を空けてくれた。
一息つこうとタンブラーに入った温かいお茶で口を湿らし、部屋を見渡す。自分達が使っていた頃と若干内装が変わっているものの、ほとんどがあの頃のままだ。
「……よし!」
資料として持ってきた広告の類をまとめて資源ごみの箱へと放り込み、メールを打ち直す。
元々料理上手なメンバーが多く、学園祭では食堂を出店した事もある。各々持ち寄ってみるのも良いかもしれない。アットホームなプチパーティの方が、気兼ねなく過ごせるだろう。
――Atelier ARNICAらしい同窓会にしよう。
●2028年、アトリエで
とある秋晴れの日。武蔵坂学園のクラブ棟に、一人、また一人と卒業生が訪れる。休日とあって学園内に人の姿は少ないが、時折運動場から部活動を行う生徒達の元気な掛け声が響いていた。
「あ、皆もう集まってるね」
酒々井・千鶴(歌奏鳥・d15171)が扉を開閉した音に、室内に居た者が一斉に振り返る。
「やだ、こんな日にまで仕事してたの?」
千鶴が小脇に抱えたバインダーを指し、怪訝そうな顔をする櫻庭・つぐみ(想装羽・d25652)に、彼は苦笑した。
「忘れ物を取りに、校務センターに寄っただけだよ」
「教師は大変そうですね。お疲れ様です……っあー、仕事の都合である程度口調直したつもりっすけど」
何とも言えぬむず痒さを覚え、瀬宮・律(気まぐれな黒蝶・d00737)はどかりと腰を下ろした。
「気にする事ないと思いますよ。今日はお仕事ではありませんし」
どことなく所在なさげに足を組み替える律に、蜂・敬厳(エンジェルフレア・d03965)が笑む。
「……やっぱ皆と会うとこっちのが喋りやすいっすね」
「先日の那須でも思ったが――皆、変わらないな」
過去を偲ぶように目を細めたセレス・ホークウィンド(白楽天・d25000)の言葉に、瀬宮・めいこ(微笑む白蝶・d01110)は思わずくすりと笑う。十年という年月を経て、それぞれが青年あるいは壮年らしい姿へと変わっている中、加齢による外見の変化が分かり辛いセレスは、学生の頃と変わらぬ姿をしていると言っても過言では無い。
「ふふっ……、セレス先輩もお変わりないようで」
「ええ、昔に戻ったようです。この部室で賑やかに過ごしていたのが、まるで昨日の事のようで――あ、ここの傷とかまだ残ってたんですね」
敬厳が視線を床に落とせば、木目とは異なる向きに付いた傷が、経年劣化で更に目立つようになっていた。あの時、搬入された殲術道具を落として傷付けたのは、誰だっただろうか。
「ああ、なんか帰ってきた感じ。あれ、これで全員?」
「いえ、あと嘉月先輩がいらっしゃるはずですけど……」
皆の顔を見回した千鶴に、めいこも首を傾げる。時計はちょうど予定の時刻を指しており、何かあったのだろうかと思い始めたその時、部屋の扉がノックされた。
「リストランテ『Orso Rosso』より、お料理のお届けでーす」
「嘉月先輩!」
どこかおどけた調子で入室した寺見・嘉月(星渡る清風・d01013)は、いかにも業務用といったサイズの保温バッグを抱えていた。
●「武器屋」のメニューではないけれど
「シェフになったとは伺ってましたけど、まさかご自分のお店を開いてるなんて」
ペンネアラビアータ、スパゲッティアマトリチャーナ、ゼッポリーニ。続々と出てくる品々に、めいこは感嘆の声を上げる。『Orso Rosso』という店名だけ聞くと猛々しい印象を受けるが、愛らしいテディベアのような熊が連想されるのは、店主の人柄故か。
「んー、美味しい!」
「何がっついてるんだよ」
「仕方ないじゃない、子供出来てからイタリアンで外食なんて滅多に無いのよ」
取り分けられた傍から頬張ったつぐみに、千鶴が呆れたような視線を向ければ、彼女は抗議するように口を尖らせた。子供が居ると、どうしても子供主体での店選びになる。親類のとろけるような表情で料理に舌鼓を打つ様子に、千鶴もやれやれと肩を竦めるしかなかった。
「この料理と並べるのが家庭料理でなんだか申し訳ないけど」
「僕も最初から本格的な物は嘉月さんにお任せするつもりで、家庭料理ですよ。箸休め的な感じですね」
主婦の力の見せ所だとつぐみの取り出した鮭の南蛮漬けの隣に、敬厳の出汁巻き玉子が並べられる。二人は謙遜するが、色鮮やかな南蛮漬けのほのかな酸味は食欲を刺激し、きちんと出汁を取って作られた出汁巻き卵は優しい味わいで、どちらも好評だ。
「俺も持ってきたっすよ。特製のたれに漬けた手羽先」
律の覚悟してください、の一言と共に供された手羽先は、見るからに赤い。
「これは確かに辛そうだ、早速頂こう。ん、美味し――辛……?!」
「兄の料理……年々、辛くなってる気がするんですよね」
覚悟と言うだけあり、辛いを通り越して痛い。中和するように時折他の料理を口にしながら、啄むようにちびりちびりと食べ進めるセレスに、無理はしないでとめいこがお茶を淹れる。
「ああ、でも、辛いだけでなく複数のスパイスを使って、後を引く旨味も――」
「お、流石っすね」
料理人の舌で分析した嘉月の皿に、律は嬉々として二つ目の手羽先を乗せた。
「……デザートのつもりで持ってきたんだけど」
テーブルに置かれたシンプルながらに卵とミルクの味が濃厚なプリンは、千鶴が学生の頃から繰り返し作っているスイーツだ。口の中の辛さが消えない面々は、プリンの入ったクーラーボックスに、一斉に手を伸ばすのだった。
●今の彼らは
「ねえ皆は今何してるの?」
セレスの持参したガレットを摘まみ、つぐみが問う。濃い味付けの料理を食した後のほのかな甘みに、ほっと一息ついた。めいこが淹れた紅茶にもよく合う。
「私は今は本屋でパートしてるわ。司書の資格は取ったんだけど、子供もいるからバリバリ働くってわけにも、ね」
「いつの間にか母親になっていたとはな。おめでとう」
遅くなってすまなかったと言うセレスに、つぐみは首を振る。
「いいのよ気にしないで。それに、日本に居なかったんでしょ?」
「ああ。今は獣医として世界各地を飛び回っている」
エスパー化以降、人を脅かす脅威は随分と減ったが、人以外を蝕むものは変わらない。身近なペットの病気や怪我の治療だけでなく、野生動物の保護など獣医の仕事は多岐にわたる。
「結局私は戦い続けるのが性に合っているんだろうな」
多忙を極める現状を「悪くはない」と評する辺り、当時はまだ少女でありながら戦う力を得る為に故郷を離れ、日本に渡ってきた豪胆さを持つ彼女らしい。
「皆の活躍も聞いているぞ」
メディアで名前を見かけたぞ、と敬厳をちらりと見やる。
「仕事は皆さんご存知の通り、蜂家当主です。今は分割統治時代近辺における歴史研究と、それに関する講演が主ですね」
祖父の跡を継いで当主の座に就いた時はまだ学生だった彼も、今やその地位は揺るぎないものとなった。研究者として名を馳せる一方で古武術の鍛練に後進の育成等々、忙殺される日々を送っている。
「で、どうなのよ。彼女とは」
「どう、とは」
肘で小突くつぐみに、何故ご存知なのか、と敬厳は珍しく動揺を露わにする。
「折角だから皆ドンドン話しなさい話しなさい。甘酸っぱいのでもほろ苦いのでもドンと来いよ」
「私も是非聞きたいですね」
めいこに語れと言わんばかりの微笑みでお代わりのお茶を注がれ、敬厳が観念したように十年越しの想いが実った事を白状すれば、わあと室内が沸き立った。
「そういえば、兄もいつの間にか婚約したんですよ」
矛先を向けられると思っていなかったのか、悠々と妹のチーズタルトを食していた律が咽る。
「へえ、それはおめでとうございます。役所勤めでしたよね?」
水を差しだす嘉月にお礼を言いつつ、律もぽつりぽつりと口を開いた。
「ええ、妹の護衛というか補佐をやりつつ、公務員やってます。で、仕事先で出会ったエスパーの方と婚約しました。恋愛とは無縁と思ってましたが……」
人生、何があるかわからないもんっすね。普段表情の乏しい彼が、そう呟いて確かにはにかんだ。
「兄の態度が丸くなったのも、義姉のおかげですね。そういえば、嘉月先輩のお店は結婚式の二次会とか出来ます?」
「おい、何勝手に」
「はい、事前に予約して頂ければ」
そこですかさず自店のチラシが出てくる辺り、流石は経営者である。
「え、激戦区じゃないっすか」
都内のレストランやダイニングバーが立ち並ぶ一角に、嘉月は店を構えていた。チラシには居心地の良さそうな店内に、間近で調理を見られるカウンター席が写っている。
「すごいですね!」
「運が良かったのかもしれませんね」
嘉月は謙虚に言うが、学生時代は農園兼牧場で農業に従事していた事もあり、素材を見極める目は既に一流のシェフに匹敵するだろう。この年で立身するには並々ならぬ努力があった事が伺える。
「そういうクラブで最年少の部類だった瀬宮さんも、もう社会人ですか。仕事は順調です?」
「私はまだ瀬宮の仕事をしていますが、一族内部もだいぶ落ち着いてきましたし……そろそろ新しいことを始める時期だと思っています」
敬厳と同じく家督を継いだめいこだが、思う所があり変革を模索する日々だ。支えてくれた兄が家庭を築く事だし自身も新しい道をと思うが、踏み切る事は難しい。
「皆、色々挑戦してるんだなぁ……」
溜息混じりに漏らした千鶴は、母校の武蔵坂学園の小学校で教職に就いて早十年。最近では中学の音楽の教員免許も取得したが、子供に囲まれる生活は変わらない。
「なかなか生徒に好かれてるらしいじゃないか」
「たいちゃんの方が人気なのがすっごい悔しいんだけどね。……たいちゃんドヤ顔すんな」
ジト目でビハインドの大智を睨むが、当人は何処吹く風とばかりに明後日の方向を向いて佇んでいる。サーヴァントや人造灼滅者が周知されてからというもの、適応力の高い子供達が興味津々といった体で寄って来る状況に覚えがあるセレスは、なるほどなと小さく笑った。
「好かれているのは、子供からだけか?」
「俺?! ……三十三歳独身ですよ、いえーい」
千鶴は最年長だけにそういう話題を振られる気はしていたが、既に婚約した後輩の話を聞いた後だけに、どうにも歯切れが悪い。
「……お付き合いしてる人は居るけどね?」
超遠距離恋愛であるとか、プロポーズという言葉が脳裏を過ぎらないわけではないだとか。恋バナをしているはずなのにその表情は惚気とは程遠く、お悩み相談が始まったかのような状況に、何とも言えない空気が漂う。唯一、敬厳だけがわかります、わかりますと力強く頷いていた。
「僕も、なかなか言い出せずにいます。自分がこれ程意気地がないとは思いませんでした……!」
「敬厳君も色々悩んでるんだね……うん、お互い頑張ろうね!」
固い握手を交わす。翌年、敬厳が恋人の誕生日に入籍を果たし先を越される事になるのだが、それはまた別の話だ。
「本当に、律さんやつぐみさんの思い切りの良さが眩しいです」
何かきっかけでも? と問われ、つぐみが言い難そうに頬を掻く。
「え、私は恋愛っていうかデキ婚だったのよ……」
「それはまた……」
当時を思い出してか遠い目をするつぐみに、恐らく一波乱あったのだろうと察して口ごもる。だが、予想に反して彼女は明るく「あ、でも後悔は微塵も無いのよ」と付け加えた。
「今、とても幸せよ」
この場に居ない夫や子供を思ってか、心底幸せそうに破顔した彼女の様子に、一同も口元を緩めるのだった。
●これから
「あ」
宴もたけなわ……という所で、めいこから声が漏れた。奥の部屋から持ってきたのは、肉料理や揚げ物が載った円い皿。今から食べるには、少々重いボリュームだ。
「一応オードブルを買っておいたのですが……皆さんの料理の腕を考えたら、無用でしたね」
「じゃ、幹事さん、延長で」
持ち帰れるように包もうかと思案するめいこを余所に、律が言う。各々が当然のごとくテーブルを片付け、大皿を置くスペースを空けた。
「大丈夫、最後は俺が施錠しとくから」
先生に任せてと笑う千鶴に、めいこも釣られて笑う。
「……あ」
先程とは違うニュアンスで呟かれためいこの声に、仲間達の視線が向く。
「こうして穏やかな時間を過ごせる……喫茶店とか」
――やりたい事を見付けた。そう言うめいこを仲間達が口々に激励する。
「仕入れ先とか、相談に乗りますよ」
「子連れで入れるお店だと嬉しいわ」
「岐阜でお店を開かれるときが来たら、当主としての伝手をフルに使って応援しますよ!」
賑やかさを増した部室内を見回し、セレスは目を細めた。
「皆が、これからどんな未来を築き上げていくのか……」
明るいものだと良いな、と希望を口にしてから、かぶりを振る。
「いや――明るいものだと、信じてる」
作者:宮下さつき |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年11月22日
難度:簡単
参加:7人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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