10年先の君たちへ

    作者:

    ●2018年、追想
     ――あの日、武蔵坂学園の教室で、よく知る快活な少女はこう言った。
    「10年後の今日、また会いましょ!」
     ぴっ、と顔の前に左手の人差し指を立てて。穏やかな笑みの中、煌いた印象的な紅い瞳を今でもよく覚えている。
    「タイムカプセルは、ちゃんと開ける日を決めておくことも大事なんだから。ふふ、10年後、みんなはどんな風になっているかしらね」
     それは、ESP法制諮問会議が行われた2018年の11月のことだ。10年後へ向けタイムカプセルを、と提案した彼女は、名を唯月・姫凜(エクスブレイン・dn0070)といった。

     『「ダークネスとの戦いが終わって、ESP法制整備の目途も立って。武蔵坂学園に属した灼滅者のみんなはこれから、きっとその能力を買われて世界中へ羽ばたいていくでしょう? もしかしたら、卒業を待たずに学園を離れる生徒だって出てくるかもしれないわ」』

     語られた理由。法が定まって物事が動き出す前の、少しでも学生が多くいる今の内に10年後の自分や仲間へ向けてタイムカプセルを作ろう、10年後、再会出来る様にと――少しいたずらっぽく微笑んだ彼女の笑顔を、俺は忘れることはない。
     その後、予知を以って灼滅者を戦いへと送り出していたいつもの様に生徒へと呼び掛けた彼女は、倉庫保管してくれるサービスを利用して学園内でカプセルを集め、10年後のタイムカプセル開封式――同窓会を取り決めた。
    「忘れないでね、10年後」
     カプセルを閉じた日、その最後を、彼女は笑顔でこう締めた。
    「2028年の11月、みんなでタイムカプセルを開けましょう!」

    ●2028年、現在
     ピピピピ、と、遠くに聞こえたアラーム音が近付いたと気付いて目を開けば、どうやら二度寝していたらしかった。
     枕元の目覚まし時計に手を伸ばした荻島・宝(タイドライン・dn0175)は、アラームを止めた手で時計を顔の前へと運ぶ。
    「――いっけね、ちょっと寝坊した」
     瞳の榛色はそのままだが、その顔立ちは先まで見ていた夢の中より幾分か大人びていた。
     夢に見たのは架空の話ではなく、彼の過去の追体験だ。ちょうどぴったり10年前、まだ自分が21歳の学生であった頃の記憶である。
    「……31歳になってまで姫凜ちゃんに怒られるわけにはいかないな」
     苦笑して、宝はベッドから跳ね起きる。
     シャワーを浴び、軽く朝食と摂ると慌ただしく身支度をし――机の上にあった車の鍵と白い封筒を手に掴んだ。
     封筒には、昔良く目にしていた筆跡で『荻島 宝様』と宛名が書かれている。くるりと返せば、やっぱり見慣れた筆跡で『唯月 姫凜』と差出人の名が書かれていた。
    「もう10年か。……さて、あの頃の俺は何をカプセルに入れたんだったかな」
     ――それは、タイムカプセルを開ける、約束の同窓会の招待状だった。


    ■リプレイ

    ●絆と誓い
     入場したホールは、懐かしい空気に満ちていた。
    「荻島、誕生日おめでとう」
    「ん? あ、綾瀬君!」
     人の群れの中に宝の姿を見つけた貴耶は、早速祝いの言葉を掛ける。笑って応じた宝へ、貴耶は数枚のチケットを差し出した。
    「誕生祝にといったらなんだが、うちの店の招待券だ。彼女でも友人でも、一緒に来てくれ」
    「え、いいの?!」
     現在貴耶は小さなカフェを経営していた。学生時代からの夢を叶えた友人へ宝が嬉しそうに感謝を述べれば、貴耶も微笑んで頷く。
     直後、自分を呼ぶ声を認めて、貴耶はそちらへと振り向いた。
    「また後で。お店必ず行くよ!」
     気付いた宝が、手を振り場を離れていく。貴耶がそれを見送る間に、ひょこっと呼び声の主が顔を見せた。
    「ねぇ貴耶、何入れたか覚えてる? ワタシは全然覚えてないんだけども」
     受付は一緒だったが、どこへ寄っていたか遅れて現れたさくらえは、耳元でカタカタとタイムカプセルの缶を振っている。覚えていない、と答える間に彼が自缶を開け始めたので、貴耶も自缶を開けてみることにした。
     そこには、スプーンとフォークの小さなチャームが1つ、手紙と共に収められていた。
    『妹や弟との仲は大丈夫か? 他の人間ともきちんと向き合えているか?』
     カフェが軌道に乗っている以上、人との向き合い方は柔らかくなったと思っているが――手紙に並ぶ自問の言葉には苦笑する。10年前の自分は、そこが最大の不安要素だったのだろう。
    「さくらえ、お前は何を入れていたんだ?」
    「これは……両親が幼馴染の親経由で託したものだね」
     手紙を折り畳みしまう貴耶の問いに、さくらえが掲げたそれは、セピア色の古い小さなアルバムだった。幼いさくらえと一緒に、彼の両親が写っている。
    「ふふ。そしてこっちは10年前の前後の、になるかな」
     もう1つ、取り出されたのは貴耶の記憶にも懐かしい、武蔵坂学園在学時代のアルバムだ。仲間達との写真から、休日の写真まで様々収められていた。
    「……ね、貴耶、この写真覚えてる?」
     優しい瞳でさくらえが見つめるのは、綾瀬家で一緒に食事したいつかの新年会の写真だ。頷く貴耶の笑みは、彼にとっても温かな記憶である証だった。
    「あの時の乾杯もすごく楽しくて嬉しかったな。貴耶のご飯も美味しかったし♪ あ、そうそう、綾瀬家に持って行こうと思ってるお酒があるんだ。今度持っていってもいい?」
     穏やかな記憶から思いついたさくらえの提案は、きっと新たな楽しい思い出を生むだろう――10年経た今も続く家族ぐるみの友情に、貴耶は改めて感謝と温かな喜びを自覚した。
    「いいな。皆で豪華なディナーを楽しむか」
     笑んでそう答えると、さくらえもにっこり微笑んだ。

     立食のテーブルへ進む2人とすれ違い、フィクトは離れた席に腰掛けた。
     相変わらず何処か不機嫌そうな硬い面差しだが、不思議と場に馴染み、気にする者はいない。腰を落ち着けた所でフィクトは、タイムカプセルからその中身を取り出した。
    『Do you remember me? If you forget,remember!』
     こう書かれたそのカードは、将来の決意や覚悟を持ってフィクトが自ら書いたものだ。もしも未来、自分が道を見失っているなら当時の自分に立ち返れと――しかしこの10年フィクトは、確りと志に添って生きて来た。
    「無論、覚えているとも。私は私の成すべき事を成す」
     かねてからの希望――母国・英国の陸軍軍人として。灼滅者としてのスキルを活かし努力し続けた姿が周囲の絶大なる信頼を呼び、今は後方で部下を取り纏める立場に就いている。
    「さて、これはまた十年後の私へ届けることとしよう」
     未来の自分への戒めとして。どうやってこの言葉を未来へ寄せるか思案しながら、フィクトは立食テーブルへ歩き出した。

    ●縁
    「ほれ焔、オマエ宛てだ!」
     楽しそうな――要はテンションが高い創の封書を受け取り、焔は椅子へ腰掛けた。
     10年前、【烏兎の匣】の部員達と未来の互いへ手紙を書いてタイムカプセルに閉じ込めた。つまりこの手紙は10年前の創が書いたものだ。
    『10年後の俺は何してんだろなーいけめんなのは変わんねぇな。可愛い嫁に可愛いムスメ、家建てて文字通り一家の大黒柱で――』
    「……」
     中を開いてみれば、情緒が行方不明。「10年後の俺はこうなってる!」がびっしりと書き込まれた手紙に、頭痛を感じて焔は右手で額を押さえる。
    (「『未来予想図』ならぬ『未来予定図』と言った所だべか……」)
     更に恐ろしいことにこの男、これらを全て叶えてしまっている。そして焔はと言えば、実家の農業を手伝う傍ら役場職員として働く身だ。身近故に、創との関わりは今も昔も変わらない。
    (「こん歳まで一緒とはなぁ……」)
     ふぅ、と溜息と共に焔は視線を手紙へ戻した。若き創が書いた未来のノロケに内心で相槌を打ちながら読み進めていくと――その視線が、ある一文で止まった。
    『とまぁいろいろ書いたけど。どう変わってようと、10年後もオマエとはつるんでんだろうなって信じられるよ』
     ――腐れ縁だ。でも10年先も互いに居ることが必然と思える友人が、そうそう居るものだろうか?
     密かに感激する焔に、聞き慣れた声が届く。
    「あっ! オマエ今ちょっと感動してるだろ焔ー」
     見透かしたような創の薄ら笑いは、見なかった事にした。

    「アタシ宛は紗雪ちゃんからー!」
     一方、嬉しそうに紗雪からの手紙を空へ掲げるのは空木だ。
    「『元気ですか?』お陰さまですっごく元気! 『お仕事何してますか?』今ね、山岳ガイドの仕事してる。季節問わず色んな所案内するんだよ~」
    「う、空木さん……!」
     声に出して手紙を読み上げ逐一返事をする空木に、紗雪の顔は朱に染まる。質問の羅列で構成された手紙が恥ずかしくて――しかし空木は笑顔を絶やさず、1つ1つ質問に答えていく。
    「『10年後もその先も、お友達でいてくれますか?』」
     そしてこれは、今でも変わらぬ紗雪の願いだ。昔は何事にも臆病だった紗雪を、いつも真っ直ぐな空木が変えてくれた。
    (「大好きです。言葉で伝えられる人になれたのは、空木さんのお陰」)
     ――そんな思いを空木が察したかまでは、紗雪には解らなかったけれど。
    「勿論、いつだって紗雪ちゃんはアタシの親友! あの頃から今も、そしてこれから先もずーっと大好き!!」
    「ひゃっ……!」
     嘘を知らない笑顔を浮かべ、空木は紗雪を抱き締める。
     かけがえない親友――そう思う気持ちは、空木だって同じだった。

     微笑ましい光景を見守りながら、朱璃は創へ歩み寄る。創が「お、手紙か」と笑ったので、朱璃も笑顔で頷いた。
    『創さんは、明るく振舞うから解り難いですけど洞察力が鋭くて、何かあると言わなくても助けてくださいました』
     便箋に綴られていたのは一見感謝だが――それだけでもない。
    『それが嬉しいけれど時々悔しかった。10年後は創さんを助けられる様に頑張ります』
     ……負けず嫌いだ。挑む様な朱璃の決意表明に、創は暫し笑いを堪えていたが――やがて吹き出す。
    「ははッ! 朱璃、そーカンタンに主導権は渡さねぇぜー?」
    「私だって負けません、創さんはライバルだから」
     ぐっと拳を突き出した朱璃に、創も応え――こつん。ライバル同士の絆の拳は、笑顔の中に交わされる。
    (「――充分助けられてるよ、昔から」)
     創は、ただこのかけがえない縁への感謝を心に噛み締めていた。
    (「居てくれねぇと困るんだ、オマエらみんなさ」)

    ●これからも
    『紗雪へ。仲間の中では1番年下でどうも妹扱いしてしまったが、10年経てば立派な女性として社会に出ている事だろう』
     焔から受け取った手紙は、彼らしい、少し硬い書き出しだった。
    『俺としては悪い虫が付いていないか心配する所だが、そこは紗雪の親友が抜かりなく注意してると確信している。何年経てども俺達のこの構図は、変わっていないのかもな』
     その文面からはいつもの訛りが消えていて、少し不思議にも思えたけれど。兄の様な焔の言葉に、紗雪はふふっと小さく笑う。
     笑いながら――紗雪はそっと、ポケットから2通目の手紙を取り出した。
    「それは?」
     気付いて歩み寄る焔へ、紗雪はその宛名を示した。――意外な名前に、焔はその意味を理解する。
    「……背中、押してくれますか?」
     それは、10年眠らせた紗雪から宝への恋文。彼女の決意を知った焔は、緩く笑み頷いた。
    「大丈夫だ」
    「紗雪ちゃんの背中、頑張れって見てるよ!」
     いつから居たか、空木もトン! と背中を押す。その先に宝の姿を見つけて――紗雪は遂に走り出した。
     想いが変わっていなかったら伝えようと決めていた――名を呼び、振り向いた宝を見れば10年閉じ込めた想いが溢れ出す。
    「――ケーキ作りや依頼でご一緒した時、優しい人だなって、それからずっと、好きでした……!」
     手紙を宝へ差し出しながら、意図せず涙が込み上げる。顔を上げていられなくて俯くと、――少しの間の後、予想外の言葉が紗雪の鼓膜を揺らした。
    「……蒼井さん。今日、友達からカフェのチケット貰ったんだ。良かったら一緒に行こうか」
    「え?」
     涙に濡れる顔を上げると、そこには――大好きな榛色の瞳が、手紙を手に紗雪を見つめて微笑んでいた。
    「ありがとう。俺で良ければ、どうぞ宜しくお願いします」

     温かいな――10年越しの幸せの形を見届け、祝は陽光色の瞳を緩めた。
     その手には、祝の分のタイムカプセルがある。
    (「や、何入れたかは薄ぼんやり憶えているんだけどさ、……生きて受け取れると思ってなかったんだよなあ」)
     人造灼滅者である自分がどれ程生きられるかは解らないから――居なくなった後にカプセルを残したいとも思っていなかった以上、10年前ふらりと教室へ立ち寄り企画に参加したのは、本当にたまたま魔が差したようなものだった。
    (「偶然と、廻り合わせと、沢山の縁に恵まれたから今もここに居る。『病院』に拾われた日から。武蔵坂に来た日から。皆に会った日から。――家族ができた日から。ずっと、わたしは縁に生かされているんだ」)
     そして、生かされた果てに迎えた今日なら、きっとこれも1つの縁――椅子に座り、祝は周りに倣ってそっと缶の蓋を開けた。
    「紅白の水引、花結びを連ねる赤糸と……これは?」
     大体予想通りのその中に、1つだけ。どうにも気恥ずかしい物を見つけ、祝はふふ、と苦笑する。
    (「照れくさいから、もう十年くらい寝かしておきたい」)
     きっとこれは、魔が差したその延長。ノートの切れっ端の走り書きには、自分を生かした無数の縁へ、感謝がこう綴られていた。
    『――しあわせでいて。だいすき。』

    ●果てなく続く
    『決着がつかない【鯛焼きは頭から食べるか、尻尾から食べるか】。10年後、決着をつけようじゃないか! 勿論アタシは急所を狙う頭から!』
    「……アホか」
     空木の手紙を読んだ葎は、目を細めて呟いた。
     まさか10年経って受けた手紙に書かれているのが鯛焼き論争とは。確かに自分は尻尾派だが、決着など心底どうでも良い。
    『オトナになったアタシ達は、どんな風に決着をつけるのか楽しみだね? それと朱璃ちゃんの事!』
     唐突に話題が飛ぶのは空木にはよくあることだが、挙がった朱璃の名には、流石の葎も目を留める。
    『幸せにしないとブッ飛ばす! って言いたいけどそこは葎だし……何だか信用しちゃうなぁ~』
     現在の朱璃は葎の妻。しかし10年前にそれを匂わす発言をしたことは無い。別れていたらどうするつもりだったのか。
     恐らく考えもしなかったのだ。やっぱりバカだ――呟きながらも、葎の口元は僅かに笑む。
    「……お前に言われたくねぇよ」
     届かぬ言葉に感謝を含み、葎は静かに立ち上がる。
    「私には、葎さんからですね」
     向かった先――葎に差し出された手紙を、朱璃は微笑んで受け取った。封を開け手紙を読む間を、葎はただ見つめて待つ。
     でもその朱の瞳から涙が零れ落ちると――葎は苦笑しながら右手で朱璃の頭を引き寄せた。
    「……何で泣いてんだよ。いいけど」
    「だって……!」
     片腕で抱きあやす様に撫でると、朱璃は体を震わせ泣く。その理由となった言葉を、葎はよく解っていた。
    『俺もお前もどうなってるか解らねぇが、隣に居てくれると助かる。俺にはお前が必要だから。今ですら、手放す気なんて毛頭ねぇけど』
    「こんなの、ずるいです……10年前から、あの時と同じ言葉……!」
     仮に10年も前から葎が朱璃との結婚を考えていたとして、求婚の言葉を考えておく様な人物ではないことを、朱璃は解っていた。それなのに手紙に書かれていたのは――求婚の時と同じ言葉だったのだ。
    「解ってる。……忘れてねぇよ」
     甘やかす様に優しく囁く葎に、朱璃の涙は止まらない。だから葎の肩に顔をうずめ、ぎゅっとその胸を抱き締めた。
    「あーリツ! 朱璃ちゃん泣かしたなー!」
    「俺のライバル泣かすなよー葎」
    「はいはい」
     空木や創の茶化す声に、葎はひらひらと左手を仰ぎ追い払う様な仕草をする。
     しかし、茶化しても温かく見守る友に――葎は感謝を抱いて微笑んだ。

     温かな遣り取りを笑んで見守っていた洸は、意を決した様に立ち上がった。
    「姫凜」
     呼び声に振り向く姫凜に「少しいい?」と問えば、姫凜も笑顔でそれに応じた。
    「姫凜とは、モールで料理レシピ教えて貰ってからの付き合いだよな」
    「ファミレスデート?」
    「そう、ファミレスデート」
     武蔵坂学園に来たばかりの頃。慣れない一人暮らしに、姫凜へ料理指南を請うたこと。『ファミレスデート』、それは洸が姫凜を誘った言葉。
    「お陰で料理の腕は今や抜群ですとも」
     おどけて言えば、姫凜も「それは何より」とおどけた笑顔で応じる。こんな何気ない遣り取りが、いつだってとても楽しかった。
    「……姫凜といると楽しいんだ」
    「え?」
     ふと、真っ直ぐに見つめる洸の視線に気付いた姫凜は、感じた緊張感に背筋を伸ばした。その様子にふ、と笑んで、洸は更に言葉を続ける。
    「いつからかも解らなくて、何でかなって沢山考えた」
     嘗て恋をして闇堕ちした自分は、この想いを出逢った時からなんて言えない。だから悩みもした。でも。
    「沢山考えるくらい、結局俺、姫凜のこと好きなんだ」
     言って洸が差し出したのは、10年前のタイムカプセル。
     中には、あの日洸が書き取ったレシピメモ。今度は一緒に食べたいのだと、そんな思いを――洸は笑顔で姫凜へ伝えた。
    「俺の隣に居てくれませんか」
    「……洸くんは、卒業してからも手紙、くれたよね」
     そっと、実は膝の上で緊張に震えていた洸の手に、姫凜の手が重なった。
    「もうずっと、私の隣に居てくれてたわ」
     ――姫凜の笑顔と繋いだ手が、洸の想いへの答えだった。

     知る2人の幸せな様子には、小太郎も心が温かくなる心地がした。
     自分も向かいに座る妻・希沙へ精一杯の愛情を送ろう――誓いタイムカプセルの缶を見れば、互いに内緒で閉じた過去の日を思い出し、落ち着かない心地になる。
    「き、希沙から開けて」
    「こ、心の準備はいい? 開けます!」
     希沙とて胸は子供の様にわくわくと高鳴って、挙動はそわそわと落ち着かない。しかし先陣切って、ぱかりと自缶の蓋を開けた。
    「……これ」
    「……あ、アオイロの海で拾った貝殻? ロンドンの電車の切符に、エストニアで買うたミトンのタグ……」
     詰め込まれた2018年の想い出達が、希沙の声で紐解かれ、見開いた瞳から一斉に小太郎の中へと溢れ出す。他愛ない小さな記憶のかけらだ。でもその1つ1つが愛おしくて、小太郎はそっと順に触れていく。
    「懐かしい……全部、一緒に行った場所のだ。でも……この狼は……オレ?」
     そして無数の想い出達の中から小太郎が手に取ったそれは――唯一見慣れない物だった。緑の半目に、四葉を抱く砂色の躰の、小さな狼の編みぐるみ。
     頷き、希沙はそっと瞳を伏せ告げる。
    「あんね、きさの幸せを形にするなら、それは小太郎なんよ」
     共に過ごした時間こそが、わたしの幸福の全て――だから2人の想い出を詰めた缶の中に、どうしても小太郎を忍ばせたくて。
    「こた狼、受け取ってくれる?」
    「……嬉しすぎて、どうしよう……」
     胸いっぱいの嬉しさに、小太郎は小狼をそっと手で包み込む。今度は自分の番――思い開いた缶からは、1通の手紙を取り出した。
    「オレのは……あなたに」
     手渡したそれを、希沙はそっと手に開く。やがて文を辿るペリドットの瞳が――みるみる込み上げた熱に揺らめいた。
    「……笑って、希沙」
    「笑えへん、泣いちゃうでしょ……!」
     それは長い長い、10年前の小太郎からの恋文。何度も瞬き読み進めようとするけれど――溢れる涙に視界が歪んで、思う様にいかない。
    『幸せな10年だったと笑ってほしい。あなたが想い出と呼ぶ日々に満開の笑顔が咲くように、毎日愛情を贈ると誓います』
     遅れて缶から取り出された小箱には、誓いを込めた花環様の指環。小太郎から注がれるめいっぱいの愛情に――涙はとめどなく希沙の頬を滑り落ちた。
    (「あの頃も幸せやった。でも、今は形を変えて――形が増えて、幸せ」)
     小太郎もそうなら良い。願うから――涙を受け入れ希沙は笑う。
    「ありがとう、小太郎」
    「こちらこそ。ありがとう、希沙」
     ――これまでへの感謝に、この先も続く幸せを、願った。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月3日
    難度:簡単
    参加:13人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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