●雪と氷と極光と
「アイスチャーチ……か。一風変わった式になりそうだね」
神童・瀞真(エクスブレイン・dn0069)はタブレットの中の写真を見ながら呟いた。
スウェーデン北部には、冬期だけ、雪と氷でできた教会が出現する。
毎年冬になると一から新しく建て直すため、毎年デザインも装飾も違うのだ。
白に囲まれた教会内、光を持ち込めば、想像以上の幻想的な景色が広がる。
純白の上のヴァージンロード。
この時期限りで、二度と同じ姿で現れることのない教会。
クリスマスに、二度はない永久なる誓いをするには、とても良い場所ではないだろうか。
なにせ雪と氷でできた教会だ、普通のドレスやタキシードでは寒いだろう。だが、ドレスやタキシードに合った防寒着を用意したり、寒さ対策をした特別なデザインの衣装を纏うのも、またとない記念になるだろう。
教会の外へ出れば、誓いを祝福するかのようにオーロラが現れることがある。
オーロラの下で、氷でできたグラスを持ち、参列してくれた者たちと乾杯をするのも素敵だ。
この時期にしかできない結婚式。
誓い、祝福し、祝福されに行きませんか――?
●極寒の地で、二度と無い結婚式を
スウェーデン北部、雪と氷で作られたアイスチャーチが夫婦になろうとする者たちを出迎える。
その装飾は繊細で、そして荘厳で。これが雪と氷でできているとは思えない不思議さと、幻想的な空間がまた、ここで過ごす記憶を特別なものとしてくれるだろう。
運の良いことに、ちょうど式が終わる頃にはオーロラを見ることができる可能性が高い、と地元の人が教えてくれた。
極光の祝福を受けて、さあ聖なる誓いを。
●玲瓏なる教会にて――2023
白いタキシードにベストを着込み、インナーやカイロを使用することで暖を取る桐人。隣には純白の、長袖のウエディングドレスを纏い、白いカーディガンを羽織った花夜子が。さすがに教会外での待機時には寒さがきつく、勧められてその上に更に防寒着を着込んでいた。
「そろそろ入場の準備をお願いします」
案内役に告げられ、ふたりは立ち上がって防寒着を脱ぐ。不思議と、寒いとは思わなかった。むしろ、緊張と期待で火照った身体を撫でる冷気が気持ち良い。
「花夜子、緊張してる?」
「ちょっとね」
教会の扉の前、立ち止まって。隣の桐人に視線を移して花夜子は答える。
「ごめん、僕もなんだ」
視線を合わせた桐人がそう言って小さく肩をすくめてみせるものだから、どちらからともなく浮かぶのは、笑み。
「でも、大丈夫。10年前に模擬結婚式、したしね!」
「そうね、それを思い出せば大丈夫よね」
大切な思い出をふたりで思い出して笑えば、不思議と肩の力が抜けた。
まるでふたりが落ち着くのを待っていたかのように、祝福の音が鳴り響く。ふたりは視線を絡めたまま頷いて、桐人は花夜子の手をとった。
氷の上に敷かれた赤い絨毯はヴァージンロード。これまで重ねてきた思い出とともに、一歩一歩大切に進んでいく。
祭壇の前に立つふたりは、いつからか、互いが互いの隣にいることが当然となっていた。
「Yes I do」
「Yes」
青い目の牧師に問われて答える言葉は簡単なものだけれど、簡単だからこそ、それが持つ重みを実感させられる不思議。
「愛してるよ。ずっとずっと大切にするね、花夜子」
向かい合い、視線を絡め、微笑みあって。彼女のまぶたがゆっくりと閉じられるのを確認しつつ、桐人は顔を近づける。
寸前で瞳を閉じて――唇が、触れる。誓いの、くちづけ。
教会の外に出る前に上着を着せてもらい、夫婦となったふたりは、外へと踏み出す――。
降り注ぐライスシャワーと祝福の言葉。聞こえてくるのは日本語や英語だけではないけれど、それが祝福の言葉であることはわかる。よく見れば、面識のない現地の人たちも笑顔で声をかけてくれていた。
「オーロラ……とても美しいわね」
まるでこの結婚式を見守り、祝福してくれているかのように空に広がる光のヴェール。写真で見るよりももっともっと美しくて雄大で、言葉を尽くしてもこの情景は正確に言い表すことはできないだろう。
「綺麗だね」
寒いから……そんな理由はいらぬ仲だけれど、寄り添って見上げる。
「でも、花夜子はもっと綺麗だよ」
「……っ!?」
桐人の放った言葉。彼は何の気なしにそれを口にしたのかもしれないけれど、花夜子は耳まで赤く染まった。それはもちろん寒さのせいではない。
「桐人もカッコいいわ」
自分だけこんなに照れさせられるのは、嬉しい気持ちを上乗せさせられるのはフェアじゃない――だから。
花夜子はちょっと背伸びをして、不意打ちのキスを贈った。
●幻想的な教会にて――2026
「わー、きれーい……! まこちゃん、きれー!」
式の前に教会の下見を、と足を踏み入れたそこは、内部に加工された氷柱が何本も立ち、クリスタルのようにも見える不思議な空間だった。床に設置された明かりに照らし出されるそれは、まさに――。
「本当に綺麗だねぇ。幻想的で別の世界みたいだ」
防寒具に身を包んだシャーリィが、出会った頃の、子どもだった頃のようにはしゃぐものだから、そのあと向けられた照れ笑いもとても綺麗で。
(「この景色を多分、僕は一生忘れることはないんだろうな」)
確信めいたものを、真琴は感じていた。
防寒対策をしたタキシード姿の真琴と、ウエディングドレスに常よりも厳重に防寒対策を施したシャーリィ。普段だったら少しくらい寒くても我慢できるけれど、今はちょっと、無理をするわけにはいかないから。
祭壇の前で告げるのは、想いと誓い。
「母さまと二人で暮らして来て、独りになって、学園に来て」
辿るのはそれまでの軌跡。
「きょうだいができて、好きな人ができて。……これから、家族になります」
シャーリィの表情は明るい。
「兄さんと二人きりで学園で過ごして、クラスの仲間、クラブの仲間に受け入れられて、そして、彼女と出会って」
真琴もまた、軌跡を辿り。
「そんな大切な人と家族になれてとっても幸せだよ」
そっと、シャーリィに微笑んだ。
ずっと、家族に憧れていたシャーリィだから、寒い中でも心が不思議と温かい。
「これからは二人、ううん、三人で、素敵な家族を作っていこうね」
真琴の言葉にシャーリィは、そっとお腹に手をあてる。
(「彼と、お腹の子供と、絶対に幸せになろう、って。そう思える、から」)
心が温かい理由は、これ以外あるまい。
幻想的な空間で、愛を、永遠を誓う。
そっと隣の真琴を盗み見たシャーリィは、思わず自分から背伸びをして彼に口づけを。だって、いつも和装の彼の普段とは違う姿が、とても素敵で、我慢ができなかったのだ。
「……あのね、まこちゃん。……大好き。これからも、よろしくね?」
口づけを受けた真琴は少し驚いて動きを止めたが、すぐに彼女を抱き寄せた。そして、口づけ――。
「大好きだよ、リィちゃん。これからもずっと、よろしく」
視線を絡めて微笑みを交わしたその時、にわかに外が騒がしくなった。それは歓声のようで。
外に出てみてください――通訳に告げられて、ふたりはゆっくりと教会の扉をくぐる。すると、眼前に。
「あ、オーロラ」
広がっていたのは極光。天にかかるカーテンは虹とも違う不思議な色彩をしていて。
控えていた係の人から防寒具を受け取った真琴は、それをそっとシャーリィに羽織らせて、肩を抱く。
「きっとこれは、祝福なんだろうね」
「きれい……いつか、この子にも見せてあげたいなぁ……」
それは祝福。それは二つとない奇跡。そして……未来の約束。
●極光臨む空間にて――2028・クリスマス
予行結婚式をしたのが、もう随分と昔のことに思える。
大分待たせちゃうかもしれないけれど、必ず迎えに行くから、その日まで待ってて――交わした約束を忘れたことなどなかった。
「雨ちゃん、とっても綺麗。お兄ちゃんにはもったいないくらいだわ」
Aラインのウエディングドレスに、雪みたいな白くてふわふわのボレロとロシア帽をかぶった雨を見て、夢は微笑む。そして後ろ手に隠し持っていたものを雨へと差し出した。
「あのね、雨ちゃん。これ、私からのお祝いなの」
「わ、素敵っ……」
視界に広がる赤と緑に思わず雨は感嘆の声をもらす。クリスマスに合わせて、ポインセチアをメインにしたブーケは、もちろん――。
「私が作ったのよ」
「ありがとう、夢ちゃん。嬉しい」
目を細めた雨は、着付けの最終確認をしてくれている雛へと視線を移して。
「周防さん、ドレス一式ありがとう」
「大切な二人の晴れ姿ですもの。二人をイメージして、一針一針大事に縫ったの。こちらこそ、とても楽しくて、嬉しい時間をもらえて感謝よ。とてもお似合いよ」
ブライダルドレスデザイナーとして活躍している雛にとっては、自分のデザイン・製作したドレスすべてに思い入れがある。けれども、昔からの大切な友人のためとなれば、思い入れが強くなるのも当然のこと。
「雛ちゃんが頑張って作った服だから、よりきれいなのです」
こくこくと頷くエステルは、雛の大切な伴侶だ。彼女の服のモデルとして活動しているエステルは、いうなれば雛の服の良いところを一番理解しているといえよう。
コンコン。
「入っていいか?」
ノックとともに聞こえてきたのは薫の声。
「よろしくてよ」
雛の返答を待って扉を開けた薫は、白のタキシードに灰色のベスト姿。もちろん、雛のお手製である。
暖かくしてもまだ寒い、なんて思っていたけれど、女性三人の奥に立つ雨の姿が視界に入った瞬間、そんな思いは飛んで消えた。
気を使ってか、雛とエステル、夢は控室の隅に寄り、薫と雨の視界から出る。
「……、……」
白いドレスに赤いブーケが映える。雨の全身を視界に捉えた薫は、数瞬言葉を失って、彼女を見つめていた。
我に返って、ゆっくりと、雨との距離を詰めて。
「綺麗だよ、雨。だいぶ待たせてごめんな」
小さく首を振った雨は、薫が差し出した手にそっと自らの手を重ねた。
式を終えて、アイスホテルの一室へ。披露宴といわれて一般的に想像されるような規模ではないが、大切な仲間たちが集まってくれればそれで十分。隣り合って座った薫と雨の顔が見える位置の椅子に、めいめい腰を掛けて。手にしたのは氷でできたグラス。
「二人の幸せな人生を願って――サンテ!」
雛の乾杯の音頭で、皆、氷のグラスを掲げる。
「幸せな生活を願って乾杯なの~」
「二人に祝福を。不束な兄だけどよろしくね」
エステルと夢も祝福の言葉を紡いで。大切な人たちからのお祝いに、雨が浮かべる笑顔は、まるで少女の頃のそれのようで。
出会った時から14年もの月日が経っているのに――彼女の笑顔があまりにもあの頃のようだから、愛しくて愛しくて愛しくて、つられるように薫も笑顔になる。
「時間が少しかかったけど、無事に結ばれてよかったの~」
「うふふ、良かったわ、二人の『本物の結婚式』が見れて」
エステルと雛、そしてもちろん夢も、この場にいる皆が笑顔で。こうして皆で話していると、本当に、あの頃に戻ったかのよう。
「ねぇ、雨、子どもは何人くらいを考えておりますの?」
「子どもは、私達のところに来てくれるなら何人でも」
「子どもはまだ……これからだな。子は授かりものだしな」
雛の問いに雨と薫が答える。ふたりの考えは同じようだ。
「むきゅ、二人は結婚活動するつもりなのです、やっぱりあまあまするです?」
「あまあま……って、そりゃあ……雨はオレが幸せにするんだから当たり前だろ」
エステルにつんつんと突かれて、当然とばかりに答えた薫だったが、自分の言葉に照れてしまう。
「ふふっ……」
そんな兄と、正式に義姉となったふたりが大好きな夢は、氷のグラスを手ににこにこ。足元で霊犬の時雨が何かを訴えて小さく鳴けば、そうだね、と頭を撫でる。
「お宮参りと七五三の衣装は任せてくださいまし」
「こりゃ、子どもも雛の着せ替え人形にされちまうな」
親指をぐっと立てて自信たっぷりにアピールをする雛に、呆れ三割嬉しさ七割で呟く薫。
「周防さんがもっともっと大忙しになってしまうくらい授かるかも……?」
冗談めかした雨の言葉に、場に笑顔が満ちる。
「大歓迎ですわ……あら?」
と、告げた雛の視界に、窓の外の景色が入った。
「雛ちゃんどうしたの、窓を見て?」
「外を見てごらんあそばせ! オーロラですわ!」
エステルの問いにやや興奮気味に雛が答える。皆で窓際に移動すれば、空の色が見事なグラデーションに。天から降り注ぐようにも、天へと立ち上るようにも見える不思議な光景。
「わぁ、オーロラ綺麗……!」
「オーロラなの~、見れるのが不思議なのです」
「本物が見られるとは思いませんでしたの」
夢やエステル、雛の後ろから薫と雨も奇跡的な風景を見つめている。
「むきゅ、また甘々したいのです」
「ヒナ達も、ここでもう一度お式したいですわね、エステル?」
むぎゅっと抱きついてきたエステルにくすっと笑んで、雛はその頭を撫でる。
(「お兄ちゃんと雨ちゃん、雛ちゃんとエステルちゃんの行く先が幸せでありますように」)
願いを込める夢。近いうちに彼女も、祝われる側になる予定があるようだ。
(「みんなにお祝いしてもらって、みんなと一緒に乾杯する、そんな日が来るなんて貴方に会うまで考えもしなかった」)
オーロラと、それを眺める友人たちを穏やかに見つめていた雨は、ふと、隣に立つ薫を見上げる。
(「今でも思う。こんな幸せ夢みたいだ」)
薫も、隣の雨へと視線を動かし――ふたりの視線が絡む。
「貴方に会えて、何より幸せ。大好き、薫君」
「幸せにするよ、雨」
小声で交わす言葉。オーロラに夢中の友人たちの背後で、そっとふたりの影が重なる。
永遠の誓いをここに――。
●荘厳なる教会にて――2032年以降
「久しぶりだね、招待ありがとう」
新郎の控室を訪れた瀞真は、婚礼衣装に着替えた七火と久々に対面していた。数年前のユリアの結婚式で再会して以来だろうか。
「神童殿、遠方まで来てくれて感謝する」
「僕の方こそ、貴重な機会をありがとう」
「新婚旅行を南桜に我慢させていたので、できる限り思い出に残るようにしてやりたくてな……」
苦笑しながら告げる七火だが、喜びがにじみ出ていないと言ったら嘘になる。
聞けば、南桜は大学を卒業するまでに双子を出産したらしく、色々と慌ただしかったようで。
「親御さんに挨拶するまでとにかく大変だった……」
「主に、七火君が覚悟を決めるまでが、かな?」
瀞真の冗談めいた言葉に、神童殿も人が悪い、と七火はさらに苦笑する。
闇堕ちした南桜を救い出し、彼女が学園に来てから陰日向に見守り、時には支えてきた彼だ。南桜の親からも相当の信頼を寄せられているに違いなかっただろうと瀞真は推察していた。だからこそ、一番の問題は七火の覚悟だったのかなと思ったわけである。南桜が大学生の時に出産をしているなら、なおさら。信頼して娘を任せていたのに、なんて責められる可能性もあったわけだ。男としてもいい年をした大人としても、腹をくくるまで様々な葛藤があったに違いない。
「それでも今、幸せそうで安心したよ」
「……神童殿のおかげだ。感謝している」
「これからもふたりが幸せでいてくれる、それだけで僕には十分すぎるくらいだよ」
下げられた七火の頭を上げさせて、瀞真は微笑んだ。
次に瀞真が向かったのは花嫁控室だ。ノックをする前から賑やかな声が漏れている。
「お久しぶりです。神童先輩!」
入室の許可を出した南桜は、ウエディングドレス姿で瀞真を迎えた。その足元にはふたりの幼子が、もこもこふりふりの可愛い衣装でうろうろしている。
「神童先輩、お久しぶりです」
その一人を抱き上げたのは、イヴ。正装の彼女にもうひとりの幼子が、だっこをせがんでいる。
「南桜君、イヴ君、久しぶり。ご招待ありがとう」
子どもたちの面倒を見ていたのであろう南桜の母らしき女性は、気を使ったのか控室の外で待っていると告げて部屋を出ていった。
「大学卒業と共に七火様が結婚式あげようと、言ってくれたんです!」
「七火君から少し話は聞いてるよ。在学中に?」
「はい。ふたりとも三歳になります」
双子の女の子は可愛い盛りだろう。在学中に出産したとなれば、休学して復学したのだろうが、育児と学業を両立させてきちんと卒業した南桜は、昔と変わらず頑張り屋のようだ。
「色々と大変でした。でも、両親もしちか先輩なら、と。嫁に行きなさいと逆に説得される始末で」
苦笑しながら告げられた南桜の言葉に、七火君の葛藤は杞憂だったようだね、と瀞真は心の中で呟く。
「両親も子どもを見て孫馬鹿ですよ。何故か娘たちがイヴちゃんになついてしまって、悩みの種ですが」
ちらっとイヴに向けられた視線を、瀞真も追う。
「だっこー」
「だっこー」
「あー、二人一緒にはちょっとむずかしいなー」
片方を抱けばもう片方が抱っこをせがむ。いつものことなのだろう、イヴもあしらいになれているようだ。
「神童先輩、あの時後押しして下さり、ありがとうございます」
南桜が深く頭を下げる。あの時の瀞真の一言が、南桜を奮い立たせたのだ。
「このご恩、一生忘れません」
「おれからも礼を言うよ。ありがとう、神童先輩」
南桜とイヴに改めて礼を言われ、瀞真は困ったようにふたりの頭をあげさせる。
「僕は特別なことは何もしていないよ。この未来を勝ち取ったのは、君たちの努力だから」
「それでも、感謝してます」
顔をあげた南桜の言葉に、瀞真は微笑むことで応えた。
繊細な細工が壁に施された荘厳な教会で、家族に見守られて七火と南桜は式を挙げた。
「夫として、父として、家族を守っていくことをここに誓おう」
「妻として、母として、家族を支えていくことを誓います」
氷の細工に複雑に反射した光が、ふたりを祝福している――。
挙式が済んだのち、イヴは瀞真とともに教会の裏手に居た。控室をでていく瀞真に、式の後に話がしたいとイヴはこっそり告げていたのである。
防寒具を着込んでも空気は冷たい。けれどもイヴの心臓は早鐘を打ち、頬は熱かった。
「来てくれて、ありがとな」
「いや、大丈夫だよ。ここは寒いけれど、イヴ君は平気かな?」
そういう他人への気配りが、イヴの心臓を締め付ける。頷いて、イヴは息を吸って。
「えーと、先輩ごめんな。会ってあまり時間たってないけど」
肩が震える。これは寒さからではない。
「先輩の事、好きです」
七火と南桜が結ばれた時に見守ってくれたその優しさに、惚れてしまった。人を本当に好きになったことはないから恥ずかしいけれど……駄目元で。飾る言葉は思いつかない。だから、ストレートに。
「おれはがさつで男勝りだから……先輩の好みじゃないかもしれないけど頑張って努力する」
きゅっ、と拳を握りしめて、イヴは改めて瀞真の顔を真っ直ぐに見つめた。
「先輩の答え聞かせてくれないかな?」
瀞真の表情はいつものように穏やかなままだ。表情からは彼の気持ちが窺えなくて、少し、不安になる。けれどももう、言ってしまった。取り消しも誤魔化しも効かないし、するつもりもない。
「まずはお礼を言わせてほしい。僕を好きになってくれて、ありがとう。嬉しいよ」
冷たい風が、首の後で結われた瀞真の長い黒髪を揺らし、イヴの視界に流れる。
「でも……君の心の奥には、もうずっと昔から、大切な人が住んでいて……、いつか再会できる日を待っている……そんな気がするんだ」
僕の勘違いかもしれないれけれど、瀞真はそう付け加える。イヴは、じっと彼の言葉の続きを待っていた。
「だから、君の気持ちには応えられない――というのはあまりにも不誠実すぎるからね」
瀞真は苦笑して、そして続ける。
「僕の心にも、待っていたい相手が住んでいるんだ。気がつくまで時間がかかったし、気がついたのは数年前なのだけれど……」
「そっかぁ。それじゃあ仕方ないな!」
目を細めた瀞真の顔が、とても切なそうに見えたものだから――イヴは精一杯、精一杯笑顔を作る。けれど。
凍えた頬を雫が伝っていった。
「あ、れ……? おかしいな……駄目元で覚悟はしていたはずなのに……」
その雫に、イヴ自身が一番戸惑っていた。
すると、ふっと視界が狭まり、それまでイヴを取り巻いていた冷気が消えたように思えた。
「ごめん――ごめんね」
瀞真にそっと抱きしめられていると気がついたのは、あやすように背中をとんとん、と叩かれているのに気がついたから。
「……先輩、こーいうことするから、女は勘違いするんだぜ?」
腕の中のイヴの言葉に、瀞真は彼女の背を叩く手を止めて。
「……、それ、よく言われるよ」
「だろ?」
顔を上げたイヴの瞳に涙はもうなかったから、瀞真は苦笑と安堵を混ぜたような小さな笑みを浮かべる。
「……何かあったら、相談とか、しに行ってもいいかな?」
おずおずと絞り出したイヴの言葉に、瀞真は笑顔で答える。
「もちろん。君が僕を嫌いにならない限り、いつでも」
いつの間にか空にはオーロラが舞っていて。
それは光指す未来への、しるべのようにも見えた。
作者:篁みゆ |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年12月24日
難度:簡単
参加:12人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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