Christmas Barbecue Party

    作者:篁みゆ

    ●バーベキューパーティ
     時は2033年12月――クリスマスであるというのにここは、真夏である。
     ここは南半球、オーストラリアなのだから。半袖半ズボンのサンタクロースが、サーフボードに乗ってやってくる。
     もちろん綺麗な海で泳いだりもできるが、メインは海辺でのバーベキュー。
    「ずいぶんと、賑やかになりましたね」
     向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)が発案し、声をかけたクリスマスバーベキューパーティには、子どもを同伴して一家で参加してくれた灼滅者たちもいる。
    「私達灼滅者だけでは、見られなかった光景です」
     あの時勝ち取った未来が着実に形をなしていることを感じずにはいられない。
    「お肉も野菜も海鮮類も、大人にはお酒も、まだまだ業者の方が持ってきてくださるので、皆さん好きなだけお召し上がりくださいー!」
     家族で、仲間と、友達と、恋人と――様々な組み合わせで集まった彼らは元をただせば同じ灼滅者という仲間。
    「私も、皆さんに負けないくらい楽しみましょう!」
     お肉はオージービーフにラムやポーク、チキン、カンガルーなど色々あり、新鮮や野菜や海鮮も用意されている。
     すでに焼き始めているいい匂いにわくわくしつつ、ユリアも輪に加わるのだった。


    ■リプレイ

    ●真夏のクリスマス
     きらめく太陽、海の匂い。12月下旬であるというのに肌を焼く陽光、半袖である自分に違和感を覚える――けれども時は確かにクリスマス。場所が、南半球であるというだけ、だ。


    「海辺でバーベキューも久しぶりだ」
    「こういうクリスマスも一風変わっていて楽しいものね。子どもたちは外国に行ったらサンタさんが迷子になっちゃう、なんて心配していたけれど」
     バーベキューの準備をしながら言葉をかわす雷歌と華月。ふたり揃って視線をやれば、5歳の子どもがふたり、バーベキュー設備を興味深そうに見ている。双子の彼らは、赤い髪の少女は華月に似ていて、藍色の髪の少年は雷歌に似ている。
    「火の扱いは雷歌さんにお任せするから、子どもたちは……」
    「おう、火の扱いなら任せておけ……ってこらお前ら! 危ないから向こうで遊んできなさい」
    「ほら、お父さんの邪魔をしちゃ駄目よ」
     炭やトングが気になるようで、子どもたちはいつの間にか素手で、あるいはトングで炭をいじろうとしていた。
    「「お手伝いだもん!」」
     揃った声、膨れる姿は双子らしくそっくりで。ついつい頬が緩むけれど、ここは子どもたちの意思をつぶさずに、だがしっかりと締めるところは締めなくてはならない。
    「お手伝いなら、ちゃんと言うことを聞いてなさい」
    「……お手伝いか……」
     とりあえず急いで炭からふたりを離した華月。何かを考え込んだ様子の雷歌は、思いついたとばかりに大きく頷いて。
    「じゃあお父さんの代わりに貝殻拾ってくれ、じぃじにお土産だ。はいどっちがいっぱい集められるか競争よーいどん!」
     流れるように告げてぱんっと手を叩けば、子どもたちは一目散に浜辺へと走っていった。
    「拾ったらお母さんに渡すんだぞー! ……という訳ですまない見ててくれ、すぐ準備する」
    「ふふ、お土産、お義父様も喜んでくれると思うわ」
     相談なしに子どもたちを任せることになってしまった。けれど華月は嫌な顔ひとつせず、袋片手に子どもたちを追ってゆく。
     子育て5年目。それも二人同時にとなれば、親としてのスキルアップも当然か。ようやく、二人一緒に遊んでくれるから助かる、と言えるくらいになってきたけれど、やっぱりまだ目は離せない。

     最初に焼き始めた食材が、いい塩梅に火が通ったところで、雷歌は浜辺へと視線を向ける。貝殻の入った袋を手にした華月と視線が合ったので、頷いて。
    「ほら焼けたぞー」
     手を洗って戻ってきた子どもたちの前に、肉と野菜、魚介類を乗せた皿を置く。空いた場所にすぐ次の食材を乗せて、華月用の皿にも火の通った食材を。
    「「いただきまーす」」
     揃った声。ふたりとも手をつけるのはお肉から。
    「野菜もお魚も食べなさいね。色んな栄養を摂らないと、お父さんみたいになれないわよ?」
     さすが母親、最初に皿から消えるのが肉だと分かっていたから、華月はいつもの言葉で言い聞かせる。
     それでもすぐに興味が移ってしまうのは、子どもゆえか旅先という特殊な環境ゆえか。椅子からおりて貝殻を見せると動き回るふたりを、雷歌がつかまえた。
    「遊ぶのはご飯食べてから!」
    「あ、雷歌さん、焼くの交代しましょう?」
    「ん? おう、悪いな」
     華月の申し出に甘える形で、雷歌はやや冷めた野菜の乗った皿を手にする。
    「ほらふたりともこっちで座って食べなさい。お父さんだってちゃんと野菜食べてるぞ!」
     もっしゃもっしゃ。豪快に咀嚼される野菜たち。あっという間に空になる皿。その様子を子ども二人は、目を丸くして見ていた。
    「頑張ってるお父さんには報奨が授与されるべきだわ」
     空いた雷歌の皿に、華月はこんもりと焼きたての肉を積み上げて。
    「「!!」」
     それを見た子どもたちは、一生懸命自分の皿の野菜や魚介類と格闘し始めた。
     その様子を見て、思わず笑みを浮かべる華月。
    「貴方の護ってくれた未来、その景色、どうぞゆっくり味わってね」
    「……護ったもの、か」
     青い海、平穏な時間、繋がる命――雷歌は満足気に微笑んだ。


    「久しぶり? という程、ではない、かな」
    「直接顔を合わせるのはちょっと久しぶり、かな?」
     ビーチパラソルの下に並べられた椅子。水着に薄手の上着を羽織った冬舞は、冷えた缶ビールと缶ジュースをテーブルに置き、自身も腰を掛ける。先ほど冬舞が飲み物を取りに行く前に、瀞真が大皿に食べ物を持ってきたので、5歳の息子を任せて冬舞が飲み物を取りに行ったのだった。
    「クリスマスカード、ありがとう。俺が送ったものも着いているだろうか」
    「たぶん届いていると思うよ。確認する前にこっちに来たから、まだ見れて無くて」
     ふたりが乾杯、と缶を軽く掲げれば、冬舞の息子も真似をするものだから、ふたりでふふ、と微笑む。
    「奥さんは演奏会だったね。それにしても、彼女によく似ている」
    「だが中身は俺似でな……我が子ながら、どうも行き先が怖い」
     自分の皿に乗せてもらった料理に夢中の彼は、大人たちの視線には気がついていないよう。
    「気づいたら、白い蝶を追いかけていたりするから、な、うん」
    「あー……それは……」
     瀞真も苦笑せざるを得ない。大切な親友の子供だ。心配と愛しさがないまぜになる。
    「ところで、そっちはあのあとは? 知らせがないってことは、そういうことだと思ってるが一応」
     冬舞は思い出す。5年ほど前の年末、瀞真の会社で酒を酌み交わした時にぽつりとこぼされた、『気になる人がいるんだ』という発言。それが最終的に今に繋がらなかったことは知っているけれど。
    「彼女は今も仕事仲間だよ。あの腕を手放すのは惜しい。それに……最近幸せみたいだ」
     大切な人が幸せを掴んだのならば、それで十分――彼の表情がそう言っているように見えて。たしかにそれは彼らしいと思うけれど。
    「瀞真、自分が幸せになってもいいんだぞ?」
     冬舞の言葉に、彼は小さく目を見開いたあと、微笑う。
    「そうだね。さすがに母を心配させ続けるのもどうかと思っていた頃だよ。でもこればっかりは縁だから」
     孫が、とか跡継ぎが、とか言われているのだろうか。そこでふと冬舞に疑問が浮かぶ。
    「そういえば、瀞真は一人っ子だったか?」
    「あれ? 冬舞に話してなかったっけ? 半分正解」
     時を重ねたことで、数年前から彼からの呼び方が変わっていた。
    「年の離れた姉がいたんだけどね……15で亡くなってるんだ」
    「……そうか」
     なるほど、ならば瀞真にかかる期待、瀞真がとても母親を大切してきた理由もわかる。
    「別に、女性とお付き合いをしていないというわけではないのだけどね?」
     いつも振られてしまうんだよ――いつか彼がそう言っていたのを冬舞は思い出した。
    「瀞真は博愛主義だからな」
    「誰にでも優しい、って言ってくれてもいいんだよ?」
     彼が彼女に振られる時に必ずといっていいほど言われる言葉を知っているから、あえて言い方を変えたのに。
    「程々にしないと、大事なものも逃がすぞ」
    「そうだねぇ」
     缶を傾けて、彼があまりにものんびりとしているものだから、昔から変わらないな、と冬舞は苦笑してみせた。


     浜辺に近く、大人ならばまだ足のつくあたりで統弥はふたりの子どもたちに泳ぎ方を教えている。5歳の長女、沙弥香の浮き輪が流されないように紐を手にしつつ、8歳の長男、琉統に泳ぎの指導を。
    (「さすがに子どもは覚えが早いですね」)
     気がつけば、覚えたばかりの平泳ぎですいすいと自分たちの周りを泳ぐ長男。それを見て自分も、と言い出した長女を浮き輪から出して、体を支えながら教えてあげる。
     そんな様子を、浜辺に立つ藍は次々に写真に収めていく。二度と戻らない時間、だから。
    「あっ……!」
     だが、親の心子知らず。ゆっくりと浸る時間も中々くれないのが子どもというもの。
    「こらー琉統。どこかに行くときは、パパと一緒だよー!」
     好奇心旺盛な長男は、ちょっと目を離すと親の目の届かないところへ行ってしまう。
    (「これは誰に似たんでしょう……多分私かな」)
     すぐに長男に追いついた統弥は、彼を捕まえて。
    「海は楽しいけど、一人は危険だからね」
     優しく諭す。
    「パパ、沙弥香は預かるから琉統をお願いね」
     足首が海水に浸るくらいまで海へ踏みこんだ藍は、近づいてきた統弥から娘を受け取って――すっと近づいてきた統弥の顔が、耳元へ。
    「これまでもそうだけど、水着姿が綺麗だよ」
     子どもたちには秘密の、甘い言葉。
    「統弥さんも、素敵よ」
     そっと返し、手を振って見送る。
    「ママーおなかすいたー」
     娘に手を引かれた藍は、自然と優しい表情を浮かべている。
    「じゃあ、まずは水分補給をして、そのあとバーベキューの準備を始めてパパたちを待っていようか?」
     統弥のことを『パパ』と呼ぶのも慣れた。けれども思いは変わらず、ふたりは甘々である。

    「まだ熱いから、ふーふーしてね。あ、琉統、野菜もきちんと食べてね。パパ、もう一本飲む?」
     お待ちかねのバーベキュー。妻として母として、藍は気を配る。
    「代わるよ。ママもゆっくり食べて」
     トングを受け取って統弥は代わりに焼き加減を見て。藍の皿に彼女好みの肉や海鮮、野菜を乗せていく。
     ゆっくり食べてとはいったけれど、彼女が子どもが食べ終わるまで気が気ではないのは分かっている。だからせめて、できることでサポートを。
     大切な大切な家族、だから。


    「メリークリスマスって水着で言うの、凄い変な気分」
     水着にパーカー型のラッシュガードを着た静は、到着当初はそんな事を言っていたけれど。今は波打ち際を無意味に走る6歳の息子、響の相手をしている。
    「はい残念、おとーさんの方が足速いからね、はっはー!」
    「おとーさん、おとなげないー」
     息子に指摘されても、態度は変えない。
    「はー、しかしクリスマスにオーストラリアとか贅沢ですねー」
     ショーパン水着にロングガウンを羽織った仁恵は、見た目はあまり変わりないけれど、少し老けましたとは本人の言。
    「夏のクリスマスですか。この年になっても斬新なことってあるものですね」
     頑張って維持している体型に黒のワンピース水着と帽子姿の一途は、10年ほど前から風峰家に同居して子どもの世話をしていた。故にもちろん、今回の家族旅行にも同行しているのだ。
    「琴さん、この玉ねぎを切ってもらえますか?」
     11歳の娘の琴と妹のように可愛がっている一途がバーベキューの準備をしてくれているのを横目に、仁恵は冷えた飲み物を並べて。
    「二人のお酒はどうしようかな」
     なんて言いつつ、いつの間にか開けた缶ビールを一口。
    「……ニエさん? お酒早くないですか?」
    「これは美味しい水です」
    「……お母さん?」
     一途の心配そうな声に即答した仁恵。その様子に、琴がトーンを落とした声で呼びかけた。
    「キミ達用の水もありますよ」
     仁恵は普通のジュースを差し出す。だが、琴は野菜に視線を戻し、包丁を動かす。
    「琴チャン、ちょっとオカーサンスルーするのやめて。寂しい」
    「……えっと」
     完全に仁恵をスルーした琴と仁恵を交互に見て、一途はどうしよう、と困惑。
    (「琴さんは反抗期なのかな」)
     ちょっと心配になる。けれど。
    「せっかく新鮮な食材いっぱいだから、色々食べてみたいね」
     別方向から話題を振れば、笑顔が返ってくるから、やっぱり反抗期なのだろうか。
     一途の心配をよそに、仁恵は肉をひっくり返し、焼けた肉の串をとって齧る。ビールに肉……ひとりですでに始まっている。
    「静ー、響ー、そろそろご飯も食べましょうよ」
     味見(?)を終えたからか、仁恵は浜辺に声をかけた。

    「お父さんよりヤドカリのほうが強いね」
     浜から戻って開口一番、息子の報告にやや目をそらす静。ヤドカリに襲われたのは本当だから、否定はできぬ。だから。
    「ほら見てよこの戦利品、すごくない? 狩りの才能あるでしょ?」
    「はいおかえりなさい。凄くたくさん集めましたね」
     話をそらしてバケツの中身を女性陣に見せる。その中には貝殻や、ヤドカリがたくさん。
    「狩猟民族の血を感じる」
    「いっぱい取ったね、すごいすごい」
     仁恵の言葉に静は満足。一途はにっこりと響を褒めた。
    「食事前は手を洗いましょうね響。静も」
    「はいはいちゃんと手を……君なんでもう飲んでんの?」
     母親らしく、仁恵による食前の注意。だがその手には、開いた缶ビール。食事はこれからじゃなかったのか。
    「これは美味しい水です」
     再び即答する仁恵。これは美味しい水なのだ。誰が何を言おうと美味しい水なのだ。
     食事が始まってみれば、肉にばかり目が行く静と仁恵。
    「料理は琴も手伝ったの? えらいね」
     褒めながら、肉を取る静。
    「僕はカンガルー肉が食べてみたい。というか、肉と肉と肉で食べ比べを……」
     肉と肉と肉。肉しか乗っていない大人二人の皿を見て、子どもたちにバランス良く取り分けていた一途が、見かねて声を上げる。
    「お肉もいいですけど、ちゃんと野菜と魚も食べないとダメですよ」
    「あっはい、野菜も食べます……」
     皿に野菜と魚介を乗せられて、静はおとなしく返事をしたけれど。
    「そうですよ、ちゃんと野菜を食べないと」
     ひとごとのように告げて、仁恵は新たな肉へと手を伸ばし――。
    「ニエさん?」
    「あっはい」
     一途の愛のあるダメ出しに、素直に野菜をとるのだった。


    「ほら、アリアの大好きなトウモロコシだよ」
     3歳の娘でも食べやすいように切って焼かれたトウモロコシを皿に乗せ、玖耀は子ども用の椅子に座っている娘へと差し出す。もちろん、ふーふーと冷ましてからだ。
    「アリアね、とーもろーだいすきぃー」
     受け取った娘が一生懸命食べる姿を見ると、幸せすぎて自然と笑顔になってしまう。
    「あ、パパ、あいがとです」
     忘れてたとばかりに笑顔で告げるものだから、よくできましたと頭をなでて。
    「玖耀さんもすっかり父親ですね」
    「人のことは言えないでしょう?」
     紗葵に冷やかされて、玖耀は彼女の隣を見る。そこには14歳になった楓奏――紗葵の養女が座っている。ピンと伸びた背筋、美しい食事の所作は、母親たる紗葵の教育の賜物か、彼女を見て育ったからか。
    「アリアちゃん、エビ大丈夫ですか?」
    「ああ、平気だよ」
    「アリアちゃん、エビさんも美味しいよ。どうぞ」
     玖耀に確認をとってから、小さく切ったエビをアリアの皿へと乗せる楓奏。
    「あいがとです。ふーかおねちゃん」
    「どういたしまして」
     まるで優しい姉と年の離れた妹のような……そんな光景に玖耀も紗葵も、重ねてきた時を感じざるを得ない。
    「お待たせしましたっ! アリアのこと、任せっぱなしでごめんなさいっ……」
     そこに合流したのはユリア。食材や飲料調達など、業者とのやり取りを請け負っている彼女も、ようやく一息つけるようで。
    「ママー!」
    「気にしないでください、お疲れさまです」
     愛する娘と夫の声に、ユリアにも笑顔が浮かぶ。
    「少しばかり職権乱用して、届いたばかりのローストビーフを貰ってきてしまいました」
     ユリアの手にしていた包みには、まだ温かいローストビーフがたくさん。すでに薄くカットされているそれを、どうぞと皆の前に出して。
    「ユリアさんは頑張っていますから、このくらいの職権乱用、可愛いものですよ」
     玖耀の笑顔にそうですか? とユリアは笑う。もちろんこのローストビーフは、希望したグループに現地スタッフによって配られることになっている。
    「アリア、いい子にしていた?」
    「アリアはいいこだもんー。いいこだからしゃんたさんくるもんー」
     ユリアの問いに娘はちっちゃくほっぺたをふくらませる。鎮杜家でも、クリスマスにお家にいないとサンタさんが来ない騒動があったようだ。

     食事もだいたい落ち着いた頃、特にとっくにお腹いっぱいになったアリアは座っているのに飽き始めていて。
     そんな娘の様子を見て、玖耀はユリアに合図を送る。ユリアは頷いて、アリアに見えぬところでスマホを操作した。すると、しばらくして、海のほうがざわつきはじめた。
    「アリア、あれなんだろう?」
     玖耀は娘を抱いて立ち上がる。歓声の上がる中、浜辺に向かって来るジェットスキー。こちらに手を振っているのは、赤い帽子に髭を蓄えた男。
    「しゃんたしゃん!!」
     玖耀の腕の中でバタバタ動くアリア。半袖シャツにハーフパンツ姿だが、顔から上は絵本で見るサンタそっくりだ。
    「メリークリスマス!」
     近づいてきたサンタに興味半分、疑い半分のアリアだったが、可愛くラッピングされたプレゼントを差し出されると、疑いはどこへやら。
    「ありがと、しゃんたさん!」
     包みの中身は可愛い楽器ケース。最近ヴァイオリンを始めたアリアが欲しがっていたまさにそれ。
     本物のサンタさんだ、とはしゃぐ彼女を、大人たちは笑顔で見つめていた。

    「親子の共演が楽しみですね」
     はしゃぎ疲れて眠ってしまったアリア。娘を優しく抱くユリアに、玖耀も優しく声をかけた。
    「ええ。この子がどんな音を紡ぐのか――いいえ、音楽だけでなく何に興味を持つか、どんな風に成長するのか……共に見守っていきましょう」
     笑んだユリアがそっと、背伸びして玖耀の耳元で囁く。
    「玖耀さんへのプレゼントも、ちゃんと用意してありますからね」

     14歳になった娘は、物づくりが好きな良い子に育っている。
     香りのブランド『花音』の宣伝やイベント、モデルにはまだ協力してくれているけれど、小学生の頃と違って、いつ彼女の興味が離れるかはわからない。歳を重ねるごとに、彼女の世界は広がっていくのだから。
    「楓奏ちゃんももう14歳か……難しい年頃だね」
     綺麗な貝を探すと言って波打ち際へ向かった彼女の背を見つつ、隣りに座った紗葵に瀞真は語りかける。
    「仕事相手だからかな、僕には不機嫌な顔や悲しげな顔を見せてはくれないけれど、そういう顔をしないわけではないだろうしね」
     ブランド『花音』は、瀞真の会社とのコラボレーションブランドであるがゆえ、彼も楓奏のことは小学生の頃から知っている。
    「娘の世界が広がっていく時……」
     ぽつり、紗葵が言葉を紡ぎ始めた。
    「……私の知らない場所であの子が辛い思いをしたりしていないか不安になる事もありました」
     それは親として当然のことかもしれない。だけど。
    「娘を送り出して信じて待つだけの不安や覚悟、それは灼滅者を送り出すエクスブレインもまた同じような思いだったのではないかと」
     今だからこそ、わかる気がする。
    「……ならば貴方は強いですね」
     ぽつりと零されたその言葉を否定も肯定もせず、瀞真は微笑んだだけだった。


     白い砂浜に映える赤はヴァージンロード。その行く先は、祭壇。
     白のタキシード姿の明が、マーメードラインのウエディングドレスを纏った紗里亜とともに、重ねてきた時間を、一歩一歩確かめながら噛みしめるように、道をゆく。ヴェールボーイとヴェールガールをつとめるのは、ファルケと柚澄の子どもたち。
    (「かつて戦争で、相棒とも呼び得た女性……まさか今、こうして改めて横に並び立つことになるとはな……」)
     自分の腕をとって隣を歩く彼女をちら、と一瞬だけ視界におさめて。
    (「いや、これもまた必然だったのかもしれん」)
     どこからどこまでが偶然で、どこからが必然だったのか、それは確かめようもないことだから――すべて必然だと思えば、不思議と納得がゆく。
    (「元々戦争の苦楽を共にした仲でしたが……5年前のあの事件をきっかけに付き合い始めて――」)
     太陽のもたらす熱とは別の温かいものを、触れた部分から感じつつ、紗里亜が思い返すのは、5年前の事件。家族をネタに脅されて、不埒な輩の手に落ちるしか無い――そんな絶体絶命の危機に自分を呼んだあの声は、今も耳に残っている。
    (「……お互い忙しすぎるんです」)
     法学者としてメディアへも積極的に出演する紗里亜と、家業を継いで裏から法を守る明。忙しすぎて瞬く間に過ぎ去った5年。けれども芽生えたものを育て、今日こうして誓いを結ぶ。
     ――誓いのキスを――促されて向かい合い、大きな手でヴェールを優しく外す明。
    (「いつもはポーカーフェイスの明さんも、誓のキスは少し緊張気味?」)
    「ふふ、リードしてくださいね?」
     明にだけ聞こえるように告げた紗里亜の耳元、息のかかる距離に顔を近づける明。
    「君を含め誰にも言った事が無かったがな。私の初恋は椎那。君だったんだよ」
    「……!?」
    「『紗里亜』これから末永くよろしく頼む」
     不意打ちの告白。出会ってから約20年で初めて呼ばれた名前。真っ赤になった紗里亜に、彼女にだけわかるくらい小さく表情を崩して、明は唇を重ねる――。
    (「アラフォーの身には恥ずかしい限りだが、彼女に悟られはしていないだろうか?」)
     キスののち彼女を顔を見れば、花のような微笑みがあった。

     オーストラリアと聞いて、何かの試合かややこしい紛争か、国際学会のついでだろうかと勘ぐりながら飛行機に乗った摩耶の前に現れたのは、新郎新婦姿の盟友でした。
    「二人が並んでいるのを見ると、2B桃の食堂しか思い出せないのだが」
     披露宴会場となった海辺のバーベキュースペース。2B桃食堂出張版とでも言おうか。
    「作戦(と重傷)担当の明と、庶務担当の椎那のお蔭で、武蔵坂は勝ち残った」
     思い出すのは、辛さよりも達成感ばかりで。
    「そういえば、二人とも法学部だったか? 組連合も、粋な計らいをしてくれる」
     連れ立って現れた二人の姿に、浮かぶのは当然微笑み。
    「皆、今日はありがとう! せっかくのビーチだ。飲んで騒いで遊ぼうじゃないか!」
     明の声は、まるで仲間たちを鼓舞するかのよう。
    「『武蔵坂』式のパーティーに突入だ!」
     おおおおおおおおおおお!!!
     上がる歓声に、子どもの声が混じっていることに、重ねた時を感じるけれど。それでもこうしてまた、集まってくれたのはとても嬉しい。
    「乾杯の音頭は、私の担当だったな?」
     立ち上がった摩耶は、手にした飲み物を掲げて。
    「では。二人の幸せと、今後の世界平和を祈って!」
    「かんぱ~い♪ メリ~クリスマ~ス♪」
    「ついでに、メリークリスマス!」
     在りし日々を思い出させるようなその声に、場が湧いた。
    「私の手料理もありますので、たくさん食べていってくださいね♪」
    「さあ、焼くぞ。じゃんじゃん焼くぞ!」
     テーブルには紗里亜の手料理。その横にはバーベキュー設備がすぐに使えるように用意されていて。大ざっぱでダイナミックな料理は得意だとばかりに摩耶が早速焼き始めた。
    「紗里亜さん、ご結婚おめでとうございます。でも、そのまさか明さんとご結婚なさるなんて……」
     新郎新婦の元へ改めて挨拶に来たのは柚澄とファルケ。時々フィンランドへ行きながら日本を中心に生活しているふたりの子どもたちは、10歳と7歳。今はお姉ちゃんが弟の面倒を見ながら、ふたりでお肉を食べている。その瞳にわくわくがつまっているのは、真夏のクリスマスという珍しい体験を楽しみにしているからでもあるだろう。ヴェールを持つ役目をしっかりと果たせてホッとしたのだろう、とも柚澄は思う。
    「やれやれ。ようやくゴールインか。ふたりともおめでとーだぜ」
     思いがけないカップルに内心驚いている柚澄の横で、ファルケは笑顔だ。
    「ま、ゴールインとかいってもまだ、新しいスタートラインに過ぎない。そだ、人生の先駆者として新婚生活のなんたるかを教えてやろうー」
     このまま喋らせると、何か恥ずかしいエピソードが飛び出しそうな予感。柚澄は彼の腕を引く。
    「……へ、恥ずかしいからやめて? 仕方ないな」
     口にだすのはやめたが、思い出すことまでは止められていない。
    (「俺たちの式は結構前だったけか。あの時の柚澄は可愛かったな」)
    「無事に、紗里亜お姉ちゃんのドレス姿を見れて良かったです。末長くお幸せに♪」
     ファルケの回想の間に柚澄が祝福の言葉を述べたものだから、ファルケも回想を切り上げて。
    「とまぁ、改めて2人とも、おめでとーだ。よい未来をっ、てな」
     祝福を。

    「おめでとー!」
     10歳になる息子の大和を連れた未知は、紗里亜の花嫁姿に大満足だ。5年前に知り合いの結婚式や同窓会で会った時に「紗里亜さんがまだ独身とは世の中間違っている!」と強く思っていたのだが、ついにゴールイン……!!
    「明さんとは直接お話したことはなかったけど、組連合で紗里亜さんと頑張ってる姿を、陰ながら見てたよ。だから納得のお相手だなーって」
    「ふふ、ありがとうございます」
     はにかむように笑う紗里亜。未知も笑顔で。
    「紗里亜さん、自慢の料理の腕を存分に振るうんだぞ! 俺たちも紗里亜さんの手料理、頂いてくるな」
     力説応援ののちにテーブルに向かった未知と大和に視線を向ければ、「バランス良く食べなきゃダメなんだぞ」と息子に肉や野菜を取り分ける姿に、良い父親になっているなぁという気持ちが湧いてくる。
     新郎新婦から見えないところで、未知は自分だけ肉ばかり食べているのを大和に指摘されたりして。
    (「学生時代にクラブでよくバーベキューパーティしたなぁ」)
     それでも自然と思い出すのは、良き思い出。

    「紗里亜さん、明さん……本当におめでとうです!」
     白のパレオつきビキニに白いリゾートハットといういでたちのくるみは、新郎新婦を前にして涙が止まらない。
    (「ずっとお世話になりっぱなしだった紗里亜さん……」)
     この人だけは絶対に幸せになってほしい、そう思い続けてきたからこそ、喜びもひとしおだ。
    「いやはや、ご結婚おめでとうございますよ……すみません、随分と騒がしてしまいまして……」
     子どもを6人連れて参列した流希が、恐縮しつつ、だが感慨深げに。
    「それにしても、不動さんと、一緒になられたと聞いたときには、驚きましたよ……忙しく世界中を駆けめぐっているというのは風の噂で、聞いておりましたがねぇ……」
    「確かに、忙しかったな」
     明の視線に紗里亜が頷く。忙しかったからこそ、正式に夫婦となるまで5年もかかってしまった。だが、忙しかったからこそ、二人の関係が変わったとも言える。
    「さて、つもる話は沢山あれど、今日の主役はお二人ですので……懐かしの曲、がんばれがんばる武蔵坂の結婚式バージョンを弾きましょうか……」
    「ボクも歌うよ♪」
     ウクレレを取り出した流希の隣でくるみも待機。ポロン……音に合わせて。
    「がんばれがんばる椎那さん♪ がんばれがんばる不動さん♪」
    「がんばれがんばる椎那さん♪ がんばれがんばる不動さん♪」
    (「この歌はくるみにとっても大切な歌……」)
     だからこそ、たくさんの祝福の気持ちを込めて。
    「ファイ……って、我が子供達……?」
     だが。
    「何故、泣き始めるとですか……?」
     なぜだか泣き始めた子どもたちに困惑する流希。そんな姿に一同から、笑顔がこぼれる。
    「うぅす、すみません……椎那さん、不動さんと、末永く、お幸せに、ですよ……」
    「二人ともいつまでもお幸せにですよ~♪」

    「やっとこ椎那も身を固めるか。不動峰さん始め2B桃連合は、戦争で頼もしかったんだぞー?」
     明莉の星条旗モチーフのボードショート水着はアメリカンコンドルを懐かしんでのものらしい。その上に白のTシャツを着て。その隣のミカエラは、オーストラリアの国旗をモチーフにした水着にパーカー姿。
    「ほら、おねーちゃん達に挨拶。こっちが杏。こっちが祭莉。で、この子が刀だよ」
     ぺこりと頭を下げた女の子に、モジモジと隠れる男の子。ミカエラの腕に抱かれた乳児は機嫌が良さそうだ。
    「ほら、きちんとご挨拶」
     隠れる祭莉をひょいと抱き上げて挨拶させたのち、そのまま肩車をする明莉の姿はすっかり父親のそれだ。
    「紗里亜も明も変わんないね~。更に女子力マシマシ~♪ ってかんじ?」
    「ここだけの話、このドレスを着るために頑張ってダイエットしたんですよ」
    「え~、ダイエットなんていらなかったんじゃ? あ、でもせっかくの晴れ舞台だもんね~」
     女心としては、やっぱり、少しでも綺麗な自分を見せたいもの。大切な日だからこそ。
    「おめでとーっ!」
    「おめでとう!」
     子どもができても変わらぬ二人の姿に、昔の彼らの姿を重ねる明と紗里亜だった。

    「推那も遂に結婚か。むちゃくちゃ感慨深いな。おめでとう」
    「紗里亜、明、結婚おめでとう」
     娘を連れた脇差と輝乃の夫妻。輝乃の手で差し出されたプレゼントに、紗里亜は手を伸ばす。
    「これ、お祝いの品。昔の戦争のことを題材にした絵本だよ。子どもができた時とかにどうぞ」
    「ありがとうございます」
    「戦争か」
     輝乃の言葉に脇差の思いは、戦争とは縁の切れなかった学生時代へと遡る。
    「不動峰達2B桃の動向は、他の組連合でも注視してたしな。本当に頼もしかった」
     今思えば、世間一般で言われるフツウとは程遠い青春だったけれど、充実していたのは確かで。
    「礼を言うのも今更だけど、やっぱり言っておきたくて。ありがとうな」
    「ああ、こちらこそ」
     脇差と明は、がっちりと握手を交わした。

    「ミカエラと部長の子どもたちは元気いっぱいだね。小太刀もご挨拶しようか?」
     新郎新婦に挨拶後、明莉とミカエラに合流した脇差と輝乃。娘の小太刀は、ミカエラの腕に抱かれた小さな命に興味津々のよう。
    「親近感をおぼえる名前だな」
     だが父たる脇差も、小さな命を覗き込もうとして――。
    「あ、脇差、刀に近づくなよ? ツンデレが伝染る」
    「……ってか伝染るかよ!?」
     真顔で告げる明莉にツッコむ脇差。輝乃は思わず苦笑を浮かべる。だって今は甘えん坊だけど、娘が脇差に似ていることを知っているから……。
     くいくい。引っ張られてそんな娘を見ると、行こうとばかりに海を指さしている。輝乃は一瞬沈黙したのち。
    「……小太刀、そんなにおねだりしても、お母さんは海には行かないよ」
     バッと手を広げて、輝乃は芝居がかった感じで言葉を続ける。
    「ここでバーベキューの手伝いをしたり、皆の様子を絵に描きとめる使命があるから!」
     本当はトラウマ故に流れがある水の近くへは行きたくないのだが、今はそういうことにしておきたい。
    「小太刀、海ならお父さんと行こうか?」
     ふるふる首を振る娘を抱き上げ、妻の代わりに海へと向かう。反抗期? キノセイキノセイ。
    「手伝うよ!」
     ふたりを見送った輝乃は、バーベキューを始めたミカエラと明莉に合流して、自分たち家族の分の食材をチョイスしてゆく。
    「杏、コンニャクを串刺すのコツいるんだぞ?」
     何故か真剣に作業している娘にレクチャーする明莉。
    「あ、こら。火は熱い。金網も熱い。触ると火傷する、わかった?」
     母親らしく子どもに注意するミカエラ。そんなふたりを見ていると、かつての居心地の良い空間に戻ったようで、輝乃は自然と微笑んでいた。
    「母さんはカンガルー肉を所望だぞ~」
     その声にカンガルー肉をじーっと眺めた明莉は、さも自然な流れのようにビーチチェアに腰を掛けているミカエラの水着姿に視線を移す。その間にふたりの子ども達が、彼女に肉と飲み物を届けていた。
    「ん、ありがと! アン偉い~! まつりん流石!」
     子どもたちを順に褒めるミカエラだが、もちろん夫の視線に気づいていないわけではない。
    「むー。あかりん、でれっとしない!」
    「あーいや、俺も肉食うかな?」
     叱られて目をそらしつつ、そんなにでれっとしてた!? と思い返す明莉であった。

     青い空と白い海。カメラマンとして世界を飛び回っている徒は、旅慣れているのを活かして、叔父一家にあたる紗里亜の家族を引率してきていた。
     式の前からすでに泣いている紗里亜の父らをなだめ、式の間は写真にビデオにと撮影に大忙し。けれどもそれが大切な人たちのため、そして今回来れなかった友人知人のためだと思えば、忙しいなんて感じることはなかった。
     バーベキューの様子もきちんと写真におさめ、皆があらかた席についたところで徒は新郎新婦の側に立つ。
     以前自分の式で明にスピーチをしてもらったお返しのスピーチだ。
    「法を守る紗里亜と、違う方面から秩序を守る明。苦労はあるだろうけど、目指すところは同じ。二人とも頑張って、末永く幸せになー!」
     拍手に送られて徒が椅子に座ったところで、摩耶が飲み物片手に立ち上がる。
    「では、再び、二人の幸せと、今後の世界平和を祈って乾杯!」
    「世界平和か、なるほど」
     笑いながら娘にもコップをもたせる脇差。
    「そうだねっ。世界の平和とふたりの末永い幸せを願って」
    「ふたりの、皆の、そして世界の末永い幸せを願おう」
     輝乃と脇差もコップを掲げて。
    「「乾杯!!」」

    「決して大袈裟ではないのが、武蔵坂クオリティだ」
     満面の笑みの摩耶。満面の笑みの一同。
     それぞれ家庭を築いた仲間たちは、『かつての仲間たち』ではなく今もなお、仲間であると感じて。紗里亜と明は視線を合わせて頷きあう。
    「皆さん、ありがとうございます。……幸せになりますね」
     潮騒と皆の声が、ウエディングベルの代わりだ――。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月31日
    難度:簡単
    参加:23人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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