愛の誓約~Schneeschlossにて~

    作者:篁みゆ

    ●愛をいだく者たちへ
     冬には白く染まる緑豊かな地に立つ、白い壁の城。石造りのそれやそびえる尖塔を見ると、まるで中世へと迷い込んだかのよう。
     豪奢なシャンデリア、精緻な細工の柱に階段、麗しい壁紙に毛足の長い絨毯。不釣り合いな場所に足を踏み入れてしまったのではないかと戸惑うかもしれない。けれども大丈夫だ。この城は、灼滅者達を歓迎する。
     案内された部屋は広く、掃除も行き届いており、あらかじめ暖められていた。
     調度品も城のもつロイヤルな雰囲気に似合うもので。
     ほんのり漂う香りは、主張しすぎず心地よさを導き出してくれる。
     ソファにテーブル、サイドボード……けれども数ある家具の中で一際目をひくのは、天蓋付きのキングサイズのベッド。清潔なシーツと柔らかそうなコンフォーターにブランケット。
     愛を語り合う者たちへ――ドイツ語でそう記されたハート型のカードが、枕元に置かれていた。


    「今年も彼は君たちのために城を空けて待っていてくれるよ」
     そう告げたのは、神童・瀞真(エクスブレイン・dn0069)だ。
    「今年で10回目、か」
     初めて参加を検討している人たちへ、と瀞真はお城の外観や内装の写真をテーブルへと並べる。
    「有名所のお城と比べると規模は小さいけれど、それでもれっきとしたドイツのお城だから、外観も内装も素敵だし、客室数は十分あるし、素敵な時間を過ごせると思うよ」
     瀞真がドイツにあるとあるお城への招待を始めたのは2023年の12月のことだ。仕事で知りたった友人が、相続した城に灼滅者達を招待したいと彼に相談したらしい。それから毎年、クリスマス前後の期間、城主は条件に合った灼滅者達を招待し続けている。
     2033年の今年は10年目――10回目の12月というわけだ。

    「招待条件は例年と変わらないよ。夫婦・恋人・またはそれに準ずる関係・これを機に恋人同士になろうとする者たち――つまり愛し合う者たちに部屋は提供される」
     たまには夫婦水入らずで。
     特別な二人の時間を。
     一歩、関係を進めるために。
     理由も性別も問わないが、愛し合う者たちであることが条件だ。基本的にふたりで一部屋にご招待。
     室内には飲み物や軽食は用意されていて、特別呼ばない限り誰かがふたりの邪魔をすることはない。
     愛を囁き、確かめ合い、過去を、現在を、未来を見つめる――ふたりきりで甘い時間を。


    ■リプレイ

    ●愛を語り合う者たちへ
     今年もまた、緑が白銀へと変わる季節が来た。
     その城の門は、愛を語り合う者たちへと開かれる――。

    ●比翼の鳥は、大空へ飛び立つ前に羽を休める
     2023年。大学院修了前の冬休みは、アルコと紫鳥にとって学生最後の冬休みとなる。次の春から社会人となるふたり。同時に、籍を入れる前の――恋人として最後の冬となるのだろう。ひとときの羽休め。
    「わ、凄い綺麗……」
    「どこもかしこも古めかしくも豪華なお城だな」
     事前に写真では見ていたが、実際に目にするのとはやはり違って。普段日本で暮らしていると、あまり目にする機会のない建物に、心躍るふたり。
    「後でお写真撮りたいですっ」
    「一緒に写真撮ろうぜ、ほら」
    「わーい、ぴーす」
     紫鳥の言葉にアルコの言葉が重なる。肩を引き寄せられて、自撮りの要領で構えられたカメラに向かって紫鳥はピース。撮れた写真を確認してみれば……。
    「……背景あまり入ってませんよう」
     ちょっとむむぅ、となる彼女の手を、アルコは笑いながら引いた。

    「お部屋も凄いですっ……」
    「でかいベッドだな」
    「ふかふかですね」
     キシ……ふたりでベッドに腰掛けて、座り心地を確かめる。ツー、と滑るように近づいてきたのは、ハート型のカード。
    『愛を語り合う者たちへ』
     そう書かれたカードを手に取り、紫鳥はアルコへと視線を向ける。
    「愛を語るそう、ですよ」
     はにかむ彼女とカードを交互に見たアルコもまた、同じようにはにかんで。
    「今まで囁いてきた愛と、また違う愛を語り合おうぜ」
    「まだ恥ずかしい言葉を持って……?」
     訝しげに自分の瞳を覗き込む紫鳥に、アルコはニッと笑って。
    「まだまだ恥ずかしい言葉もあるけど、紫鳥からも引き出してみせるからなっ」
    「!!」
     はわわ、と紫鳥は困って顔を手で覆ったが、その手を口元までずらして、そっとアルコの様子を窺う。
    「うー、お手柔らかにお願いしますね」
     アルコが想像以上に優しい表情だったものだから、紫鳥はそのまま手を膝の上に下ろして。
    「私が卒業するまで、って随分待って貰いましたものねー」
    「お互いの夢を尊重したいって紫鳥の気持ち、オレにも良く伝わってたからさ」
    「ふふ、ありがとうございますアルコくん」
     互いの気持ちがうつろわぬまま今日という日を迎えたことが嬉しくもあり、誇らしくもあり。同時に今日を境に変わりゆくものに、なんだか照れてしまう。
    「気にしない気にしない。その分今日は……」
    「今日は……?」
     小首をかしげる紫鳥をいますぐ抱きしめたい気持ちが満ちてゆく。けれども。急がなくともまだ、時間はある。それに、ここまで来て急ぎすぎるのも良くないだろう。
    「へへっ、可愛いなぁもう」
    「あー、うー、え、えぇと、何か食べます? 軽食なら用意されているみたいですけれどっ」
    「折角だしクリスマスっぽくシャンパンで乾杯して、クリスマスっぽい料理食べようぜ」
     テーブルやその付近に用意されていたオードブル類と飲み物。電話で頼むと、すぐにチキンなどの温かい料理も運ばれてきた。
    「ふふー、良いですね。お酒は得意じゃないけれど、今日くらいは」
     グラスに注いだ液体は、室内の小さなシャンデリアの光にきらきらと輝いて。
    「メリークリスマスですっ」
    「メリークリスマス、紫鳥」
     ソファに並んで座り、グラスを掲げる。
     酔いしれるのはお酒にだけではない。
     夜に、愛に、肌から伝わる互いの熱に――。

    ●2023年――そっと寄り添い愛を深める
     ナイトウエアに身を包んだ結城と満月の夫婦は、ベッドに腰を掛けて寄り添って。落ち着いた感じのナイトウエアなのに、満月からそれに似合わぬ色気が醸し出されているのは、おそらく彼女の豊満な胸のせいだろう。だが、こんな格好を見せるのは結城にだけだ。
    「お城で夫婦で過ごせるなんて……素敵な夜ですね」
    「こ、こういう場所で一夜を過ごすのもロマンチックですね」
     寄り添い、触れ合った部分から、布越しに互いの熱を感じる。いつもと違う場所――それが不思議と鼓動を早め、体を熱くする。
    「ふふ、確かにロマンチックです……満月もいつも以上に魅力的ですよ」
     耳元で囁かれれば、自然と頬が朱に染まる。恥ずかしさと嬉しさ、どちらが大きいかは、満月にもわからない。
    「あ、ありがとうございます。そう言われると何時も以上にドキドキしますね」
     優しく抱きしめられれば、互いの鼓動が重なって聞こえる。それは、気持ちも重なっている証。
    「あ、あなたと一緒に過ごすようになってからそれなりに経ちますが、それも素敵な思い出ですね」
    「今までの素敵な思い出に負けないくらい、これから素敵な思い出を作りましょうね」
     横たわったベッドは、ふたりを優しく受け止めてくれた――。

    ●月に酔わされあなたに酔って、行き着く先は白い海――2023年
    「……夢ではないだろうか」
     一時はもう、二度と土を踏むことさえ叶わぬと思っていた故郷ドイツ。そこで結婚式を挙げることができただけでなく、こうしてまた、素敵な誘いを受けるなんて。
    「未知、俺の頬をつねってくれ」
    「えっ、いきなり何!?」
    「いや、夢ではないか確かめようと」
     用意された部屋に入り、ひとしきり調度や設備を見て回った後、とりあえず、ソファに並んで腰をかけたところでニコが発した言葉。未知は驚いたのち、理由を聞いて笑って答える。
    「俺だって夢みたいだって思ってるよ。またドイツに、しかもこんなお洒落なお城に招待してもらえるなんて、ね」
     ニコが感じているものが今、自分が言葉にしたものだけではないことを、未知はよく知っている。けれども、あえて言葉にしない。
    「じゃあ、一緒につねろうか」
     互いの頬に手を伸ばし、そして軽くつねり合う――痛い。
     夢でない実感を得て、ふたりで、笑った。

     何か飲み物がほしいという未知の要望で、ニコは電話でルームサービスを頼む。普段、酒といえばビールのニコだが、こんな時くらいはと頼んだのはワイン。届いたワインの抜栓と最初の一杯を、ふたつのグラスに注ぐところまで頼み、ふたりきりになったところで未知が口を開く。
    「ねえ、このワイン、僕らの結婚した年に作られた……」
     抜栓前のワインの軽い説明時に、そのラベルに記された数字に気がついていたけれど。ニコの顔を窺えば、優しく頷く彼。
     粋な計らいに胸高鳴りつつ、グラスを掲げて乾杯。そしてふたりでグラスを傾ける。
     実はワインに詳しくなく、美味しいワインの味とかよくわからないふたりだけれど、並んで向けた視線の先、冬の夜空に浮かぶ月を肴に飲めば、良い感じに酔いが回ってくる。
     酔ったのは酒にか、月にか、雰囲気にか、それとも隣に感じる大切な人の存在に、か。自然と頬も、口も、心も緩んでいく。
    「ニコさんは元々お育ちが良いからか、こんな豪華な場所でも堂々としていて、ワインを飲む姿も様になってて格好いいなぁ……」
     グラスを手に、とろん……とした瞳でニコを見つめる未知の口からこぼれたのは、素直な思い。
    「酔ってるからもっと素直になっていいよな?」
     グラスを置いた未知が、ぴたりと寄り添い、ぎゅっと抱きつき、体重を預けてくる。ニコとしては普段なら嗜めるところなのだが、今はなんだか、すべてを許してしまいそうで。
    「……どんな我儘も、聞こう」
     そう告げたことに後悔はない。
    「もっと……甘えちゃうよ?」
    「ああ」
     ニコもグラスを置いて、未知を抱き上げて立ち上がる。お姫様抱っこされた未知は、ニコの首に腕を回してぎゅっと抱きつく。我慢なんてできない。もっともっと、甘えたい。
     ふたりが向かう先は、天蓋付きの白い海――。

    ●繋いだ手、キスを降らせて永劫を誓う――2023年
    「サロメも手がかからなくなってきたから、やっと安心して人に預けることができたね」
    「サロメちゃん、リィちゃんのお家でいい子にしてるかな」
     信頼できる相手に預けてきたといっても、娘のことが気になるのはやはり親心。
    「……大丈夫だよね。だってわたしたちの娘だもの」
     気持ちの落とし所を見つけた沙耶々に、アンリは優しく微笑んで。
    「久しぶりのふたりきり、堪能しようか」
     ベッドに隣り合わせで腰を掛けて、そっと手を重ねる。
    「いつもこうして手を繋いでいたよね」
     重ねた手は、初めて会ったときよりも、ずっと大きくなっていて。
    (「……あのころは、お互いにいっぱいいっぱいで求め合ってて」)
     出会ってから、あと2ヶ月でちょうど10年。
    「あの頃を思い出すと、お互いに幼かったね」
    「中学生から、だもんね。懐かしいな……」
     記憶を手繰る。かつての自分たちの幼さに恥ずかしさがないといえば嘘になるけれど。それよりも、懐かしさと、ふたりで時を重ねてきたという実感が、心を占める。
    「あのころを思えば、ずっと余裕もできたけど」
     そう告げた沙耶々と向かい合い、アンリはそっと唇を重ねる。
    「それでも、キスは特別だよ」
     唇が離れ、けれども吐息のかかる距離で沙耶々が呟くものだから、もう一度、唇を合わせる。
    「こうして手を繋いで、キスをして、これまで愛してこれたんだ」
     二度目のキスからアンリが顔を引いて彼女の瞳を見れば、無意識にだろうか、その瞳はもっと、と求めているように見えた。
    「これが続けられる限り、いや、これが続けられなくなったとしても、未来永劫の愛を誓うよ」
    「恋から愛に、いつの間にか変わっていても」
     小さく首を振り、沙耶々はアンリの宣誓に答えを。
    「……ううん。だからこそ、かな。……愛してもらえて、私、しあわせだよ」
     瞳を閉じて、沙耶々からの誓いの口づけ。
    「……わたしも、あいして、ます」
     繋いだ手は、離さないから。
    「まずは今夜、夜明けが来ないことを願いながら愛し合おう、沙耶々」
    「うん……もっと愛を、ちょうだい? ……あなた」
     何度目かの口づけ――そのままふたりは、ベッドへと沈む――。

    ●誓いに咲く薔薇、くちづけの雨――2026年12月12日
    『俺と、結婚してください、美希先輩』
     そう、貴方が言ってくれた時から、ちょうど10年が経ちました。

    「……!!」
     扉を開けて目に飛び込んできたのは、2色の薔薇の絨毯。
    「いつも決まって12月には、薔薇を贈ってくれましたね。でも、今年はより一層手が込んでますね!」
     きゃらきゃらと笑い、薔薇の中をゆく美希の言葉に、後ろ手に扉を締めながら「今日ばかりは気合も入るさ」と優生は笑う。
     彼女と愛を誓い合ってから10年。
     敷き詰めた薔薇の色にも意味がある。あの日彼女に贈った青と、彼女の瞳と同じ桃色。ふたりだけの意味に、彼女は気づくだろうか。
     薔薇で作った愛の形――眺めて得意げに告げた優生にふふ、と笑って、美希はベッドサイドで立ち止まった。
     シュルリ……衣擦れの音、翻る白。しゃがんだと思しき彼女が、白いシーツに飲まれてしまったように見えたのは一瞬。
     姿を現した美希は、シーツを被り、その腕に抱くのはありったけの薔薇。
     その姿はまるで――合点のいった優生は、彼女に並び立ち、腕を差し出す。嬉しそうにその腕をとった彼女とふたり、始まるのは秘密の……。
     ――神父様は神のお導きだなんて言ったけれど、神様を信じない悪い子な私達だから。
    「今日はどうか、溺れるほどのくちづけをくださいませんか」
     背伸びをして彼の耳元へ口を寄せる。
    「もう、貴方ばかりが欲しくて!」
     告げて柔く耳を食めば。
    「望む儘に」
     背伸びをした彼女、耳に触れる熱、すべてが何より愛しくて愛しくて。抱き寄せて支え、囁く。
     息をするいとまも、他のことを考える隙も与えるまいと、唇を重ねて、溶かすほどの熱を、深く深く。
    「病める時も、健やかなる時も、死が二人を分かったとしても、美希を愛し慈しむことを誓います」
     熱を分け合った唇。もっと、と望むようなそれに触れるほどの近さで囁いて、視線で尋ねる。
     ――貴女は?
     言葉を紡げば唇が再び触れ合ってしまいそう……美希はそっと答える。
    「喜びの時も、悲しみの時も、この命を賭して、優生に恋し愛し続けることを誓います」
     ――如何?
     視線で返せば、優生の頬が緩んで。言葉の代わりにくちづけが雄弁に語る――最高、と。
     神の御下での誓いではないけれど。
     ふたりにとっては、何よりも尊く、神聖な誓い――。

    ●円舞曲とともに想い重ねて――2028年12月24日~25日深夜
     外も城の中も、しん……と静まり返る夜半近く。古いプレイヤーから流れるのは、音を絞ったワルツ。
     ゆったりとした旋律に合わせ、ふたりは踊る。
     蘇るのは、学園で過ごした記憶。

     曲が終わり、互いにゆっくりと挨拶のポーズを取り、ほっとした表情の国臣はオリヴィアの手を取ってソファへと導く。
     並んで腰を掛ければ、窓から夜景が見えた。雪の中、ところどころに見える灯りは、優しく暖かなものに見える。
    「初めて、こうして踊ったのは12年前だったな」
     手を重ねたまま、なぞるのは誓いの証。
    「この指輪を贈ってからは……11年か」
     出会ってから毎年、学園の舞踏会に参加してきた。卒業してからはさすがに機会に恵まれなかったが、身体が覚えていたのか、どうにか踊れて国臣は胸をなでおろした。
    「12年前のあの日、お誘いした時はとても緊張しましたが……勇気を出して良かったです」
     かつての緊張と安堵を思い出したのか、オリヴィアは小さく笑んで。
    「一歩踏み出してからは、ずんずんぐいぐいと猛アタックさせていただきましたけどっ」
    「そう、だったな」
     12年前を起点に、思い出を辿る。国臣がいだくのは、今、目の前にしている彼女が、何より愛しいという思いのみ。
    (「闘いに殉じるだけだった私が初めて抱いた想い、それが今という時を紡いでいる……」)
     そっと、オリヴィアは国臣の顔を見つめる。
    「あの時は、いつ果てるとも知れない身、時よ止まれと思いましたが……」
     かつての思い、時を経た今、それは変化を遂げて――。
    「今は、ふたりで歩む穏やかな未来を、見たいと思っています」
     オリヴィアが柔らかく表情を崩したその時、12時の鐘が鳴り響いた。
    「初めてそう思った日から、常に、その時、相対する貴女がいつだって一番愛しかった」
     鐘の音にかき消されぬよう、彼女の耳元に口を寄せて、国臣は言葉を紡ぐ。
    「誕生日おめでとう。愛してるぞ、オリヴィア」
     残響が遥か遠くへ消えても、ふたりの距離は変わらない。
    「ありがとうございます。私も愛しています、国臣さん」
     これまでも、これからも……。
     紡ぎ続けた愛は、これからも、ずっと――。

    ●月の音、空白を埋めるように――2029年12月26日深夜
     雪の降る繊細な音を、意識する余裕などなかった。愛しくて愛しくて、空白の時を埋めるには、触れても触れても足りなくて。
     ふたりとも、まるで心だけ、置き去りにしてきた学生時代に戻ったようだった。
     時間を取り戻したいと、強く願ったのはどちらだろうか。

    「起こしてしまいましたか」
     ベッドから衣擦れの音が聞こえ、窓辺に立っていた玖耀は振り返る。
    「……私、眠って……」
     まだ半分眠りの中にいるのか、ゆっくりと起き上がったユリアは、とろりとした瞳のまま、顔にかかる髪をかき上げる。
    「……!!」
     そんな彼女の仕草に玖耀の心が跳ねる。結婚して一年経つが、まだまだ彼女にはドキリとさせられることが多い。それは、歳を重ねたがゆえに生じたもの、なのかもしれない。
    「……雪が止んで月が綺麗ですよ」
     声をかければ、彼女は少し迷った末にシーツを羽織り、近づいてきた。玖耀はそんな彼女に笑みを向け、自然な仕草で自分のガウンの中へ招き入れる。
     ふたり分の熱が、混ざり合ってとても暖かい。
    「本当……綺麗な月ですね。雪が止んだのに、気づきませんでした」
     月明かりに照らされて輝く異国の銀世界。それがとても美しく見えるのは、最愛の人と共に見ているからだろうか。
    「静か、ですね……月光の降り注ぐ音が、聞こえてきそう……」
     呟いた彼女が、こっそりあくびを噛み殺したのに、玖耀は気がついて。
    「朝までは時間がありますから、寝直しますか?」
    「っ、嫌ですっ……! せっかく、ふたりの時間、ですから……むしろ、眠ってしまってごめんなさい」
     思ったよりも語気の強い返事だったものだから、玖耀は小さく目を見張って、そして続いた言葉に息をつく。
    「コンサートなどで忙しい時期でしょうに、こうして時間を作ってくれるのだから、本当にあなたは……」
     ユリアはドイツでのクリスマスコンサートに参加したのちに玖耀と合流し、クリスマスの夜にふたりで入城したのだ。ふたりの時間をとるために、彼女がスケジュールを調整し、強行軍だったのは玖耀も知っている。だからこそ、ゆっくり眠ってほしいと思ったのだが。
    「月明かりのように優しくて、愛おしい」
     ガウンの中の彼女をそっと抱きしめる。ゆっくり休んでほしいという気持ちもあるが、あんなことを言われては……。
    「ふと見せる愛らしい笑顔も、実は涙もろいところも」
     後ろから抱きしめたまま、彼女の耳元で囁く。
    「知れば知るほど、貴方を好きになっていきます」
    「私にも」
     彼女が腕の中で動くから、腕を緩める。すると、彼女はくるりと、玖耀と向かい合うように体勢を変えて。
    「私の知らない玖耀さんのこと、もっと教えてくださいますか?」
     見上げてくる彼女に、Yesのかわりに唇を落とした。

    ●長き時を経て、愛が実を結ぶ夜――2030年12月25日、
     ふたりきりの部屋の中。聞こえてくるのは思い出を綴る声と、明るい笑い声。
     出会った頃の話。色々なところにへ行ったデート。学生時代の思い出だけでなく、旅行や、同窓会で皆に冷やかされたことも、楽しく、そして大切な共通の思い出。
    「……」
    「……、……」
     示し合わせたわけではない。けれどそれは、ふっと訪れた。思い出話の中に入り込んだ、不自然な沈黙。
    「エリザベート」
     ソファの隣りに座っている恋人の名を呼び、一夜は彼女と向かい合うように座り直す。
    「……!」
     改まって名を呼ばれ、エリザベートは身を固くする。『その瞬間』が訪れるのだと意識すれば、緊張で無意識に背筋を伸ばしていた。
     ポケットに入れた手が、震えている。一夜は、込めた思いを逃すまいと、それを握りしめ、小さく深呼吸。
     取り出したのは小さな箱。掌に乗せて蓋を開ければ、中に収まる青い宝石(いし)が、光を受けて輝いて。
    「エリザ、これからも……一緒にいてくれ」
     言葉を飾ることはできない。だから、精一杯の気持ちを込めて。
    「俺と、結婚してください」
    「っ……!」
     そろそろ……というタイミングで訪れた、自分の生まれた国への海外旅行。その意味に気づかぬほど、エリザベートは鈍くない。
     覚悟も期待もしていた。落ち着いて微笑んで答えようと、頭の中で何度もシミュレーションしていたのに。
     聞いた瞬間、頭が真っ白になって。余裕はおろか、考えていた答えも消えてしまった。
     けれど。
    「……はいっ……ずっと、貴方の隣にいさせて下さい……っ」
     絞り出したそれは、飾らぬ言葉なれど、真の想いだから。目の端から、こぼれ落ちる涙が、その証。
     一夜は彼女の左手を取り、その白く長い薬指に優しく指輪を通し――けれども彼女が、自らの指に輝く青を確認する暇も与えずにその手を引いた。
     彼の胸に抱きしめられるまま、エリザベートはその身を預ける。
     腕の中、自分を見上げる赤い瞳に吸い込まれるように、一夜は優しく彼女の眼鏡を外す。
     ゆっくりと近づく顔。
     そっと瞳を閉じたふたり――重なる唇。

     甘い口づけがどのくらい続いたのか、ふたりにもわからない。
    「愛している」
     彼女の頬に手を添えて一夜が告げれば。
    「――私もよ、あなた」
     彼を見つめて心から幸せそうに、エリザベートは答えた。

    ●長き夜を、ふたりだけで――2033年
     3人の子どもを預けて、ふたりきりで訪れた城の一室は、写真で見るよりも豪華で気持ちが高揚していくのがわかる。
    「お城の部屋ですごすなんて、なんか、夢みたいっすね」
    「そうだね」
     先に部屋に入った菜々がきょろきょろと室内を見回しながら奥へと進む。式は後ろ手に部屋の鍵を締めて、菜々の後を追った。
     後ろから抱きしめれば、驚いて振り向こうとする彼女。そんな彼女の顎へと手を添えて、唇を奪う。
     ……。
     ……、……。
     深い口付けから彼女を解放すれば、見上げる瞳が何か言いたげだ。
    「もう、はしゃぎすぎっすよ」
     ぽん、とたしなめるように胸板を軽く叩かれて、小さく「う……」と声を上げる式。
    「だって、子どもの前じゃあんまイチャつけないし。ふたりっきりだし。人の目ないし、いいじゃない」
     普段尻に敷かれている分、ちょっと迷うけけれど、さすがにこの機会を逃すわけにはいかないと言い募る。
    「少し、ハメを外しても……。イイよね?」
     多少強引に唇を奪ったものの、さすがにこれ以上の無理強いをするつもりはなく。でも、イチャイチャしたい式は、首を傾げて菜々の返事を待つ。
    「……、……。仕方ないっすね、少しだけっすよ」
    「! うん、わかったよ!」
     溢れる嬉しさを流し込むように、式は再び唇を重ねる。
     まだまだ、ふたりきりの夜は長い――。

    ●貴方と共に誓うなら
    「鞠音、誘いを受けてくれてありがとう」
     薄紅色のプリンセスラインのドレスは、フリルが多めで、緋頼の動きに合わせて揺れる。
    「緋頼の誘い、ですから」
     差し出された緋頼の手を取り導かれる鞠音は、黒のプリンセスラインのドレスを纏っている。朱や金の差し色が、華やかに煌めいて。
     ソファに隣り合って座れば、互いのドレスの裾が広がる。
    「誓約したいの」
     緋頼が取り出したのは、誓いの指輪。
    「死ぬまでずっと一緒にいようって」
     その言葉と差し出された指輪に、鞠音は小さく微笑む。それは、この数年で得た、彼女の大切な感情表現。
    「死ぬまで、ですか」
    「死ぬまで……嫌?」
     鞠音の零した言葉に、緋頼の心に不安がよぎる。
    (「彼女がわたしを好きだとおもって……でも?」)
     不安で赤い瞳が揺らぐ。指輪から視線を上げた鞠音に、その瞳は捉えられた。
    「――それなら、生きている間、というのはどうでしょう?」
    「……!!」
     死よりも生を。彼女のその言葉が、その選択が緋頼の心を温かいもので満たしてゆく。
    「そうね、じゃあ、生きている間、お互いに愛し通じ合うことを。どう?」
    「はい――すでに通じ合い、私は――きっと、貴方を愛しています」
     知っていた、鞠音も自分を愛してくれていると。けれども、実際に言葉として聞くと、嬉しさが涙となって溢れて止まらなくなる。
    「ずっと愛している! 鞠音!」
     彼女の手を取り、そっと指輪をはめる。鞠音もまた、緋頼に倣うように、彼女の指に指輪をはめて。
    「指輪をつけるのは、初めてです」
     小さく呟きながら、緋色の顔に自身の顔を近づける鞠音。目を閉じた――けれど、キスはせずに耳元に寄せた唇。
    「指輪よりずっと大切なものは、もう貴方にあげています」
     囁いて、返事は待たない。今度こそ、唇を重ねる。
     誓いの、キス。

     そっと唇が離れ、その感触を確かめるように緋頼は自身の唇に触れる。
    「死んでも……いえ、まだ生きていたいわ。もっとこの幸せを感じたいもの」
     そんな彼女の様子を見て、鞠音は再び小さく微笑んで。
    「楽しみましょう、ね。せっかく、ですし」
     窓の外を見上げれば、いつの間にか雪の止んだ空に、月が輝いている。
    「月がきれい、ですよ」
     黒と薄紅色が、重なり合う。
     ふたりの生も、同じように――。

    ●重なり合った幸せの道は、未来へと
    「雰囲気のあるお城ですね、最近はこういう風にのんびりってなかったですし」
     ソファに腰掛けて、そっと隣の悠一にもたれかかる彩歌。
    「中学に上がる頃に出会って、武蔵坂に来て、灼滅者として戦い続けて、卒業して同じ職場で働いて。……うん、挙げてみると激動の日々だったよなぁ」
     彼女の肩に優しく手を置きながら、重ねてきた長い時間を思い返す悠一。
    「その多くをふたりで乗り越えて、二人も子どもを授かって、今はこうして過ごせるんだから悪くはないけどさ」
    「お互い武蔵坂で教師をやるようになって、顔を合わせる時間は昔よりも増えた気はしますけど……ふたりで、の時間は減っちゃいましたよね」
     それはそれで、いろいろなものが変わっていった結果であり、楽しい毎日ではあるけれど。
    「今日は子どもたちもお姉様に預けてきちゃったから、ちゃんとお土産買っていかないとですね、もちろん、あの子達にも」
     そこまで言って、彩歌はなにかに気がついたかのように口を閉じる。母親として、子どものことが気になるのは当然なのだけど。
    「……そこは置いときましょうか。たまには、悠一と二人っきり、を楽しもうかなって。今夜はそんな気分なんです」
    「そうだな。何はともあれ久しぶりの二人きりの旅行だ。楽しもうじゃないか、な?」
    「ワインでも貰ってきますね。悠一はどうします?」
     電話に向かおうと立ち上がった彩歌が、ふと動きを止める。
    「どうした?」
    「少し、ちょっと学生の頃に戻ったみたいな気がして」
     彼女の言葉に、悠一は頷く。
    「確かに、二人きりでなんて、学生の頃に戻った気分だな。あの頃と違うのは、こうしてふたりで静かに酒も飲めるようになったくらい、かな?」
     いたずらっぽく笑う悠一に、彩歌は体の正面を彼に向けるように座り直して。
    「でも、今も昔も、幸せですよ、私」
    「……あぁ、俺も幸せだったし、幸せだよ。そしてこれからも、幸せだろうさ」
     悠一も、彩歌と向かい合うように座り直す。膝が軽く、ぶつかった。
    「彩歌と、子どもたちと、一緒に生きていける未来が、あるんだからな」
     掴んだ幸せと未来を、今まさに噛み締めているところ。
     これからも、それは続くから――。

    ●言葉はいらない。隣りにいるだけで。
     この城を訪れるのは、何度目だろうか。
     前年と同じように手をつないで仲良く城を訪れたのは、レヴィアフォルネと新乃だ。
     大戦が終わった頃、恋人同士になったふたりだったが――最終的に結婚に至ることはできなかった。
     ふとしたことで判明した衝撃の事実。
     レヴィアフォルネと新乃は血の繋がったきょうだい……しかも、双子だということが、分かってしまったから。
     彼の本当の名前が「瀬戸内・海(せとうち・かい)」だとわかった時の衝撃は、筆舌に尽くしがたい。
     想いを寄せた相手が実は、双子のきょうだいだなんて、漫画や小説、ドラマの中の話のようで。自分が当事者になるだなんてふたりとも、考えもしなかった。
     結婚することはできない。恋人同士でいることさえも。それでも、諦めきれない気持ちは残る。
     良い関係になれたことには変わりない。でも、諦めるのには、納得するのには時間も手順も必要だ。だから、気分だけでも味わいたくて、ふたりは毎年この城を訪れている。
     あの時からふたりの信頼はずっと変わらない、永遠の友達。
     結婚はできなくても、ふたりはずっと消えない絆で繋がっている――それは共通の思い。
     いつか、互いに別の家庭を持つ日が来るかもしれない。
     それをわかった上で、ふたりは素敵なひとときを過ごしている――。

    ●不良狼と優等生猫は、互いに寄り添い想いを重ねる
    「ふわぁーふかふかぁー♪」
     部屋に入るなりベッドへ向かった澪は、そのままもふっとダイブ。寝心地の良さを感じつつ見上げる天蓋。
    「天蓋付きなんて王子様みたい」
    「どっちかっつったら姫だろ」
     ゆったりとした足取りで澪を追ってきた宗田は、彼の隣に腰を掛けて。
    「ぶー、すぐ女扱いするーっ」
     彼の言葉に頬を膨らませた澪だったが、すぐにそれは笑顔に変わって。
    「ふふ。結婚式にお買い物にお泊り。ドイツは思い出がいっぱいだぁ」
    「きっかけをくれたアイツらには感謝しねぇとな」
     ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、澪の髪をかきあげるように撫でる宗田の手は優しい。
    「ひゃっ……ちょっとー、くすぐったいよぉ」
     無邪気にころころと笑う澪。昔から変わらない彼の無邪気さが愛おしくて、宗田の胸を満たしてゆく。
    (「幸せだなぁ」)
     彼の指先から伝わる愛情が、澪の心を幸せで満たす。
    「宗田、ありがとうね。母さんの介護まで手伝ってくれて」
    「別に、俺は病院の送迎か買い出しくらいしかやってねぇよ」
     澪に本当の両親はいない。だがたとえ義理でも、実家に残した家族を思うのは当然だろう。宗田にとっても、大事な姑さんであるからして。
     不規則で忙しい仕事の澪の代わりに、母の世話は義姉がしてくれている。もちろん、澪も時間を作っては様子を見に行っているけれど。
    「いつも頑張ってる宗田君にご褒美でーす」
     勢いよく起き上がった澪は、彼の唇に、一瞬だけのキスを届けて。そのまま流れるように宗田の腰にギュッと抱きついたのは、顔を隠すため。
    「顔赤いぜ?」
    「見ちゃダメ」
    「向い合せなんて何ヶ月ぶりだよ」
    「今日だけだってば」
     そんなやり取りの後、訪れた僅かな沈黙。宗田が口を開こうとしたその時。
    「宗田、あったかいから……落ち着く……」
     宗田はしがみついている澪ごとベッドに横になり、自然と腕枕をしてやって。笑みをこらえながら髪にキスを。
    (「これ割と生殺しなんだが……普段は背後からの抱擁しか許してもらえねぇからな」)
     照れ屋なところは相変わらず変わっていない。その変わらないところも含めて、愛おしいのだ。
    (「これはこれで約得と思っておくか」)
     そんな宗田の気持ちを知ってか知らずか、彼の熱を感じながら澪は思う。
    (「昔よりは……素直になれてるかな」)
     きっと、彼といればいつかはもっと――夢を見る未来。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月24日
    難度:簡単
    参加:25人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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