混沌にて深淵なるクリスマスの奇跡

    作者:カンナミユ


    「あれ……」
     薄ぼんやりとしたクリスマスツリーを目に、三国・マコト(正義のファイター・dn0160)ごしごしと目をこすった。
     おかしい。飛行機の搭乗手続きを待ちながら、うとうとクリスマスツリーを見ていたというのに、このクリスマスツリーは空港のそれと全く違う。

     何故、クリスマスツリーが魔法陣の真ん中に置かれているのか。

     明るく広い場所だったはずなのに薄暗く、座っていたシートもない。どこかの一室に自分は立っている。
     ここはどこだろうと周囲を見渡しながらふと感じる違和感によく見ると、服装もおかしい。家にしまってある筈の中学時代の制服を着ているではないか。背も伸び、もう着る事もできないのに。
     何が何だかよく分からない。だが。
    「おいマコト、ぼーっとしてないで早く『それ』運べよ。お前がやりたいって言ったんだからな」
    「……え?」
     ガスコンロを抱えた学生姿の結城・相馬(超真面目なエクスブレイン・dn0179)に言われ、『それ』を見れば――寸胴鍋。
     寸胴鍋の隣には、成人男性が土下座できそうな大きさの鉄板もあるではないか。
     周りを見れば肉が大量にあるし、ペットボトルや紙コップもずらりと置いてある。
     何一つ状況が飲み込めないマコトは寸胴鍋を前に立っていたが、
    「早くしないと皆がきちゃうぞ」
    「……そっか。オレ、先輩とクリスマスパーティの準備してたんだっけ」
     相馬に言われ、よいしょと寸胴鍋を持ち上げた。


    「ヘーイ、シングルヘール!!」
    「リア充はいねがぁー!!」
     そろそろ準備も終わるころ、どこからともなく野郎共が現れた。
     レスリングパンツにレスリングマスク。しっとの炎を燃やす漢ども。
    「クリスマス! それはリア充との聖戦である!!」
    「リア充死すべし慈悲はない!!」
     声を上げ、野郎共はのしのし歩いては周囲を見渡し、
    「リア充はどこだー!」
    「リア充は我々しっとだ」
     が、っ。
     常人の目では捉えられぬ回し蹴りを受け、声を上げる猶予さえ与えられずに吹っ飛んだ。
     しかもきらーんと光ってお星さまエンド。ここ室内の筈なのに。
    「手が滑った」
     ぼそりと低い声に見れば、黒の上下にサングラスの男が上げたままの足をすうとおろす。
     そして男は何者かの気配を感じたのだろう。振り返れば、胴着姿の銀髪の男も薄暗い室内の奥から現れた。
    「いやあ見事な一撃でしたな、私も昔はねえ」
     壮年の男はのんびりと言うが、既に二人は気付いている。互いがヒトならざる存在だと。
     ヒトならざるモノ達の後ろにはまだ誰かの気配がするが、どれほどの人数がいるかは分からない。ただ、普通の人間ではない事だけは確かで。
    「ふむ、鍋に肉か。美味しそうだね」
    「肉は沢山用意したから、戦いの合間にでも食べてくれ」
     様々な肉を相馬が並べている様子に壮年の男は興味を示すが、サングラスの男はただ、なにもない空間をただじっと眺めるだけ。
     準備も終わり、あとは参加者を待つだけとなった。
    「どうしたマコト」
     やはり何かがおかしい。でも何がおかしいのかわからない。
     胸の中にある漠然としない感情があれこれ渦巻いているのだが、相馬はそれを吹き飛ばすかのように笑う。
    「気にすんなって、これはお前のクリスマスパーティーなんだから」
    「オレの?」
    「そうさ、これはお前のパーティーさ。皆を呼んで楽しいクリスマスパーティーをするんだろ?」

     さあ、パーティーがはじまる。
     貴方も受け取っている筈。招待状を胸に参加しよう。
     混沌にて深淵、そして――奇跡のパーティーに。


    ■リプレイ


     今日は楽しいクリスマス♪
     ツリーやキャンドルの輝きを受け、武蔵坂は華やかだ。
     ……この教室にはそんなもん今年も届きませんが。


     ぼんやりとした意識が少しずつ、はっきりしてくる。
    「……あれ?」
     何となく違和感を感じつつも和弥が隣を見れば、愛する初花が微笑んでいた。
     何かがおかしいような気がしなくもないが、きっと気のせいだろう。学生時代と変わらぬ姿であってもおかしい気はしない。
     ……多分。
     そんな事を考えていたらいつも間にか目の前には十分に熱した鉄板があった。いつ焼き始めてもいいよう初花が脂を熱々の鉄板に乗せ丁寧に脂を伸ばす。そのしぐさがなんとなく可愛くて思わず見とれてしまう。
     傍らには肉が乗せられた皿。ああ、そういえば初花に何が食べたいか聞かれたような。一緒に食べればどれも美味しいよと答え、たくさん皿に乗せたんだっけ。
     じゅうっと煙が立ち上るとタイミングを見計らって裏返し。さすが愛しい初花だ。
    「はい、どうぞ」
     さっとたれにくぐらせた肉を程よく冷まし、おいしそうな焼き肉を箸で取り和弥の口元へ。
     見つめ合い、少しばかり照れる表情もまた愛おしい。
    「ありがとう、いただきま――」
    「「「リア充がいたぞおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」
     頬張ろうとしたその瞬間、野郎共が雪崩のように現れた。
     レスリングパンツにレスリングマスク。しっとの炎を燃やす野郎共。ずらっと並ぶその数は数え切れない。
    「くっ、さがっていろ初花」
     不安そうに頷く初花を安心させるように和弥は力強く言い、飛びかかる野郎へまずは一発!
    「俺の愛する初花には指一本触れさせないからな!!」
    「あーもうナニそのラブラブ宣言は!」
    「憎きリア充を爆破せよ!!」
     すぽぽぽぽーん!! ずごごごごごおおおおぉぉぉぉぉん!!!
     大量の爆弾が投下され、二人は爆炎の中! だが、愛の力があればしっとの炎など効きはしないのだ!
     和弥は戦う。
     いつも通りに『恋人がいる身として』胸に滾る『愛』を拳に充填し、『二人の恋路を邪魔する方々』の顔面に叩き込む!
    「愛してるよ、初花!!」
    「はい……!」
     振り返ればほら、愛しい顔がある。

     しっとの炎を滾らせる野郎共との戦いは更に広がっていた。
    「出たな! しっと」
    「アアーアアアァアー~!!」
    「聞こえない、キーコエナーイー!!」
     ライドキャリバー・ダルマ仮面と共に登はぎゃりっと地を駆ければ、上げる声を野郎共が遮った。
     クリスマスだというのにこの連中が現れるとは。……いや、クリスマスだからこそ現れたのか。
    「まあ、絶滅するような連中じゃないと思ってたけど」
     変な都市伝説と沢山戦ったなあとしんみり思い出す登だが、ついさっきまでデスクワーク中だったような気がするが……今は目の前にいる野郎共を倒さねば!
    「リア充爆破を阻む奴は誰だろうと許さない!」
    「我等のしっとの炎、とくと味わうがいい!」
     ずどおおおおん!! どごおおおおん!!
     宙を舞う爆弾が爆破し、もうもうと立ち上がる黒煙が視界を塞ぐが相棒と共に駆け抜ける。
    「行くよ、ダルマ仮面!」
     ダルマ仮面と共に黒煙を飛び向け、燃える拳が野郎へ一撃を放つ!
     が、ん!
    「うぎゃあー!!」
    「レッドおー!!」
     クリスマスを意識したのか赤と緑のマスク野郎。手近な赤マスクの胴を打ち、間髪入れずダルマ仮面の突撃に思わず吹っ飛んだ。
     だが、野郎共も負けじと飛び出ししっとの拳が飛んでくる。一撃を払い、もう一撃を叩き落とし――反撃!
    「ぐふっ」
     見れば他にもしっとの炎を燃やす野郎共と戦う仲間が何人もいた。
     野郎共に一人果敢に戦いを挑む者もいれば、仲間と力を合わせ戦う者もいる。
    「オレも手を貸すよ! みんなで戦おう!」
     恋人を守り戦うその背後を取られそうな事に気付いた登は真っ先に野郎をダルマ仮面で吹っ飛ばした。
     仲間と共に戦いは続き、その決着も近いかもしれない。
     汗をぬぐい見れば、見知った人の姿があった。

    「梨乃さん、好きです。付き合ってください」
     静かなクリスマスメロディーに騒がしい野郎共の怒号と喧騒が響く中、ジェフがそっと差し出すのは可愛らしくラッピングされたプレゼント。
    「ありがとう、嬉しいぞ」
     ふわりとウイングキャット・ミケを傍らに梨乃は笑みをれを受け取ろうと――、
    「「「いたぞリア充がああああああぁぁぁぁあああ!!!」」」
     どごごごごごおおおおおぉぉぉぉぉおおおん!!!
     飛んで火にいるなんとやら。二人目がけて爆弾投下!
    「安藤君、無事か? ……居ない。遠くに飛ばされたのか?」
    「ふふふ、やってくれましたね。ですが友から受け継いだこの赤頭巾とリンゴ爆弾で……おや?」
     なんとか抜け出し梨乃は見渡すと、探す人影はそう遠くないところにいた。すぐにでも戦闘態勢に入ろうとしているジェフが見据える先、爆炎の中から現れたのは――、
    「やあ」
     クリスマスーのイルミネーション点滅し、黒煙とかがいい具合に色々と隠しているのでよく分からないが、白昼の元で見たらきっとトラウマになるだろう姿に違いない。
     『彼』はきっと繊細な体型なのだろう。そのシャツを身につけた、割れた腹筋が眩しいナイスミドルなオッサン。
     ちなみにこのおっさんはダークネスではない。レプラコーンさんお手製のフライング彼シャツを着てしまった、ごく普通の一般人なのだ。
    「ほう……僕が好きな声優さんを汚した存在ですか……あなたのせいで」
     くいっと眼鏡のブリッジをあげてジェフが語るのは、このおっさんの衝撃ビジュアルのせいで映画の登場人物のイメージが一瞬にしてこのおっさんになってしまったという事。
    「そうかい、それは悪い事をしてしまったね」
     無駄に渋いおっさんは無駄に渋い声で彼シャツの懐からすと何かを取り出し――台本?!
    「ベトナムで鳴らした俺達特攻」
    「やめろおおおおぉぉぉぉぉ!!!」
     ジェフを絶望に突き落とすのは台本に書かれているであろう文言。ファンならば知らない者はいないだろうそれを、いい感じに色々隠れたり隠れていない彼シャツのおっさんが読み上げているのだ。こうかはばくぐんだ!
    「しっかりするのだ安藤君!」
     まるで本人がナレーションするかの如く感情たっぷりに読み上げられてしまっては、もうあの映画を普通に楽しむ事は無理だろう。
     これはひどい。
    「……この気配は」
    「どうしたのだ、安藤君」
     悶絶する中、ある人者の気配に気付いた。それはここの場所よりも上。
    「変身!」
     だあん!!
     裂帛の声と共に校舎の屋上から飛び降り、屋内にいる二人の前に立つのはしっとの炎を身に纏うかの如く深紅のフード。
    「リア充はいねぇがぁ……?」
     そう、彼こそは北にリア充がいれば嬉々としてリンゴ爆弾を投げ、南にリア充がいればしっとの炎を糧に駆け続けた男。
     彼の名は――月影・木乃葉。
    「リア充? 恋人達の事かね? それならほら君の後ろに――」
    「ミケ、行くのだ!」
     開幕そうそうに爆破されてはたまったもんじゃない。
     こちらを指さすおっさんに梨乃は慌ててミケを投げ飛ばし攻撃を指示すれば、おっさんのバックから大量の野郎共が駆けてくる!
    「ここで会ったが何年目!」
    「お前ら全員爆発四散じゃあー!!」
     突撃してくるレスリングマスク野郎共。懐かしい敵の姿を前に木乃葉の手にあるのは、ジェフの見覚えのある爆弾だ。
    「10年ぶりに大復活の力のレッドフード1号です。久しぶりに全力で行きますよ」
     すぽぽぽぽーん!! ちゅどごごごごおおおおぉぉぉぉぉん!!
     力の2号の如くジェフのリンゴ爆弾も木乃葉の爆弾と共に宙を舞い超爆発。それでも炎を超えて迫りくる野郎共に身構ると、ライドキャリバーがぎゃりっとはねた。
    「あ、竹尾先輩。丁度良かった。一緒に戦うぞ」
     梨乃の声にダルマ仮面の上で登は力強く頷いた。
    「そんな火力ではボクを倒せませんよ!」
     マスク野郎共の攻撃をかいくぐり、木乃葉の爆弾が炸裂すると、そこにジェフの爆弾も追い打ちをかける。
     こうしてジェフと梨乃に木乃葉と登が加わり大乱闘レベルの戦いが繰り広げられた。
    「2人共、幸せになる道を探さないか」
     梨乃はすと薄い本を取り出し感情たっぷりに読み上げるのは、ガチムチ野郎共の恋愛本。
    「どうだ。こうなれば君達も私も幸せになれるぞ」
    「そういう方向はナシでお願いします!」
    「こっちにも選ぶ権利があると思うんですが?!」
     攻撃をばしっと払い、マスク野郎は言い放つ。
     まあ、元から納得するとは思ってなかったのでわざとらしく梨乃はため息をつき、
    「駄目か……なら仕方ない。2人が竹尾先輩に調教される展開になるな……」
     ちらっと見れば、倒す気満々の姿。
    「モテ期の感想はどう? オレもダルマ仮面も男だけどね」
    「今度こそしっかり地獄に送りますよ。リンゴ爆弾アタック」
    「「ぎゃああーっ!!」」
     登とジェフ渾身の手加減ナシの攻撃はさすがに耐えきれない。野郎共は吹っ飛び、びったーんと落ちた。痛そう。
    「戦うのは何回目だったっけ? 強敵(とも)よ……」
     がくりと膝をつくその光景。それはジェフと梨乃、木乃葉と登が何度も目の当たりにしたものである。
     しっとの炎を燃やす者、そしてそれと戦う者。
     ――忘れるな。
     それは、心に語り掛けてくる暑苦しい声。
     ――光在るところ影在り。
     ――リア充がいるかぎり、しっとの炎を燃やす者が絶える事はない……!
     ずどおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおんんん!!!
    「リア充はいねぇがぁ……?」
     殺気だつ木乃葉がこちらを向いたので、ジェフと梨乃は視線を逸らした。
     多分これは夢だと信じたい。
     そう、多分これは――。


     ……おかしい。
     ロードゼンヘンドは疑問を胸に肉を焼いていた。
     部屋で人形を前に一人寂しくメリークリスマスーいえーい。ケーキいただきます状態だったのに何故、肉の宴。
     なんか若返っている気がするが気にすべきではない!! 楽しむぞ!
     そんな気持ちで焼けた肉を箸でつまみ――、
    「ぎゃあーす!」
     吹っ飛ばされたレスリングマスク野郎が目の前を通過した。大丈夫、肉は無事。
     肉はあれど米はない。肉しかない、ああ、肉ばかり。
     頬張り味わいロードゼンヘンドは肉の宴を楽しんでいると、まだ戦いの音は続いている。たまに野郎が目の前とか後ろに吹っ飛ばされているようだが気にしない事にした。
     とはいえマスク野郎共ばかりでなにやってんだと思っていると、刀の音が聞こえてくる。
    「コレがニホンのクリスマスデスカー?」
     あ、この声よく覚えてるぞ。
     何だかよく分からない日本語にロードゼンヘンドは思い出してしまった。後ろの方で戦ってるのは多分アイツだ。ハンドレットナンバーだったサムライ。
     確かとどめをさした筈なんだけど……まあいっか。
    「Hey! ムジヒなカタナのサビとなるがいい!!」
    「うぎゃあ!」
     ざっしゅーといい音も聞こえたが、聞こえないフリをしよう。
    「あーあいつらも寂しいクリスマスは嫌だもんな。楽しめると良いねぇ」
     ざっしゅざっしゅと聞こえるムジヒな音を背に肉を焼き、肉を焼き。
    「……こんな所にいるという事はそれほど人に飢えていたのか? どうでもいっか。今は楽しむぞ!」
     そう、今は楽しもう! 色々考えたら負けだからね!
    「あ、先輩メリークリスマスです!」
     もっさもっさと食べていたらマコトが水(常温)を持ってきてくれた。
    「メリークリスマス」
    「あ、お肉のお代わり持ってきますね!」
    「助かるよ」
     空の皿を受け取ったマコトはしばらくして戻って来た。どどーんといっぱい盛られた肉をは後輩の手によって焼かれていく。
    「まだ肉あるからおかわりしたければいくらでも食べられるからな。あ、ケーキもあるから」
    「ケーキ楽しみですね!」
     相馬から言われ、嬉しそうにするマコトがにこにこ笑顔を向けてくる。
     ケーキもあるのか。あ、でも鍋……いや、色々会話を楽しみたいな。
    「ケーキは楽しみだね。そういえば、どんなケーキが好きなの?」
    「Oh,ケーキサイコーですネー!」
    「ぎゃあーす!」
     ……ムジヒな背後は気にしない事にしよう、うん。
    「三国先輩リア充になってないですか? ですか?」
    「はい、オレまだ恋人とかいないんです」
    「それは良かった。あ、先輩はリア充ですか?」
     鍋をつついていた木乃葉から唐突に話題をふられたマコトはさらっと応え、矛先がこちらに向けられる。
     ふと、この夢が覚めなきゃ良いのにと思ってしまうにロードゼンヘンドは気付き、飢えているのはどっちなんだろう。そんな事を考えながらふと見れば、
    「舞笠紅華、三十路、独身!!」
     びっしーと紅華が言いきった。
     そう、舞笠・紅華は三十路で独身なのだ。
     独身!
     ……独身なのである。
    「……なんか『独身!!』ってカッコ良い気がしたんだず。『変身!!』みたいで」
     武蔵坂学園で灼滅者として過ごし、あれやあれやと時の流れは早すぎた。
     そんな訳で紅華は唐揚げもぐもぐ、ケーキとジュースも遠慮なくいただいている。
    「いくら食べてもゼロカロリー……そんな気がするず」
     大丈夫、いくらでも食べられます!
    「舞笠先輩、ジュースおかわりどうぞ!」
     ジュースを手にするその顔は懐かしい、武蔵坂学園時代そのまま。一緒に闇鍋や肉の宴を楽しんだ――と、いうか企画した張本人。
    「んでな、マコト。ちょっと聞いて欲しいんだけんど」
    「なんでしょうか、先輩」
     ジュースを受け取り手招きすると、マコトはちょこんと座ってくれた。
    「今度アタシ、お見合いすることになってな。エスパーの同年代男性と」
    「え、お見合いですか?」
     驚くマコトにこくりと頷き、ぎゅっと拳を握ったままの紅華は意を決す。
    「思慮深くて落ち着きがある人で、アタシと合いそう……らしいんだけんども。うまくいくか不安なんで、発破かけてくれっか!」
     真剣な眼差しにマコトはどう答えるべきかを考えているようだ。
     その時間は長いようにも、短くも感じられた。
    「オレ、まだ恋とかしたことなくってうまく言えないんだけど……先輩が後悔しない人生を歩んでくれたら嬉しいです」
     ことんとコップを床に置き、マコトは紅華をじっと見る。
    「まずは会ってみて、先輩が『この人と一緒に生きていきたい』って思える相手だったら、お付き合いすれば」
    「重すぎだろ」
     真剣な言葉に後ろから相馬のツッコミが入った。
    「肩ひじ張らずに会ってみればいいんじゃないかな。エスパーとか灼滅者とか関係なくさ」
     マコトの隣に座りながら、更に相馬は話す。
    「お見合いって思うから色々考えるんだと思う。同年代の男の子とちょっと話してみようかな、みたいな感じでいけばきっと大丈夫だよ」
    「もしお付き合いできなくても、何度だって機会はあると思うんです」
    「まあ、結婚したからといってそれが幸せとも限らないしな。俺やマコト、そして君。それぞれが幸せな未来をきっと歩める。幸せな未来の一歩として、お見合いを楽しんできてくれ」
     ――と、紅華の手に乗るのは、きらきら光る星のオーナメント。
    「幸せな未来を、先輩」
     星を手渡しはにかむその顔に返そうにも言葉につまる。輝く星が良く見えない。
     星が涙で滲むのは――焼き肉の煙が目にしみるからだ。

    「リア充はビッグバンしろぉ!!」
     紗夜の八つ当たりタイムは遂に超スーパープレミアム八つ当たりタイムにランクアップしていた。
     制服をひらりとなびかせるその姿は最もビッグバンしろしていた頃のもの。
    「あぁ?! リア充は俺達が」
     ごっ。
    「我等しっと」
     めきょっ。
     握力を鍛える為ににぎにぎするアレを数え切れぬほど壊し続けて鍛えぬいた拳は野郎共をビッグバンへと送り込む。
    「ちょ、ちょまてよー!」
    「そうそう、ちょっと待ってくれませんかねえもう?!」
    「だってラストビッグバンなんだよ? だから超新星の如く光輝いて吹っ飛んでよ」
     ぎゃりいっ。
    「「「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁー!!!」」」
     きらりーん!
     それは渾身の一撃。
     レスリングパンツにレスリングマスクの野郎共は紗夜の神がかったその拳――鍛えぬき、ここ一番に振るうべき拳を振るったのだ。
     屋内だというのに野郎共は吹っ飛ぶときらりと輝き、うっすらとその顔が宙に浮かび上がった。なんとも暑っ苦しいマスクの顔が。
    「ナイスビッグバン」
     さらりと髪を払う紗夜のそれは、やりきった顔。
     さて、やりきった後にする事といえばと標的を探し、
    「何で俺は猫耳和カフェウェイトレスの恰好をしているんだ」
     ネコミミ、和カカフェウェイトレス、女装と属性盛りだくさんの紫月はカオス次元に立っていた。
     気にしたらいけない事が多すぎる。一人大暴走起こしていた紗夜を遠目に、紫月はとりあえず唐揚げを食べていた。
    「鶏肉美味い。クリスマスと言ったら鶏肉(チキン)だよな」
    「ねぇーしーちゃん先輩? しーちゃん先輩はリア充だったよねぇー? 八つ当たりしてもいいよねぇー?」
     声を駆けるまで気配を完全に消し、紗夜は紫月の背後を取っていた。超にっこにこ、満面の笑顔。絶対に後ろを振り向いてはいけない気がする。多分。
     だって見覚えがあるような奴が――、
    「久しいな」
     その声にびくりと体が跳ねる。
     乙女らしさが欠片もない、とてもとても漢らい声。
     こちらを見て立つのは可愛らしいブロンドのポニーテールにアイドルのような可愛らしい服装。年齢、体重はヒ・ミ・ツ。身長185センチ、靴のサイズは29センチ。スリーサイズはバスト132、ウエスト90、ヒップ105センチで握力、腕力、背筋力、脚力は計測不能の――。
    「この淫魔・みるきぃを知る者がいるとはなんたる僥倖」
     食うかと紗夜に唐揚げが盛られた皿を差し出そうと振り向く事さえ恐ろしい。
    「わ、ワタシはしづくちゃんでーす……」
     振り向くな、絶対に振り向くな紫月と自分に言い聞かせ、しづくちゃん(紫月の女装名)はゆっくり足を動かし――ダッシュ!!
    「あっれぇ? どこへ行こうと言うのだねしづくちゃぁああん! 楽しい楽しい鬼ごっこを始めるのかなぁあああ!!」
     全力ダッシュの猫耳和カフェウェイトレスを紗夜は猛追するが、それは一人だけではない。
    「我から逃れられると思うなよ。我が一族一子相伝の神殺拳ぽ」
    「まてまてまて! お前淫魔だろ」
     ツッコミしきれない。ついでに振り向くのも恐ろしい。ブロンドが揺れ、うっかりするとチラリズムすら拝めるだろうその神速。
    「わが師――いや、父は一族の」
    「ちょっとまった父っ? て!」
    「ぬぅん!!」
     ご、ばんっ!
    「わあっ!!」
     恐ろしい速さで追いかけてきていた姿は唐突に目の前に現れた。目前の悪夢は鍛え上げられた拳を振り上げるとそのまま下すと、床に巨大クレーターが生まれる。
    「惜しい」
    「なに悔しがってるんですか紗夜さーん?!」
     後ろに飛び間一髪のところで免れたが、運が悪ければしづくちゃんはぺちゃんこに潰れていたであろう。
     なんという恐るべきアンブレイカブル――じゃなくて淫魔。
    「さあ今ここで決着をつけようぞ」
    「ビッグバンだねしづくちゃぁああん!!」
     レインボーのオーラを纏ったみるきぃの構えに隙はない。
    「出口、出口はどこだああああああぁぁぁ!!」
     嗚呼、猫耳和カフェウェイトレスしづくちゃんの運命や如何に。

     ご、ばんっ!
    「……?」
     地面を揺らすその一撃に、ふと雄哉は戦いの拳が止まる。
    「くるぞ」
    「ああ」
     ぼそりと聞こえる男――アンブレイカブルの声に頷くと、マスク野郎が飛んできた。
    「仲良く戦うお前達はリア充だな?!」
    「さあな!」
     常人の目には留まらぬ連撃に声を上げる事も出来ずにノックアウト。わらわらと沸いてくるものだから数え切れない。
     雄哉――その姿はヒトならざるモノ。
    「さっさとくたばれぇ!!」
     力任せの拳で叩き伏せ、豪快な蹴りで吹っ飛ばす。
    「ほらほら次きてるぞぉ」
    「後ろだ」
     焼き鳥を食べながら呑気に言う壮年の男も、ぼそりと言う男も今の雄哉同様にヒトならざるモノ。
     サングラスの男――満に背を預け、雄哉は一気に蹴散らした。
    「さてすっきりしたところで……」
     と、雄哉は壮年の男の方へと向き直る。
    「そこの銀髪のおっさん、お相手願えないかな」
    「この私とかい?」
     頷く雄哉に水を飲み干し、男はすっと前に立つ。殺気もなにも感じないこの男。果たして。
    「最近はあまり戦っていなかったからねえ、もし腕が鈍っていても許して欲しいか……な!」
     ぐわっ!
    「っ!」
     それは一瞬の事だった。男の腕が変化するとそのまま頭を狙ってきたのだ。雄哉も間一髪で避けたが、頬につと紅線を引く。
     鈍ってなどいない。意表を突く一撃は本物だ。
    「そういえば名前を聞いていなかった。俺の名は有城・雄哉」
    「私はギンロウという」
    「……ギンロウだって?」
     聞き覚えのある名に複雑な心境になるが、それも一瞬。
     ご、っ!!
     拳と拳が打ち合う鈍い音。
    「ふむ、いいね」
     余裕さえうかがえるその声に、不敵な笑みと共に更なる拳撃。ばっと打ち払われ返すように放たれる鋭い一撃を飛び越え、真正面から!
     満は二人が戦うさまをだたじっと見つめ、マコトから水を受け取り飲んでいた。
     ざっと間合いを詰めれば首を取る勢いの猛攻を受け、それでもフェイントを混ぜては翻弄する。
     二人の戦いに優劣はない。互いに全力をぶつけ、戦い抜き。
    「そこだ!」
    「……っ」
     正面からの正々堂々とした一撃。雄哉の目には敢えてそれを受けたようにも見えた。
    「――ま、これくらいで十分じゃないかな」
     眼光だけで射貫けるほどの力を見せつけていたギンロウはそれをふと緩めた。それでもその後の拳をぱっといなしてみせ、
    「強いね、君。更に鍛錬をつめば、もっと強くなると思うよ」
    「満足せず、常に頂を目指して上り続ければいい」
     二人からの評価を聞き、雄哉も構えをといて一礼。
     拳で流れる汗を拭うギンロウに雄哉はお手拭きを渡し、自分も汗を拭う。ダークネス同士で拳を交えるなど滅多にない。いい経験になった。
     手合わせも終わり、3人は謎の鍋を囲んでの食事。
    「本当に中が見えないな」
     お椀にすくった具材が何故か見えない。どうなっているのか謎すぎる。
     なんだろうコレ……食べられないものではないが、分からない。具材が何一つ分からない。目の前では満とギンロウがちゃんと食べていた。美味しいのだろうか。
     関心して見ながら雄哉は他の戦いを眺めながら見えない具材を箸でつまみ、
    「なんかすっごいなー……闇鍋にお肉」
     表現しようのないカオス空間にゆまは圧倒されていた。
     あまりにも凄すぎて見ているだけでお腹が一杯になってしまう。
    「あ、水瀬先輩」
    「メリークリスマス、ゆまさん」
     とりあえずケーキとジュースはもらおうとしていると、懐かしい声。振り返ると見知った姿があった。
    「こんにちわー。お肉食べてます?」
     マコトと相馬はあの時と全く変わらない。いまのゆまの姿もあの時と同じ学生姿。
    「今日は食べすぎちゃいました」
     お腹いっぱいだとマコトは答え、相馬は見た感じ腹八分目くらいで留めているのだろう。食べ過ぎたようには見えなかった。
    「ゆまさんは今日は一人で?」
    「あれでも一応リア充なんですよー」
    「「「リア充だと?!」」」
     相馬から義兄の事を聞かれて答えたのはいいのだが、リア充という単語に反応した野郎共の怒声が飛んできた。気にするのはやめよう。
    「じゃあ今日は恋人さんと一緒なんですね」
    「クリスマスだしな、その方がいいだろうね」
     マコトと相馬のやり取りに大切な人と過ごしているであろう義兄の姿が浮かぶが、ふと巨大な寸胴鍋が視界に入る。
    「まったくマコトはどうして闇鍋なんかやりたいって言い出したのか……どうしたの?」
    「前に友達とやった闇鍋思い出しちゃいました。あれはすごかったなーなんて」
     じっと見つめていたのを聞かれ、懐かしい思い出にゆまはくすりと笑い、
    「そいえば、お二人って将来、何になりたいのです?」
     聞けば二人は少しばかり考えた。
    「オレ、たくさんの人を救う人になりたいんです」
    「わわ、素敵ですね」
     そう言うマコトにゆまはにこりと笑み、その隣、相馬は将来についてまだ決めていないようだ。
    「俺は特に何も考えてなかったな」
    「じゃあ一緒に正義のヒーローやりましょうよ!」
    「バカ言え、俺は灼滅者じゃないんだぞ。できてもお前のサポートくらいだし」
    「応援しますよぅ! そうなったお二人に、将来会いたいです」
     きっと色々な人を助けるひとへと成長するだろう二人の将来を想像し、
    「ゆまさんは将来の事はもう考えているの?」
     相馬から聞かれたゆまは既に将来について考えているようだ。
    「わたしはーうん、学芸員になりたいな、って。叶うかなぁ」
    「水瀬先輩なら大丈夫ですよ!」
    「俺もそう思う。なりたいと思えば絶対なれる。ゆまさんならね」
     マコトに続いて言う相馬はふと、何かを思い出したようで。
    「そうだ、もし困った事があれば……」
     言い、相馬はポケットからメモ帳を取り出し何かを書くと、破ったページをゆまに手渡した。
    「ここに連絡してよ」
    「ぜったい助けに行きますから!」
    「二人ともありがとう。あ、そうそう」
     受け取ったそれを大切にしまい、ゆまは用意してきたプレゼントを取り出した。それは今日の為に手作りしたもの。
    「これ、クリスマスプレゼントです、どうぞ」
    「わあ、ありがとうございます!」
    「大切にするよ」
     受け取ったマコトは嬉しそうに、さっそくどこにつけようか考え、相馬も礼を言う。
     そして、
    「水瀬先輩、幸せな人生を送って下さいね」
    「後悔のない人生を」
     その言葉にどれほどのものがつまっているのだろう。
    「今日は、ありがとう」
     ゆまの言葉にも沢山のものがつまっていた。

    「さあみんな、プレゼントだよ!」
     いつの間にかサンタクロースがいた。
     立派な角のトナカイがひくソリにはプレゼントがつまった大きな袋。
    「はい、どうぞ。君にもね。はい、メリークリスマス」
     サンタクロースは一人ひとりにプレゼントを手渡していく。もちろんマスク野郎からダークネス達までも。
     ――と。
    「あれなんだ?」
     和弥がクリスマスツリーを指さした。
     気付けばツリーのそばには不自然なほどに巨大なプレゼントが置いてあり、よく見ると――、
    「爆弾?!」
    「ま、まさか……!」
     梨乃とジェフの声に登も近づき耳を済ませば時計の秒針が動くような音がする。まさか……。
    「ハーッハッハッハ! クリスマスにいちゃつくリア充もそうでないものも、しっとの炎に焼かれて爆発炎上するがいいわー!!」
     上空から聞こえる謎の声に紅華と雄哉が見上げると、何かゴールデンで禍々しいマスクの野郎の顔が浮かび上がっているではないか。
     木乃葉が包みを開ければやはり時限爆弾。
    「最後の最後までひどいな」
     ロードゼンヘンドは直球過ぎる感想を呟き、紗夜としづくちゃんはどこかにビッグバンできないか周囲をみるが、元々この空間はなんかおかしい。
    「10! 9! 8! 7!」
     謎の声が突然にカウントダウンを始める。
     これはまさか……!
    「さーん! にーい! いーち! ……」
     ぎゅっとゆまは手を握り――。


    「おいマコト」
    「はわ! ……あ、相馬先輩」
     突然の声にマコトは跳ね起きた。
     目の前に立つ相馬は当然、学生服ではないし、自分もまた、あの制服を着ていない。夢を見ていたのだとマコトは即座に理解した。
     瞬きをすれば、目の前にあるのは綺麗に輝くクリスマスツリー。周囲は外の光が差し込み、そこかしこで行きかう人の声が聞こえてくる。
     ここは国際線空港。自分は搭乗手続きが始まるのを待っているのだ。
    「寝るなら飛行機の中で寝ろよな」
    「なんか急に眠くなって……」
     ふと、マコトが座るシートの隣に見覚えのある袋が二つ置いてあるのに気がついた。
     それはサンタクロースから受け取ったプレゼント。それに、もらったバッジ。
    「どうした、それ」
    「メリークリスマスです、先輩」
     夢の中で受け取ったそれを手渡せば、相馬は少しいぶかしむが、
    「ありがとうな、マコト」
     プレゼントを受け取り、笑みを見せた。
    「搭乗手続き始まってるぞ、行くぞマコト」
    「はい!」
     相馬の後をマコトはついていく。

     灼滅者達はそれぞれの道を歩いていく。
     その道は幾多にも分かれている筈だ。
     困難な道が待ち構えているかもしれないし、くじけそうになる時もあるだろう。膝をつきそうになる事もあるだろう。
     だが、灼滅者達はきっと乗り越え歩き続ける。
     いつまでも、いつまでも。

     いつまでも。

    作者:カンナミユ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月24日
    難度:簡単
    参加:11人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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