●ずっとこれを待っていた
世界の命運をかけた戦いが収束して、はや半年近く。
すっかり空気も冷たくなったというのに、そんな事はお構いなしと元気に出てくる少女がひとり。
「みんな! 日食を見に行くよ!」
名木沢・観夜(エクスブレイン・dn0143)は、高らかにそう宣言した。
2019年。それは日本国内で日食が二回も観測できる、とても稀有な年である。
更に翌年2020年にも国外へ飛ぶ事なく日食を楽しめるとあって、ライトな天文ファンはみな浮足立っている。
「ほら、前回2016年の時は全国的に曇っちゃってて、よく見えなかったでしょ?
だからこれは、僕にとってあの時のリベンジでもあるんだ」
ふんすと鼻息を荒くする姿はまだまだ子供そのもので愛らしいが、その気迫は本物だと感じさせる勢いがあった。
「あの時集まってもらったみんなも、他のどこかで空を見てたみんなも、きっと残念な思いをしてたと思うんだ。
三年間ずっと待ってて、ようやくその無念が晴らせる時が来たんだよ!」
そう力強く語ったところで、ふと気付く。そう言えばまだ概要を全然言っていない。
ヒートアップした事を恥じ入りながら話したところによれば、来たる2019年1月6日にその機会が訪れるとの事。
年始の日曜日とあって、学園もまだ冬休み。皆で出かけるならばおあつらえ向きな日取りとなっている。
食の始めはおおよそ9時前。10時前後には最大を迎え、昼前には全行程が終わる見通しだ。
太陽が主役という事で天体ショーの中では珍しく日中に観測できるもので、その上今回はお昼までには余裕を持って見終わるという好条件。逃すのはあまりにも惜しい。
「せっかくの機会だから、前回一緒に見た人も、どこかで同じく空を見て気落ちしちゃった人も、全然そんなの気にしなかったって人も、みんな来て欲しいな。
今度はきっと晴れるって、僕は信じてるから!」
そう屈託なく言い切り、リベンジに燃えた瞳で観夜は話を締めくくった。
●訪れた日常の、いつもと違う非日常
「うわ寒い。今日コートと合わせて四枚くらい着込んでるのに」
年が明けて間もない冬空の下、灼滅者達がひとところに集い始める。
陽の光こそあるものの、これからいよいよ冬本番というこの時期、厳しい冷え込みに備えてきちんと防寒対策を取っている人が多数だ。
「うん、実際寒いねー。ジャンパー着て来て正解だったかも」
無論、偲咲・沙花(疾蒼ラディアータ・d00369)や唯済・光(星をみるひと・d01710)も例外ではない。むしろ格好の面では一番しっかりと準備をしているだろう。
ちなみに、沙花は少し離れたところで見ようとしていたところ、なんだかよく分からないうちに拾われて合流したらしい。
元々ソロ活動の予定だったけれど、どうせならみんなで見た方がきっと楽しいからと。
何でもないように言っているものの、その声音には皆で過ごせる嬉しさが少しだけ、現れていた。
「ファイアブラッドならこれくらい余裕なんだけどな。こういう時役立つから便利だわー」
対して、こちらはだいぶ薄着の不動・祐一(幻想英雄譚・d00978。自ら高熱を発する事が出来るなら、それに勝る防寒もないのだろう。
最近はファイアブラッドの力もこうした使い方をする方が多くなったと語る彼の口ぶりは、こうした些細な事からも平和が訪れた事を実感させてくれるものだった。
「不動せんぱいはいつもの事だから心配ないんですけど、ハイナさん寒くないですか?」
「平気平気。僕さっきカイロ飲んだし。めっちゃお腹暖かい」
渡橋・縁(神芝居・d04576)の心配する声に、自らの腹部をさすりつつ応えるハイナ・アルバストル(賢しらの・d09743)。……今何かとんでもない発言が飛び出しましたね?
「何やってんですか。ハイナは病院行った方がいいですよ」
「え、なんで病院? 僕は見ての通りカゼひいてないぞ」
ノータイムで実行された奇行に猪坂・仁恵(贖罪の羊・d10512)も呆れ気味だ。
余談だが、ほとんどの使い捨てカイロは鉄が酸化する時の反応熱を取り出す方式になっているという。彼の体内はさぞかし鉄分が豊富になった事だろう。
「どうせ病院に行っても治らないでしょうからほっといて新年の挨拶しましょうか。
Bonne annee、あけましておめでとうございます」
「はい、あけましておめでとうございます!」
「おっ偉いねー観夜ちゃん」
展開されるギャグ時空を華麗にスルーし、廣羽・杏理(アナスタシス・d16834)は二ヶ国語でご挨拶。
観夜と対面してこのやりとりしてると親戚のお兄さんみたいですね。
「そうだすっかり忘れてた。あけおめことよろ金くれ」
「お、ようやくお年玉くれる流れ? 貰ったら速攻で帰りたいんだけど」
新年のご挨拶と聞いて即座にお年玉と結びつける漣波・煉(平穏よ汝に在れ・d00991)とハイナだけれど、今日ってそういう集まりでしたっけ。
「いや今日は日食見るために集まったんですからね。
たぶん誰もお年玉くれませんからね。
あとハイナさんはカイロ食べちゃ駄目ですからね」
いつものように軌道修正を図るのは渡橋・縁(神芝居・d04576)。ツッコミ役はこういう時が大変だ。なんといっても他に味方がいない。
「え? 日食?」だの「そんなの聞いてないぞウマい話はどこだ」だのといった反応に心もくじけそうになるだろう。
「そうだよー。一年に二回も日本で日食が見られるなんてレアなんだから楽しまないと」
おお、味方はここにいた。とはいえ援護射撃をする光は純粋に日食を楽しみたいだけで、特段皆を引っ張る気はないようだ。残念!
「じゃあみんなが飛びつく事言いましょうか。私の夫を紹介しますよ」
「新年早々一大イベントと聞いて来たんだけど何だろうこの空気」
仁恵の紹介により片手をあげて登場する風峰・静(サイトハウンド・d28020)。わりと通常営業です。
「あ、成る程この人が噂の別じゃない男……」
「はじめまして、お噂はかねがね……」
「おう、よっしくよっしく。強く生きろよ今の男」
「ははあ、君が例の物好き。いや趣味人というわけではなく奇特というか心の広いというか」
そしてこの反応である。なんだか挨拶がてら写真撮影までしている人もいる。
一大ニュースとはいえ、事前に聞かされていた事もあり概ね予想通りだろう。
「え、なんでみんなから同情の眼差しを向けられてるんだろう。あと心中穏やかならざるワードも混じってる気がする」
しかしながら本人は予想外だったようで、困惑のご様子。
初対面の人々から紹介早々こんな事を言われれば無理もないけれど。
「顔合わせも済んだ事だし、始まるまでコーヒーでも飲んで待ってましょう。
今回もちゃんと持ってきましたよ」
そう言って仁恵の取り出した水筒から注がれるのは、暖かそうな湯気をあげているミルクたっぷりのコーヒー。
今までずっと定番だっただけに、この先十年経とうともきっとこれが用意されるに違いない。
もののついでとばかりに、温もりを欲している人には縁の用意したカイロも配られていく。流石にもうカイロイーターは出現しないようだ。
「それで、今回の日食ってどの程度消えるんです? ほら観夜、出番ですよ」
「えっと、場所によって見え方が違うから、ちょっと天文台のサイトで調べてみるね」
「ここに書かれてる食分っていうのが目安になる数字だね。数字だけじゃちょっと分かりづらいから、こっちの図を出してみよっか」
仁恵に促されるまま観夜と光が解説をすれば、時折ヤジが飛んでくるものの聞く人は素直に聞いている。
もっとも、聞いていない人は離れたところで遊んでいるだけだが。
「そう言えば、岩戸隠れも皆既日食がモデルになったという説がありますし、太古から畏れをもって伝わっているんですよね」
日本の神話を挙げ、どこか落ち着かないのはそのせいかと当たりをつける縁。
スノリのエッダ等にも日食に関する記述があり、神話学を調べる者ならば当時の天文学と関連付けて考える貴重な資料にもなっているのだ。
「確かに、知らん奴からしたらすっげー怖いんだろうな。
多分、俺たちもまだそんな風に思われてるんだろーけど」
「太陽が消えるかもしれないっていう一大事なら、そりゃあ昔の人も天変地異だと大騒ぎするわけだ。
実際は月の散歩みたいなもんだけど、さ」
「ははーなるほど。知識は人を救うのですね」
実際、日本でもつい数百年前までは日食予報の精度がとても悪く、長い間予想不可能な凶事とされてきた。
こうしてのんびりと過ごす事が出来るのも、現代の叡智と言えるだろう。
叡智といえば、日食を直接観測するための道具も欠かせない。
「そーいや、日食グラスって普段あんま見ねーのに今は滅茶苦茶売ってるよな」
いつの間にか巷に氾濫していたという日食グラスを装着した祐一が、どうよとばかりにポーズをキメる。
幸いなことに、彼をはじめとしてここに集った人のほとんどは自前で何がしかのフィルターを持参している。ありがたい事です。
「あっこれアイマスクみたいな風情がある。まずい寝そう」
しかしこの日食グラス、かなり強い光を遮断するために使うものなので、装着すると太陽以外ほとんど何も見えなくなってしまうのがネック。
視界がほぼ暗黒の状態となった静に猛烈な眠気が襲ってくるのも無理からぬ事だろう。
そうこうしている内に、いよいよ予報の時刻となる。
一時間かけて太陽の四割ほどを削る非常にゆっくりした変化ではあるものの、フィルター越しに注視すればじりじりと形を変える太陽に気がつく事だろう。
「始まったな……」
食の開始を確認したハイナが、ぽつりと呟く。
それは、太陽を向きつつも違う場所へ焦点を合わせているような、そんな顔。
「ああ。刻が……来たようだな」
追従するように、煉もシリアスな面持ちで頷く。
彼らの中でだけ通じる何かが、今この瞬間に起こっているのだろう。
「……行くぞ」
そして、祐一が前を向き一歩を踏み出す。
風が吹く。砂塵が舞う。事態は、風雲急を告げている。
……という感じでいかがだろうか。
縁を始めとして数人の、どこへ行くんだこいつらはという視線が突き刺さるが、細かい事を気にしてはいけない。
「いやあしかし寒いな! 不動ちょっと燃えてくれないか」
あ、ごまかした。
「言われてみれば無茶苦茶寒いぞ、なんだこれどうして誰も寒くなると言ってくれなかったんだ。
やはりここは不動君を燃やすしかないな。全身燃え尽きて灰になるまで燃えてくれ給え。君の役割はここにあった」
「いや俺燃えるってか燃やす側だし。ハイナが燃えればよくね?
レーヴァティンいっとく?」
ハイナから続く煉の連携を受け流して反論する祐一。
「やめましょうよ。燃やすと消防車と救急車呼ばれちゃいますから」
観夜あたりなどはその煽りあいをオロオロした様子で見ているが、これも彼らなりの友情なのだろう。やんわりと止める杏理も本気で仲裁する気はなさそうだ。
「ハイナさん寒いなら手繋ぎます?」
「手は……いや、寒いけどつながない。不動が燃えればそれで済むし」
彼がこうした場でこの反応をする事は、概ね予想通り。
答えの見えている問いを発する縁の表情は、日食グラスに阻まれて読めなかった。
「ねえ静、手を握って下さい」
一方、仁恵もまた、自らの伴侶に手をねだる。
いつも側にあるものが変わってしまうのは、不安だからと、そう悪戯っぽく笑みを浮かべて。
「君に限って、不安って事はないでしょ。
……ま、良いよ。ほら手ぇ出して」
差し出された手が、静かに重なる。
こんな季節だからこそ、その温もりは強く感じられた。
「そういえば、もう随分前の話になるけど、観夜につれられて月食を見たっけ」
過日では、世話になった後輩と。
そして今は、ここにいる皆と。
思えばその間には、実に五年という歳月が流れていた。
沙花の駆け抜けた年月は濃密で、でも矢のように早く過ぎ去ったようにも感じられて。
自分でも不思議だと語る彼女の話を、観夜はゆっくりと聞いていた。
あの日見た紅い月から続く今日の空を、またお互いに覚えていられるように。
「命の心配もせずこうしていられることを、その内自然に思える日が来るんでしょうかね」
「そうだね、こういうのが日常になれば良い」
「……正直まだちょっと信じられないというか、不安なんだけどね、私」
「心配しなくとも、きっとそうなっちゃうのですよ。そのうち」
皆が思いを馳せるのは、今日の空から更に続く未来の事。
そして、同じ空の下にいる、各地に散らばった仲間の事。
「来れなかった人も、どこかでこの空を見ているんでしょうか」
「んーまぁ、皆どっかで見てんじゃねーの?
こうやってヘラヘラ笑ってるさ、多分な!」
なにせ、地平線を越えた彼方までこの空はつながっているのだ。
遠く離れていても、同じ太陽は見えるのだから。
喧騒から離れた場所でも、空を見上げる人は居る。
秘め事をするように、誰の邪魔も入らぬように。
そこにあるのは、たった二人の人影と、天より見下ろす太陽だけ。
「――愛流は、私のものです」
食が最大となった時、二つの唇もまた、重なる。
荻田・愛流(猫耳族・d09861)を無垢なる太陽に喩えるならば、七六名・鞠音(戦闘妖精・d10504)はそれを余すところなく侵食し自らと同化する月であるように。
「――ああ、もちろんだ。これからもずっとな」
長い長い口付けを経て、ようやくと返事を返す愛流。
その表情には、一点曇りも見られない。
「はい、ずっと、絶対に。だから――子供、もっと増やしましょうね?」
それを受け、鞠音も満足げに笑ってみせる。
太陽は既に、僅かな欠けも残さず元に戻っていた。
遠くよりエンジン音が響き、こちらに気付いてやって来るライダーが一人。
マシンから降りてメットを外したその人物は、空井・玉(星・d03686)だった。
「なんか人集まってるみたいだけど、イベントでもあったっけ?」
「あ、ようこそ! これから日食なんですよ! 是非見てって下さい♪」
飛び入りの参加者に目を輝かせ、水を得た魚のようにもてなし始めたのは羽柴・陽桜(ねがいうた・d01490)。そこへ観夜も加わって、ささやかなお茶会が開かれる。
「なるほど、日食。……タイミング悪かったかな」
「ええっ!? 三年ぶりのチャンスなんですよ?」
苦々しい顔をする玉に事情を聞いてみれば、灼滅者となったきっかけが丁度日食の時と重なっていたからだとか。
「それじゃあ、その記憶を楽しい思い出で塗り替えちゃおうよ!
ちょうど今年は12月にも日食が見られるし!」
「え、一年に二回もあるとか嫌がらせなのでは?
……でも、うん、そうだね。挑戦するだけしてみようかな」
観夜の提案に少しだけ前向きな反応をしつつ、陽桜の用意した紅茶をゆっくりと飲み下す。
いかんせん何の準備もしていないのだ。こうしたもてなしには素直に乗っておいた方が良い。
もてなす側としても、それで楽しんでもらえれば何よりなのだろう。
「そろそろ始まる時間だし、三年前のリベンジをしましょうか。
今回はコレも、食べる以外に役立ちそうです♪」
そう言って取り出したのは、三年前と同じ穴のあいたビスケット。
あの時は他所の様子をモニター越しに見ながら、食べかけのビスケットと重ねていたけれど、今回はようやく想定した通りに使えそう。
「そうそう、影と小さい穴があれば、ピンホールカメラの要領で逆さまになった太陽が見えるんだよね!
えへへ、覚えててくれて嬉しいな」
手探りで皿との位置を調整し、ピントを合わせる。おぼろげに映された陽光は、確かにほんの少しだけ欠け始めていた。
近くを見てみれば、葉と葉の合間に差す木漏れ日も日食の形を作っている。
「なるほど、そんな薀蓄が。間接的に見るだけならまだ……ううん、どうだろ」
どのみち直接見るためには専用の機材が必要なのだが、そこはそれ。観夜と陽桜は自前のものを持参しており、貸し与えるだけの余裕もある。
「これを太陽にかざして、あたしが直接見ないようにすればいいのですよね?」
専用の機材とは言うものの、使い方自体はいたってシンプル。
簡単なレクチャーを受けるだけで、陽桜は初めてモニターや他のものに投影されたものではない日食を目にすることが出来た。
ものは試しと玉もフィルターを借り受けて直接の観測にもチャレンジしてみるが、やはり過去を克服するには今少し時間が必要な様子。
それでもすぐさま逃げ出すような素振りを見せないあたり、まだ克服の目はあるだろうか。
「新年早々リベンジが果たせたし、今年は良い年になりそうですね♪
玉さんも良い事がありますように♪」
「良い事、かあ……。
差し当たっては今日を、日食を良い事だと思えるようにしなきゃいけない、かな」
笑顔で片付けをして帰っていく陽桜を見送り、玉は近くの観夜に聞こえるかどうかといった程度の声でそう言ってみる。
願わくば、今日を良き思い出として、この先食が起きても穏やかな気持ちでいられますように。
「そうだね、また五年半後くらいに誘ってよ」
「うん、それじゃあ南アメリカで待ってるね!」
何気なく出してみた日時。その辺りでは、2024年の十月に太平洋から南アメリカ大陸南部で広く金環食が見られるとか。
その頃にはきっと、この天体ショーも素直に楽しめるはず。
そう思わせてくれるくらい、見上げた空は綺麗に晴れ渡っていた。
作者:若葉椰子 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年12月24日
難度:簡単
参加:13人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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