あれから何年経っただろうか? 白鷺・鴉(伝奇小説家七不思議使い・dn0227)は手を止めふり返る。
カレンダー上の数字から、2018を引いて求めるのは容易い。けれども記憶の中の年月を数えあげるには、あの日ははるか昔になってしまった。
「さて、こいつが最後の原稿になるか」
万年筆で綴った連載の自伝小説の結末を、新聞社宛の封筒へと大事に仕舞う。これで、しばらくは物書き仕事ともお別れだ……せいぜい、憧れの老後生活を過ごさせてもらうとしよう。
……そこでふと、鴉はかつての戦友たちに思いを馳せた。
戦いの中で死んでいった者。今もどこかで生きている者。
けれど、たとえ生きている者たちであっても、最近はめっきり会わなくなってしまった者も数多い。彼らは……今、どのように過去を見つめているのだろうか?
鴉は傍らの羽織をとり肩にかけると、ふらりと部屋を出ていった。
特に、誰かと会う予定があったわけでもない。けれども死と隣り合わせの青春の記憶が、彼を居ても立ってもいられなくしたのだ。
●昔話
つれ添った旦那も早逝し、古希を迎えた明石・穂鷹は広い屋敷にひとり。けれど寂しくなんてない……だって彼女の元にはいつも、孫娘が学園の話を聞きにくるのだから。
「あら。お好きですね。今日は何を話しましょうか」
「この前は大戦の話を聞いた。病院と人造灼滅者のお話も!」
「困りましたねえ。どうしましょうか」
その笑顔は若い頃と変わらずに、微塵も困ってないように見えて。今日は……と語りはじめたのは友人たちのその後。
学園で教鞭を取った者、家業を継いだ者、行方知れずの友だっていた。
日が暮れるまで彼女が語るのは、素敵な友たちが織り成した話……。
●死と生と
あまりに呆気なく彼女は死んだ。
ふわふわとして、ドジをして、なのにどこか掴み所がない娘がどうして今更、『飛行機事故で死んだ』のかは判らない。
「よ、来てやったぞ」
3年目の墓前に花を持ってやって来て。けれどもあんなに守りたかった、幸せになるのを見届けたかった花好きの彼女が、ほんとうは何の花が好きだったのかすら神堂・律は知らないままなのだ。
ふと気づけば誰かの気配。
「神堂か」
名を呼ぶ声にふり向いたなら、そこには随分と会っていなかった氷高・みゆの姿。久しいの、の言葉に頷きを返したならば、みゆは救いにもならない慰めを囁いた。
「彼女は、幸せだったと思うぞ」
何故なら、必死に生きていたからだ。もっともその生が彼の手の届かぬところで終わった以上、彼が悔やんでも悔いきれないことはみゆにも解っていたのだが。
それでも律の、今何してる、という日常に対する問いかけは、彼も想いの晴れる日を願っている証拠なのだろう。
「灼滅者は引退しておるよ。今は生物情報学の研究者だ」
彼女が答えれば律も返し。
「俺も同じだ。今は嫁と一緒に神社守ってるよ」
世間話をしながら墓を後にしたならば、彼女の愛した世界は今日も、綺麗に見えた。
だが、人の世に離別があるのなら、新たな出会いがあるのもまた人の世の常だろう。暖かい部屋の柔らかなソファに腰掛ける、妻の仁恵(旧姓:猪坂)。その腹部の膨らみを見つめる風峰・静の眼差しは慈しみに満ちていて……けれども何故か、ふとした寂しさを浮かべることがある。
「ねえ、静。……怖いですか?」
意地悪な質問をしたかもしれなかった。けれども、いつか訊かねばならぬのだ――静が、いつかは答えねばならないように。
「いや、とても嬉しいんだけど……」
やっぱり怖いな、と彼は吐露する。大事な人が増えるというのに、その時自分は力を失うことになる。それがスサノオを封印する人狼の運命――困るな、と浮かぶのは苦笑い。
「えっと、その……お腹、触ってみてもいい?」
誤魔化すようにおっかなびっくり訊く彼は、父になることが不安な、普通の父親であるように仁恵には見えた。
「ええ、いいですよ」
笑いかければ彼も微笑みをとり戻し、そっとお腹に触れて聞く。
「名前、考えないとね」
「男の子なら響、女の子なら――琴」
父譲りの力を響かせてくれるように。あるいは母のように知音に恵まれるように。
それを聞いて感謝の言葉を漏らす夫。彼の肩は小刻みに震えているようで――仁恵は、その肩にねぎらいの言葉をかけるのだ。
●戦いの先に得たものは
『私は思う』
それが霞月・彩のメモの書き出しだった。
『人間とは如何なる存在なのかと。その行動原理自体が様々な矛盾を孕んでいるなかで、どうしてダークネスによる完全被支配層化を否定して抗い続けたのかと』
彼女は歴史・宗教・統治論、様々な研究を続けてきたが、いまだ明確な解を得ていない。
が……その時彼女の視界にふと映るのだ。年若い使用人や遊んでいる子供らが、『自由』を謳歌するさまが。
他民族国家が織り成す『混沌』さ。彼女とてそれを求めたではないか。
レマン湖の風光明媚な邸宅において、彼女は一人自嘲しティーを飲む。
そうして進んでゆく世界のどこかに、今も保護されたダークネスたちがいる。その事実を今も山田・透流は納得しきっていない――どうして武蔵坂学園は保護へと舵を切ったのか?
(「独りででも、ダークネスさんたちを灼滅しようと思った。でも、そんなことはできなくて、私は保護観察員としてダークネスさんたちと関わりつづけることを選んだ」)
あの戦いの日々は充実していた。今も憎しみは消えていない。
でも……そんな自分をふり返って透流は思うのだ。自分の人生はあの戦いで歪んでしまって、今、ようやく長いモラトリアムが終わるのだ、と。
そして詩夜・沙月の戦いも、ようやく終わりを告げるところだった。
世界を巡り、人を助け、ずっと妹の為に生きようと考えていて、いつか戦場で死にたいと願っていた彼女。そうすれば愛するあの人にまた会えると信じ……けれども全てをは救えずに。その苦しみから逃げるように、贖罪を求めるようにまた誰かを救い。
将来の夢もない、そんな空っぽの人間は――ようやく、10年足掻いて気づいたのかもしれない。
貰った感謝や笑顔は、きっと彼女を救っていた。戦う以外の方法でも、人を救うことはできるのだ。
だから――帰って妹に言おう。今なら「ただいま」の一言を、本当の笑顔で言えそうだから。
ようやく、誰も殺さずに済む時が来た。今や狂舞・刑の手許に『起無腐』と『万人金』はなく。ただただ自宅の縁側で、安堵しながら目を閉じる。
50年。自らもダークネスの妻を娶って、彼らの社会復帰を助けつづけた。ずっと誰かを殺しながら生きてきたことを後悔し、何かしらの形で償うために。
けれども、そんな人生は終わったのだった。ようやく、彼が自分を赦せる時が来たのかもしれない。
何故なら瞼の裏に映るのは、これまで、助けられなかった人たち、殺してきたダークネスたちの姿ではなく――彼が愛していた妹の笑顔だったのだから。
●新たな門出
「時兎?」
時は戻って2028年、10年勤めた麻薬取締官を退職したその日。ふと、家で待つ片割れの元へと急ぐ高城・時兎の耳に飛びこんだのは、あまりに懐かしい声だった。
「ふふ、嬉しいなあ。こんな所で会えるなんて」
「……和泉?」
ばったりと街角で出会った小花衣・和泉の姿は、往診帰りの獣医スタイルだった。驚いた顔の彼はすっかりと大人びていたように時兎には見えて……けれど和泉に言わせてみれば、時兎だって随分変わったのだ。その白い美貌と儚げな微笑みはそのままだけれど。
「どう?」
「自分で言うのもなんだけれど、腕はいいんだよ」
ご贔屓に、なんて微笑む彼に時兎は、片割れと初めて出会った思い出のカフェを、来年再開する、なんて語り。そんな彼らの仲睦まじさに微か、複雑な気持ちを抱いたりもした和泉だったが……その時ふと時兎の視線に気づいたのだった。
「鴉!」
「おおくわばら。こんな処であーんは勘弁してくれ!」
軽口を叩く白鷺・鴉の髪は幾分白さを増したように見え。こちらは新しい怪談をいろいろ仕入れたが鴉はどうだと時兎が訊けば、和泉も獣医ならではの怖い話もあると云うのだ……次第に『美女に』近づいてゆく時兎も怪談だけど。
10年ぶんの積もる話を種に、さて、お茶会でも開こうじゃないか。
2041年、遠くロシアの地より――。
魔術結社『ロスティスラーフ会派』の総帥執務室にて、その座を母方の祖父、ヴラディスラーフより次いだ第4代総帥は思いを馳せていた。
ロジオン・ゲオルギエヴィチ・ジュラフスキー、43歳。彼はサイキックという本物の魔術を操り研鑽を重ねる魔術師ではあるが、組織を動かすともなれば魔法のようにはゆかぬ。
「幸い、部下には恵まれておりますが、偶には同輩という立場も懐かしくなるもの。皆様は今頃何をしているでしょうか? 私のように、平穏無事に生き延びていてくれればよいのですが……」
2048年、日本――。
「どうだい富山。現場から内勤に回される気分は」
「もう友人や肩を並べて戦った人々を調べずに済むのは、気が楽ですね」
灼滅者取締組織の前線から引退するのを機に、鴉の下を訪れた富山・良太。隣には親友の竹尾・登の姿もあって、思い出話に花が咲く。
「昔も、闇堕ちした仲間と戦わなければならないことがありました……右九兵衛暗殺の一件は覚えてますか?」
「忘れたくても忘れられないよ……ロードローラーをどうやって倒そうか、作戦会議の時から紛糾したからねえ」
登は懐かしげな顔をして……そう、あの時は津波避難タワーごと壊してしまえなんて案まで現れたっけ、と思いだす。まあ、その人は鴉も大変よく知る人物なわけだけど。
「その時オレは、どうしても本人に一言言ってやりたくて、分体の群れを良太に押しつけてとび出したっけ。若かったなぁ」
「あの時は、もう二度と仲間を手にかけるなんてことしたくないと思ったんですが、結局似たような思いをする仕事に就いてしまうとは……」
そんな良太の肩を叩いて労う鴉。
「その苦しみを知るからこそ、権力にも歯止めが利くってものさ。どうだい、若い連中にも昔話をしてやるのは――」
「――そのことなんだけどさ」
登が何事かを鴉に耳打ちすると……鴉の口元は弓形を作ってみせた。
後日――。
「「始めまして、白鷺さん。今日はよろしくお願いします!」」
「やあ子供たち、よく来てくれた。知人のカフェで茶菓子を用意して貰ったのでご馳走されてくれたまえ」
自宅を訪れた安藤・ジェフと梨乃(旧姓:秋山)の夫妻と子供たちを迎えて、今日の鴉は『好いおじさん』だ。
「武蔵坂学園に転入するから俺の話を聞きたい、という話は竹尾君から聞いているが、はてさて何処から語るとしよう?」
「ヴァンパイアと都市伝説に興味があります。ヴァンパイアは配下の蝙蝠でさえものすごい被害を出したとか、都市伝説の中には我慢大会をしただけで消滅したものもいたとか聞きました……あと、白鷺さんに会う時は男子は口を守らなければいけないのも都市伝説のせいだとか」
「淫魔は話が通じることも多かったって本で読んだの。伝説のアイドル、ラブリンスターとか、ええと……特殊なTRPGで学園の味方になった淫魔もいるって! あと……最後のソロモンの悪魔の教団に、白鷺さんも大変な目に遭ったとかも……」
「君たちは子供にどんな教育をしてるんだね」
ポカリとジェフを叩くフリをした鴉。けれども2人は懲りた様子なく。
「ともあれ、うちのロイドと」
「夏をよろしくなのだ」
「……安藤」
もう一度、鴉は叩くフリをしてみせた。
●月日の思い出
ひとつの墓前に男女がやって来る。三十路ほどの淡い金髪の女性と、少し若い、父譲りの緑目と銀髪の青年。
「姉さん、父さんってどんな人だった?」
「えー……自己評価低くて、いっつも謙遜ばっかりで、お母さんの尻にしかれてるような人だよ」
思わず顔を顰めた青年……けれども義姉は頭を振って。
「でも、強くて、家族のことを第一に考えてくれる、家族バカだったのよ?」
知る限りを伝えたい義姉と知りたい義弟。語り終えて立ち去る2人に、父の想いは伝わったろうか?
世界平和のため命を燃やしたアトシュ・スカーレット、ここに眠る。享年44歳。
海の見える崖の上。かつて水燈・紗夜が撒いた遺灰は年月の間に、とっくに海の何処かに行ってしまったのだろう。
いまだ還暦にも満たないというのに、髪はすっかり白くなってしまった。でも、彼女がいなければ闇に堕ち、歳を重ねることすら叶わなかった。
(「いつか貴方は言っていたね。人というのは誰かが記憶しているから存在できる、と」)
だから紗夜は書を綴るのだ。そして古書を取り扱う……その記憶が永遠になるように。
「あぁ、そうそう。店の後継に良さそうな子がいるんだ。もう少ししたら、その子に店を譲るんだよ」
それは……きっと独り言。
時はさらに過ぎてゆく。紅羽・流希の体も衰えて、愛刀を振るうどころか杖をつく日々。
「どうにもあの頃の名前が出なくなってきますねぇ……」
それでも登や良太たち、TG研の名前だけは忘れなかった。20人もの子供のうち何人かの名前の中に、彼らの名前の一部をいただいたのだから。彼らが独立した今だから明かせることだけど。
「さて……今日のシナリオはどこからでしたか……」
杖に力を入れ立ちあがる流希。今でも彼は彼らの部長だ。老いさらばえた姿は見せられない。でも……。
皆が来たら、大きくなった初孫の姿だけは見せてやろう。
●若人に道を譲って
「いつまでも若いつもりでいても、体が動かなくなってきましてねえ」
そう笑う月影・木乃葉の髪も相当に白髪交じりで。家督を息子に譲った隠居老人は、道端で出会った鴉と話の花を咲かせていた。
「聞けば、学園やら、誰だったかがやってる孤児院やらに、随分と寄付をしてるそうじゃあないか」
「ですよ。可愛い孫に恵まれたのも、あの頃あってのことですからねえ。いつも『じーじ、じーじ』と慕ってくれて……」
「そりゃあいい。こちとら近所の妖怪爺いさ……思いあたる節は幾つかあるんだがね」
老人の話は長くなる。それが終わるのはいつごろか?
2078年11月。長年、地域医療に貢献した神凪・陽和と朔夜も、ついに病院経営を退くことになった。その年末、病院と家庭を子供たちに預け、ようやく実家の門を叩いたならば、玄関先にはひと足早く学校理事長を退いた長姉の姿。東北地方に設立した武蔵坂学園の姉妹校を率いてきた姉、燐は、83になった今も凛とした佇まいを見せていた。
「他の2人ももう来てますよ」
急かされて懐かしい部屋にとび込めば、そこでは双調と空凛の夫妻も2人の到着を待っている……久々に集まった『当時の家族』5人は、いずれもすっかり白髪になってしまった。
「最初に会ったときはまだ4人だったのですがね」
そんな皆の顔を見まわして、しみじみと呟いた双調だったけど。それから彼が5人めの家族になるまでは、ほんの一瞬の出来事だったように思える。
空凛も語る。
「私もです。あの悲しみをのり越える術を教えていただいたこと、それを双調さんに伝え、救えたこと……そしてここまで長い道のりを歩んでこれたこと。いずれも燐姉さんのお蔭です」
その強さに憧れて、敷かれたレールではなく自らの道を歩もうとして、空凛は灼滅者だからということではなく、自らの力で世界的ピアニストとしての名声を得ることができた。双調が津軽三味線を世界に広め、大家として多くの弟子や子孫たちに恵まれたのも、そんな空凛が本当の三味線愛を説いてくれたからだ――つまり、元を辿れば燐の導きだ。
「私にとっての英雄は、燐姉さんですよ」
「そんなことはありませんよ。私だって独りじゃ何もできませんでしたから。長姉として、皆が何よりの心の支えでした……ありがとう」
改めて向き直った双調へと、燐が頭を下げようとしたなら、けれども朔夜と陽和は首を振り。
「お礼を言うのはこちらのほうだよ。家族皆でのり越えたんだ。燐姉が背中で引っぱってくれたからこそ、僕たちは戦いぬくことができた」
「私は燐姉についてゆけば確かな道を歩めたと知っていたよ。燐姉はそういう役割を果たしてくれたって、たぶん、きょうだい皆がそう思ってる」
そのとおりだ。空凛と双調もしきりに幾度も頷いている。彼らは誰もがかけがえのない家族で、互いに互いを助けあうことで、あの数年に渡るダークネスとの戦いを勝ち取ったのだ――自分たちの手で。
「あの頃には考えてもみなかった日々に」
「ここまで家族5人で歩んできた人生に」
「これからの家族5人と、それぞれの家族の幸せに」
「ともに歩んできた最高の人生と、勝ち得た未来に」
「そして、私たちが繋いできた道に」
――乾杯。
互いに杯を交わしあい、これからの世界に思いを馳せれば、2078年の暮れは更けてゆく――。
●終わらぬ戦い
かつての餃子ヒーローが、また1人引退をした宇都宮。今年の餃子祭りも盛りあがるだろうが、何かが違うことは否めなかった。
道ゆく老人が突然叫んだ。
「メディアだって報道してくれてるのに、黙ってなんていらんないだろ!」
それからしばらく物陰に隠れ、何やらごそごそしていたかと思うと……。
「あ! 良信くんだ!」
「おうよ!」
ばっちり革ジャンで『餃子武者』に跨ったまま、引退ヒーローは目撃した子供に親指を立てた。市役所の決めた定年なんかじゃ、田中・良信の非公認ヒーロー活動までは止められない!
「ご当地ヒーローに終着はない!」
そう……人々に愛がある限り!
そして人々の口にはまた、別のヒーローの名も囁かれるのだった。
法の網をくぐり抜け、弱者を虐げる悪が現れたとき、人知れずそれを討つ者が現れる。エスパーを殺せることから灼滅者であろうとは目されたものの、その正体はいまだ掴めず。
ただ人々は、人の討ちえぬ悪の命が断たれるたびに、死んだとも闇に隠れたとも噂される羅睺・なゆたと関連づけるのだった。彼の失踪は40年も前の2030年頃の話だが……もしその噂が真実だとすれば、彼はダークネス退治のため行なった凶行の那由他の業を、新たな戦いを重ねることで滅ぼさんとしているのだろう。
……そう。たとえダークネスがおらずとも、力への自制の欠如は悪となったのだ。
ゆき倒れていたところを拾い、家族同然の間柄となった灼滅者の男は、穂照・海の前で刀を向ける。
「俺は、追っ手の灼滅者も殺した殺人狂だ。普通ではない……貴方もそうでは?」
「そうなっていたかもな……学園がなければ」
もはや隠遁などは続けられまい。かつて世界を守った者として、平和を乱す者にはたち向かわねばならぬ……。
それから幾度かの邂逅の末に、ついに海はその男を討った。だが……最後に男が仄めかした、イルフィーネ・ブイオルーチェの名前。あのサイキックハーツ大戦の後に学園から消えて、公的には行方不明のまま死亡扱いとされている女灼滅者。
ダークネス顔負けの刹那的快楽主義に生きる彼女は、気まぐれに人を救うのと同時、遊び半分で人を殺した挙句灼滅されたとも、今も愉しみのため殺人をくり返しているとも噂されていた。
だが、それも過去の話だ……と言いたいところだが、彼女が今も娯楽のつもりで、他人を唆して愉むことをしていないと、はたして断言できるだろうか?
降りしきる雨の中、空を見上げる海が思うのは何だったろう。
●伝えるもの
「そういった有事に備えて、私たち一族は代を重ねている」
先祖である志賀野・友衛の面影を見せる人狼の女性は、子供たちに向けて語るのだった。
人狼とて灼滅者として生まれる割合は次第に減って。けれども力の続く限りは、一族は世界を見守りつづけるのだ。
が、決して忘れるなかれ。全てのダークネスが悪ではない――全ての灼滅者やエスパーが善ではないように。
ゆえに支配するのでも滅ぼすのでもなく、共存できる者とはともに生きてゆけるよう、女性は、強く頷きながら子供たちへと説く。
「……それが、私の先祖たちの願いでもあったから」
「……どうでしたかアリス。昔の武蔵坂学園は」
「はい、ひいお婆さま。武蔵坂学園は、昔も今と変わらない、素敵な学園でした」
穏やかで暖かな小春日和の中で。揺り椅子に腰掛ける曾祖母のアリス・ドールと、同じ名前の曾孫のアリス・ドールは、在りし日の学園について語らいを深めていた。
小アリスが部長をしているクラブが当時からあって、初代部長がどれだけ明るく優しい、尊敬すべき人だったのか。都市伝説の『お化けが怖い幽霊少女』を、灼滅者たちはどのようにタタリガミから助けてやったのか。
それから、それから……。
語るアリスと聞くアリス。思い出話は止め処なく溢れ出て……ふと大アリスの眼差しが、遠くを見るような、寂しげなものへと変わる。
「……もう、知っている灼滅者は何人残っているのかしら? 体もとっくに衰えて、あの頃みたいに『絶刀』は振るえないわ」
あの頃の皆に、もう一度お会いしたかった。
昔とは違ってすっかり涙もろくなってしまって、思わず目頭を押さえた曾祖母に、曾孫は幾度も寂しがらなくていいと呼びかける。
「ひいお婆さまの勇姿は、わたしが知っています。みんなが知らない昔のことでも、わたしが知っています。ですから――」
●伝えられゆくもの
再び、少しばかり時は遡り。
突如鴉の下を訪れた訪問者は、神無月・佐祐理の継子だと名乗った。さし出す封筒を裏返したならば、迷ったような佐祐理の字。
中には、彼女の過去が綴られていた。
不治の病。人造灼滅者手術。『病院』と武蔵坂学園での戦い。写真家として。『異形化』できる人々の人権活動家として。
万事が上手くとは言わないものの、私生活では『人間としての』幸福も手に入れた、人造灼滅者としての力ゆえかいつまでも若々しく見えた彼女。
けれども霊子強化ガラスの劣化は、数年前に彼女を殺した。ついに仲間たちのところへという諦観が、便箋の最後に綴られている。
「ああ。こいつは俺が後世に伝えるさ」
鴉は封筒を懐に差し、書斎のほうへと消えてゆく。
『研究者という仕事柄、幾ら歳を重ねても、引退というものは無いに等しい。例え最前線での研究からは身を引けど、ほぼ0から此処までの研究を進めた功績は、知識を求める若い研究者達を呼び寄せる。
とうに晩年に差し掛かった身だけれど、身体はもう少し保ちそうだ……ならばこの身が果てる迄、出来る全てを行おうと思う。研究し、教鞭を取り、データを纏め、最後に……』
そこで文を紡いでいた手を止めて、視線を古びた日記帳へと向けた近江谷・由衛。そこにはひとりの少女の闇との戦いが、彼女の目から綴られている。
これを、世に出さねばならぬ。それが、彼女の最後の使命だ。
そう……いつしか灼滅者たちも語る側ではなく、語られる側へと変わっているのだった。
たとえば崇田・來鯉の名は今や、かの『世界のご当地 怪人とヒーローの愛した料理と風土』の著者という形で研究されている。
お好み焼き屋の店主で愛妻家だった彼が、世界にとび出したのが65歳の時。世界各地の食材や料理を食べ歩き、自らも実践し自身の料理にとり入れた体験を綴った日記とレシピ帖が、知人の薦めによって出版されたのが件の著書だ。
たくさんの子孫に囲まれて、店も息子に譲った彼は、妻には頭が上がらなかったという。それは彼の旅が許された条件が、自分と妻の誕生日前後の1ヶ月ずつは帰ることだったことからも伺い知れた。
『見つけた! 華~乃~、待ってなさいよ!』
あろうことか恋人とのデートまですっぽかし、明石・華乃を追って駆けだした椎那・紗里亜。
公私ともに手伝ってくれていた彼女が、突然行方をくらまして数年。彼女の教え子から北海道行きの便に乗るところとすれ違ったと連絡を受けて、紗里亜は一路空港へと急ぐ。
『いじけがちで、引き篭もりで、思いこみが激しくて。……それが何だって言うの? 貴女は、私の親友なんだよ?』
だから、幸せにならないと、許さない。
くくく、と楽しげに浮かべる笑みは、道ゆく人からは恐ろしくも見えて。
『華乃、捕まえたら大盛り海鮮丼奢ってもらうんだから、覚悟しなさいよ~!』
「……と友人に迷惑をかけていた恩師の明石ではありましたが、その生きざまは彼女のたった1つの教え、そのものでした」
後年、件の教え子は語る。
後悔のしない生き方をしなさい。次のチャンスはある、やり直せる、そう思っている内に時間はどんどん過ぎるのだから、一歩でもいいから踏み出しなさい。
沖縄から冬の釧路の港へ、さらにそのまま世界を回る旅へ……一番大切なその人と、彼女の辿った軌跡を見て回りたいと苦笑いしていた彼女の旅路は、彼女がかつてした後悔の表れだったのかもしれない。教え子は記者のインタビューをそう締めくくった。
●そして、はるか未来……
とあるマフィアの8代目就任式の夜。7代目は静かに新会長に語るのだった。
「いいか……初代の理念を忘れてはならん」
灼滅者、エスパー、ダークネス問わず、地域に寄り添い平和な世を作る。そのため生まれた自警団も、いつしかマフィアへと変貌した。
「だが、理念は変わらない。お蔭で今になっても地域住民とは懇意の仲だ」
血の繋がらぬ初代と2代目。そこにも家族の間柄があったことは疑いようがない……その『家族』の温かみを語り継ぐことこそ、彼らの存在意義なのだ。
8代目は、深々と頷いた。それを愛しむかのように、初代、赤城・碧と月代の写真は会長室を見守っている。
「……まったく判らん! 何を考えていた人物なんだ!?」
ESPに関する国際条約、いわゆる『椿森ルール』制定の端となった人物でありながら、風真・和弥についてはよく伝わっていない。順当にゆけば世界を指導しえたというのに、伝わっているのは彼が淫魔と結婚したこと、そして名声を避けるかのように貧乏探偵として過ごしたことのみだ。穏やかに余生を過ごしたのか姿をくらましたのかすら、定かではない。
頭を抱えるひとりの歴史研究者。今や散逸してしまったサイキックハーツ大戦時代を語り継ぐため、彼のような人物こそ記録に残さねばならぬというのに――そして。
彼がようやく調べあげた資料を納める博物館の前に、ひとりの少女が立ったのだった。
彼女のどこか遠い先祖に、大戦を生きのびた灼滅者がいたという。だから夏休みの自由研究の題材として興味を持ったのだけれど、魅力が付属食堂にあったことも否めない――それは『料理と風土』掲載の料理を再現するためでもあるが、それ以前にこの博物館の設立に携わった灼滅者のひとりが、「堅苦しいだけの施設じゃ誰も来ないのよ」と食に異常な情熱を注いだからでもあるらしい。
少女は、おそるおそる入口に足を踏み入れた。すると、そこに大きく掲げられるのは、当時の灼滅者ならきっと一度は耳にした言葉。
少女は、かつての灼滅者である鏃・琥珀によく似た金色の瞳を見開いて、思わずその言葉を口ずさむ。
『己の闇を恐れよ。されど恐れるな、その力!』
作者:るう |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年12月24日
難度:簡単
参加:40人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 8/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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