いつものはなし

    作者:笠原獏

     2018年12月24日。
     もうじき日が暮れようという境目の時間。
     武蔵坂学園のキャンパスのひとつから、生徒や卒業生達がまとめて外へと出てきた。何人かは手にラッピングの施された袋や可愛らしい紙袋を抱えていて、めいめいに楽しそうに話をしている。
    「まだ帰るには少し勿体ないとは思わないかな! という訳で寄り道をしようじゃないか!」
     あえて井の頭公園を通って帰ろう! と勝手に皆を先導していたのは二階堂・桜(エクスブレイン・dn0078)だった。返答を聞くより先に足取り軽く進む桜の背中に、甲斐・鋭刃(大学生殺人鬼・dn0016)が声を掛ける。
    「公園でいいのか」
    「なんかね、そんな気分! 途中で甘いラテでも買いたいな! あれ、もしかして鋭刃君はゲームセンターやカラオケとかの気分かな? それも若者って感じで良いと思うよ!」
    「いや、公園で構わない」
     何年も通い慣れた道だ。鋭刃の脳裏にも、ここ数年で覚えた温かい飲み物を買う事の出来る店が自然と浮かぶ。一度立ち止まった鋭刃が振り返れば、会話を見守っていた仲間と目が合った。
    「……だそうだ」
     一緒に行くなら行こう。一緒に行けたら嬉しい。つまりそういう事なのだと。

     今より少し前の時間、彼らは学園の施設を借りてクリスマスパーティーを開催していた。持ち寄った料理やお菓子、クリスマスケーキ、プレゼント、ビンゴ大会——良い意味でよくある、とてもクリスマスパーティーらしいと表現出来るパーティーだった。
    「とても良い時間を過ごした後は無性にふわふわとした気分にならないかい? スキップでもしたくなったり、綺麗な空気を吸い込みたくなったり、共に過ごした誰かとその時間を振り返りたいと思ったり……発散とでもいうべきかな? そういう時間が必要だと僕は考えるね」
     パーティーを特に満喫していた桜は、公園への道を歩きながらそんな事を話していた。それを聞いていた鋭刃はふと思い至った事を頭の中で整頓してから、口に出す。
    「——二階堂がいつもやっている事じゃないか?」
    「そうだね。僕の人生は諸々引っくるめて常に良い時間だし、これからもいつまでも良い時間だからさ」
     さらりと言い切った桜は白い息を吐きながら笑みを深めた。そのまま「鋭刃君は?」と聞かれ、鋭刃は思わず空を見る。桜の理論に、自分を当てはめてみるとしたら。
    「…………全力疾走でもするか」
    「とても面白いから見守っていてあげるよ!」
    「冗談だ」
     鋭刃の口からも白い息が漏れたのは笑ったからだ。
     今日は彼らにとっていつもよりキラキラとした、特別な日だった。その特別な日を終わらせるには名残惜しいから、少しだけの寄り道を。
    「……楽しかったねぇ」
    「そうだな」
     共に歩いてくれている仲間達も、そうであって欲しいと思う。このままあと少し進めば、自分達にとって学園生活の中で身近な存在でもあった公園の入り口が見えてくる。
     その場所で。今日という日の残り時間をどんな風に過ごして、そしてどんな明日を迎えよう。


    ■リプレイ

    ●終わらぬ時を
     何気ない時間で構わない。
     いつものように過ごすだけでいい。
     それでいいと、思っている。

    「みんな知っていると思うが——」
     公園への道すがら、共に歩いていた仲間達へと知的にクールに振り返った青年がいた。青年、雨積・熾(ワンだふるな犬・d06187)は仲間達が自分を見ている事を確かめてから王子のよう優雅に身を翻す。
    「オレがこの部の部長だ。舞依、みんなに飲み物をご馳走してあげて。オレが全員の分奢ってやるよ」
     この部、とは『究極ときどき日常部』、略して『いも部』の事だ。自分にとっての究極を目指す——と言ってみている聖地のようなクラブの事だ。そのいも部のメンバーで楽しかった余韻に浸れるように、熾は妹の雨積・舞依(黒い薔薇と砂糖菓子・d06186)へと懐広くそう告げた。
    「お兄様の奢りだって」
    「いやいや歳下に奢られるなんて……えっ気にすんなって? じゃあお言葉に甘えて」
    「あ、俺もお茶欲しい」
    「飲み物ついでに、温かい食べ物も、追加していい?」
     二十歳の誕生日を迎えたばかりの鏡鳴・白夜(獣耳喫茶店長・d05965)はほろ酔いのまま即答し、後ろをのんびり付いてきていた月村・アヅマ(風刃・d13869)も挙手をする。人一倍小柄な筈の、そしてパーティーで色々と食べていたような気がしてならない夏目・サキ(繋がれた桜の夢・d31712)はまだまだ食べられると自慢げに要求を乗せた。
    「温かいものも食べましょう、お兄様の奢りだって……」
    「え? あ、仕方ないな、それもオレが全部奢ってやんよ。オレがここの部長だしな。舞依、温かい食べ物もご馳走してあげて。……ち、ちょっと、みんな、主にサキぴょん食べ過ぎじゃない? 大丈夫? ほ、ほら、あまり食べ過ぎは良くないっていうか、べ、別にオレの懐具合はいいんだ、だ、だだ大丈夫だし、このオレが全部奢って——えっと舞依さん、ここの支払いツケでいいかな?」
     そうして部長の懐の広さをひとしきり見せつけてから、五人はのんびりと話せる場所を探して落ち着いた。
    「今年も色々あったわね」
     一息をつきながら思い出すのはめまぐるしかった一年間。戦いが終わり世界は大きく変わったけれど、舞依の周囲は変わっていないし友達は友達のままだ。
    「来年はどんなことしたい?」
     舞依は皆へとそう問いかけた。自分は春になったら高校を卒業する。将来に向けて真面目に考えなければならない時が来ている。仲間の返答を待つ舞依に、ほろ酔いも落ち着いてきた白夜がまず口を開いた。
    「来年は変わらず音楽をやりながらのんびりしてるかなぁ。勿論、クラブ活動もしていくよ」
     仲良くしてくれる友達が沢山いるから。そう笑った白夜はそれより先にも想いを馳せる。
    「将来はカフェバーでもやろうかと思ってるから、皆で集まるなら是非うちの店に来てね」
    「白夜のカフェ、行きたいわ。何がお勧め?」
    「そうだな……ケーキなんかずっと作ってて思い出の品、かな?」
     サキは温かい食べ物をもぐもぐと食べながらその様子を眺めていた。先の事は自分には全然浮かばないけれど、とりあえずは白夜のカフェに何かを食べに行ってみようとぼんやり考える。
    「将来……か、俺は武蔵坂に残って、これから来る灼滅者のためになんかするのもアリかなって思ってる」
     俺自身もいろいろ助けてもらったからと、けれど具体的な事は何も決まっていないのだと帽子を弄りながら笑ったアヅマに舞依は柔らかく頷く。
    「アヅマのそういうのも、すごく大切だと思うわよ」
    「幸いと言うべきか、学生生活はまだもうちょい続くから、今の内に色々決めとかないとなぁ」
    「私はお洋服を作る人になりたいので、その勉強をしていくつもり。学生のうちはまだまだいも部に通うからね。皆も……暇な人は来るといいわ」
     遊べないと寂しいし——その言葉は内に秘め。舞依の言葉にサキが心配しないでと笑う。
     そう、心配なんてしなくていい。いも部で舞依や皆と過ごすのは楽しいし、いつも美味しい食べ物を用意してくれて——自分はすっかり餌付けをされて——いる。自分の足はいつまでも、あの教室へと向かうから。
    「次は、お正月、かな」
    「お正月もいも部で遊びに行こうか。舞依が料理出すんで、オレはサキぴょんのために巫女服でも出してやんよ」
     ス……と入り込んだ熾の発言をいつも通りに軽めの笑顔でかわし、サキは舞依へと期待のまなざしを向ける。視線に込められた期待と兄の言葉を理解した舞依は頷いた。
    「伊達巻と栗きんとんくらいなら作っておくわ。……来年も、よろしくね」
    「えへへ……お正月も、その先も、楽しみ、だね」
     来年も楽しく、その先も仲良く。皆と出会ったあの場所で。

     相棒のぬいぐるみテディさんとお揃いのもふもふコートに身を包み、今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)は帰路を進んで——いたつもりがいつの間にか静かな場所に入り込んでいた。コート越しでも感じる寒さに周囲を見回した紅葉は、コンビニの灯りを見つけて歩を早める。そこで温かいココアを買って、両手を暖めながら気付いたのはここが公園へと続く道であるという事。
     紅葉の足は自然と公園に向かう。そして階段を下りて少し進んだ所でふと立ち止まった。
    「……あれ」
    「おや」
     気のせいではない、二人で立ち話をしていた甲斐・鋭刃(大学生殺人鬼・dn0016)と二階堂・桜(エクスブレイン・bn0078)が紅葉に気付いてこちらを向いた。
    「やぁ紅葉君、良い夜は過ごせているかな?」
    「桜さんも鋭刃さんもここにいたのね。あ、ココア、飲もう?」
     二人の手が空いていたから。鞄からココアを取り出して二人に渡すと桜が嬉しそうに近くのベンチを示して一緒に飲もうと笑った。
    「パーティーもいいけど、こうしてのんびり過ごすのもいいよね」
    「だろう? そこの鋭刃君は走ろうとしていたけれどね!」
     缶を開けようとしていた鋭刃の手が止まる。きょとんと自分を見る紅葉に「真に受けなくていい」と僅かに口ごもりながら言った。
    「……雪、降るかな?」
    「降ったら僕も走り出しちゃう」
     楽しい時間の後は、それを考えながらずっと歩いていたくなる。
     冷たい空気を吸い込んで、吐いた白い息を目で追っていた椿森・郁(カメリア・d00466)はその先に見慣れた赤髪を認め足を止めた。
     自分の苗字と同じ花はあるだろうかと思っていたけれど——頭の片隅でそんな事を考えながら手を振ってみれば、気付いた相手——鋭刃が小さく会釈した。
    「久しぶり」
    「椿森。久しぶりだな」
     近付いて声を掛けながら、ついつい眉間を見てしまう。そしてことのほか柔らかそうだった事に内心で安堵した。
     もうそろそろ、観察する必要は無いのかもしれない。最初に顔を覚えた時には中学一年生だった少年も、今はもう大学生だ。背が随分と伸びて、固かった表情は和らいだ。あの頃に感じた事——心の奥底に沈んだ記憶はもっと大人になった頃に思い出す時が来るのだろうか。
    「今はどんな調子ですか。私はねー、まあまあ?」
    「俺も……多分、同じくらいにまあまあだ」
    「そっか」
     返答に覚えたのは妙な満足感だった。
     今日会えなかった人も、近くても遠くてもどこにいても、楽しく過ごせていたらいい。またどこかでねと言葉を紡いで別れたならば、次に会うのがいつになろうと変わらず話を出来るから。
    「メリークリスマス。それからよいお年を。勉強がんばってね」
     いつも通りに手を振ってその場を去ろうとした郁は、その瞬間思わず大きく目を開く。
    「ああ、またな」
     数年前には形になっていなかったのに。しっかりと振り返された手を見たからだった。

     木元・明莉(楽天日和・d14267)と鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)は公園内をぶらぶらと歩いていた。
    「いつもながら賑やかなパーティーだったな。で、この後はデートとか?」
     にまにまと自分を見る脇差の問いに恋人の事を思い浮かべれば思わず吹き出した。
    「くるくる遊び疲れたようなら回収しにいく、かな?」
     甘やかしてあげたいあの子も今頃、クリスマスを楽しんでいるはずだ。そういうそっちの予定は、と聞き返しかけた明莉はふとそれを止める。ある事を、思い出したからだった。
    「……そいや、何でも一つ、言うこと聞いてくれるんだっけ?」
     不意打ちのように投げかけてみれば脇差の足がぴたりと止まった。一瞬だけ目が泳いだそれを明莉は見落とさない。
    「勝負は勝負、男に二言は無いぞ。……いや、一生メイド服着てろとかは困るけれども」
    「……一生ウサミミメイド服か……そっちの方がよかっ」
    「何でも来やがれ!」
     気が変わりかけた明莉の呟きを脇差の覚悟が吹き飛ばした。再度吹き出した明莉は脇差よりも数歩だけ前に出て、告げる。
    「そだなぁ……鈍が変わらないこと、かな」
     この先、色々な感情に溺れる事もきっとある。けれど見失わず、迷っても忘れず、今のままの脇差でいてほしい。明莉の言葉に脇差は思わず一度まばたいた。
    「変わらないこと……いいのかよそんなんで」
    「あーでも、人参はいい加減食えるよになれよ? あと、ツンデレもちょっと直せ? もちょい笑顔見せて愛想良くな?」
    「ぐ、人参……うるさいツンデレ言うな! 愛想良くって注文多いなおい」
     思わず零れた反論の裏で、脇差はきちんと気付いていた。
    「大丈夫か? 心配だなぁ。俺は、卒業したらもう傍にいられないから」
     からかうような笑顔に息を呑む。
     分かっているのだ。それが明莉の心からの願いだという事を。迷惑だって沢山かけたのにまっすぐ願ってくれている事を。
    「……やっぱり敵わないな……いや、何でもない」
     言葉も感謝も心の中に飲み込んで、脇差は明莉に追いつくように歩を早め、並んだ。心地良い風と、ライバルであり悪友と過ごす時間。傍に居ずとも、これからもずっとそうである為に。
     華井・鼓(小春日和・d27536)はふかふかの手袋を握りしめたまま皆に付いて来る形で公園の土を踏む。賑やかな雰囲気に誘われて、ふらふらと混ざり込んだパーティーだった。ケーキはとても大きくて甘くて、ビンゴはルールが分からなくて全部開けてしまったけれど。それでも、終わるのが楽しくないと思うくらいに楽しい時間だった。
    「ささら」
     鼓は相棒の霊犬ささらを呼んでベンチに腰掛けた。まずはプレゼント交換で貰った手袋を見せてから、一人と一匹で温かなココアを分けて一息、くりくりの瞳で夜空を仰ぐ。
     大きな世界を知れと背中を押されてやって来た学園は、知らない事で溢れていて毎日が楽しかった。お友達も出来て、それがとても嬉しかった。
    「わたし、ここにきてよかったです。ささらもたのしいですか」
     視線を落とせばふさふさの尻尾を振るささらと目が合った。その顔が『楽しい』の顔だと鼓は知っているから、背を撫でて笑う。
    「たのしいは、誰かにはなしたくなるね」
     特に『おともだち』には。だから今日の事をお話しよう。いつものようにささらを真ん中に置いて、たくさんたくさんお話しよう。
     三人ならきっと、もっと楽しい筈だから。
    「朔はチューハイとビール、どっちがいい?」
     響いた問いかけは力強く、そして心地良いアルト。ベンチで隣り合わせに座り、ワインもあるよとグラスを見せる杠・嵐(花に嵐・d15801)の姿に、陰条路・朔之助(雲海・d00390)は手にしていた缶チューハイを傍らへと置いた。
    「さんきゅ! じゃーワインで」
     用意の良さはグラスだけではなく。膝上のタッパーを開ければまだ温かい料理が目に飛び込んだ。先刻買ったおつまみも合わせ、ワインを注いだグラスの音色を響かせる。
    「美味いね」
    「ん。それに——」
     嵐も朔之助も白い息を吐いている。外は寒いはずなのに、こうして二人でいると感じるのは暖かさ。どこか緩んだ朔之助の横顔を見遣りながら、嵐はふと想った。
     幾度となく戦って、出会いと別れを経て、今年のクリスマスも変わらず一緒に居てくれるこの友人は、どうして。
    「朔は……どうしてあたしと一緒にいてくれるの?」
     ふと零れた言葉に朔之助が振り向けば、頬杖をついた可愛い親友と目が合った。
    「どうして?」
    「そりゃ、僕が居たいと思うから居るだけだぞ」
     言葉は、とてもするりと紡がれる。
     恋はいずれ関係性が変わってゆくけれど、友情は、嵐との関係は一生変わらない。それはしつこいと自負する朔之助の、一生の宝だから。
     とてもとても、シンプルな答えだった。その答えに嵐は瞳を揺らがせる。どうしようもない感謝と温かな気持ちでいっぱいになってしまって、自身の胸元に拳を押し当てた。
    (「そうだ。そうだね。あたしもだよ」)
     顔を上げたらきっと、困ったような、泣きそうな笑顔を見せてしまう。それでも嵐は朔之助を見た。まるで柔らかな棘に触れさせるようにまっすぐに。
    「そっくりそのままお返しするよ、朔」
     嵐の愛おしい親友は、お酒のせいなのか照れなのか分からない、紅潮した笑顔を浮かべてグラスを差し向ける。
    「嫌だっつっても、これからもずっと一緒だぜ、嵐ちゃん」
     いつまでもいつまでも、互いをかけがえのない宝物として。

     コンビニで買った肉まんをお供にのんびり、ぶらぶらと。隣を歩きながら酔い覚ましのお茶を飲む鳴神・月人(一刀・d03301)に、南谷・春陽(インシグニスブルー・d17714)は横顔を窺うようにしながら言い含めた。
    「……一緒に買ったお酒は、家に着くまで我慢よ?」
     歩きながらするのはいつも通りのなんでもない話。久しぶりの学園で過ごした感想を言いながら、歩き慣れた道を行く。
    「今日は楽しかったね、明日は何しよう?」
    「……学生じゃなくなると時間が加速してるんじゃないかって思うわ」
     仕事場と家以外の場所に久々に行ったと気付いた月人の胸中は、少し複雑そうだった。隣を見れば落ち着ける人がいるというのは幸せな事だとは思うけれども。そんな事を考えながら春陽を見る。
    「クリスマスが過ぎたら、あっと言う間に大晦日になって、新年が始まって——」
     残った時間を数えるのはこの時期についやってしまう事。楽しかった一年が終わろうとする事を実感すると少し寂しくなるけれど、月人が考えているのと同じように、春陽にとっても、春陽の隣にもいつまでも傍に居てくれる人がちゃんといる。なんでもない話をこれからひとつずつ、共に形にしてくれる人が。
    「ねぇ、月人さん。私、結婚式は宇宙で挙げてみたいわ」
    「さすがに宇宙でやろうとしたら遅くなっちまうだろ……でもまぁ、招待する人とかなしで二人だけなら……?」
     自分の突飛な夢にまっすぐ向き合い、考え始めてくれるその姿が愛おしくて仕方がない。どんなにとんでもない事を言い出したとしても、春陽のサンタさんなら叶えてくれるんじゃないかと思えるのだ。
    「……無重力状態のドレスとか、スカートが大変なことになりそうじゃないか……?」
    「月人さんなら何とかしてくれるでしょ?」
     夜道に日だまりのような笑みを咲かせれば月人はもう肯定するしかない。この場は置いといて、と一度咳き込んで、春陽の手を引き歩き出す。
    「今はさっさと帰って暖かい部屋で飲もうぜ」
     寒さで大事な人が体調を崩したら大変だから。愛しい人の無茶振りを受け止めながら、いつもの帰路を楽しむのだ。
     付き合い始めてから、三回目のクリスマスを迎える事が出来た。
     去年は共に居る事が叶わなかった野乃・御伽(アクロファイア・d15646)の横顔をちらりと窺い、雨嶺・茅花(空白の思惟・d02882)は一緒に過ごせる今日に幸せを覚える。二人並んでブランコの小さな揺れに身体を預ける事が、こんなにも嬉しい。
    「パーティー、楽しかったなぁ」
    「うん、楽しかった」
     キラキラとした空間はいまだ目に焼き付いている。ごはんも美味しかったし、何よりグレーのスリーピーススーツに身を包んだ御伽はかっこよかった——訂正、かっこいい。茅花は改めて御伽の正装姿を上から下まで見て、うんうんと頷いた。
     恋人の様子に御伽は勿論気付いている。ラベンダーカラーのドレスワンピースに白いコートを羽織る茅花の姿はとても綺麗で、初めてのクリスマスでダンスを踊った事を思い出したと照れくさそうに笑った。去年のクリスマスは自分が闇へと堕ちてしまっていたから、今年は一緒に過ごせている事が嬉しかった。
     他愛のない話は続く。ゆらゆらと揺られながら、今日の事、昨日の事、出会った時の事を。そして、ふと気付く。
    「……茅花さん、手袋しなくなったんだな」
     出会った時の手のひらと今の手のひら、印象は随分と変わっている。
    「寒くない?」
     俺は寒いな、と御伽はポケットに突っ込んでいた手を茅花へ差し出した。それを見た茅花は不意にブランコから立ち上がり、御伽の手を両手で包むようにして触れる。温かさに瞳を瞬かせて顔を上げれば茅花と視線が重なった。
    「あったかいね」
     その感触を確かめるように、御伽の手がきゅ、と握られる。
    「あのね、貴方がいてくれて、うれしい」
     柔らかな声色とゆるやかに紡がれる言葉、そしてはにかむような微笑みがただ一人にのみ向けられた。
     幸福感が胸を打つ。茅花の表情に目を奪われていた御伽は少しの間を置いて、応えた。
    「——うん。俺も、茅花さんがいてくれて嬉しい」
     御伽にとって、茅花の存在は幸せそのものだから。
     和らぐ視線に幾度目かも分からない幸せを感じて、茅花の手を引き寄せた。
     海東・秋帆(デジタルノイズ・d07174)と秋津・千穂(カリン・d02870)にとって、手を繋いで歩く事はいつの間にかいつもの事になっていた。今日の口実は冬の寒さ、一緒に青春を過ごした公園をこうして歩くのは何だか新鮮で。
    「俺は別に、誰に見られてもいいぜ?」
     しれっと言った秋帆に、千穂が見られるのも多分いつもの事ではないかと首を傾げていると繋がれた手元が動く。それはいわゆる恋人繋ぎ、落とした視線で手元を捉えた千穂がぽつりと零した。
    「……これはいつもと違くて照れるのだわ」
    「照れても逃がさないけどな」
     指を絡める力が強まる。近頃は随分と前衛的ね? と指摘をすると、秋帆は「ああ」と肯定をしてから言った。
    「なんか、最近開き直ったっつか」
     繋いだ手を時折揺らしながら道を行く。やがて人の少ない遊歩道に差し掛かった頃、静寂の中で秋帆の横顔を窺った千穂が小さく息を呑んでから、口を開いた。
    「……秋帆くん。ねえわたしね、秋帆くんがこわがっていた事も解ってた」
     静かで、落ち着いたその声に秋帆の足が止まる。千穂の方へと視線を向ければこちらを見る千穂と視線が交わった。
    「それでも、唯一のひとを想うことを諦めたくなかったの」
     深い珈琲色の瞳は秋帆だけを捉えている。
     当たり前みたいでそうじゃないと、秋帆は思っていた。好きな奴に好きと言える事、そして失う事に怯えなくても良い事。ようやく手にした温もりを確かめるように、秋帆は千穂をぐいと抱き寄せた。
    「——ずっと好きだった、秋津」
     囁きに乗せたのは出会った頃、十五歳の頃の呼び方だ。懐かしい響きと傍に降るぬくもり、そしてあの日からずっと聞きたかった言葉に千穂は笑って、秋帆の耳元に囁きを返した。
    「——好きよ」
     距離を更に近付けるように背伸びをする。30センチ近い身長差はそれだけでは埋まらないけれど、秋帆が埋める事の出来る所まで屈んでくれると知っている。
    「千穂」
    「……一緒に、帰ろうね」
     影を重ね、そして今度こそ大切な名を呼んだ。応えた千穂は秋帆の腕にそっと身を寄せる。
     クリスマスプレゼントなんて望まない。望むのはただ、お互いがお互いの傍に居てくれる事だけだった。

     早く、見付けたかったから。公園を軽やかに進む足音が二人分響く。
     ビンゴでまさかの焼肉券を当てた瞬間、力強く合わせた手のひらには聖夜の余韻とも言える痺れが残っている。その余韻に浸りながら、鹿野・小太郎(春隣・d00795)と篠村・希沙(暁降・d03465)は見つけた背中目掛けて駆け出した。
    「やぁやぁ二階堂さん、メリークリスマスです」
    「あのね先輩、実はわたし達、サンタなんです」
    「おや小太郎君に希沙君、え、サンタ?」
     二人に気付き、両手を広げた桜のその手を素早く捕らえ、二人のサンタは満面の笑みを向ける。
    「今日も眼鏡がお似合いのあなたに、はい、どうぞ」
    「宜しければ受け取ってください!」
     あっという間に握らされた二つのプレゼントを、桜は驚いた様子で見つめていた。「僕に?」と零れた問いかけに小太郎と希沙がもちろんと頷いたから、近くのベンチに座って膝上でそれを開く。
    「ふたりで、あなたのお名前が咲いているものを選びました」
     それは眼鏡入れと、眼鏡拭き。陽気で優しくて誠実な先輩へ、積もる感謝と末長い縁の見通しを願い、選んだもの。
    「寄り道を提案するあなたの声が、今日は特別に嬉しかったです。……良い時間を過ごしましょう。お互いに、ずっと」
     柔らかく笑う小太郎と希沙を見上げる桜は珍しく、発する言葉に迷っているようだった。希沙は小太郎をちらりと見てからそんな桜の左隣に座る。
    「先輩に内緒話、してもええですか」
     五年前の事、祖父へのバレンタインチョコ選びを相談した事。とてもとても些細な出来事。
    「なのに、次に会った時に祖父が喜んでくれたかどうかを聞いてくれはって、覚えててくれはったの、凄い嬉しかったです。そういうとこ、ずっと憧れです」
     っていうと小太郎が妬いちゃうかもやけど——と笑ったそれに、一歩退いて微笑ましく見守っていた小太郎が小首を傾げる。再度二人を見遣った桜が直後、肩を震わせくつくつと笑い出した。
    「先輩?」
    「——いや、ごめん、ごめんね、不意打ちはずるいなぁ。かっこ悪くなっちゃうもん。うん、嬉しいなぁ」
     そしてまた、笑い出す。初めて見る反応に希沙と顔を見合わせた小太郎が、少し考えてから桜の右隣に座った。
    「春になったら先輩と桜を観に行きたいので、お誘いしてもええですか」
    「うん。桜が咲いたら、ぜひ。また二階堂さんの『やぁ』が聞きたいです」
     春も、その先も、いつでも、また。両側から窺う二人の後輩に、顔を上げた桜が向けたのはすっかりいつも通りに戻った笑顔。
    「勿論さ! いつでも駆けつけると約束しようじゃないか!」
     楽しいパーティーの後は少し寂しい気持ちになってしまう。もう少しだけ特別な時間の中にいられるような気がするから、寄り道が出来るのは嬉しい。室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)は手にした温かな抹茶ラテにほっとしながら、あまり訪れる事の無い夜の井の頭公園を新鮮な気持ちで見回した。
    「今度一緒に走るか?」
     すると熱い珈琲を片手に関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)が聞いた。この辺りは走るのにも丁度良いという峻に、香乃果は結局運動が苦手なまま克服出来ずにいる自分を思い返す。
    「……遠慮しますね」
    「……だよな。一応聞いてみた」
     そしてさりげなく視線を動かした所で、久しぶりの姿を目に留めた。友人との歓談を楽しむその人物、桜へと声を掛ければ一緒にどう? と誘われる。そういえば——と、ある事を思い出した峻が覚えてるか? と切り出した。
    「ずっと前に、旨いパンケーキのコツを話した事」
    「勿論! 焼くのが上手い人に代わりに焼いて貰う、それが可愛い女の子だったら完璧、だよね!」
    「後半は桜の見解だろ。あれ、パンケーキに限らなかった。料理全般は料理上手の人に代わりに作って貰う。それが秘訣だった」
     香乃果が色々な料理を作ってくれる度に実感していると真面目に話す峻と、それを聞いて少しおろおろと桜を見る香乃果と、あえて何も言わず満面の笑みを香乃果に向ける桜。
    「……その、半額弁当が主食の峻さんの食生活が酷過ぎて放っておけなくて……」
     それに料理自体は好きだし、喜んで貰えると嬉しいという香乃果の言葉に、だから料理は一切してないと峻が重ねた。
    「羨ましいお話だね! 僕はあれから結構上達してさ、でもやっぱり作って貰う方がいいなぁって、二人を見ているとそう思うよ」
     これからも仲良くね、と。言うまでもないかと桜は笑った。
     将来の事はまだ分からない。けれど今まで一番近くにいた二人は、きっとこれからもずっと一番近くにいるのだろうという予感が確かにあった。
     社会人になって、同じ苗字を名乗るようになって、やがて家庭を得る。それが分かるのはほんの少しだけ先の事。
     遠いと思っていた未来は、もうすぐそばにある。

     彼らは皆、特別な日に、なんでもない会話を楽しんだ。

     赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)は部員である楠・神名(剣樹卿殺し・d32211)と公園を歩いていた。神名にコーヒーを手渡しながら、パーティーでは武勇談を話しましたか? と軽口を添えれば神名が途端に頬を染める。
    「武勇談、とか! やめてくれよ」
     明らかに照れている反応にくすりと笑みを零すと、神名が右手中指にはめられた指輪を撫でる様子に気付く。
     あの日——サイキックハーツ大戦で剣樹卿アラベスクを倒した日からはめたままのそれを見て、鶉は目を細めた。
     この六年間は本当に長くて、苦しくて、けれど幸せな闘いだった。闇は強大で、けれど常に学園の、クラブの仲間が共にいてくれた。それぞれの高みを目指す『-Feather-』の部員達がひとつとなって幾度も強敵を打ち倒す姿は、鶉の部長としての誇りそのものだった。
    「鶉ねーちゃんも常に道を切り拓いてくれたよな。本当に頼もしかったんだぜ」
     勿論、あの日だって。行けるという鶉の叫びは、いつもならばサポートに回る事の多かった神名の背中を確かに押した。
    「……神名さんは最後の戦争のあの日、言ってましたね。もうひとつの冒険の始まりだぜ、と」
     ——その冒険は、まだ続いていますか?
     風に乗った問いかけに、神名はただ、迷いなく大きく頷いた。
     もう闘いがなくとも、生きるということは、今までと違う世界を作るということは、きっと冒険なんだと神名は思っていた。だから伝える。鶉の青春が輝いたように、自分の冒険もこれからもっと輝かせると。
    「だって、こんな凄い学園で育ったんだからな!」
     世界一の灼滅者を目指して頑張った少年の力強い返答に、鶉は笑顔で頷いた。神名のような仲間達に恵まれたのは本当に幸せで、良い青春だったと心から思う。
    「私は、恵まれたものです」
     だから、願った。
     これからも、素晴らしい時を——と。

     いつまでも、いつまでも。
     並んで歩んだ仲間や大切な人と共に。

    作者:笠原獏 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月24日
    難度:簡単
    参加:24人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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