エバーグロウ

    作者:夕狩こあら

     2028年12月24日、クリスマス・イヴ。
     星達は地上で輝いている。

     或る星は人気アーティストとして大規模ライブを敢行し、或る星は孤独を共に冒険の旅を続けている。
     或る星は軍事境界線で血を流し、また或る星は紛争地域で多くの命を救っている。
     別なる星が迷子猫を探しにネオンの中を駆け回る同時刻、少し煌めきを翳らせた星が連勤開けの身体を電車に揺すられる。

     それらは全て、十年前の大戦で地上に光を届けた者達。
     番いとなった星も居れば、これから引かれ合う星もあるし、家族の団欒に包まれて輝く星や、仲間と集まって銀河を成す星もあろう。
     遍く命に煌めきを分けた身は、今もなお光に包まれている。

     夜空を見上げ、月を仰ぐ聖夜に、地上の星をみよう。
     彼等を結んで星座を描こう。
     地球を巡り、宇宙までも繋ぐ光条は、きっと、美しい絵を描いてくれるから。


    ■リプレイ


     星は。
     大地で煌く蛍星は。
     海を渡り国境を越え、淋漓燦々と輝く。
     日本を離れて瞬く光のひとつ、一哉は杏理の故郷フランスにて、彼の大家族に囲まれながらノエルを祝う。
    「何せ我が家は人が多いから。うるさくて疲れてない? 平気?」
    「少し圧倒されるけど、楽しいよ。家族の一員として迎え入れてもらえたのは、嬉しい」
     グラスの音に艶笑を交して幾許、白皙の麗貌が影を寄せて、
    「姉さんのチビ達が見てない裡に、キスしてもいいですか」
     何時かの夕暮れのように、と内緒話を囁けば、硝子を隔てた琥珀の双眸が漸う細む。
    「あの時は不意打ちで盗んだ癖に、随分と行儀が良くなったじゃないか」
     と、此度は彼が脣を掠めて。
     啄みの音を余韻に、二人は恋人同士の視線を繋いで、
    「――結婚はいつします?」
    「帰ったら、……指輪でも見にいくか」
     賑々しい団欒の中に、甘い約束を隠した。

    「ふ……ふぇ?」
     スペインに光を置くエミリオは、夫婦で過ごす食後の一時、愛し妻の言に珍しく狼狽を――耳まで赤くしている。
    「ぁ、ぇ、えと……僕も、その……そろそろ、って」
     性別はどちらでも、いやどちらも。
     君に似た可愛い子を、とはつまり――そういうこと。
    「僕は一人っ子だったから、子どもは兄弟姉妹に恵まれたらいいね」
     と、最後は優しく囁いて。
     光も新たに輝く番い星に、天使が告ぐ日は、きっと、すぐ。

     世界最高峰の頂を目指す星は紅華。
    「クレバスに落ちたら、ずーっと行方不明だずね……」
     絶景は時に悪魔と迫るが、ご当地山形の変身ヒロインとして、動画クリエーターとして、『エベレスト山頂で花笠音頭を踊ってみた』動画を撮る――使命が登頂を成功させる!
     カメラをセットすれば苦難は笑顔に、
    「メリークリスマス! 花笠剣士ヴェニヴァーナです」
     花笠が優艶と舞い始めて。
    「しゃん、しゃん、しゃん! そーれ!」
     天に最も近い地で、星は華々しく輝いた。

     世界中の子供達をスタジアムに招待した鞠音とアリスは、溌溂とした歓声に包まれての冴刃剣舞。
     エキシビジョンマッチとはいえ、息を呑む刃撃の応酬は今にも血花が零れそな――妖刀と絶刀は双対を成し、鋏と咬合って夜の帳を布と断つよう。
    「――月は冴えて。泉はさやかに」
     蓮の台の半座を分たんと、鞠音は光の波濤を舞い踊り。
     瞶めるアリスもまた燦然赫々、阿吽の呼吸で繰り出されたクライマックスの一撃は、一瞬で衆人を沈黙させ、軈て万雷の拍手を連れる。
    「……儚き光と願いを胸に。……聖夜に未来の輝きを」
     嗚呼、其は。
     学校の教え子や元教え子達の瞳に映るは、嘗て殺伐たる戦場を躍った「人形姫」の勇姿。
     鞠音は本気の、本物の剣戟を披露し終えた絶刀に桜脣を寄せ、
    「――アリス、好きですよ」
     歓声の中、優し口づけを頬に置いた。

     北欧の辺境、オーロラの見える雪原を往く光ひとつ。
     贖罪の旅は終焉を視ぬか、愛音は修道女として灼滅者として、人々より脅威を拭い去るべく世界を彷徨っている。
     凍風が濡烏を梳る中、凄艶を温めるは武蔵坂学園で過ごした懐しい記憶。
    「――皆様は今、何をなさっているのでしょう」
     夜空に煌めく星々を仰ぎ、粛と祈る。
    「わたくしも地上で輝く星座の一つになれますように」
     繊手を胸に宛てた愛音は、澄み切った静寂に佳声を置いた。

     閃光の海、カメラのフラッシュを浴びて輝く星ひとつ――プロレスラー晴香は、男女統一世界王者として今年のクリスマスも防衛戦。
     此度の挑戦者は19歳の若き醜男(強い男)。晴香の倍もある体格に強靱なパワーを備え、若さと勢いでベルトを奪いに来る。
     KO寸前、チャンピオンはマットに沈むか――! 否。
     歓声の渦に番い星の悠が在れば、彼女は苦杯も美酒と飲み干そう、
    「私には最愛の旦那様がついてる! 『最強の応援』で、私はどんな強敵にも勝てる!」
    「ルカさんの伝家の宝刀、バックドロップが、決まる――!」
     紫電一閃、大逆転勝利が会場を沸かす。
     激闘を讃える拍手の中、晴香は今年最後の興行を締めるマイクパフォーマンスに視線を集め、
    「ハルくーん! 永遠に、愛してるよーっ!!」
     絶叫に返る声もまた堂々。
    「ルカさん、僕も、永遠に愛しています!」
     永遠に、と。
     星と星とが結ばれた。

     星々の輝きは、極東の島国に於いても一縷と褪せず。
    「今夜も来るとは思ってたけど、すでにいるなんてね」
    「二人きりの二次会を。サプライズなのですよ♪」
     神社の離れで妹達とホームパーティを愉しんだ後は、恋人同士の甘い時間。
     ミルドレッドと翠は、他愛ない会話を睦言に聖夜を共にする。
    「新年の準備も忙しいですけど、クリスマスくらいらぶらぶしてもいいですよねっ」
    「普段から忍び込んできてるから慣れたけど……今日も泊っていくんだよね?」
     ポッキーゲームは悪戯に、ベッドに沈む二人を熱いキスで昂らせて。
    「んっ……」
    「ふ……ぁ」
    「……特別な夜くらいボクから誘わせてよ」
    「……ミリーさん」
     脣の触れ合う距離、凜然が馨香を帯びたのはシャンパンの所為ではなかろう。
     ミルドレッドを押し倒した翠は、彼女の繊手に細指を絡め、
    「今夜は寝かせたくないのですっ」
     愛の儘に。溢れる儘に。
     シーツの海を泳いだ。

     ――三重県桑名市。
     カフェ「ホワイトキー」2号店は、馨しい芳香に星々を迎え、温かな光に溢れている。
    「お店は毎年この日だけ、完全予約制スイーツビュッフェに早変わりして、クリスマスパーティー開催よ!」
     愛莉より招待状を受け取った友人らは足取りも軽やかに、繋いだ手には家族を連れて続々訪れる。
    「愛莉さん、張り切っているね」
    「招待状、届きましたよ」
     聞き慣れた声に振り向けば、藍瞳に映るは双子の姉弟。
     今や医師として忙しくも充実した毎日を送る陽和と朔夜は、共に最高の伴侶と巡り会い、慈しみ深い命の芽吹きにも恵まれた。
     朔夜は扉を開けるや直ぐさま駆け往く娘に苦笑を、陽和はいとこを追って颯爽と走り出す息子に似た様な苦笑を注ぎつつ、愛莉に挨拶をする。
    「娘が指折り数えてこの日を待ってて。素敵な企画をありがとう」
    「この度はご招待ありがとうございます。楽しませて貰いますね」
     彼等に続くは燐。
     神凪家当主と教師という二足の草鞋を履き、多忙な日々を送る彼女は、可愛らしい息子と娘を連れ立って来店する。
    「こんにちは、愛莉さん。見事な設えですね。張り切っている毎日が目に見えるようです」
     先日は武蔵坂の教室のカフェに顔を出したが、此度は直接「ホワイトキー」を訪れるとあって、店内を見渡す灼眼も煌々。
     双調・空凛夫妻も揃えば、神凪家の変わらぬ息災が伺えよう。
    「クリスマス前に帰国出来てホッとしました」
    「双調さんも丁度アメリカの演奏旅行から戻って、家族で来られました」
     3人の子らと賑々しく訪れたオシドリ夫婦は、馴染みのカフェで過ごすクリスマスにリラックスしつつも、華やかなスイーツビュッフェに胸を膨らませている。
     更に星光を加えたのは薫とゆま。
     招待に与った凄艶は、手土産を添えて朗らかに挨拶する。
    「今日はお世話になります。こちらはご家族で召し上がってください」
    「これ、仕事で行ったフランスの蚤の市で見つけたんです。作者は不明だけど、印象派初期の風景画ですごく綺麗だから、お店にどかなと思って」
     薫は比翼連理の夫に子を預け、此度は甘味と昔話を満喫しようと喜色を照り輝かせ、今や学芸員として世界を渡るゆまは、研鑽された鑑識眼の賜物を絵と渡す。
     その二人の間からひょっこりと花顔を現した佐祐理は、カメラバッグから大型のレンズ付カメラを持ち出し、
    「スイーツビュッフェ、ときたら、これの出番ですね!」
     いつもの写真機【麗華】とは勝手が違うが、早くも撮影意欲を掻き立てた様子。
     そうして席へと向かう三人の後姿は何処か華々しく、大戦より10年を経た今も変わらぬ馨香が店内にふんわりと漂った。
    「見知った顔もあってホッしたぜ」
     来客が落ち着いた頃合に到着したサーシャは、久方に見る友に幾許か鋭眼を和らげた後、愛莉の結婚指輪に視線を移して言ちる。
    「顔を見られないのは残念だけど……旦那にはよろしく言っといて!」
     こっくりと頷いた愛莉は、彼を席に案内して、
    「今年はイチゴを使ったスイーツを沢山用意したわ」
    「イチゴ系だとショートケーキが美味いよなぁ……あ、でも先ずは定番のロールケーキにイチゴが入ってるヤツが食べたいでっす」
    「勿論、いつものもあるわよ」
     と、和やかな微笑。
     多彩なメニューに加え、豊富なドリンク類が垂涎を促そう、
    「うーん、迷いますね。あれもこれも美味しそう……おなかに入るかしら」
     薫は翠眉を寄せつつ真剣に、然し誘われる儘に美味をプレートに乗せていく。
    「幸せです……!」
     口へと運べばオーラまで輝く様な、至福の表情に対面のゆまは「見てるだけでニコニコしちゃう」と麗顔を綻ばせて。
     佐祐理はというと、最新機械の感触を手に馴染ませながら、テーブルウェアやお菓子を撮影中。
    「佐祐理さん、早く食べないとなくなるわよ?」
    「松原さん……もう少しで……終ります、ので……」
    (「これも性か……」)
     彼女に切り取られた世界は、フレームの中で輝き出すから不思議だ。
     軽快なシャッター音にゆまは佳声を添えて、
    「神無月さんは個展とか開かれないのです? 良かったらお手伝いしますよ?」
    「個展、ですか……もう間もなくですので、その節はよろしくです」
     写真集を出す予定もあるという彼女に、学芸員として助力を約束した。
     美味が歓談を弾ませば、洗練された淑女らの卓は、いつしか青春時代を共にした――イングリッシュガーデンが広がる洋館の空気を纏う様だった。
    「私も頂きますが、子供達がこんなに燥いで。少々行儀悪くなるのは許して下さいね」
     と燐は言うもの、甘味の精彩に喜んだのは子供達だけではない。
     陽和は時を経て幾らか燃費の悪さは解消されたが、美味しそうなデザートを前に太陽の光を映した黄金の瞳が煌々輝くのは変わらず。
    「まるで若い頃に戻った気分です」
     年甲斐もなく子供達に混じって目一杯食べる魂の半身に、朔夜がふんわり苦笑を零す傍らでは、双調もまた子らに負けずメニューを平らげ、
    「甘味なら幾らでも食べれる私にとって、スイーツビュッフェは最高の場です」
    「……よく食べるわね……」
     これには愛莉も感嘆の声をひとつ。
     夫の胸の空くような食べっぷりに艶笑しつつ、子供達に囲まれた空凛は和やかな時を噛み締め、
    「家族の幸せそうな笑顔こそが、私にとって最高のクリスマスプレゼントです」
     と、紫瞳を細める。
     朔夜は手隙の頃合を見て愛莉に声を掛け、
    「憩いの場は何より大切だ。これからも店が上手くいくように祈っているよ」
     これからも。
     それはきっと、ずっとこの店の常客でありたいと思う心の現れだろう。
     彼の笑顔に合わせて注がれる神凪一家の瞳は、春の木漏れ日の如く温かかった。

     ――愛知県豊田市。
     街路を彩る光のページェント、天の川を渡る綺羅星ひとつ。いや二つ。
    「お前、風邪だろ」
    「う゛っ……黙ってたのに、何でわかったの……」
    「毎日見てりゃな」
     ドラマ収録の帰り。
     アイドルグループ『LIVEN』のヴォーカルで俳優業もこなす澪は、ケーキを片手に家路を急いでいた処、同グループのギタリストで夫の宗田の声に支えられる。
    「体弱いんだから無理すんな」
     そう。
     澪は未だ体が弱い。
     今日みたいに不調を来す時は特に、宗田は別の――健康な誰かと一緒になった方が良かったのではと考えてしまうのだが、
    「俺は全部一緒に背負ってやると、覚悟の上でお前を選んだんだ。だから後悔すんな」
    「えっ、なん――」
    「筒抜け」
     相手を想う故のネガティブはポケットに突っ込んでしまおう。
     10年前から変わらぬ温もりをくれる宗田に、澪は、
    「……ありがとっ!」
     と星の煌きを零した。

     ――東京都港区、六本木。
     初めてのクリスマス・イヴを過ごした特別な街で、番い星、恭輔とリィザが光の中を歩く。
     国連に勤務する夫の帰国を喜び、離れていた時を埋めるように近況を話るリィザ。
     武蔵坂学園中等部の美術教師を務める彼女は、教え子の様子から先の同窓会の出来事を語る裡、胸懐を披いて、
    「同窓会……子ども、連れてきてる子も多くて。……やっぱり、可愛いなぁって」
    「――リィザも子供、欲しいのかい?」
     間を置いて語尾を持ち上げる恭輔に、絡めた腕の抱擁をやや強め、嫣然を零す。
    「……あなたが。もう大丈夫だって、心から思えるなら」
     茶瞳を瞶めた、刻下。
     返事より先にキスが降り落ちる。
     愛し月華は艶やかに囁いて、
    「俺はもう大丈夫だけど、君は? 明日は月曜日だよ」
     これにはリィザも頬を薔薇色に染めたが、俯き――こくり、頷いた。

     ――東京都千代田区、北の丸公園。
     九段下から続く熱狂を辿って楽屋入りした葉月は、通知の止まぬ仲間のスマホに艶笑を零す。
    「SNSの威力おそるべし、だな」
     斯く言う彼とて、ポケットはハートで震え放し。
     目下タイムラインを押し流す怒涛のテキスト、トレンドに並ぶハッシュタグは『Secret Base』が席巻している。
     己が端末を煩そうに抓んだ葉は、淡然とホットワードを読み上げ、
    「チャリティーライヴ、全世界同時配信、本日新曲発表……鍋はどこいったの?」
     なにがどーしてこーなった、と。
     流眄を注がれた錠が完爾に答える。
    「音楽で国境や種族の壁をブチ抜きたいって言ったら、手ェ貸してくれる奴が居て」
     それが世界の著名アーティストによるクリスマスリレーライヴとなり。
     その最初の灯火が、この日本武道館だ。
    「武道館ライヴって。ほぼゴールよね」
    「……思えば遠いところまで来たものだ」
     嘗てない規模の共演者とオーディエンスに息を呑む千波耶と時生。
     写譜屋よりスコアを受け取るイチはカチコチ、朋恵はドキドキ、
    「新曲やれるの、うずうずする、けど……せか、世界……」
    「しかも私達が一番最初なんて、やっぱり、緊張します」
     足が浮き立つような感覚は蓋しリアル。
     外では人々の足踏みがリズムを刻んで開演を待ち、之にまり花は嘆声を絞って。
    「まるで地鳴りや……皆はんがうちらを呼んどる」
    「怯むか――いや、望むところだ」
     リーダーがそう笑めば、緊張も不安も我が物と抱き締められるから不思議だ。
     其はこの面子で多くを乗り越えた証に違いなく、
    「――錠のくせに、頼もしいじゃない」
     淡く咲む夜奈より心地よい凜然がメンバーに伝っていく。
     時は近い。
     間もなく、幕は上がる。

    「その薬指……せやか、あのひとと。想いが繋がって、ほんに良かった」
     倖せになりなはれ、と旅の相棒に送られたマキノは、今、役所の長椅子に掛けている。
     窓口に並ぶ者達が、イヤホンを繋いで『Secret Base』の配信を待つ――静謐の中に情熱を見た彼女は、世界中に音楽を届ける彼等を誇らしく思うと同時、自分だけのサンタクロースに感謝の念を募らせた。
    「クリスマスにお名前をくださるなんて。最高のプレゼントをありがとうございます」
     今日びマキノに戒道の名を贈るは蔵乃祐。
     婚姻届を提出する為に、二人は各々の実家に行って来た訳だが、
    「マキノさんの御両親にお会いした時は、圧が凄くて倒れそうでした……」
    「ふふ、名だたるダークネスと渡り合った人が兎みたいに縮こまって、愛らしかったわ」
     世界の理を解く賢さと、闇を引裂く強さを持つ男は、マキノの両親にはたじたじ。
     良い表情が見られたと頬笑めば、蔵乃祐はまた別なる表情でその頬を染めさせる。
    「授かり物に恵まれた時。もっと打ち解けられる様に頑張ります」
    「……あ、あの。父はお酒が好きだから、付き合って下されば……」
     その時は自分は飲めなくなっているから、とは言えず――面映ゆい沈黙。
     蓋しマキノは間隙の後にそっと口を開いて、
    「でも暫くは、蔵乃祐さんを独り占めさせて下さい」
     と、彼の肩口に甘え声を隠した。

     役所の待合で、或いは飲食店のテーブル席で。
     スクランブル交差点の大型ビジョンや武道館周辺では、突き上がる拳がカウントダウンを始める。
     ――其は多分、世界でも。
    「ははっ、武者震いがすっぜ!」
     ステージ裏。
     戦場に躍り出る様にドラムセットのスツールに腰を下ろした錠が、頼れる戦友を招く。
     すれば彼等は燦爛を纏ってステージに降り立ち、
    「……相変わらず、僕らの部長(ヒーロー)は、おっきな勇気をくれるなあ」
     力強く背中を叩かれたような――押し出される様にキーボードに据わるはイチ。
     昇陽の輝きを胸元に揺らした葉月はフロントへ、
    「さぁ、待ちに待った大舞台だ! 派手にぶちかましていこうぜ!」
    「まー、ここまで来たらやるしかねぇけどなあ」
     いつもの歩みで後に続く、葉の繊指はベースのネックに。
     あまりの変わりなさに艶笑を零した千波耶が【潮騒】を撫でれば、【Venus】を聢と抱えた朋恵がマイク前に、夜奈は【桜兎】を連れて佳声を添える。
    「世界中の人たちに音楽を届けられるように」
    「忘れられない聖夜になるように」
    「今の幸せな気持ちを、少しでも、みんなに、大切な人に届くように」
     それだけで和音になりそうな――シンフォニーを確かめた一同が、呼吸を合わせ、足を踏締める。
     刻下、歓喜の拳が幕を裂き、魂の咆吼が彼等を迎えた。
    『Secret Base!』
    『Secret Base!』
     熱狂がうねりと押し寄せ、歓声は万雷となり空を衝く。
     まり花は聴衆の激情を【艶歌高吟】の響きに受け止め、時生の合図を以て皆が五線譜上を翔け出す。
    「聞いておくんなし、うちらのとっておき!」
    「皆を祝福し喝采する大きな愛の曲を。ここから世界へ、もっと遠くへ――!」
     世界を愛に輝かせる。
     彼等もまた光。
     世界同時リリース、待望の新曲のタイトルは――『STARadiant』(星芒)。

     既に想いは花に代えて楽屋に届けた。
     今日の演奏は、先の学園祭で彼等の音楽に直と触れた次世代のファンと共に、見守る。
    「……やはり万事君達の奏でる音楽は素晴らしい」
     子らの歓声を耳に、失った時間を――両親と妹を思い出す。
     家族を囲む日など二度と来るまいと鎖した己も、相棒と出逢い、結ばれ、愛を取り戻す事が出来た。
    「ありがとう……律希」
     永遠の愛を眼差しと注げば、番い星は温かな光に包んでくれる。
     華やかな舞台の世界から降りたものの、歌の先生として次代を育てる律希は、変わらぬ輝きを纏って美しい。
    「いつか子供達も、誰かを楽しませたいと願い、何かを成し遂げようと羽搏く日が来るのでしょうか」
     彼女の言に力強く首肯した正流は、繊手に視線を導かれ、
    「お腹の子も、きっと……」
     ――嗚呼、と。
     新しい命の芽吹きに魂を震わせた。

     ――会場では、この『夜奈たん☆大団扇DX』が自分の場所を報せてくれるんで!
     ――大きすぎ。だめ。
     1時間前。
     いつの間に作ったのと唇を尖らせた夜奈も、広漠の中に其を見つけた時はホッとした様な――偶には素直になろうかと花の咲みを零す。
    (「……愛してる」)
     桜唇の動きでつつやけば、人波に頭一つ擢ん出たノビルはキラキラ輝いて、
    「うおおっ、こっち見てくれたッス! 超絶メロメロ愛してるって聞こえたッス!」
    『いや俺と目が合った間違いなく!』
    『いやいや僕でしょう!』
    「ちげーッス! まじ自分なんス!」
     全身全霊でお慕い申すと団扇が翻り、くすり、窃笑ひとつ。
     彼女の笑みを眩しく瞶める時生は星の守り人。
    「綺羅星たる皆の傍らに寄り添うもの――昔も今も、私はそうあり続けたいんだ」
     愛機【花鳥風月】と変わらず鍛えたドラムスティックで空を差し、観衆を引き連れた凄艶は、「けいおん」で身に付けた全てを一打一打に、アツくタマスィーを込める。
     彼女の優しいアルトコーラスに、朋恵は可憐の声を虹と輝かせ、
    「私の節目も、みなさんの音楽に彩ってもらいました。だから、今度は演奏する側として」
     音楽の楽しさを、歓びを。
     大好きの気持ちを、世界中に、いっぱい、届ける。
    『Secret Base! Secret Base!』
     大地が号(さか)ぶ様な、天が吼える様な――歓呼の声は高らかに、ステージに立つ者を勝利と法悦に包めば、まり花は愈々三味線をかき鳴らす。
     おばばの羽織をはためかせ、愛の言葉を歌に乗せ、
    「あぁ、この感じ。ほんに、しあわせや」
     是を添える様にギターを響かせるは千波耶。
     熱を籠めた佳声は旋律に乗って観客へ、そして共に奏でる仲間達へ、
    「忘れられない時間と音楽をくれた皆に、感謝をこめて――あいしてる!」
     ありったけの謳歌に鼓膜を震わせた葉月が、麗し白皙を幸福に満たして叫ぶ。
    「ああ、最高の仲間と出会えて、本当に良かった! お前ら皆、愛してるぜー!」
     彼が拳を突き上げれば、観衆は怒濤と波打って。
     カメラのフラッシュ、光る棒(あっ)が燦然の海と揺らめく。
     イチは硝子の疆界越しに藍瞳を細め、
    「けいおんのキラキラした全部が、ずっと僕を支えてくれてる」
     僕も光れるだろうかと、透徹の歌声を添える――勿論、彼も立派な一番星。
     彼等を守るようにドラムに据わる錠も、星の眩しさに、その温かさに震えよう、
    「Here We Are! Entertain Us!」
     魂の儘に。
     情動の儘に。
     電子の海を越えて穿つ、渾身のドラムロール!
    『Secret Base! Secret Base!』
    『Our Time is Now!』
     尚も沸き立つ観客を煽り、葉は体内を駆け巡る血流のようにベースを爪弾いて、錠のドラムに精彩を重ねる。
    「メリークリスマス、どいつもこいつも良い夜を」
     ひとつの星座をなぞるように、仲間と声と音を紡いだ彼は、張り裂ける歓声を掌に受け止めて――。
    「そんでもって、良いお年を」
     灰色の眼下に星の絵を敷いた。

     国立饅頭図書館の。いつものところで。
     そう言えば、分かる。
    「いっちー映るかなあ……カメラ、キーボードにパンして欲しい……」
    「あ、千波耶先輩――きれい。きらきらしてる」
     二人でひとつ、祝と真珠はライヴ配信に繋いだ液晶画面を仲良く分け合いながら、随分と早めに来た待ち時間を楽しむ。
     感動醒めやらず感想を語り合う二人に、フローレンツィアが「お久しぶりね」と声を掛けた刻が約束の時間だったか、次いで姿を見せた花色の破顔がぎゅ、と郷愁を誘った。
     随分と大人びた二人も声は変わらず。
    「皆変わりない……訳ではないけれど、息災のようで何よりね」
    「なんだあ鳥辺野ちゃんその眼鏡はあ? きみってば視力はよかったはずではあ?」
     凡そその人らしい語調を聴いた祝は、金瞳を隔てた硝子を持ち上げ、
    「これは『病院』系列の研究所で働く身として。かしこそうでよくない?」
    「うん、かっこいい。研究者って感じ」
     そのドヤ顔に真珠がゆるゆる笑う。
     都内の市役所に勤務する真珠は、花色の事は同じ行政官として多少知っており、
    「美人婦警さんは、いつも治安を守ってくれてありがとうございます」
    「お呼びとあらば駆けつけましょう、110番よりも速くね!」
     ふんわりとした花の咲みと、清々しい完爾が小気味良く重なる。
     今日こそ時を同じくしたが、大戦から10年、青春時代を共にした彼女達の道は枝と分れた。
     久々の来日となったフローレンツィアが属するは、嘗て灼滅者によって草案が作られた対灼滅者組織。
     美し紅月は徽章を指に遊びながら近況を語り、
    「投降か死か、でやってたらここ数年はすっかり静かになって退屈なのよ」
     良かったら今度、遊びに来る? という誘いには、未だ荒事に親しいと自覚ある花色が、視察と称して足を運ぶと進み出て(もちろん経費で落とす)。
    「庵原先輩は穏やかで和むし、椎葉先輩は相変わらずパワフル。アステローペは随分おおきく……えっおおきい」
     変わった事と、変わらぬものが混ざる同窓会は、暮れの気配もあって胸奥を揺する。
     然れば互いに細めた瞳は自ずと発起人の祝に集まって――。
    「…………うんまあホームシックみたいなものだよ言わせないでください!!」
    「あら、いいじゃない。そのセンチメンタルには感謝しましょ」
     フローレンツィアが艶笑を注げば、花色も真珠も佳声を揃える。
    「じゃあこれからは年イチで同窓会やっちゃいましょうか。次はチビ共も連れてきますよ」
    「あ、いいね。賛成。花色ちゃんとこのお子会いたい」
     限りある時を大事に使おう。
     また来年も、そのまた来年も巡り逢おうと、星達は繊麗の小指を繋ぎ合った。

    「私、蔵乃祐さんに頂いてばかりだから。せめて貴方の好きなものを作らせて」
     今はまだ槇南家の味付けだが、貴方好みの味になるように。
     家路の途中に商店街のアーケードを潜るマキノ、その跫を蔵乃祐の声が止める。
    「マキノさん。愛しています。僕を好きになってくれて、ありがとうございました」
     優艶の頬笑みにマキノは答えて、
    「私こそ。想いに応えて下さって、妻に選んで下さって、ありがとうございました」
     これまでも、これからも。ずっと愛していますと瞳を細める。
     二人は薬指に繋いだ絆を差し出し、重ねて、
    「末長く。二人で幸せになりましょうね」
    「――はい」
     師走の慌し喧騒が風と抜ける通りを、ゆっくりと帰った。

     師走の家路は足早に、クリスマス・イヴともなれば更に跫は急ごう。
     威司の怜悧な双眸は、自宅に灯る暖かい光に迎えられるや淡く柔く細む。
    「――ただいま」
    『メリークリスマス、おとうさんっ』
    「おかえりなさい、あなた。この子ってば、お出迎えするって聞かなくって」
    「ちゃんと良い子にしてたか、つかさ」
     妻の耀に麗笑を注ぎ、彼女の佳顔を映した愛娘を抱きとめる。
     見ればリビングには色彩豊かな饗膳が揃い、忽ち仕事の疲れを吹き飛ばして。
    「ケーキ作りも上手だったわよ。他にも沢山お手伝い、してくれたのよね」
    『うんっ!』
    「つかさはきっとお母さんみたいに良いお嫁さんになるな」
     美しく愛らしい花達へ、感謝の証に贈り物を。
     包みを渡した威司は、愛娘より可愛らしい「ほっぺにチュ」を受け取ると、嘗ては想像だにしなかった倖福を噛み締める。
     其はとても温かく、優しくて――。
    「愛してるよ、二人とも」
     威司はふんわり華やぐ耀ら可憐を、また瞳を細めて愛でた。

    「で、問題なんだけど」
     時計の針は巡り、廻り、子供達が夢見る頃。
     風峰家では大人達が神妙な顔を突き合せていた。
     目下の懸案は――5歳の長女がサンタの正体に気付いているかについて。
    「琴、靴下吊るしてましたけど、あれ言われて用意してましたよね」
    「そろそろ現実を知る頃なのかなぁ」
     卓を囲むは、サンタ髭をつけた妻・仁恵(真顔)と、そこはツッ込まない夫の静。
     そして、
    「琴さんは敏い子ですから……」
     と、言い足す一途は赤の他人。
     然し二人の子の面倒を見る彼女こそ佳き理解者で、
    「大人の方から夢を壊すような真似はしたくないですね」
    「できるだけ嘘は付きたくねーですよね。嘘は後で傷になりますから」
     うーんと唸りつつ相槌を打つ仁恵(髭)は、まさか彼女からそんな言葉が出てくるとは、という視線を集めながら、子供には真摯でありたいと灰色の眸を返す。
    「出会い頭の事故も想定して、サンタっぽい格好で行くべきだと」
    「なるほど」
     一応の帰着を見た夫妻は自ずと一途に向き直り、大役を任された彼女は義気凛然、すっくと立ちあがる。
    「……わかりました! 私に任せてくださいね」
    「どっちに転んでも、君がやった事ならあの子は納得すると思うんだ。頼んだよ」
     いざとなれば、謎の居候の正体はサンタクロースだったと名乗ろう。
     サンタ帽を被った一途の手には、嘗て纏った色彩が握られ、
    「久々に赤いマントが見れるのですね。アカ! 頑張って下さいね!」
    「それじゃー後はよろしくねー。えっ自転車担いで? えっ」
     愛し仁恵(髭)と、嫌いな訳ではない静の応援を背に、往く――!

     そうして、それから。
     2時間が経過した。

    「――ふと思ったんですけど。自転車は靴下に入らなくねーですか?」
    「あっうん」
     枕元へプレゼントを置きに行った一途はどうしたろうかと、髭(仁恵)と静が疑問符を溢す頃、
    (「……どうやって入れましょうか」)
     サンタは「靴下に鍵を入れればいい」と気付く迄、気配を消しながら子供部屋で思考していたという――。

     時に武蔵坂学園の大学部、歴史民俗学部研究棟では、ファムが卒業論文と格闘中。
    「コレ、サイキックハーツ大戦の時の敵よりキョーテキ!」
     積み上がる文献に花顔を埋めれば、史料を山と寄越した生仏像の筆にふと目がいき、

     ――大好きなファムちゃん。卒論楽しみにしてるわ。がんばって。

    「いいなイイナー。今ごろかいどーさんとあったかいオフトンで眠るんだろうなー」
     仲良しの友達が次々結婚して、昔のように遊べなくなった今を寂しく思う。
     あの時はコドモで。10年経っても、まだ届かなくて。
     でも、次の10年後はきっと――。
    「……って、考えるヒマあったら書きツヅける! キーボード叩く!」
     この星の記録(歴史論文)を、と画面を見つめる瞳は光を湛えて。
     既にイブは過ぎて朝が近いが、彼女は慥かに明けの明星と輝いていた――。

     星影はさやかに、耿々と煌いて。
     時に甘く薫り立つ程の炯然。
     優し灯りを光条と紡げば、大地に美しい絵を浮かばせる。

     蓋し何という星座だろう。
     其は刹那にして永遠の輝きを喜びと得る――Everglow(エバーグロウ)。

    作者:夕狩こあら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月24日
    難度:簡単
    参加:47人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 16/キャラが大事にされていた 2
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