童話の世界を夢に見て

    作者:佐和

     気が付くと。
     七重・未春(小学生七不思議使い・dn0234)はぺたんと草原に座っていた。
     周囲を見渡せば、四方には木々が立ち並んでいて。
     森の中にできた広場、といったところか。
     深い木々の向こうは良く見えないけれど。
     少しだけ見えるのは、お城のような建物の尖塔。
     草原の中央を、土の道が1本、森の奥へ向かって伸びていて。
     他にも何かあるかもしれないと思わせる。
     視線を下ろせば、水色のエプロンドレスが不思議の国のアリスを思わせ。
     首を傾げれば、青いリボンと共に頭につけた月と竜の鈴飾りが、りりんと揺れた。
     ……ここはどこなのだろう?
     どうやって来たのかも分からないし、着替えた覚えもない。
     逆方向に首を傾ければ、また響く、りりん、という音色。
    (「これは夢、です」)
     唐突に未春は理解した。
     色々な物語を読んで、集めて。
     一度でいいから、物語の中に入ってみたいと思っていた。
     誕生日に、童話の世界を模したお茶会を開いたりもして、憧れていた。
     そんな『物語の世界』が、今、目の前に広がっているのだと。
     そうと分かれば、やることはただ1つ。
    「どんな物語なのか、進んでみるです!」
     すっくと立ち上がった未春は、笑顔で森の向こうのお城を見やる。
     そして、心と一緒に足も弾ませて、道を進み出した。
     まるで物語のページを捲るかのように。


    ■リプレイ

    ●Thumbelina
     草原に吹く風が、七重・未春(アリス・dn0234)の小麦色の長髪を優しく撫でる。
     その心地よさに目を細めながら未春が進む道は、森に入る手前で小さな橋を挟んだ。
    「たすけてください……!」
     橋を渡りかけた未春の耳に、悲鳴のような小さな声が届く。
     慌てて声の主を探すと、足下を緩やかに流れる小川が、小さな葉っぱを運んでいて。
     可憐な花を思わせるドレスを纏った小さなシャオ・フィルナート(親指姫・d36107)が、潤んだ藍瞳でこちらを見上げていた。
     未春は急いで川岸へと降り、葉っぱの舟ごとシャオをそっと掬い上げる。
    「呼び止めてごめんなさい。私はシャオ。
     カエルさんやコガネムシさんから逃げて来たのです」
     疲れ果てた様子の小さなシャオは、未春の掌の上で、祈るように両手を組んで。
    「お願いします。お花が沢山ある場所まで、私を連れて行ってくれませんか……?」
    「ツバメさんの代役ですね。お任せくださいです」
     快諾する未春に、シャオの表情が花咲くように綻んだ。
     同行者を得て、改めて道に戻る未春だけれども、草原には花はなく。
     ならばとそのまま森の中へと足を踏み入れて行く。
     茂る葉に陽が遮られた道を、未春は少し不安そうに歩き。
    「未春さんの上に居ると、お母様と居た頃を思い出します」
     掌からのそんな声に、くすりと微笑む。
    「薄暗くなりましたけど、怖くないです?」
    「私にとっては初めて見る物ばかりでとても楽しいです!」
     返る笑顔に励まされるように、未春は暗い道を進んでいった。
    「こっちアルヨ」
     そこにひょこっと現れたのは、諸葛・明(メイド・d12722)。
     驚く未春に駆け寄ると、その片手をぐいっと引いて。
     青いメイド服を翻して、少し木々が開けた場所へと導く。
    「森のお茶会へようこそ。さあ、こちらへ」
     片眼鏡をかけた執事姿の片桐・公平(執事・d12525)が、お茶菓子の並ぶ華やかなテーブルと共に仰々しく出迎えた。
    「我々は主役たるあなたのために」
    「2人で全部用意したネ。楽しんでいって欲しいヨ」
     勧められた椅子に腰かけて、テーブルにそっとシャオを降ろすと。
     公平がティーセットを並べ始め、温かな紅茶の香りが漂っていく。
     ちゃんとシャオにも小さなカップが用意され。
     気付けば明も席に着いて、ちゃっかりお菓子を食べている。
    「美味しいアル」
    「ご自重なさい、明。今宵我々は従者ですよ」
     メイドらしからぬ行動を諌めながらも、公平は明の紅茶も揃えていった。
     ほんのり甘い紅茶でほっと一息。
     ハチミツたっぷりのケーキでシャオの空腹や疲れも癒され。
     明るく笑う明と、慇懃ながらも優しく微笑む公平に囲まれて。
     楽しく美味しい時間が過ぎていく。
     けれども。
    「お花畑を目指さないといけないのです」
     はっと思い出した未春が席から立ち上がる。
     ごちそうさまでした、とお礼を告げて、シャオをまた掌に乗せた未春へ。
    「では、こちらをお土産にどうぞ」
     公平はクッキーを包み渡しながら、ガンナイフを構えて見せ。
    「そして、我々も同行いたしましょう」
    「2人で守るアルヨ」
     何本ものナイフを広げるように見せた明も、にっと笑った。

    ●Little Briar-Rose
    「花畑を探しているの?」
     森の中の分かれ道で迷う未春達へ、1人の少年が声をかける。
     白いシャツにサスペンダーつきのズボンと、どこか古めかしい恰好をして。
     ハンチング帽の下で茶色い瞳が優しく笑う。
     でも未春が答えるより早く、もう1人、同じ姿の少年が現れて。
    「花ならこの道の先に咲いてるよ」
     道の1つを指差すと、赤い瞳を歪めて笑う。
    「でも、淋。あそこは……」
    「いいんだよ彬。花は花だよ?」
     鏡写しのような2人は何やら言い合っていたけれど。
    「さっさと行きなよ。俺には彬だけがいればいいんだから」
     赤い瞳に追い立てられ、未春達は示された道を進んでいった。
     そこに咲いていたのは、赤薔薇。
     木々がより密集し、暗黒く影を落とす中で。
     古びた屋敷を呑み込むように、屋根も壁も蔦を絡ませ、赤薔薇が茂っていた。
    「お花……です、けど」
     シャオが求める花とは違うと思いながらも、好奇心に導かれて未春は入口を開ける。
     屋敷の中も赤薔薇が侵食し、咲き誇っていた。
     最奥の部屋で眠るのは、一糸纏わぬ姿のシエナ・デヴィアトレ(茨姫・d33905)。
     そのベッドも蔦が絡み合って出来ており、天蓋のように上にも広がった蔦は屋敷の他の場所以上に密集して、部屋中を覆っている。
     さらに、蔦は大蛇も象り、シエナを取り巻く。
     とっさに駆け寄ろうとした未春だったけれども。
    「あまり近づかない方が良いですよ?」
     いつの間にか、緑色の髪の幼い少女が2人、緑瞳で未春達を見上げていた。
     その顔は瓜二つ。そして、眠るシエナによく似ていて。
    「たっぷり食べるですの!」
     さらにまた全く同じ姿の少女達が、沢山の食糧を持って現れる。
     大蛇は与えられた食糧をばくりばくりと捕食すると。
     その横で草臥れていた少女も一緒に喰らった。
    「むにゃ……おいしいですの……」
     眠るシエナの寝言が呑気に響く。
     息を呑む未春の前で、だが大蛇から赤い果実が実り。
     中からまた緑の少女が新たに生まれ立った。
    「んぅ……おはようですの」
     少女はお辞儀をすると、再び食糧を運ぶためか、他の少女達と共に部屋を出る。
     思わず手の中のシャオと顔を見合わせた未春だったが。
     大蛇の赤瞳が鈍く輝き、こちらを捉えたのを見て。
    「これは長居しない方がよさそうです」
    「逃げるアルヨ」
     公平に促され、明の先導で屋敷を後にした。

    ●Hansel and Gretel
     見知らぬ夜の森の中で。
     雨咲・ひより(グレーテル・d00252)は珠野・春(ヘンゼル・d11232)に手を引かれ、木々の間を歩いていた。
     いつもより大分低い視点。
     いつもと違うエプロンドレス。
     でも、握ってくれる大きな手は、いつもと同じ、安心できるもので。
    (「あずまくん? ……ううん」)
    「お兄ちゃん」
     自然と口をついた呼び名に、パン屑を撒きながら歩いていた春が振り返る。
     その笑顔にほっとして。
    「ねえお兄ちゃん。疲れた、歩けないよ。
     夜の森も梟の鳴き声も怖いの。
     もういや。はやくおうちに帰りたい」
     だからこそ、ひよりは駄々をこねる。
     立ち止まって拗ねて。
     困り顔の春に泣きついて。
    (「もしかしたらわたしは、こうやって手放しで甘えてみたかったのかもしれない」)
     そう自覚しながらも、妹の立場を享受する。
     ずるい、わたし。
     それなのに。
     春の手は、優しくひよりの涙を拭う。
     春の背は、寄りかかるひよりを力強く受け止める。
    (「ずっと昔から、こうして甘えてくれれば良いのにと思ってた」)
     おんぶした背にかかる重さに誇りすら感じて。
     うんしょ、と背負い直した春は、強気に笑って見せる。
    「泣いても挫けても別にいーよ。オレが全部何とかしてやるから」
     今のオレ達は『きょうだい』だから。
     本当のオレ達とは違うけど。
     何処に居たって。
     どんな立場だって。
     春がひよりを守りたいと願う思い。
     それだけは変わらないんだから。
     途中ですれ違った未春達と笑顔で挨拶を交わして。
     2人は森を進み行く。
    「あっ、向こうにお菓子のおうちが見える」
     そして、春の背中から飛び降りたひよりが、無鉄砲に駆け出した。
     悪い魔女が居たとしても大丈夫。
    (「あずまくんは、きっとわたしを守ってくれるから」)
     涙を全て笑顔に変えて。
     信頼を寄せる小さな背中を、春は見失わないよう追いかける。

    ●Little Red Riding Hood
     森が広く開けたそこは、眩い陽が差し込んでいた。
     道の両脇に広がる色とりどりの花畑。
    「これは見事ですね」
    「すごいアルネ!」
     感嘆の声を零す公平の隣から、明が駆け出し花へと飛び込んでいく。
     未春も表情を輝かせ、花の間を歩み行き。
     桃色の花弁が重なる少し大きめの花を選んで、その上にそっと小さなシャオを降ろす。
    「ここでどうでしょう?」
     きょろきょろと周囲を見渡したシャオは、ふわりと微笑んで。
     未春へと差し出した両手から、綺麗な貝殻が転がった。
    「ありがとう、未春さん」
    「こちらこそ、ありがとうございますです」
     大切に貝殻を握り締めた未春は、笑顔で立ち上がり。
    「僕がおばあさんに化けた狼さんになって……」
    「私が赤ずきんか?」
     聞こえた声にふと振り返る。
     狼に扮した神崎・朱実(狼・d37377)と赤いワンピース姿の神崎・摩耶(赤ずきん・d05262)が、何やら打ち合わせをしながら道の向こうから歩いてきていた。
    「大丈夫。頭巾がなければ、赤ずきんじゃないから!」
    「なるほど。つまり、私は偽赤ずきんということだな?」
     どこか不思議な会話を何となく目で追う未春の前で。
     摩耶が思いついたようにぽんっと手を打つ。
    「よし、ストーリーはこうだ。
     おばあさんの元を訪れようとする狼を、偽赤ずきんの私が返り討ちにする!」
    「そう、狼を……え、返り討ち?
     摩耶姉さん、それもはや赤ずきんじゃないんじゃ……」
     提案に困惑する朱実が泳がせた視線が、きょとんとしている未春を見つけて。
    「あ、七重さん。こんにちは」
     どこか助けを求めるかのように朱実は手を振った。
     それに未春が挨拶を返すより早く。
    「ちょうどいい、本物の赤ずきんは七重に頼もう!」
     摩耶は未春に赤い頭巾を被せると。
    「七重はここで待っていてくれ。
     よし、行くぞ狼!」
    「え、え、ちょっと待って。なんで~!?」
     どかばきごすべちっ。
     花畑で赤ずきんを足止めする間におばあさんの家へ先回りするはずの狼は、花畑から移動することすらできずに倒れ伏した。
    「……大丈夫アル?」
     あまりの展開に、朱実を覗き込む明。
     とっさに未春を庇うように前に立った公平も、どうしたものかと立ち尽くす。
     そんな周囲を気にも留めず、摩耶は胸を張って。
    「ふっ、その程度の腕で、赤ずきんを喰ってしまうつもりだったのか? 20年は早い」
     勝利宣言の中、華やかな花の香りに埋もれた朱実は顔を上げた。
    「でも、いつかは僕の方が強くなって、摩耶姉さんを護りますから!」
    「いつか?」
    「いつかはいつかですっ!」
     震える腕に力を込めて何とか起き上がる朱実へ、摩耶は笑いかけてから。
    「七重、無事だったか。もう大丈夫だぞ?」
     振り向き告げたその先に。
     未春の姿はなかった。
    「おや?」
    「あれ?」
     首を傾げる摩耶と朱実。
     公平が慌てて後ろを振り向き、明が周囲を見回すけれども。
     花畑の上に、赤い頭巾がふわりと落ちているだけで。
     忽然と消えた未春に、小さなシャオは静かに微笑む。
    「またいつかお会いできるといいですね」

    ●A Mad Tea-Party
    「やぁアリス、お茶会などは如何かな」
     花畑にいたはずの未春は、草那岐・勇介(狂った帽子屋・d02601)に引き寄せられて、いつの間にか椅子にすとんと座っていた。
     真っ白なクロスが広がる大きなテーブルに、紫陽花の花嫁が、バタフライピーの真っ青なお茶を満たしたティーカップを置いて行く。
     小さなシャオと同じくらいの大きさの、魔女とシーツお化けと吸血鬼が、悪戯するようにお菓子をところかまわず撒き散らし。
     鯉のぼりがたくさんの柏餅と一緒にその菓子を食べ尽くしていった。
    「不思議の国はどこでも無く何時でも無い。
     梅雨もハロウィンも節句もそれ来たれ!」
     向かいの椅子に座った勇介が、足を組んでそう笑い。
     青いお茶をゆらりと揺らせば、その色が赤く変わっていく。
     驚き目を見開く未春の元へ。
    「みはるちゃん、楽しんでる?」
     下半身が魚になった有馬・南桜(人魚姫・d35680)が、ピンク色の尾びれを揺らして海の代わりに空を泳いでくると、未春に抱き付いた。
    「なかなか面白い夢を見るな」
     反対側で宙に浮かぶのは、濃淡の紫で縞模様を描く猫耳猫尻尾のイヴ・ハウディーン(チェシャ猫・d30488)。
     にやりと笑いながら、ひょいとお菓子を摘み上げた傍から食べていく。
     そして空飛ぶ友人がもう1人。
     くし切りのスイカを羽に、小玉スイカを触覚の先につけた翠川・パルディナ(スイカ怪人・d37009)は、赤い服とヒールでくるりと周囲を回り。
     長い金髪は肩で切りそろえた緑色に、赤茶の瞳もスイカの皮の色へと変貌を遂げていた。
     パルディナがスイカのご当地ヒーローなのを考えると、この姿は。
    「……闇堕ち、してないです?」
    「してるんじゃないかな?」
     恐る恐る問いかけた未春に、あっさりと南桜が頷いた。
     未春は大変だと慌て始めるけれども、南桜はその肩に落ち着くようにと手を置いて。
     指し示した先で、イヴがパルディナの姿をまじまじと眺めていた。
    「童話の世界だとあんまり違和感ないな。やけに似合ってるぞ」
    「それってつまり、普通の世界だったら……」
    「あー、何て言うか……変な人?」
    「……ぐすん」
     言葉を選びきれなかったイヴの一言に、いじけてスイカをやけ食いし始めるパルディナ。
     その様子は普段教室で見るパルディナと変わりなくて。
    「ね?」
     大丈夫でしょう? と笑いかける南桜に、未春は笑顔で頷いた。
    「ほら、パルディナお姉ちゃん。スイカだけじゃなくてお菓子も食べよう?」
    「そうそう。これとかスイカより美味いぞ」
    「そんなことっ……1番はスイカだよもむぐっ!?」
    「ほら美味しい」
    「ナイス、なおちゃん」
     南桜がパルディナの口にお菓子を突っ込めばイヴがにやにやと笑い。
     あれもこれもと美味しさを語り合ううちに、いつしかお菓子の取り合いになって。
    「あー。イヴちゃん、それ私の!」
    「はっはっはっ。早いもの勝ちだー」
    「みはるちゃん、今のうちにこれを……」
    「パルディナお姉ちゃんもとっちゃ駄目だよう!」
    「あー、なおちゃんの分は美味いなー」
    「それじゃ、ボクはこっちのを」
    「あっ、私ももらう」
    「それはオレの分だー!」
     賑やかな空中戦を眺めながら、未春はにこにこ笑顔で青いお茶をそっと口にした。
     そんな騒ぎを榎・未知(アリス・d37844)もそっと見つめてから。
     自身の桃色エプロンドレスを見下ろして苦笑する。
    「アリスが2人居てもいいよな」
     色は違うから差別化もできてるし、と自身を納得させるように頷くと、長く伸びたピンク色の髪が肩口からさらりと落ちる。
     そういえば、白ワンピから始まって、メイド服に魔法少女にといろいろな服を着たな、と何とはなしに思い出して。
     はた、と気づく。
    「ってそういう問題じゃねぇ! ナチュラルに何で女装してんだ俺はー!」
     ティーカップをテーブルに叩きつけた未知に、慌てて灰髪の男性が駆け寄った。
     スチパン風の英国風衣装が格好いい帽子屋は、未知を落ち着かせるようにその肩にそっと大きな手を添えて。
     左目の下の泣き黒子とともに、優しく微笑んで見せる。
     その笑顔につられるように未知も笑いかけて。
    「大和、おかわりくれる?」
     甘えるような声に頷くと、大和は空になったカップにティーポットを傾けた。
     未知は、すらりと長い脚から順に長身の帽子屋をしげしげと眺め。
    「様になってるなぁ」
     その視線に気付いた大和の双眸が、少し照れたように細められる。
     些細な表情の変化が見えることが嬉しくて。
     未知は楽し気にスコーンを頬張った。
    「……未知」
     そこに低く穏やかな声で名を呼ばれ。
     顔を上げると、お茶を注ぎ終えた大和が近くの木を見上げている。
     視線の先の木の枝には、腰掛ける猫耳少年。
     チェシャ猫かな、と思った刹那、どこかで見たような優しい微笑みを浮かべた灰髪の少年は、さっと身を翻して姿を消した。
     ぽかんと未知はそれを見送って。
     隣に立つ大和をふと見やって。
     少年とよく似た青瞳が優しく微笑むのを見つめる。
    「賑やかだね」
     気付くと未春の向かいには、黄色いスーツの男が座っていて。
     黄色い髪の下で、紫瞳を細めて笑っていた。
     幾つもの指輪を付けた手で、テーブルの上の小さな魔女を摘み上げて無造作に放り。
     赤いお茶を面白そうに飲み干すと、空のカップに胸の白薔薇を刺し置く。
    「君にはまだ、僕は必要なさそうだ」
     今度は小さなシーツお化けを指で弾いて、男は愉しげに笑う。
    「そっちの帽子屋さんの方が面白そうだけど」
     未春から少しだけ反れた視線。
     振り向くと隣には勇介がいて。
     未春の顔を真っ直ぐに見つめると、真剣な眼差しで告げた。
    「君は立ち止まるな。歩き続ける先にハッピーエンドはある」
     どういうことかと問う間もなく。
     勇介は、とんっ、と軽く未春を押す。
     嬉しそうにも泣き出しそうにも見える優しく寂しい微笑みを浮かべて。
     バランスを崩した未春は椅子ごとゆっくり倒れ行き。
     その目の前で、お茶会の光景が、消えた。

    ●Twin Angels
     未春が倒れ込んだのは、どこかの屋敷の廊下。
     アンティークなランプが灯るのを見上げながら立ち上がる。
     すぐそばの窓を見ると、ガラス越しの外には、山々を遠景に、15世紀頃のヨーロッパを思わせる古い町並みが広がっていた。
     幾つかの川……いや、運河が街中を流れているのも見える。
     森の中から唐突に変わった光景に戸惑っていると。
    「霧夜様、そちらは如何ですか?」
    「成果無し」
    「左様で御座いますか」
     小さく聞こえた声と人の気配に、未春はそっと近づいた。
     曲がり角から少しだけ顔を出し、廊下の先を見やれば。
     漆黒の猫耳と猫尻尾を揺らす執事と。
     漆黒の狼耳に狼尻尾を揺らす執事が。
     ため息交じりに立ち話をしていた。
    「全く、逃げ足の速い……少し目を離した途端にこれなのですから」
     狼耳を少し伏せてため息をつく片桐・巽(狼執事・d26379)に。
    「気配を読むのに長けた者が見つけられないとは」
     織部・霧夜(猫執事・d21820)が猫尻尾を苛立たし気に揺らして歯噛みする。
    「ええ。勉強をサボっていても、こういうことだけは1人前ですね。
     将来が楽しみであり、末恐ろしくもあり」
    「血は争えないということか」
    「他にどこか、心当たりは?」
    「あるとしたら……小さいからこそ隠れられそうな場所、あるいは匿われている……」
     そこまで話した執事達は、不意に振り返り。
     向けられた2対の視線に未春はびくりと身体を震わせた。
     その緊張を解くかのように、巽は紫色の瞳を優しく歪めて。
    「こんにちは、お嬢様。
     白金の髪をした小さな双子の天使を見かけませんでしたか?」
    「知っているならば、正直に話せ。さもなくば……」
     だが、霧夜はどこか意味深に笑い、脅すような声を続ける。
    「霧夜様」
    「悪いが、こちらも仕事なんでな」
     苦笑して諌める巽に、悪びれた風もなく霧夜は銀色の瞳を輝かせた。
     またため息をついた巽は、未春へと穏やかに注意する。
    「もし見つけたら、どうぞお気をつけて。大変な悪戯っ子ですから」
     特に、紅い目をした子の方は。
     その言葉を聞き終わる前に。
     未春は思わず踵を返し、廊下を駆け抜け出口を探す。
     辿り着いた階段を慌てて降りようとした途端。
     その足は空を切った。

    ●Peach Boy
     急に消えた足場に、落下感を覚える未春だったが。
     すぐに温かな炎に受け止められ、柔らかな紅色の毛並みに身体を埋める。
     慌てて顔を上げると、穏やかな青い瞳が未春を見ていて。
     大狼が自らの背に乗せた未春を眺めているのだと状況を理解した。
    「あの……ありがとうございますです」
     おずおずと礼を述べる未春に、紅の大狼は瞳を細めて。
     前を向くとそのまま走り出した。
     大狼の背にしがみついた未春は思わず目を瞑ってしまったけれども。
     森が。山が。木々が。火口が。
     周囲の景色がすごい速さで過ぎ去っていって。
     止まる。
     そっと目を開けると、未春は山の上にいた。
     静かに伏せた大狼の背から、未春がゆっくりと降りると。
     大狼はすぐに立ち上がり、踵を返して走り去る。
     1人残された未春は辺りを見渡し、見つけた峠の茶屋へと歩きだした。
    「やあ、未春」
     辿り着いた茶屋で、陽気に声をかけてきたのは、羽織と袴の和装を纏い、腰につけるはきび団子、額に桃印入りの鉢巻を締めたミカエラ・アプリコット(桃太郎・d03125)。
     店の前に置かれた縁台に腰掛け、食べかけの串団子を揺らしてにかっと笑う。
    「ボクはミカ太郎。お供を探して旅をしてるんだ♪
     今はちょっと休憩中。よかったら、一緒にどう?」
     勧められた未春が隣に座ると、熱い緑茶が出てきて。
     さらに、大福や羊羹、わらび餅にお汁粉などなど、和菓子がずらりと並べられた。
     あれもこれも美味しいと、舌鼓と共に会話が盛り上がる中で。
     未春はこれまでの不思議な出来事をミカエラに話して聞かせる。
    「それで、これから未春はどうするの? 誰か会いたい人とかいる?」
     桃饅頭を食べながら問いかけるミカエラに、未春はしばし考えて。
    「またイサミールさんにお会いしたいです」
     それは、色とりどりのドレスに身を包み、運動会や芸術発表会に現れる舞姫。
     未春もお茶会で何度か会い見えたが、最後に会った時は、元の姿であるというビスクドールとなっていて話をすることができなかったのだ。
    「つまり、大魔女イサミール? ボクも会ってみたいなあ~♪」
     説明に興味を惹かれたらしいミカエラも、うずうずと好奇心を見せて。
    「そだ。未春のクッキー半分くれたら、家来になってあげてもいーよ!」
     突然の提案に驚く未春。
     家来にするなんて、と慌てて断ろうとするけれど。
     でもすぐに、同行する理由を作りたいだけだと気が付いて。
    「じゃあ、お願いしますです」
     お土産にと貰っていたクッキーを半分、ミカエラに渡して微笑んだ。

    ●The Happy Prince
     山を下り、道を進む未春の行く手に、青い鳥を肩に乗せて佇んでいたのは綾瀬・涼子(幸福の王子・d03768)。
    「あ、金ぴか王子様!」
     指差して端的にその容姿を表現したミカエラに、涼子はくすりと微笑んで。
    「こんにちは、お嬢さん方」
     まずは礼儀正しく一礼する。
    「困っている人を助けてあげている最中なんだけど、道に迷ってしまってね。
     一緒に付いて行ってもいいかな?」
     その両目にサファイアの輝きはないけれども。
     茶瞳は優しく穏やかな色を見せていたから。
     思わず頷きかけた未春だが、気付いてミカエラに伺うような視線を向ける。
     そんな動きに気付いてか、涼子はミカエラを眺めて。
    「その団子でお供になるよ」
     腰のきび団子を指差して、片目を瞑って見せた。
    「キジじゃなくて青い鳥だけど、手助けはばっちりできるよ」
    「うん、い~よ♪」
     軽く返事をするミカエラに、未春もほっとして笑顔を浮かべ。
    「ついでに未春も食べる?」
     きび団子を摘まみながら、3人となった一行はまた歩き始めた。
     道は時折曲がりくねりながら続き、森の中へと導いて。
    「がおー」
     突然目の前に現れた狼が、鋭い爪の生えた両手を掲げ、大きな牙を見せつけるようにして口を開けると、怖い声を上げる。
    「この森は不思議の森なんだぞ。
     森の奥には不思議なお城があるんだぞ。
     でも、ここから先は通せんぼなんだぞ!」
     吠えるようにして紡がれる、どこか説明文っぽい台詞。
     前へ進み出た涼子が、赤いルビーの輝く剣を引き抜き構え。
     未春も警戒の色を見せるけれども、つんつん、とミカエラがその肩をつついた。
     振り返ると、にっこり笑ったミカエラが、そっと小声で話しかけてきて。
    「通りたければ……お?」
     尚も吠える狼の前に、未春とミカエラは、クッキーときび団子を差し出して見せた。
    「なにそれ、おいしそー、ちょーだいっ。
     くれたら僕が森とお城に案内してあげるっ」
     すると途端に狼の声は明るく弾み、尻尾が嬉しそうに大きく振られて。
    「はい、ど~ぞ♪」
     ミカエラが勧めるや否や、その大きな口でお菓子を一飲みする。
     満足気にぺろりと口元を舐めた狼は、その場でくるりんと一回転。
     途端、その姿が赤いずきんを被った彩瑠・さくらえ(赤ずきん・d02131)へと変化した。
    「さあ、約束通りお城に案内するよ」
     うきうきと弾むような足取りで、さくらえがさっさと道を歩き出す。
     しかしミカエラと未春は困惑を見せて。
    「お城は別にいいんだけど……」
    「そういえば、お嬢さん方はどこを目指していたの?」
    「あたしたちはイサミールさんを探しているです」
    「イサミール? それなら、あのお城に行けば会えるよ」
     剣を収めた涼子への説明を聞き拾い、あっさりとさくらえが行く先を示した。
    「な~んだ。じゃあ、お城に行こ~♪」
    「頼もしい道案内役が増えたね」
     ミカエラが破顔し、涼子もほっとして笑顔を見せると。
     さくらえの先導で未春達は道を進み行く。

    ●Cinderella
     白亜の城では舞踏会が開かれていた。
     華やかな音楽が奏でられる中で、大勢の人達が優雅に踊る。
     スペード柄の真っ黒なドレスを翻す、笑顔の仮面をつけた女も。
     大きなウサギのぬいぐるみを抱いた、長い髪が可愛らしい幼い少女も。
     そして、煌びやかなフロアの真ん中で、特に幸せそうに踊る2人がいた。
     銀の刺繍が高貴な白タキシードを纏う崇田・來鯉(王子・d16213)と、揃えたような白いドレスに身を包んだヴァーリ・マニャーキン(シンデレラ・d27995)。
     かつて、お茶会で未春が見た2人と同じ服装だけれども。
     その距離はかつてのものとは全く違っていて。
     優しく添えられた手が、一瞬たりとも離れない動きが、添い合う想いを感じさせ。
     見つめ合う眼差しが、零れる笑顔が、溢れんばかりの幸せを伝えてくる。
    「愛してるよ愛莉、僕のお姫様」
     1曲踊り終えた來鯉は、ヴァーリの手を放しがたいと言うかのように引き寄せて、そのままそっと甲へと口づけを贈り。
     そのままヴァーリも抱き寄せて、唇にも優しく重ねる。
    「あの時は愛莉にこういう感情を抱くなんて思ってもみなかった」
    「私も、來鯉とこんな風にキスするようになる、なんて思ってもみなかったもの」
     視線を手を身体を絡み合わせて笑い合う王子と姫は。
     ふと、向けられた視線を辿り、未春に気付く。
    「久しぶりだね未春」
     夢の中で言うのも違うかもだけど、と笑いながら歩み寄ると。
     さあ、と誘い示すのは、舞踏会のご馳走とケーキが並ぶテーブル。
    「ケーキは僕が作った特製だよ」
    「ご馳走は私のだけど、來鯉のお墨付きだし食べてみて?」
     美味しくできてる筈だとヴァーリが微笑むと、早速ミカエラとさくらえの手が伸びる。
    「王子様がケーキを?」
    「其処はまあ、夢の中でも料理人の性って事で」
     見事なケーキに目を丸くする涼子へと、來鯉は苦笑を見せた。
    「やっぱり美味しいのです」
     1口食べただけで破顔する未春に、ヴァーリと來鯉は嬉しそうに見つめ合い。
     あれもこれもと勧めながら、美味しい時間を共有していく。
    「失礼します、アリス」
     そこに、和風の鎧を纏い、弓矢を背負った若武者姿の神鳳・勇弥(帝の護衛兵・d02311)が現れ、一礼する。
    「かぐや姫の使いで参りました。
     姫君が貴女をお待ちです。どうぞこちらへ」
     城の外へ繋がる扉を示す勇弥に、ヴァーリは未春へ頷いて。
    「南瓜の馬車を呼ぼう。其れに乗って行くといい」
     すぐさま來鯉が応え、臣下に命じると、城の大階段の下へ馬車が現れた。

    ●Moon Princess
     騎乗した勇弥の先導で進む馬車は、森から竹林へと進んで行く。
     辿り着いたのは豪奢な平屋の日本家屋。
     馬を馬車を降りた一行は、広い和室の奥にある大きな御簾の前に立った。
     勇弥は御簾の中へ小さく声をかけてから、控えるように1歩下がり。
     恭しく跪き頭を垂れるその前で、ゆっくりと御簾が開く。
    「よう来てくれましたね、アリス」
     そこに佇むのは、美しい十二単を纏ったイサミール。
     まるで傍に傅く勇弥が女装したかのようによく似た大柄な女性だった。
    「あれ? なんか思ってたのと違う?」
    「魔女じゃなくてお姫様だったのか」
     人形が元の姿と聞いていたミカエラと涼子が、思わずそんな感想を漏らすと。
    「あら。凛々しいおのこに可憐なめのこの連れまでできたようね」
     聞き留めたイサミールが視線を向け、扇子の向こうで微笑みを見せる。
    「失礼しました、姫様」
     涼子が慌てて片膝立ちになり、恭しく一礼すると。
    「わたくしは、ひとの良き隣人である魔女でもありますから」
     イサミールは寛容さを見せるように、鷹揚に告げた。
     一方のミカエラは、遠慮なくまじまじとイサミールを見つめ。
    「でも、でっかい~!」
     つい零した素直な言葉に、何故か勇弥が苦し気に呻く。
     こっそり顔を上げると、面白がるようににこにことこの光景を眺めるさくらえの姿。
     誰のせいだと、と心の中で文句をつけながら、夢の中ゆえに目の前にあるイサミールの姿を改めて見て、また勇弥はダメージを負っていたりする。
     そんな従者達を気にもせず。
    「旅立つ前に、貴女にはお別れを申し上げておきたくて」
     静かに告げたイサミールの言葉に、未春は息を飲んだ。
    「お別れなのですか?」
    「この身は仮初、本来は月に住まう者ですから」
     空の輝きを見上げるイサミールに、未春の目に涙が浮かぶ。
    「寂しがらないで。貴女と逢えた想い出、故郷でも大切に思い返すわ」
     穏やかで優しい笑顔は月光に包まれ。
     ふわりと舞い上がったイサミールは月へと迎えられる。
     とっさに追いかけようとした未春の肩を、涼子が優しく押し留め。
    「離れていても一度結んだ絆は絶対に解けないよ」
     慰めるような笑顔も、心配して覗き込むミカエラも。
     淡い光に霞んでいって。
     ……未春は目を覚ました。
     慌てて見回し、そこが自室だと理解して。
     未春は、胸元で両手を握り、抱く。
     そこに残るのは、温かな夢の残滓。
     消えることない確かな絆。

    「みなさん、ありがとうございましたです」

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2019年1月1日
    難度:簡単
    参加:21人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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