お仕事観察記

    作者:篁みゆ

    ●あなたのお仕事姿、見せてください
    「仕事の見学、ですか?」
     その日、スピーカーフォンにしたスマホに向かい、向坂・ユリア(つきのおと・dn0041)は相手に見えぬとわかっていても首を傾げた。
    『ああ。雑誌の企画でね、仕事姿や差し支えない内容を取材したい、ということだよ。誰か紹介して欲しいと頼まれたから、ユリア君はどうかなと思って』
     スマホ越しに伝わってくる声は神童・瀞真(エクスブレイン・dn0069)のものだ。昔から変わらぬ優しい声色で彼は語りかけてくる。
    「瀞真さんも取材を受けられたのですか?」
    『ああ、取材自体はこれからだけれど、受けることにしているよ』
    「わかりました。私もスケジュールと相談してから、ご連絡いたしますね」
    『よろしく。良い返事をもらえることを祈っているよ』
     通話を終え、ユリアはスケジュール帳を開く。取材の対象として良さそうな仕事をいくつかピックアップし、関係者の承諾を得るため、再びスマホを手にとった。

     10年経った今、灼滅者たちは様々な職業についている。
     具体的には、どんな風に働いているのだろうか――?


    ■リプレイ


     アリスはは小学校で2年生の担任をしている。
    「……今日から、かけ算の九九を覚えていきます」
     告げて児童たちの顔を見ると、不安げな子が多い。
    「……最初は、わからなくて不安かもしれませんが、大丈夫です」
     かつてのたどたどしい口調の名残はあるが、十分優しさを感じられるものへと変化していた。
    「何度も復習をして、少しずつ覚えていきましょう」
     児童たちの不安を取り除くために、彼女は終始笑顔だ。

    「苦手意識の強い理数系の教科を少しでも好きな教科になって欲しいと考え、試行錯誤しながら生徒に教えています」
     背筋を伸ばして語る。
    「『知識』『心』『体』を鍛え、どんな困難にも立ち向かい飛び立つ『武器』と『翼』を育てる――そうすることで、かつて自分が教わり学んだ事を児童達に伝えたいと思っています」
     それは強い思い。
    「もちろん、いつ代理戦争要請があってもいいよう、日々精進しています」


    「いらっしゃーい、ここが俺の職場、マイホーム!」
     都内の一戸建て。未知はどうぞどうぞと記者を案内する。彼の仕事部屋はまるでオフィスをそのまま縮めたかのよう。
    「大学卒業後は数年間会社勤めしてたんだけど、せっせとコネとお金を集めて、2年前にフリーランスとして独立したんだ。依頼を受けてホームページやシステムを作ったり、それらを維持管理するのが俺の仕事」
     告げて息をつく未知。
    「在宅勤務やフリーランスって聞こえはいいけど、自分一人で営業も制作もしないといけないし、風邪引いても代わりは居ないしやっぱ大変な事も多いね」
     もちろん会社勤め時代とはがらりと仕事内容も環境も変わることは覚悟の上だった。
    「でも」
     未知の顔が緩む。
    「俺には大好きな家族が居るから頑張れるのだ」
     ひょこっと扉の隙間から覗いている瞳に手招きすれば、嬉しそうに駆け寄ってきたのは5歳くらいの少年。
    「この子が俺の自慢の息子、大和!」
     彼の頭を未知は撫でる。その顔はとても優しくて、幸せが溢れたものだった。


     ここは小学校の保健室。
    「明日から二人目の産休で……ドタバタしててすみません」
     大きなお腹を優しい手付きで撫でて、彼女は微笑った。

    「ダークネスの支配が終わっても人の苦しみ、悩みが消えることはありません。多感な子供達はなおさらです」
     私はどんな些細な事でもちゃんと向き合ってあげたい――そう告げる桃香の表情には、優しさの中に凛としたものが住んでいる。
    「……苛めで苦しみ闇堕ちした昔の私のような思いは、もう誰にもしてほしくないですから」
     ぽつりと零したその時。
    「せーんせい」
     保健室の扉を叩く子どもの声。
     桃香が入室を促すと、扉の向こうにいた子どもたちがなだれ込むように桃香へと駆け寄って。
    「ももちゃんせんせーいなくなっちゃやだー」
     涙ぐむ子、桃香のお腹を優しくなでる子、何故か頬を染めた男の子――たくさんの子供達が桃香を囲む。この様子を見るだけで、彼女がどれほど慕われていたのかわかる。
    「ももちゃん先生、元気な赤ちゃん産んでね!」
     差し出された色紙にはたくさんのメッセージが。
    「……ありがとう、先生頑張るね?」
     桃香の目には、うっすら涙が浮かんでいた。


     探偵をしている紅は、友衛と記者達に向けて口を開く。
    「探偵と言ってもドラマのように推理で犯人を見つける訳じゃない。今回の依頼人には話を通してあるから、一緒に現場まで行こう。見て貰った方が早いしな」
     連れられて到着したのは、とある住宅の一室。
     特殊な端末を手にしながら部屋中を歩く紅。彼の手にした端末は、一定の音を発している。
    (「探偵が創作のような活躍をする仕事ではないとは知っていたけれど、こういう事をしているのか」)
     友衛がじぃっと見つめれば、彼が端末の音だけを頼りにしているわけではないことがわかった。素早く視線を動かしては何かを確認している。
     突然端末が今までとは違う高音を発した。だが紅は落ち着いた様子で、近辺の隙間や物陰にくまなく目を通し、ソファの下から小さな機械を取り出した。

    「今回の場合は、ソファの下に盗聴器が貼り付けられていた。盗聴器の発見だけでなく、その後の対策を考えるのも仕事のうちだな。他にも浮気調査にストーカー、世界が平和でもこの手の輩は減らないな」
    「多くの人がエスパーになって世界が変わっていったとしても、それでは解決できない事もまだたくさんあるものなんだな」
     友衛と紅の会話を聞いて、記者達も頷く。
    「……この仕事を選んだ理由? 人の役に立ちたかったから、じゃダメか?」
     そんな彼の答えを聞いて、友衛は昔を思い出して表情を崩した。


     親戚の結婚式がきっかけで――と語る紗葵。
     その引き出物のひとつだった香は、瀞真が新郎新婦ふたりのために調香したもので、普段香に馴染みのない人でもすぐに使えるような工夫がされていた。
     娘の楓奏が気に入って使い始めたところ、興味を持った友達が多かった。けれども保護者ですら香に馴染みのない人が多く。
    「9歳の娘や同じ年頃の子でも、気軽に香を楽しめる方法はないかと考えたんです」
     モデル時代の人脈を活かし、紗葵はファッションブランドを立ち上げると同時に、瀞真の会社との香りのコラボレーションブランドも設立したのだ。現在はブランドの広報や、娘とともに親子で香を楽しむ企画のモデルをしている。
    「音楽を楽しむように香りを楽しんでもらいたいという思いを込めて、『花音(かのん)』というブランド名は娘が考えてくれました」
     広報として応対する凛とした表情の中。娘の話をしているときにだけ、母親らしい優しい笑顔が垣間見えた。


    「ダークネスと戦っていた頃からの人を守りたいって思いが変わらなくて、今は警察官をやっているんだ」
     そう記者に告げるのは叶流。
    「灼滅者としての経験を買われてアドバイスや他の警察官の指導もするけど、実際にパトロールをしたり現場に出ることもあるよ」

     パトロールへ出るとゆっくりと流れてゆく景色は、戦いに明け暮れていたあの頃とは違って。
    (「ESPを悪用する人もいるし、そうでなくても何かしらのトラブルはあるけど、自分達が掴みとったこの平和がいとおしい」)
     だからこそ守っていかないと――きゅ、と拳を握りしめる。
    「おまわりさーん」
     手を振ってくれている小学生や老夫婦に、叶流も笑顔で応えて。
    (「……うん、わたしも頑張っていこう」)
     人々の温かい心が、叶流の原動力だ。


     飾り気のない部屋で、黒のソファに座り、白い壁を背景にした由衛は語る。
    「知っての通り、サイキックアブソーバーを生み出した能力『超機械創造』は、『人類の文明がいずれ未来において到達するであろう『超機械』を創りだす事のできる能力』。だから理論上は修理も出来るし、新しい超機械を創ることも出来る」
     言葉を切った由衛は、「文明全体が進歩しなければ、つまり他の分野の研究も進めなければ、こっちも手詰まりになりそうだけれど」と呟いて。
    「その『未来』までの時間を縮める為に試行錯誤し、補修に携わっていた校長からの情報も参考に、初期研究を行ない続ける10年だったよ」
     つまり、10年ではまだ足りない――そういうことなのだろう。
    「当然、これからも研究は続ける。……と、こんな所ね。他に話せる事があまり無い。ごめんなさいね」


    「今度は向きはそのまま、手は腰辺りで、足は軸足に添えて見て下さい」
     カメラの前でモデルへと指示を出すのは竜生。広告カメラマンとして働いている彼は、結月がデザイナーをしている、同年代をターゲットに大人ガーリーをコンセプトに掲げたブランドの、新シーズンのカタログ撮影をしていた。
    「はい、OKです。良い絵が撮れましたよ」
     同じ服でもポーズや角度を変え、印象を変えながら数パターン撮影する。
     結月はカメラマンとして働いている彼のカッコイイ姿にいつも見とれてしまうのだ。
    「今のもいいと思いますが、どうでしょう? ゆきは、どう思うかな?」
     小走りで竜生のそばへと向かう結月。
    「あ、これはとっても雰囲気がこのお洋服の目指したものっぽくて好きよ」
     モニターに撮影済みの写真が映し出される。
    「これはちょっと、この装飾がアピールし足りないかしら」
     順に表示される写真の中、結月の言葉に竜生は手を止めた。
    「アングルとポーズ、どっちを変えるのがいいと思う?」
    「それなら、ポーズかな。アピールしたい所が目立つように工夫してみる」

     取材陣を見送って、竜生は告げる。
    「終わったら最後に、カタログとは別にゆきの写真も一枚撮りたいんだ」
    「わたしも?」
     不思議そうに首を傾げたのち、彼女は笑顔の花を咲かせる。
    「じゃあ、とびっきりの美人に撮ってね!」


    「芸術活動とフリーター、どっちがメインなんだか!」
     そう言って笑った男は、終始明るく語った。

    「命のありかたが変わった世界では、永く守られてきた宗教の解釈とか、芸術における精神性とか、混乱に陥っていると思うんだ」
     そう前置きして麦が語るのは、あくまでも例えのひとつ。
    「ESPクリーニングで店を始めたら大成功間違いなしだけど、その影で技術に誇りを持つ職人さんが職を失う」
     職を失った職人は新しいESPに目覚めるかもしれないけど、それが必ずしも職に繋がるとは限らない。
    「新しいものに順応するために手助けが必要な人ってたくさんいるよね」
     確かに突如目覚めた力が仕事に繋がる人がいる半面、それまで技術をウリにしてきた人たちは路頭に迷ってしまう。
    「だからESPの活用方法のアイデアを出したり、単に会って話して不安を分かち合ったりしてるんだ」
     この10年で世界も、常識も変わった。けれどもまだまだすべての人がそれに順応できたわけではない。
    「誰の肩を持つ訳でもない現状啓発の芸術作品を発表したりー、まぁ根無しの芸術家崩れ?」
     稼ぎのない芸術ってどこまでも平等だと俺は思う――そう語る彼を動かしているのは、純粋に人を思う気持ちか。


     かつてスサノオに堕ち古の畏れをばらまいた身として、天代は『畏れと都市伝説の歴史、再発時の対策』の研究を続けていた。そして若くして教授となり、日輪ゼミを任されたばかりだ。記者達は彼女の取材に訪れたのだが。
    「だーかーらー、天代先ぱ……教授! 実際、フィールドワークに行ってみないと分からないじゃないですか! シュヴァルツヴァルトには間違いなく、他の地域にない伝承が――」
    「だから落ち着いて頂戴、エリザ。悪いとは思うけれど、まだ研究費が……」
     何やらもめているような声が聞こえる。記者はノックをした上でそっと扉を開けた。
    「もうお約束の時間だったわね」
     助けを求めるような顔で天代は、エリザベートの前からするりと抜けて。
    「教授の日輪・天代です」
     招き入れた記者達に自己紹介する天代。さすがにエリザベートも、客の前では口を閉じて。
     紹介されれば、優雅に頭を下げる。『歴史とバベルの鎖の影に隠れてきた魔女の系譜を正しく記録に残し、語り継ぐ』ために研究職を目指していると告げた。
    「私たちは、今も大戦以前の世界に囚われてるようにも見えるかもしれない。でも、確かにそこに……語り継いで、守るべき思いがあったことも、間違いないと思っているわ」
     天代は記者のインタビューに答えている。ふとエリザベートの視線が音を絞ってつけっぱなしにしていたテレビに視線が向いたのは、偶然ではない。
    「……あ」
     思わず漏れたエリザベートの声に、天代もテレビに視線を向ければ。
    『Argonautsの結成秘話……なんて言っても、大したことないんですよ』
     テレビ画面の中で、笑顔で語る彼女――アリエス。
     思わぬところで彼女の活躍を目にしたふたりは、くすりと笑い合った。


     美容師のさくらえは、独立して自分の店を持っている。だが基本的に店の仕事はスタッフに任せることが多い。さくらえ自身が出張してヘアセットやメイク、着付けを行うためだ。
    「特に和装に関連した髪結いや着付けを中心に、だね。最近、和髪や和装の着付けができる人少ないらしくって結構需要あるんだよ、これが」
     出張は結婚式に関連したものが多いという。
    「日舞もしてるので、その関連でのお仕事も多いね」

     準備を整えたさくらえは、見学希望者に声を掛ける。その中にあからさまなお忍び姿の女性がいる。琳朶だ。社会見学にきているのだ。決して、サボりではない。
    「せっかくだし、和髪と和装も体験してみる?」
    「します!」
     さくらえににこにこと問いかけられて、琳朶は誰よりも早く手を上げた。
     ヘアセットにメイク、そして着付け――さくらえの動きはどれも無駄がなく、見とれている間に琳朶は純和風のお姫様に仕上げられていく。
     見学者からだけでなく、記者達からも感嘆の声が上がった。


    「すいませんっ!」
     息を切らして待ち合わせ場所にたどり着いたのは、イヴ。後ろ手に掴んでいるのは琳朶。
    「何か恥ずかしいな」
     イヴの苦笑とその言葉は、取材されることに対してのものか、琳朶を引きずってきたことに対してのものか。
    「おれは武蔵野学園で海洋学を勉強をしながら、武蔵野学園で姉のリンダと一緒に、アイドルプロダクションをしています」
     彼女たちがプロデュースしているのは、後輩に当たるエスパーの女の子たちだ。
    「少しでもエスパーに対する理解と、武蔵野学園の力になれれば」
     そう語るイヴの瞳は意欲に満ちて輝いている――けれど。
    「何よりも社長のリンダが働かないから……」
     一瞬曇るイヴの瞳。それが、鋭いものへと変化したと思ったら、素早く動く手。その手には、逃亡を試みた琳朶の姿。
    「社長……働いてくれ」


     彼女の公演をできる限り見たい、玖耀のその思いは結婚しても変わらない。
     彼女と再会してから、彼女の出る公演はできる限り見に行っていた。彼女が少しでも時間を作って自分の店へ通ってきてくれていることに気づいていたし、そんな彼女に応えたいという思いがあったからだ。けれどもやはり、一番の理由は彼自身が彼女の歌が好き、それにほかならない。結婚後も旧姓で声楽家を続けている彼女を、もちろん応援している。
    (「彼女だからこその歌を、それを必要としている人々に届けてあげて欲しい――」)
     そのために、協力は惜しまないと決めていた。
     耳朶に染み入る彼女の歌声は、琴線に触れる。

     実は世界を巡っている時に、偶然彼女が出ている公演を観ていた玖耀。ひと目でそれが、彼女だとわかったけれど。声楽家として開花しようとしている彼女に、その時は声をかけることができなかった。だから、これは彼女も知らぬ秘密。
     そして、玖耀は誓ったのだ。彼女を永遠に幸せにすると――。


     両親が音楽関係者である詩音は、国内だといちいち親の話題に触れられるのが面倒で、雑誌の取材などは受けないようにしていた。けれど今回は特別だ。
     自身も研鑽を怠らぬその姿を声楽レッスンで見せたのち、数少ない生徒のうちの一人を指導しているところを見せる。
    「……以前は指導はしないつもりでしたが、まあ多少は見込みがあるようなので」
     ちらり、緊張した様子の生徒を、見たのち。
    「私の歌をただ正確なだけ、冷徹女と酷評する者も居るというのに、指導を願うなんて物好きな人間も居るものです……まあ、この取材も生徒にとって良い経験になるでしょう」
     ピアノの横に立ち、生徒を手招きする詩音は、ふと振り向いて。
    「無論、取材中とはいえ指導には手を抜きませんので」
     その言葉の通り、指導は厳しいものだった。けれど。
     生徒の出来に満足したのか、一瞬だけ見せた彼女の微笑みが、写真として切り取られていた。


     グルメランドは『世界中の美食を楽しみながら味わえる』がキャッチコピーの、総合美食大型アミューズメントパークである。
     だが、そのオーナーはマントを羽織ってフォークのような槍を持ったナノナノであり、総支配人兼マスコット兼ツイッターの中の人をも勤めているのだ。
    「僕は副オーナー兼パフォーマーだね。経営は主にグルメに丸投げしているので、身振り手振りでなんとなく打ち合わせしてほしい。僕は着替えて来るね」
    「え!」
     伸ばされた記者の手は虚しく空を切り、啓太郎が去ったあとに残されたのは、記者とカメラマンと、ナノナノのグルメ。
    「ナノ? ナーノナーノ」
     戸惑う記者の肩をぽん、と叩き、オーナーとしての貫禄を見せるグルメ氏。
    「インタビュー、いいですか……?」
    「ナノ!」
     まだ戸惑っている記者達に対し、グルメはまかせとけとばかりに自分の胸を叩いた。

     その後、施設内を周った記者達は、様々な場所で啓太郎の姿を目にすることになる。
     ある場所ではピエロの格好で玉乗りやジャグリングを披露し、パレードでは子どもたちへ風船を配りながら踊り、いつの間に着替えたのか、舞台に出ていたり、果ては包丁片手にマグロの解体ショーを行っては、お客さんをわかせているのだ。
     啓太郎とグルメを前にしたお客さんが見せるのは必ず笑顔だったから――それだけで彼らの目指しているものは十分伝わってきた。


     守は記者達を案内し、施設の区分や利用者の帯やらの説明、そして昼食の様子を見せた。
    「遣り甲斐?」
     お決まりの質問に少し思案したのち、守は口を開く。
    「俺は利用者さんの家族が来た時、一緒に笑ってるの見ると特に嬉しいな」
     まあ結構大変だからさ。
    「気持ちのゆとりの一部に俺ら一役買ってるよなって」
     と守が告げたその時、部屋の扉が開いた。
    (「取材いうの忘れてたー!」)
     引きつる守の表情。先生もどうぞ――入室してきた人物、シィは、他の職員に促されて近づいてくる。施設長とのミーティングを終えて施設内を見回っていた彼は、取材が入る事を知らない。
     守の表情と来客の様子で察したシィは、咳払いをひとつ。お待たせしました、とスマートに守のそばへ合流して。
    「私は当施設の経営者です。職員や利用者の方の直接の声を聞き、運営に役立てています」
     CEOの記載のある、鎮守・椎と書かれた名刺を差しだす。
    「他にも幾つか医療・福祉施設の経営を行なっています。中には元々殲術病院であった施設もありますよ」

     取材陣を見送ったのち。
    「連絡ヲ怠ッタ馬鹿ハコノ頭デスカ」
    「先生ごめんてツボじわじわきてる後で施設長に俺どやさ痛い」
     守のこめかみをぐりぐりと圧迫するシィ。
    「とそういや例のクッションちゃんと渡した? どうよ?」
    「……ソノヨウナ事ヲ聞イテモ職員ノ黄色イ声ガオ前ニ向クコトハ無イデスヨ」
    「知ってるわ!! いや普通に気になってたんだよ」
     緩んだこめかみぐりぐり。そのままはぐらかしたかったところだが、はぐらかしきれないと察したシィは。
    「エエ、マァ。部屋ニ放リ込ンデオキマシタ」
    「え? 根性なし?」
     その声にこめかみぐりぐりは再開されたのだった。


     セカイが連れてきた子どもたちは、自身の設立した武蔵坂学園『分校』の子どもたち。世界中で身寄りのない子どもを集めて設立されたそこでは、皆が共存できる偏見のない世界を目指している。
    「よろしくね」
     きちんと挨拶ができた子どもたちに、笑顔を向ける瀞真。
     香りについての様々な話を子どもたちにわかりやすく説明する彼。見学も、子どもが飽きないようにと特別なルートが設定されていて、彼の優しさにセカイは思わず笑みを浮かべる。

     子どもたちが学園で待つ子たちにお土産をと選んでいる間、セカイは瀞真と談笑していたのだが。
    「せんせー、これ、先生の部屋にあるやつとおなじ?」
     声を上げた彼の手には、確かにセカイが学園長室においているのと同じ製品が。
    「これも俺、見たことある!」
    「しっ。男子はデリカシーが無いんだから!」
     学園長室に瀞真の会社の製品が色々おかれているのは、公然の秘密なのだ。なのだが。
     本人を目の前にして言われると……セカイは顔を赤らめて俯いた。
    「いつもご愛用ありがとうございます。素敵な筆文字のお客様?」
     瀞真の声に反射的に顔を上げれば、いたずらっぽく笑う彼がいた。


    「右ががら空き! 狙って! 守って!」
     グラウンドで中学生くらいの子どもたちに混じって走っているのは、真琴。今回は地元サッカークラブのジュニアユースコーチとして取材を受けている。
     自身も声を枯らしながら走り、指導し手本を見せる、そんな姿が次々と写真におさめられていく。
     スポーツタオルを首からかけて汗を拭う彼女は、記者に願う。
    「アンブレイカブルも活動してるってことをアピールしてもらえますか?」
     種族差別を起こさぬよう努めるのも、スポーツの重大な役目だと真琴は考えている。
    「種族が何であろうが、チームプレーとその先の勝利を目指す姿勢と気持ちさえ在れば、私達のクラブは歓迎します!」


     結婚式場の式場付き写真係のアルバイトをしている佐祐理は、記者の質問に答える。
    「やっぱり人物撮りは緊張しますし、失敗はもっての外なので、なかなかに大変ですが、『個展』に出せる写真を撮る為の『修行』になりますね~」
     個展について問われ、佐祐理は意図を説明してゆく。
     人造灼滅者だけでなく、ESPの使用や残ったダークネスなど、異形の姿をとれる人が増えれば、当然偏見やヘイトが生じる。それらをなくしたいと強く思う彼女は、変身後の自身の姿を被写体とした個展を開く準備をしているのだ。
    「あっ、そろそろ」
     取材陣と別れて佐祐理が向かった先は、とあるビル。

    「どうでしょう……?」
     沈黙に耐えかねた佐祐理は口を開く。向かいの瀞真は彼女が撮影した彼の会社の商品とモデルの写真を見ていて。
    「うん、思ったとおり、佐祐理君の写真からは『香り』が伝わってくるね。……僕は好きだな」
    「じゃあ」
    「うちのカメラマンとして契約してほしい」
    「ありがとうございますっ」
     名刺を渡してはいたけれど、実際にチャンスが来るとは思っていなかった。
    「契約書だよ」
     彼が差し出した契約書を受け取り、目を通してゆく。
    「本当は、公私共にパートナーになってもらえると嬉しいんだけどね」
    「……は?」
     契約書に集中していた彼女には、彼のその言葉の意味がよくわからなかった。
    「ハロウィンの時に、言えればよかったんだけれど」
     顔を上げたまま固まっている佐祐理に瀞真は続ける。
    「あのあと君との会話を思い出して、気がついたんだ」
     ――あの時、君に手を伸ばしておかなかった事を、後悔している自分に。
    「ちょ、ちょっと待ってください神童さん」
    「あ、仕事の契約とは別の話だから、安心して。君には断る権利があるよ」
     優しい笑顔は、ずるい。


     都内のとある料理店。刑の経営するその店は、生活に苦しむダークネスの雇用を兼ねているため、20数名いる従業員の約半数はダークネスだ。
    「この仕事をやってて、一番楽しいのは……やっぱり料理を食べてくれたお客の笑顔を見る時かなぁ」
     厨房で調理中の姿を撮影されたのち、奥の席でインタビューを受けながら先程作った料理を勧める。
    「やだ、すごい美味しい!」
     その反応を見れば、やっぱりこの瞬間が楽しい、と思える。そんな平和な取材時間。
     が。
     ドーン!
    「はい、という訳で、今回は【夢幻回廊】メンバーで、俺のツッコミ仲間でもある狂舞先輩のお店に加持君、阿久沢先輩と共にお邪魔しております」
     勢いよく開いた店のドア、なぜかリボーター風の聞き覚えのある声に聞き覚えしかない名前。
     立ち上がった刑の視線の先には、アヅマと陽司と木菟が揃っていた。
    「取材が入るって聞いて」
     乗っかってみようと思って、と告げるのは記者として活躍中の陽司。
    「今日は狂舞殿の店に月村殿や加持殿が行くって聞いたので一緒に冷やかしに行くことにしたでござるわ。手土産は新鮮な都市伝説で」
     ボケなのか本気なのかわからぬ事を言うのは、木菟、海外のダークネス関連の史跡でトレジャーハンターのようなことをしながら本を書いている彼だが、最近は日本に帰ってきていた。
    「――とかまぁ、お遊びはこのくらいで。本音を言えば、お仕事云々関係なくもっと早くに、お邪魔したかったんですけどね」
     アヅマは、刑の胃への配慮を見せる。
     刑はポケットに胃薬が入っていることを確認してしまった。
    「そういえば、従業員の中にはダークネスもいるんでしたっけ」
     通された席で店員からメニューを受け取ってそちらへ視線を落とすアヅマ。彼としては、なんだかんだ上手い事回ってるな、というのを確認できれば満足なのだが。
    「……あれ、加持君と阿久沢先輩は?」
     二人の姿が、ない。

    「いや本当、こんな良い店があるなら週21で通うのに」
    「私ももっと早く知りたかったです~」
    「よし、SNSで拡散しておこうっと! 『イケメン男子のお手製料理が食べられるのはここだけ!』っと」
    「拡散は任せろでござるよ。昨今は電子戦にも強くなきゃトレジャーハント出来ないでござるからな」
     記者達の元へ戻った刑が見たのは、いつの間にか記者達に同席してる陽司と木菟。
    「……何やってんのアンタ等」
    「うわあバレた! 今せっかく隠れて木菟さんとSNSでこのお店お勧め!って拡散してたのに!」
     その騒々しさはまるでかつての日々に戻ったようだ――だがそれは、胃が酷使されると同義。ただでさえ今でも胃薬が手放せないというのに!
     仕舞いには騒ぎを聞きつけたアヅマもやってきて、空いている椅子に腰を掛ける。
    「楽しいお友達ですね」
     記者のそれはお世辞か本心か、返答に困る刑。ツッコミ、放棄してもいいだろうか……。


     冬舞が瀞真の会社を訪れたのは年末。
     白衣を着た瀞真が香料の入った入れ物や道具を扱い、香りを作り上げていく姿。その姿は、文系の学部に進んだ瀞真を知る冬舞にとっては、意外なものだった。

     冬舞が持参したお酒を注ぎ、ふたりで乾杯。
    「真剣に香りを創る姿を見れてよかった。一度、ちゃんと見てみたかったんだ」
    「喜んでもらえて何より」
     微笑った冬舞に、瀞真も微笑って返して。
    「それ」
    「あぁ、うん」
     彼の視線が自分の左手の薬指にあるのに気づき、冬舞は口を開く。
    「この間のクリスマスに、プロポーズをしたんだ」
     彼女とおそろいの指輪。
    「随分と待たせてしまったけれど」
     そう告げて指輪を見る冬舞の瞳は、今まで見たこと無いくらい優しい。
    「瀞真に伝えたのが、一番最初だな」
    「光栄だよ。これはお土産」
     そう告げて瀞真がテーブルに置いたのは、濃紺のすりガラスの小瓶。
    「手にとって見ても?」
     許可を得て、冬舞はその小瓶を間近で見る。それは香水瓶。よく見ると濃紺の肌に金色で描かれた犬が、散りばめられた銀色の音符を見上げている。
    「話を聞いた時から、いつか渡すことができればと思っていたんだ」
     その言葉にそっと蓋を開ければ、甘すぎず、どこか落ち着くユニセックスな香り。
    「ふたりに祝福を――」


     取材などなくとも、もちろん灼滅者は働いている。
    「霧江、輸液剤を持ってきて!」
     看護婦姿のビハインドに指示を出す桐人は、世界的権威を持つ臨床獣医師として働いている。
     ビハインドの霧江は簡単なことしかできないが、それでもとても助かっているのが現状。
     犬や猫を始めとして、ハムスターに蛇、カメレオン……多種多様なペットの診察や検査に大忙しだ。
    「今度の休日は、久々にゆっくりできそうかな」
     午前の診察を終えて、椅子に体重を預けて息をつく。
    「ナポリタンでも作ろうかな。霧江の分も作るよ」
     告げれば、彼女がはしゃいでいるのがわかる。
     だがその時。鳴り響いたのは緊急のコール。
    「犬が交通事故? すぐ行きます!」
     契約の指輪を手に駆け出す桐人のあとを、霧江が追う。
     到着した現場で白衣が汚れるのも構わず血溜まりに膝をついた桐人は、闇の契約を発動させる。すると。
    「わぉんっ!」
     犬がぴょこっと立ち上がり、元気よく鳴いた。そしてちぎれんばかりにしっぽを振って、飼い主に飛びつく。
    「間に合って、良かった」
     溢れたのは心からの言葉だ。


     新進気鋭の法学者としてESP法の整備に携わっている紗里亜は、国内外を飛び回り、メディアへの露出も増えてきていた。
     今日はESP法のテレビ討論会。
     現状に関するコメントや問題点の指摘など、灼滅者としての経験も踏まえて的確な意見を述べていく紗里亜。討論は活発に進行している。けれども。過激な反対意見を繰り返す輩もいるのが現状。
     収録はなんとか終了し、紗里亜は記者達とも別れて帰途へとつく。その途中――。
    「何者ですか!」
     彼女は囲まれてしまった。

     幼少期から灼滅者であり学園に所属してきた明は、新時代に対応するために実家の極道を継いでいた。
     新たな時代を世界から守るために作られた法を、秩序を、表に見えない場所から守るのを今の仕事としている。
     2B桃連合でずっと共に戦ってきた紗里亜とは、大きな戦いが終焉した後も、同志の縁で度々会ってきたし、彼女が法学者となった後は、仕事の舞台にて協力しあう事もあった。
     紗里亜の家族が妙な連中に付けられている――その噂を聞いて真偽を確かめに出向いてみれば、明らかに怪しい者達が。捕らえて口を割らせると、吐き出されたのは看過し難い計画。
     明は急いで――。

     男たちの言葉に紗里亜は唇を噛む。腕は鈍っていないが、家族をネタに脅されては、さすがに抵抗はできない。
     今自分にできるのは、男たちの要求に従うだけ――紗里亜は目を閉じる。だが。
     ギャッ!
     聞こえてきたのは、男たちのうめき声。そして。
    「椎那、無事か!」
     聞き間違えるはずなんて無い。それは誰よりも信頼の置ける、彼の声。
     その場に立っているのが彼と紗里亜だけになるのに、そう時間はかからなかった。

     この事件がふたりの関係を大きく変えていくきっかけとなることに、ふたりはまだ、気がついていない――。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月27日
    難度:簡単
    参加:33人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 5
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