伝説の樹は今年も輝く

    作者:佐和

     武蔵坂学園には伝説の樹と呼ばれる常緑樹がある。
     1年に1度、クリスマスの日に、有志の生徒により電飾などを飾り付けられて、パーティーのシンボルとして輝く樹。
     そんな大木を、八鳩・秋羽(中学生エクスブレイン・dn0089)はじっと見上げた。
     陽が沈み、辺りが暗くなっていく中で、装飾品が煌びやかに瞬いて。
     今年も楽しいパーティーが始まるのだと無言のままに告げている。
     世界が大きく変わった1年。
     でもその最後に燈るのは、今までと同じ、変わらぬ輝き。
     周囲の楽し気な喧騒も、毎年繰り返される、いつもの一時。
     秋羽は眩しそうに目を細めて。
    「八鳩さん、八鳩さん」
     不意に聞こえた元気な呼び声に振り返れば、七重・未春(小学生七不思議使い・dn0234)が、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
    「メリークリスマスです!」
     にこにこ笑顔で差し出されたのは、クッキーの入った小さな袋。
     ちょっと不格好な星型は、手作りだからだろうか。
    「パーティーが始まりますですよ。楽しみましょうです」
     そして、同じクッキー袋がまだ幾つも入っているらしい手提げの紙袋を掲げて見せると、未春はまたぱたぱたと走り去っていく。
     その背中を見送ってから。
     再び秋羽は、伝説の樹を、大きなクリスマスツリーを見上げた。


    ■リプレイ

    ●Ornament
    「伝説の樹か……」
     その樹を見上げて、木元・明莉(d14267)はぽつりと呟いた。
     一番上にベツレヘムの星を飾った樹はクリスマスツリーへと装いを変えている途中。
     楽し気な【糸括】の仲間達の声をどこか遠くに聞きながら、明莉は、去年も飾った金の林檎を1つ、そっと掲げる。
     あの時は、ごめん、と願いを込めた。
     でも今年は。
    「ツリーの飾り付けをするんですの?」
     ひょこっと顔を出した小向・残暑(d36555)が、雪を模した綿を手に首を傾げ。
    「お任せくださいませ。わたくしお嬢様ですから飾りつけとっても得意ですわ!」
     胸を張ってから、もこもこつけつつ走り行く。
    「あかりん部長、これも飾ってね」
     そこに、久成・杏子(d17363)がどっさりと押し付けるオーナメントの山。
     苦笑しつつ受け取った中から、小さな天使の人形を摘まみ上げて。
     今年は皆とのために。
     ツリーを鮮やかに仕上げるべく、明莉は動き出した。
     それを見届けてから、杏子はウィングキャットのねこさんにリボン飾りを手渡して。
    「ねこさんもお願いなの」
    「カルラ、お願い」
     隣で電飾を抱えた三蔵・渚緒(d17115)と、頼む声が重なった。
     長く連なる電飾の端を持つのは、ビハインドのカルラ。
     ふよふよ浮かぶ1匹と1人はそれぞれの主に頷くと、高所へと手を伸ばす。
    「高い所は僕にも任せて」
     身軽な師走崎・徒(d25006)は脚立を使い、上から皆へ声をかけた。
    「あれ、徒くん? 星空芸能館の皆は?」
    「女子は料理の準備。で、僕はこっち担当」
     首を傾げる咬山・千尋(d07814)から、徒はキャンディーケーンを受け取って。
    「これもお願いしていいかしら?」
     雪の結晶を掲げたアリス・バークリー(d00814)にも、もちろん、と手を伸ばす。
    「どんどん任せてよぉおっと!」
     バランスを崩しかけて、ちょっとヒヤリとするのはお約束。
    「糸括といえばウサミミ!」
     ぴょこんと、それこそウサギのように跳ねる萩沢・和奏(d03706)だけれども。
     どーんとウサミミだけ、とはいかないかと、用意したのはウサ尻尾の様な丸いポンポン。
     ふわふわ飾ったその横に、ひょいと後ろから手が伸びて。
    「そうそう。糸括的にはこれも忘れちゃいけないよな!」
     榎・未知(d37844)がつけた、白いウサギのオーナメントが並んで揺れる。
     顔を輝かせる和奏に色違いを1匹差し出せば、ぴょんぴょんっと飾られていった。
     そして、渚緒とカルラが電飾を飾り終え。
     アリスがクリスタルベルを掲げ眺める前で、煌びやかな明かりが灯った。
    「色々あったけど、こうして今年もまた、伝説の樹が輝くところを見られて幸いだわ」
    「今年も無事にクリスマスを迎えられたね」
     その向こうで、小さい靴下を飾る千尋もにっと笑う。
     ああ、本当に。今年はいろんなことがあった。
     民間活動で灼滅者を認めてもらえて。
     なくなったソウルボードに、連続の大戦争。
     たくさんの出来事を皆で乗り越えてきた。
    「こんな風なクリスマス、夢みたい」
     杏子の声に微笑む琶咲・輝乃(d24803)も、こっそりとナノナノ様のオーナメントをつける。
     気付いた鈍・脇差(d17382)は手を伸ばし、キャンディーケーンを抱えさせた。
     去年と同じ組み合わせ。
     でも、もう想いは伝えられたから。
     込める願いは、共に歩んで行けるように。
     そして。
    (「ありがとう」)
     聞こえるはずもないお礼に、輝乃がふわりと笑いかけた。
    「雪はもう少しうっすらな方が綺麗だと思うよ」
     千尋の指摘に、やたらめったら綿をつけていた残暑は手を止め。
    「そうですわね。それでは、高い所へ……あっ、届きませんわー!? どなたかー!」
    「はいはい。お嬢」
     要請に明莉が高所作業を請け負う。
    「おー。いいねー。あともうちょっと上にも欲しいかな?」
     そこに聞こえた声に振り向くと。
     キッド革のロングブーツを鳴らして、ミカエラ・アプリコット(d03125)が笑っていた。
     ポニーテールを飾る緑と赤のタータンチェック柄リボンが、白セーターに良く映える。
     でも明莉が驚いたのは同柄の、ミカエラには珍しいスカート。
     膝上10cmの短さに、さらに大胆スリットも入っていて。
    「ちょっとおめかし~。って、あかりん大丈夫ー?」
    「あ、いや、似合……」
     思わず落っこちそうになった明莉の顔は真っ赤だった。
    「今年もツリー、賑やかになったね」
     続いて現れた神鳳・勇弥(d02311)は、樹を見上げて穏やかに笑い。
     揺れるウサギを見つけて笑みを深める。
    「いっしょに色んな願いが叶いそうだ」
     そして、お疲れ様と皆を労いながらも示すのは、料理が揃ったパーティー会場。
     作業を終えた者から順に移動を始める、その流れの向こうで。
    「考えても見れば、伝説の樹の所に来るのって何気に初めてなんですよねぇ……」
     紅羽・流希(d10975)は足を止め、まじまじとツリーを見やる。
    「長い間、この学園に来ていても、知らないことって、まだまだ、あるんですねぇ……」
     いやはや、と感慨深く呟いたそこに、名を呼ぶ声が響いて。
     小さく苦笑した流希も、一旦ツリーに背を向けた。

    ●Christmas cheer
    「八鳩さん、メリークリスマスです!」
     伝説の樹を見上げていた八鳩・秋羽(dn0089)が声に振り向くと、駆け寄ってきた七重・未春(dn0234)が小さな袋を差し出していた。
     受け取る秋羽に、満足そうに未春は微笑んで。
    「あっ、有馬さん。有馬さんも、メリークリスマスです」
     すぐにクラスメイトの有馬・南桜(d35680)を見つけ、そちらへ向かっていく。
    「ありがとう未春ちゃん。これ、クッキー?」
    「手作りみたいだな。オレも貰える?」
    「もちろんです」
     横からひょこっと覗き込むイヴ・ハウディーン(d30488)の問いに頷き、手提げの紙袋から、南桜に渡したものと同じ袋を2つ取り出して。
    「翠川さんもどうぞです」
    「ボクも?」
     驚きながらも受け取った翠川・パルディナ(d37009)は、早速袋を開けてぱくり。
    「ん、美味しい。ありがとう」
    「よかったです」
     ほっとしたように未春は笑みを零した。
    「わたしも食べていいかな?」
    「星型がちょっと不格好だけど、それが可愛いんだな」
    「次はスイカ型で作ってよ」
     わいわいと楽しそうな様子を、秋羽はじっと眺めて。
    「秋羽さん、何か一緒に食べに行きましょう」
     そこに北南・朋恵(d19917)からの誘いの声がかかる。
     頷く秋羽に、楽しそうに朋恵は笑い。
    「ケーキとかごちそうも楽しみですよね、です」
    「いっぱい食べる。……一緒に」
     広場に準備されたパーティー会場へと並んで歩き出した。
    「改めて見上げると、大きなツリーですね」
     そのパーティー会場では、椎那・紗里亜(d02051)がふと樹を見上げ。
     止まっていた手に気付くと、いけないいけない、と配膳を再開。
    「サンタさんをのせて……うん、いい感じ♪」
     手作りケーキの仕上げをする榊・くるみ(d02009)は、完成にふふっと笑い。
     夢前・柚澄(d06835)は、ジャムやコンポートをパイ生地やタルト生地に乗せて、見た目も華やかにテーブルを彩っていく。
    「今年も椎那総菜店クリスマス名物、本格ローストチキンを焼いてきました」
     そして紗里亜が実家からの主役を登場させた。
    「……お惣菜屋さんってすごいんですね!」
     驚く柚澄の横で、くるみがぱちぱちと拍手を送り。
    「紗里亜め、あのチキンは本気だな?」
    「いやはや、すごいですねぇ」
     徒と流希も合流すると、ずらりと並ぶ色とりどりの料理を眺める。
    「早く食べようぜ」
     こちらも目を輝かせたファルケ・リフライヤ(d03954)の言葉は、皆の意見を代表したものだったから。
    「メリークリスマス!」
     グラスを掲げた徒の声で、パーティーは始まった。
    「Hyvaa joulua!!
     ……うん、やっぱりクリスマスはこれから始めないと」
     微笑んだ柚澄は、ファルケのグラスと乾杯しつつ。
    「改めて、メリークリスマス♪ 無事に迎えられてよかったです」
     はにかみながら、まずは飲み物をそっと1口。
    「お菓子作りはちょっと自信ありなんです。めしあがれですよ~♪」
    「それじゃあ、早速」
     くるみの勧めに、紗里亜はサンタの乗ったケーキに手を伸ばし。
    「これ、美味し……! 皆も食べてください」
    「では頂きましょうか」
     さらなる勧めに流希も皿を受け取ると、じっくり味わい舌鼓。
    「親父さんのチキンも絶品だったけど、これも負けず劣らず……んまっ!」
    「このパイも甘くて美味いぜ」
     徒がファルケが続いて、美味しさの輪は広がっていった。
    「希沙さんご覧なさい。家で焼くの面倒だからしない代表ターキーですよ!」
    「これがクリスマスの王ですね!」
     七面鳥を前に佇む森田・供助(d03292)と篠村・希沙(d03465)。
     羽守・藤乃(d03430)はそんな2人の様子にふわりと微笑み。
     ふと、楽しさの中に一抹の淋しさを覚える。
     先輩である供助が一足先に卒業すれば、今回のように気軽に集まれなくなる。
     当たり前だったことが、いかに恵まれていたのかを感じ。
     なら尚更、今に感謝をと、藤乃は笑顔を浮かべていた。
     そこに、供助がひょいと手を伸ばし。
    「藤乃も、お前はもうちょい食え」
     空いていた取り皿があっという間に満員御礼。
    「供助さんのオススメならば間違いはなさそうです」
     嬉しそうに礼を言う藤乃を眺め、希沙は頬を緩ませた。
    「供さんはやっぱり兄貴属性やなぁ」
     沁みるのは美味しさと、何よりいつも通りの楽しさ。
    「希沙ちゃん。ケーキは最後に一緒に選びましょう?」
    「うん! ふじ、3つくらい選んじゃお」
     会話を弾ませつつも、料理へと伸びる手の動きも止まらない。
     空いたと思えばすぐ埋まる取り皿を眺めて、供助は苦笑した。
    「集まってパーティーってなると、食い気みたいなのになっちまうのはなんだろな」
     頭を過ぎるのは、皆でおにぎりを握ってたあの頃。
     変わらないなと顔を上げると、藤乃が真顔で、希沙が胸を張って。
    「食べ物が美味しいからです。仕方ありません」
    「だってわたし達ですし!」
     それぞれに言い切る2人を並び見て、供助は思わず吹き出した。
     藤乃と希沙は顔を見合わせ、こちらもつられるように笑い出す。
    (「これで終わりな訳やない」)
     例え道が分かれても、会おうと思えばいつだって会える。
     縁は、絆は、そういうものだと思うから。
    (「ふじに供さんが居てくれて良かった」)
     心からそう思って、希沙は常磐木の友と笑い合った。
     ミンスパイを見つけた朋恵は、そこにアーモンドクリームのパイを重ね見る。
     それは公現祭のガレット・デ・ロワ。
     最初に秋羽に会った時に一緒に食べた、思い出のパイ。
     切り分けられた中にフェーブが入っていたら、好きな人を相手にキスをする、なんてゲームの様な楽しみ方もあるパイで。
    (「キスはまだきっと、できる勇気はないですけど」)
     あの時の、王子様のフェーブも思い出して、朋恵はちらりと秋羽を見た。
     気付いた秋羽が、不思議そうに首を傾げ。
    「あーん?」
     取り皿にとっていたミンスパイを1口、朋恵に差し出す。
     頬を染めながらも笑顔でそっと口を開け、共有する美味しい時間。
     ご馳走に囲まれるのは楽しくて。
     一緒に分け合えるのが嬉しくて。
     それに、食べ続ける秋羽の隣は、落ち着ける居場所になったから。
    「ずっといつも通りにこういうこと、できたらいいなって思いますです」
     微笑む朋恵を秋羽はじっと見つめると、もぐもぐしたまま頷いた。
     綿をお皿に持ち替えて、残暑もパーティーへ突撃。
    「いっぱいお料理がありますわ!」
    「どれもおいしそうっ」
    「さて、何から食べよう~♪」
     ご飯は美味しく食べる担当! と和奏が続けば、にこにことミカエラの手も伸びる。
     オードブルにスープ、お肉にお魚にと、並ぶ様々なご馳走。
    「何この料理? 榎、食ってみ?」
    「なにそれ食べるー!」
     料理名は分からなくても、美味しいものは美味しいと。
     明莉と未知もウマウマと楽しんでいった。
    「そんなに食べられませんので色々なモノをちょっとずついただいていきますわ!」
    「ん~、幸せっ」
     残暑や和奏は全種類食べる勢いで、大皿を少しずつ渡り歩き。
    「ビュッフェ形式なのは気楽でいいわね」
     賑やかさに混じりながらも楚々とした手つきでアリスも料理を取る。
    「飲み物、何がいいですか?」
     そこに杏子がトレイを持って声をかけた。
     ピンクのムーンコートに黒のミニスカートと主と衣装も揃えたねこさんも、傍らで注文を待つように首を傾げている。
    「あ、こっちにコーヒー。
     つか、俺も手伝おうか?」
     明莉はむしろと立ち上がり、今日はメイドじゃなくてウェイターで、と笑った。
     ウサミミがついたかどうかは言うまでもなく。
    「頑張ってるウェイトレスさんに、プレゼントだよ」
     渚緒がオーダーと共に手渡したのは、小さなサンタのチョコ。
    「えへへ、なぎお先輩ありがとうっ。大事にするねっ」
     食べるのもったいないなあ、と杏子は抱きしめるように受け取った。
     そこに勇弥から声がかかり、手伝う杏子と入れ替わるようにして。
    「はい、どーぞ! 千尋さん特製のパイだよ」
     家庭科室で作ってきたというチェリーパイを手に千尋が現れる。
    「咬山が物理じゃない女子力上げてくるとは、こりゃ雪かな?」
     冗談めかして言う脇差に、千尋も怒ったフリで笑い合うと。
    「わ、美味い」
     1口もらった勇弥が素直な感想を零した。
     その手のトレイに並ぶのはティーカップ。
    「今夜は珈琲だけじゃなくって、クリスマスティも用意してるよ。
     果実とスパイスで香り付けした、この日の為の紅茶なんだ」
     紹介する間に、杏子とねこさんが同じカップを配っていく。
     ありがとうと受け取った渚緒の顔が、香りだけでも華やいだ。
    「うわー、ホンキ出してる~!」
     ミカエラはその後ろに続いて、ちらりと向こうのローストチキンも眺めて。
    「ハイ、スパイスの利いたジンジャークッキー。
     甘くないから、食べてみて~」
     明莉を見ぬままそう付け加えて配り歩く。
    「人参は入ってないよ~?」
     珍しい言葉に警戒しつつも齧った脇差が、ほっと息をついた。
     次いで現れたのは、チーズにこんがり焼き色がついたグラタン。
    「猫舌の人は気を付けて。
     パンに乗せて食べるのも美味しいよ」
     取り分ける輝乃から早速受け取った脇差は、美味しさに食べ進めるけれども。
     途中でびくっとその動きが止まる。
     不思議そうに見ながら、未知もグラタンを食べ。
     パスタ多めの中に、鶏肉とブロッコリー、そして人参地雷を発見。
     どうするのか見ていると、脇差は意地で食べきってみせた。
    (「人参嫌い、直せるかも?」)
     輝乃が抱いた希望に気付くことなく。
     頑張ったなー、と脇差には未知のフライドチキンが分け与えられた。
    「さて、ケーキの全種類制覇を目指してみますか」
     一旦紅茶を置いて、アリスがデザートへと目を向ければ。
    「いちごが乗ってるやつがいいです!」
     和奏も、はいはいっと続いて目移り。
     小さなケーキが次々とお皿に移っていく中で。
    「今後は戦いがないことを考えると、食べ過ぎて太っちゃいそうだけど」
     ちょっと浮かんだ心配は、年に1度のクリスマスだからと、頭の隅に追いやっておく。
    「七重さんも良かったら、一杯どう?」
     通りがかりに勇弥がかけた声で、皆の目も周囲のテーブルに向いて。
    「秋羽は、ほんっといつ見ても美味しそに食べるなぁ」
    「徒くんもチェリーパイ、食べる?」
    「ローストチキン、ちょうだい~♪」
    「未春様のクッキーも美味しいですわ!」
     交流と共に様々な料理が行き交っていった。
     そんな喧噪を校舎の屋上から眺め、栗花落・澪(d37882)は白い息を吐く。
    「混ざらなくていいのか?」
     紫崎・宗田(d38589)が声と共に差し出したのは温かいお茶。
     受け取りはするけれど、澪の視線は地上に向いたままで。
    「ここからの方が、皆の姿がよく見えるでしょ?」
    「飯もまだだろ」
    「なんかお腹空いてなくてさ」
     寂しげなその声に、風邪ひいてねぇだろうな、と宗田はホットコーヒーを1口啜る。
    「紫崎君こそいいの? 美味しそうな物色々あるよ」
    「俺はもうつまんで来た」
    「ちゃっかりしてるー。だから口にソース付いてるんだ」
     やっと振り向いてそう言うと、宗田がとっさに口を指で拭うのが見えて。
    「あはは、嘘でーす」
    「なっ、てめ……!」
     乾いた声で笑い、澪はまた仲間達を見下ろす。
     仕事が忙しくなれば、今までのようには居られないから。
     恥じるように視線を反らしていた宗田も、寂しげなその動きを追って。
     ふと、気付く。
    「おいチビ。手袋どうしたんだよ」
    「あぁ……野良猫と遊んでたらほつれちゃってさ」
     弱い苦笑いで、自分への無頓着さを見せる澪。
     宗田は大きくため息をつき、お茶を持っていない手に、自身のそれを絡めた。
     そのまま引き寄せ、コートのポケットに突っ込む。
    「体温は高い方だからな。少しはマシだろ」
    (「人の気も知らねぇでへらへら誤魔化しやがって」)
     武骨な手で強く握れば壊れそうなほど繊細な手は、一瞬強張ったけれども、すぐに委ねるよう優しく握り返してきて。
    「……うん……そうだね」
     あったかい、と呟いたのは、手の温もりに対してだけではなく。
    (「バカなままでもいいかな」)
     ぶっきらぼうな優しさに包まれて、澪は伝説の樹を眺めた。
     もう少しだけ、このままで。

    ●Carol
    「さて、それじゃあ。お腹も膨れたし」
     空になった取り皿を置いて、代わりに千尋が掲げて見せたのはギター。
     軽く弦を弾いてから、奏でるのはクリスマスソング。
     1人での弾き語りだったが、すぐに杏子が声を重ねた。
    「キョンは高音が得意?」
    「うん、あたしはソプラノっ!」
    「じゃああたしは低音ね」
     軽いやり取りの後は、見事に重なり合う2つの歌声。
    「ミカエラ先輩も、一緒に歌おう?」
     嬉しそうに誘う杏子に、ミカエラも上機嫌で対旋律をハミングする。
    「お歌ですわね! わたくしも歌うのは大好きですので歌いますわ!」
    「あたしも一緒に歌いますネ」
     さらに残暑がるんるんらーん♪と、和奏も元気な声を弾ませて。
    「俺も俺も。サンソルとしての歌声をがっつり披露してやるぜ」
     未知は自慢の幅広い音域を駆使し、男女双方のパートを歌い分けて魅せる。
     1つの曲が終わり、次へとまた千尋のギターが歌い出すと。
     今度は輝乃の大正琴の音色が重なる。
    「踊りも加えますわ」
     さらに残暑が不可思議に動き出し、ミカエラも思わず向日葵ダンス。
     明莉も、皆につられるように口ずさむけれども。
    「あかりん部長は盛り上げ役」
     その歌声を聞いた千尋から飛んだのは手拍子指示。
     明莉はちょっとしゅんとしつつ、はい、と大人しく従った。
     仲間の演奏にゆっくり耳を傾けていた脇差は。
    「最後は皆で歌おう」
     そんな千尋の誘いに驚き汗かき。
    「仕方ないな、下手でも笑うなよ?」
     輝乃の期待の眼差しに負た脇差に続いて、渚緒も紅茶を置いて立ち上がる。
    「それじゃ俺も。趣味で時々触ってるから、任せて」
     伴奏には勇弥のギターも加わり。
     小さく小さくアリスの歌も零れて。
     【糸括】の合唱がパーティー会場に響いていく。
    「いいですね、クリスマスソング……♪」
     くるみはその響きに聴き入り、徒も飲み物片手に聞き惚れて。
     最後の音が拍手に入れ替わる中で。
     立ち上がったのは紗里亜。
     音合わせのハミングから、今度は【星空芸能館】が動き出す。
     くるみが徒が流希が、次々と立ち上がり。
    「久々に史上最強のシンガーとしての腕前を披露しても悪くはないかな」
     ファルケの紡いだ音に、木々がぞわぞわと騒めいた。
     相変わらず死ぬほどの音痴だが、やはりファルケは気付いておらず。
     にっこりと笑みを張り付けた柚澄が、主旋律からコーラスへと誘導する。
    「んじゃ、みんなに合わせていくぜ」
     参加できるだけで楽しいからと、ファルケはあっさり了承。
     気付いた和奏が皆に声をかけ注目が集まってきたところで。
     パーティー会場に今度はゴスペルソングが響き渡った。
     陽気な曲を、そして静かな曲を。
     大変だったこの1年を振り返るように紗里亜は歌い上げ。
    (「ここまで色々あったけど、これからも色々あるんだろうなあ」)
     思い返される数々の出来事に。その結果訪れた数々の変化に。
     徒の顔に苦笑が混じる。
    (「ニューヨークで聴いたゴスペルを思い出しますねぇ……」)
     それは、世界が変わったからこそ、流希が皆と視察に行けた場所。
     戦いが終わり、平和となった象徴の出来事であり。
     多くの命が散っていった結果でもある。
    (「私達は、その命の分まで背負い、次につなげる責任が、ありますからねぇ……」)
     忘れないでいたいと、流希は心に刻み。
    (「でも、きっと、未来は開けてる」)
     徒は希望を歌に乗せていく。
    (「ボク達なら大丈夫……今までも、これからも」)
     真っ直ぐ前を見たくるみも、笑顔で歌に心を込めた。
     ファルケと柚澄は、互いに赤と緑の瞳を向けあい。
    (「皆の未来に祝福あれ……」)
     煌めく伝説の樹に紗里亜の祈りが届けられて。
     最後は、皆の想いのハーモニーが、聖なる夜に響いていく。
     その余韻が消えるや否や、大きな拍手が巻き起こった。
    「Merry Christmasですよ~♪」
     お礼代わりに定型句を送るくるみの前を。
    「クリスマスはやっぱり楽しいですわね!」
     ローストチキンを両手に掲げて残暑がくるくると通り行き。
     徒と千尋は互いを褒めるかのように軽く手と手を合わせる。
     綺麗に一礼してから片目を瞑って見せる紗里亜に、和奏はまた拍手を送り。
    「来年もこうやって皆で楽しく過ごせるといいな」
    「またここで会えるといいね~!」
     呟きに、ミカエラの元気な願いが重なっていった。
     くすりと微笑んだ渚緒は、光輝くツリーを見上げ。
    (「世界中、幸福が続いていきますように」)
     飾ったオーナメントに改めて願いをかける。
     成人してしまったから、もう良い子ではないとしても。
     このプレゼントなら、サンタさんは届けてくれないだろうか?
     そんなことを考えている自身にまた笑っていると。
    「それにしても、昔の詩人は、良いことを言ったものです……」
     同じように樹を見上げていた流希が呟く。
    「『全ては、歌で終わる』と……正に、その通りですねぇ……」
     歌が紡いだ楽しい時間。
     歌が届ける聖なる願い。
     そんな歌の力を感じつつ、流希は今夜だけ輝く樹を見つめ。
     サンタはどこから来るのかな、とファルケも夜空を見上げていた。

    ●Legendary Tree
     パーティーをご馳走を心ゆくまで楽しんだ天宮・黒斗(d10986)は、吉沢・昴(d09361)と2人並んでゆっくりと歩いていた。
     本格的なダークネスとの戦いが終わって。
     いつも通りに迎えられた今年のクリスマス。
     そんな日常が、こうして2人で過ごせることが、何より嬉しいから。
     互いに言葉のないまま、でも穏やかに、喧騒から離れるように歩き行く。
     辿り着いたのは無人の教室。
     窓越しに伝説の樹が見える場所。
     ここからも綺麗だな、と樹を眺めていると、昴が静かに名を呼んだ。
    「黒斗。改めてになるけど、俺と結婚してくれないか」
     差し出されたのは銀の指輪。
     黒斗の嗜好に合わせたのだろう、裏地にだけ細工が施されたシンプルなそれは、問いかけと合わせれば婚約指輪になる、のだろうか。
     黒斗は驚いて。
     指輪を見つめて。
     昴を見て。
    「……少し前からずっと、全部終わったら渡そうと思ってたんだ」
     答える前に、今度は黒斗から、意匠を揃えたかのような銀の指輪を差し出した。
    「メリークリスマス。そして誕生日おめでとう、昴」
    「メリークリスマス。ありがとう、黒斗」
     お返しのように驚かされた昴だが、でもしっかりと受け取り。
     プレゼント交換をするような形で銀の指輪は入れ替わる。
    「これからも、よろしく」
     2人で歩んでいきたいと、昴が指輪に込めた思いを端的に告げれば。
     前にも言ったけど、と前置いて、黒斗も告げる。
    「私は、これからも昴と一緒に居たい。その想いは変わってないから」
     これまでずっと傍にいれて。
     これからもずっと傍にいて。
     心を交わし続けられるようにと。
     贈られた指輪と改めて伝えられた想いに、黒斗は承諾の意で頷いた。
    「この樹も懐かしいもんだ」
     九凰院・紅(d02718)は志賀野・友衛(d03990)と連れ立ち、今年も輝く伝説の樹を見上げて感慨深く呟く。
     思い出すのは2年前のクリスマス。クラブの皆でご馳走を持ち寄った時のこと。
    『あーん……なんてな、冗談』
    『冗談!?』
     そんなやり取りを交わしたなと笑みを零す。
    「あの頃は友衛の気を引きたくて、からかう様な事ばかりやってたよな」
    「本当にドキドキさせられてばかりで大変だった」
    「思い返せばやってる事が小学生レベルだ」
    「ふふっ、今となっては良い思い出だけれど」
     笑いながら昔の話ができる。
     それはかつての紅には考えられなかったことで。
     友衛に出会って、告白して。受け入れてくれて、寄り添ってくれたから。
     強いけれど弱くもある、1人の女性として惹かれたから。
     今も繋いだ手の温もりが、心も温めてくれているから。
     だからこそ、できるようになったこと。
     不意に友衛の腕を引き、ぐっと胸に抱き寄せて。
    「友衛、大好きだ」
     幸せな気持ちが少しでも伝えられるようにと囁いた。
     急なことに驚いた友衛だけれども。
     すぐに強張りを緩め、温かな腕に身を委ねる。
     今まで、色々な事があって。
     楽しい時にも、辛い時にも。いつも傍に居てくれて。
     気付けば恋をしていた私の想いを受け入れてくれた時は、本当に嬉しかった。
     その大切な人の想いと笑顔に、応えたいと思う、その心のままに。
    「……うん。私も、大好きだ」
     胸の中で頷いてから、友衛はそっと顔を上げる。
     赤茶の髪も、緑色の瞳も、愛おしい紅のものだから。
     絡み合う視線の中で、友衛が静かに青瞳を閉じると。
     祝福するように輝く樹の下で、唇が優しく重ねられた。
    「もう卒業だな」
     ノエル・エトワブラン(d11228)とマリー・オリオール(d24705)は、伝説の樹の下で立ち止まる。
     これが最後の、武蔵坂学園でのクリスマス。
    「実は、フランスに戻ろうと思っているんだ」
     樹を見上げたままノエルは、向こうの大学で学びたいことがある、と決意を告げる。
     驚いたマリーがノエルを見やる、その視線を感じて。
     振り返り、向き直ったノエルは、真っ直ぐにマリーを見つめた。
    「それで、できればマリーに一緒に来てほしい」
     唐突な誘い。
     でもノエルには、マリーに拒否されるイメージはなかった。
     危惧したのは、自分がマリーの抱く夢の妨げになってしまわないか、その1点のみ。
     そのイメージを肯定するかのように。
    「……あら、私が拒否するとでも思ったのかしら」
     目を細めて笑うマリーは、ノエルが思った以上の強さを見せる。
    「私は言われなくてもノエルの傍にいるわよ?
     だからね、私の側でずっと笑っていて。幸せにするから」
     もうマリーは、ノエルとずっと『生きる』と決めていたから。
     心を込めて、ノエルの頬へと柔らかな贈り物を届ける。
    「この素晴らしい日に誓うなら、これくらいの方が良いでしょう?」
     そう微笑む姿は、眩しい程に艶やかで。
     まったく、敵わない。
    「ああ。ずっと隣で、君のその笑顔も愛も、受け取らせてほしい。
     オレも、君を幸せにしてみせるから」
     マリーが隣で微笑んでくれるなら、ノエルは幸せだから。
     今度はマリーの頬へとノエルの口づけが降った。
     交わされる誓いは互いの頬と心の中に刻まれて。
    「卒業したら結婚しないか」
    「私、誓いたい教会があるの」
     寄り添う2人の言葉は、小さくだが確かに未来へと紡がれていった。
     食い気が一段落した供助と藤乃と希沙も、改めて伝説の樹を見上げる。
     離れる道を選んだ3人。
     そばに居ぬ身で、不甲斐なくも藤乃が願うのは、2人の幸せと笑顔。
     心から。いつも、いつでも。
     願ってる。
     どうかどうか、幸せであるようにと。
     希沙も、貰った優しさを返せない分せめて、と祈る。
     わたしを救ってくれた幼馴染と、いつでも見守ってくれてる兄貴分へ。
     道は違えども、繋がって幸せであるようにと。
     樹に祈るのは、供助も同じ。
     右に立つ、光を探して誰かの陽になった橄欖。
     左に立つ、光を大切に抱きながら道を探し不器用に行く白菫。
     かけがえのない縁を。絆を。
     3人それぞれに感じ、願い、祈りながら。
    「希沙は結婚したら呼べよ?」
    「勿論、結婚式には命がけで駆けつけますとも。
     供助さんとお祝いさせてくださいね」
    「……ま、まだまだ先の予定ですよ!」
     でも今この時に交わす声はいつも通り。
     楽しく弾ませ照れ笑いながら。
     ありがとうを重ねていく。
     数多の思いが積み上げられ、伝説の樹が一際輝いたように思えたそこへ。
     ふわり、ふわりと舞い降りる数多の白い影。
    「ナノナノだ!」
     思わず飛び出したイヴの声に、南桜とパルディナも夜空に浮かぶその姿を見る。
     顔を輝かせた輝乃が、そわそわする脇差が、視線を行き来させ探すのは。
    「伝説のナノナノさま、だったかしら?」
     ストレートの紅茶を傾けていたアリスが、ああ、と頷いた。
     どこからともなく現れるナノナノの中に1匹だけいるという存在。
     そのナノナノさまに祝福された2人はその愛を永遠のものにできるのだとか。
     不確かな噂でしかないけれども、信じている生徒はそれこそ数多く。
    「伝説のナノナノさま、今年もいるといいですね、なのです」
     祝福してもらえたらいいな、と楽しそうに探す朋恵を眺めて。
     秋羽は小さく微笑んだ。

    作者:佐和 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月24日
    難度:簡単
    参加:33人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 4
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