●2028年12月31日
ごーん。
どこかで、鐘が鳴っている。
ごーん。
おおみそか。或いは、おおつごもり。
かつて、まだ世界にダークネスが跋扈していた頃。大晦日の夜と言えば、何故かバベルの鎖が見せる『予兆』が続く夜だった。
そして年明けと共に、片鱗を見た事件の知らせが入る事もあったものだ。
この10年、もうそんな心配も要らない日々が続いている。
ごーん。
「そう言えば……羅刹だった頃の私がいつかの大晦日の『予兆』に見えていたって、昔聞かされたっけ」
遠くに聞こえる鐘の音を聞きながら、上泉・摩利矢(神薙使い・dn0161)はふと、そんな話を思い出していた。
尤も、当の自分がそれを見たわけではないので、記憶も何もない。
記憶があっても、過ぎた事だ。
ただ――。
「その予兆が無かったら、今の私はないのかもしれないな」
世界は回り、時は流れる。
誰の上にも等しく、月日は過ぎていく。
おおみそか。或いは、おおつごもり。
終わりの夜が来て、始まりの朝に続く日。
平和になった世界で、大人になった灼滅者達はどう過ごしているのだろう。
●未来の証から――203X年
互いの都合で昼間だったり夜になったり、時と場所は色々だったけれど。
この数年、渡里(d02814)と摩利矢は、年末年始にはどこかで顔を合わせていた。
そして、いつかの大晦日。
「話がある」
「うん?」
渡里の声と表情で何か大事な話だと判ったが、心当たりが無く摩利矢が首を傾げる。
「結婚してくれ、と言ったらどうする?」
渡里のかなりストレートに踏み込んだ一言には、流石に摩利矢も鳩が豆鉄砲食らった様な顔になった。
……。
「私を負かしてくれ」
何故か、スレイヤーカードを構えた。
「そうして貰えれば、きっと素直に頷ける。なに。鈍ってなければ、私くらいどうって事ないだろう? サフィアも一緒でいい」
十数年前、おふとんごと殴り飛ばされた記憶が、渡里の脳裏に蘇る。
必要な物は後回しのプロポーズだったが、むしろ良かったかもしれない。
――その数時間後。
『あけましておめでとう――ま、今年もこっちはまだ大晦日だけれど』
仕事で良く海外にいる晶(d02884)と摩利矢の新年の挨拶は、こうしてテレビ電話になる事が多かった。
「あけましておめでとう。今はオフ?」
『そうよ。クリスマスは今年もすごく忙しかったけれど。そっちは忘年会シーズンも終わってる?』
「またすぐ新年会シーズンだけどね」
そんな会話をしながら、晶は何故か摩利矢が妙にボロボロなのが気になっていた。映像の乱れかでもなさそうだ。
『何か欲しいものはある? もうじき日本に帰るから、お土産に買って帰るよ』
「良い酒があれば、頼むよ――義姉さん」
その一言で、晶の疑問は氷解した。
●2030年――ともに未来へ
「手伝ってくれて助かるよ。ありがとう」
「年越しくらい、2人でゆっくり過ごしたいって言う気持ちもあるんだけどね」
雄哉(d31751)の職場の養護施設で台所仕事を手伝いながら、愛莉(d37170)はそんな事を溢していた。
「仕方ないわね。子供達の笑顔を見ると、ほっとするし」
自分のカフェもある愛莉が夫の職場を手伝う事は少なかったが、それでも施設の子供達の事は見守ってきた。
「夜更かしは今日だけ特別――ってわかってるのかな?」
雄哉が台所からちらりと顔を出すと、子供達はたまの夜更かしに上機嫌でテレビに食いついていた。他の職員の手も煩わせていないようだ。
「暖かいお蕎麦食べたら、眠くなる子も出てくると思うわ」
「それもそうだね」
愛莉の言葉に頷きながら、雄哉は丼を並べていく。茹で上がった蕎麦の上につゆをかけて、かまぼことネギ、子供も食べ易いよう衣薄めの海老天を乗せて。
「さ、用意ができたよ。みんなで食べようか」
わっと子供達から上がる歓声。
それも少し経つと、部屋の中はずるずると蕎麦を啜る音でいっぱいになった。
「子供たち、美味しそうに食べているわ」
ほっとしたように呟く愛莉に相槌を打ちながら、雄哉は1年を振り返る。
もう、力を使う事も殆どなくなった。こちらの仕事に集中出来ているのは――きっといい事なのだろう。
(「この子達の成長を見届けるのも、今の僕の役目だしね」)
そう胸中で呟いて残った蕎麦を纏めて啜った。
遠くで除夜の鐘が鳴っている。そろそろ、年が明ける。
「雄哉。良いお年を」
「うん、良いお年を」
賑やかな子供達の声を聞きながら、愛莉と雄哉は顔を見合わせ笑い合った。
●2028年大晦日――凪風
エスパーの世界となっても、何かに備えるのは今も昔も人だ。
――和歌山県のどこかの山。
その中腹にある山小屋が、今は山岳ガイドをしている渚緒(d17115)の職場であり、その炊事場には何故か摩利矢がいた。
『実は料理上手なスタッフが、元旦に帰省する事になってね』
事の起こりは数日前。
『僕も含めて、誰もそばが美味しく作れない重大な事件が発生しちゃうんだ。お汁粉、上泉さんのはお餅多めにするから! お願い!』
そして、大晦日当日。
摩利矢は鴨とネギ背負って渚緒のの前に訪れた。
大鍋で鴨ガラとネギで出汁を取り、半分は味を調え白ネギと鴨肉を煮込んで鴨南蛮。もう1つは、別に炒めた野菜と肉を入れてカレーのベースに。
「助かったよ。これで縁起物の年越しそばも何とかなる」
「結構な大鍋だったけど、登山客、多いんだ?」
「山頂から見る初日の出はすごく綺麗なんだ。昇る陽を前に飲む甘酒もいいものだよ」
摩利矢の問いに、渚緒は安堵の表情で答える。
「甘酒で思い出した。この前、糸括の人達が店に来たよ」
「皆、元気だった?」
「多分。二日酔いになってなければ」
●薬草研究者と代理店長
「帰ったよ、ゆーさん」
「お帰りなさい、しーくん。早かったですね」
大急ぎで仕事を片付け帰宅した紫月(d35017)を、エプロン姿の柚羽(d13017)が出迎えた。2人の子供の姿は、見当たらない。
「……チビ達はもう寝た後?」
「寝かしつけちゃいましたよ? 小さい内から夜更かしなんてさせません」
紫月のコートをハンガーに架けながら、柚羽が告げる。
「鈴雫の睡眠に対する素直さは、しーくん譲りですね。睦月が中々寝てくれませんでしたけれど」
「睦月の素直じゃないのは、ゆーさん譲りだな」
子供達がどちらに似たのか――そんな話をしながら、お茶を淹れに台所に入った柚羽の背中を見送って、紫月はソファに沈み込む様に腰を下ろした。
「何だかんだあったが、無事に今年も家で年越しをする事が出来るな……」
しみじみ呟く紫月の脳裏に、緑色の葉。
「今年はまた、良いミントの開発も進んだし。香りから清涼感まで――」
続いた紫月の言葉を遮ったのは、ふわりと漂った仄かなミントの香りと。
「薬草研究のお仕事はちゃんと真面目にやっていますか?」
ちょっと周囲の気温を下げた、柚羽の一言。
「あー……うん、ちゃんと薬草研究も真面目にしてます……」
目線を泳がせながら答えた紫月は、ミントティーを一口。うん、美味しい。
その様子を眺めながら、柚羽は外したエプロンをソファの背にかけると、隣に腰掛け、紫月の膝に手を置く形で身を乗り出した。
「……ミントばかり見てないで、私や子供達の事も見てほしいです――私はミント相手にだって妬くんですから」
紫月の赤瞳を見つめる柚羽の黒瞳の奥が、微かに揺らぐ。
「子供達が起きたら、よく構ってあげてくださいね」
「だな。家族サービスしないと。それに――」
頷き肩を抱き寄せる紫月に、柚羽は素直に身を任せる。
「勿論、私の事も構ってくれますよね?」
「ああ。こんなにも愛しいと思える嫁さんはゆーさん以外にはいないからな」
子供達の前に、まずは愛する妻との時間。
●出雲――火神ノ社
「……いた!!」
大鳥居の前に立つ姉の姿を見つけ、天音(d37381)が弾んだ声を上げた。
「姉さん、皆で来たよ」
「皆様、ようこそお越し下さいました」
茜色の振袖を揺らし手を振る妹と【フィニクス】の仲間達に、鈴音(d04638)は神社の禰宜として、恭しく一礼し――。
「久し振りね、皆――長い間連絡できなくて、御免ね」
昔と変わらぬ口調に戻って、笑顔を見せた。
「鈴音さん、また会えたね!」
橙のマフラーを靡かせ、凜(d05491)が駆け寄る。
「この前のクリスマスはありがとう」
鈴音の手を取った燐のコートの白い袖から、アメトリンのブレスが覗く。
「お久しぶり。会えるの楽しみにしてたよ」
3人の再会を喜ぶ様子に微笑みを浮かべ、藍と黒の和装で纏めたさくらえ(d02131)が手を振る。
「お久しぶりです。お勤め、上手くいってるようですね。ファイアブラッドとして彼らの神域を護ってくださっている事、深く感謝してます」
大きくなったお腹を白いコートで覆った陽和(d02848)が、夫と息子と共に軽く頭を下げる。
「私もお話は聞いていますよ。お勤めご苦労様です」
燐(d06868)も夫と2人の子供を紹介する。
「色々大変だろうけど、社が末永く続く事を祈っているよ」
2人の後ろから青い羽織袴姿の朔夜(d02935)が顔を出し、さらにその後ろで妻と娘が小さく頭を下げている。
「元気そうですね。鈴音さんが確かな道を歩いてるのを見ると嬉しいです」
「ええ。私も嬉しいですよ。それと、騒がしくてすみません」
揃いのトレンチコート姿の空凛(d12208)と双調(d14063)も、駆け回る3人の子供達を何とか並ばせ、一緒に挨拶。
「この子が鈴音さんとお別れした時、空凛さんのお腹にいた子です」
双調の手が、息子の頭を撫でる。
「やっと区切りを迎えてみれば、10年がかりの仕事だったからね……」
「自分の願いを叶えた姿は格好いいわよ」
知人の子供の成長にしみじみと呟く鈴音に、朱赤の上に白藤を羽織った涼子(d03768)が微笑みかけた。
「久しぶり。今日は招いてくれてありがとう。楽しみにしてたんだ」
そして――羽織袴の上に着込んだ勇弥(d02311)が鈴音に声をかける。
「元気そうで本当に良かった」
「……やっと、会える様になったわ」
勇弥と鈴音が、共に穏やかな笑顔で視線を交わす。
「天音、参拝まだでしょう? 皆も、参拝してきて。その間に特別な場所に案内する準備をしておくから」
そして、鈴音に促され、一行は鳥居を潜り奥へ向かった。
●しっとりとは
ごーん!
ごーん!
なんとも景気良く響く、除夜の鐘の音。
「あっそれ、ごーん、ごーんですわ!」
鳴らしていたのは、残暑(d36555)お嬢様だった。
「ん? あれは……?」
山小屋での仕事が一段落してお参りでも、と山を降りてきた摩利矢が、見覚えのある姿に気づいた。
「あら摩利矢様、奇遇ですわね。とりあえず鐘を叩きましょう!」
ごーん!
「鐘を叩けば何だかいい気分で、過去の事も思い出せるような気が致しますわよね!」
「確かに、なんだか良い気分になるな」
残暑から撞木の縄を受け取って、摩利矢もごーん。
「ですから、今日はしっとりと、除夜の鐘を叩きに参りましたわ。今だけは煩悩を忘れましてどんどこどーんですわ!」
そうしてひとしきり鐘を叩いた残暑お嬢様は、初日の出スポットへ飛んでいった。
残暑はこれからも、お嬢様なのだろう。
●希望の光
ごーん。
「たーまやー!」
鐘を衝いて鳴らした音と、悟(d00662)の掛け声が響く。
「たまにはこっちで集まるんもえぇもんやな!」
ここ数年、2人の大晦日は京都の清水でのカウントダウンだった。
今年、2028年は想希(d01722)のたっての希望で、彼がかつて世話になっていた伯父の寺で、鐘を衝いている。
「ええ。東京で過ごすのは、ちょっと新鮮で……嬉しいですね。一度、悟と一緒に伯父さんの寺の鐘ついてみたかったんですよ」
撞木の縄を悟から受け取り、想希がそれを握って身構える。
「清水もまた行きましょうね。今度は家族4人で」
「当然や! 今度は皆で清水年越しジャンプするで!」
ごーんと想希が鳴らした音に負けない声で、悟が告げた。
「2人は、いい子で寝てますかね?」
「起きてテレビ見とるかもしれへんで。俺も子供の頃、そないしとったさかいな。大人しゅうしててくれたらそんでえぇ」
少し家が心配そうな想希から、悟は笑って縄を受け取ろうと手を伸ばす。
「今年は幸せな1年でした。来年もよい年である様に」
「俺も旧年中はごっつ幸せやったで。今年も幸せいっぱいになろな。愛しとるで!」
その手を取って告げた想希に、悟は抱擁で返した。
くすぐったそうに笑う想希から、今度こそ縄を受け取り、悟は再び身構える。
「鐘つき終わったら蕎麦ゆがきますから」
「おっしゃ! 想希蕎麦にむけて頑張るで! でもって、明日は餅つきや! 鍋も忘れんと開けんとな!」
「そうでしたね。突き立て餅で悟の雑煮も食べたいな」
●力士と黄雪晃
除夜の鐘が響く夜の境内に、振る舞いの年越し蕎麦を手にした樹斉(d28385)とハリマ(d31336)の姿があった。
「力士ってこの時期忙しいって聞くけど、誘い乗ってくれてありがとねー」
「昼間は餅つきやら挨拶回りで、忙しいけどな。こう言う機会があれば、ゆっくりしたいって前から思ってたから」
かつての小学生横綱、ハリマは力士になっていた。灼滅者で力士は難しい部分もあるにはあるが、その分、中々の人気力士でもある。
「樹斉こそ、仕事はいいのか?」
「忘年会で忙しい時期は過ぎたからね」
そう笑い返す樹斉は、新米バーテン。
「出会ってから大体15年、ですねー」
参道を行き交う人々を眺めながら、樹斉が口を開く。
「色んな事があって、ここ10年で多少は落ち着いたけど」
「ああ。10年前は、本当に大変だった……こんな世界があるのか、と驚いたよ」
佐々木小次郎を名乗る強敵との大一番は、今でもハリマの脳裏に焼きついている。
「けど、戦い自体が嫌だった事はない。自分で戦おうと選んで、戦ったからこそ、今のこの世界に繋がってるんだ。だから、俺は今、幸せだと思う」
「そっか……うん、今が幸せなら良かったよ」
かつて、闇堕ちしかけたハリマを止める戦いがあった。樹斉はその時の1人。
結果的に巻き込んだみたいで、少しだけ、負い目の様なものが樹斉の中にあった。
(「僕みたいに、それしか選べなかった、ってわけでもないし」)
だからこそ――今が幸せだと言うハリマの言葉は、樹斉には救いだ。
「樹斉。蕎麦食ったら、初日の出、一緒に見に行かないか?」
「時間が大丈夫なら、喜んで」
驚く樹斉に、ハリマはそのくらいの時間はあると笑って告げた。
●古書屋と占師
くるっぽー。
炬燵の上で、白い鳩が丸まっている。さながら鏡餅。
そこは、紗夜(d36910)の古書店の2階。
紗夜とチセ(d38509)が炬燵でぬくぬくしていた。
『今年は日本でどう?』
紗夜からの手紙を、白い鳩がチセの元に届けてきたのはクリスマスの少し前。
そしてチセは日本に戻り――今は大晦日。
くるっぽー。
その鳩が何故に炬燵の上にいるのかと言うと、余りにモフモフで、手放し難くなってしまったから。
「炬燵……やはり……眠く……」
そして炬燵の温もりに、チセの頭と白睡蓮がゆらゆら揺れる。
「ちぃ君? 年越し蕎麦を準備して来るから、寝ないでね?」
その一言でチセが頭をぶんぶん振って睡魔を払うのを笑って眺めながら、紗夜は炬燵から出て台所に向かう。
「えへへ。紗夜さんのお蕎麦、楽しみなのですよ」
「いつまで日本にいられるんだい?」
「エピファニアの終わる頃まで、と思っています」
珍しい紗夜の料理に、チセの眠気も晴れていたけれど。また眠くならない様に、台所と炬燵で話を始める2人。
「公現祭か。と言う事は、次はイタリア?」
「行き先は、その時が近くなったら占います」
そんな話をしていると、ごーん、と鐘の音が何処からか聞こえてきた。
「除夜の鐘かぁ」
「もうすぐ、新しい年になりますねぇ」
しみじみとした2人の声が重なった。
(「1人寂しく蕎麦打ってた怪人を思い出すな……倒したけど」)
そんな色々を乗り越えたり避けたりして、今がある。
蕎麦は美味かった、なんて思い出しながら、紗夜は茹でた信州蕎麦を器に盛り、鴨と葱たっぷりのつゆを注いだ。鴨南蛮。
さて、一緒にこれを習った代理店長は、ちゃんと作れただろうか。
「さ、出来たよちぃ君。冷めない内に食べようか」
「はい! いただきます」
●家族と
大掃除もおせちも、正月の準備を万端に済ませた美雪(d38634)は、大晦日の夜、両親と3人で炬燵で年越し蕎麦を啜っていた。
「結婚……?」
両親にその話を切り出され、美雪の視線が少し泳いだ。
未婚を心配される歳なのも、両親が焦るのも判らなくはない。
「いい人はいないのかって言われても……いないとしか」
少し答えに困って、結局本音を告げた。
早く結婚して、両親を喜ばせてあげたいとも思う。
さりとて、焦って探す事もない、とも思っている。
「ゆっくりと堅実に、いい人を探そうと思っているのよ」
ごーん。
そう告げる頃には、除夜の鐘の音がテレビから響いてくる。
(「とりあえず……来年も、良い年でありますように」)
その音を聞きながら、美雪は胸中でそう願っていた。
●星と月
「今年も、あと少しやね」
「本当、今年もあっという間でしたね」
炬燵に入った想々(d23600)とシルキー(d09804)が眺めるテレビの中では、二年参りで賑わう様子が映っている。
「海外での滞在、負担では無かった?」
「海外についてくのは楽しいから平気。沢山観光させて貰えるし」
「そう、楽しんでくれているなら良かった」
「私の事より、シルキーさんが仕事納めできて良かった」
傍から見てても大変そうやったもん、と想々は安心した様に微笑んだ。
「そうですね。展示会も付き合ってくれて有難う」
「かわいい服ばっかりで、素敵やった!」
「ふふ。なら、次はモデルとして参加してみません? 貴女にも似合いそうなお洋服が色々ありましたし」
そんなシルキーの軽口に、想々が目を丸くしたその時、テレビの中からワッと賑やかな声が聞こえてきた。
「ああ、新年だ」
何度迎えてもほんの少し寂しく、どこかそわそわする瞬間に、想々がぽつりと呟く。
「ついに新しい年を迎えましたね」
賑わう画面を眺め頷くシルキーの肩に、想々の頭がこてんともたれかかる。
「あのね。やっぱり、こうして2人の家で過ごすのが、一番落ち着く。シルキーさんを独り占めできちゃうもん」
「確かに我が家が一番落ち着つくわ。貴女の隣は特に」
甘える様な音色の混ざった想々の声に、シルキーが笑って返す。
「えへへ……私の隣は、お姉ちゃん専用やからねぇ」
「ええ、このお家ではわたしは貴女のものよ。存分に独り占めしてくださいな」
ふにゃりと笑みを浮かべて擦り寄る想々を撫でながら、シルキーは空いた手でシャンパンを2つのグラスに注ぐ。
「あけましておめでとう、想々さん。これからもずっと宜しくね」
「あけまして、おめでとうございます――今年もよろしくね」
キンッと、淡い黄金の液体が泡を立てる2つのグラスが、小さな音を立てた。
●人生の相棒
「にゃふふふふ」
ある御宅の台所から、不敵な笑みが聞こえる。
「怪人仕込みはうどんだけじゃないぞ。年越し蕎麦も打てるのだ!」
「色んな麺怪人と戦ってたすねー」
エヘン、と手ずから打って作った年越し蕎麦を手に出てきた直哉(d06712)に、レミ(d12371)が炬燵の中から相槌を打つ。
蕎麦のコシは程よく、つゆは慣れ親しんだ着ぐるみ名物と同じ優しい味。
はふはふ、ずるずる。しばし無言で、蕎麦を啜る。
「あ、初詣どうするっす? 二年参りにする?」
蕎麦を啜る合間に、レミが思い出した様に口にする。
「二年参りか……外、寒そうだしな」
丼の汁を飲みながら、直哉が炬燵の中で足を動かす。何と言うか、出難い。
「寒いっすよね。このままぐーたら年越しもたまにはいいと思うんすけど」
「そだな、ぐーたら過ごすのも悪くない」
こうして、2人は炬燵でぬくぬく過ごす事にした。
ごーん。
いつの間にか、除夜の鐘の音が聞こえている。
蕎麦の丼をそのままに、適当にテレビを点けて眺めたり、炬燵の上のミカンを炬燵から出ないで取ろうとしてみたり。
(「去年までは、直哉さん家に押しかけて、泊り込みしてたのにー」)
のんびりまったり過ごしながら、レミは改めて不思議なものを感じていた。
もう押し掛ける事もない。ここが2人の家なのだから。
長年の相棒――2人の関係を端的に表すその言葉に、違う意味が加わって、今日が最初の年越しの夜。
それでいて、特別な事をしていないのは――きっとこの2人だから。
テレビの中から、日付を変わった事を告げる音が聞こえてきた。
どちらからともなく、炬燵から出て2人は向き合う。
「レミっち、あけましておめでとうだぜ。今年もどうぞ宜しくな」
「直哉さん」
笑って告げる直哉に、レミは正座してその名を呼んで。
「今年もどうぞよろしくお願いします。――照れくさいっすね」
たまには淑女らしくと三つ指ついてみて、自ら照れ笑いを浮かべたレミは。
「やっぱりレミっちは可愛いのだ」
続く直哉からの不意打ちに、更に照れる事になるのだった。
●Harmonia
「皆さん! 私達のライブに来てくれて、本当にありがとう!」
会場に響いた音色(d30770)の声に、客席の一角から一際大きな歓声が上がる。
「いよいよ、最後の一曲になりました」
「みんなの思い出の1ページになれたら嬉しいな♪」
音色に続けて、くるみ(d02009)が笑顔で客席に向かって大きく手を振る。
「最後まで精一杯歌いますよ~! ボクたちを繋いでくれた『音楽』。その力で、みんなに希望を!」
「私に光を与えてくれた『音楽』。その力で、皆さんにパワーを!」
眩しいスポットライトと沢山の歓声が、2人に浴びせられる。
2人がカウントダウンライブの最後の曲に選んだのは、かつて『Harmonia』の部室で2人で作った曲。
応援歌というテーマで意見を出し合って、作り上げた曲。
「「聴いてください『Reinforce』」」
悩んでいる人 立ち向かう人♪
壁にぶつかってる人 明日を夢見る人♪
心折れそうな人 立ち上がりたい人♪
Fight! 私達は応援する♪
時には負けても泣いてもいい♪
けれど必ず立ち上がって♪
あなたに捧ぐこのエール 歌に乗って届けこの想い♪
明日へ歩むあなたを支えたい♪
あなたなら必ずできるよ だからその手で開いて♪
あなたの未来に続く 希望の扉♪
――~♪
「音色ちゃんありがとう。ずっとずっと一緒だよ!」
「くるみちゃんもありがとう。これからもずっと一緒だよ!」
ステージの端で舞い上がった紙吹雪と、客席からの歓声と拍手を浴びながら、2人はマイクを離して囁きあう。
会場の各モニターには、カウントダウンの数字が映し出された。
――3。
「そろそろ年が変わるよ」
――2。
「さあ、みんなで!」
――1。
「「Happy New Year!」」
●2029年元日――聖域
「それじゃ行きましょう、脚元に気をつけて」
そう告げて、先頭を行く鈴音の後に続く【フィニクス】の一行の手には、鈴音と同じ提灯が揺れていた。
「隠れた名所って何処かな」
留学していた事もあり知らない道を、天音は恐る恐る、姉に着いて行く。
夜明け前の山道は暗く、提灯の灯りでは足元を照らせても辺りは良く見えない。
「気の合う仲間達だけの秘密の場所って、なんか良いわね」
揺れる仄かな灯りが暗い道に人影を映す幻想的な光景に、感慨深げに涼子が呟く。
「さ、着いたよ」
歩く事十数分。
辿りついたのは、普段は立ち入り禁止の火神ノ社の聖域。
あとは御来光を待つばかり。
「寒い……眠い……でもみんなで御来光を見るんだ!」
「天渡さん、良かったら。皆もどうぞ」
足踏みをして寒さと眠気に耐える凜に、勇弥が湯気の立つカップを差し出す。中身は熱いブラック珈琲。
「とりさん、流石。準備がいいねぇ」
注いで貰った珈琲に口をつけ、さくらえが笑みを浮かべる。元日に、こういう場所で飲む珈琲ってすごい贅沢な感じだ。
「大麦を使ったオルヅォラテもあるよ」
「本当。流石ねえ、勇弥さん」
子供と妊婦さんに合わせたカフェインゼロの飲み物を貰いながら、その配慮に涼子も賞賛の言葉を口にする。
そうして暖かい飲み物で体を中から温めて待っていると、次第に辺りが明るく、色が増えていった。
山を彩る緑を包む朝霧。
遠くに望む瀬戸内の深い碧。
藍色の空は次第に薄く、蒼へと変わっていく。
「凜さん、もうすぐだよ」
茜に染まった地平線に近い空を指して、天音が告げる。
そして――空と大地の境界が、光に溶けた。
茜色だった空が白光に染め上げられ、朝霧が白金に煌く。
新たな年の始まりを告げる光の眩しさに、皆が目を細め、息を呑む。
「姉さん。最高のプレゼント、有難う!」
姉が費やした10年間――目の前の光景からその思いを知って、勝手に雫が伝った天音の頬を、鈴音の指がそっと拭う。
妹は世界一のパティシエールになる夢を光に誓い、姉は仲間達の幸せを静かに祈る。
これからもどうか、俺の大事な人々に穏やかで幸いな日々が続きますように――そっと目を閉じて、勇弥もご来光に願っていた。
「うん、来て良かった」
目を輝かせる娘の表情に、朔夜は家族と新しい家族が健やかである事を願う。
「素敵な風景、宝物ですね。ほら、お日様ですよ」
背中で目を擦る息子に声をかけながら、陽和も全く同じ事を願っていた。
「……まぁ、寝る子は育つと言いますね」
背中で全く起きる気配がない我が子に苦笑しつつ、燐が願うは家族の幸せと健康。
「見事な光景ですね。この一年、実り多き一年になりそうです。
「子供達にも、良い思い出になったでしょうね」
娘2人が息を呑み、長男が「すご」と溢した声を聞きながら、空凛と双調がご来光に願うは、家族で歩む音楽の道が確かなものにと。
(「今日からまた新しい気持ちで進み出せますように」)
無言のまま、そう願う凜の隣でシャッター音が鳴る。
「ご来光の写真、ご利益ありそう」
見惚れる間にも昇る陽に慌ててカメラ向けた涼子が願ったのは、未来への希望と縁を結んだ人達の安寧。
「これ、お嫁さんにも見せたかったなぁ」
カメラを手に少し惜しそうに呟いたさくらえが願ったのは、大切な家族の笑顔と幸せ、そして家族に関わるすべての人達の幸せ。
家族も増える予定だ。仕事もますます頑張らないと。
「子供たちにもきっとご利益があるよ」
「画像だけでも御利益ありそうだしね」
2人が撮った写真を横と後ろから覗いて、凜と勇弥がそう言った。
●木本家
「ね、初日の出、見に行かない?」
突然思いついた風なミカエラ(d03125)に誘われるまま、明莉(d14267)達は冬の装いで山手の神社に向かった。
「結婚式やら新婚旅行やら、いろいろあったね~」
「ブレイズゲートの消滅に、糸括屋敷に皆で集まったり、アフリカにも行ったし。10年前までの日々に戻ったような1年だったな」
並んで登る石段は、一段ごとに少しずつ明るくなっていた。
夜明けに近付いている。
「事業も軌道に乗って、少しは先のコト考える余裕も出てきたかな?」
「まだ先は長いけど。どんな困難も、ミカエラと一緒なら全然平気――なんてね♪」
そう笑い合ってから、明莉はふと少し真顔になる。
「でも無理はせずにな? この前の鴨鍋の頃から、少し様子がおかしいから」
「んっ♪」
そんな明莉の言葉にミカエラは曖昧に頷いて、数段飛ばしで明莉の前に出る。
(「あたしの様子にはすぐ気付くのに、肝心なコトには全然気付かないし。自分の誕生日さえ、忘れてるし」)
「ハッピーニューイヤー&ハッピーバースディ!」
「ん。あけましておめでとー……バースデー?」
ミカエラが胸中で思った通り、2つの祝い事を同時に言えば明莉は首を傾げて。
「あ、そか。俺の……ありがと」
一瞬送れて、照れながらも嬉しそうに笑う。
それが明莉で、ミカエラの旦那で――これから生まれる命の父となる人。
地平線に近い空が朱く色づいていた。昇り来る光に照らされ、遠い山の稜線は燃える様な朱に染まっている。
「今回が二人きりで迎える最後の新年になるからね?」
その光を浴びながら、ミカエラは意を決して口を開いた。
「そっか、今年が最後……」
……。
「――へ!?」
目と口を丸くした明莉が、ぐるんっと向き直って――止まった。
(「固まったけど、わかったかな?」)
「男の子かな、女の子かな? 双子だったりして!」
ミカエラが笑って明莉の手を取り、自分のお腹の上に当てる。
「えぇと……おかあさん??」
「もー。しっかりしてよ、お父さん♪」
諸々繋がってこみ上げる嬉しさに、明莉は満面の笑顔でミカエラを抱き締める。
重なった2人の影が、石畳に伸びていた。
●さくもつ村
――東北某所。
とある山の麓にある農地。春から秋にかけて沢山の作物を育て、収穫した場所も、冬の今は真っ白な雪原と化していた。
そんな白の中、点々と続く2人分の足跡。その先で、赤々と揺れる焚き火が1つ。
暖かく着込んだ彗樹(d32627)と伊織(d36261)が、炎で暖を取りながらご来光を待っていた。
空の色が変わり出している。もうすぐだ。
「寒いけど、なんだか暖かいね。すいさん」
「寒くて暖かい、か……そうだな。甘酒、飲むか?」
伊織の言葉に頷いて、彗樹が肩の水筒を下ろす。
湯気の立つ器を伊織に渡そうとした丁度その時、視界が急に眩しくなった。
彗樹が横手に目をやると、地平線の向こうから光が差し込んでいる。
「あ、もう日が出る時間だったかー」
釣られてそちらを向いた伊織が、気づいて声を上げた。
煌々とした陽光が雪にも反射して、2人の目に映る世界が白く染め上げられている。
「また1年が始まって、過ぎていくんだな」
眩しさに目を細めながら、光を浴びて彗樹が小さく呟いていると、すぅっと息を吸い込む音が隣から聞こえてきた。
「今年も美味しいお米作るぞー!!」
(「相変わらずの米好き、か……」)
そして響いた伊織の叫びに、彗樹が胸中で苦笑して。
「伊織、伊織」
もう一度叫ぼうと息を吸い込んだ伊織に、彗樹は軽く肩に触れて。
「ん? どしたの、すいさん?」
呼び止め、促されるままに伊織はそちらに向き直り。
「……今年もまたよろしく」
「うん! 今年もよろしくっ!」
微笑を浮かべた彗樹の言葉に、伊織は真っ直ぐな笑顔で答えた。
雪が解ければ、春が来る。季節は何度でも巡る。
2人はこれからも相棒として、ここで色んなさくもつを育てていくのだろう。
彼ら2人だけではない。
灼滅者達の未来は、これからも続いている。
作者:泰月 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2018年12月24日
難度:簡単
参加:36人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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