麗夜に踊る、華の色

    ●わけたひとつ
     平成最後のクリスマス。
     白嶺・遥凪(ホワイトリッジ・dn0107)は、歩いていた。
     その手に大輪の花束を持って。
     こちらに気づくと、ゆっくりと歩み寄る。
    「花を手向けに行かないか」
    「花? ……誰に」
    「誰でもいい。自分でも。贈りたいと思う相手に。今会えなくても構わない」
     言いながら、花を1輪抜き取った。
    「伝えたいことがなくてもいい。伝えたいことがなかったと伝えてもいい。……名前は言うな。私は名前を聞きたいわけじゃない」
     花を押し付けるように渡して、それきり遥凪は関心を失ったようにまたどこかへ向けて歩を進める。

    ●いろとりどり
     クリスマスツリーの下で、衛・日向(探究するエクスブレイン・dn0188)は寒そうにコートの襟元を重ねながらぐるりと周囲を見回す。
     待ち人かと問うと、別に。と返った。
    「ここにいなきゃいけない気がした」
    「恋人待ちか?」
    「恋人なんかいないよ」
     渋い顔で答える。
    「ほしいけど」
    「ほしいのか……」
    「俺だって男だし」
    「気になる子くらいいるのか?」
    「いいだろ別に!!」
     寒さとは別に顔を赤くして、半ば怒鳴るように言い返した。
     それから、様々に飾られたツリーを見上げる。
    「遥凪がさ。花を贈りたいって。なら俺は、話したい。何でもいい。どうでもいいことでも、誰かに知られたくないことでも」
     吐息が白くけぶる。
    「でも、部屋でふたりっきりとかだと堅苦しいしさ。寒いけどここなら少しは気楽に話せるかなって。話すことないなら、学校とかクリスマスとかの話でもいいし」
     なるほど。
     寒そうに頬をこすったりする日向に言う。
    「誰か来るといいな」
    「もう来てるよ」
    「ん?」
    「今、こうやって話してる」
     トンチか。
     ふふっと笑って、日向は言った。
    「ありがとう。じゃあ、もう少し話そうか」


    ■リプレイ

    ●静か、流れゆく
     冬の夕射しに照らされた廊下を歩き、ふと足を止め、遥凪は振り返った。
    「ごめんねぇ遥凪ちゃん。付き添ってもらって」
     少し遅れていた夜音は、とととっ、と小走りに追い付く。
     胸元に、ゆるく包んだ花を抱いて。
     そんな彼女にシィが目を細め、遥凪は首を振った。
    「構わない。私のほうは、急ぎの用事ではないからな」
     そういえば、彼女は誰に花を手向けるのだろう。
     問えば答えてくれるのだろうけれど、何となく、ためらってしまう。
     その後ろに、ピンクの髪の長躯が従う。
    「ボクはただの付き添いだシ、ガールズトークでも好きにシててヨ」
     言うなりシィは黙り込んでしまい、ふたりの会話には参加せず無言で後をついてくる。
     彼のそんなそぶりを咎めることもなく、夜音は改めて遥凪を見た。
    「どこにいこうかなって思ったんだけど……僕たち、今年で武蔵坂学園卒業だから、って思って」
     その言葉に遥凪は彼女をまじまじと見返す。
     真意を図ろうとしてか、或いはどこか案じるように。
     だからぶんぶんと手と頭を振り、
    「そ、卒業するのはちゃんと大学さんだよぉ……」
     いったい何からの卒業だと思われたのかと、慌てて弁明する。
     それならいいと言いながらも遥凪の表情は疑わしげで、それでも、いくぶんかは視線をやわらげた。
     とりとめもなく、学園での思い出を語りながらある教室にたどりつく。
     室内にゆっくりと歩み入ると、夜音が包んだ花をほどいた。
    「お花はね、冬桜を持ってきたの」
     一番大切なひとたちに、ありがとうって。
     春の桜よりもささやかな花は儚く、触れればほろほろと散ってしまいそう。
     どこに置こうか少し迷ってから、冬桜の枝二本を教室の花瓶にさした。
     窓の外は、じきに訪れる宵闇の前。晴れているようで曇っているようにも見える、曖昧な加減。
     今夜はきっと何処かの空で、星が霞む程の月だと願いながら。
     静寂が世界を染める、少しの間。
    「では、私はそろそろ行こう」
     遥凪が短く告げる。
     別れた少し後、シィが彼女の後を追いかける。
     途中、ピンク髪のダークネス形態から黒髪の人間形態に戻り、
    「……一輪頂ケマスカ。種類ハ、何デモ」
     求める彼に、遥凪は迷う間もなく一輪を抜き出して差し出した。理由も、意見も、何も言わずに。
     シィは彼女の差し出した白い薔薇を受け取り、別れて引き返す。
     哀れな子供に。追憶の姿に。手向けの花を。
     帰り道、シィから受け取る花に夜音は一瞬驚いて彼を見上げた。
    「……何デス。私ガオ前ニ花ヲ渡ス事ガソレホド不満デスカ」
     何も知らないで渡す程でもないですし、お前が知っているだろう事くらい、知らない私ではないでしょう。
     ……そんな事、言う必要も聞く必要もないですが。
     彼の想いは彼女に伝わり。
     ……ありがと。
     小さな言葉に、互いの表情は見えず。

     武蔵坂学園の屋上に向かう祝が抱えるのは、色とりどりのガーベラと霞草の小さな束。
    「どうせ暇だろ」
     ちょっと付き合え。
     雑に呼び出して、ゆうぐれ屋上のフェンス際。
     漣はいつもの言葉に呆れながらも喜んでついていく。
     この数年間、何度も繰り返した、いつもの光景。
     きっと、場所が変わってもまた、繰り返すのだろう。
     高いところが好きなんだ、とうそぶく彼女に、なんとかと煙は高い所が好きだ、なんて言い返し。
    「……蹴り落とされたくなかったら黙っとくように」
     きびしめに警告してから、祝は手にした花を風に流す。
     夕方の冷たい風に向けて、ぱらぱらと、花片を散らし。
     凛と触れる風の中、踊る花吹雪に漣は思う。
    「(オレは花言葉なんて知らないけど、きっと彼女が風に流す花片には色々な意味があるのだろう)」
     希望、幸福、願い、感謝。
     それは、ここに来るまでに繋がった縁への花。
     込めた想いは、今ここにあるだけではぜんぜん足りないけれど。
     残光を弾く金色に目を細くして、それに似た黄色の花を雑に放り投げ。
    「藤原は、誰かに何かあげないの」
     言いながら祝が黄色い花を放り投げる様子を眺めながら、
    「そうっすねぇ……」
     と、返しながら、ゆうやけに染まる君に、クリスマスベゴニアの花を渡す。
     どの意味でとってもらっても構わない。と付け加え。
     どの意味であっても想いは変わらない。
     彼女の頬が染まったのは、渡された花の色か、それとも照らす夕陽の色か。
    「――、私にくれたら手向けにならないだろ」
     まあでも、受け取っておこう。
     その花だけは風に預けず、そっと胸に抱いて。
    「ありがと!」
     まっすぐなお礼に漣は微笑む。
     いつだって、
    「それじゃ、クリスマスパーティにいこっか」
     今年はターキー食べ放題だ。
     添えた言葉に、祝はあいあいさ! と笑った。
    「折角のクリスマスだし、沢山食べないとな!」
     そうしていつもどおりに過ごそう。
     特別じゃないけれど、特別なひとときを。

     嵐は、カモミールの花束を手に。
     煌びやかで大きなクリスマスツリーのある方へ向かって行けば、途中で遥凪が見えてよう、と声をかける。
    「目的地があるなら途中まで一緒に行っていい?」
     問われて遥凪は迷う間もなく構わないと答えた。もとより共連れを求めることでも、孤独に済ませることでもなかったから。
     ただ、ひとつ気になった。
    「それは?」
     右手のソレを問われれば、しばらく花束を見つめて、
    「あげるよ」
     カモミールの花を渡す。
     驚かせたらゴメンな。言われた遥凪は笑って首を振り、柔らかく薫る花を見た。
    「優しい花だ。……この花を?」
    「この花束は……」
     再び問われて、嵐は少し間をおいた。
     あたし自身が出会った人たちと、あたしから生まれた思いの数だけまとめた花束なんだ。
    「ホントは皆に一輪ずつ、渡していけたら……一番いいんだけどね」
     と一瞬だけ切なく笑って。
     渡せる相手、渡せない相手。どちらの数が多いのだろう。花の香りが惑わせる。
     花束を見つめる遥凪に、ふと嵐が問うた。
    「知ってた? 人間って自分を成長させてくれる人にしか出会わないんだって」
     ちらり、白い花が揺れる。
    「その役目を果たすから、別れがあるんだって」
     別れは寂しいけれど。
     確かに出会う意味もあって。
     だから……。
     これはもう会えない人達へ。
     感謝の花束なんだ。

     ゆっくりと歩を進める遥凪と共に歩きながら勇弥は、少し遠いから、途中まで一緒にね、と笑う。
    「俺の……血縁上の本当の祖父母なんだ」
     ほつりと話をこぼす。
    「父さん、小さい頃に両親が蒸発してね。神戸でカフェやってる親戚に引き取られたんだ。爺さん達……父さんの養父母は本当に良い人でさ。父さんも俺も、感謝してるし大好きだよ」
     誇らしげに笑って、それから、空を見上げた。
    「でも今年の夏になってようやく、……本当の祖父母の消息が分かったんだ」
    『ある羅刹に攫われ軟禁の末、殺された』
     そればかりは口に出さず、遥凪も引き出そうとはしない。
     彼女は何も問うていない。
     話したいことがあれば好きに話せ。話したくなければ黙っていろ。私は何も遮らないし、詳しく聞こうともしない。
    「秋田の山奥……今はもう廃村で跡も残ってないけど」
     いったいどんなところだったのだろう。
     それを知ることすら今はかなわず、ただ思いを馳せるほかない。
     物言いたげな表情を浮かべた遥凪は彼から視線をそらす。
    「廃村になるかなり前に脱出した人にも逢えてね。亡くなる直前の祖母の事、色々と教えてくれた」
     『正義感が強くて、ずっと子供達を想ってた』って。
     見も知らぬ相手。けれど、その強さは彼に受け継がれている。
    「どこの山かは聞いてる。この花はせめてその麓に供えてくるよ」
     きっと、彼の祈りは届くだろう。
     狂おしいほどに強い祈りでも、喘ぐほどに求める願いでなくても。
     何よりもまっすぐな、その想い。
     それじゃ。
    「きっかけ、ありがとう」
    「ああ」

     携えた花を見つめ、碧は手向ける相手を確かめる。
    「共に戦い続けた相棒、かな?」
     手向ける花は黒百合。秘めた想いをその色に隠す花。
    (「黒百合の花言葉は呪い、それと……恋。お前が俺を想ってたのは知っていたよ。それに応えることは出来ないが……お前は最高の相棒だ。有り難う」)
     姿を想い描き、謝意を声に乗せず告げる。
     心の奥底、もの思う彼をさらと柔らかく風が撫でた。
     風に乗って「主」と呼ぶ優しい声が聞こえた気がした。
     顔をあげて声の主を探しても、見つかるはずもない。
     そのまましばらく姿なき姿を追い求め、それからふっと笑みを浮かべた。
     あいつにだけ手向けたら、いつも傍らにいるパートナーが拗ねそうだ。秋桜……純真を傍らの君に後で贈ろう。

     シルヴェストが向日葵の花を手向けるのは、ワガママで気紛れで掴み処の無い人狼の少女に。
     大輪の花を見つめ、ふ、とひとつ息を吐く。
    「思えば、転校してきた理由も話さずにいたな」
     自分の痕跡を残さないよう、相手に深く踏み込むことはせず。
     内にある複雑な情を表さないよう、いつも笑顔を取り繕っていたことも知っている。
     その笑顔がいとおしくて、切なくて。
     常にワンオブゼムのバイプレイヤーであるために。
     ずっとトリックスターであり続けようとしていたのも知っている。
     老兵は死なず、ただ消えゆくのみ、と嘯く女子大生は、かなりシュールだった。
     そして、強かった。
     そのスタイルが崩れたのも、やはり誰かのためだったな。
     『あたいが見てらんなかったから。それだけだよ?』
     あの照れた笑顔は今でも覚えている。
     普段見せる笑顔とは違うそれ。
     血は争えないものだ、と微苦笑して。
     ゆるり、向日葵の花が揺れる。
    「……幸せになれよ」

     花を抱いて、佐祐理はほつほつと想いをこぼす。
     手向けるのは、今は亡き病院仲間へ。
    「改造が中途半端で、戦力と見なされなかったことで、結果的に生きながらえてしまいました」
     どこか寂しげに口にする彼女に、遥凪は何も言わない。
     なにか言ってはいけないとさえ思って。
     そんな彼女に微笑み、けれど、と。
     いつか終わりが来ると思っていた。
     生命維持薬が尽きるか、ダークネスが全滅するか、それとも……。
     そうして迎えた未来はそのどちらでもなかった。
    「兎に角皆の無念を晴らすため、そして自分が「サイレンの怪物」にならないために今まで生きては来ましたが、それも無くなってしまいました」
     生きる目的がなくなってしまった。
     けれどそれは、『病院』の人造灼滅者としての自分で。
     今は、ひとりの人間……普通の、とは言えないけれど……として。
     優しく花を抱きしめて、それからそっと手を放す。
    「あとどのくらい余命が残っているか、は、解りませんが、私が「そちら」へ行くのは、もう少し先になりそうですね」

     サズヤが花を手向ける相手は、彼が手をかけた、全てのいのち。
     人もダークネスも、等しく。
     どれだけ謝ろうと、帰ってくることはない。
     犯した罪を、なかったことには。
     だからせめて、生きられなかった分も。全て背負っていく。
     ひとごろしとして、摘んだいのちよりも、ひととして、多くのいのちを救えるように誓う。
     それが、何もなかった彼に与えられたもの。
     与えられるということは、気づくことなのだ。大切なものに。或いは、取り返しのつかないものを。
     苦しむ夜もあると思う。
     抱えきれないものもきっとある。
    「(でも)」
     それを一緒に、支えてくれる人もいる。
     零さないように生きるから。
     手を見つめ、それから、川面へと視線を落とす。
     水面に映る顔によぎる、もう一人の俺(ダークネス)。
     もう二度と会うことはないけれど、一緒に、生きてゆく。
     胸に想いを抱いたその時、流れに寄り添うようにすべりゆく色を見た。
     川に流れてゆく花々。
     全てが、誰かへ手向けた想いの形。
     ひとつふたつとたゆたい彼方へ消えていく花を見つめ、祈るように目を伏せた。
     どうか、生きてゆく全てのいのちに幸福があるように。
     眠った全てのいのちが、穏やかであるように。

     いくつかの花を手にミカエラは想いにふける。
    「手向けの花かぁ。そだね、いろいろ、あるよね……」
     送る花も、送る相手も、送る想いも。
     目を閉じてひとつ深呼吸し、彼女が花に込めた想いと、それを送る相手を思い描く。
     ひとつめは、乙女椿。
    「ホントは桜がよかったんだけど」
     柔らかな色の花びらが幾重にも重なる花を見つめてつぶやく。
    「いつも一所懸命な桃色の少女は、あたいの憧れだったよ」
     逆立ちしても敵わない愛らしさに、魅了された。
     今も、どこかで幸せになっててくれるといいなって思う。
     ふたつめは、深紅のポンポンダリア。
     くるりと巻いた花びらがいくつも集まった丸い花は、なんとなく喧嘩別れしちゃった友達に。
     あたいも了見狭かったなあって。申し訳なかったなって。
    「今はとっても幸せそうで、ほっとしてる」
     ポンポンダリアの色を優しくとかしたような夕空にそっと掲げ。
     みっつめは、雪柳の枝を。
     小さな花が舞い降る雪のように咲く花は、どんなときも、後詰めで見守っててくれた人に。
     あたいがずっとあたいらしくいられたのは、貴方のお蔭だから。
    「おとーちゃん、頼りにしてました~!」
     たくさんの想いをそれぞれの花に込めて、もう一度、ミカエラは深く息を吸い込む。
     目の前にその人がいるように、胸を張って。
    「ホントに、ありがと。お花を送るね!」

     一輪、青いニゲラを手に、供助は西の実家の近くにあった神社を訪れていた。
     手向ける相手は、空への憧れの根になった、面倒で捻じ曲がった男。
     俺にも、本音なぞ見せようとしなかったダークネスへ。
     今までの戦いでした取捨選択。
     時に、ダークネスよかひでえ選択をしながら、此処まで来ちまった。
    「ほんとは……お前が望んでたのは、思うより単純だったんじゃないかと、思う」
     今さらその答えを聞くことはできない。だとしても、答えを求めてしまう。
     ニゲラを手向けるのは神社の境内の神木の側に。
     うつくしいもの、知らない世界。
     自分の手で、描く何か。
     やれなかった未来と空。
     奪っても欲しかっただろう、当たり前に望む明日。
     それを求める手を払ってしまった。
     渡せない代わりに、せめて花を。
     針の如く細い葉を携え、裾を広げるように青い花。
     助けられた、あの日から溶けて聞こえなくなった声に別れを告げる。
     決めて、奪ってしまったから。
     俺は、多分もう青に手を伸ばさない。
     誓う彼の視線の先、青い花は夕闇にとけていく。

     煌介は、神戸市の摩耶を訪れていた。
     知らぬ者が見れば何かしらの廃墟としか思えないその場所。
     彼が6歳の時、悪魔が滅ぼした孤児院跡。
     忘れた住所を今春突き止め訪れ、彼への手紙が入った缶を発見し掘り出した所に、今。
    「また、来たよ……」
     語りかけ、白いカーネーションの花束を供える。
     その花を捧げる相手を、まばたきの間、まぶたの裏に浮かべて。
     貴女は己の闇堕ちを予感し、愛する皆を守る為に姿消し。
     独り俺を産み此処に託し……。
     後はわからない。
     唯。
     手紙には溢れる想いが続き、俺は貴女にこんなに愛されていると知った。
     そして、その想いを受け取った彼自身もまた、誰かを想い愛している。
     貴女の愛する皆やその娘――父や妹に会えた。
     孤児院の皆も大切な親きょうだいで。
     友達。
     仲間。
     戦友。
     大切な人達にも出会い。
     恋だって。
     こんなにもたくさんのものが、彼にはある。
     心傷で動かせぬ表情筋で精一杯微笑む。
    「俺は、幸せだから。謝らないで……母さん」
     優しく慈しみ、かつて孤児院だった場所を見た。
     此処から一人逃げ生き延びた罪は今も俺を苛む。
     それ以上に此処に満ちる皆の愛が俺を包む。
     皆、大好きだ。
    「また来るよ」
     告げる彼の顔には、たとえその表情を浮かべられていなくとも、確かに笑みがあった。

     依子の手元には、花を一輪。
     山奥の川へ、季節外れの白い花を手に。
     川のほとりに遥凪がいるのを見留め、笑いかける。
    「静かね」
     見届けてくれるおくりびとのよう。
     穏やかに流れるせせらぎは強く主張せず、訪れた人々を迎え入れる。
     手向けるのは、私の半身へ。
     自分の中のもう一匹。
     ダークネスだから悪い、とかではなく、恐ろしかったのは……生への怖い程の執着。
     此処で知るまで、己になかったもの。
     けれど。
    「私にも……願いや理由が出来たから」
     生きることで誰かの道を奪って良いとは思わない。
     でも、譲れなかったの。
     ごめんも、ありがとうも言わない。
     ただ確かにあった貴女と言う火に。
     こころの中で語りかけるように流し終わり、遥凪へと向き直る。
    「ずっと言いたかったの」
     いつか、助けてくれて有難う。
    「遥凪ちゃんや日向君とも出会えて、良かった」
     その言葉に、遥凪は少しだけ間をおいた。
    「私は何もしていない。伸ばした手を取ったのは自分自身だ。それに、あいつに礼を言うなら他に言うことがある。ちゃんと帰ってきた、と」
     自分が戻らせなかったと自責するエクスブレイン、誰よりもダークネスを恐れる少年に。
     緑愛でる少女は柔らかく微笑み、頷いた。
     さあ、帰らないと。
     共に生きると選んだ人の元へ。
    「また明日」
    「ああ。また明日」
     その先へ。

    ●輝くのは、想い
     そびえ立つほどに大きなクリスマスツリーの下。
     日向はいつものブレザー姿の上にコートを着て、物思いに耽るように押し黙る。
     彼にも思うことはある。悩むことも。その答えは誰も分からない。彼自身にだって。
     だから、誰かを待ってしまったのだ。その答えを教えてもらいたくて。答えなんてないのに。
    「日向さん」
     呼ばれて顔を上げる。
     寒さに頬を朱に染め、陽桜が柔らかく微笑む。
    「今年は、本当にあっという間でしたよね」
     色んなことがありましたよね。
     本当に。たくさんの、色々なことがあった。
    「年初は、まだまだ先が見えない感じだったのに……今は、戦いも終わって。あの時には見えなかった世界が生まれようとしていて。何だかとても不思議ですよね」
     あの時予想していた今は、今と同じだったろうか?
    「今だけじゃない、これからもずっと世界は変わり続けるのですよね」
    「……うん」
     たとえこちらを置き去りにしたって、世界は変わり続けていく。
    「あたしは」
     ふと。
    「この、変わり続ける世界が怖いなって思ってた時があります」
     変わるということが、よい結果を招くとは限らない。
     最悪の結果になることも。
    「でも……怖がる必要なんてないんだなって、最近やっと思えるようになりました。変わることをもっと楽しめたらいいなって思えるようになりました」
     ふふっと笑う。
    「そう思えるようになったのは、皆さんのおかげでもあり。日向さんのおかげでもあります」
     その言葉に、弾かれたように顔を上げた。
    「改めてありがとう、なのですよ」
     微笑む陽桜に、日向はうつむく。
     まばたきの間に睫毛が濡れたのは、きっと冬の風が冷たくて、それがしみたんだ。
    「俺からも。……ありがとう」

     燃えるように赤い髪を揺らして、ガルは道を急ぐでなく早足に向かう。
     日向と話すよ、何を話そうかな。
     そうだ、将来の夢について話してみよう。日向の将来も聞けたらいいな。
     考えている間に、夜を明るく照らす電飾の下、目的の人物を見つけて。
    「日向ー! 話しに来たよー!」
     敷物を片手に日向の下へ駆け寄る。
     ツリーの下に敷物を敷いて、日向も一緒に腰下ろして。と促され、日向はほんの少しだけ彼女から距離を取って座った。
     地面から伝わる寒さに少し眉をひそめた彼の様子に気づき、
    「このままだと寒いから………変身!」
     と、狼モードに変身。
     いつもの調子で尻尾をぶんぶんしてそばに来るよう示すと、いつもと違って恐る恐る寄り添い、尻尾でもふもふすると彼ももふもふしかえして。
     暖を取りながら話をする。
    「日向は将来の事、考えてる? 私はね……」
     『病院』の人造灼滅者としては医療関係の仕事に興味がある事。
     注射を武器にしてたので、痛くない注射を打てる看護士になりたい事。
     医療系の勉強の難しさが泣ける事。
    「でも、頑張ってみるよ!」
     元気いっぱいに笑うガルに、日向も笑って、
    「うん。きっと、ガルならできるよ。きっとなれる」
     だって、いつだって全力だもの。
    「次は、日向の番!」
     笑って促す彼女に、エクスブレインは少しの間を置いてから口を開いた。
    「俺はね、世界が見たい。灼滅者のみんなが見てきた世界を。その先を。ほら、夏にみんなでパラオに行っただろ?」
     あの日撮った写真は、今ここにないけれど。
    「笑ってたんだ。だから、よかった、って思って」
     それが俺の仕事だったけど、心配だったんだ。
     だから。
    「俺が送り出してきた人たちが、戻ってくるまでに見たものを、俺は見たい。俺は、」
     ふ、と吐いた息が白くけぶる。
     触れた彼女の尻尾は、普通の人間にはありえないもので。
    「灼滅者やダークネス、人造灼滅者……その存在を知った人たちが、今の世界をどう思っているのか知りたい。世界中を見て回りたいって思うよ」
     それから、……それから?
     ええと。
    「……その先は、またあとで考えるよ」
     照れ隠しで笑う日向に、ガルも笑って応えた。

     様々な想いが麗夜に揺れ、或いは届け、或いは秘め。いつか果たし、いずれ果たす想い。
     どうか忘れないで。
     あなたがこれまで過ごし、そしてこれから迎える日々を。

    作者:鈴木リョウジ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2018年12月26日
    難度:簡単
    参加:17人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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