●崩落崩壊
ハンマーを担いだ少女が、がつん、がつんと塔を叩く。
塔の上に残された女は悲鳴を上げて蹲る。
がつん、がつん、ぐらん、ぐらん。
塔は揺れ、剥がれ落ちた外壁が花畑に降り注ぎ、チューリップを圧し折った。
ここは悪夢の花畑。
塔の上の憎み人を、積木崩しにする悪夢。
少女の名前は君津シズク。
逆から読んで、積木崩し。
●増悪偽悪
「昔ならぬ昔あるところに、一人の女の子がいました」
ハードカバーの本を捲り、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は語りだす。
「女の子はクラスの人気者でも除け者でもありませんでした。そこそこに友達がいて、まあまあに嫌いな人がいて、それなりに関わらない人もいて、ごくごく普通に、順風満帆に、人間らしく生きていました」
本のページが、ぱらりぱらり。
「しかしある日、クラスで人気者の女の子が言いました。私の好きな男の子が、この子に冷たくされたから、酷い仕打ちをしてやろう」
ぱらり、ぱらり。
「その日から少しずつ、少しずつ、女の子は不遇な目に会わされました。人が話しかけてくれなくなって、友達が少なくなっていって、上履きが無くなって、椅子が無くなって、机が無くなって、ついに一人ぼっちになって、家に閉じこもった時……彼女は闇に、誘われたのです」
ぱらり、ぱらり、ぱたん。
「ダークネス『シャドウ』。夢を操り心を殺す、心の闇です」
君津シズク。
シャドウのなりかけ。
理不尽な理由から不遇な目に遭い、闇堕ちをした少女。
彼女は一般人少女の夢の中へ入り込み、心ごと殺してしまおうとしています。非常に感情的な、強い怒りに突き動かされており、理論的な話し合いは難しいだろう。
この事件を止める方法は二つ。
ひとつはソウルアクセスを用いて精神だけ夢へ入り込み、彼女を武力的に殺害、灼滅すること。
もうひとつは、彼女の感情を戦闘行為によって発散させ、話し合いに持ち込むこと。
後者を選んだ場合、彼女が灼滅せず、灼滅者としての素質を見出すチャンスが生まれることになる。ただし、話し合いの内容が的外れであったり、当たり障りのないもので合った時、前者と同じ結果へと還るだろうと思われる。
「やり方はお任せします。皆さんの思うように、想いたいように、この事件を解決して下さい」
参加者 | |
---|---|
紅先・由良(漆黒に生える紅眼・d00556) |
東雲・凪月(赤より紅き月光蝶・d00566) |
槿・夕晴(ヴァニタスの夏影・d00749) |
久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057) |
九重・透(目蓋のうら・d03764) |
クリムヒルト・ドロッセル(小学生エクソシスト・d03858) |
戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) |
エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814) |
●雑踏の中の個人
揺れる電車の窓縁に、紅先・由良(漆黒に生える紅眼・d00556)は肘を突いていた。目まで隠れたローブが窓に触れ、通り過ぎる民家の群を撫でてゆく。
こんな普通の、どこにでもある景色の片隅で、少女が闇に堕ちたと言う。
「ごくごく普通に生きて来て……か」
ボックス型座席の、向かい側。
エデ・ルキエ(樹氷の魔女・d08814)が、外の景色を眺めながら言った。
「上履きが無くなるのも無視されるのも普通のことなのかもしれないね。世界中のどこでもやってる」
窓ガラスに映った九重・透(目蓋のうら・d03764)の顔が、しゅんと斜め下を向いた。
「だとしても、自分に非が無いことで責められるのは、つらくてむごいことだよ。でも……」
列車はトンネルへと入って行く。
耳をキンと突くような感覚と共に、彼女の言葉が掻き消えた。
暗い車窓の内側で、東雲・凪月(赤より紅き月光蝶・d00566)は読んでいた本を閉じた。
「彼女の受けた傷、深いだろうし、怒りだって小さい物じゃない。受け止めて、受け入れたいよ」
「…………」
向かいの席で、クリムヒルト・ドロッセル(小学生エクソシスト・d03858)は本を開いたまま言った。
「ボクは気持ち、理解できない。経験、ないから」
「いいんじゃない? 解ってあげなくてもさ」
椅子にもたれかかっていた久篠・織兎(糸の輪世継ぎ・d02057)は、顔を覆っていた本をどけた。
「みんなかよくしよーね」
列車はトンネルを抜け、まばゆい光が車内へと差し込んだ。
「救ってやるなんて、訳知り顔をするなんてな」
「……」
吊革に手をかけて、槿・夕晴(ヴァニタスの夏影・d00749)と戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549)は肩を並べていた。
「分かってるのに、それでも救いたいと思う。俺は、バカか」
「……」
列車はやがて減速し、目的の駅へとたどり着く。
蔵乃祐は目を覆う程の前髪の奥で、瞬きを一回だけした。
「違うだろ」
●悪夢の塔のシズク
ハンマーを担いだ少女が、がつん、がつんと塔を叩く。
塔の上に残された女は悲鳴を上げて蹲る。
がつん、がつん、ぐらん、ぐらん。
塔は揺れ、剥がれ落ちた外壁が花畑に降り注ぎ、チューリップを圧し折った。
ここは悪夢の花畑。
塔の上の憎み人を、積木崩しにする悪夢。
少女の名前は君津シズク。
彼女と彼女、二人だけの悪夢。
その筈だったのに。
「君がしようとしてること、知ってるよ」
「……」
ハンマーを担ぐ手を止めて、シズクは後ろを振り向いた。
花を踏まぬように、透が立っていた。
「止めに来たって言ったら、どうする」
「邪魔しないでって、言う」
剥がれ落ちてくる外壁をハンマーで払って、シズクは一足で透へと飛び込んできた。くるんと踊るように身を翻し、ハンマーを叩きつけてくる。
しかしその鎚面が透へめり込むことは無かった。
素早く間へ割り込んだ蔵乃祐が、へらりと笑ってシールドを展開。彼女のハンマーを受け止めていたのだ。
「シズクさんですよね、真剣十代しましょーよ! ソロプレイなんかよりずっと楽しいですよ!」
ハンマーを一度押し退けると、シールドを纏った拳を叩き込む。
遠心力をそのまま使って飛び退くシズク。
ガンナイフをナックル握りにして追い縋る透。
繰り出された斬撃をギリギリのところで回避した。前髪が切れて舞う。
「ごめん、帰って。今私……イライラしてるのっ」
シズクは歯をぐっと食いしばり、地面を盛大に叩いた。
地面事ひっぺがされて転がされる透と蔵乃祐。
由良はそれを縛霊手で受け止め、祭霊光をかけてやった。
「ちょっと、大丈夫なの!?」
「これでもダークネス相手ですからねぇ」
「言ってる場合か」
体勢を立て直した彼らの間をライドキャリバーが豪速で突っ切って行った。
「ストレス発散なら、こういうのはどう!?」
勢いをつけてリングスラッシャーを投げ放つ夕晴。放たれたリングはキャリバーの前面を覆うように固定。そのまま隆起した地面を跳ねるとシズク目がけて突撃した。
「――っ!」
反射的にハンマーをマルチスイングするシズク。打撃面とキャリバーの全面が衝突し、両者は同時に後方へと撥ね飛ばされた。
しかしそこはシールド補正。キャリバーは空中で激しくエンジンをふかすと風のコースを走るが如く再突撃をかけた。
ハンマーの根元と端をそれぞれ握り、推し留めるように受け止めるシズク。
彼女の踵が土を抉るなか、綾兎が大きく跳躍した。
「狙うぜー、超狙い打つぜ~!」
上段に高く刀を掲げると、脚を若干ばたつかせながらシズクへとフォールアタックを仕掛ける。
素早く飛び退くシズク。先刻まで居た地面が派手にはじけ飛んだ。
身体を折り曲げつつ、大きく腰を捻る綾兎。
「そこっ、だ!」
横向きに大きく繰り出された月光衝がシズクに直撃。飛び退いた勢いそのままに花畑を転がって行く。
そこへ、ロッドを握った凪月が突撃。
身を丸めて立ち上がるシズク。
シズクはハンマーに影を宿し、凪月は魔力の霧を展開。
そしてハンマーとロッドが激しく打ち合わされた。
「来いよ、全て受け止めてやる」
「受け入れる……?」
「シズク、積木崩しの悪夢はおしまいにしよう」
お互いを弾き合い、僅かに飛び退く。
「何のこと、邪魔しに来たんじゃ……!」
シズクは眼前に漆黒の弾丸を形成すると、ハンマーで思い切り撃ち出した。
高速で飛来する弾丸はしかし、エデの身体に阻まれる。
「気持ちよく、戦うよね」
身体に回る毒々しい何かを我慢しながら、エデは胸を張って立った。
「こんな人が、悪夢の世界で窒息しちゃうなんてことないよ」
「……」
「悪夢の中で戦っても抜け出せないよ」
「抜け出す……」
「抜け出すことが、闘いなの!」
再び形成されかけた弾丸が、横合いから放たれたジャッジメントレイで破壊された。
ガンナイフを構えて目を細めるクリムヒルト。
「ごめんなさい。あなたのこと、解らない。わからないから――」
知らない人だから。
解らない事だから。
他人事だから。
「わかることも、あるょ」
撃鉄を押すクリムヒルト。
「『主よ、哀れな子羊を救い御導き下さい』……あなたのそれ、間違ってます」
●積木の一番下を抜くように
飛来した弾丸を走って避けながら、クリムヒルトはジャッジメントレイを流し打ちした。
「殺したいほど怒ってるなら、殺す程度で満足するんでしょうか?」
全弾着弾。
シズクはかろうじて身を固めているが、動きはかなり鈍っているようだった。
人間じみて来ていると言うべきか。
化物らしくなくなったと言うべきか。
こうなってしまえば、クリムヒルトにとってはさほど怖い相手ではない。
「とりあえずボクには、止めることしかできないです、ごめんなさい」
ガンナイフを一度手放し、腕を異形化。
一気に距離を詰めてシズクを殴り飛ばす。
地面を跳ねるように転がり、シズクは塔に激突した。
「だ……って……」
雨の様に降る細かい瓦礫。顔を庇うように腕を翳し、シズクは歯を食いしばった。
「私、何もして無かったのに。急に、酷いじゃない、こんなの……」
「そうですね、酷いですね」
蔵乃祐がゆっくりと歩み寄る。
「それで?」
「……え」
歩み寄る。
「彼女の誤解が解けるようにしたことは? 好きな男子にかけあって誤解を解いてもらおうとは? 友達に協力してもらいましたか? 先生や両親に相談は?」
「そんなの、したって誰も」
そして、シズクの襟首を持ち上げた。
「甘えんなや、ボケが!」
蔵乃祐はシールドコートした拳でシズクの顔面を殴った。
後頭部が塔の壁にぶつかり、放射状にヒビが広がる。
「結局誰も信用しなかったしどうにかしようともしなかっただけじゃねーのかよ!」
反対側の拳に影を宿して更に殴る。崩壊する壁。
「理不尽を理由にすんな他人を言い訳に使うな自分の選択に責任持てよ、シズク!」
それでも止まらずに蔵乃祐は連続で拳を叩き込んだ。
元々脆い壁だったのかもしれない。シズクは壁を突き破って塔の中へと転がり込んだ。
沢山の絵画が飾られた、奇妙な部屋だった。
『ある少女』がシズクへした仕打ちの数々。理不尽さに困惑するシズクの目。ギスギスとしていく教室の空気。沢山の、沢山の、沢山の絵画がパズルピースのようにぎっしりと壁を覆っている。
名付けるならば。
「『罪悪感の塔』……」
荒い息をする蔵乃祐の肩を叩いて、由良は彼女を見た。
「シズクちゃん。もし言えなかったら寂しいから、先に言っておくね」
フードは上げずに、口元だけで言う。
「貴女をむしばんでるシャドウを倒す力が、もしかしたら残るかもしれない。そうなったら、一緒に戦おう」
「戦う……戦うことは……」
「そう、抜け出すこと」
塔の中へ、エデと凪月が踏み入った。
大鎌を、影業を、それぞれ構えて緋色に淡く光らせた。
「ここにある全部……よくあることだと思う。どこにでもある光景だと思う。でも必死になって抜け出すの。足掻いて、足掻いて、足掻くんだよ!」
「アンタがしたいのは人殺しなんかじゃないだろ。他人は所詮自分のためには動いちゃくれないかもしれない。理不尽なことも沢山あるかもしれない。けど、誰かといたらそれ以上に楽しいことも、幸せなこともある」
「現実が悪夢そのものなんだね。仕返しは気分がいいけど、そんなの悪夢の中の戦いでしかない」
「崩れた積木はまた積み上げればいい。だから、俺たちを信じてくれないか」
「世界を変えるの。悪夢からも、現実からも、抜け出して――戦って!」
「――ッ!」
シズクは立ち上がり、大きくハンマーを掲げた。
同時に飛び掛り、繰り出される紅蓮撃。
それを避けることも無く、シズクは大震撃を繰り出した。
罪悪の塔の一段目を、まるで達磨落としにするように吹き飛ばし、エデと凪月をも吹き飛ばす。
塔の窓を破って、透が飛び込んでくる。
「本当は間違ってるって分かってるんだろう。でもその力は、泣けない君の泪の代わりなんだろうから――」
ロッドも糸も仕舞い込み、拳を構える透。
「思う存分振るえばいいよ。全部受け止めて、叩き潰すから!」
透ともつれあって塔の外へ転げ出るシズク。
彼女は声にならぬ声をあげ、シズクはハンマーをフルスイングした。
塔が再び、達磨落としのように一段吹き飛んだ。
しかしそれが、最後の一振りだったのだろう。
「……はあ」
シズクは膝から崩れ落ち、透に抱きとめられた。
「よく頑張ったね」
彼女を抱きしめて、目をつぶる。
「理不尽だったね。君は、悪くなかったのにね」
塔は、最後の二段を残すのみとなっていた。
恐らく、夢の……夢主の精神が、塔の崩壊と言う形で表現されたのかもしれない。現実でこうはいくまい。
塔の上から二段目は、少し昔の光景が並んでいた。
シズクがごく普通に生活していた、普通の光景。
何気ない、日常の光景。
螺旋状の階段を上ると、見知らぬ少女が気を失って倒れていた。
彼女がシズクの恨み人だろう。
だが。
「これは……」
夕晴と綾兎は最上階の内装を見回した。
シズクと語らう少女の絵。シズクと机を並べる少女の絵。何気ない、日常的な、ごく普通の、そして親しげな絵だった。
「なあ……」
目を丸くしているシズクに、夕晴は振り返った。
「彼女を、殺さなきゃ気が済まないか?」
「……」
「理不尽に抗うアンタは綺麗だった。そんな人が、誰かの所為で人格を失くすのは嫌だ。立ち止まってくれたらいいと、思ってる」
「…………」
シズクはハンマーから手を離した。
すとん、と。思いのほか軽い音を立てて床に落ちる。
少女へと歩み寄るシズク。
その横に並んで、綾兎はやや腰を低くした。覗き込むようにして、視線を合わせる。
「つらかったよな。でも怒りに任せてしまうのは悲しいよ。シズクちゃんが囚われてしまうのは悲しいよ。起きたこと全てを無かったことにはできないけど、これからがあるだろ」
「これから……」
「大丈夫だよ、たのしくやれるよ」
「……うん」
シズクは小さく頷くと、少女の前に膝をついた。
そして。
「よし、こうしよう!」
スカートのポケットに手を突っ込むと、油性ペン(太)を引っこ抜いた。
「ぁ……」
顔を青くして手を翳す夕晴たちを背に、豪快に少女の顔に細工するシズク。
最後にペンを窓の外にフルパワーで放り投げると、仁王立ちに立ち上がった。
くるりと身体ごと振り向く。
「自己紹介!」
「ぁ、うん」
「君津シズク、逆から読んだら積木崩し! よろしく!」
●after
後日談、というわけではない。
ある少女は朝目覚め、いつも通りに鏡の前に立って絶叫した。
顔にはこうある。
『シズクちゃんごめんなさい』
作者:空白革命 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2012年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 7/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 9
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