恋人の肖像~想いは秋空の下に満ち溢れ~

    作者:飛翔優

     芸術の秋。
     武蔵坂学園の秋を彩る芸術発表会に向けた準備が始まろうとしてた。
     全8部門で芸術のなんたるかを競う芸術発表会は、対外的にも高い評価を得ており、武蔵坂学園のPTA向けパンフレットにも大きく紹介された一大イベントである。

     この一大イベントのために、11月の学園の時間割は大きく変化している。
     11月初頭から芸術発表会までの間、芸術科目の授業の全てと、特別学習の授業の多くが芸術発表会の準備にあてられ、ホームルームや部活動でも芸術発表会向けの特別活動に変更されているのだ。

     ……自習の授業が増えて教師が楽だとか、出席を取らない授業が多くて、いろいろ誤魔化せて便利とか、そう考える不届き者もいないでは無いが、多くの学生は、芸術の秋に青春の全てを捧げることだろう。
     少なくとも、表向きは、そういうことになっている。

     芸術発表会の種目は『創作料理』『詩(ポエム)』『創作ダンス』『人物画』『書道』『器楽』『服飾』『総合芸術』の8種目。
     芸術発表会に参加する学生は、それぞれ、自分の得意とする種目を選び、その芸術を磨き上げ、一つの作品を作りあげるのだ。

     芸術発表会の優秀者を決定する、11月22日に向け、学生達は、それぞれの種目毎に、それぞれの方法で、芸術の火花を散らす。

     それは、武蔵坂学園の秋の風物詩であった。

    ●人物画コンテスト
     被写体を選び、人物画を作成し発表する。纏めてしまえば味気なく、イベントとして盛り上げるのは少々難しい内容だ。
     しかし……と、イベントの説明を行う倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は人物画コンテストのチラシを裏返す。
     ――裏ルール。人物がコンテストの作品は、恋人の肖像画でなければならない。
     豆粒のように小さな文字で記されている一文を読み上げて、葉月は静かに微笑んだ。
    「これがあるので、恋人の肖像画出ない場合は審査の段階ではねられてしまうんです。……ああ、恋人がいない方も諦める必要はありません! この機会に、想いを寄せている相手に告白してみるのはいかがでしょうか?」
     愛とか好きとか、そんな言葉を口にするのが恥ずかしい。想い人の前だと素直になれない。最後の一歩を踏み出せない。近すぎて、ついつい流れるままに過ごしてしまう……そんな想いを抱えた皆様。
     発表会のモデルになってくれませんか? って愛しの人に伝えて見ませんか? 好き、愛してると囁く代わりに、こう告白して見ませんか?
     チラシの裏に記されている裏ルール。知らない者はほとんどいない。発表会のモデルになってくれませんか? と伝えるだけで、想いも伝わるはずなのだ。
    「全ては皆さんの勇気次第……でも、その一歩さえ踏み出せば、学園生活はより鮮やかに彩られます。想いを託した肖像画も、きっとより素晴らしいものになるはずです」
     その為にも、告白のシチュエーションを考えよう。どんなタイミングで伝えるかをイメージしよう。
     自分にできる精一杯、想いも願いも詰め込んで。それさえあれば……きっと……。
    「後は……そうですね、これは既に恋人さんがいる方々にも関わり合いのあることですが……」
     肖像画を描く際、きっと二人きりで過ごすことになる。新しい愛も、深めてきた愛も、より強く育まれていくはずだ。
     これからも続いていく日常。平易なだけではない道を、二人で乗り越えていけるように……。
    「……概要はこのような形ですね。後は注意事項ですが……恋人の肖像画である必要がある他には特にルールはありませんが、あんまり過激なものはダメですよ? やっぱり、審査の段階ではねられてしまいますから……」
     学生らしく健全に、乱れのない付き合いを。標語のような文言を語った後、葉月は説明を締めくくる。
    「抱いた想いは宝物。しまっておくこともできるけど、もし、大切な人と共有できたなら……きっと、もっと輝くはず。形にすることができたなら、素晴らしいものが生み出される……」
     二人きりで作り出した肖像画は、どんな芸術よりも尊く美しい。
     皆様の幸せの数々を、心よりお待ちしております。


    ■リプレイ

     紅葉色づく冬の頃、柔らかな陽光が降り注ぐやさしい午後。温もりを求める生徒たちが、武蔵坂学園の各所で新たな花を咲かせている。
     恋か、愛か。開いた蕾は色とりどり、見るものに優しい気持ちを与えていくのだろう。肖像画という名の大輪を咲かせていくのだろう。
     東当・悟のように、一人ぼっちで愛しの彼女を。入学してから数ヶ月で彼女なんかできるわけないと割りきって、大好きなあめ玉(ミルク味)のパッケージキャラクターである二次元の恋人を描いている者もいるけれど。
     あるいは雁屋・蝸牛のように撮影機材を持ち込んで、新たな幸せを写し取っている者もいる。好みの女性、大和撫子なんて絶滅したんだぁー、と嘆いていたからか、あるいは嫉妬からか、広がる光景をネットで実況していたりもしたけれど……。
    「……ふぅ」
     毛色を変えて、校庭の片隅。シルク・ヴァレリアは大きなキャンバスを前に筆を動かしていた。
     描いていくのは校庭の景色、幸せそうに微笑む恋人たち。色づく想いを込めるため、彼女もまた口元に微笑みを浮かべていく。
     そんな、十一月二十二日武蔵坂学園芸術発表会への準備に勤しむ生徒たち。果たして、絆を結んだ、深めた者たちは、どんな絵画を描くのだろう?

    ●蕾が花開く時
    「……はぁ」
     いつもファリス・メイティスが読書している公園に勇気を出してやってきたのに、肝心の彼はベンチの上で夢の中。山岸・山桜桃は小さく肩を落とし、すぐに小さく首を振る。
     拳を握り、ぎこちない動きで歩き出し、隣に腰掛けていく。
    「これは予行演習です」
     一人大きく深呼吸。否応にも高まる鼓動を聞きながら、ファリスへと向き直る。頬をほのかに染めながら、耳元に口を近づけていく。
    「……ゆすらを、ファルくんの絵のモデルにしてくれませんか……?」
    「え?」
     ――少し前から起きていた。
     ファリスは思わず振り向いて、茶色い瞳とご対面。
     目が、肌が、唇が、息遣いを感じるほど近いことに気がついて、顔がかっと熱くなる。離れることもできないまま、真っ赤に染まっていく山桜桃を見つめていく。
    「えっと……し、失礼するです!」
    「っ!」
     脱兎のごとく逃走しようとした山桜桃の手を、ファリスは掴んで引き止めた。柔らかく暖かな温もりを感じ取りながら、必死に口を開いていく。
    「えっと……上手に描けるかわからないよ?」
    「えっ」
     振り向き瞳を見開く彼女に見せるのは、照れくさそうな優しい微笑み。絆が結ばれゆく合図。
     見つめあう潤んだ瞳が、恋が愛へと変わった証……。

    「あの、……紫信くん。それって……」
     耳にした言葉が信じられず、天羽・蘭世は思わず聞き返した。
     意味は知っているのだろう。
     突然のことで信じることができないのだろう。
     だから、弓塚・紫信は真っ直ぐに赤茶の瞳を見つめたまま、静かに頷いていく。優しく掴んだ手の温もりを感じながら、想いを言葉に変えていく。
    「あなたが……好きです」
     重ねられた真実に、蘭世の顔が熱くなる。高鳴る鼓動が耳にも届き、呼吸すらも早めていく。
     紫信もまた同様なのだろうと、赤い頬を見て少しだけ落ち着いた。手の優しさを感じながら、一歩だけ顔を近づけていく。
    「蘭世も、紫信くんの絵を描きたいです」
    「……」
    「蘭世も、紫信くんが……好きです」
     潤む視界、緩む頬。
     震えているのは精一杯の勇気を出したせい。
     愛しい蘭世に微笑みかけ、紫信はおでこにくちづけを。
     瞳を閉じて受け入れてくれた彼女の耳元には、始まりの言葉を告げていく。
    「では、これからもよろしくお願いしますね……」
    「はい……」
     紡がれゆく二人の時間。これまでよりもずっと幸せなものになるように……。

    「俺も大好きだよ、妹みたいに大事に思ってるし」
    「えっ」
     精一杯の告白の答えとして藤倉・大樹の口から出た、あっけらかんとしたいつもの言葉。浅凪・菜月は小さな声を漏らした後、小さく口をつぐんでいく。誰よりも、一番ずっと大好き……精一杯込めた思いの分まで気づかぬ内に涙ぐみ、それでも人物画コンテストのちらしを震える手で裏返す。
    「……あの、これ……知ってる?」
    「……あ? 裏ルール? そんなもんあったのか……って、何だこりゃ!?」
     小さな字で記されていた一文を読み取って、大樹は顔を上げていく。
     目の端に涙を溜める菜月と見つめ合い、思わず言葉を失った。
    「そういう……意味なんだけど……。あ、め、迷惑なら忘れていいからっ! 私じゃそんな相手じゃないよね。おじゃましちゃってごめんなさいっ!」
     詰まりながらの、震えた声。
     ぺこりと一礼して踵を返していく菜月。
    「にゃう!?」
     駆け出そうとした手を掴みとり、大樹は自分の方へと引き寄せる。至近距離で見つめ合い、しどろもどろながらも口を開く。
    「んーと……迷惑なねぇんだが、むしろ嬉しいつーか……あーもう、なんて言ったらいいか分からん!」
    「えと……それって……」
     徐々に大きくなっていく声音。熱くなる頬、潤んでいく瞳。
    「わかった、いくらでもモデルになってやる! こんな答え方しかできなくて悪いが、許せよ!」
    「……それでもいいっ」
     こらえきれなくなったのか、そっぽを向く大樹。
     抑えきれなくなったのか、抱きついていく菜月。
    「じゃあ……一緒に、描いてくれる?」
     優しい涙を流している、恋人からの最初の願い。大樹はああ、と短く返していく。
     幸せな温もりを、互いに与え合っていく……。

    ●様々な色に染まる花弁
     花檻・伊織と二人きり、見つめ合いスケッチを行う篠原・小鳩。裏ルールに気づいている様子のない伊織に対し静かなため息を吐きながらも、折角なのでと気合を入れて描いている。
     大まかな輪郭を描いた後、鉛筆の音が一つ分しかなかったことに気が付いた。
     顔を上げてみたならば、優しい眼差しを向けてくる伊織がいた。
    「な、何ですかっ!!」
    「あ、ごめんごめん、つい小鳩に見惚れてたよ」
     裏など欠片ほども感じられない、屈託のない笑みを前にして、顔がかっと熱くなる。拳をわなわなと震わせながら、きっと睨み返していく。
    「も、もう、どこまで天然なんですか!」
    「天然?」
    「伊織は覚悟してるといいですっ! そのうち絶対気づかせてみせますから、ね?」
     十人中九人は真意に気づくだろう、願いにも似た強い想い。
     されど伊織は残る一人。小首を傾げ、思案顔。
    「ん、気づかせる? 何を?」
    「……ううん、独り言です」
     小鳩は拗ねたようにそっぽを向き、静かなため息を吐いていく。
     すぐに表情を和らげて、静かな動作で立ち上がった。
    「って、絵のほうはどんな感じ……うん。すごく前衛的、ですね?」
    「え、そんな。前衛的……どういう意味?」
     遠大に言葉を選んだ結果であったが、やはり伊織には伝わらない。
     ただただ、盛大なため息を吐く小鳩をぽかんとした表情で見つめるだけだった……。

     本気で受け取ってくれたのか、いつもの様に受け取ったのか。いまいちわからない状態だけど一緒に過ごせるだけでも楽しいと、狗洞・転寝の筆は踊っていた。
    「結構明るい色使いですね」
    「利亜くんって穏やかで優しい、ほんわかした日射しみたいなイメージだからね。そんな利亜くんだから大好きなんだ」
     デッサンの練習に疲れて横から覗きこんできた聖江・利亜は、軽い口調で褒められ軽く頬を染めていく。小さな笑みと共に柔らかな唇が開かれる。
    「照れてしまいます。私も勿論狗洞さんの事好きですよーありがとうございますっ」
     やはり、利亜はまるで気づいていない。それでも良いと思っていたけれど、唇からは流れるように言葉が零れた。
    「……熱い熱い恋人たちのような濃厚な情熱はまだまだ俺たちにはないけれど、これから手を携えて、共に時を紡いでいくことはできるよね、きっと」
     自然と利亜に向き直り、愛しい瞳を見つめていく。
     見つめられ、聞こえた言葉の意味に気づき、利亜は呆けたように口を開いた。
    「……恋人?」
    「ええ。……よろしくね!」
     迷いなく差し出された右手、屈託のない笑顔の転寝。
    「ごめんなさい……あ、いえ、そういう意味でなく!」
     思わず零れた一文を、慌てた様子で打ち消した。固まった右手を掴みとり、呼吸を落ち着かせて答えていく。
    「拒絶でなくて気づかなくてすみません……という意味です」
     でも、まだよくわからない。これからゆっくり気持ちを育んでいきたい。
     手伝いを願いたいとの言葉を聞き、転寝は力強く頷いた。後に恥ずかしくなった利亜が手放してしまったけれど、伝え立った温もりは忘れない。
     若葉マークの恋人たち。描かれる絵も、きっと……。

    「裏ルール?」
     描いている途中、桜海老・亘の言葉を拾い上げ、廿楽・燈が問い返す。
     即ち無知。誘うことができて天にも昇る気持ちだった亘のテンションは、どん底まで叩き落された。
     けれど強い男の子。
     けれど恥ずかしさも勝る男の子。
     あの手この手で遠くから、燈に想いを伝えられるよう言葉を駆使する。
     裏ルールに気づかぬ燈には伝わらない。度々首を傾げた果て、心配げに瞳を潤ませた。
    「亘くん、大丈夫? なんだか変だよ?」
    「えと、その、あー、もう!」
     ついに覚悟が決まったか、亘は燈に歩み寄る。
     真剣な亘に迫られて、燈の鼓動も跳ね上がった。
    「ぼ、僕、ずっと燈ちゃんのことが……好きです」
    「え? 好き? 燈も好きだよー!」
    「ううん、友だちとして……じゃなくて……よかったらずっと一緒にいてください」
     友達じゃない、との言葉の前に、燈は瞳を見開いた。熱くなる頬を感じつつ、精一杯思考を働かせる。
    「友達の好きじゃない……って事は……恋人さん同士になりたいってこと? って、えぇえ!?」
     答えへと辿り着いたのなら一直線。溢れる想いが邪魔するけれど、紡ぐ言葉は変わらない。
    「えっと、えーと……あの……燈も亘くんと一緒にずーっといたい、です」
     溢れにあふれた末、重なる思い。顔を真っ赤にしたまま見つめ合い、自然と優しく微笑み合う。
    「ぜったいなにがあっても守るからね。大好きだよ燈ちゃん!」
    「ずーっと傍にいてね。亘くんだいすきっ!」
     幼き心の強い絆。明るい笑顔が示すように、幸せが描かれていくのだろう。

     イベントを楽しもうと桜埜・由衣を誘った後、裏ルールに気づいた坂部・芥一郎。想定とは少々違う二人きりという空間を前にして、浮かんでくるのは変な汗。
     対する彼女はすまし顔、芥一郎の様子に微笑む様すら見せている。
     だからだろう。芥一郎に悪戯心が芽生えたのは。
    「……由衣、好きだ」
     甘い言葉を囁いたのは。
     由衣が思わず筆を落とし、はっと顔を上げていく。呆然と瞳を見開いて、更なる言葉を聞いていく。
    「二人だけの秘密と言うのも趣きがあって良いかと思うが、さて、共犯になってくれるかな」
     魅力的に聞こえるのは、きっと更なる想いが込められているから。自分を想っていてくれているのが判るから。
     表情を優しい微笑みへと変えて、由衣は真っ直ぐ見つめ返していく。
    「思わずびっくりしちゃいました。ふふ、二人だけの秘密。なんて、魅力的な響き。楽しそうですし、もちろん共犯は大歓迎なのです」
     照れたのか、芥一郎が手元に目を落とす。
    「ずっと、笑ってろ」
     一つだけ注文を付け加え、静かに反応を待ち望む。
    「……その願い、たしかに受け取りました。貴方が望むなら私はずっと笑い続けます。今だけじゃなくて、これからも」
     描かれしはいつもの笑顔。
     これからも一緒に歩いて行く愛しい人の。
     さあ、芽生えた想い、抱いた想いをキャンバスへと託していこう。

     初めての二人きり。
     絵を描くのは好きなのに集中できない、そんな時。
     けれど、九重・風貴をじっくり見るのは初めてで、描くのに四苦八苦している顔。忙しく描いたり消したりしている腕。クラブで騒いでるのとは違う姿に、思わず頬が緩んでいく。
     心に浮かぶは、愛の文字。
    「……好きだよ」
     想いが絵にも現れた瞬間に聞こえた優しい声。九重・透は筆をポトリと落としていく。
     透が慌てて広いにゆく様を見て、風貴もまた動き出す。絶えぬ笑顔を浮かべたまま、拾ってあげようと手を伸ばす。
     さすがに透が拾うほうが早い。
     仕方ないと手を引っ込めた風貴の前に、向けられたのはとびっきりの愛しい笑顔。
    「ああ、私も……好きだよ」
    「っ」
     動くことができなくなる。
     顔がかっと熱くなる。
     頬は緩むがままに瞳を閉ざし、新たな想いを確認する。
     瞳を開き、溢れるままに手を握り、もう一度口を開いていく。
     否。回数に限りはない。何度でも何度でも、風貴は想いを伝えていく。
     手に伝わる温もりを、握り返してくれた想いを、心から噛み締めながら。
     どこか、放さないで、とすがっているように潤む瞳を、真っ直ぐに見つめ返しながら。
     いつまでも、いつまでも、互いの想いが融け合うまで。二人一緒に立ち上がり、新たな一歩を踏み出すまで……。

    「ラシェル……私、貴方に伝えたいことがあるの」
     昔に比べれば明るくなったシャルトリア・アルフィエルを見つめている内に聞こえてきた、迷いの吹っ切れた小さな言葉。ラシェリール・ハプルシンゲンはモデルとしての体勢は崩さずに、静かに促していく。
    「ありがとう。貴方がいなければ私はここに存在しなかった。貴方は私を闇堕ちから救ってくれた」
     語られる内に浮かんでくる、出会いの時。
    「血に塗れたこの手を綺麗だと言って、闇しか知らない私に陽の暖かさを青い空を人のぬくもりをたくさんの事を……何より愛を教えてくれた。憎しみしか無かった私にこの世界は素晴らしいって教えてくれたの」
     語る内に浮かんでくる、それからの事、今のこと。
    「今は友達もできたんだよ? いつも私の側で笑っていてくれて、辛い時は励ましてくれて、守ってくれて。貴方が恋愛恐怖症なのは知ってるからゆっくりでもいいの。貴方が私は大好きよ」
     全てを語り終えた彼女の瞳に、写り込んだのは赤面していくラシェリール。彼は一拍の呼吸を置いた後、静かに瞳を閉ざしていく。
     手が震えるのは、怖いから。
     恋をすることではなく、大切な人を失うのが。
    「……」
     向けられてきた好意、目を逸らしていた自分。
     胸に響くはシャルトリアが紡いだ言葉。
    「俺も……」
     拳を強く握りしめ、殻を破る。真っ直ぐにシャルトリアを見つめ返していく。
    「……好きだ」
     想い溢れるまま立ち上がり、笑みに変わっていく彼女に近づいた。思いの証として赤い頬にくちづけし、優しく微笑みかけていく。
     変わるための一歩は刻まれた。より幸いな方角へと迎えるよう、二人寄り添って進んでいこう。

    「私、流様の事大好きです。小さい頃に初めて会った時からずーっと」
     描く内、アイリス・シャノンの唇から語られ始めた想い。九條・流は筆を動かす手は止めず、ただ小さく頷いた。
    「知ってる」
     それ以上の言葉は紡がない。
     構わず、アイリスは続けていく。頬を紅潮させながら、大切な想いを伝えるために。
    「ずっと傍で見てて、ある日気付いたの。流様はいつもね、前向いてたの。でもその背中がすごく寂しそうだったの」
     語る内、アイリスの頬から赤みが引いた。
     瞳を潤みを帯びていく。
    「その寂しい気持ちを和らげたくて、ずっとつきまとって。きっと迷惑だろうなって、そう思ってたのに……」
     言葉が詰まり、まとまらない。涙も頬を伝っていく。
     流は目を細めた後、小さな息と共に口を開いた。
    「俺はお前のことが好きだ」
     筆を動かす手は止めないまま、想いもその絵に込めて。
    「どこにでもまとわり付いてくる癖に、いつも一歩後ろに下がっていたな。これからは隣にいて欲しい。隣で、お前の笑顔を見ていたい」
     改めて顔を上げてみれば、アイリスは泣いていた。声を抑えて、泣いていた。
    「……なぜなくんだ。泣くな、笑っていてくれ。お前が傍で笑ってくれるから、俺は前を見据え続けられたんだ」
     気づけば手も止まっていた。小さく震えていた。
    「……私の気持ちが流様に届くなんて思わなかったから、だから涙が出ちゃって……ご、ごめんなさい。流様が笑ってって言うなら、私笑うの」
     大好きだから、ずっと一緒に。一緒にたくさん、笑いたい。
     同じ時を重ねてきた二人、これからもきっと同じ道を歩いて行く。浮かべる表情が笑顔なら、どんな事があっても幸いだ。
     描かれし絵もまた明るい笑み。これから先も見続けていくことができるように……。

    「あのさ夏目。絵のモデルになってくれないかな?」
     絵のモデルに誘われてびっくりしながらも、恥じ入りながらもたまにはいいかと了承した。
     故に、夏目・志摩子は稲梓・ましろと二人きり。筆を動かす音を聞いている。ウキウキ気分で描いている彼を眺め、優しく瞳を細めていく。
     普段とは違う、彼の顔。それこそ、絵を描く趣味があったなど知らなかった。けれど、真剣に描いてくれているのだから悪くない。気合を入れ、志摩子は姿勢を整える。
     会話なく、言葉もない、一時間と数十分。ましろが小さく頷き筆を置き、にっこり笑顔でキャンバスの横から顔を出した。
    「ありがとう、夏目。完成したよ」
    「え、ほんと?」
     息を吐く志摩子に微笑み返し、ましろはキャンバスの裏で拳を握る。
     絵のモデルを受けてくれたことイコールOKだとは思うけど、多少恥じ入る様子を見せるだけで一も二もなく了承してくれた志摩子。
     今もあまり変化のない表情に一抹の不安も浮かぶから一つ問いかけた。
    「えーっと、人物画の裏ルールって知ってるよな?」
    「……ん? 裏ルール? なにそれ」
    「え? 裏ルール知らないの!?」
     予感は的中した。
     すべての計画が破算した。
    「それよりも絵、見せて見せて」
    「……」
     仕方ない、とのため息はましろのもの。見た目より、ずっと抜けているのだから。
     今回は告白は辞めておこう。この絵は彼女に贈呈しよう。
     まだまだ時間は沢山ある。更に想いを育んで、次の機会に、きっと……。

    ●咲き誇れ心の花
     衣装をめぐる押し問答。結局柳・沙龍は押し切られ、海神・月夜の願う衣装に着替えることとなっていた。
     せっかくかっこよく決めてきたのに……と項垂れる沙龍に渡されたのはクラシカルなワンピース。深い色は秋にピッタリと言われ着替えた後、月夜の前に歩み出た。
    「似合ってるの、かな? おかしくない?」
     キラキラ笑顔で衣装を進めてきた月夜が、ぽかんと口を空けていく。
     すぐさま笑顔に満ち溢れ、ずずずいっと寄ってくる。
    「やっぱり! 私が着るよりずっと素敵!」
    「そ、そうかな?」
    「ええ、お綺麗でとても似合っています!」
     褒めるだけ褒めた後、月夜はキャンバスへと向かっていく。ほっと息を吐き出して、沙龍はそれを見送った。
     しばしの後に流れてくる、筆を走らせる弾んだ音。鼻歌交じりの愛しい笑顔。
     改めて、沙龍は安堵の息を吐いていく。楽しそうな横顔に、思わず笑みが零れて行く。
    「……ほっ」
     こっそりと、月夜も小さな息を吐き出した。
     驚かれても想いは変わらぬと、幸せに満ち足りた思いのままに描いていく。
     共に、同じ時間を過ごしていく。それが、何よりも幸いだ。
     できあがる絵も、また幸い。想いも、願いも、たくさん込められているのだから。

     一度目の、己がキラキラが散らばる姿に描かれていることに気づいた後、風巻・涼花と行った押し問答。勝ったような負けたような、そんなやり取りの後に東雲・軍は席へと戻り、慣れてない筆を握り締める。
     あまり絵がかけぬが故、愛を込めて描いてくれるなら許すと言われた肖像画。一生懸命描いてはいるけれど、理想には程遠い。
    「……」
     理想を確認するために顔を上げ、見つめられていることに本日始めて気が付いた。
     いたたまれなくなったのか、思わず顔を逸らしていく。
    「んなじろじろ見んな」
    「ちょ、顔背けないでよ! いくらすずが愛おしいからって!」
     恥ずかしいのはあたしも一緒だコノヤロウ、と、涼花が頬を赤らめながら反論した。
     軍が肩を跳ねあげていく様を眺め、次の言葉を待ち望む。
    「っ、いっ、いと……って、おま、阿呆が」
    「なにそれ失礼!」
     反論は憎まれ口、高鳴っていた心もヒートアップ。会話を打ち切りキャンバスへと向き直り、それでも愛しの人を描いていく。
     それから数十分、いきなり激しい光が瞬いた。
    「っ!?」
    「……やっぱ、こっちのが慣れてるからな」
     目を瞬かせている涼花に、軍が片手で示しているのはカメラ。
    「吃驚した!」
     いつもの調子を取り戻し、どちらともなく笑い出す。
     過ぎゆく今を残すため、紙に描くも写すも変わらない。重なる想いを記すため、互いにできる事をしていこう。

     色づく紅葉の積もる場所、冬へと向かっていく大樹の袂。自然体でいるエリシア・レスティパールに暖かな眼差しを送りながら、瑠魔・誠司は筆を動かしていく。
    「誠司さん、わたくしの絵を描いてくれるのは嬉しいですがかなり恥ずかしいですね」
     恥じ入るような言葉を聞き、誠司の口が自然と動く。……頬を赤らめている彼女が、とても愛おしかったから。
    「ねぇ、エリシアやっぱりこの場所を選んで良かったと思ったよ。この場所ならエリシアが心おきなく本当の口調を出してくれそうだったからね」
     優しい言葉を聞き、エリシアは更に頬を赤らめる。
    「わたくしに自然体で過ごして欲しいからこの場所を選んだのでしょう?」
     けれど静かな笑みを浮かべ、彼の言葉を待ち望む。
    「自然体でいてくれる、僕にはそれで充分なんだよ。ここでなら、エリシアの自然な美しさが描ける、僕にはそれでエリシアが喜んでくれるのが嬉しいんだ!」
    「……わたくしは本当に幸せ者ですね!こんな素敵な未来の夫がいる事が一番の幸せです! だから、これからもよろしくお願いしますね、誠司さん!」
     誠司だけに見せる、とびきりの笑顔。
     誠司もまた微笑んだ。
    「僕からも、これからもよろしくね、エリシア」
     契をかわし、未来へ向かう。二人で歩む幸いへと。
     この、紅葉色づく場所で。愛もまた、更なる色に染まりゆく。

     どちらともなく誘い合い、向きあい絵を描いていくユッカ・ヒベルティアとエルディアス・ディーティアム。
     誘われるでもなく口を開いたのは、優しい笑みを浮かべるユッカの方。
    「エルディアスさんのことは、これまでずっと見てきましたけれど……絵を描くために見るというのは、いつもとはまた違った気持ちがしますね」
     手を止めることはなく、ただただ静かな眼差しをエルディアスへと向けていく。
    「私の大好きな人は、こんなに澄んだ瞳で、こんなに綺麗な髪で、こんなに美しい肌なんだな……ということを、改めて実感しています」
     エルディアスの頬が紅潮していくのも構わずに、静かに全体像を見回して。
    「それと同時に、改めてエルディアスさんのことが好きになりました。柔らかそうな体のラインや、色の変わった髪の先、細くしなやかな指の先に至るまで、全て。知っての通り、私は絵は得意じゃありませんが……引く線の一本一本に込める想いは、誰にも負けません」
    「ちょっとユッカさま」
     ついにこらえきれなくなったのか、真っ赤になったエルディアスが怒鳴りつける。
    「今は絵を描いているのです。ポエムコンテストじゃないのですよ!」
     褒められていることはわかるのだが、どうにも体中がむず痒い。
     肝心のユッカは涼しい顔、全く堪えてない様子である。
    「ええ、今とっても楽しいです」
    「っ!」
     満面の笑みを向けられて、エルディアスは口どもる。唇を複雑そうに歪めつつ、絵に向き直りつつ言葉を紡ぐ。
    「本当に恥ずかしい人なのですからっ」
     ……けれど、全てはホントの思い。
     怒っていても、楽しい時間。
     少しでも素敵に描けるよう、このひと時ですらも筆に込めようか。

     白いキャンバスに描き出されていく、愛しい愛しいエリカ・ファッケッティ。フィリオル・フリークスは柔らかな眼差しを向けながら、出会いに思いを馳せていく。
     全ては約三年前、敵対組織に所属していた二人。極東の地で一緒に過ごせるなんて思っても見なかった。
     掴めないと思っていた大切なもの、今は自分の腕の中。
     心に抱いた想い、素直に表現していきたい。感謝と愛しさを込めて、白いキャンバスに収めたい。
     けれど……と、思うようにはいっていない。絵心や技術が不足しているらしい。
     エリカはと言えば、サクサク描いている様子。
    「……あれ?」
     どれ参考にしてみようと顔を出し、ぽいぽい捨てられていく下絵に気が付いた。
     はてなマークを浮かべるフィリオルに対し、エリカはどこか涙顔。
     想いはある、沢山。
     絵心もある、幼い頃より似顔絵術を嗜んでいたのだから。
     でも、上手くいかない。
     描き出されるのはただの絵だ。
     直しても、繋がらない。心のこもった絵画にならない。愛しい人の視線にも気づかずに、スケッチブックに突っ伏してしまった。
    「……どうして? 私のフィークに対する思いって……、この程度なの!? 私が描きたいのは、こんな魂の篭らないただの似顔絵じゃないのよ!!」
     流れる涙を拭うことも忘れ、顔が汚れるのも構わずに、ただただ体を震わせる。
     不意に温もりを感じて、はっと目を見開いた。
    「……」
    「あ……」
     みるみるうちに抱き寄せられ、頬に濡れた温もりが。
    「エリカの想いはオレが誰より知っているよ」
     優しい言葉に導かれ、エリカはコクリと頷いた。
    「……ごめんなさいフィーク」
    「なに、後は二人で頑張ればいい」
     にっこり笑顔を浮かべれば、釣られてエリカも笑い出す。再び立ち向かうための活力を与え合う。
     ゆっくりと、じっくりと、有り余るだけの想いを込めて、さあ、もう一度、何度でも、愛しい人を描いていこうか。

     正面に大きな鏡を立てかけて、肩を寄せあい描く赤月・句穏と九条・文織。
     描いていくうちにイメージを固めたい箇所ができたから、句穏が静かに口を開く。
    「文織、もうちょっと、鏡の方を向いてくれ」
     体を寄せ合ったいるからこそ、触れ合うほどに近くにいる。鏡越しに描かなければならないのが歯がゆいけれど、その温もりが暖かい。
     銀、それが彼女のイメージと、句穏は絵の具を混ぜていく。
     イメージを確固たるものとするために、文織はそっと手を伸ばした。
    「こうしてじっくりと句穏を見る理由になるのだから、こういうイベントのも悪くない」
     陽にあたって淡く色を変える髪を表現しようと、髪を撫でて指で梳いた。
     頬から顎にかけてのラインを確かめるように、指でそっとなぞったひと時も。
     最後は同時に、左手の薬指。銀の輪を描いたなら、互いの絵画の完成だ。
    「さぁ、できたぞ? どうだろうか」
    「私もこれで完成だ」
     絵の具が散らないよう注意しながら交換し、互いの絵を見つめていく。
     頷き合いながらもとに戻し、句穏は改めて絵に向き直る。
    「……」
     絵の中の文織に口付けを。こらえきれぬほどに、思いが高まってしまったから。
     微笑む句穏を抱き寄せて、文織はやさしいキス。温もりある唇を刻んでいく。
     頬は染まり、体は熱く、瞳は潤み、表情は穏やか。ただただ二人見つめ合い、描いた余韻を共有した。
     思いを更に、育んだ。

     少し変則的だけれども、二人並んで一枚の肖像画を描いていこう。
     七罪・樒の提案で、黒条・灯音は肩を寄せあい描いている。
     愛しの人を、同じキャンバスに。大切な形を生み出すため。
     だからだろう。灯音は唸りつつ、炭を削っていた。更に深い黒を出そうと試行錯誤を続けていた。
    「私はおまえの漆黒のような黒が好きだ」
     視線が向けられている気がしたから、手を止め静かに微笑んだ。
     樒も微笑み返しつつ、全てを灯音に委ねていく。
    「漆黒の黒か、私もお前の赤が好きだ」
     音もなく、交わすキス。
     温もりを忘れぬうちに、樒はキャンバスに描いていく。
     赤と黒が交じり合うように、互いが互いを補いあい更なる輝きを見せるように。
     けれど、未だ灯音は巧く行かず四苦八苦。
    「上手くいかない? それならこうしてみるのはどうだ?」
     アドバイスを受け、手を動かす。
     悩んでいたのが嘘のように、艶やかな漆黒が描かれた。
    「ふむ、なかなか良いのではないか?」
     静かに微笑み、灯音は弾んだ調子で描いていく。足りない分を補いあい、一枚の作品を完成させる。
    「美人に描いてくれたな?」
    「なかなか良い腕だろう?」
     寄り添う二人を二人で眺め、互いにニヤリを笑い合う。どちらともなく腕を伸ばし、指をかさませ握っていく。
     絵画の中、幸せそうに過ごす二人のように……。

     紅葉に染まる公園で二人きり、互いの横顔を描くため隣合う、杞楊・蓮璽と山崎・余市。
     最初は余市を伺いながら描いていたけれど、度々手が止まってしまう。
     元気な笑顔も真っ直ぐな真剣な眼差しも、ちょっと照れたように頬を染めて俯いた顔も、心狂おしいほどに愛おしい。
     抱いた想いを込めるために蓮璽が前を向いたなら、今度は余市がちらりと見た。
     赤と黄色に彩られた世界の中、くっきりと映える青い髪。とても優しい目の横顔、驚いたように固まる瞳。
    「えっ」
     気づけば見つめ合っていた、互いに頬を染めていた。
     けれど微笑み合っていた、なんだかとても愛おしくて。
     自然と顔が熱くなる。
     余市も、蓮璽も、頭が茹だり中々筆が進まない。
     それでも想いを筆に込め、少しずつ色を重ねていく。積み重ねてきた色合いが、大切な人へと届ける想いなのだから。
    「大好きだすよ、余市さん!」
    「大好きな先輩に届けー!」
     想いが高まりすぎたのか、同時に声を出していた。
     あ、と驚いた声を唱和させ、再び照れくさそうに笑い合う。
     いつまでも、いつまでも。これまでそうして来たように、これからもそうして行くように。
     絵の中の愛しい人と、いつまでも歩いていけるように……!

     ……そして、想いは集う。十一月二十二日、武蔵坂学園芸術発表会の日に示される。
     描くまでが思い出だ。
     されど、描いてからも思い出だ。
     皆が皆期待して、己の描いた絵を眺めていく。
     あらゆる想いが重なる場所、優秀賞を取った絵は……。

    作者:飛翔優 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月22日
    難度:簡単
    参加:41人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 20/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ