秋の『菜』典~愛と魂の品評会~

    作者:遊悠

    ●芸術発表会の案内
     秋ッ!
     芸術の秋、食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋、天高く馬肥ゆる秋――。
     当然の事ながら、現在日本列島には様々な秋が到来している。そしてそれは灼滅者達が通い集う武蔵坂学園も例外ではない。

     秋の芸術発表会!
     武蔵坂学園の秋を彩る一大イベントに向けた準備が、今まさに始まろうとしていた。
     さしあたって11月の初頭より発表会当日までの間、学園の時間割は大きく変化している。
     芸術科目の授業の全てと、特別学習の授業の多くが芸術発表会の準備にあてられ、ホームルームや部活動までもがこの芸術発表会の為の、『特別活動』として扱われているのだ。

     無論、中には「自習が増えて楽が出来る。ラッキィー♪」だの「出席日数稼ぎゴチになります!」だの。『生徒』『教師』問わず、横着な事を考える輩は極々僅かに存在する。
     が、多くの清く正しい生徒諸君はこの学園をあげて行う、秋の祭典とも言うべき芸術大祭に青春の全てを賭けているッ!
     ――と、一応表向きにはそうなっている。はずだ。
     故に対外的な評価は高く、PTAに向けて作成された学園のパンフレットにも記述があるなど、学園の内外問わず注目の集まるイベントとしてその名を示している。

     事実、芸術発表会に参加する学生達は、それぞれ自分の最も得意とする種目を選び、その芸術を磨き上げ、作品を作り上げる事に余念がない。
     そして運命の11月22日。即ち発表会の優秀者を決定付ける日を目指して、彼らあるいは彼女らは、各々の種目毎に、めいめいの方法で、思い思いに芸術の火花を散らすッ!
     後に残るは青春咲くや散るやの光と影――それがこの武蔵坂学園、秋の風物詩なのである。

     芸術発表会の種目は全8種目。『詩(ポエム)』『創作ダンス』『人物画』『書道』『器楽』『服飾』『総合芸術』、そして『創作料理』!
     食欲の秋を飾るに相応しい種目。その参加者が今、教室へと集められていた。


    ●創作料理コンテスト運営委員
    「おいっす!」
     がらり、と扉を元気良く開けて教室にやってきたのは荒木・琢磨(高校生ご当地ヒーロー・dn0018)だった。
    「お、何だその『やっぱりお前か』みたいな顔は。そうさ、見ての通り! 三食の飯よりうどんが好きな、俺だ! 皆、大うどんコンテストのお知らせだぜッ!」
     風も無いのにマフラーを靡かせている琢磨を押しのけ、後ろから汀・葉子(中学生エクスブレイン・dn0042)が現れた。
    「はい、先輩。今回はうどんだけの話じゃないですからねー。……んっ、んっ。コホン。えー。みんな、こんちわ! 葉子さんだよ。今日は皆にエクスブレインとしてではなく、『芸術発表会』の運営委員の一人として、お知らせをしに来ました。ついでに荒木先輩もね」
     運営委員。話が見えずに首を傾げる者、ある程度のことは予想が出来ている者。葉子は集まった灼滅者達にズビシッ! と指を指す。
    「ズバリ! 葉子達の担当する種目は『創作料理コンテスト』ッ! つまり集まった皆に各々のオリジナリティ溢れる、自慢の『創作料理』を各自『一品』ずつ提出してもらって、品評会の後にその年の優秀創作料理を3品決める――そういう趣旨のコンテストなのさ」
     創作料理――集まった者達が俄かにどよめき始める。
    「うんうん、一言で創作料理と言ってもピンとこないかもしれないよね。でも、創作料理だから、本当に自由! みんなの燃え滾る芸術の炎を愛の溢れる一皿にしてあげればいいだけよ! だから勿論、ジャンルなんて問わないよ。和食、洋食、中華、郷土料理、民族料理、カレー――」
    「うどん?」
    「……」
    「あ、俺は麺類なら何でもイケルぜ?」
    「あ。はい。えーと……あ、それとスイーツなんかでもオッケー。準備期間は、今日から! 品評会の日時は11月の22日。この種目はあくまで『個人戦』だから。それだけは気をつけてね? 料理や材料の事で誰かと相談するのは自由だけど、『複数名義やクラブ名義の提出は失格』だから、気をつけて! とにかく素敵で美味しくて、ほっぺが落ちそうな芸術的創作料理を提出して欲しいの!」
     その言葉を聞いて、何故か琢磨は表情を俯かせる。
    「芸術的創作うどんか……俺もまだお目にかかった事のないジャンルだぜ。一体どんな魔物だっていうんだ――身震いするな!」
    「……あ。うん。はい。うん……えっと、えと。あっ、上位三名の優秀創作料理に関しては、品評会終了後、PTAの方々もご賞味いただく事になってまーす。大変名誉な話ね。だから皆奮って参加してね」
     葉子は平手を打つと、集まった一同に渇を入れた。
    「そいじゃ皆の自慢の一品を期待しているわ!」

     その時。
     『ちょっと待って』誰かがそう声をあげた。葉子は首を傾げる。
     『品評会はいいけど、審査方法は?』それを聞いた葉子は、よくぞと得意げに笑った。
    「うん、うん。そうだよね、中には料理が苦手な人がいるかも知れないもんね。だから、当日は参加してくれた皆が審査員! 優秀料理は最も人気が高かった三品よ!」
     コンテストの来場者全員が審査員。この言葉を飲み込めず、疑問符を頭に浮かべている者の方が多いようだ。
    「芸術の秋でもあり、食欲の秋でもあるもんね。皆で楽しく食べて、飲んで、笑って、わいわいがやがや、ぱーっと! 創作料理コンテストはそうやって楽しくやれるのがいいかなって思ったの。品評会という名の立食パーティみたいなものさ。それも楽しいかなって。どう、どう?」
     立食パーティ……それは食欲が刺激されるこの季節にとっては魅力的な単語だった。
    「料理をするのが大好きな人も、美味しいものを食べるのが大好きな人も。皆で楽しもう!……あ、勿論、趣旨を忘れない程度にね? 葉子さんとの約束。ねっ♪」

     最後に腕を組み沈黙を守っていた琢磨が、一歩前へ出た。
    「いいかみんな。芸術の炎。胸にそれが宿っていれば、料理はきっと応えてくれる。大事なものは愛と魂! それを料理に込めるんだ。足りないのモノは後は小麦で補えばいい! 最っ高ーっ、のうどんを期待しているぜッ!」
    「――……あっ。だ、ダメだかんね!? 提出する料理が全部うどんだけだったとか、そういうの本当にダメッ、駄目だからねー!?」
    「へへへっ、楽しみだなぁ」
     琢磨は本当に幸せそうに笑っていた。


    ■リプレイ

    ●『菜』典開幕!
     躍動感溢れる不死鳥の飴細工(炎導淼作)見守る中、会場には多くの人間が集まっていた。誰もが皆、これから始まる食の祭典に期待を隠せずにいる。
    『さぁ始まりました創作料理コンテスト! ご覧ください、審査員という名目で集結した観衆により、会場が埋め尽くされております! 実況は私、結城雅臣が務めさせて頂きますッ!』
     強い要望により実況となった、雅臣の景気のいい挨拶と共に品評会は開始された。片桐秀一などは真っ先に各所を回り始める。
    『えー、尚。3年B組の神代煉君。担任の金井先生が今後の事でお話があるそうです。至急職員室まで連行されて下さい』
     体格のいい謎の人物に煉が連れ去られている場面が見えた。流石に毒キノコの類は芸術の秋では済まされなかったようだ。光画部の雁屋蝸牛がその様子を写真に収め、記録に納めている。決定的瞬間だ。
    『それでは現場の様子を伺ってみましょう。レポーターの汀く~ん?』
    「はぁい、アシスタントの汀葉子です!」
     それにしてもこのエクスブレイン、ノリノリである。
    「はい、ではこちら現場から――わっ、なんだかげっそりとした人が!」
     葉子が最初に目をつけたのは、「君、このままだと死んじゃうよ?」どころか「私、このままだと死んじゃうよ?」状態のノエリアだった。虚ろな表情で親指を立てている。
    「私、この時の為にお腹ぺこぺこでやってきたのだよ……」
    「雨賀さんは気合入れすぎですよ……」
     同行者のアルカは困ったように笑う。隣の潮も似たり寄ったりな表情だ。
    「お腹が空き過ぎてしぬ……お肉。お肉食べに行こう、二人とも!」
    「あー、悪ぃ。俺は肉よか、野菜派――」
    「肉を食えぃ!」
     野菜派を宣言する潮に襲い掛かる強大な黒い影。水戸飯人様が乱入してきた。
    「なぁッ!?」
    「大体、『菜』典ってのが気に喰わねぇ。もっと肉喰おうぜ肉!」
     飯人様の言葉に、葉子はおずおずと片手をあげる。
    「……あの、えっと。菜、っていうのは野菜の事じゃなくて、副菜とか主菜――つまりおかずっていう事なんだけど、な」
    「……」
     飯人様の動きが止まった。その後ろで人参プリンを持つ花月鏡の動きも止まっていた。彼も自らに野菜縛りを架していた様だ。
    「――ならばよし! 肉喰いにいくぞ、肉ゥーッ!」
    「おー!」
     飯人様と同調したノエリアは、アルカと潮を引き連れ戦場へと駆け出していく。
    「……えっと……濃い……あ、スタジオへお返ししまーす」
     既に疲労感を覚える葉子の耳に声が届く。両手に沢山の皿を持ち一部始終を見ていたゆのかの呟き。
    「あぅ……食べ過ぎるとああいう風にお肉ついちゃうんでしょうか……」
     葉子は心の中で突っ込むのが精一杯だった。

    ●品評会の風景1
     早速ささやかなアクシデントが起きていた。
     品評会はあくまで『一品』勝負であり、定食の類やコース料理の類は『選評外』なのである。それを知らず、憂き目を見る者達が何人か存在した。
    「はぁ、御婆ちゃん直伝の自信作だったんですけどね……」
     九条鞠藻もその一人である。そんな彼女に、一人の少女が声をかけてきた。
    「あァ……モシモシ。お嬢さんちょっといいデスカ」
    「はい?」
     カルリという名だよ少女は名乗る。
    「エエト、それで……ですネ。テーショク、という奴ですよネ。ワショクの定番だと聞いていマス。カルリはそれに、とても興味があるんデス。宜しければカルリのピザと交換してくれませんカ?」
    「ええ、私は構いませんけども……」
     自分は選評外の身であるし、と。鞠藻の視線が忙しなく移動している葉子を捉える。目と目が合う。暫し小首を傾げていた葉子だったが、何事かを察すると身体全体で大きなマルを示して見せた。
     品評会という名目でありながら、その実態は交流会に近いものとなりつつある。要するに、美味しいものを食べてハッピーラッキーが運営委員としての判断のようだ。
     その裁定と同時に、マラソンコースを模したプレートセットを提出した結音由生や、豪華なルーマニア料理のコースを用意したティファーナ、拘りの武蔵坂学園定食を提出しようとした夢島このみ等の周りにも、人の波が押し寄せるようになってきた。
     元々が料理として申し分の無い出来なのであるから、それも当然の話なのではあるが。
     辺りを見渡せば、到る処で料理の交換や、レシピの質問が行われている。武蔵坂学園のクッキングクラブの皆々も、舌鼓を打ちながらレシピの研究に余念がないようだった。
     そしてそれはカルリと鞠藻の周りも同様である。
    「あ、この味噌煮美味しいです」
     いりすのメンチ揚げ饅頭の対価に振舞った味噌煮は好評のようだった。好評は即座に周りに伝播し、色々な食べ物が集まってくる。照り焼きステーキ梅肉風味、肉汁たっぷりハンバーグなどなどどれも作った人間の個性が感じられ、色鮮やかな食卓だ。ちょっとした一団体になっている。
     喧騒に気付いたクッキングクラブも集まって、深く興味を示すメニューはそれぞれ違い、千早は日伊合併のマルガリータと秋刀魚とポテトのパイに、蓮花は紫いもと旬の野菜の彩りサラダ。珠洲は和風シチューに、千代はスイートポテトプリン、そして風樹は鯨のステーキ赤ワインソース仕立て&白ワインゼリーにそれぞれ興味を示した。
     持ち寄った料理に、感嘆の意を示したり、改良点を提唱したりとクッキングクラブらしい会話を行っている。
     カルリと鞠藻は顔を見合わせて、お互いに笑い合う。
    「何だカ、すっかり賑やかになっちゃいましたネ」
    「ええ。でも楽しいですから。賑やかなのは」
     そこにひょっこりと猪子が顔を出す。
    「賑やかな事は良い事だよ。僕も美味しいもの沢山食べたいしね。あ、皆も食べる? 僕のわさびとたまねぎのとんこつラーメン」
    「ワサ……ビ、ですカ? ワショク?」
     その直後、凄まじい衝撃がカルリの鼻頭を襲った。
     品評会が行われている最中は、孤独や寂しさは無縁のものであるようだった。


    ●品評会の風景2
     しかし、品評会も決して楽しい事ばかりではない。
     極々少数ではあるが、兵器にも等しい物質を作り出してしまう猛者も存在する。ここではその品評会の暗部を垣間見て行こう。
     ケース1。
     黒い魔女鍋が煮え滾る傍らで、一人の男が顔面にコールタールのようなものを塗りたくられて地に伏せている。正に暗黒物質――薄れ行く意識の中で、最後の力を振り絞ったのだろう。「はんにんは けい」という謎のメッセージが残されたいた。
     ケース2。
     鬼のような形相をした志艶が、親友である黒咲を追い掛け回している。逃げる黒咲は困ったように謝罪を繰り返しつつも、表情には笑みが浮かんでいる。
     黒咲は『志艶作製』の『黒咲のキャラ弁当(すごくかわいい)』を課題として提出してしまったのだ。その怒りは筆舌にし難い。
     直接的な被害は無いが、精神的な被害が甚大過ぎるケースである。
     ケース3。
     オムライスが爆発した。
     どのような原理でそうなったのかは、一切全く定かではないが、事実を語るならばこの通りである。料理下手は時に物理法則を優に超えるのだ。
     尚、爆発させた当の本人深景は、その後恋人の詩織が作ったオムライスを、すす焦げた顔を笑いあいながら、仲睦まじく食べあったのだという。
     ケース4。
     オリジナリティの塊。
     料理初心者の世寿が頑張って作った、パンともやしの醤油チーズ炒め。
     味見はしたらしい。
     ケース5。
     時には兵器群も反撃を受ける。
     ガスマスクが必要なほど激辛の麻婆豆腐を精製していた蒼間舜と、ハバネロ色の煮込みを作った黒乃璃羽だったが、人間の奥深さに思わぬ反撃を受ける。
    「何か負けた気分だ……」
    「そう? 私は美味しいとおもいますけど……」
     その場に集まっていた、黒沢焦、くいな、春香の三名に難なく攻略されてしまったのだ。くいなに至ってはタバスコをかけてもいいかと聞く始末である。人間が兵器を凌駕した、数少ない事例と云えよう。

     以上の事から、品評会のこの一角は危険地帯と化している。
     しかし、危険地帯の恐怖はこれらのケースを遥かに凌駕する。
    「おい、春香。そろそろ行こうぜ。あっちで食べた方が美味いって」
    「私はデザートが呼んでいますので……」
    「あ、俺も肉……いや甘味が俺を呼んでいる気がする」
     春香と共に行動を共にしている桜堤キャンパス高校2-3組がしきりにこの場所を離れたがっている。
     するとその背後から。
    「あら。丁度良かった。審査員の方ですわね、オリジナルの栄養ドリンクを作りましたの審査してくださいます?」
     オリジナルの栄養ドリンク。明らかにヤバそうな響きと共に桐香が現れた。携える小瓶からは、つーんと刺激臭がする。
    「あ、審査ならこっちもお願いするよ~」
     右舷から三国武将の怨念が宿っているかと錯覚するマドレーヌを持って、クリムヒルトが駆け寄ってくる。
    「あ、よければボクの音波サラダもお願い」
     左舷より、音波サラダなる新世界の前菜を持ち現れるエル。
    「サラダの次は、たんぱく質も必要ですよね」
     騎士団員の宗志朗が無言で制止しようとしているのを振り切り、正面から妖しい雰囲気のする砂漠料理を持って、ペサディージャが現れた。その背後で銀助が平静を装いながらも膝を震わせているのが気になる。
     囲まれた!
    「……こッ、ここは俺に任せて、お前達は早く逃げろッ!」
    「本当に死ぬぞ、祁答院――ッ!」

     今も尚、この危険地帯は運営委員から黙殺され、自由気ままなカオスが横行している――。


    ●品評会の風景3
     品評会は個人戦ではあったが、仲の良い同士で参加を行う者達も、少なからず存在した。無論、それに関しては概ね微笑ましい事である。
     だが一部の人間にとっては、到る処で、らヴーなオーラが放出されているという状況は中々に由々しき事でもあった。
     今日子は愛情たっぷりの卵焼きを提出した。愛情と言うスパイスがたっぷりと使用されているそれは、恋人の月島立夏にすれば、極上のものだろう。頬を綻ばせながら、彼はコトコト煮込んだスープをプレゼントする。スパイスの効果は逆もまた然りのようだ。
     主従関係で参加をする者達もいる。忍尽と柚里だ。忍尽は冬瓜をほっこりと煮た炊き物を用意し、心が触れ合ったかのような気分になった柚里は少しだけ得意げに、料理を選評し、その仕草が忍尽の鼓動を早まらせた。親密な空気が漂っている。
     或いは恋中でなくても、コンビで参加する者達は事の他多い。
    「だっ、大丈夫ですか、意識はありますかーっ!?」
     先述の危険地域にでも脚を踏み入れたのだろうか、妙に消耗した朧を介抱している白穂のコンビ。ここも何処と無く親密な雰囲気だ。
     お互いにサーヴァントを象った料理を提出した、昴とディアナもその例には漏れない。二人はお互いの料理の食べあいっこを行い、ブッシュ・ド・ノエルに付属した霊犬の飴細工に共にはしゃいでいるようだ。
    「リーチェ、ね、リーチェ。これ食べてみて。すっごく美味しいの! はい、あーん」
     千早とベアトリーチェも二人だけの世界に、心地よさを感じているようだ。ベアトリーチェも少し照れ恥ずかしそうに、口を開けてはにかみ気味になる。
     だが中には別の世界観を形成しているペアもいる。
    「あ、それわいの料理……ど、どや。美味いか?」
    「お前の作る料理は、全て美味いと認識している」
     無表情なクールさと、感情豊かな熱さが対照的な徹也と立夏のコンビ。そして。
    「おいしそうなもの……持ってきた。柚は……どんな、食べ物が好き、なんだ?」
    「……、ぁ、その……りが、と……ぅ……その……俺は……気にし、ないで……いい、から」
    「そういうわけには、いかない……あっちに美味しそうな氷菓子が、あった。いこう?」
    「ぁ……ぅ、えっと……ぅ、ぅん……」
     頷いた聖は柚を手を引いて、目当ての場所へと連れて行く。不器用な友情も育まれているようだ。
     その他にも、カステラを巡ってドタバタの気持ちいい関係を育んでいる、瞭と将真と真綾のトリオは、幼馴染同士の思い出の1ページとして、今日の出来事を写真に収めているようだ。
     三人組は他にも存在する。はなと羽翠、そして司馬の両手に華なトリオである。だがこちらも仲は良好で羽翠の作った秋のちらし寿司に対する、司馬の漢の料理『男子学生のポトフ丼』が好評となっている。

     人が行きかう中、各々がそれぞれの世界を楽しみ、形作っている。だが……。
    「……本当の男の料理って言うのは、こういうのを言うんです!」
     何かに耐えかねたのか、燐がおかかバター御飯という、男らしい料理を通りすがりの譲に差し出した。
    「えっ。あ、はい。いや、何で俺にっすか!?」
    「いえ、ハンバーグパスタって何だか、男の料理仲間ーっていう感じがしまして」
    「これ、結構手間とか掛ってるんスよ……」
     主婦的な知恵と豪快さは違うと、譲は説明したかったが難しそうな話だった。


    ●喫茶店ができました
     数多くの人に食べてもらう為、そして自由に料理交換を行っていった為、似たような種別の料理が、一箇所に集まりつつあった。
     和食は和食、洋食は洋食、中華は中華。そして、甘味は甘味として、一種のゾーンのようなものが出来上がりつつある。
     そこで、より快適に甘味を味わって貰うために、品評会にも参加している『喫茶Calla』の団長、アルゼを初めとした面々が、コーヒーなどの飲料を提供を行ったのである。
     会場の片隅に小さな喫茶店の分店が出来た形になる。そうなれば渡り鳥のような審査員達が集まるのも時間の問題だった。あたりは甘味の楽園のように、多種多様な甘い香りが漂っている。
    「随分素敵な匂いが漂っていますねぇ」
     クラブ、Promenadeの団長詠一郎がクラブの一同を連れて、この場に腰を落ち着かせる。乃亜はお手製のザッハトルテと紅茶を用意して、この場はより喫茶然とした。甘いものに目が無い隼鷹と世界もこの雰囲気は気に入ったようだ。
     なこただけは影で料理を行っているようだ。
    「ヒャッハー! 新鮮な甘味だァッ!」
     突然の寄生に驚く一同。しかしそれがPromenadeの面々より先にやってきたゴンザレスだと解れば、皆気安く接してくれた。彼自信も至って紳士的に一口ロールアイスを振舞っている。
     しかしやはり来訪者は女性が多いようだ、摩耶の瞳が若干妖しく輝いている。気がする。
     恵那と莉子、ディステルの三人は、ウェイトレスの真似事も兼ねて、菜月、綾沙、優希那、京茅等の甘い香りに誘われた女性陣の応対を行っている。中でも莉奈の薔薇のスイーツと、柚姫の倖せいっぱいのベリーベリー畑等のスイーツは皆に高評価を受けた。
     その後、スイーツと聞いてやってきた隼人や修の男性陣などが、ちらほらと見られるようになった。
     異変はその時起こった。
    「――何か、匂わないか?」
    「ぁん?……ああ、そういえば、か?」
     メイテノーゼと刀弥が顔を見合わせる。確かに何かが匂う。
    「「――生臭い!」」
     同時にハモったのは甘味に舌鼓を打っていた喜乃と志輝だった。甘ったるい匂いが蔓延している場所に、唐突な生臭さ。思わず千菊心も口元を押さえ顔を背ける。
    「けったくそ悪い……一体なんや!」
     鷹徒と一葉が同時に立ち上がり、匂いの源泉を突き止める。その正体に一葉は思わず「えっ」と声をあげた。
     そこに居たのはなこただった。
    「……あっ、これ僕が作ったです~!」
     なこたは満面の笑みで――マグロとホットケーキミックス、そこにチョコとアンコとフライドポテト。仕上げにトマトソースがコレでもかと言うくらいぶちまけらている。神々の黄昏がそこに顕現しているかのようだ。
     これは甘い香りのあふるる園では致命的だった。なこたがあまりに満面の笑みだったから、鷹徒も顔を引きつらせながら毒気を抜かれる。
    「あ……あんな、嬢ちゃん。そういう事はあっち(危険地帯)でやろな。な?」
    「う?」
     なこたの無邪気さとは裏腹に、この場所は暫くの間混乱の一言だった。


    ●カレー勢現る!
     非常に食欲をそそる集団が誕生しようとしていた。
     鼻を擽るスパイスの芳香――カレーだ!
     この一角は井の頭キャンパス中学3年E組を筆頭に、カレー及び軽食のスペースとなっていた。勿論、ポピュラーなソウルフードだけあってその人気も上々である。
     クラスの委員長である霞は、カレーの常識を覆すあまーいカレーを世に打ち出した。
     空哉の馬肉と大葉を使用した、オオバカ・レーは辛口の口当たりといい、何故か装着している馬の被りものといい、インパクト重視だ。
     そして飛鳥のメキシコ風ジャパニーズカレー、大和の猪風カレーと続き、楽多の三種のカレー団子という変り種が脇を固める。
     磐石のカレー王国を築いたかに見えた、3年E組だったが、事ここに至りうさうさくらぶの乱入と言う事態が波乱を呼んだ。
     うさうさくらぶの巨星、長瀬霧緒渾身の『ガーリックカレー』! 本格的なカレーの登場により、3年E組カレー王国は、牙城を撃たれた形となったのである。
     うさうさくらぶの団長、獅子堂永遠も「このカレーを作ったのは誰だ!? ルウとライスが渾然一体となっていますわ。これはライスにガーリックを使用した事でうんぬんかんぬん」と至高のツンデレっぷりを遺憾なく発揮し、霧緒を後押しする。
     もう一人のリラはおうどんが食べたいらしく、あらぬ方向をちらちらと見ている。
     このうさうさくらぶの乱入は、古強者達の存在を呼び起こした。斎賀なをのキーマカレーのライスペーパー巻き! 犬塚沙雪のインド風チキンカレー! 最早カレーは、カレー王国のものにあらず!
     時は正に、カレー戦国時代を迎えようとしていた。

    「――で」
     カレー界の喧騒を眺めながら、吉篠は里芋とばら肉のうま煮を突く。
    「あちらはあのまま放っておいてもいいのか?」
    「うーん、いいんじゃないでしょうか。楽しんでいるみたいですし。あ、この手毬寿司美味しいですねぇ♪」
     舞生は野菜の手毬ちらし寿司を食べ、作り主の綾音が笑みを返す。
    「ありがと♪ 貴女のパスタも美味しいわ」
    「まあ、私達はゆるりと楽しむべき事を楽しむだけよ。それはそうと、この納豆を使った……卵焼き丼か? これは中々美味だ。良ければレシピを教えてはくれんか」
    「はい。勿論ですよ。あ……良ければ、レシピ交換しませんか?」
     陵華と沙季がまったりと進行を深めていると、なにやらカレー陣営の方で光の柱が上がっているのが見えた。
     水を飲んだクロニスは、一呼吸おいてから肩を竦める。
    「あっちは何をやっているんだろうねぇ、一体。こっちは平和で、いや、ホント極楽極楽」
     皆一様に、しげしげと頷いた。

     後で解った事だが、光の柱は伊丹弥生がカレーを食べた際の、リアクションの副産物らしい。楽しげのような、突っ込み処満載のような、カレーの宴は品評会が終わるまで続いた。

    ●開眼!うどんの新境地
     一方その頃、運営委員の一人である荒木琢磨は一種の桃源郷に居た。
     目の前に広がるは、麺、麺、麺。それらの全てを心行くまで堪能できるのだ。
    「クッ……震えが来るぜ。今度ばかりは俺も生きて帰れるかどうか」
    「何言ってんの、うどん先輩」
     一人恐ろしく盛り上がっている琢磨に、近くにいた佐佑梨が呆れて突っ込んだ。
    「止めるなよ、財満。これは俺の夢さ……!」
     佐佑梨の右肘を脇腹に受けつつ、琢磨のお遍路――否、お麺路ツアーが始まった。

     カレーうどんを汁ハネせず食べた。
    「王道だな! 汁ハネさせないのがプロのやり方さ!」
     甘味うどんを食べた。頬が落ちそうだった。
    「甘くてもうどんはうどん! 美味いぜ!」
     鯉の滝登りうどんを幸せそうに食べた。
    「力が漲る! うどんラゴンのパワーを感じるな!」
     野菜たっぷり秋うどんをザックザクと食べた。
    「口の中に秋が一杯だ。食欲が湧いてくる!」
     あわあわサラダうどんをしゃわしゃわと食べた。
    「これはッ、新しい食感! ニュー食感うどんだッ!」
     カレー釜玉うどんをまぜまぜしながら食べた。
    「かまたまもカレーも好きさ。不味いわけがないぜ!」
     フェイク麺類スイーツを女の子の気持で食べた。
    「こういうのが、女の子の間で流行ってんのかな?」
     みたらしうどんを箸休めとして食べた。
    「まだまだ後半戦。バテるにゃ早いぜ!」
     四月一日風肉麺を燃えるように食べた。
    「なんてパワーのある麺なんだ。ガツンと来るな。だけどまだまだ俺はノビないぜ!」
     黒糖生姜湯蜂蜜うどんを食べてとても元気になった。
    「身体が熱くなってくる! 胃が刺激されそうだ!」
     豪華海鮮ラーメンを豪快に食べきった。
    「豪華だな! だけども、豪華なだけじゃない。この美味さ!」
     山風クリームスパをかの地に想いを馳せて食べた。
    「実は行った事があるんだ」
     闇うどんにも負ける事無く食べた。
    「こ、このうどんは……闇堕ちしてしまいそうだ!」
     創作鮪ラーメンを〆に食べた。
    「ふゥーッ、ご馳走様だぜ!」

     琢磨は満たされた顔をしている。一体何の騒ぎかとギャラリーも集まってきている。ちょっとした見世物状態である。仲のよさげな海とまりいなどは、どのうどんが美味しかったのか? と興味津々で聞いている始末だ。
     その時、ギャラリーの中から、突如として謎の白装束の集団が躍り出た。
    「その評価ちょっと待った! 真のうどんを知らずして、評価はくだせられないぜ!」
    「な、何ィッ!?」
     うどんのようなものを被り、全身白装束の妖しい集団。彼らは手にどんぶりを持って琢磨ににじり寄る。
    「うどんの精霊か!?」
     うどんの精霊達――という名の悪ノリの権化は、琢磨にうどんを食べさせ一番のうどんを決めさせようという腹積もりらしい。
     琢磨は薦められるまま、ご当地素材たっぷりのカレーうどんや、麺が全て繋がった一本うどんを啜る。
    「さあ、どうよ……どのうどんが一番美味かったかを、決断する時だ!」
    「くっ……!」
     琢磨は、がくりと両膝を付いた。
    「そんな……俺、選べないよ! うどんは、皆好きだ。大好きだ。優劣なんて決められない!」
     魂の叫びである。
     暫く五人の白装束集は沈黙を守っていたが、地に伏す琢磨を囲んで優しく声をかけた。
    「そうだよな。うどん、美味いもんな。うどん最高だよな!」
    「……ああ!」
     沸き起こるうどん最高コール。この時、琢磨を中心とした会場は一つに……なったわけでは無かったが、それなりに盛り上がっていた。
    「な、なんだか良く解らないけど、うどん先輩」
     やや引き気味の佐佑梨が、テンションの上がる琢磨に声をかける。
    「どうした?」
    「そ、そんなにうどんが好きなら、わたしの作ったうどんフルト揚げをあげるわよ。折角作ったんだし」
     琢磨は爽やかに笑った。
    「財満――悪ぃ、もう腹いっぱいで喰えね」
    「……」
     うどんフルトが琢磨の口に無理矢理ねじ込まれる。
     今ここにうどんの新境地が見えた。
     その名は、突っ込み(うどん)――。


    ●珠玉の創作料理たち
     時間が経つにつれ、人気のある作品ははっきりと解るようになっていた。
     六花の作った『白桃とチキンのファイアストーム』もその一つだ。桃と鶏胸フィレが不思議な味わいを生み落とす。
    「うーん、本当は三人で色々交換して楽しもうかなって思ったけど、六花ちゃんのが一番人気あるみたいだね!」
    「アタシの中学芋も自信あったんだけどなー。やっぱり名前のインパクトかな?」
     その周りで梅華と唯が持て囃した。六花は少し照れ恥ずかしそうに俯いている。
     何故かコアな人気を得てしまった創作料理もある。伊東晶の『担任井原洸平先生の意匠のキャラ弁』弁当内で後光が指している等、地味に拘りもあるが、受けたのはそのキャラクターである。仏と恵比寿とシベリア映画の大好きな人を足して割ったような、愛くるしい、憎めない……ゆる、キャラ? 的なディフォルメが功を奏したのだろう。
     人の集まる創作料理には傾向として、今この場でしか食べられそうにないもの。そしてどう転んでも不味いわけがない料理などがあげられる。
     前者は羊飼丘子羊の『子羊☆カラパン』や、神代紫の『秋野菜ドーナツ小豆クリームモンブラン風』といった一風変わった料理などで、後者は七鞘虎鉄の『海鮮おこげあんかけ』や、龍統光明の『秋の北海ラザニア』など、王道と言うべき料理がその代表格となっていた。
     品評会の皮を被った食べ歩きであるのだから、極々少量で味わえる太治陽己の『一口ロール白菜』や、小野塚舞子の『魚沼ミニおにぎり』も女性陣には人気のようだ。
     人気に気をよくした舞子は「どーしょもねー美味しさだよ! 食べて食べて!」と自ら料理を配りに奔走している程だ。
     同じ理由で黒薔薇十字団の団長、ミレイの「ひとくちカルツォーネ」もクラブの内外問わず、人気を博していた。
     このクラブには甘党も多いらしく光理、芥などの団員はそよ風クラブの面々や真魔の作ったスイーツの食べ比べを始めている。
    「これ、凄いな……」
     中でも芥が唸る、真魔渾身のスイーツは『Metempsicosi della Tempo』(時の輪廻)なる仰々しいスイーツは、12等分された一片一片が全て違うケーキで作られている。見た目にも華やかな、優秀作に近いのではないか、と目されるものだった。
    「あ、こっちも美味しい。お腹は一杯なはずなのに甘いものなら幾らでもいけますね」
    「ふふふ。未来のパティシエの実力です♪」
     光理が太鼓判を押したのは、そよ風クラブの団長瑠璃羽の『フルーツビジュ・ケーキ』だ。ゼラチンの透明感が、爽やかな甘さを演出する。未来のパティシエは伊達ではないようだ。
    「のう。これはもっと辛いのはないのかのう?」
     自作の団子と大動山鳴作の『多好み焼き』を手に、団長の甘味など何処吹く風と瞳は小首を傾げる。
    「ガッハッハ、ロシアン多好み焼きか! ハバネロでも入れるかのう?」
    「うむ。頼む」
     その様子を見ていたフィリスは敦真の作の『まるごとたまねぎのスープ』を味わいながら、息をつく。
    「……甘いのも辛いのもいいが、アタシはこういう、みたいなのもいいなァ」
     敦真は謝辞を行いつつも、変わった料理の研究に余念が無い。隠し味の柿の甘さが絶妙な、『秋そば』のレシピを小雪に尋ねている。
     どれもこれも受賞するに値する創作料理達だ。

     チリンチリン。
     和やかに賑やかに進む時の中で、謎のベル音が会場を駆け巡る。
    『おォーっと! ここでどうやら、優秀作品が決定したようですッ! 栄冠は果たして誰の手に!? 会場の汀さーん!』
     雅臣の実況に絆されて葉子はパタパタと会場を走り回る。それにしてもこのエクスブレイン、普段の依頼の時よりも生き生きしているのではないだろうか。


    ●優秀作品発表!
    『エーッ、それではただいまより武蔵坂学園芸術発表会、創作料理部門の優秀賞を発表したいと思いますッ!』
     実況席からマイクを通して、雅臣の声が会場に響き渡る。壇上に上がる葉子と琢磨の姿に、その場は水を打ったように静まりかえる。奇妙な緊張感があった。
    「ほら、荒木先輩ちゃん。シャキっとする!」
    「うぅ……もう喰えね……」
     空前絶後のうどんラッシュを経て琢磨はすっかりノビてしまっているようだ。葉子は気にせず進行を続ける事にした。
    「はい! では優秀作品の前になんですけど、ホント、みーんなすっごい素敵な料理を作ってきたと思います! 優秀作、3品だけになってしまいますが、それだけっていうのが勿体無いくらい!」
     そこで、と言葉を切って葉子は両手を広げた。
    「ですから、葉子と荒木先輩。品評会運営委員の二人が、唸りに唸った料理を2品ずつ、発表したいと思います! PTAの皆様には提出できないけど、すんごく美味しかったから、是非是非みんなも食べて欲しいの!」
     会場が俄かにどよめく。優秀作品を逃したとは言え、その料理はおおいに評価される事になるわけだ。
     だれが操作をしているのか、スポットライトのような光が虚空を踊った。何処からとも無くドラムロールが鳴り響く。豪華な演出だ。
    「私、汀葉子からは――月舘架乃先輩の『びっくり林檎のスイーツ』! それと天地かなめ先輩の『南瓜のはさみ揚げ』! どれも素材の形そのままを利用し、それでいて独創性のある素敵な料理でした!」
     スポットライトが架乃とかなめの姿を照らす。架乃は僅かにガッツポーズを行い、かなめは驚いた様子で光明に視線を向けた。傍らの料理も光り輝いているように見える。
    「あふ、次は俺だな……俺は、ずばり『うどんフルト揚げ』と『あわあわサラダうどん』ッ! 財満と番鎧のうどんだ。俺は新世代を見たぜ……!」
    「わたしのは突っ込み的な意味じゃない!」
     琢磨の発表と共に、スポットライトが佐佑梨と広竜に当てられる。何故かうどんによる突っ込みが評価されてしまった佐佑梨は頬を膨らませているが、満更でもなさそうだ。広竜は沸き上がる黄色い声に満足そうである。
     琢磨の事は放っておいて、葉子はマイクを握りなおす。
    「さて、はい! 今発表した4人には拍手をお願いね! それでは――優秀作品を改めて発表しまーっすッ!」
     痺れを切らしたかのように、ライトが空中を縦横無尽に舞い始める。
    「約120種類の創作料理から優秀作に選ばれた、栄えある三品は――」
     ドラムが小さく跳ねて、絶妙の間を作りだした。


    ●祭りの後
    「久遠翔先輩の、料理名とは裏腹に、旬の味覚をふんだんに使った秋スイーツの決定版『キノコ狩り』!」
     先ず最初に選ばれたのは翔の料理だ。干し柿、洋梨、紫芋等。季節の甘露を惜しげも無く使用し、練りあげられ、キノコの形に模されている。自然の甘味と餡、そしてチョコレートが使用されたこの料理は、まさに和洋折衷。創作料理と呼ぶに相応しいものだ。お茶もコーヒーも良く合う。
    「次は森田依子先輩の、まるで食事の最中に紅葉狩りをしているかのような、見た目がとても美しい『人参もみじ鍋』!」
     続いて読み上げられたのは、土鍋の中に山の紅葉が咲き誇っているかのような、依子の創作料理だ。摩り下ろされた人参を掻き分けると、その下には海の幸が眠っている。見るも食べるも、楽しさに満ち溢れた一品となっている。
    「最後! 社百合先輩の、適当だなんて大嘘! 料理は豪快でも、味わいはとっても上品、『紅茶鶏の適当雑炊』!」
     最後は百合の一風変わった料理である。有体に言えば紅茶で鶏肉と野菜を煮て、それを御飯の上にかけたものである。だが、ほろほろに煮崩れた鶏肉と、紅茶の風味がこの上なくマッチしており、さながら洋風お茶漬けと呼ぶに相応しい軽さと美味しさになっていた。
    「以上の三品が、今年の武蔵坂学園芸術発表会、創作料理部門の優秀作品となりまーす! さあさ、三人とも壇上にどうぞー!」
     葉子の呼び声と共に、拍手と共に三人が壇上へと上がる。三者とも身の置き所に困っているようだった。葉子はマイクを差し出し、優秀者の三名に何か一言を伺う。
     最初はマイクの前に言い淀んでいたが。
    「食べてもらえれば、それだけで嬉しいですよ。順位はまた別の話……でしたが、やっぱり嬉しい事ですね。有難うございます」
     依子が一言告げた事で、百合と翔も続いて言葉を述べる。
    「右に同じだ。美味い物を思う存分食べる。人として当然の事を料理に込めたまでだ」
    「男の菓子作り……だからってわけじゃねぇが、少し贅沢し過ぎたのかもな。けど、ま……悪い気分じゃねぇ」
     依子に比べて二人はやや不器用なスピーチとなったが、それでも美味なる料理の存在が二人の言に固さを感じさせず、優秀者には盛大な拍手が贈られた。
    「はい、有難う御座いましたっ! ではこれにて創作料理部門の発表会のプログラムは全て終了となりまーす! でも、まだまだ料理は残っているみたいだから。皆が食べ飽きるまで、お祭りは続くよー! まだまだ楽しんでいってねーっ!」
     頼もしい言葉に会場から歓声が上がった。
    『尚優秀者の三人には、炎導淼君のご好意で不死鳥の飴細工から尻尾の部分が景品として送られます』
     まばらな拍手と歓声が上がった。

    「つ、疲れました」
     朝から喋りっぱなしだった雅臣の喉も流石に限界に近かったようだ。
    「おう、お疲れ様」
     そこに知り合いである超・帰宅部の面々が労いにきてくれた。放送部にでも入った方がいいんじゃないか? とからかわれるが、雅臣は苦笑するだけだ。
    「お疲れ様です~っ」
     そこに巨大なバケツを抱えたヴァーリが駆け寄ってくる。それが目の前に置かれる。バケツプリンだ。
    「……食べろ、と?」
    「はい~。甘いもので疲労回復です!」
    「あ、それなら私の餃子も美味しいですわよ」
     横からミミエが顔を出し、雅臣前に極彩色の餃子を並べた。これも甘い。
     雅臣はまだまだ食の菜典を終えることは出来そうになかった。

     ――とは言え、お祭り騒ぎが永遠に続くはずもなく、準備された料理の数々が無限であるわけもない。この喧騒にも終わりの時が訪れる。参加者は誰が言うでもなく感じ取っていた。
    「なッ……最後の楽しみに取っておいた、甘味がなくなって……!?」
    「僕の、キノコ……」
     中には別の理由で終わりを感じていた、ヘカテーや命といった者達もいる。彼女たちは甘味の消失に、がっくりと項垂れた。
    「くす……油断大敵。制覇完了。ごちそうさまでした」
     その犯人は蠢く灰色の少年、透也である。彼は満足して祭りの余韻に浸る鋼と鷹秋の横を通り、速やかに去っていく。
    「全く、時間が経つのが、ホントはえーわ」
    「ん……お腹、一杯。それに楽しかった。また二人でこよう、ね」
     鋼は蛙の箸を大事そうに仕舞って、はにかんだ。その様子を見ていたシャーロットはラグナに向き直り、一礼を行う。
    「今日は誘ってくれて有難うございます」
    「……そう言って頂けるのは光栄の至りでございます。またご一緒していただけますか?」
     シャーロットは軽やかに頷く。ラグナは胸の内に幸せが沸き上がるのを感じた。
    「うぇっふ、ちょっと食べ過ぎたッス……」
     和巳の背を支えるように歩く陽菜は「美味しいから仕方ないけど、食べすぎだよー」と苦笑する。仲良し小学4年薔薇組も帰路につくようだ。
    「カレーとか沢山あって凄かったよなー。僕モリモリ食べちゃったよ。ガツンと重くなれそう」
    「た、体重なんて気にしちゃ駄目です!」
    「ポシェ、気にしているのかい? ボクはスイーツに目移りしちゃったかな。宝石のようだった」
    「私は最初に退場した謎のキノコ鍋が気になった。惜しい……」
     女子4名と男子2名。仲良く影法師を寄り添わせて今日の出来事を振り返る。
     その脳裏には楽しい時間と、華やかな料理の数々が浮かび上がる。

     こうして、喧騒の残滓と一抹の寂しさを遺し、秋の風物詩は終わりを迎える。
     武蔵坂学園生はこの一時を胸に、再び日常へと帰っていくのだった。

    作者:遊悠 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月22日
    難度:簡単
    参加:186人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 17/キャラが大事にされていた 41
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