毛筆に乗せよう、芸術の心

    作者:那珂川未来

     武蔵坂学園の秋を彩る芸術発表会に向けた準備が始まろうとしてた。
     全8部門で芸術のなんたるかを競う芸術発表会は、対外的にも高い評価を得ており、武蔵坂学園のPTA向けパンフレットにも大きく紹介された一大イベントである。
     この一大イベントのために、11月の学園の時間割は大きく変化している。
     11月初頭から芸術発表会までの間、芸術科目の授業の全てと、特別学習の授業の多くが芸術発表会の準備にあてられ、ホームルームや部活動でも芸術発表会向けの特別活動に変更されているのだ。
     ……自習の授業が増えて教師が楽だとか、出席を取らない授業が多くて、いろいろ誤魔化せて便利とか、そう考える不届き者もいないでは無いが、多くの学生は、芸術の秋に青春の全てを捧げることだろう。
     少なくとも、表向きは、そういうことになっている。
     芸術発表会の種目は『創作料理』『詩(ポエム)』『創作ダンス』『人物画』『書道』『器楽』『服飾』『総合芸術』の8種目。
     芸術発表会に参加する学生は、それぞれ、自分の得意とする種目を選び、その芸術を磨き上げ、一つの作品を作りあげるのだ。
     芸術発表会の優秀者を決定する、11月22日に向け、学生達は、それぞれの種目毎に、それぞれの方法で、芸術の火花を散らす。
     それは、武蔵坂学園の秋の風物詩であった。
     
     
    「すっかり消えた深緑。並木が山吹から紅葉色へと変わり始めた今日この頃、俺のスキン(肌)が感じ取る……」
     フッと笑みを零すと、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、目の前にいる沢山の生徒たちへ、
    「秋が、来たようだな!」
     ばばーん。日本海の荒波に向かって吠え叫ぶくらいの勢いで突き出すプリント用紙。それは今期の武蔵坂学園芸術発表会の旨を伝える、学校からの連絡だ!
    「芸術の秋。俺の芸術的(アーティスティック)な筆(ブラシ)さばきを見せる時――!」
     まだ墨に汚れていない大筆を握り、硯箱を小脇に抱え、背負っているのは何故かパリッパリに新しい道着。
     ああ、この人完全に道具から入る人なのね。
     そんなこと思った女子の視線も知らず、ヤマトは熱く芸術発表会の一項目、『書道』のエントリー希望者を募る。
    「集え、筆に魂を込めるものよ! その一文字に熱意を綴れ! その単語に愛を注げ! その短文に人生を語るのだ!!」

     ヤマトがもりあがっているようなので、わかりやすく概要を説明させて頂こう。
     ここでエントリーを募っているのは書道。
     一人一枚、半紙や書き初め用紙に文字を書き、期限内に提出してもらう。そして選考し、選ばれた作品のいくつかが、発表会当日にPTAのおえらいさんに発表され、審査されると言うものである。
     発表会の準備期間をめいっぱい使い、優れた作品を生み出そう。
     
    「ま、勿論やるからには入賞したい。けどよ、この芸術を作り上げる時間ってのも大事にしたいって思うんだ」
     ヤマトは楽しげに筆を空へ踊らせて。
    「みんなでわいわいやりながら、何書くか相談するのも楽しいよな。友達と同じ文字を書くってのもいいし。一人孤独に文字を突き詰めるのもよし、じみぃに友達同士繋げたら、四文字熟語とかになってるとかそんな遊び心なんて入れて個人的に楽しむのもオッケーだと思うぜ。あ、そだ。いくら自由時間だからって、書道の練習もせずに顔に墨付けあって遊ぶんじゃねぇぞ?」
     と、もっともらしい注意を、一応しておくヤマト。
     というか、それに悪乗りしそうなのはキミのような気がしないでもないのは気のせい、たぶん。
    「それじゃ、みんなで書道を楽しもうではないかーーーっ!」


     


    ■リプレイ

    ●書道用の教室で
     墨の香りが漂っている、放課後の教室。
     リーファは墨をすりながら、何をかこうかと思案して。
    (「昔の記憶はないけれどその分、今が詰まった感じはする」)
     その気持ちを書き下ろすとすると何だろう。
     リーファが考え過ぎて妙に集中して墨石を丁寧におろしている様に見える近く、同じリズムで墨をする蝸牛の姿。
    「あー、墨をするのって落ち着くよね」
     すってるだけでもイイカナー? イイトモー! やっぱ良くないよね~と華麗なるセルフツッコミを繰り出し、安定のすりすりすりー。
     七転び八起と書きたかったけど、半紙に納まりのよさそうな四文字の七転八倒へ変更。はたと、
    「い、意味が違う!」
     四文字で何かーと叫ぶ蝸牛の声を耳にし、辞書とにらめっこしていた聖宵だけれども、なるほどバランスも大事と思い四字熟語で。
     絶えず変化する世の中、自分の周りの状況も常に変わっているから。自分もずっと同じところに留まっていないように、その願いを込めて、『有為転変』。
    「書は良い……心が研ぎ澄まされるようだ」
     賑わう教室でも、宮呼は平静をしっかり保ち。筆と墨とで織りなす真剣勝負に意識は完全集中。墨を磨るも手慣れたもの。
    『霖雨蒼生』も良い出来だけれど、悩んだ末『七難八苦日々精進』の八文字を。
     音々子は『不動明王』を書くと心に決めて。書道の基本を忠実に守りながらまずは不、動と続き、明の字だけは朱墨を使い、他の字より心持大きく。揺ぎ無き守護者たる不動明王らしく太く堂々とした文字を書くように心がけて。
    「いい出来なのです」
     出来栄えにニッコリ。
    「書道初段の実力見せてやるぜ」
     書道家は墨から凝るのは常識、勇飛はご先祖様が育てた松の木の煤で作ったこだわりの墨を用意。
    『乾坤一擲』『一意専心』『常在戦場』等など好きな文字を一気にしたためてゆき、来年の目標も込めて、選んだのは決意とも言うべき『星火燎原』。
    「まだまだ、小さく弱い俺だが、星がきらめくほどの小さな炎となって名を挙げてやる。覚悟しろよダークネス!!」
     朱里にも決意がある。教室の隅、着物姿で正座して瞑目。
     言えなかったあの言葉を心の中繰り返し唱え、不意に墨を含んだ筆を鷲掴み。太い文字が半紙からはみだすくらいの元気さで書かれたものは、『おじいさん 座ってください』
    「うむ、良い出来映え」
     次こそ電車の座席を譲るのが目標。
     わいわいと書を嗜む人たちから離れ、五葉は今年に残った僅かな日数に思いを込めて。日常、そして非日常ですら、一日一日を大事にしたいから、備えを怠らないように、やり残しがない様に。
    『全力疾走』
     日々を全力で過ごすと改めて心に。
     井の中の蛙大海を知らず――知識だけでは本物を見た人に及ばないから。自分はまだまだ世の中というものを知らないと、雪凪が選んだ言葉は、『井蛙之見』
     慣れた草書で、細心の注意を払ってバランスの良く。
     納得がいくまで何度も何度も。
     書に季節を書くのもいいものである。葵は文字をしたためるべく筆を手に。寒さと紅葉して葉を落としてゆく様に季節の流れを感じて。
     日本の四季はバランスが取れているからと、文字の大きさも綺麗に揃え、流れるような字体で書かれた文字は『春夏秋冬』。
     窓の外を見上げれば、灯り出した星と薄く輝く月を過ぎる紅葉。
     リリーはそれを見ると口元を綻ばせ、日本に来て知った花鳥風月を、母国の言葉と共に表そうと。
    「いい言葉だと思うのです」
     出来上がった作品眺めたあと、『Die Schonheit der Natur』と名前を添えて。
     栞は装飾的に描く書道に挑戦してみようと。秋の季語でもあるということで、選んだ文字は七五三。絵として描くような気持ちで装飾的に、各文字の最後の画はいずれも確り止め、メリハリをつけて。
    「見真似じゃ上手くはいかないけれど……」
     栞は出来上がった書を手に、雰囲気は存分に堪能できたし満足そうに微笑んで。
     綾鷹は芸術の秋ということで、秋の一文字に季節そのものを描くかのように。
     激流の如く力強く払い、その流れに逆らう魚の様に引き、しっかり止める三画目は魚を射止める銛の如くまっすぐに。河川の上を奏でる冷たい風、流れる栗、ひらりと落ちた紅葉――。
    「……ふむ、まずまずの出来ですね」
     綾鷹は微笑を浮かべて。
    「乗せる想いの色は墨の黒で現れても、白紙の上に浮かび上がった一文字の色は、きっと鮮やかな筈です」
     筆をとった経験は少しだけれど、静香は自分の内面と向きあうかのように真剣に、想いを込めるよう丁寧に、『雪』と。
     触れれば消える、幻想のような存在を、繊細に書きとめて。
    「とりあえず妹に恥じぬ字を書かねば」
     せっかく書道部にも入っているしなと、灯哉は腕試しのつもりで。書く字は『咲く』。
     花は咲いて散ってまた咲く。この字が灯哉は好きだから、心を込めて。
    「んー……書道なんて数年ぶり」
     もうあまり良い物は書けなさそうだけれども、由衣は久し振りに筆を握って、『桜』と。
    「っと。よし、これでいい、かな」
     久しぶりの割にはよく書けたと自画自賛。書だって楽しむことが大事。字に込められた思い、ってなんだか素敵。と皆の作品を見回して。
     後ろでは星空が、瞑目も一瞬、開眼したかと思えば、その瞬間には半紙に『星空』。1秒で文字をしたためるスゴ技を披露。
     苗字の夜と、名前の月は、妹とお揃いだから書いてみたくて。沙月は習字の基本に従ってバランスも考えつつ、書き順は正しく、書初め用紙に書かれた言葉は『星月夜』。
     大切な人間は一人よりも二人以上居る方が幸せは大きくなると思うから。いつか夜でも傍に居てくれる存在が妹に出来るようにと願いを込めて。
     玖耀はこの学園での楽しい思い出を心に、闇墜ちしても闇に染まらず魂の輝きを失うことのない灼滅者を、光と闇が共にある黄昏時の美しい空に見立て、書で表現しようと。
    『闇墜ちる 空照らす残光 黄昏の刻』
     止めやハネはしっかりと書き力強く、はらいをかすれさせて、文字の印象にアクセントをつけながら闇と光の拮抗をしたためてゆく。
     理彩は墨の匂いに心が落ち着かせながら、この間見た綺麗な夜空、あの美しさを伝えられるようにと筆を取る。
     真っ暗の中、星がきらきらと輝いていたあの空を表現するには、字も整って美しくなければと、ゆっくり一文字ずつ丁寧に『光降る』と。
     燐は上質の着物に髪を結い上げて。襷掛けで渾身の一筆を書き上げるべく意気込みはバッチリ。
     悠久の澄んだ空。昼の青空、夕焼け、夜の月と星が輝く夜空、それに夜明け――全部護り抜く誓いを、信念を、存分に込めて。優雅でなおかつ力強く、一気に『悠久の空』を書上げる。
     誰かのことを書こう――発表会はいい夫婦の日だし、敬意を表したいから。佳輔が選んだ言葉は両親。
     お互いへの情と信頼が厚くていい夫婦だと、小学生ながらもそう佳輔は思いながら、文字のトメやハネに注意しつつ、一つ一つ文字の形に心をこめて。
     でも、ちょっぴり偏旁が詰まっているのは、それも佳輔らしさ。
     そして『兄姉』と書くのは淳彦。
     一人っ子だった淳彦は、自分を守ってくれる兄と優しくしてくれる姉が欲しかったから。兄の文字は力強く、姉は丸みを帯びた感じで優しく。
     書き終って、背もたれに止しかかりつつ、ぽつりと本音。
    「誰かお兄ちゃんとお姉ちゃんになってくれないかなあ」
     出会いをテーマに書くのも悪くない。縁樹が書く文字は友達百人。
    「百人とまではいけなくても、たくさんたくさんお友達が出来たら良いですね!」
     友達がたくさん出来れば、きっと楽しいから。止めハネはらい一文字ずつ丁寧に、一生懸命さを込めて。
    「……よし、満足です!」
     上手にかけましたと、にぱっと笑って。
     悟は一画一画文字の流れに気を使いながら、『ち』。寄り添うように『ょ』。力強く躍動感にあふれた『ちょ』を囲むように朱墨で『○』を。
    「『ち』己の友に『よ』りそってまあるくなって心繋がり笑顔で元気になれたらサイコーやろ! クラブの皆の顔思い浮かべて書いたんや!」
     これは、自身が部長を務めるクラブ「ちょ」いさーに込められた思いそのもの。
     クラブに思いを込めたのは彼だけではない。只今ごりごりと墨をする汐もその一人。
     流石私ギャグセンス高いぜ。なんて思いながらそんな名前の部を作ったけど、今となっては名前そのものに愛着もわいて。
    「思ったより緊張するな……この左下のビビッとはねるところが重要だぜ」
     しゅっと勢いよく『昆』。『布』は昆より簡単だけどやはり右下の――
    「もう一度言うけどはねが大事だぜ!」
     勢いが良すぎて飛び散った墨汁も、こん部の元気印。
     アルヴィも、文字には散々悩んだ挙句、同じ文字でも達筆の人には敵わないからと、自分一番心を込めて書ける言葉を選んで。
    『毎度ありがとうございます』
     いつ来ても楽しいお店がコンセプトの、部長アルヴィらしさがたっぷり。
     いろはが選んだのは『武』。此の地、そして自らが部長を務める倶楽部を象徴する文字でもあって。
     礼節正しく。時間をかけてすった墨が表すものは、芯の通った力強さと意思。成り立ちでもある『戈』の様に力強く、されど力に振り回される事無く『止』める事の出来る姿を一画一画に表して。
     そしていすゞが選んだ文字は『源』。
     小学校一年生の時から習った実力を発揮するべく大張りきり。1枚の半紙に大きく、楷書体でバランスよく。
    「あ、少し右にずれてしまったかもしれないですが、まあ良いと思います」
     上手さだけでなく思いも大事。この学園で色んな方と出会う事、それが自分の生きる源にもなっているだろうから。
     手で書いた文字にはその人の人格が表れると聞き、アンジェはそこに表れる自分と対面してみるべく、何度か筆を走らせて。
     清書には、歪みのない『己』という字。
     それが、正しくあろうとする自分の姿なのか、或いはお手本通りのつまらないモノなのか――自身では計りかねるけれど。
     うまく書けたのでひとまずは満足。
    「何を書こう……」
     イズルは自分の名前を漢字で書くとどうなるんだろうかと何気ない思い付きがいいきっかけになって。
     書く文字は『出』。
     文字が決まれば心も軽く。久し振りにする墨も楽しく。半紙一枚にデカデカと『出』の一文字。最後の一画を払いすぎた気がするけれど、これも個性の一つ。
     そして友の助言により字を選んだのはマーテルーニェ。「支え合うこと、とかそういう感じの」というもやっとしたものを提示されてどうしようかと悩んだ挙句、同じテーマにするのも支えあいかしらと選んだ文字は『人』。
    「…………この場合わたくしが支えられているだけ? ううん」
     違うはずと首振って。
     書にそうありたいと願いを込める者はやはり多い。その一人である、龍夜の書く文字は『忍』。
     己の心を内に秘め大切にしようとする気持。
     己の刃を心で律し、正しくあろうという精神。
     そういう正のイメージを己の生き様である『忍』に込めてみたいと、龍夜は刃をやや固く、心はやや柔らかく、勢いよく。自由であろうとする心をきちんと刃が抑えているかのように筆を走らせてゆく。
     克ちたいと思ったのは瞬。書く文字は『克己』。
     これからも戦いに身を置く、だからこそ己の感情や邪念に負けるてはならない、そんな決意を込めて書こうと、力強く、一文字ずつ、丁寧に。
    「よし、完成」
     墨の付いた手でうっかり鼻を拭ってしまった瞬。友達にからかわれる三秒前。
     祥互はバランスよりも力強さを重視しながら。
    「武蔵坂に来てまだ半年も経っちゃいないが、今の時点でも色々「あった」からさ」
     この先何かあったとしても、自分がここに「在った」と示す『在』一文字を。祥互は納得いくまでただ黙々と、ひたすら同じ文字を書き続けて。
     冬妃は、万感の想いを込めて「道」としたためた。
     極めた道を求めるのであればより多大な苦労と困難が伴うけれど――しかしどんなに困難であったとしても、己の進むべき道を見付けているのは幸せな事だと思いながら。
    「さて何を書こうか……」
     久し振りの筆の感覚、源一郎は純粋に書を楽しもうと。
     文字は『鳳』。用紙いっぱいにのびのびと。辛うじて分かるぐらいの原形は保ちつつ、天翔ける鳥をイメージしながら。
     これからの学生生活、鳥のようにどこまでも自由に高みを目指せるように。
     満足がいくまで、源一郎は何度も筆を走らせる。
     力強く、雄々しく、猛々しく、豪快に。『鉄拳』と書くのは夜桜だ。
     日頃心がけている事を改めて文字にして。言葉自体が、自分を構成する最小単位だと夜桜は感じているから。
    「我ながら剛健さを感じる男らしい字だわ!」
     半紙三枚破ったけれど、納得いくものが完成して笑顔の夜桜。
     素敵な紳士になりたいから。書くのは『紳士』という一風変わったもの。けれど一樹が最も敬愛し、そして目標にしているもの。
     言葉に込める想いは、自身の風貌ではなく心に耳を傾けてくれたあの時のおじさんのように素敵な紳士になりたいから。
     悩める淑女に手を差し伸べるように、優しいタッチで半紙に筆を乗せて。上品に書をしたためる。
    「……今の俺に、どんな文字が書けるのだろうか」
     白夜が思い悩んだ末、毛筆に乗せる言葉は『信』。
     信じることは決して簡単ではなく、すぐ崩れてしまうものだってある。
     それでも――闇堕ちした自分を拾った学園を『信頼』し、殺人鬼の灼滅者として人を救う『信念』と、自分が堕ちても同じクラスメイトを『信用』していきたいから。
     誠士郎は一人静かに考え、頭に浮かんだ文字を半紙へ『始』と一字。
     まだまだ沢山のことが始まったばかり。出会い、戦い、今回のようなイベントも「始」まり、また新たな「始」を、これからも見つけていくのだろうと様々な想いを馳せ、たった一つの言葉でも沢山の意味が籠っているなと、微笑みながら。
     桐斗自身書道は嗜み程度の腕前。だから字の美しさよりも、描かれた字の持つうねりや捻りから生み出される迫力、そして心意気で勝負しようと。
    『道』、書にも忍にも通じるであろうその言葉を、大筆で以て心の赴くままに走らせ、紙いっぱいに大胆に。
     自分が好きなものを書くというのもごく自然なこと。
     秀春にとって至高のスポーツとはゲートボール。書くのは門球。
     ゲートボールスティックを握り瞑想し、最高の一打を打つ自分をイメージしながら書いた文字は、半紙いっぱい大きな門の字に食い込む球の字。
     ボールがゲートに向かって真っ直ぐ突き進むさまを思うさまを書いた変化球。
     更なる変化球に挑んだのは詠子。
     右隅に少し小さく寄せて「右、愚者には読めず」と墨で書き、こっそり蜜柑汁でその右スペースに大きく力強く達筆な『一歩先』。
     審査員の人が炙り出しに気づくかどうか、気づかずに迷回答珍回答が出てくることをとても期待しながら、提出をしに席を立って。
     教室の隅で自問自答しているのは太一。
     普通にイケメンであるはずなのに、何故かお笑い系と曲解され、お笑い時々カッコイイ程度……その時々カッコイイすら最近怪しいと気付いた中二の秋。
    「ゆえに! おれは! この一筆で!」
     くわっと目を見開き、筆に思いの丈を。
    『モテたい』
     きゃっきゃうふふな学園生活が夢なのです。
    「さてさて、何を書こうか…」
     悩んだ挙句に亜門は平家物語の一節を草書でしたためたものの――墨汁を付け過ぎたのか、墨が流れて絵画の様に。
    「まあ、今もあるじゃろ? AAじゃったか……あれを書でやってみた」
     まあ、なかなかの出来じゃとちょっぴり苦笑。
     角が魂をこめて書き上げる言葉は、無機質で広漠な宇宙において人類の価値観や希望などは何の意味もなく、ただ盲目的な運命に翻弄されるだけという諦めでもありまた世界の理。
    『ふたぐん』
     病的な腕の動きとともに現れた文字。
    「私はこのせ……」
     文字に魂を込め過ぎたのか、ここで彼の意識が途切れたようである。
    「……よしこの路線で行くか」
     いっそ英文を書こうとしているのはディーン。英国から来たばかりで書道がよくわからない彼が選んだ英語は、
    『How many Good face!』
     もしやドヤ顔という意味なのかと通りすがりの誰かが思ったとか何とか。
     四生は墨をすりながら、心を落ち着けて内面と向かい合って。今の自分の核となっている想いとは何か、現状や将来に何を望んているのか……それを探しながら。
     心を整理しきって、四生は筆を取る。想いや願いを筆と墨に込め、一息に半紙へと。
     『無難』
     暫く眺めた後、満足げに頷いて。
     宿敵に対する想いを書にしたためるのも灼滅者ならでは。
     身の廻りを整え、陽炎はざわつく教室の中、墨を擦りながら人とは何かと瞑想する事しばし。
    (「時として暴走する心というものを、理性で抑えてこそ人間は人間たりうる……」)
     おもむろに目を開き、勢い良く、しかし静かに筆を走らせる『灼滅』の二文字。
     近くでは、砂那はきゅっと白の鉢巻を締めて書道に臨む。
     宿敵を倒すため、自らを奮起し覚悟をより強固なものとするべく。まるで半紙がそのものであるかのように、『力戦奮闘』の一文字一文字にこめる気合いも並々ならぬもので。
     筆を振るう勢いに、頬に墨が跳ねたけれど、間違えずに書けたことと完成の安堵で、満足気ににぱっ。
    『一撃必殺』
     武道をたしなんでいる桜花が好きな言葉の一つ。武道と同じく、まずは精神統一した後一気に筆を走らせて。
     力んで筆を止め、ハネるところは一気にハネる。点の部分も、力の限り筆を押しつけ力強さをアピール。
     線が一本多い文字もあるけれど、挑んだ気持が大事。
     珠洲は長い髪をシニヨンに、珍しく制服を着て、気持を引き締めて。
     難しい事は考えず、心のままに筆を動かせば、
    『ふわもこ最高』
     筆のふさふさした所を見たら、つい頭に浮かんでしまって。
    「まあ、考えてても埒あかないし勢いで行きまーす」
     バランスやらいろいろ悩んでいた恋時だけれども、覚悟を決めればそのあとは早い。
     一番最後の一画が大きく跳ねた『愛』の後に小さく☆を添えて。
    「可愛いから別にいーじゃん」
     愛の心の部分は眼鏡マークに変形。既に別の文字だけど、色眼鏡で見ないで芸術の観点でいけばこれも一つのアート。
     フィズィが表現したいのはラーメン。
     部首のばくにょうは即ちラーメンの主な構成部分たる麺をイメージ。腰のあるしっかりとした止め、払いの部分はなめらかに。面の部分は線を太くしすぎないことで、隙間にさした僅かな脂をも表現。そして余白も一回り残してスープを表し、
    「『麺』でございます。さあ、召し上がれですよー」
     ご満悦。
     満稀は何を書こうかと思い悩む。
    (「 書道の基本は「永字八法」なんだけど、永、まだ習ってないのよね……」)
     やはり提出するのだからと知っている『水』にすることに。
     流れる水をイメージした曲線的なアレンジにも挑戦。
    「ここで一度力を抜いて……一気に押さえる! うん、バッチリね!」
     身を整え、伊達眼鏡は外して裸眼で挑むなを。
     瞑目すると、己の魂の鼓動を、色を、オーラを脳裏に浮かべる。
     目を見開いた瞬間、思いの丈を筆に込め、それらを訴えかけるには十分の迫力を込めて、一気に書き上げる。
     見てくれ、これが俺の『魂』。
    「ここは一つ、気合入れて頑張っちゃいましょう」
     賞よりも納得の行く文字が書ければそれが一番と、密は静かな教室で一人、イメージを固めて、草書体で繊細かつダイナミックに筆を躍らせて。
     半紙に書く文字は、『粋』の一文字。
     一人教室で玉緒は心を鎮め、そっと筆先を半紙の上へ。基本を守りながらしっかりと筆を走らせ。
    『人間』
     文字に書いてみれば、こんなにも簡単なのに。
     玉緒はそうあることを諦めたくなんてないという想い、決意を込めて――。
     静寂の教室では柊夜は瞑目し、ゆっくりと墨をすりながら精神統一させて。
    「練習したり、沢山書いた中から選ぶ人などもいるのでしょうけど」
     一筆入魂。灼滅、と隷書でただ一枚に魂を。
     放課後の教室に独り居残って、智以子は精神を集中させる。
     目を閉じれば、短いながらも此処に来てからの出来事が巡る。
     ただ利用するだけ、そう思ってきた場所のはずが――すこし前の自分には考えられない、馬鹿騒ぎをする自分の姿。一瞬、表情が緩みそうになるけれど。
     目を開き、筆を構える。そして、『生生流転』としたためて。
     部室の畳の上で、良司は細筆をさらさらと丁寧に筆を走らせて。
     時を刻む音、筆の走る音だけが部屋に響くこの空間が心地よく。半紙に書かれた般若心経、背景には薄墨で如来も描いた力作。
    「会心の出来っす……いつ見ても素晴らしいっす」
     思わずうっとり。
     静かな場所で静かに書を。集中しながら、バランスと筆圧と個性が大事にしつつ。伊織は古印体っぽく『静』の一文字を。
     静かな場所だからって、思い付きじなく、あくまで道の付く所作だからと、伊織なりの言い分。
     自室にて、佳はきちんと床に座って準備。側に控えている霊犬の顔をじっと見つめ、書く文字を考えていた時、
    「……これだ!」
     一気に書き上げた文字は『炎』
     上の火は耳と眉、下の火は目から口部をイメージしている――勿論霊犬の。
    「うん、良く似ている」
     本人はご満悦。
     祢々は幼いころから培った書道の腕前を発揮するべく、書初め用紙へ書く文字は『天理人道』。
     止め・はね・払い、書道の基本を忠実に。
    「自然の道理と、人として行うべき正しい道……僕ら灼滅者が忘れてはならない事じゃないかな……」
     そうありたいと筆に想いを乗せてゆく。
     字は人を顕す――だからレンは、今の自分が一番大切にしている『律』を書こうと思う。
     書初め用紙を準備して、姿勢正して、呼吸を整えて。
     誇らしく、堂々たる書を。誰が見ても美しく、清々しく感じられるように精一杯自分を現わせる様に。


    ●あの子と一緒に
     朱緋はゆっくりと筆に炭を含ませ、一気に筆を走らせた。
     完成した『団子』という文字を満足げに見て、
    「ふむ、できたな」
    「朱緋は『団子』……?」
     硯は彼女の半紙を覗き込み、早々と出来上がった作品に唖然としつつも、らしいなぁと頬を緩ませ。
    「筆で書くというのは、やはりペンや鉛筆と違った趣きがありますよね」
     硯も一筆入魂。流れるように『緋』の一文字を書き上げて。
    「私もできましたよ。どうでしょう?」
    「悪くはないな……」
     緋の意味に、朱緋は少しむぅっと唸って頬を染めて。

    「勝負よ真月、勝つのは私だけどね」
    「へへーんだオレに勝負挑んだ事後悔させてやるぜ」
     どちらが審査員の評価が高い書勝負。
     誠は半紙に、デカデカと『バトル』。力強くぶっとく豪快にでっかく。一方鶫は、楷書体で書体の美しさとバランスに注意しながら丁寧に。 書く字は『魔道一筋』
    「じゃじゃーん! どうだどうだーすげーだろ!」
    「ふぅん……意外ね。よく書けてるじゃない、えいっ!」
     不意打ちで、誠は鶫に鼻を黒く染められて。
     さてさて結果や如何に!?

    「みったんと違って書道の経験とかないからね! 描写対象への溢るる愛でカヴァーするぜ!」
     でっかい半紙に力いっぱい『おっぱい』と書いている清純。
    「良いじゃないか」
     尤もらしく頷きつつもどや顔の清純からそっと距離を置き知らない人のフリ。
     そんな光明はというと、心を込め丁寧に、かつ一気呵成に書いた『熟』。秋の実りを感じさせ、この季節にふさわしい豊かな文字だという言い分はもっともらしいですが、
    「女性も熟れてこそ美味しく、もとい、より美しく完成する」
     やっぱり類は友を呼ぶ?

     新年には書き初めをするから、その時と同じ気持ちで。
    「これでよし、と」
     杏が書いたのは『雲外蒼天』、四字熟語。
     力強く雄大に、言葉の意味も考えつつ書きあげて。
     一方悠は柔らかく流れるように筆を走らせ、『蒼穹を仰ぎ見て、己が身を飛翔さす』。
     夏の空よりも深みのある青を見上げていたら、自分の卑小さを思い知らされたから。
    「ちょっとかしこまってますけど。でも、芸術祭という事ならいいですよね」
     書に込める想いが、誰かの心に響いてくれればいいなと。

     茉莉は滑らかな草書で般若心経をつらつらと。智恵美は『花鳥風月』や『百花繚乱』など四字熟語に挑戦。
    「俺の書の師匠いわく、書道は文字を使った芸術なんだと。ゆえに、真剣に、且つちょっとした遊び心を込めて書け、と」
     俺はどんな遊び心を入れようかと顎をさする松庵の横で相槌打っていた悠悟は、
    「橘サン、集中力UPの印書いてあげるよ」
    「有難う」
     素直な清十郎は額に『友』の印を頂戴して。これもある意味遊び心?
    「鉄火丼……すき焼き……」
     段々お腹がすいてきた悠悟はお題が食べ物に。
    「食べ物ばっかり……そんなにおなか空いてるんですか……?」
     茉莉は悠悟の背中にのしかかって、一文字すらかすっていない麻婆シリーズを書き加えたり。
    「鯖味噌……肉じゃが……」
     集中力アップどころか、類友になったのは印のせい? 清十郎まで食べ物に。
     練習がてら皆の名前を書いていた珠緒がふと顔を上げれば、そんな中でも流されない安定感発揮する松庵が、真顔で友の印が付いた清十郎に手ほどきしていて。
    「松庵さんアンタ先生かっ! 清十郎さん、私集中できないよっ!」
     珠緒、ツッコミに忙しい。
    「皆さんとても個性的ですね、私も負けてられませんっ」
     松庵は文字通り遊び心ということで『Wind Light』。珠緒は『桜』、悠悟は『龍』と真面目に、清十郎は大好きなスポーツチームへ『必勝祈願』と。皆に出会えたという幸せをと、茉莉は『一期一会』。
     で、あんなに難易度高い文字に挑戦していたはずの智恵美が、
    『米』
    「って智恵ちゃんそれ提出するのっ!?」
     楽しげな風灯りの大広間でした。

    「書く文字は決めてるんだー『一日一善』いい言葉だよね! ……いい言葉なんだけど善ってパーツ多いよね」
     エルメンガルトは慣れない筆をゆっくり動かしながら、線同士がくっつかないように四苦八苦。一方綴は堂に入った書きっぷりで。
    「難しい字書いたね。良い出来じゃない、エルっぽい」
     にこにこしている綴の半紙には端整な字で『五風十雨』。雨も風も良い感じの気候の事。皆いつもそうだといいよねという願いを込めて。
    「雨みたいに流れる字で綺麗だなー、さすが!」
     二人で楽しむ時間こそ貴重だと、笑いあいながら。

     嘉市はクラブ名の『蝉時雨』の温かな雰囲気を形にしてみたくて。一文字ずつバランスをとって丁寧かつ勢いよく。海月は嘉市に教わった通りに筆遣いに気を付けて。
     一度書いた『海』という文字に納得いかず、海月は再挑戦。
    「トランドは、書道は初めてだっけか? 筆の持ち方とか分からなけりゃよかったら教えるぜ?」
     トランドは筆の持ち方に四苦八苦しながらも半紙に筆を滑らせる様子に、嘉市は実践しつつアドバイス。
    「海月の文字は海らしい雄大さがちゃんと伝わってくるぜ。でも筆の根元までしっかり下ろして書いたらもっと力強くなるんじゃねえかな」
    「嘉市君は流石部長というところでしょうか」
     出来栄えに拍手を。
    「トランドは……私よりうまいな」
     海月はちょっぴりショック受けつつも、諦めない。雄大な存在である大好きな字に妥協はしたくないから。

     書く文字は、出来上がるまで秘密にしよう。
     背中合わせになって、一息ながらも落ち着いて文字を書いて逝く梗花と、慌てたようにしたためてゆく南守。
     せーので見せ合う半紙。お互い、目に映ったのを見て照れくさくなった。
     南守は四人の義弟妹と、もう一人共に育った家族の名前。
     梗花が書いた文字は『桜花咲く』
    「な、展示が終ったらそれ貰っていいか?」
    「じゃあ、僕の作品をあとで渡す代わりに、改めて、僕の名前を書いてくれるかな?」
     ふわりと微笑む梗花。南守もとびきりの笑顔で、
    「勿論、何枚でも!」

     テーマは芸術。半紙に和歌を綴る。
    「落ち葉さへ色に染めにし火の心その芸術家を秋というらむ……大雑把すぎっか?」
     改めて詠むと、どうもしっくりこないなと華丸。
    『無彩色 筆で書かれる世界をば 錦に変えよ紡ぐ言の葉』と筆を走らせたけれど丸文字に。むーと唸る茶子。
    「文字って面白いよな、形は決まってるのに書く人の個性に溢れてて」
     千早はどちらにも二人の大らかさとか伸びやかさが滲んでると目を細めて。
    「良く言えば定家流!? だったら茶室にピッタリかも!」
     前向きな茶子。
    「チャコが定家流なら俺は俊成流!」
     勢いよく字を散らし、『艶やかに咲き誇るらむ芸事は束作るより一日一輪』。今度は納得の出来に華丸笑顔。
    「俺は……俺らしい字を書こう。言うならば千早流だな」
     この雰囲気を和歌に。静かに筆を走らせ『紙の上に心の内を語るれば 人の数だけ咲く墨の花』と。

     文字がシンプルだから。『一』の意味にも心をこめて。梗鼓は並々ならぬ精神統一を果たし書に集中。書き方を変えながら付き詰めていたら、
    「きょーこ、いつまで線引く練習してんだ?」
    「集中してんの!」
     桔平へ筆の一撃。
    「……話しかけんな!」
     キッと睨んだ後、手に付いた墨に気が付かないで顔を拭ってしまった梗鼓。
     顔にも一文字。嗚呼、ここは言われた通り黙っておいてやろう。
    「僕らしくのんびり芸術を楽しむよー♪」
     桔平は慌て捨てゆっくりと、座右の銘、『ゆっくり☆』を完成させて。

     こいちゃんは何書くのーと無邪気に尋ねるアザミへ、
    「書きたい字は決まっているの。 アタシの信念で、目標で、尊いモノよ」
     ぱちんとウィンク。
    「こいちゃんてば意味深だなー。えっとりゅーちゃん……は『俺参上!』とかそんな感じじゃない?」
    「アザミは……姿勢とか以前に俺の心を読むんじゃねぇよ!」
    『俺最強』と書いて二人の前に翳して。
     始めましょと促す恋愛の姿勢は堂に入っていて、のびやかだけれども、しっかり芯もある――そんな彼の手が表現したものは、『愛』。
     別の言葉と悩んだ挙句、アザミは『自在不羈』。ある程度画数あった方がバランス取れると思ったけれど、でも読めればいいかと前向きなアザミ。
    「あら、龍哉上手じゃない!」
     龍哉は恋愛へ作品見せ、
    「ふん、まあまあの出来だな……」
     怖れおののけと言わんばかりにドヤ顔で。

     クラスの仲間と集まって、担任の井原先生のニックネームを題材に。
    「書道って、小学校の時は良くやってたけど、 中学入ってからは全然やってなかったな……」
     久し振りの墨の匂い、筆の感覚にどきどきしながら、非はまずは練習用半紙に筆を流すけれども、やっぱり文字が震えてしまって。
    「……センセーの名前入ってるし、汚く書くわけにはいかない……」
     ちょっぴり緊張しながら、慧樹はいきなりぶっつけ本番で提出用半紙に筆を置く。
    「あっ! 力み過ぎて紙破れた! ……もう一枚、いいっすか?」
     そんな井原先生に、半紙を頂きに教壇まで走る慧樹。
     練習を繰り返していた鞴だけれど、そんな慧樹の姿にくすくす笑ったり。鞴は皆との出会いや戦い、そして担任の先生のことを思い出し、いざ本番。
     非はちらりと清書を始める人たちを見る。安定の文字を描く鞴に感心しつつ。

    「墨は自分で磨る方が良いかと……」
    「わたし、墨磨るの、初体験。こ、こうかな……ぴぃ!?」
     ぴゅっと跳ねる墨!
    「ああ、ましろさん違う。こうです、こう!」
     びしっと飛び出す帷の手ほどき。
    「ましろさん、左手は半紙に添えるんですよ。離しては駄目」
    「……え、えと、左手は半紙に添えて……」
     すったもんだの末書きあげたのは『りんご』。らしいといえばそうなのかも。
    「帷くんは?」
    「私は『紅色』と書きました」
     立派な書がここに。
    「真っ赤な林檎、食べたくなるね」
    「お腹減ってるんです? 終ったら何か食べますか」

     形を整えると心も整うというし。二人は大正浪漫で身を整えて。
    「うーん、何て書こうかなぁ……」
     考えてなかったと唸るりり。隣では六夜が姿勢を正し、行書体で『飛花落葉』と、吹く風のイメージや儚さを筆勢で表現していて。
    「……落葉?」
     思いっきり連想ゲーム状態で思いついた『やきいも』が、ボツにするには惜しいくらい上手く書けちゃうとか、これ何の罠。
     ストレートで彼女らしい作品に、六夜は思わず吹き出し。
     食欲の秋でもあるから。帰りは寄り道してやきいも買っていこう。

    『金剛不壊』、もう二度と、大切なものが壊されたくないから。
     ユエファは武器を手にする時と同じように、心を鎮め、線が揺るがぬよう怖れも迷いも捨てて、筆を走らせる。
    「わお、ユエファちゃんの硬そうでかっこいー」
     出来上がった作品を覗き込む紫苑。
    「……紫苑は何を書く、したね?」
    『毛根』と書かれた半紙を片手で掲げて、紫苑はにぱっと笑い。
    「げーじゅつのこころをもーこんにのせましたまる」
     んーとね、やわやわでさらさらな髪の毛っぽくなるように書いたんだよーと無邪気に。
     ユエファはらしさ一杯の作品に少し頬を緩ませて。

    「うう、緊張するな……」
     あたし文字超下手なんですけど。涼花は半紙とにらめっこ。
    「ちょっ、おま……鬼気迫り過ぎ」
    「ちょ、失礼じゃない!?!」
     軍の怖ぇよという言い分に、他に言いようないのと涼花。
    「なぁ、すず。お前なに書くの?」
    「南十字星!」
     それはいつか見に行く約束のもの。
    「じゃ、俺は『銀河鉄道』で」
     二人であの場所まで旅をしたいから。
    「なんかガタガタ」
     もっとうまく書きたいと溜息。
    「……お前のも、ほら……、個性的つーか、独創的つか前衛的?」
     俺は好き、だなんて言ったら調子に乗るから――秘密。

    ●PTAの皆様による品評会
    「この七五三という字、遊び心もあって面白いねぇ」
    「必勝祈願、学生らしい言葉ですし、丁寧でいいと思いますの」
    「この海も、一生懸命さが表れていていません?」
    「桜も優しい雰囲気が素敵」
    「律に真面目さを感じられます。この始という字も素敵ですね」
    「蝉時雨、渋いですなぁ」
    「墜ちる空照らす残光黄昏の刻、七難八苦日々精進、かなり上級者ですな」
     全106作品の中から選定し、選ばれた12作品を、只今PTAの方々が審査中。
    「紙の上に心の内を語るれば 人の数だけ咲く墨の花。皆さん、書と歌を混ぜるなんて素敵だと思いません?」
    「この愛と言う字は、何か並々ならぬ情を感じますねぇ」
    「鳳は今にも羽ばたきそうなほど脈動感があるかと」
    「さて、入賞作品はいかがいたしますか?」
     その前に。
     審査は通らなかったけど、これだけははっきりさせたい。
     誠が審査員に突撃し、伺ったところ、鶫の評価の方が良かったみたい。
     あぶり出しは一部の先生はわかったようです。
     そして協議した結果、選ばれたのは、いろはの書いた『武』に決定。
     最優秀賞おめでとう、いろは!

    作者:那珂川未来 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月22日
    難度:簡単
    参加:106人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 23
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