Speed

    作者:

    ●暗雲
    「参ったな……凄い雨だ」
     その日、坂本・一歩(さかもと・かずほ)は妻と息子と共に、入院した父を見舞った。思いのほか元気だった父の笑顔に安堵し、一家3人、和やかに自車で帰路につこうとしていたのが1時間ほど前のこと。
     天気も良いし、少しドライブ気分で遠回り、と山道に入ったのが失敗だった。突然空を覆った雲から降り注ぐ大雨に視界は不良、一歩は完全に進むべき道に迷っていた。
    「空も暗くなってきたし、やっぱり来た道を戻ろう。夜になる前に明るい道に出られる筈だよ」
     少し不安気な幼い息子の頭にそっと手を乗せ、微笑んでみせる。後部座席の息子を妻に任せると、一歩はワイパーの速度を上げ、もう一度ハンドルを握りなおした。
     そして、ふと見たバックミラー越しの視界に蠢く何かを捕らえて、一歩は踏み込みかけたアクセルから足を離し、再度ブレーキを踏む。
     まるで人影の様だ。……こんな山道で、雨の中に? 振り向いて訝しげに見つめる視線の先。
     大雨の山道に現れ近付いてきた影が、人では無いものと知れた時には既に手遅れ。その剥き出しの眼球に囚われた一家に、逃れる術などありはしなかった。

    ●迅速の戦陣
    「はぐれ眷属の討伐、それが今回お前達に課せられた使命だ」
     真剣な面持ちで机上のクロスワードに向かっていた神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、教室を訪れた灼滅者達の気配にその手を止めた。黄金色の瞳で告げるのは、彼の全能計算域が導き出す絶対の未来予測。
    「どこから来たのかは解らないが、ゾンビがある山中を徘徊している。その数10体。移動の動きは鈍い、俺の指示する時間、指示通りの道を行けば確実に遭遇できる」
     ゾンビ達は群れで動いている。1体を発見し戦闘となれば、必然残る9体も参戦してくるため、捜索の必要は無いという。倒せば良いだけか――一人の灼滅者の言葉を、ヤマトは手で制した。
    「確かに、攻撃は単調に殴る蹴るだけだが、10体中2体が他8体より抜きん出て強いんで少しばかり厄介だ。そもそも数の利は敵にあるから、油断はできないぜ。何しろ、時間をかけ過ぎると……」
     言葉を切り、ヤマトは手に持っていたペンをくるりと回す。髪と同じ紅蓮色のボールペンが、するりと指から滑り落ちた。
     かしゃん、と教室に響く音。溜息をつき、少しばつが悪そうに床のペンを拾ったヤマトは、体起こす動作そのままに、ペンで灼滅者の一人をぴっと指した。
    「雨だ。現地ですんなり戦闘に入れたとして、20~30分もすれば、視界不良の大雨になる」
     視覚を奪う雨粒、聴覚を覆う雨音、そして嗅覚を惑わす湿気。その激しい雨は、少なからず標的の気配を弱める。つまり――晴天下ならば狙い定め届く筈の攻撃が、当たり難くなるということ。
    「雨降り出す前に倒せるのがベスト。雨に降られても、早期に片付けられるならベターだ。……だが」
     必要なのは、数に打ち勝つこと、そして迅速さ。特にも、速さの重要性について、ヤマトは最後にこう締めくくった。
    「俺が感知したのは、大雨の中、ある一家が車でゾンビの徘徊してる山に迷い込む未来だ。雨が降り出しても尚戦闘が長引けば、一家まで戦場に現れちまう。一般人がゾンビの攻撃を受けたら、たった一撃で最悪の結果も有り得る。……お前達なら、この困難すら打破すると信じ、任せるぜ」


    参加者
    朝山・千巻(啼かない自鳴琴・d00396)
    加納・夏海(戦闘依存症・d01075)
    犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)
    橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)
    中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)
    英・蓮次(デュアルブレイズ・d06922)
    村崎・恋時(棘の華・d07502)
    皇樹・零桜奈(呪われし漆黒の天使・d08424)

    ■リプレイ

    ●開戦
     山は秋、錦の彩りで人々を歓迎する。
     晩秋と初冬、その丁度境である。実りは、生きる者への恵みへと。彩りは、道行く者への癒しへと。
     そんな絢爛世界に不似合いな、醜悪な姿で鈍行する一つの影を、灼滅者達は探していた。
    「山中にゾンビって。意味わかんない」
     黒く鋭い眼差しを不快に細めて、村崎・恋時(棘の華・d07502)は正直な思いを吐き出した。視界に捉えたのは、腐敗した肌を晒し人の道を横切る、はぐれ眷族。
     一歩踏み出すその度に、ニト……と糸引く表皮が土の地面へと落ちていく。それを気に留める様子も無く、粘着質な音を響かせ、亀の歩みで何処へ向かうのか。
     眉間にかかる大き目の丸眼鏡をずり上げて、橘名・九里(喪失の太刀花・d02006)はスレイヤーカードをその手に取った。
    「死者に興味は御座いません故、早々にご退場願いましょう」
    「……『朽チ尽キテハソノ死ニ為ニ』」
     8人の灼滅者が、次々とその封印を解放する。皇樹・零桜奈(呪われし漆黒の天使・d08424)は、日常あまり開くことの無いその唇から、秘められた力を紐解く魔の言葉を紡いだ。
    「『対象ノ破壊ヲ是トスル』」
     心に抱く護りの決意の下に。現れたのは漆黒と純白、二本の無敵斬艦刀。ゆらりと両の手で揺れる切っ先が、刹那、標的へと一気に間合いを詰めた。
     8人一斉、駆け抜ける。零桜奈に同じく無敵斬艦刀を操る中島九十三式・銀都(シーヴァナタラージャ・d03248)の、正義の心が吠える。
    「中島九十三式・銀都参上! 見せてやるよ、俺の本気全開ってやつを!」
     強い思い纏わせて放つ炎の一撃が、最初に眷族の背へと至った。肌に燻る炎に、腐敗者は奇声を上げ、その声が山林へと響き渡る。応える様に、近く、遠く、方位様々に複数の咆哮が轟いた。
    (「こういうギリギリの戦いって、すんごいプレッシャー……ちょい、不安かも……」)
     緩く巻く髪を冷たい北風に揺らして、朝山・千巻(啼かない自鳴琴・d00396)はエクスブレインの予知を思った。やがて降る大雨。そしてその先には、何も知らない或る一家の命運。早く決着をつけなければ、自分達だけでなく、一家の命まで危険に晒すことになる。
     ふと視線を空へと送る。今は晴天の空だが、北に大きな雲が見えた。あれが大雨を齎す雨雲だろうか。吹き付ける強風は南向き、此処へ至るまでに、恐らくそう時間の猶予は無い。
     ぱちん! 両頬打つ手に気合いを込めて、千巻は力強く、宣言した。
    「やらなきゃしゃーない! ソッコー決着! これ正義っ」
     10の眷族、そして時間との戦いが、幕を開けた。

    ●加速攻勢
     次手に備えて破壊の力を高めるべく、魂を一時闇へと送る犬神・沙夜(ラビリンスドール【妖殺鬼録】・d01889)の横。加納・夏海(戦闘依存症・d01075)は、軽やかに地を蹴りオーラ纏う連撃を放つ。
    「雑魚に構ってる暇はないんだ、さっさとぶっ潰れろっ!」
     続々と現れる眷族達。腐った体表を殴りつけることを思うと、気の強い夏海といえど、気持ちの良いものでは断じて無い。それでも、何度目かの拳は、粘質の眷族の肌が糸引く暇を与えぬ速さで、その肩を粉砕した。
     ぼとりと落ちる腕に、夏海はその顔をしかめる。だが、立ち止まる時間など灼滅者達には許されない。
    「今加納さんが攻撃した奴! あと少し!」
     言うが早いか眷族の前へと躍り出たのは、英・蓮次(デュアルブレイズ・d06922)。肩を失った眷族へ、夏海から引き継いだ勢いに乗せて、拳に集めたオーラの連打を叩き込む。側面から襲ったその神速の打撃に、眷族は抗う術無くその土の大地へと身を沈めた。
     蓮次はすぐさまその身を翻し、戦場の敵を見渡す。今回、彼が負うのは、迅速の先陣を達成する為の要役。最速の各個撃破果たす為、仲間を導く頭脳の瞳。
     ――攻め手届く距離に3体、やや奥に更に5体。あと1体は、未だ確認できず。
     攻守に万能な中衛位置から、藍色の視線が次の獲物と見定めたのは、九里の背後へ接近する巨体。
    「橘名君、後ろ、仕留めて!」
     その言葉は、聞こえているのかいないのか。九里は焦る素振りも無く、その瞳を隠す大きな眼鏡をずり上げる。眷族が振り被った刹那、鋭い高速の線が、その腐った体表へ無数の傷を刻み付けた。
     糸を操る九里のその手が、ぐ、と握られる。同時、腐敗の肌から噴き出す緑色の液体は、体液か。
    「どうせなら生きて居られる内にお会いしたかったですねぇ……死体では、痛みを与える甲斐が無い」
     その口元を笑みに歪めて、右の手を引く。斬撃の糸が捉えた眷族の体は原型止めず引き裂かれ、物言わぬ肉塊と化した。
     その糸のフィールドに、交差するもう一つの直線。緋色の瞳を薄く開いて、黒い鋼線を手繰るのは、沙夜。
     闇送りによる破壊の助力を得てどこまでも伸びるその糸は、同列に並ぶ3体の眷族を絡め、その身へと奔った。緑の液が飛び散る度に、眷族の不快な呻き声が耳に障る。
     内一体の呻きが帯びた苦痛の色を聞き逃さなかった沙夜は、結界糸が招いた二度目の攻撃へと転ずる。解放する己が心に潜む想念は、鋭き弾丸となって標的の中核を的確に捉えた。
    「……所詮は、結果が全て。行動の末に結果が出るのなら、最良の結果を求めて行動するだけ 」
     風の中、塵と化す眷族。―――加速は、まだまだ止まらない。

    ●High-speed-ending
     乾いた土の上、ぐしゃりと潰れる様に落ちる眷族。
     夏海が落としたこの眷族で、撃破した敵は6体に及ぶ。一体ずつを堅実着実に攻め落とす灼滅者達の戦法は効率良く機能し、残る数を4体にまで削っていた。時間にして10分程か――まだ雨雲が不利を齎すまでには余裕がある。
     仲間達が、纏まって敵を打ち崩す間、恋時と銀都は、1対1の戦いに身を投じていた。対するは、10体の眷族の中、攻に特化した特別な2体。牽制役――配置が齎す守りの恩恵が、2人を支えていた。
    「やっば、コイツちょおパワーあんだけど……!」
     序盤に重ねた防護壁。その布陣をもってしても強力な攻め手に、時折恋時の声には焦りの色が滲む。積極的に敵の怒りを買い、引き付けの役を充分に果たす恋時は、その分消耗も激しかった。
     それでも、愛用する眼鏡の奥に輝く強い瞳に、余裕の笑みは絶やさない。
    「……ま、抑えは任せて。 雑魚なんか、さっさと倒してよー?」
     軽口に仲間への信を寄せて、恋時はその身へ宿すエネルギー障壁へと更なる強化を重ねる。今は、耐える事が戦い。
     ふと、恋時の耳へと届いた旋律。天上へと誘う様に降り注ぐ光の音楽は、千巻が紡ぐ癒しの歌声。
     後方から戦況を見守り、戦線を支える仲間が動きやすい様にと、癒しと全力を注いだ千巻。その思いが、鮮血溢れる恋時の傷をたちまちに塞いで行く。
    「嫁入り前・婿入り前の子に、傷なんかつけさせてやんないんだからぁ!」
     明るい笑顔が、戦場に花開く。全員で戦っている。誰一人、欠けては意味が無い。
     愛刀『コルベニク』と『スケィス』を順手、逆手へと持ち替え、零桜奈はふわりと跳躍した。女性と見紛うその繊細な体が、目前の眷族へと地を割く一撃を見舞う。
     森羅万象断。空中で体を捻り繰り出す無敵の振り下ろしが、敵の急所を捉える。
    「皆を……護る……」
     毛先だけ黒い銀の髪が、風に踊る。着地し、両刀順手へ持ち替え振り返ると、斬りつけた3体の眷族のうち2体が、どさりと身を地に沈めた。これで、残るは2体。
     零桜奈の攻撃によって、銀都の対する眷族は予期せぬ消耗を受けた。牽制に従事する銀都の攻撃は、先程から繰り返し急所へとその刃を叩き付け、肌焦がす炎は不快な匂いを漂わせながら体表を焼き、その消耗へ更なる追い討ちをかけている。
     押し切れる。そう判断した銀都は、最後に一度だけ心身癒す暗示を自身へ振舞う。傷癒す戦神は、同時に破壊の力をも銀都へと注ぎ込んだ。
     次で仕留める、そう心に誓いを立てて銀都は再度巨刀を構えた。檜皮色の瞳が決意の色を浮かべ、微笑む。
     銀都のその様子に、誰が指示するでもなく、恋時の標的へと全員が一斉に攻撃を仕掛けた。作戦、連携。1人1人が役割を果たし、その行動の全てが戦線を支えた。全員で掴みに行く勝利まで、あと少し。
     一斉に囲まれた眷族の、眼窩から零れた眼球の視線が、灼滅者達の中を巡る。その視界を遮る様に立った恋時。
    「何よそ見してんのよ?」
     にっこり。最後まで、疲労を感じさせない挑発的な余裕の笑顔。
     眼鏡ビーム! と発し放たれた必殺ビームが、その腐蝕の体を眩く焼き切った時。
    「俺の正義が真っ赤に燃える! 往生しろいと、無駄に叫ぶ! くらえ、必殺! 技名は絶賛募集中っ!」
     力蓄えた銀都が放つ渾身のレーヴァテインは、大きな炎でもって最後の眷族を包み、その体を灼き尽くした。

    ●雨の向こう側
     加速に継ぐ加速。畳み掛けるように続いた灼滅者達の快進撃が終わると、後には彩踊る秋色の世界と、冷たく肌を打つ風が残された。
    「うっはぁー……つっかれたぁ。みんなお疲れぇ。アタシ、もう無理ぃー」
     終わりを自覚して、千巻がぱたりと倒れこむ。土の地面ではない、道路脇の山林の地表を覆う落葉の上へ。紅葉達は柔らかく、クッションの様に優しく千巻の体を迎えた。
     達成感にその表情を緩める千巻は、そのままごろりと空を見上げる。流れる雲の速さを見るに、今下山すれば、雨が降り出すのは恐らく麓へ至る頃だろうか。
     風化した眷族の残滓を、さらさらと風が運んでいく。残る戦闘痕も、こののち降る雨が、洗い流してくれるだろう。
    「帰ろう。この時期に大雨でずぶ濡れになったら風邪ひいちまうからな」
     仲間の無事を確認し、先に帰路へと歩き出した零桜奈を目で追って、夏海が仲間達へ下山を促した。北風が『早くお帰り』と促す様に背を押し、灼滅者達は歩き出す。
     九里は不意に、土の道を辿りやがて訪れる一台の車を思った。穏やかな家族の1日は、大雨に降られても無事家路へと至り、明日を迎えるのだろう。
    「……どうぞ佳き家路を」
     緩く細めた瞳を、眼鏡の奥に秘めて。振り返らず、九里は仲間の呼ぶ声に応じ、景色の向こうへと消えた。

     平和を取り戻した山に、雨が降り注ぐ。訪れる者の視界を奪うほどに今は冷たく地を打つ雨粒は、戦いの余韻を打ち流しながら、やがてふわりと柔らかく白く咲く華と代わって、温みの季節まで世界を潤し、彩るのだ。
     秋色の世界、その一面が白銀へと眠るのは、まだ少し先のこと。

    作者: 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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