さようなら、愛しい人

    作者:猫乃ヤシキ

    ●『血に飢えた少年』
     それは月の無い夜。
     暗がりの中で、どす黒く濡れた自分の両手を見つめ、白銀・睦月(しろがね・むつき)は我に返った。
     大通りの喧騒から遠くはなれた、暗く静かな住宅街。
     見たことのない場所だった。
     足元に転がっている大きなカタマリを、まじまじと見つめる。
    「なんだ、これっ……」
     それは生身の人間の男だった。その四肢は痙攣し、白目をむいている。
     思わず睦月が後ずさりすると、ぬるり、と、足元で何かが滑った。
     倒れている男が流している、血液だ。
    (「やったのは、俺じゃない」)
     そう思いたいのに、人の身体を締め上げた、生々しい感覚が確かに腕に残っている。
     苦しそうな悲鳴が、耳に残っている。
     そして、口の中にはっきりと残る、鉄錆の味。
    「……逃げなきゃ」
     震える足取りで、睦月が夜の闇の中を走りだした。
    (「こんなこと、現実のはずがないんだ」)
     どうしてこんな場所にいるのだろう。ひた走りながら、自分の記憶を探る。
    (「そうだ、ましろはどうしたっけ」)
     大切な人の顔を思いだそうとしたとき、睦月の視界がぐにゃり、と歪んだ。
     意識が昏い闇に引きずられていく。
     強力で甘美な睡魔のような感覚に、自分が誰だかわからなくなる。
     ……そしてまた、睦月の意識はぷっつりと途絶えた。

    ●『エクスブレインは、宙に向かってため息をつく』
    「幸せ、って何なんでしょうかねぇ……」
     なんだか意味深なセリフを吐きながら、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が、ほぅ、と息を吐いた。
     その眼は、やや遠くを見ているふうでもある。
     しかしことのほか重たい一言に、灼滅者たちがザワついた様子に気づき、慌てて居住まいを正した。
    「今回の事件の概要を説明しますね」
     場所は、札幌市の中心部から少し離れた、住宅街。
     一般人が闇落ちして、ダークネス化する事案が発生した。
    「今回の依頼の対象者は白銀・睦月さん。近所の花屋でアルバイトをしていた、心優しい男子高校生でした」
     睦月は近所に住む年上の女性、如月・ましろ(きさらぎ・-)に、ほのかな思いを寄せていた。
     お互いの思いを告げきれないうちに、ましろの父親の事業が失敗してしまったのが、悲劇の始まりだ。彼女は父親の事業救済のため、顔も知らぬ相手との政略結婚を余儀なくされた。
     ましろは睦月の思いを拒絶したものの、その後、ついに闇堕ちしてヴァンパイアとなってしまったのだった。
    「ましろさんも、睦月さんに強い思いを寄せていたのでしょう。だからこそヴァンパイアとなった時、睦月さんを道連れにしてしまったのです」
     姫子が、悲しげにまつ毛を伏せる。
    「睦月さんのことが好きだからこそ、迷惑をかけたくないと考えていたはずだと思うのですが―皮肉なことに、その強い思いが裏目に出てしまったのですね」
     本当は、そんなことを望んでいたはずではなかったろうに。
    「睦月さんが現れるのは、決まって日没後。人気の少なくなった住宅街の裏路地に現れ、通りがかった人を襲うようです。一般人が襲われる前に彼を発見し、戦闘してKOすることが、今回の依頼内容です」
     ヴァンパイアと言えば、非常に強力なダークネスの一種でもある。
     しかし唯一、救いとも言えるのは、睦月はまだ完全なヴァンパイアになってしまったわけではないということだ。
    「睦月さんは、ダークネスの力に目覚めながら、まだ人間であった時の意識を、記憶の底に残しています。道連れにされるくらい強い絆のあった、ましろさんのことなら―きっと、反応してくれるでしょう」
     このまま放置すれば、完全なダークネスとなるのは時間の問題だ。
     しかし、まだ人間の心が残っているうちなら、対象者に呼びかけて、その覇気を殺ぐことも不可能ではない。
    「それに、睦月さんは闇堕ちしたと言っても、まだダークネスとしては不完全な状態です。戦ったとしても彼を灼滅せずに、救える可能性も残されています」
     姫子が、静かに祈るように、両手を組んだ。
    「危険な任務であると承知していますが、皆さんのお力を貸してください。どうか……これ以上、悲しみの犠牲者を増やさぬように。よろしくお願いします」


    参加者
    媛神・まほろ(イーストマリアージュ・d01074)
    森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)
    姫宮・杠葉(月影の星想曲・d02707)
    津宮・栞(漆の轍・d02934)
    天城・迅(高校生ダンピール・d06326)
    雪乃夜・詩月(夢誘う月響の歌・d07659)
    近衛・一樹(氷結のカーミラ・d10268)
    恋川・想樹(ねむりねこ・d10384)

    ■リプレイ

    ●『壊れた心、壊された絆』
     橙色の夕陽が、足早に地平線の向こうに消える。
     そこから先はもう、暗がりの支配する時間だ。
     缶コーヒーを片手に握りしめながら、恋川・想樹(ねむりねこ・d10384)がふわぁ、とあくびをした。
    「眠いです」
    「……宿敵となろうとする相手との戦闘前だと言うのに。ずいぶんと余裕ですね、想樹さん」
     眼鏡のフレームの端を持ち上げながら言ってみせるのは、近衛・一樹(氷結のカーミラ・d10268)。
    「違いますって。ぼく、ナルコレプシーなんです。だからちゃんと、カフェインも取ってるでしょう」
     そう言って、想樹がまた一口、ずずっとコーヒーをすする。
     一樹は想樹と同じく、ヴァンパイアを宿敵とするダンピールである。
     だからこそ、一樹の思いは強い。
     レンズの奥底に光る藍色の瞳で、黒いアスファルトの上を強くにらみつける。
    (「あんなものに魂を渡してしまったら、ただ悲しいだけです」)
     決して、睦月をヴァンパイアなどにはさせない。
    「戻れないところまで堕ちてしまうならば、灼滅するまでだ。とは言え……ご同輩の闇落ちは、気分の良いものではないな」
     短く刈り込んだ金髪をわしわしとかきあげながら、天城・迅(高校生ダンピール・d06326)が息を吐く。
    「ヴァンパイアって、悲しい存在ね」
     闇に溶けいりそうなほどの漆黒の髪が、さらり、と揺れる。
     穏かな声で、ぽつり、とつぶやいたのは雪乃夜・詩月(夢誘う月響の歌・d07659)だった。
    「自分の意思とは無関係に。誰より幸せでいてほしい相手まで、道連れにしてしまうなんて。そんなこと、……」
     言いかけて、ふ、と詩月が口をつぐむ。
    (「……私の過去に、そのような人が一人でも、いたのかしら」)
     そしてそのことは、幸せだったのだろうか。
     そうではなかったのだろうか。
     捨てたつもりは無いのに、ようとして知れない己の過去のことを思い返して、詩月がくちびるをかんだ。
    「ましろさんの意図を知る由なんてないけれど」
     黙り込んでしまった詩月の言葉の後を受け継ぐように。
     ひとつひとつ、言葉を探るようにしながら、津宮・栞(漆の轍・d02934)が紫紺の双眸を伏せた。
    (「他人に歩みよるのは、得意じゃない」)
     けれどそれが、深く心を許した相手ならば。
     栞だって、そう思うはずだ。
    「想い人が悔やみ果てるのは、きっと願わない筈」
    「私も、そう思います」
     媛神・まほろ(イーストマリアージュ・d01074)が、こくりと小さくうなずく。
     瞳の色と同じ、青い着物のたもとが、蝶のようにひらりと揺れた。
    「お二人の間にあったのは、とても……悲しい恋、です」
     虚空に寂しげに浮かぶ、上弦の月を見上げながら。
    「けれど、それだけで終わらせないように。最善を尽くしましょう」
    「どちらにしても。こんな形でお互いの思いの再確認とは、報われない話だな」
     ざり、とアスファルトを踏みしめながら、森本・煉夜(斜光の運び手・d02292)が虚空を見つめた。
    「人の想いは強きもの。方向を間違えれば、闇に堕ちてしまう」
     その目線が合図であるかのように、すい、と一歩、姫宮・杠葉(月影の星想曲・d02707)が前へ出た。
     じっと視線をやるのは、煉夜が見つめるのと同じ場所。
    「せめてかつての思い人を自らの手で解放する、そんな結末へと導いてやりたいものだが……」
    「想いの方向を変え、救う事はまだできる」
    「ああ、そうだな」
     二人が凝視する先で、ゆらり、と白い影が揺れている。
     強力な、人ならざるものの気配。
     灼滅者たちを取り巻く空気が、凛、と張りつめた。
    「戻ってこれる可能性があるのなら、それを目指すさ」
     迅が陣形の前に踏み出すのと同時、煉夜が唇の端をニヤリと持ち上げた。
    「さて、しかしそれが叶うかな。……よう、如月・睦月?」

    ●『静寂に響くは、闇に染まる慟哭』
     暗がりから現れたのは、姫子に伝えられていた対象者の姿。
     灼滅者の面々と変わらぬ年頃の、華奢な印象すら与える少年だ。
     しかしその眼つきは遠く虚ろで、目の前の世界を何も映していないのが、ありありと見てとれる。
    「仲睦まじい、お二人の仲を引き裂く事になるのは心苦しいですが……」
     まほろが、ピッと人差し指と中指を立てる。
     その指の間には、スレイヤーカードが挟み込まれていた。
    「殺生は、罪ですよ。贖罪なさいませ。――Kyrie eleison」
     まばゆい清浄な光が、無数の金色の絹糸のようにまほろを包む。
     それが、戦闘開始の合図だった。
    「お前のその現状、親しい者が……例えば家族や恋人などが見たらどう思うものかね」
     無敵斬艦刀の刃を振り上げて、迅がぼやく。
     けれど、心を喪って暴走している睦月に、その声が届くはずもない。
     目の前に現れた「獲物」目がけて、睦月がタン、と大地を蹴った。
    「おっと! 気が早いですねぇっ!」
     一樹が片手で眼鏡を放り投げる。そのまま、反対の腕で振り上げた槍の柄で、睦月の足元を薙ぎ払った。
     バランスを失った睦月の身体は、アスファルトに叩きつけられるかに見えたが、直前で軽々とひるがえった。
     睦月の半身が、月の影をなぞるように、空中でくるりと回転する。
     その体が地面にたどり着くよりも先に、一樹とまほろが、同時に妖冷弾を放った。
    「ほんのあいさつがわり、やで!」
    「白銀様、正気に戻ってください!」
     逃げ場を奪われた睦月の身体が、蜂の巣のように撃ち抜かれる。
     けれどそれだけの銃撃を喰らいながらも、次の瞬間には、トン、と両足で美しく着地していた。
    「同情はしますが、そちらがその気なら攻撃もしますよ!」
    「―――ッ!」
     想樹の構えた大鎌の刃が円を描きながら、睦月の足元をすくった。
     巨大な刃の軌跡に足首をかききられ、睦月が今度こそアスファルトの上を転がったかに思えた。
     けれど、まるで重力など存在しないかのように、宙で軽やかに身をひるがえす。
     アスファルトがこすれて、ザザッ、と砂埃が上がった。
    「奏でし星想曲」
     ぶわり、と杠葉の鋼糸が拡散する。睦月が逃れようとするよりも、鋼糸が彼の四肢を捕らえる方が、一瞬早い。
    「……其れは想いに翻弄されし者への、救済」
    「まだ間に合うから……自分を諦めないで欲しい」
     杠葉の鋼糸が、睦月の身体をギリギリと締め上げてゆく。
     そこへ、栞の身体から、ぬらりと黒い影が伸びた。
     影は地面を素早くつたいながら、巨大なこぶしの形をなして、睦月の身体を覆ってゆく。
    「うぐっ……!」
     とりつく影に喰らわれるように握りつぶされ、睦月が呻き声をあげた。
     しかし、やすやすと影に囚われ続けるほど、軟弱な敵ではない。
     力づくで振りほどいた睦月の周囲に、蒸気が立ち込める。
     ヴァンパイアミストだ。
    「回復なんて、させないわ」
     詩月の美しい白銀の弓がしなった。
     天使の翼を思わせるフォルムから、星が降るかのごときまばゆい光が次々に放たれ、睦月を取り巻いた蒸気を霧散させる。
    「ね、睦月さん。今しようとしていること、考えてみて」
     その声は、彼の心に届いているのだろうか。
    「―――う、う、あああああああっ!!」
     倒れることを知らない―堕ちかけのヴァンパイアは、何度でも身をひるがえし、灼滅者たちに立ち向かってくる。

    ●『差し伸べられる、その手を。』
    「想い宿すは拳が星震」
     睦月の懐に飛び込んだ杠葉が、叩き付けるのは容赦ないこぶしだ。
    「悪夢にて己が道を見出すと良いッ……!」
    「くうッ……!」
     叩き込まれたトラウナックルの威力に、睦月が苦悶の声をもらす。
     睦月の顔が、苦痛にゆがむ。
     わずかに体をよたつかせながら、迅の首筋をつかみあげようと、腕を伸ばして飛びかかる。
    「そう簡単に、吸わせてやると思うか?」
     睦月の攻撃を受け止めた斬艦刀が、ぎぃん、と鳴った。
    「今のお前は、格好悪いな!」
     力で押し切ろうとする睦月と競りあいながら、迅が眉間に皺をよせた。
    「男なら、お前が惚れた如月嬢が誇れる男に、なれ!」
     睦月の瞳が揺らいだ。
     途端、ガクン、と睦月の身体から力が抜けた。
     その隙を見逃さず、迅が斬艦刀を斬り上げた。強靱な刃が睦月の身体を粉砕し、軽々と吹き飛ばす。
     その先で愛刀を上段に構えていた一樹が、重たい斬撃を垂直に振り下ろす。
     鮮血が一樹の刃を濡らし、黒いアスファルトに吸い込まれてゆく。
    「白銀さんはこのままヴァンパイアになってもいいんですか? 如月さんのことはどうするんですか?」
    「……にも……っ、う、ああああっ!」
     赤い血のしたたる己の腕を抱きながら、睦月が天を向いて吠えた。
    「本当にそれでいいんですか? そんな本能剥き出しの状態で、本当に『ましろさん』に好きと言えるんですかねえ?」
     得物を振り上げながら、想樹が前に飛び出した。
     しかしそれよりもわずかに早く、睦月の手のひらから、真紅に染まった十字の光が放たれた。
    「だめだ、下がれ!」
     想樹の腕を引き寄せて、煉夜が己の背後に押しのける。
     代わりに、煉夜の身体を赤い光が切り裂いた。
    「……ぐ、ふっ」
     ギルティクロスの攻撃に押されて、煉夜の靴底がアスファルトの上をすべる。
     心を蝕むほどの苦痛が、煉夜の身体を苛む。だが今はそんなことで、押されている場合ではない。
    「聞こえてるんだろう? 自分がすべき事を、取り戻せ」
    「なにも、知らない、くせにっ……!」
    「……知ってるさ。愛する人を失うのがどういうことか、だって」
     わずかに、睦月が両目を見開いた。
    「お前が思いを寄せていた相手が、今のその姿を見たらどう思うか。考えたことはあるか?」
    「うるさい……! 俺は、俺は……!」
     頭を抱えて左右に振る姿は、如月ましろという言葉を、自分の中から振り払おうするように見えた。
     睦月ががむしゃらに腕を伸ばし、目の前の相手につかみかかろうとする。
     けれど動揺しているのか、その動きは鈍い。
    「血に塗れた貴方を、如月様は望むでしょうか?」
     割り込んだまほろの妖の槍が、無防備な睦月の身体を真っ向から貫いた。
     睦月ががくり、とその場に膝をつく。
    「貴方はきっとお優しい方。その罪の重さが分かる筈です」
     がふり、と真っ赤な液体が睦月の唇からあふれだした。
     しかしそれでも、灼滅者たちに向かってくるのをやめない。
     何かを忘れようとするように。
     何かを、破壊しつくそうとするかのように。
     立ち上がり、腕を振り上げ、目の前に現れた灼滅者たちに、何度も抗ってくる。
    「あなたの好きな人は、」
     睦月の放った緋色のオーラが、詩月の頬をかすめた。
    「あなたのそんな姿、望んでいないと思う」
    「だって、ましろは……! ましろは、俺を選ばなかった!」
     そのまま続いた二撃目は、先ほどに比べるとずいぶんと速度が落ちていた。
     顔面につかみかかってこようとするのをかわして、栞が再び影業を叩き付ける。
    「身を案じて遠ざかる彼女の姿は、どこか辛そうではなかった?」
    「そんなこと、知らないっ……!」
     聞き分けの悪い睦月に、大鎌をかつぎ上げた想樹が、小さく舌打ちした。
    「分かってんですか? 貴方が『ましろさん』を殺しちゃうかもしれない状態なんですよ?」
     びくり、と睦月の身体が大きく震える。
     想樹が振り上げた刃から紅の斬撃がほとばしり、睦月の四肢をはねあげた。
    「お願いします……あなた達が望まない結末に、どうか終止符を打たせて」
     祈るような栞の歌声は、揺らぎだした睦月の世界を裂くように、夜の静寂を響きわたった。

    ●『さようなら、愛しい人。そして、もう一度』
     中天にさしかかりはじめた月が、静かに地上を照らしている。
     つい先ほど、闇堕ちから救われたばかりの少年、白銀・睦月は、ただただ茫然と己の両手を見つめていた。
     ずっと、暗い海の中をたゆたうような感覚の中にいた。
     それでも、何度となく他人の首を絞めあげた感触は、生々しくおぞましく、睦月の指先を支配していた。
    「いきなり言われても、驚くでしょうけど」
     放り投げた眼鏡を拾ってかけ直しながら、一樹が状況を簡単に説明してやる。
     まほろが、己の右腕を膨れ上がらせて、異形であることをあらためて知らしめてやった。
    「怖がる必要は御座いません。……私達も、同じなのですよ」
     睦月が静かに瞳を閉じた。
    「どっちにしたって、ましろに会わせる顔なんて無いんだ」
    「……そのことだがな」
     その先は、もっとも言いづらいことだ。
     けれどどんなに言葉を選んでも、虚飾にしかならない。
     きっぱりと、はっきりと、迅が真実を告げた。
    「お前を闇堕ちさせたのは、ヴァンパイアになった、如月嬢本人だ」
    「……そう、か」
     闇堕ちしながら、うすうす自分自身でも感づいていたのだろう。
     この暗闇の中に睦月を呼び寄せたのは、ましろだったのだということに。
    (「愛する者を喪う痛みは、よくわかる」)
     しかし。
     煉夜が告げるのは、だからこそ非常な一言だ。
    「辛いだろうが、ダークネスに魂を囚われたましろさんを解放できる方法は一つしかない」
     自らその力を高めて解放するか。
     それともただ待つか。
    「それはお前の自由だ」
     杠葉が小首を傾げる。
    「詳しく知りたければ武蔵坂学園に来れば良い……全ては貴方が決める事」
    「どうせなら、貴方が助けてあげたらどうですか?」
     腕組みをする想樹に、睦月が目を見開いた。
     まほろが微笑みながら、たもとをひるがえす。
     それはまるで、はかない蝶のように。
    「恐れぬ為に、その力で今度は命を救う為に、……一緒に来ませんか?」
     睦月が、しばらく逡巡するように目を伏せる。
     そしてそれから、一度だけ、小さくうなづいた。
     それは、とても小さな小さな動きだったけれど。
     愛しい者を救うため。
     弱かった過去の己と、決別するための。
     大きな、決断だった。

    「……ありがとう」
     言葉少なにそうとだけ言ったのは。
     栞からの返礼だったか、それとも睦月本人の言葉だったのか。
     判然としないまま、夜の中に、言霊だけがとろりととけた。

    作者:猫乃ヤシキ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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