人の心を信じられなくなった少女は何を夢見る

    作者:星乃彼方

    「――どうしてよ。あたし、頑張ったじゃない」
     低くうなりをあげるファンに交じって少女の嗚咽が部屋の中に零れおちる。
     少女の目の前のパソコンのディスプレイは何も言わず、ただ情報を更新し続ける。
    『アイツ、マジうぜえ』
    『俺の方がもっと良く出来たぜ』
    『てか、アイツ調子のってるだろ』
    『アイツいなかった方がよかったんじゃねえの』
    『てかもうアイツ学校くんな』
    『ちょっと可愛いからってブッてるよね』
    『運動できる女とかただのゴリラだろ』
    『うわ、サイアクー。でもアイツはゴリラ 笑』
     現れるのは謂れのない罵倒ばかり。
     学校裏サイト。少女――千秋がそれを見つけてしまったのはただの偶然だった。校内のトイレのドアにURLとパスワードが記されていたのだ。
     どんなことが書かれているんだろう。
     自分が委員長を務め、ちょっとしたトラブルがありながらもなんとか成功に収めた体育祭の後ということもあって、みんなが体育祭についてどう感じたのか。そんな好奇心に動かされて千秋はそのサイトへアクセスした。だが、そこに書かれていたのは想像以上にひどい言葉の数々だった。
    「どうして……」
     その呟きに対する答えが現れることもなく、代わりに現れるのは千秋を責める声ばかりだった。その批判は千秋にも思い当たることはいくつかあるのも事実だった。それでも。
    「あたしだって、言いたいこと我慢してたのに……」
     みんなの要望を叶えることができなかった部分もある。
     委員会をまとめることができなかった自分の不甲斐なさもある。
     それでも自分は誰よりもこの体育祭を成功させようと努力をしてきたのだ。
     自分は他の人たち以上に言いたいことを我慢して、努力をしてきたのだ。
     それなのに、ここでは誰も言いたいことを我慢していない。
     どうして自分は我慢していたのだろう。
     流れ落ちる涙を止めることができない。
    『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
     画面を埋め尽くすがごとくの書き込みに千秋の意識にノイズがはしる。
    「やめて……」
     しかし、書き込みが消えることはなく、同じような書き込みが油をつたう炎のように広がり始める。
    「あたしだって……あたし……」
     突如、頭に激痛を感じると同時に千秋の意識が途切れる。
     ガシャーン!
    「――え?」
     次に千秋が自分の意識の紐をつかんだ時には目の前のパソコンは見るも無残な形となり果てていた。
    「な、何よこれ……あたしがやったの?」
     自分の拳は何ともない。しかし、体の底から今までは感じなかった力がふつふつと湧きあがってくるのを感じる。先ほど感じた頭の痛みに手をやると、自分の頭には黒曜石のような艶やかさをもった石のようなものがくっついている。
     試しに学習机に手をかける。そのまま力を込めると、それが薄い板だったかのように割ってしまった。
    「あたしにこの力があれば……」
     すべてを壊せる。
     千秋は本能でそれを理解した。
    「あたしは我慢なんてできない! 我慢なんてしてる方が損じゃない!」
     本能に任せて叫ぶ千秋。
    「嘘よ! そんなことしていい訳ないじゃない!」
     理性を総動員させて己の体を抱きしめる千秋。
     本能と理性に挟まれた千秋は苦悶の夜を過ごすのであった。
     
     
    「本日はお集まりいただきありがとうございます」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレインbn0001)は集まった灼滅者たちに頭を下げる。
    「いままさに、闇落ちしようとしている女の子がいます」
     その子の名は行松・千秋。中学三年生だ。通常は闇落ちすれば、すぐさまダークネスとしての意識となり、千秋が持つ人間の意識は消滅してしまう。だが、千秋はまだ人間の意識を失わずにダークネスの力を操ることができる。
    「千秋さんは武道・スポーツ全般、特に剣道が得意な女の子です。先日行われた体育祭では委員長を務めて、立派に体育祭を運営したようです」
     そんな彼女に対する人望は篤い。だが、ふとした偶然と好奇心によって千秋はネット上にある学校裏サイトを覗いてしまった。
    「ニュースとかでたまに話題となりますが、やはり話通りかなり酷いことが書かれていたそうです」
     匿名性のデメリットでもある倫理の喪失が遺憾なく発揮され、千秋の心は深く傷つけられた。
    「それが原因かはわかりませんが、彼女は現在ダークネス――羅刹に限りなく近い存在となっています」
     しかし、裏を返せばまだ羅刹となる前に救出することが可能であるということだ。
    「千秋さんは現在も普通に学校には通っています。ですが、暴力的になったこと、他人の言動にひどく動揺するようになったことによって、少し浮いた存在になっているようです」
     千秋と接触するには彼女の通学路で待ち伏せをするのが一番良いだろう、と姫子は言う。
    「時間帯は夕方の下校時を狙うのが一番良いでしょう。女の子が二人、千秋さんに付き添って下校しているでしょうが、その二人は既に千秋さんによって強化された一般人です」
     姫子は灼滅者たちに地図を渡して、待ち伏せ場所を指定する。
    「幸いにも彼女はまだ人間としての理性を持ち合わせています。ですが、それももうほとんどなくなりかけています。おそらく皆さんが接触するのがラストチャンスになるでしょう」
     接触に成功したら最初は千秋を説得して闇落ちしないように働きかけることでしょう、と姫子は続ける。
    「その時、どうすれば闇落ちしないか、灼滅された後はどうなるか、と言った解決策やその後の対応策を彼女に提示することが必要になるでしょう。ですが、彼女は学校裏サイトを見た影響でなのか、現在、疑心暗鬼となっています。彼女との話すきっかけ、話し始めは非常に重要になると思います。」
     その後、説得の成否にかかわらず、羅刹として顕現した千秋と戦うこととなるだろう。
    「千秋さんの得物は日本刀。鬼神変を主とした羅刹のサイキックと日本刀の両方を、その高い運動能力を最大限に生かして激しく攻撃をしてくるでしょう」
     鬼神変と日本刀の二本柱で戦うだろうが、それ以外の神薙ぎ使いのサイキックも使用可能だという。特に、鬼神変と日本刀を同時に振って、近接列攻撃を行うことも可能なので、ポジションは重要になってくるだろう。
     一方、強化された一般人は千秋を守るディフェンダーとなるだろう。得物は徒手空拳だが、それとは別に清めの風を使えることには注意が必要だろう。
    「説明は以上となります」
     小さく息をついた姫子はもう一度、灼滅者たちを見まわす。
    「千秋さんは思いやりのある女の子です。本当はこんなことになるのを望んでいないのではないでしょうか。もし灼滅者としての素質を持つなら、なんとかして救い出してください。もし闇落ちしてしまったのならば、安らかに眠らせてあげられるように、どうかよろしくお願いします」
     そう言って、姫子は灼滅者たちを送り出すのだった。


    参加者
    赤舌・潤(禍の根・d00122)
    坂守・珠緒(紅燐の桜守・d01979)
    志賀野・友衛(中学生神薙使い・d03990)
    天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)
    神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)
    龍統・光明(千変万化・d07159)
    黒崎・紫桜(葬焔の死神・d08262)
    花宴・くいな(激辛ガトリング巫女・d09041)

    ■リプレイ

    ●夕暮れ時の逢瀬
     夕暮れの通学路。少女を二人引き連れた行松・千秋は突然立ち止まる。
    「誰よ」
     千秋は目の前にいる少女――天羽・梗鼓(颯爽神風・d05450)に投げかける。
    「アタシ、天羽・梗鼓って言うの。よろしくね」
    「こんばんは、私は坂守・珠緒。今日は貴女とお話をしに来たの」
     柔らかい笑顔を浮かべるのは坂守・珠緒(紅燐の桜守・d01979)だ。
    「あなた達と話す事なんてないわ。邪魔だから通してよ」
     珠緒らの挨拶を軽く受け流して、険のある目で灼滅者らを見る。
    「ここにいるみんな……八人なんだけど、みんな武蔵坂学園って所に通ってるの。楽しい学校行事がある学園なんだよ」
     身分を明かす梗鼓をはじめ、他の灼滅者たちも自己紹介を始める。
    「――あたしは行松千秋。あたし、知らない人と話すつもりはないの。だからここを通してちょうだい」
     自己紹介をしたことで少し険はとれたが、話を聞いて貰える状態ではないのは一目瞭然だった。
    「どうしましょうか」
     花宴・くいな(激辛ガトリング巫女・d09041)は自分の腕の中にいる猫に話しかける。その光景を少し不思議そうに千秋は見る。すると猫はくいなの腕の中から抜け出して、地面に着地する。
    「自己紹介が遅れてスミマセン。8人目の、龍統・光明と言います」
     着地と同時に猫は人――龍統・光明(千変万化・d07159)となって千秋の前に姿を現した。
    「ね、猫が……!」
     突然の出来事に千秋は目をしばたいている。
    「私達も君と同じ力を持っている。頭には角はないがな」
     志賀野・友衛(中学生神薙使い・d03990)の言葉で反射的に千秋は自分の頭にある出っ張りに手をやる。
    「な、なに訳のわからないこと言ってるの」
    「なんだか気味悪い。行きましょう」
     事情を知らぬ二人の少女は口々に千秋に告げるが、千秋はそれを手で制する。
    「な、何の用よ」
     警戒は解かないまでも、自分と同じ力を持つということに興味はあるようだ。何より光明が猫の姿していたのを目の当たりにしたことが、友衛の言葉により信憑性を持たせていた。
    「――全てを壊したい。そう思っているのではないか、と思ってな」
     友衛の指摘に千秋の表情は強張る。
    「しかし、それは私達も同じ様なものを抱えているのだ」
    「でも、その気持ちのままに行動してしまうことはとても危険なんだよ」
    「――どういう、こと、なの?」
     千秋の眼には怯えが宿る。話を聞かせる下地はできた。灼滅者たちは目配せをしてから、千秋にこの世界のことを話し始めるのだった。

    ●灼滅者、少女に問う
     千秋に対する説明は主に女性陣が行い、男性陣は後ろで見守っている。これは他人の言葉を信用していないであろう千秋への配慮だった。
     くいなは男性陣と同じように説得の行方を見守っていた。
     学校裏サイト……どうしてそんなものが存在してるのかな。『ドス黒い』言葉たちが並んでいる……こんな言葉にさらされてしまったら誰でも壊れてしまう……助けて……あげたいな……。
     真実を知っていく千秋の表情が痛々しい。自分も説得に加わるべきか、という考えが頭をよぎりながらも、話すのが得意でない自分が話すのはもう少し後だと考えて、くいなはじっとその行く末を見守る。
    「体育祭が『成功』だったなら、貴女に感謝している人がいない訳がない。闇堕ちは、そういう人たちをも不幸にしちゃうんだよ」
     闇堕ちが引き起こす現象、その怖さについて語る珠緒は真に迫っていた。それは彼女自身が闇堕ちにより大切な人を失ったからこそだろう。その思いは千秋に伝わっているようで、千秋も何も言わずに珠緒の言葉に耳を傾けていた。
    「自分で頑張ったつもりでも、周りの声とか思いって勝手なことだよな」
     黒崎・紫桜(葬焔の死神・d08262)の言葉に千秋は頷く。
    「だけどな、そんなに冷たい人間ばかりでもないんだよ。頑張れば絶対に誰かは見てくれるんだ」
     紫桜の言葉に千秋は首を横に振って静かに言う。
    「あなたの言う事は分かるわ。でもね、どうしてもそう思えないの」
     それに、と千秋は弱々しくも言葉を続ける。
    「闇堕ちというのも分かる。でもあたし、自分がいつ怪物になるか恐れながら衝動と戦い続けるなんて、無理よ……」
    「我慢や努力は決して無駄ではない。批判よりも遥かに多くの感謝や絆を、君は得たのではないのか?」
    「それは……」
     友衛の言葉に千秋の瞳が揺れる。
    「君が持つ本来の心を取り戻す事が出来れば、闇に堕ちる事はない筈だ」
    「あたしの……心」
     ふっと闇の中から希望が湧き出てくる千秋。そんな千秋に神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)が声をかける。
    「確かに、これからは今までのようには振舞えなくなるかもしれない。けれど、支えてくれる人も居るんじゃないかな?」
    「……いないわ、そんな人」
    「いるさ。そこを探そう。そうすれば、きっと世界は変わるから」
     それさえ見つかれば世界は変わるから。と朝陽は力強くも優しく告げる。
    「変わる……か」
     千秋は朝陽の言葉を何度か小さな声で繰り返す。
    「だから、一緒に来ませんか? 我々の学園に」
     光明が差し出す手を千秋はじっと見つめる。
    「あの学園、凄くお祭り騒ぎ好きなんですよ。学園行事にクリスマスやバレンタイン・ホワイトデーがある位だし……貴女にも知って貰いたいんです。バカみたいに楽しくて優しい学園を」
    「――ありがとう」
     千秋から真心の籠もった言葉が漏れる。だが、次の瞬間には千秋の表情は悲しみで曇る。
    「でもあたし、もう止められない! だって、もう我慢できないもの! あなたたちの言葉を信じたい。でも信じられないの! 信じるのが――」
     怖いのよ、と悲痛な声で訴える千秋に対して、くいなが静かにその手を取った。
    「得体のしれない力が突然自分の中に生まれる怖さは知っている……私もそうだったから。でも安心してほしい。私たちがあなたを助けるから。あなたがダークネスの力に屈したりしないと私は信じてる。だからあなたも私たちを信じてほしい」
    「でも、でも! どうすれば信じることができるの?」
    「そういう時は、泣いて叫んで、哭いて咆えて、吐き出してしまっても良いんだよ」
     赤舌・潤(禍の根・d00122)は少し前に出てそう告げる。
    「でも、そんなことしたら、あなた達のこと……」
     殺しちゃうよ。
     涙を流しながら千秋は灼滅者に訴えかける。だが、潤はいつもの笑みを崩さない。
    「大丈夫だ。俺たちは『それ』を受け止めに来たんだから」
     その言葉は千秋のタガを外すには十分だった。羅刹の姿へと変貌する千秋はくぐもった声で灼滅者たちに訴える。
    「助けて」
    「ああ命懸けで務めさせてもらうよ」
     潤の言葉に笑みを浮かべて、千秋の理性は深い闇の中に沈んでいった。

    ●少女の心は闇の中
    「……今日も力を借りるぜ。雪音」
     紫桜は首から下げる十字架のチョーカーを握り締めながら、亡き妹の名を呼ぶ。
    「死神を見せてやるよ」
     その言葉と共に解放された片翼の翼が黒の羽を散らせる。
    「さて、と。思いっきりぶつかってもらおうか」
     紫桜は日本刀を振り払って千秋へと向けた。
    『壊す! いらない! あたしを否定する人たちなんて!』
     羅刹と化した千秋は二人の少女へ指示を出す。
    「蒼梗鼓、天の羽と参る!」
     スレイヤーカードを掲げた梗鼓。その手に握られた蒼色の飾り紐の和弓の弦は極限まで引き絞られる。
     同時に放たれた矢は百億の星となって、少女たちに降り注ぐ。
    「暁に熾きろ」
     珠緒を包み込むような炎の渦は筋となって左手に集束する。そのまま珠緒は次の詠唱を行う。
    「宵に輝け」
     その言葉に応じて朱金に輝く籠手と黒塗りの鞘がその手に収められる。
    「疾く逆巻きて一闇を薙げ」
     朱金に輝く小太刀の刀身を抜き放った珠緒はその切先を千秋に向ける。
    『壊す! 壊してやる!』
     声をあげる千秋の足元に細く伸びた影が巻きつく。
    「お前も、こっち側なんだよ。だから俺達と来いよ」
     影の主、紫桜が千秋の足を捕縛する。そのまま珠緒が炎を宿した小太刀で千秋に斬りかかる。
    「纏え」
     指に挟んだスレイヤーカードは光明に守りの光を与え、光明はそのままカードを宙へと投げる。
    「来い、絶・十六夜」
     その詠唱に応じるように現れた二振りの日本刀が光明の手の中へと収まる。
    「双穿閃刃流、龍統光明。推して参る」
     漆黒の鞘と純白の鞘に収められた二振りの刀の柄に手を添えた光明は、迫る少女の一人に居合斬りを放つ。少女は腕を交差させ、威力を弱めるが、光明の背後から現れた友衛は持ち前の巨大な刀で少女を一撃で戦闘不能に追い込んだ。
    「私はカミのお告げを聞ける。あなたたちの動きなど……丸わかり」
     くいなの平坦な口調はガトリングガンの斉射音によってかき消される。ガトリングガンの嵐に残った少女が巻き込まれる。
    『あたしは……壊す!』
     弾丸の嵐をかいくぐりながら、前衛たちのラインを突破しようする千秋。だが、その行く先に朝陽が立ちふさがる。
    「ここから先には行かせねえぜ」
    『邪魔!』
     千秋の片腕が異形と化して、朝陽の体を貫く。朝陽は息の抜けたうめき声を漏らしながらも、足元から伸びる影の触手で千秋の体を縛り上げる。
    「大丈夫か」
     潤の周辺を浮遊する光輪が分裂して朝陽の傷を癒す。
    「助かったぜ」
     そっちに攻撃は絶対にいかせないから、回復のことは頼むぜ。と朝陽の腕も歪な形へと変化を始める。
    『ヤッ!』
     少女は鋭い蹴りを光明の脇腹に打ち込む。
     光明は十六夜の腹でその蹴りを防ぐと同時に焔を纏った絶を少女の体内に撃ち込む。
     だが、少女は光明への攻撃をやめようとはしない。
    「させない!」
     その攻撃が届くよりも早く友衛の斬撃が少女を再び地面に叩きつける。
    「ガトリングガンは……ロマン?」
     くいなは首を傾げながらも、自分の身の丈ほどの砲身から弾丸を連射する。
    「きょし、行きましょう」
     梗鼓はポメラニアンの霊犬と共に戦場へ矢と銭を降り注がせる。
     ぐらりと揺れた少女にすかさず紫桜の影業がとどめをさす。残るのは千秋のみ、灼滅者たちは静かに千秋と向き合うのであった。

    ●少女の心引き裂かる
     潤のポジションごとの的確な援護によって灼滅者たちに傷はない。それでも、千秋の本能に任せた攻撃は決して油断できるものではなかった。
    『わたしは……!』
     鬼の腕と日本刀を自在に操る千秋は友衛に様々な角度から攻撃を休むことなく放つ。一方、友衛は己の身の丈を越す大太刀と縛霊手で千秋の攻撃をどれも紙一重で防ぐ。
    『うわあああ!』
     己の欲望を言葉にせずに吐き出しながら、千秋の刀と友衛の刀が交差する。
     刀を交えたまま二人は視線を交わす。
    「――ッ」
     余裕があれば、千秋に説得の言葉を投げかけるところだが、今の友衛にその余裕はない。
     じりじりと千秋の刀に押される友衛。
    (「押し切られる!」)
     同時に刀の峰に縛霊手を押し当てて対抗するが、それで押さえられたのも一瞬だけだった。
     両手を塞がれたまま押し切られた友衛の体から鮮血が噴き出す。
     すぐさま潤が投げつけた符の力によって友衛は意識を失わずにすむが傷は深い。
    「画面越しとはいえ、他人の悪意は怖いよね」
     力任せに振り下ろす刀を珠緒はいなす。
    「けどそれが原因で、向けられているであろう好意まで遠ざけてしまうのは違うと思うんだ」
     キィィンと伸びた音色は珠緒の炎によってかき消される。
    『違う! 好意なんてない! ない、ないないないない!!』
     力いっぱい否定する千秋は力任せに鬼神変を珠緒に繰り出す。珠緒はそれを避けられない。
    「私たちの学校、ね。お祭り好きなんだ。ホント馬鹿みたいに」
     珠緒は自分を貫いている腕を掴んだまま、千秋に顔を近づける。
    「貴女が、今の学校と同じ様に、体育祭とか盛り上げてくれたなら、皆きっと……喜ぶよ」
     つぅっと口端から血が零れる珠緒。
     絶叫する千秋。
    『壊す、壊しちゃえ、あたしは頑張っていたんだ、誰にも邪魔はさせない』
    「千秋に面と向かって何もいえない奴らの言う事なんて聞くことないよ!」
     うわごとのように繰り返す千秋に梗鼓は必死に呼びかける。
    「だって、がんばったんでしょ? 今だってがんばってるじゃん! 自分の変化に必死で抗おうとしてるじゃん!」
    『がんばる? あたし……頑張ってるの?』
    「お前は頑張っている。周りが何だ、気にする必要はねえさ。笑ってる奴は、罵ってる奴はそれまでなんだよ」
     紫桜は振り下ろされる日本刀を弾き返して影縛りで千秋の体を締め付ける。
    「お願い、信じて……!」
     梗鼓の切実な願いをのせたオーラが千秋の体を包み込む。
    「わからない、わからないよ! あたし、わからないよ!!」
     日本刀と鬼の手が縦横無尽にふるわれて、前衛に位置する人間が一斉に弾き飛ばされる。
    「みんな大丈夫か」
     腰を落として、体の正面で両手をあわせる潤の中心から清めの風が生み出され、その傷を癒していく。
    「同じ目線で語ったる。男も女も関係ねぇぞ」
     傷ついても朝陽の眼光は鋭い。
     覚悟を決めた千秋の眼光もやはり鋭い。
     双方の鬼の手が同時に互いの頬を殴りぬく。
    「世の中、あんな胸糞悪いサイトの人間ばかりじゃないんだ」
     背中を反らしながらも、戻る反動で更に拳を繰り出す。
    『信じない! 信じられない! 無理なのよ!』
     だが、千秋も拳を繰り出すのをやめない。
     想いを吐き出しながらの殴り合いは続く。
     どちらも倒れることを度外視したもので、既にどちらが倒れてもおかしくない状況にまでなっている。
    「正面向き合った付き合いってのもできるんだよ!」
     朝陽の拳が千秋の頬にのめりこむ。
     むき出しの感情が籠もった拳は千秋の胸に届いたのだろう。
     何も言わず、ただ微笑むと千秋はそのまま倒れるのであった。

    ●少女は再び心を宿す
    「大丈夫か」
     倒れた千秋に駆け寄った紫桜は手を差しのべて、千秋を起こす。
    「あたし……」
    「気分はどうだ」
     今、どう思っているのか、と聞く紫桜の言葉にしばらく千秋は考え込む。その間に他の灼滅者たちも千秋を囲み千秋の言葉を待つ。
    「本当は気づいていた。あたしのことわかってくれる人たくさんいるんだよね」
     千秋の頬に一筋の涙が流れ落ちる。
     その様子に紫桜は安心して頷いた。
    「また罵る奴がいても俺達はちゃんと見てる、わかってるから、な」
    「今までお疲れさんっ! 缶コーヒー奢ってあげよう!」
     朝陽は屈託のない笑顔を千秋に向ける。
    「わたしたちと来て。きっと楽しい学園生活が待っているはず」
    「ね、アタシたちと一緒に行こう? 千秋のそのまっすぐなココロは、きっと誰かを救う力になるよ!」
     くいなと梗鼓がにっこりと笑って手を差しのべる。
    「これから沢山楽しみましょうね」
     光明が手を差し出す。
     他の灼滅者たちも笑顔で千秋を受け入れる。
    「うん!」
     元気よく返事をする千秋は灼滅者たちの手を握り立ち上がるのだった。

    作者:星乃彼方 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年11月23日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 9/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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