こんな噂を知ってるだろうか?
くすんだ灰色の髪の毛を昔風の鏡モチみたいな髪型にして、よれよれの着物を着たおばあちゃん。
唐草模様のふろしきを背負って、よたよた歩いてくるおばあちゃん。
マナーの悪い若者が我がもの顔で往来を歩き、ぶつかったりすると……。
ジャーマンスープレックス! かますおばあちゃん。
いかにもガラの悪いおっさんがタバコをポイ捨てすると……。
ジャーマンスープレックス! かますおばあちゃん。
おばあさんの歩みがいかにも危なっかしいので、親切心から声をかけりすると……。
ジャーマンスープレックス! かますおばあちゃん。
すっげー吠える犬。
ジャーマンスープレックス! かますおばあちゃん。
道行く人すべてにジャーマンスープレックス! かますおばあちゃん。
その道程には、人々がなにかのモニュメントのように地面に突き刺さっている。
なんて、おばあちゃんの噂。
「おそらく、ジェットばばあなどの派生なんだと思います」
と、五十嵐・姫子は言う。
一時期、この近辺は地面がぬかるんで転倒する人が多かったのではないだろうか。それがババア系の都市伝説の噂と結びついて、このような都市伝説が生まれたのではないか。
などと考えても、結局推測の域を出ないが、ともかく、このような都市伝説が実体化してしまっている。
このババアによる被害が出る前にこれを止めなくてはいけない。
出現条件は、前日雨が降った晴れの日の昼間。気温も条件に入っているようだが、ちょうどいい日にちがあるので、出現条件に関しては考える必要はないだろう。
少し坂になった住宅地に現れる。
このジャーマン婆のおそろしいところは、その攻撃の命中率の高さにある。灼滅者であっても、生半可には見切れずジャーマンをかまされてしまうだろう。
その分、威力はそれほどではない。地面にめり込んだりして、見た目は派手だが、どうやらそのめり込む地面も都市伝説の影響下にあるらしく、頭部を陥没させたり窒息したりすることはない。
けれど、投げられてしまう。これはまず避けられない。
「油断はならないですが、決して命を賭けるほどの強敵というわけでもありません。無事退治してきてください」
また、余談ではあるが。
このジャーマン婆のふろしきには婆の漬物が入っている。
出会うには出会ったが投げられなかった。
といった噂もある。特筆することでもないが念のため。
「それではみなさん、いってらっしゃいませ」
参加者 | |
---|---|
白・理一(空想虚言者・d00213) |
榎本・哲(狂い星・d01221) |
一條・華丸(琴富伎屋・d02101) |
オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232) |
土岐野・有人(ブルームライダー・d05821) |
野良・わんこ(駄犬と暮らそう・d09625) |
凸囗・凹(エレメンタラー・d11705) |
ウォーロック・ホームズ(ソーサリィ探偵・d12006) |
●
ある晴れた日。
地面は一応舗装されているが、所々土肌も見える、田舎の住宅街。
一條・華丸(琴富伎屋・d02101)達は工事の立て看板やロープの設置をしていた。
榎本・哲(狂い星・d01221)の殺界形成もあるので、これでもう一般人は寄ってこないだろう。
不審そうにこちらをのぞいてくるご近所の方には、土岐野・有人(ブルームライダー・d05821)が優雅な動きでプラチナチケットを見せた。
「失礼。これから少しの間緊急の工事をさせていただきます。お騒がせしますが、何卒ご理解ください」
準備が終わると、凸囗・凹(エレメンタラー・d11705)は水たまりを見つけて、両足揃えて飛び込んだ。
「ちべタい」
顏には真っ黒な仮面をつけて、太腿丈のローブを着こんだ少女である。泥水がはねて、素足がまだらに濡れている。
「ケンけんパー」
ぺたぺたと足跡をつけているのを、白・理一(空想虚言者・d00213)はぼんやり眺めている。
(「ダメージは少ないって言っても痛いのはやだよぉ。寒いし、早く終わらせて帰りたいなぁー」)
「わんこ、漬物が食べられると聞いて、ちゃんとご飯も持って来ました!」
と、野良・わんこ(駄犬と暮らそう・d09625)は弁当箱をババーンと掲げる。
中はまっしろ、お米色。漬物をおかずにする気満々だ。
「俺も漬物に興味はあるけどそんなこと考えてたら危ないじゃん!」
と、哲の言葉を聞いているのかいないのか。弁当箱を持って犬っぽい謎のダンスなぞ踊り続けていて、ないはずのしっぽまで見える気がする。
オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)は夢見るように、婆の都市伝説が出現するなんてさすが長寿の国日本だ、と思う。
「でもジャーマンスープレックスはやりすぎよね。お婆ちゃんも腰を痛めちゃうわ」
そういえば、と思い当り、
「風呂敷のお漬物って何かしら? きっとお婆ちゃんの手作りよ、美味しいでしょうね」
「お前、海外出身ってコトはあんま漬物とか食わねぇ……訳ねぇか」
瞳をキラキラさせて言うオデットに、華丸はそう言いかけて考え直す。見た目はフランス人形のようでも中身は日本オタクだ。
「あら、日本食は大好きよ。ヘルシーで、たくさん食べても太らないの。ニンジャの秘密は日本食にあると思うわ!」
明らかに間違った知識も仕入れているようだが。
「私、壺漬けっていうのが好きよ。甘くてしゃきしゃきしてるの。セロリの糠漬けもクセになる味ね」
「俺は柚子大根が好きだな。白飯のおかずにはちっと物足りねぇが、あれあるだけでテンション上がんぜ。後はスグキだな。カブの一種だったっけなぁ。お前食ったコトあるか? 旨ぇぞ」
未知の漬物に興味をそそられて、オデットは胸の前で手を合わせる。
「華丸のオススメ、とっても美味しそう! 帰りに探しに行きたいわ、手伝ってくれない?」
「んじゃあ帰りに馴染みの漬物屋に連れてってやるよ」
「仲間同士、交流を深めるのは結構ですが……どうやらいらっしゃったようですよ」
有人はすっと前方を指し示した。
そこでは、地面からはい出るように婆が出現するところだった。
「解除」
有人は静かにそう言って灼滅者としての力を解き放つと、箒に乗って、宙へと舞い上がった。
ウォーロック・ホームズ(ソーサリィ探偵・d12006)は接触を試みるために、婆へと歩いていく。
「ペロッ……これは漬物! そこのご婦人、荷を落としましたよ」
彼は探偵である。
灰色の頭脳と推理力を持つ、かも知れない彼は投げられない条件をも見破ってみせようと意気揚々。
ホームズはコンビニで買った、たくあんを差し出すと、婆は柔和な笑みを浮かべた。
(「やはり、鍵は漬物だね」)
自ら漬物を渡せば投げられることはない。
ホームズの着目が、立証されたというわけだ。
「これはあたしんじゃないね」
しかし、しわがれた声の直後。ホームズの口に無理矢理つっこまれるぶっといたくあん。
「がごごっ!?」
目を白黒させたところで。
ジャーマンスープレックス! 一人目の犠牲者。
「ウォーロック!?」
だが、仲間達の心配をよそに、地面に突き立ったホームズから聞こえてきたのはボリボリという咀嚼音。
「ペロッ……もぐもぐゴクン」
ガバッ!
と、立ち上がり、帽子をかぶり直した。
「危うく口に入ってきたたくあん以外の何かを食べる所だったじゃないかね」
「お前は一体なんなんだよ……」
●
「わー、おばあちゃん会いたかったですー!」
わんこはパタパタと婆に走り寄る。
それは時分柄もあって孫が久しぶりに祖母に会うような、ほほえましい光景に見えたが……。
助走をつけて、わんこは跳び、抱きつくのではなく、ドロップキック!
いたいけな老人に幼い少女がドロップキック!
ごふぅ!
脇腹を思いっきり蹴られる婆。
「おいいぃ!?」
都市伝説相手だからってこの絵づらはヒドイだろ!?
と哲達は思ったが、婆もさるもの。
蹴ってきた足をつかんでパイルドライバー!
わんこは顔面から地面に落とされ、アスファルトを砕いた。
「えええええっ!?」
「いきなりジャーマンじゃねぇじゃん!?」
驚く面々をよそに、ゆらりと立ち上がる婆。どっこいしょ。その仕草一つ一つが婆くさい。
しかも近づくと香しい漬物の臭い。
これを相手にしなければならないのか、哲は少し気が遠くなる。
「ジャーマンてさ、こう、女の子がうっかりスパッツとかはいてやればいいモンじゃん? なんで婆やっちゃった?」
見るのも密着するのも、婆相手では……。
「なんでだよ。俺はこう……この学校特有のアクティブな女の子がお転婆な感じでパワフルに活き活きとやってんのが好きなんだよ! 婆とお転婆違うじゃん。漢字似てるけど、そこでかいじゃん。そこんとこが一番重要……」
と主張途中の哲の視界が一回転。
「にゃぶしっ!」
二人目も、見事なジャーマンだった。
老体に関わらず鮮やかな技の冴え、形。まるで名役者の踊りで見る海老反りのようだ。
婆を見る華丸の目には尊敬の色が混じっていた。
彼の周りにも老いを感じさせない人がたくさんいる。婆の姿はその人達とかぶるのだ。
「だが都市伝説とくりゃあ別だ。嘘から出た真とはよく言ったものだが、嘘は嘘に還さねぇとな……漬け物は好物だから食ってみてぇけど」
凹は婆の前までのたのた歩み寄ると、なにやら緑色の物体を差し出した。
自家製のキュウリのキムチ漬け。さっぱりピリ辛味。
「そチャですが」
「そうかい」
婆はそう言うと、凹の漬物を食い、代わりに風呂敷の中から新聞紙に包まれた糠漬けを取り出して凹に食わせた。
もしゃもしゃ、ごくん。
「けっコうなオてまえデ……」
心温まる交流。
婆はにんまりと笑い、ジャーマンスープレックス!
ズガン!
「なんでだよ!?」
わんこも食べます、と白飯片手に寄ってきたわんこにもジャーマン!
ドガッ!
「どうやら投げられない条件と気に入ってもらえたかどうかは別の話のようですね」
空飛ぶ箒に乗って、有人が言う。
「まっクらー」
地面にめり込み素足をパタパタさせる凹。
子供とはいえ女性であるから、その肌色の部分から目をそらしかけて、なにか違和を感じて二度見する。
肌色成分が高すぎる!
なぜなら、凹はパンツをはいてない。
つまりノーパンだったのだ。
「オゥ! ジーザス!」
幼女趣味というわけではなく、あくまで心配のあまりに四つん這いになって逆さになった凹をのぞきこんでいたホームズが大げさなリアクションをとる。
幼女趣味というわけではなく、あくまで心配から少女の(ペルソナ!)を直視してしまったホームズは、決して歓喜したわけではなく、気が動転してしまったのだ。ちなみに(ペルソナ!)には不適切な言葉が入ります。
「わぁああああ!?」
哲は慌てて近寄ってとりあえずホームズをどつき倒し、理一はまくれたローブで局部を隠す。
「オヤスみなサい……? くー……」
視界が暗かったので寝てしまったようだった。とんだマイペース娘である。
理一は兄妹にするように凹を寝かせると、
「いやぁ、小さい子はこういうことがあるからねぇ」
へらへら笑った。
「いや、それで済ませられることか……?」
「そうだよ。彼女がなぜはいてないのか、この謎は私が解決しよう! したがって、もう一度だけ観察を!」
「させるか、変態!」
「変態? いや、待ちたまえ。私は、たとえばオデット嬢のような可憐な女性には興味を持たない。わんこ嬢達のような未成熟な肢体にだけ興味があるのだよ」
「なお悪いわ! ボケ!」
「いやいや、決してふれたりはしないのだよ?」
「変態という名の紳士、ということですね……」
有人はすいーっと空飛ぶ箒に乗ってすべりこんできた。ティータイムでも嗜むような、落ち着き払った態度である。銀色の髪をさらりとなびかせたりして。
「しかし、だからといって紳士がすべからく変態と誤解されるような発言はやめていただけませんか?」
「心配するなよ! 大丈夫だよ。それは!」
「なんのお話です? おいしいご飯です?」
「さぁ、なんの話だろうねぇ。気になるねぇー」
楽しそうに見えるのか話に混ざりたげなわんこを、理一が適当にあしらって遠ざける。小さい子には聞かせたくない話だ。
「ねぇねぇ、華丸。今マジックミサイルがすごい当たり方したのよ。とってもすごかったのよ。あれがクリティカルというものかしら? あら、男の子達だけでなにしているの?」
「いや、なんでもねぇよ。いいから、むこういってろ」
天然マイペースなオデットを、華丸のビハインド、住之江が遠ざける。年の近い女子にも聞かせたくない話だ。
結局、今回は幼女組に近づかない。なめるように見たりもしないということで決着がついた。
「んー。終わったかい」
「待たせてごめんねぇ。おばあちゃん。ちょっとおかしな人が出ちゃってさぁ」
理一は婆に挨拶して、戦闘再開。
「油断するな、来るぞ!」
マジックミサイルを放ちながら、有人が叫ぶ。
「技っつーのは投げられるヤツの器量で魅せるもんだからよ!」
投げられかけた華丸は、役者根性で逆さに両手を付き、そのままトンボで一回転……といこうと思ったが、
ピタ。
地面に掌がふれる寸前、身体が止まった。
え。
と思った瞬間。
ガズンッ!
華丸はジャーマンを決められた。
(「こう、めり込む瞬間にちゃんと手をついた方がいいんだろうか、むしろなにもせずにそのままめり込んだ方がオイシイんじゃないか」)
哲は投げられながら思うけれど、高速で迫ってくる地面を見て考えを改める。
(「……どうでもいいか。どうせジャーマンだ」)
哲はズゴンと地面にめり込んだ。
「ふンヌらばー」
目を覚ました凹が、それを引っこ抜き、
「回復なら任せてよぉ!」
理一は防護符を額にぺたり。
「いたいのいたいのーとんでいけー!」
「……お前、高二だったよな?」
「うん、そうだけど、それがどうしたのぉ?」
理一はへらへらと笑った。
「きゃあ」
オデットがついに婆に捕まった。いけないと思いつつもついつい、目が行ってしまう。
女子高生はオデットだけ。口を開けば日本オタクでも、見た目は可憐な少女。その上、今日はスカート着用。
いやがおうにも期待は高まる。だって男の子なんだもの。
オデットは投げられる瞬間、大きくのけぞる。昔バレエを習っていただけあって体が柔らかい。
だが、がっしりつかまれて、足から着地なんてことはできなかった。
オデットは地面に突き刺さり、ひらりと舞うスカート。
(「おおっ!?」)
ぱんてぃぱんてぃめでたいな。
だが、下から顔を出したのはアンダースコート。
(「……あー、そうだよね」)
ちょっとがっかり。
オデットは日本の絶対領域という言葉を誤解していたようなのだが、念のため用意していたらしい。
「乙女のタシナミというものよ」
ただ、アンダースコートで十分どきっとした男子もいたようだが、それがホームズではないことだけ明かしておこう。
「ダイコーん」
と、凹はオデットを地面から引っこ抜いたが決してオデットが大根足だと言っているわけではない。
わんこは一番多く投げられながら、果敢に婆に挑む。
着物の裾、袖を取り合い、さながら柔道の試合のよう。
かと思えば、首投げ。
次にはエルボーをかましてからの一本背負い。
しかし、敵もさるもの、倒れた姿勢から足を刈り、わんこをジャイアントスイングした後に、婆は身軽に理一へ跳んだ。
「や、やだああぁ! こっち来ないでぇぇ!」
どこか余裕があるようにも見える泣き顔。
つるっ!
目前の婆に気を取られて足をすべらせた。
「うわっ」
と、その瞬間。
ガシッと体を支えられた。
婆が腕をつかんで倒れないようにしてくれたのだ。
「お、おばあちゃん」
理一に優しく笑いかける婆。
まさか助けてくれるなんて。
礼を言いかける理一の体を引き寄せて、まっすぐ立たせて、両腕の上から胴を抱えて、ジャーマンスープレックス!
「ありがとぉぁあぅ!?」
ゴガシャ!
「結局投げんのかい!」
「目標を狙い撃つ!」
有人の目にバベルの鎖が集中する。婆の動く未来が、視える。
魔法の矢のかわせぬ軌道。婆は風呂敷を身を挺して守るのが精いっぱいだった。
きりもみして体勢を崩した、今がチャンス。
わんこは婆を逆さに担ぎ上げ、肩の上に婆の頭を固めて、婆の両股をつかみ、天高く跳び上がった。
「あ、あれはまさか……!」
「伝説の……!」
キ○肉バスター!
「日本のマンガですね! 素晴らしいです!」
オデットは感動しているようだが、哲達は見てられないと目を覆った。
わんこに大股開きにされた着物姿の婆が宙を舞うのだ。婆大開脚だ。
特に箒で飛んでいる有人は上から丸見えなので、紳士的に目を覆った。
そうした仲間達に見守られ、わんこは尻から地面に落下。
ベガアァン!
大技をくらった婆は親指をたててイイ笑顔をしながら、消えていったのだった。
「お前ぇ、イイ投げ持ってるねぇ」
「おばあちゃん……! 漬物ぉ……!」
●
泥だらけになって、わんこはむしろ仔犬のように楽しそうにしている。結局漬物は食べ損ねたが。
「皆さん、お怪我はありませんか?」
有人はすいーっと空中から降りてきて、仲間達を気づかった。純白のタキシードには汚れ一つない。
「お前全然汚れてないだろ! 文字通り高みの見物かよ!」
「いえいえ、たまたま攻撃の対象にならなかったというだけですよ。それに」
有人の視線の先。靴にちょっぴり泥はね。
「ね?」
「ね、じゃねぇよ」
「推理・イズ・パワー!」
ホームズは推理の材料を探す合間にわんこにチーズをあげている。
哲が買ってきた、湿布と液状湿布とムチウチ症用サポーターを、必要な者は手に取る。
凹は立て看板の文字を書き換えると、満足そうに腰に手を当てた。
『この先穴ぼこ注意』
作者:池田コント |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2013年1月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 1/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 13
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|